第1 三文書は何を決める文書か
「安保3文書」は,国家安全保障戦略,国家防衛戦略及び防衛力整備計画を指す。防衛省の公開資料は,いずれも令和4年12月16日の国家安全保障会議・閣議決定に係る文書として掲載している。
三文書は,日本の安全保障政策と防衛力整備を方向付ける重要な政府文書である。しかし,政策として実現を目指すこと,国会が法律や予算を議決すること,個別の権限が発生することは区別する必要がある。本記事は,令和8年10月26日に確認した公開文書を基準に,この読み方を整理する。
第2 三文書の役割と期間
1 国家安全保障戦略
国家安全保障戦略は,外交,防衛,経済安全保障,技術,サイバーなどを含む安全保障政策の基本的な方向を示す。防衛分野だけを対象とする文書ではなく,他の関連政策を方向付ける上位の政策文書と位置付けられている。
令和4年の決定は,平成25年12月17日の国家安全保障戦略を廃止すると明記する。期間については,おおむね10年を念頭に置きつつ,安全保障環境等に重要な変化が見込まれる場合は必要な修正を行うとする。10年間変更できないという意味ではない。
2 国家防衛戦略
国家防衛戦略は,国家安全保障戦略の下で,防衛目標と,これを達成するための方策を示す。自国の防衛体制の強化,日米同盟及び同志国等との連携を取り上げ,必要な防衛力の分野を具体化する。
この戦略も,おおむね10年を念頭に置くが,国際情勢や技術的水準などに重要な変化が見込まれる場合には必要な修正を行うとしている。記載された将来の組織・能力を,そのまま現在の組織・保有能力の一覧として読むことには注意が必要である。
3 防衛力整備計画
防衛力整備計画は,防衛力を具体的に整備するため,能力,体制,主要装備品の整備規模及び経費等を示す。主要な経費の対象期間は令和5年度から令和9年度までの5年間である。一方,別表には5年後とおおむね10年後の達成目標なども載っており,全ての記載が5年だけで完結する計画というわけではない。
三文書を読む際は,安全保障全体の方向,防衛の目標・方策,具体的な整備という順で位置付けると,各記載の役割を把握しやすい。
第3 閣議決定と法律を区別する
1 政策方針だけで民間の義務や一般的な権限を導かない
国家安全保障戦略には,官民連携,情報保全,能動的サイバー防御など,制度の整備を進める方針が記載されている。国家防衛戦略及び整備計画にも,組織改編や制度上の措置を進める記載がある。
これらは政府が取り組む政策として読むべきものであり,その一文から直ちに,企業の届出義務,第三者の通信を取得する権限,民間施設の使用権限などが発生すると説明することはできない。個別の義務や権限を論じるには,根拠法令,対象者,手続及び施行日を確認する必要がある。
2 反撃能力の記載も,政府の説明として読む
国家防衛戦略は,反撃能力について,武力の行使の三要件に基づくものとし,先制攻撃は許されないと説明する。これは文書に示された政府の立場である。
政府がそのように説明していることと,個別の措置の適法性について裁判所が判断したことは別である。文書の存在だけで,あらゆる具体的な運用の適法性が確定したと説明することはできない。
第4 「43兆円」と年度予算は同じではない
防衛力整備計画の第13は,令和5年度から令和9年度までの整備水準に係る金額を,43兆円程度としている。一方,同じ箇所には,各年度の予算編成に伴う防衛関係費の総額を40兆5,000億円程度とする記載や,計画期間に新たに必要となる物件費の契約額を43兆5,000億円程度とする記載もある。それぞれ計算の対象や条件が異なる。
したがって,異なる基準の金額を単純に足し合わせたり,「43兆円の全額が既に各年度の予算として議決され,支出された」と読んだりすることは適切でない。
憲法83条は財政権限を国会の議決に基づいて行使すること,85条は国費支出・国の債務負担に国会の議決を要すること,86条は毎会計年度の予算を国会の審議・議決に付することを定める。政策計画の金額と,年度予算・契約・実際の支出を区別する必要がある。また,新たな課税や現行の租税の変更については,同法84条の法律又は法律の定める条件という要請がある。
第5 2026年の改定検討と,確認する版
令和8年版防衛白書の「三文書」の改定に関する節は,令和4年の三文書を現行の文書として説明し,令和8年中の改定に向けた検討を述べている。改定に向けた会議,検討資料や政治的な方針の表明を,新しい三文書の決定そのものと同一視することはできない。
新たな公表があった場合には,文書名だけでなく,決定日,決定主体,旧文書の廃止・変更の記載及び添付本文を確認する必要がある。本記事で扱う三文書の本文は,防衛省の指定ページに掲載された令和4年12月16日の文書である。令和8年の改定が決定済みであるとの前提は採っていない。
第6 企業や実務家が読む際の確認順序
実務上は,①三文書の政策目標,②これを実現する法律・政省令,③当該規定の施行,④年度予算・調達,⑤個別の指定・命令・契約を順に確認すると,決まった事項と検討中の事項を分けやすい。これは,文書を利用する際の本記事の整理である。
例えば,能動的サイバー防御については,企業による要請と政府の判断の違いを,指揮統制へのAI活用については,自衛隊の指揮統制へのAI導入の検討を参照されたい。三文書の政策と,個別制度・導入状況を区別することが共通の出発点となる。
第7 出典
・防衛省「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」
・国家安全保障戦略・令和4年12月16日冒頭,Ⅰ,Ⅵ,Ⅷ(PDF第1〜2・4〜6・17〜30・33頁。本文の印刷頁はこれと異なる)
・国家防衛戦略Ⅰ,Ⅲ,Ⅸ
・防衛力整備計画Ⅰ,Ⅻ〜ⅩⅣ,別表1〜3
・令和8年版防衛白書「『三文書』の改定について」印刷242〜243頁
・日本国憲法83〜86条