第1 川崎市を相手とする水害訴訟が結審した
令和元年10月の東日本台風(台風第19号)による浸水を巡り,川崎市内の住民らが市に損害賠償を求めた訴訟は,令和8年11月5日の第22回口頭弁論で結審した。
審理しているのは横浜地方裁判所川崎支部である。
神奈川新聞によれば,原告は浸水被害があった同市中原区,高津区及び多摩区の排水樋管周辺の住民ら90人と法人7社であり,令和3年3月に市を提訴した。
請求額は,浸水した家屋の被害,休業損害,清掃費用等の物的損害と慰謝料を合わせて約5億円である。
原告側の支援ページによれば,提訴日は令和3年3月9日である。
本記事が扱うのは,令和元年東日本台風の際に川崎市内で起きた浸水と,同市を被告とする訴訟である。
昭和49年に東京都狛江市で多摩川の堤防が決壊した水害と,その後の国を相手とする訴訟(狛江水害)とは別の事件であり,狛江水害の経過は国土交通省京浜河川事務所の「昭和の歴史年表」に記載がある。
第2 排水樋管とゲートはどのように働くか
排水樋管は,堤防を横切って市街地側の雨水等を河川に排出する施設である。
川崎市の上下水道局は,多摩川の水位が低いときはゲートを開けて雨水を自然に流下させ,多摩川が高水位でゲートを閉じる場合には,ポンプ施設による排水機能の確保が最も有効であると説明している。
ゲートを閉じれば河川の水が市街地側へ逆流することを防げる一方,閉じている間はその樋管を通じた河川への自然排水ができなくなる。
そのため,豪雨時のゲート操作では,河川と市街地側の水位の変化や,その時点で把握できた周辺の状況が判断の材料となる。
川崎市は,その後の対策として,ゲートを閉じた場合でも多摩川へ排水できる送水ルートやポンプゲート設備の検討等を段階的に進めている(川崎市上下水道局「排水樋管周辺地域における段階的な浸水対策」)。
第3 川崎市の検証資料と原告側の主張
川崎市は,令和元年東日本台風による浸水を受けて「令和元年東日本台風による排水樋管周辺地域及び河川関係の浸水に関する検証委員会」を設置し,令和2年10月30日に検証報告書と概要版を公表した。
排水樋管周辺地域に関する概要版によれば,多摩川沿いの5か所の排水樋管(山王,宮内,諏訪,二子及び宇奈根)の周辺地域で浸水被害が発生し,浸水面積は計約110haであった。
概要版は,浸水について,過去最高を記録した河川水位の影響により,逆流した河川水と,その影響で流れにくくなった内水があふれて地盤の低い箇所で浸水するとともに,あふれた水が低い方へ広がって浸水域が拡大したと分析している。
また,当日のゲート操作の判断はいずれも操作手順どおりに行われていたとする一方,山王排水樋管については,計画高水位を超えた10分後に下流の丸子ポンプ場で浸水が始まっており,その状況が関係部署の間で共有できていれば,ゲート操作について異なる選択をしたことも考えられるとしている。
これに対し,原告側は,台風の最中に市が水門(排水樋管のゲート)を閉めない判断をし,閉めていれば防げた浸水被害が生じたとして,市に過失の責任と謝罪,賠償を求めている。
神奈川新聞によれば,原告は最終意見陳述で,市が被害の責任を認めないままでは抜本的な対策を取ることはできないと述べた。
市の検証報告書は,市が設置した検証委員会による浸水の検証資料であり,訴訟における市の主張や裁判所の認定とは区別して読む必要がある。
第4 判決予定と今後の確認点
神奈川新聞は,判決の言渡しが令和9年7月15日に予定されていると報じた。
結審により当事者の主張と立証は終わったが,市の損害賠償責任の有無は判決を待つことになる。
判決を読む際には,ゲート操作について市にどのような注意が求められたか,その時点の河川水位や現場で把握できた情報を裁判所がどう評価するか,ゲート操作と浸水被害の関係をどこまで認めるかが確認点となる。
本記事は,令和8年11月8日現在の公開資料と報道に基づく。
第5 出典
川崎市「令和元年東日本台風による排水樋管周辺地域及び河川関係の浸水に関する検証報告書の公表について」(令和2年10月30日)
川崎市「排水樋管周辺地域の浸水に関する検証報告書【概要版】」(PDF)
川崎市上下水道局「排水樋管周辺地域における段階的な浸水対策(当面の対策・中期対策・長期的な対策)について」
台風19号多摩川水害川崎訴訟(原告側の支援ページ)
神奈川新聞「川崎・多摩川水害訴訟が結審 原告「市は責任認めて」、5億円の損害賠償求める 判決は2027年7月」(令和8年11月5日,ライブドアニュース配信)
国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所「昭和の歴史年表」