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カルテ改ざんの法的効果―記載の信用性の否定,別個の不法行為としての慰謝料,改ざんが認められなかった例及び患者側の記録(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象と基準日

本記事は,医療事故の後に診療録(カルテ)が書き加えられ,又は書き換えられたと疑われる場合に,民事の損害賠償請求訴訟でどのような効果が生じるかを,裁判例に即して扱う。
取り上げる裁判例は,裁判所ウェブサイトの判決全文で確認したものと,裁判所ウェブサイトに掲載されていないため判例データベース(判例秘書)の判決全文で確認したものであり,いずれも令和8年9月28日に確認した。
法令は令和8年9月28日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。

カルテの記載を読むときの一般的な型(SOAP,時刻の区別,追記・訂正とログの確認)は,弁護士のためのカルテの読み方―SOAP・時系列・追記訂正・退院時要約の証拠評価で扱っている。
本記事は,そのうち改ざんが争われた場面に絞って,裁判所が何を手掛かりにしたか,改ざんが認められたときに何が起きるかを整理するものである。
記録の不提出・廃棄・紛失と民事訴訟法224条(第6・第7),刑事責任と医師の行政処分(第8)も扱う。

2 結論

①改ざんが疑われる記載は,意図的な改ざんと断定されなくても,信用性が極めて乏しいとして事実認定で重きを置かれなくなることがある。
東京地方裁判所平成24年10月25日判決は,新生児が大動脈弁狭窄症で死亡した事案で,カルテの該当部分の信用性を否定した上で,診療所側の注意義務違反を認めた。

②改ざんが認められると,それ自体が,本来の過失や説明義務違反とは別個の不法行為となり得る。
東京地方裁判所令和3年4月30日判決は,カルテの改ざんを説明義務違反とは別個の不法行為とし,慰謝料100万円と弁護士費用10万円を認めた。

③裁判所は,手術記録,看護記録,診療報酬明細書,母子手帳等の同時期の記録との整合・食い違い,挿入やはみ出しといった体裁,同じ医師の他の記載との書きぶりの違い,訂正前の記載が読めなくなる訂正の方法等を手掛かりにしている。

④他方,記載が途中から詳しくなったことや,診療報酬の請求との食い違いがあることだけでは,改ざんとは認められないことがある。
東京地方裁判所平成21年3月18日判決は,医師が家族の対応に不信感を持って記載を詳しくすることは後日の紛争に備えた対応として考えられるとして,改ざんを認めず,逆に,遺族が作成したメモについて,事後に書き替えが可能であり,書き替えが疑われる箇所もあること等から,遺族の供述の信用性を支えるものとはいえないとした。

⑤カルテの不提出・廃棄・改ざんから民事訴訟法224条等によって直ちに患者側の主張が真実と認められることは多くない。
裁判所が検証期日で存在を確認したカルテを歯科医師が提示しなかった事案で,当時の同条に当たる規定の趣旨に従い患者の供述を真実と認めた例(東京地方裁判所平成6年3月30日判決)がある一方,多くの判決は,改ざんされた記録の証拠能力や信用性を否定し,医療側に不利な事情として考慮するにとどめている。
それでも,改ざんと偽証工作を遺族に対する説明義務違反の不法行為として慰謝料1500万円を認めた例(甲府地方裁判所平成16年1月20日判決)や,開示を拒んで法的措置を促しながら,その後診療記録を紛失して訴訟に提出できなかった病院に慰謝料50万円を認めた例(東京地方裁判所平成22年1月28日判決)がある。

⑥刑事では,証拠隠滅罪(刑法104条)は「他人の刑事事件」の証拠を対象とし,医療事故の後に公立病院の院長が主治医と共謀して内容虚偽の死亡診断書等を作成・行使したとして,虚偽有印公文書作成・同行使等で有罪とされた例がある。
医師法の行政処分について,医道審議会医道分科会の「行政処分の考え方」は「診療録に真実を記載する義務」を医師の当然の義務に挙げている。
また,健康保険法上の保険医の登録取消しでは,カルテの事後の追記が処分理由とされ,その処分が適法とされた例がある。

⑦医療側は,訂正するなら元の記載が分かる方法で行い,事故の後に記載を変えない。
患者側は,改ざんの疑いを主張するなら,カルテ以外の同時期の客観的な記録を先に集め,記録の原本の状態を早期に確保する。

第2 カルテの記載義務と訂正

医師法24条1項は,医師は,診療をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならないと定める。
同条2項は,病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関する診療録はその病院又は診療所の管理者が,その他の診療録はその医師が,5年間保存しなければならないとする。
医師法施行規則23条は,診療録の記載事項として,診療を受けた者の住所・氏名・性別・年齢,病名及び主要症状,治療方法(処方及び処置)並びに診療の年月日を定めている。

カルテは,医療訴訟で診療経過を認定するための中心的な証拠になる。
そのため,事故の後に書き加えられた記載や書き換えられた記載は,医療側に有利な事実を後から作ったものではないかが争われる。
訂正や追記があること自体は直ちに改ざんを意味しないが,訂正の方法によっては,それが改ざんを疑わせる事情として扱われる(第4の2)。

第3 信用性が否定された例(東京地方裁判所平成24年10月25日判決)

1 事案

産科診療所で平成19年9月29日に出生し,退院後も通院していた新生児が,同年11月6日に死亡した。
死体の解剖では,直接の死因は急性左心不全,その原因は大動脈弁狭窄兼閉鎖不全症,さらにその原因は二尖大動脈弁とされた。
両親は,診療所の医師が聴診によって大動脈弁狭窄症を診断し,専門病院に転送すべきであったのに,これを怠ったとして,診療所を開設する法人に損害賠償を求めた。
両親は,カルテの一部が死亡の後に改ざんされたと主張し,判決はこれを争点1(本件カルテの信用性)として最初に判断した。

2 判決が挙げた不自然な点

判決は,問題とされた部分について,次の点等を挙げた。
①ほぼすべての記載が日本語で,ごく例外的にしか略語を使わず,字体は小さく整然として罫線の行間に収まり,長文の記載もあるなど,同じ院長が記載した母親のカルテ(ドイツ語や略語を中心にごく簡単に記載)と記載ぶりが大きく異なっていること
②薬剤処方の記載があるのに,レセプト作成担当職員が押すべき「薬剤情報提供料」のスタンプや担当職員の個人印が押されていないことについて,合理的な説明がされていないこと
③母子手帳の1か月健康診査の欄では「健康」に○が付されているのに,問題の部分には,再検査の結果によって今後の方針を決定し,2~3週経過観察する旨の記載があり,同じ時点の記載として整合しないこと
④新生児が医師の診察を受けていない日に体重の正確な数値が記載されており,院長が廊下で母親に出会った際の会話を記載したものであるとの医院側の説明は,通常想定し難いこと

判決は,被告の反論(日本人医師が日本語でカルテを書くことや,略語を使わないことは改ざんの根拠にならない等)に対し,同一人の記載による時期が近接したカルテにつき,基本的な記載ぶりの多くが大きく異なることは不自然というほかないとした。

3 判断

判決は,「いわゆる意図的な改ざんがあったか否かについてはさておくにしても,本件改ざん部分の信用性は極めて乏しいものというべきであり,以下の判断に際して本件改ざん部分に重きを置くことはできない。」と述べた。
その上で,解剖所見等に照らせば,実際に聴診を行い,又は真剣に心雑音を聞こうとすれば大動脈弁狭窄症と診断できたはずであり,全身症状の悪化を把握して直ちに専門病院に転送すべきであったとして注意義務違反を認め,両親それぞれに2940万円の支払を命じた。

この判決で重要なのは,改ざんの有無を確定しないまま信用性を否定し,それが医療側の反論の前提を崩した点である。
診療所側の反論と,これを支える医師の意見書は,入院中に心雑音が聴取されなかったこと等を前提にしていたが,その前提となる記載の信用性が否定されたことで,反論の土台が失われた。
医療訴訟では医学的な意見の対立に目が向きやすいが,その前に,意見の前提となる記録が信用できるかが争点になることがある。

第4 改ざんを認定し,別個の不法行為とした例(東京地方裁判所令和3年4月30日判決)

1 事案

患者が大学病院の医療センターで白内障手術を受けた後,左眼が失明した。
患者は,手術の適応の前提となる説明義務違反,眼圧を管理する注意義務違反とともに,担当医によるカルテの改ざん及び虚偽の説明を主張した。
判決は,争点の最初に「カルテの改ざん及び虚偽説明の有無」を置いた。

2 改ざんと認めた記載と認めなかった記載

判決は,次の記載について,担当医が事実認識と異なる内容を意図的に追記し,又は修正したと認めた。
①右眼のチン小帯の脆弱性とこれを踏まえた説明についての記載
手術記録にはチン小帯の脆弱性に関する記載が全くないのに,カルテにはあり,しかもその記載は,他の記載をした後に右上方に挿入するような形で書かれていたり,検査用紙の上に書かれていたりした。
②左眼のチン小帯がもともと断裂していたとする記載とその旨の説明の記載
手術記録には,チン小帯が手術の術中に半周断裂したとの記載があるのに,カルテにはもともと断裂していた旨の記載があり,その記載は,押印の右上方に隣の日の記載欄にはみ出す形で書かれていたり,カルテの右側に枠囲いで挿入されていたりした。
③左眼の眼圧の数値
カルテには36mmHgとあったが,看護記録には56mmHgの記載が2か所あり,カルテの「3」の文字には上からなぞられた形跡があった。
判決は,患者の症状と担当医の説明が56mmHgと整合すること等に加え,「カルテの記載を訂正する場合,訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず」,担当医が訂正前の記載の上からなぞり,訂正前の記載が判明しないような方法で訂正したことを指摘した。

他方,左眼の前房出血及び硝子体出血の時期については,カルテに事実認識と異なる記載をしたとは認めなかった。
改ざんの主張は記載ごとに判断され,全部が認められるとは限らない。

3 別個の不法行為と慰謝料

判決は,説明義務違反による損害(後遺症慰謝料等)とは別に,カルテの改ざんによる損害を認めた。
判決は,「上記の各カルテの改ざんは,説明義務違反とは別個に不法行為を構成する」とした上で,その態様は主として説明事項に係る改ざんであり,「この改ざんの事実が発覚しなければ,A医師の責任(説明義務違反)が否定されることにつながり得る悪質なもの」であることや,改ざん箇所が多数に及ぶこと等を考慮して,慰謝料を100万円とし,弁護士費用10万円を加えた。

遅延損害金の起算日は,担当医が遅くとも患者と代理人に対する説明会の日までにカルテの改ざんの不法行為を行ったものとして,その説明会の日とされた。
病院側は使用者責任に基づいて,説明義務違反による損害と合わせて合計963万円余の支払を命じられている。

第5 改ざんが認められなかった例と患者側の記録(東京地方裁判所平成21年3月18日判決)

1 事案

在宅で往診を受けていた高齢の女性が,脳梗塞の後に誤嚥性肺炎を発症して死亡した。
遺族は,往診をしていた医師が脳梗塞の発症を見落とし,入院を勧めなかったと主張した。
これに対し医師は,脳梗塞の可能性を診断して入院を勧めたが,家族がこれを拒んだと主張し,カルテにもその旨の記載があった。
遺族は,そのカルテは,他の病院で脳梗塞と診断された後に改ざんされたものであると主張した。

2 改ざんを認めなかった理由

判決は,次の理由で改ざんを認めなかった。
①ある時期からカルテの記載が詳細になっていることについて,医師が患者又はその家族の対応に不信感を持った場合に,カルテの記載を詳細にすることは後日の紛争に備えた対応として十分考えられる。
②往診をしたとする日に往診料が計上されていない等の診療報酬との食い違いは,往診の診療報酬の請求の取扱いによって生じ得るものであり,改ざんの根拠にならない。
③判決は,診療内容を認定した理由の補足説明の中で,診療報酬明細書は毎月定期的に公的機関に提出されて控えが保管されるもので,提出済みの明細書の控えに医師が改ざんを加えることは,提出済みの明細書との間に齟齬が生じて容易に発覚するから,およそ考え難いとした。
その診療報酬明細書に脳梗塞の病名と診療開始日が記載されていたことが,カルテの記載を裏付けた。

3 遺族側のメモの評価

遺族は,医師から入院を勧められたことはないとする供述を支える証拠として,自分で作成したメモや日記を提出した。
判決は,そのうち2通はパソコンで作成され,2通は鉛筆書きで,「いずれも事後にその書き替えが可能なものであること」,鉛筆書きのものには「文字が掠れているなど,実際に書き替えが行われたのではないかと疑われる箇所が複数存在すること」等を挙げて,それらがその供述の信用性を支えるものとはいえないとした。
結論として,判決は遺族の請求を棄却した。

記録の信用性の吟味は,医療側のカルテだけでなく,患者側が提出する記録にも同じように向けられる。
改ざんの主張は,主張する側の記録の作り方も問われる主張である。

第6 記録の不提出・廃棄・改ざんと民事訴訟法224条

1 条文と「証明妨害」

民事訴訟法224条1項は,当事者が文書提出命令に従わないときは,裁判所は,当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができると定める。
同条2項は,当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ,その他これを使用することができないようにしたときも,1項と同様とする。
同条3項は,これらの場合に,相手方が,当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは,裁判所は,その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができるとする。

医療訴訟では,患者側が,カルテの不提出・廃棄・紛失・改ざんを「証明妨害」と呼び,この規定の適用又は類推適用によって,過失や因果関係を真実と認めるよう求めることがある。
判例秘書で「証明妨害」と「診療録」の両方を含む裁判例(29件)と,「診療録」と「使用を妨げる目的」の両方を含む裁判例(3件)を令和8年9月28日に検索し,そのうち医療事故に関するものを読むと,裁判所の扱いは次のように分かれていた。
以下の裁判例のうち昭和59年,平成6年及び平成7年の判決は,現行の民事訴訟法(平成8年法律第109号)の施行前の旧法の下の判断である(平成6年判決は旧317条の趣旨に依拠している。)。

2 カルテを提示しなかった歯科医師について,患者の供述を真実と認めた例

東京地方裁判所平成6年3月30日判決(判例秘書の判例番号 L04930114)は,インプラント手術を受けた患者が歯科医師に損害賠償を求めた事案である。
訴え提起前の証拠保全の検証期日に,歯科医師は,ある日付以降の診療録しか提示せず,それより前の診療録については,裁判官が第1回の検証期日にその存在を確認した旨を説明しても,「見当たらない」とだけ弁解して提示を拒んだ。

判決は,歯科医師が,カルテ等が裁判の証拠として提示を求められていることを知りながら,あえて廃棄等して原告が証拠として使用できない状態にしたものと推認した。
その上で,「診療録は、もし医師の診療が適正に行われているならば、そのことを証明する最良の証拠となるはずのものである。」と述べ,それを医師自らが証拠とすることを妨害するのは,診療に不適正な点があったとの認定に結びつく記載が診療録中に存在したのではないかとの疑いを招くに足りる行為であるとした。
そして,その診療録に記載されていた可能性の高い原告の症状や診療内容等については,原告の供述がとくに不合理ではなく,これと異なる歯科医師の供述に十分な根拠がない場合には,当時の民事訴訟法317条(現行の224条2項に当たる規定)の趣旨に従い,原告の供述を真実と認めるのが相当であるとした。
原告がこの規定を援用せず,診療録の内容について具体的な主張もしていなかったことを,判決は括弧書きで断っている。
結論として,判決は歯科医師の善管注意義務違反を認め,519万円の支払を命じた。

3 真実擬制は否定しつつ,改ざんされた記録の証拠能力を否定し,慰謝料を認めた例

甲府地方裁判所平成16年1月20日判決(判例秘書の判例番号 L05950003)は,出産後に死亡した妊婦の遺族が医師に損害賠償を求めた事案である。
判決の認定によれば,医師は,証拠保全決定の送達を受けると直ちに診療録等の改ざんを決意し,改ざん後の診療録等を当日来院した裁判官に提示し,もとの記録を廃棄した。
訴訟でも,分娩に立ち会った看護師について虚偽の事実を主張し続け,別の看護師に偽証させ,文書提出命令の申立てを受けると分娩台帳の一部を改ざんするなどした。

判決は,改ざんされた文書を証拠として提出することは「訴訟当事者に要求される信義誠実の原則(民訴法2条)に違反するものといわなければならない。」として,争いのない事実に関する記載を除き,改ざんされた診療録等の証拠能力を否定した。
他方,遺族が求めた真実擬制については,「証明妨害行為があった場合,裁判所は,要証事実の内容,妨害された証拠の内容や形態,他の証拠の確保の難易性,当該事案における妨害された証拠の重要性,経験則などを総合考慮して,事案に応じ,証明妨害の効果を決すべきであると解される。」とした上で,この事案では,証明妨害行為から直ちに医師の過失を基礎づける事実が認定されるものではないとし,他の証拠による事実認定に基づいて,分娩時の医師の過失を否定した。

それでも判決は,改ざんと偽証工作そのものを,死亡した患者の遺族に対して医師が負う説明義務に違反する不法行為と認めた。
判決は,担当医師は,患者の遺族に対し,診療の内容,死亡の原因及び死亡に至る経緯を誠実に説明する法的な義務があるとし,医師は,訴訟で有利な結果を得たいという自己本位の考えから,その説明義務を故意に踏みにじったとし,4年以上にわたって真実を隠し続けたこと,事案の解明が困難になって訴訟が著しく長期化し,遺族が改ざんを暴くために大きな負担を強いられたこと等を総合して,遺族(夫)の慰謝料を1500万円とした(このほか,出生後に死亡した新生児を死産として扱ったことについて慰謝料200万円。他の遺族の請求は棄却)。
過失が否定されても,改ざんの代償は重い。

4 類推適用をしなかった例

東京地方裁判所平成15年11月28日判決(平成14年(ワ)第11664号)は,全身麻酔下の豊胸手術の後,覚醒前に異常を生じて低酸素脳症となった事案で,医師が診療録と麻酔記録を事後にねつ造したと認めた。
判決は,民事訴訟法224条2項を類推適用して原告らの主張を真実と認めることについて,「当裁判所としては,いまだそのような見解をとることに躊躇せざるを得ない。」とした。
しかし,診療経過が明らかでない不利益を,その事態を引き起こした医師に有利に扱うことはできないとし,過失を認定する前提事実は,客観的な証拠に反しない限り原告らに有利に認定し,ねつ造の事実も医師に不利益な事情として考慮するとした上で,麻酔管理の過失を認めた。

仙台地方裁判所平成14年12月12日判決(平成13年(ワ)第147号)も,医師が過失を否定する意図で診療記録を改ざんしたとして224条2項・3項の類推適用を求めた原告の主張について,そうした医師の行動は弁論の全趣旨として考慮するとしつつ,因果関係に関する原告の主張を真実と認めるべきであるとまでは解することはできないとした(過失と因果関係は他の証拠から認め,損害賠償を命じている)。

5 紛失・所在不明の場合

浦和地方裁判所平成7年10月27日判決(判例秘書の判例番号 L05050470)は,病院が診療録を紛失したことについて,少なくとも過失があり,信義則に反する証明妨害行為に当たるとした。
しかし,故意があったとまでは認められず,内視鏡検査の結果や看護記録等の他の証拠から病状を相当程度客観的に認定できるとして,紛失した診療録の内容がすべて原告らの主張するとおりであったと認定してよい場合には当たらないとし,請求を棄却した。

徳島地方裁判所昭和59年2月17日判決(判例秘書の判例番号 L03950080)は,医師が撮影したレントゲンフィルムが所在不明となっていた事案で,「右フィルムを被告がその使用を妨げる目的をもって隠匿、滅失したと認めるに足りない。」として,過失と因果関係の推定を求める原告らの主張を退けた。

6 整理

これらの裁判例では,記録の不提出を理由に,その記録に記載されていた可能性の高い事項について患者側の供述を真実と認めた例は,本記事で読んだ範囲では,カルテの存在を裁判官が確認していたのに提示を拒んだ平成6年判決(原告の供述がとくに不合理でなく,異なる医師の供述に十分な根拠がないことが条件とされている。)に限られる。
多くの判決は,記録の証拠能力や信用性の否定,医療側に不利な事情としての考慮,弁論の全趣旨としての考慮によって処理し,他の証拠で事実を認定できるかを重視している。
患者側は,224条の主張に頼るより,同時期の他の記録で経過を立証する準備を先にし,記録が失われた経緯(いつ,誰の手元で,提出を求められた後か)を具体的に立証する必要がある。

第7 記録の紛失と遺族の法的利益(東京地方裁判所平成22年1月28日判決)

東京地方裁判所平成22年1月28日判決(判例秘書の判例番号 L06530099)は,入院中に死亡した患者の遺族が,病院に対し,治療上の過失とともに,診療記録を開示せず紛失したことの責任を求めた事案である。
遺族は,死亡の後,内容証明郵便等で繰り返し診療記録の開示を求めたが,病院はこれに応じず,納得がいかないなら法的措置を執るのが妥当であると伝えた。
その後,事務長の交代の際に診療記録の引継ぎがされず,遺族の提訴の後の捜索でも見つからなかった。

判決は,医師法24条の規定は行政目的のために設けられたものであり,医療を受けた者やその家族が,同条に基づいて当然に診療録の開示を求める権利を有するとは解されないとした。
しかし,「診療録や看護記録は,医療行為を記録した最も重要な資料であるから,医療機関が診療録や看護記録の適切な管理を怠ったために患者又はその家族による悪しき結果の原因を究明するための手段が制約され,これによって患者又はその家族が精神的苦痛を被った場合には,医療機関側の対応いかんによって,患者又はその家族の法的利益を侵害したものとして,不法行為が成立する余地があると解すべきである。」とした。
そして,病院が開示を拒みながら法的措置を促していた以上,遺族が法的措置を通じて開示を受ける利益は不法行為上の保護の対象となり得るとし,医療法人と記録の管理・引継ぎを怠った元事務長2名に,連帯して慰謝料50万円の支払を命じた。
治療上の過失は認められていない。

この判決は,改ざんではなく紛失の事案であるが,医療事故の後に記録を失うと,それ自体が賠償の対象になり得ることを示している。
医療機関は,紛争の兆しがある事案の記録を,担当者の異動や経営者の交代があっても所在が分かる形で保管し,引き継ぐ必要がある。

第8 刑事責任と行政処分

1 刑法の条文

刑法104条は,「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」と定める。
条文の文言は,「他人の」刑事事件に関する証拠を対象にしている。

文書の偽造に関しては,刑法159条(私文書偽造等),160条(虚偽診断書等作成)及び161条(偽造私文書等行使)がある。
現行の条文は,令和7年法律第39号による改正で,電磁的記録(「文書等として表示されて行使されることとなる電磁的記録」=同法155条1項2号の「電磁的記録文書等」)も対象に含めている(160条も,電磁的記録文書等に虚偽の記録をした場合を含む。)。
もっとも,160条が対象とするのは,医師が「公務所に提出すべき診断書、検案書若しくは死亡証書」に虚偽の記載をした場合である。
作成者である医師自身が自分の作成したカルテを事後に書き換えることが,これらの罪に当たるかについては,本記事では判例・学説を確認していないので扱わない。

医師法24条(診療録の記載・保存義務)に違反した者は,50万円以下の罰金に処せられる(同法33条の3第1号)。
ただし,医師法24条は記載と保存を義務付ける規定であり,改ざんそのものを直接に禁止する文言は置いていない。

2 医療事故の記録をめぐる刑事事件の例

公立病院で,入院患者が誤った薬物の注射によって死亡したとされる事故について,東京高等裁判所平成15年5月19日判決(平成13年(う)第2491号)は,病院長が主治医らと共謀して,死因を病死とする内容虚偽の死亡診断書と死亡証明書を作成・行使したこと等について,虚偽有印公文書作成・同行使と医師法21条違反(異状死体の届出義務違反)の罪を認め,懲役1年(執行猶予3年)と罰金2万円に処した。
公立病院の医師が作成した死亡診断書であったので,公文書の罪(刑法156条・158条)とされている。
最高裁判所平成16年4月13日判決(平成15年(あ)第1560号)は,この事件の上告を棄却し,医師法21条の「検案」は,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わないとした。
これはカルテではなく死亡診断書の事件であるが,医療事故の後に記録の内容を事実と違えることが刑事責任につながった例である。

心臓手術の事故の報道をめぐる名誉毀損訴訟の東京地方裁判所平成19年12月21日判決(判例秘書の判例番号 L06235751)は,事実経過として,手術に関わった医師が「本件手術の診療記録を改ざんしたとして証拠隠滅の容疑で逮捕された」ことを認定している。
この判決は報道の名誉毀損を判断したものであり,改ざんの有無そのものを判断したものではない。
ただし,その刑事事件の判決は,裁判所ウェブサイトと判例秘書では確認できなかった。

3 医師法の行政処分

医師法7条1項は,医師が同法4条各号(罰金以上の刑に処せられた者,医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者等)のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあったときは,厚生労働大臣は,戒告,3年以内の医業の停止又は免許の取消しの処分をすることができると定める。
同条3項により,処分に当たっては,あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならない。

医道審議会医道分科会の「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」(平成27年9月30日改正)は,医師が業務を行うに当たって当然に負うべき義務を果たしていないことに起因する行為については厳正な対処が求められるとし,「その義務には、応招義務や診療録に真実を記載する義務など、医師、歯科医師の職業倫理として遵守することが当然に求められている義務を含む。」としている。
同じ文書は,虚偽診断書作成等の文書偽造について,行政処分の程度は基本的には司法処分の量刑などを参考に決定し,医師としての立場を利用した事犯等悪質と認められる事案は重めの処分とするとしている。
本記事では,医道審議会の答申の概要(令和元年12月から令和8年7月までの分)を見ても,カルテの改ざんを理由とすると明示された処分例は確認できなかった。

4 保険医の登録の取消し

健康保険の領域では,カルテの記載が保険医療機関の指定と保険医の登録の取消しの理由になることがある。
那覇地方裁判所平成18年3月29日判決(平成15年(行ウ)第16号)は,無診察診療,振替請求,診療録の改ざん等を理由とする保険医療機関の指定と保険医の登録の各取消処分について,取消請求を棄却した。
判決は,医師が個別指導で指摘された後に,リハビリの開始時刻だけでなく体重や症状もカルテに記入したことを,保険医療機関及び保険医療養担当規則等に違反するものとし,個別指導の中断後に追記したことを「改ざん」として処分理由に挙げることは不当であるとの原告らの主張を採用しなかった。

第9 裁判例から見える判断の手掛かり

第3から第5までの3件の判決が手掛かりにした事情を,本記事では次のように整理する。

手掛かり具体例裁判例
同時期の他の記録との整合手術記録,看護記録,母子手帳,診療報酬明細書令和3年,平成24年,平成21年
記載の体裁他の記載の後の挿入,隣の欄へのはみ出し,枠囲い,検査用紙の上への記載令和3年
書きぶりの一貫性同じ医師の他のカルテと比べた言語,略語,字体,詳しさ平成24年
記載できた状況か診察していない日の正確な数値平成24年
訂正の方法訂正前の記載が読めなくなるなぞり書き令和3年
客観資料の改ざんの困難さ提出済みの診療報酬明細書の控え平成21年
記録の性質事後に書き替えが可能なパソコン文書や鉛筆書き平成21年

これらは,どれか一つがあれば改ざんが認められるというものではない。
平成21年判決が示すように,記載が詳しくなったことには紛争に備えたという別の説明があり得るし,令和3年判決も,主張された記載の一部については改ざんを認めなかった。
弁護士は,手掛かりを記載ごとに組み合わせて主張し,又は反論することになる。

第10 訴訟での扱いと予防

1 事実認定への影響

信用性が否定された記載は,事実認定の資料として重きを置かれなくなる。
その結果,医療側は,その記載を前提にした反論や意見書を使えなくなり,他の記録や供述で経過を立証しなければならなくなる(第3)。

2 損害賠償の対象

改ざんが認められると,本来の過失や説明義務違反とは別個の不法行為として慰謝料が認められることがある(第4)。
医療機関は,使用者責任(民法715条)により,担当医の改ざんについても責任を負い得る。

3 真実擬制と記録の紛失

カルテの不提出・廃棄・改ざんから,民事訴訟法224条又は証明妨害の考え方によって直ちに患者側の主張が真実と認められることは多くない(第6)。
他方で,改ざん・偽証工作を遺族に対する説明義務違反の不法行為として高額の慰謝料を認めた例や(甲府地方裁判所平成16年1月20日判決),開示を拒んだ後の記録の紛失に慰謝料を認めた例がある(第7)。
仙台地方裁判所平成14年12月12日判決は,被告に診療録の改ざんがあり事案の解明に多大な労力を要したことを考慮して,弁護士費用を930万円と認めている。

4 患者側の準備

改ざんの疑いを主張するときは,カルテの記載だけを攻撃するのではなく,手術記録,看護記録,検査結果,画像,母子手帳,他院の記録,診療報酬明細書等,同時期に作られた別の記録を先に集めて突き合わせる。
記録の原本の状態(挿入,なぞり書き,電子カルテの更新履歴)を早期に確保するには,提訴前の証拠保全(民事訴訟法234条)が検討対象になる。
訴訟提起後の記録の取り寄せは,医療記録の文書送付嘱託―申立ての対象指定、カルテ・画像の回収確認、患者同意と提出拒否で扱っている。

また,平成21年判決が示すとおり,家族が作ったメモや日記は,作成の時期と方法が問われる。
送信記録の残るメールのように,作成した日時が客観的に記録される方法で残しておくと,後に信用性を争われにくい。

5 医療側の予防

訂正や追記が必要なときは,元の記載を消さず,訂正者,日時及び理由が分かる方法で行う。
令和3年判決は,訂正前の記載が判明しない方法での訂正を,改ざんを認める事情の一つにしている。
事故の後に,経過を整理するための文書が必要なら,カルテの記載を変えるのではなく,作成日を明記した別の文書として作る。
医療事故が起きたときの保険と初動は,医師賠償責任保険(日医医賠責)の仕組みと医療事故の初動で扱っている。

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第12 出典

1 裁判例

①東京地方裁判所令和3年4月30日判決(平成29年(ワ)第42453号,損害賠償請求事件(医療過誤))
②東京地方裁判所平成24年10月25日判決(平成20年(ワ)第37026号,判例秘書の判例番号 L06730681)
③東京地方裁判所平成21年3月18日判決(平成19年(ワ)第26540号,損害賠償請求事件)
④東京地方裁判所平成6年3月30日判決(判例秘書の判例番号 L04930114)
⑤甲府地方裁判所平成16年1月20日判決(判例秘書の判例番号 L05950003)
⑥東京地方裁判所平成15年11月28日判決(平成14年(ワ)第11664号,損害賠償請求事件)
⑦仙台地方裁判所平成14年12月12日判決(平成13年(ワ)第147号,損害賠償請求事件)
⑧浦和地方裁判所平成7年10月27日判決(判例秘書の判例番号 L05050470)
⑨徳島地方裁判所昭和59年2月17日判決(判例秘書の判例番号 L03950080)
⑩東京地方裁判所平成22年1月28日判決(判例秘書の判例番号 L06530099)
⑪東京高等裁判所平成15年5月19日判決(平成13年(う)第2491号,医師法違反,虚偽有印公文書作成,同行使被告事件)
⑫最高裁判所平成16年4月13日判決(平成15年(あ)第1560号)
⑬東京地方裁判所平成19年12月21日判決(判例秘書の判例番号 L06235751)
⑭那覇地方裁判所平成18年3月29日判決(平成15年(行ウ)第16号,行政処分取消請求事件)

2 法令

①医師法4条・7条・21条・24条・33条の3(e-Gov法令検索)
②医師法施行規則23条(e-Gov法令検索)
③民事訴訟法224条・234条(e-Gov法令検索)
④民法715条(e-Gov法令検索)
⑤刑法104条・155条・156条・158条~161条(e-Gov法令検索)

3 行政機関の資料

①厚生労働省・医道審議会医道分科会「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」(平成27年9月30日改正)