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トランスジェンダー職員の職場トイレ利用―最高裁令和5年7月11日判決と使用者の対応(AI作成)

トランスジェンダー職員から,性自認に沿った職場トイレの利用を希望されたとき,使用者は「戸籍」「手術の有無」「他の職員が不安に思うかもしれない」といった一つの事情だけで結論を固定すべきではありません。最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決は,国家公務員についての人事院判定を違法とした事例判決ですが,具体的な支障と本人の不利益を調査し,暫定措置を定期的に見直すという実務上の考え方を示しています。

第1 本判決の位置付け

最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決(令和3年(行ヒ)第285号)は,一般職の国家公務員が国家公務員法86条に基づいてした行政措置要求について,人事院の判定のうち職場トイレの利用に関する部分を取り消した判決です。

したがって,この判決は,民間企業に対し,性自認に沿ったトイレ利用をあらゆる場合に無条件で認めることを直接命じたものではありません。他方で,抽象的な不安だけを重く見て本人の具体的な不利益を長期間固定することの危険は,民間企業の人事労務対応でも重要な示唆になります。

第2 事案と最高裁の結論

上告人は,性同一性障害である旨の医師の診断を受け,女性ホルモンの投与等を受けていましたが,健康上の理由から性別適合手術を受けていませんでした。経済産業省は,上告人が執務する階とその上下の階の女性トイレの利用を認めず,それ以外の階の女性トイレの利用を認める取扱いをしました。

最高裁は,人事院の判定には裁量があるとしつつ,本件の具体的事情を踏まえないまま他の職員への配慮を過度に重視し,上告人の不利益を不当に軽視したとして,裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法があると判断しました。

第3 最高裁が重視した具体的事情

  1. 本人の日常的な不利益:自認する性別と異なる男性用トイレを使うか,執務階から離れた女性トイレ等を使わざるを得ず,相応の不利益が続いていました。
  2. 実際のトラブルの有無:説明会後,女性の服装等で勤務し,離れた階の女性トイレを使用しても,トラブルは生じていませんでした。
  3. 他の職員の意思の確認:説明会では,数名が違和感を抱いているように見えたにとどまり,明確に反対した職員がいたとは認められませんでした。
  4. 再調査と見直し:説明会から人事院判定まで約4年10か月,特段の配慮を要する他の職員がいるかを改めて調査し,取扱いの見直しを検討した形跡がありませんでした。
  5. 具体的危険の評価:医師の診断,勤務状況及び利用実績に照らし,判定時にトラブルが生ずることは想定し難い状態でした。

要点は,利益衡量を感覚的・抽象的に行わず,その時点の客観的事実で行うことです。導入時に暫定的な制限が必要であったとしても,時間の経過と実績に応じて見直す必要があります。

第4 民間企業で判決を使うときの注意

民間企業では,雇用契約,就業規則,施設管理,安全配慮,ハラスメント防止及びプライバシー保護の観点から対応を検討します。本判決の直接の審査対象は人事院判定であり,民間企業の個別措置の有効性を一律に決めたものではありません。

そのため,「最高裁判決があるから直ちに全面利用を認める」又は「戸籍上の性別が変わるまで一切認めない」という二者択一を避け,職場の設備,利用人数,個室化の状況,勤務場所,本人の希望,他の利用者に具体的な配慮を要する事情があるか,代替措置による負担及び見直し時期を個別に確認します。

第5 使用者側の対応手順

  1. 本人の希望を確認する:希望する利用方法,避けたい開示範囲,通称名・服装・更衣室等の関連事項を,本人の同意を得て必要最小限の担当者で確認します。
  2. 事実と推測を分ける:実際に生じた支障,設備上の制約,具体的な申出と,「問題が起きるかもしれない」という推測を区別します。
  3. 暫定措置を設計する:利用可能なトイレ,個室・共用設備,利用時間,緊急連絡先等を検討します。多目的・共用トイレの利用は選択肢になり得ますが,本人だけに遠距離移動等の負担を固定する場合は,必要性と相当性を再検討します。
  4. 説明範囲を限定する:本人の了解なく診断名,戸籍,治療歴等を広く共有しません。説明が必要な場合も,目的と範囲を本人と確認します。
  5. 見直し日を決める:導入時に1か月後,3か月後などの確認日を定め,利用実績,支障の有無及び本人の負担を記録して更新します。
  6. 相談窓口と不利益取扱い防止:本人と他の利用者の双方が相談できる窓口を示し,相談や申出を理由とする不利益取扱いを防ぎます。

第6 記録に残す事項

  • 本人の希望と同意した情報共有の範囲
  • 各階のトイレ・個室・共用設備と移動負担
  • 具体的な支障又は申出の日時,内容及び確認方法
  • 採用した措置と,採用しなかった代替案の理由
  • 暫定措置の開始日,見直し日及び見直し結果
  • 研修,相談窓口及びプライバシー保護の実施状況

「不安の声があった」とだけ記録するのでは足りません。誰のどの法益にどのような具体的影響が想定されるのか,匿名化できる範囲で内容を明確にし,本人への負担と比較できる形にします。

第7 ハラスメントとプライバシー

厚生労働省のパワーハラスメント防止指針は,性的指向・性自認等の機微な個人情報を本人の了解なく他の労働者に暴露することや,開示を強要することを,「個の侵害」に該当すると考えられる例として挙げています。トイレ対応を検討するために必要な情報であっても,収集目的,共有先及び保管方法を限定する必要があります。

また,厚生労働省の職場におけるハラスメント防止案内は,性的指向又は性自認にかかわらずセクシュアルハラスメントが成立し得ることを示しています。からかい,侮辱,意図しない暴露が起きた場合は,トイレ利用の可否とは別に,迅速な事実確認と再発防止を行います。

第8 判決の射程を超えないための注意

本判決は,戸籍上の性別,手術の有無又は診断書を一切考慮してはならないと判示したものではありません。また,公衆浴場,更衣室,学校その他の施設に同じ結論を当然に及ぼしたものでもありません。施設の性格,露出の程度,利用状況及び関係者の具体的利益が異なるためです。

実務で引用するときは,「トランスジェンダー職員の利用を認めた最高裁判決」とだけ要約せず,国家公務員の行政措置要求であること,約4年10か月見直しがなかったこと,実際のトラブルや明確な反対が確認されなかったことを併記する必要があります。

第9 出典と確認範囲

① 最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決全文

② 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

③ 厚生労働省「職場におけるダイバーシティ推進に関する事業」

本記事の基準日は令和8年10月1日です。上記最高裁判決及び厚生労働省公表資料を確認しました。判例秘書はセッション期限切れのため,本記事作成時には本文照合をしていません。個別事案では,最新の法令・指針,就業規則,設備及び当事者の具体的事情を確認してください。