第1 本記事の対象と結論
1 本記事が扱う資料
日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会及び日本緩和医療学会は,令和8年9月28日,「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」を公表した(日本緩和医療学会のお知らせ)。
公表されたのは,本編,説明文,緩和ケア別編及びQ&A集の4つの文書である。
本記事は,この4文書を読み,ガイドラインが示す判断の手順,診療録に残すべき事項及び法的な位置付けを,弁護士が病院,遺族又は家族・成年後見人から相談を受ける場面を念頭に整理するものである。
ガイドラインの説明文が紹介する刑事裁判例は,判決・決定の原文と照合した。
基準日は令和8年9月28日である。
2 結論の要旨
①ガイドラインは「終末期」を定義せず,医療・ケアチームによる臨床倫理的な検討と,患者・家族等との共同意思決定という2つの手順を踏むことを求めている。
②治療を始めないこと(差し控え)と,始めた治療を終えること(終了)は,倫理的に同等のものと扱われている。
③診療録には,説明の内容,本人の意思,家族等による推定意思とその根拠,家族等の意向,検討に加わった者等を分けて記載することが求められている。
④ガイドラインは法律ではなく,従えば刑事・民事の責任が当然に否定されるというものではない。
⑤説明文の裁判例の紹介には,川崎協同病院事件の控訴審判決の年と,最高裁決定が扱った行為について,原文と異なる記載がある。
第2 ガイドラインの成立経緯と構成
1 平成26年の3学会ガイドラインからの改訂
本ガイドラインは,日本集中治療医学会,日本救急医学会及び日本循環器学会が平成26年に公表した「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」を改訂したものであり,今回の改訂で日本緩和医療学会が加わった(説明文2頁)。
旧ガイドラインは,終末期を「集中治療室等で治療されている急性重症患者に対し適切な治療を尽くしても救命の見込みがないと判断される時期」と定義し,4つの類型を例示していた。
旧ガイドラインのQ&A集は,類型の一つにある「近いうち」に死亡することが予測される場合の「近いうち」を,おおよそ2~3日程度以内としていた。
説明文は,この定義と例示について,例示された類型だけが終末期であると受け取られたこと,死の直前まで生命維持治療を終了できない事態を招いたこと等を問題点として挙げている(説明文6頁~7頁)。
また,生命維持治療の終了に伴う法的リスクの懸念が払拭されず,終了後の緩和ケアの具体的な指針もなかったことが,「一度始めたらやめられないのなら、最初から始めない方がよい」という判断につながる危険があったとしている(説明文5頁)。
2 4つの文書と作成方法
4つの文書の役割は次のとおりである。
| 文書 | 頁数 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 本編 | 33頁 | 判断の手順,生命維持治療への対応,診療録の記載事項,作成委員とCOI |
| 説明文 | 14頁 | 改訂点,用語の整理,作成の経緯,過去の刑事事件と法的位置付け |
| 緩和ケア別編 | 34頁 | 生命維持治療の終了/差し控え時の症状緩和,家族ケア,医療・ケア従事者へのケア |
| Q&A集 | 38頁 | Q1からQ80まで。家族等の範囲,DNAR,法的責任,障害のある人の権利等への回答 |
本編の冒頭(「本ガイドラインの理念と活用にあたって」)は,ガイドラインを適切に運用するためにはQ&A集を必ずあわせて参照するよう求めている。
作成は,4学会から選ばれた多職種の作成委員による修正デルファイ法で合意を形成し,パブリックコメントを経て確定したとされている(本編3頁)。
説明文は,作成に生命倫理や法律の専門家が加わったとしている(説明文12頁)。
第3 判断の手順
1 「終末期」を定義しないこと
本ガイドラインは,あえて「終末期」を定義せず,救急・集中治療の現場で生命維持治療の終了/差し控えが考慮される患者について,医療・ケアチームがどのように検討し,患者・家族等とともに意思決定をするかというプロセスを示すものとしている(本編2頁)。
対象は,疾患や診断名にかかわらず,救急搬送された患者や集中治療室へ緊急入室した患者等,急性期病院で治療の意思決定を行うすべての患者であり,年齢制限はない(本編3頁,Q&A集Q67)。
ただし,小児については,日本小児科学会の「重篤な疾患を持つ子どもの医療をめぐる話し合いのガイドライン(2024年改訂版)」に則って判断・対応することが望まれるとしている(Q&A集Q67)。
「生命維持治療」には,人工呼吸器や循環補助装置に限らず,昇圧薬,ペースメーカー,人工栄養・水分補給,透析療法等の血液浄化,輸血及び輸液等も,状況によって含まれる(本編注釈1)。
Q&A集も,胃ろう造設を含む人工栄養を生命維持治療の一つと位置付けている(Q&A集Q44)。
2 医療・ケアチームによる臨床倫理的な検討
(1) 多職種で検討すること
生命維持治療の終了/差し控えが選択肢に挙がる場合,患者の診療に携わる医療・ケアチーム全体で,その選択肢が臨床倫理的に妥当であるかを多角的に検討する必要があるとされる(本編4頁)。
すべての診療科,多職種の医療・ケア従事者が関わることが望ましく,かかりつけ医や在宅医療・ケア従事者にも話し合いへの参加を求めるとしている。
医師の意見だけで決まりがちであった従来の在り方を改め,すべての関係者に発言の機会を保証するよう求めている点も特徴である。
(2) 4つの観点を網羅すること
臨床倫理的な検討とは,医学的側面,患者の意向,生活・人生の質(QOL)及び周囲の状況の4つの観点から,患者の全体像を把握するために情報をもれなく話し合うことであるとされる(本編4頁)。
「周囲の状況」には,家族の価値観や介護力,社会的・文化的背景,法制度や病院体制を含めた環境要因が含まれる。
3 患者・家族等との共同意思決定
(1) 本人の意思を確認できるかどうかによる場合分け
共同意思決定の手順は,厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)に準拠している(本編5頁)。
本編は,次の4つの場合に分けて対応を示している(本編5頁~6頁)。
①患者の意思を確認できる場合は,意思決定能力を評価した上で,患者の意思を尊重する。
②意思を確認できないが推定できる場合は,家族等と医療・ケアチームが推定した意思を尊重する。それまでのadvance care planning(ACP)は,臨床状況が予想と一致していなくても,推定の根拠となり得る。
③推定もできない場合は,医療・ケアチームが家族等と十分に話し合い,患者にとっての最善の方針をとる。
④身元不詳等で家族等と接触できない場合や身寄りがない場合は,医療・ケアチームや臨床倫理委員会が公正かつ透明性ある手続を通じて判断する。
(2) 「家族等」の範囲と役割
「家族等」は,法的な親族関係に限定されず,患者の価値観や意思をよく知る親しい友人や事実上のパートナー等も含み,複数人存在することもあるとされる(Q&A集Q5)。
これは,厚生労働省のガイドライン解説編が,家族等について「法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)を含みますし、複数人存在することも考えられます」としていることと同じ整理である(解説編注12)。
意思決定において尊重されるべきは患者の意見であり,家族等の事情や立場が患者にとっての最善と一致しない可能性に留意する必要があるとされる(Q&A集Q6)。
Q&A集は,介護負担や経済的負担から治療を控えてほしいと考える場合や,年金や保険などの事情から治療継続を強く望む場合を例に挙げ,これを「家族等の利益相反」と呼んでいる(Q&A集Q6,Q18)。
家族等は本人に代わって自分の希望を決める者ではなく,本人の意思を推定するための話し合いの相手として関与することになる。
成年後見人に医療行為への同意権がないことは,「成年後見人の医療行為の同意」で整理している。
4 臨床倫理委員会等の役割
医療・ケアチームの中で方針が決まらない場合,患者・家族等との間で合意が得られない場合,家族等の中で意見がまとまらない場合,患者の意思を確認できず家族等もいない場合等には,臨床倫理コンサルテーションチームや臨床倫理委員会等の複数の専門家からなる組織に助言を求めることが有用とされる(本編6頁)。
臨床倫理委員会は助言機関であり,最終的な意思決定は,原則として医療・ケアチームと患者・家族等に委ねられる(本編注釈2,Q&A集Q60)。
Q&A集は,臨床倫理委員会と医療安全委員会を本来役割の異なる組織と位置付け,「医療安全上の懸念」として示される内容の中に,法的リスクや組織防衛の観点(顧問弁護士の助言等)が含まれていることがあると指摘している(Q&A集Q61)。
その上で,患者安全に関する懸念か法的・組織的リスクかを区別し,法的リスクであれば説明,共同意思決定,記録及び委員会検討という適切なプロセスを踏んでいることを明確にすることが重要であるとしている。
医療機関の顧問として助言するときは,この区別を意識する必要がある。
第4 生命維持治療への対応と緩和ケア
1 差し控えと終了の選択肢
本編は,生命維持治療の終了/差し控えが妥当と判断された場合の対応として,①差し控える(不開始を含む),②症状緩和のための治療のみを行って終了する,③生命維持治療の一部を終了又は減弱する,の3つを挙げている(本編7頁)。
いずれの場合も,症状緩和のための治療・ケアは継続し,心停止時の心肺蘇生は行わないとされる。
予測と異なる病状の変化や患者・家族等の意向の変化があれば,方針を柔軟に再検討する。
Q&A集は,差し控えと終了は倫理的には同等と考えられるとしている(Q&A集Q33)。
説明文も,用語の整理として,「延命治療、延命措置」「消極的安楽死」「best supportive care(BSC)」という語を使わず,「中止」ではなく「終了」に統一したとしている(説明文3頁~4頁)。
筋弛緩薬の投与等の手段により死期を早める行為は安楽死に当たり,現在の日本では実態として違法となるので,ガイドラインでは取り扱わないとされている(説明文8頁)。
2 期限付きの治療の試行(TLT)
家族等との意見の相違や不明確な予後のためにすぐに結論が出せない場合には,期限付きの特定の治療の試行(time limited trial,TLT)が有用とされる(本編8頁)。
TLTは,両者で合意を得た上で期間を決めて特定の治療を試行するもので,例として7日間の人工呼吸器管理を行い,臓器機能の回復や合併症の有無を評価することが挙げられている。
Q&A集は,TLTが期限到来による自動的な終了を意味するものではなく,評価の時点で改めて多職種の検討と対話を行うプロセスであるとしている(Q&A集Q78)。
3 DNARの範囲
Q&A集は,DNAR(Do not attempt resuscitation)を「心停止時に心肺蘇生を行わない」という限定的な指示とし,肺炎に対する抗菌薬,酸素投与,鎮痛・鎮静,脱水に対する補液等は,DNARの有無にかかわらず適切に行われるべき医療であるとしている(Q&A集Q37)。
また,入院時のルーチン,業務効率,急変対応の簡略化といった理由で設定される便宜的・画一的なDNARの運用を明確に否定し,胸骨圧迫はするが気管挿管はしない等の曖昧な運用(partial DNAR)もリスクがあるとしている(Q&A集Q39)。
心肺蘇生以外の治療を項目ごとに確認する方法は,「DNARは何を意味するか」で整理している。
4 緩和ケアと鎮痛・鎮静薬の使い方
(1) 適切な緩和ケアなしに終了しないこと
本編は,生命維持治療の終了/差し控え後も症状緩和のための治療は最大限継続されるため,適切な緩和ケアを提供できない状態で生命維持治療の終了/差し控えを行うべきではないとしている(本編9頁)。
緩和ケア別編は,鎮痛・鎮静薬を必要十分な量で投与し,定期的に評価して減量を含めて調整すること,患者が死亡するまで機械的に鎮静を継続することは適切でないこと等を原則として示している(緩和ケア別編15頁)。
(2) 死期を早めることを目的とする投与との区別
緩和ケア別編は,医療・ケアチームが共有すべき認識として,「症状緩和のために適切に薬物が使用された結果、間接的に死期が早まり得ることは許容される」としている(緩和ケア別編11頁)。
他方,Q&A集は,「死亡を目的に鎮痛薬や鎮静薬を過量投与することがあれば、意図的に死を早める行為(安楽死)となり、違法と考えられます」としている(Q&A集Q59)。
両者を分けるのは投与の目的と量であり,症状の評価と投与量を記録に残すことが重要になる。
緩和ケア別編は,人工呼吸器を終了する場合には,筋弛緩薬を抜管の2時間前まで(多臓器不全患者では18時間前まで)に終了しておくことが望ましいとしている(緩和ケア別編13頁)。
筋弛緩薬の効果が残っていると,苦痛の評価や鎮痛の調整が難しくなるためである。
川崎協同病院事件では,抜管後の苦悶様呼吸を止めるために筋弛緩剤が投与され,抜管と併せて殺人行為とされた(第7の2)。
第5 診療録に記載すべき事項
1 本編が求める記載事項
本編は,生命維持治療の終了/差し控えに関する意思決定プロセスは,その経緯を含め,すべて診療録に適切かつ明瞭に記載しなければならないとし,次の事項を挙げている(本編11頁)。
①医学的な検討とその説明として,説明の対象となる患者・家族等とその範囲,説明した内容,理解や受容の状況,同席した医療・ケア従事者。
②患者の意思として,本人の意思又はACPの記録等にみられる事前の意思とそれが述べられた状況,それがないか不明な場合は家族等による推定意思とその根拠。
③終了/差し控えを検討する際の対応として,本人の意思又はACPの内容,家族等による推定意思とその根拠,家族等の意向,考慮する時期であることとその根拠,最善の治療・ケアのゴールについての検討内容,検討に加わったすべてのメンバー。
2 記録を読むときの着眼点
(1) 家族等の意向と本人の推定意思が分けて書かれているか
本編は,「家族等による患者の推定意思とその根拠」と「家族等の意向」を別の項目として記載させている。
遺族から相談を受けてカルテを読むときは,この2つが書き分けられているか,推定意思の根拠が,誰の,いつの,どのような発言や生活歴に基づくものとして具体的に書かれているかを最初に確認する。
川崎協同病院事件の最高裁決定は,家族の要請が病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなく,抜管行為が患者の推定的意思に基づくということもできないとした(第7の2)。
(2) 回復可能性の判断資料と検討の参加者が書かれているか
同じ最高裁決定は,余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査が実施されておらず,回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況になかったことを,許容されない理由の一つとした。
「生命維持治療の終了/差し控えを考慮する時期であることと、その根拠」を書く欄に,どの検査や診断に基づいてその判断をしたかが書かれているか,検討に加わった者が主治医一人に限られていないかを確認する。
第6 法的位置付け
1 ガイドラインは法規範ではないこと
説明文は,わが国には諸外国のような生命維持治療の終了/差し控えを整備する法律が存在せず,判例と,soft law(法的な強制力はないものの,社会において人々が法に準ずるものとして従っている規範)としての厚生労働省のガイドライン,そしてそれに準拠する各学会のガイドラインが重要な役割を果たすとしている(説明文11頁)。
Q&A集も,ガイドラインに従うことで法的免責になるかという問いに対し,本来は国としての制度的整理が求められる領域であり,現時点では明確な法制度が十分に整備されていないため,学会のガイドラインが実務的な指針として重要な役割を担うと答えるにとどめている(Q&A集Q48)。
Q&A集は,緊急事務管理の適用範囲についても,学説上確定しておらず,ガイドラインは法的解釈を確定するものではないとしている(Q&A集Q51)。
2 東京高裁が求めた「ガイドライン」との関係
川崎協同病院事件の控訴審判決(東京高裁平成19年2月28日判決)は,治療中止を患者の自己決定権から説明する考え方にも,医師の治療義務の限界から説明する考え方にも解釈上の限界があるとし,「尊厳死の問題を抜本的に解決するには,尊厳死法の制定ないしこれに代わり得るガイドラインの策定が必要であろう」と述べた。
同判決は,尊厳死を適法とする場合には実体的な要件だけでなく手続的な要件も欠かせず,家族の同意書の要否や様式,医師側の判断手続やその主体をどうするかも重要であるとしている。
本ガイドラインは,この判示を引用していないが,多職種の検討,共同意思決定及び記録という手続を中心に据えている点で,この判示が求めた方向に沿うものといえる。
判決の詳細は,「東海大学病院事件と川崎協同病院事件」で整理している。
3 同意殺人罪・自殺関与罪についてのガイドラインの見解
刑法202条は,「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」と定めている。
Q&A集は,「本ガイドラインに基づいて適切に行われた生命維持治療の終了/差し控えが同意殺人罪や自殺幇助罪に該当することはないと考えられます」としている(Q&A集Q52)。
説明文も,ガイドラインに沿った適切なプロセスが踏まれていれば,刑事裁判で違法と判断されることはないと考えられるとしている(説明文11頁)。
もっとも,これらはガイドライン作成者の見解であり,裁判所の判断ではない。
治療中止が法的に許容される一般的な要件を示した最高裁判例はなく,川崎協同病院事件の最高裁決定も,その事案の抜管行為が許容される治療中止に当たらないと判断したにとどまる(第7の2)。
4 医師法21条に触れていないこと
医師法21条は,「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と定めている。
本ガイドラインの本編,説明文及びQ&A集は,この届出義務に言及していない。
Q&A集は,適切なプロセスに基づく生命維持治療の終了/差し控えは,通常は警察介入の対象とはならないと考えられるとするにとどまる(Q&A集Q53)。
医療機関が院内手順を整備するときは,生命維持治療の終了後に死亡した場合の届出の要否を,誰がどの資料に基づいて判断するかを別に定めておく必要がある。
医師法21条の届出義務の内容は,「弁護士のための死亡診断書の実務」で整理している。
生命維持治療を終了した後の死亡について,病院の院内手順に書くべき事項は,「生命維持治療を終了した後の死亡と医師法21条・医療事故調査制度」で整理している。
5 医療事故調査制度との関係
医療法6条の10第1項の「医療事故」は,医療従事者が提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,管理者が当該死亡又は死産を「予期しなかつたもの」として厚生労働省令で定めるものである。
医療法施行規則1条の10の2の2第1項は,管理者が,医療の提供前に医療従事者等が本人又は家族に死亡が予期されることを説明していたと認めたもの,医療の提供前に診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの,事情の聴取等を行った上で医療の提供前に予期していたと認めたもの,のいずれにも該当しないものに限っている。
Q&A集は,生命維持治療の終了/差し控えは医療事故ではなく,適切なプロセスに基づく医療判断であるとしている(Q&A集Q61)。
条文との関係では,本編が求める説明と記録が尽くされていれば,死亡が予期されていたことが事前の説明又は記録によって裏付けられることになる。
なお,同規則の条番号は,オンライン診療に関する改正により「1条の10の2」が別の規定となっており,医療事故の定義は「1条の10の2の2」に置かれている(令和8年9月28日にe-Gov法令検索で確認)。
6 診療報酬上の意思決定支援指針との関係
説明文は,令和6年度診療報酬改定により,厚生労働省のガイドライン等の内容を踏まえて意思決定支援に関する指針を作成することが入院基本料の要件となったとしている(説明文12頁)。
令和8年度改定後の施設基準の通知(令和8年3月5日保医発0305第7号)別添2第1の6は,「当該保険医療機関において、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」等の内容を踏まえ、適切な意思決定支援に関する指針を定めていること。」を基準としている。
この基準は,入院基本料に限らず特定入院料も対象としており,小児特定集中治療室管理料等を算定する病棟のみを有する医療機関は除かれている。
病院の顧問として意思決定支援の指針を見直すときは,施設基準との関係も確認することになる。
第7 説明文が紹介する裁判例と不起訴事例の読み方
1 東海大学病院事件
説明文は,東海大学病院事件の横浜地裁判決が,治療終了/差し控えが許容される要件について傍論で判断を示したとして,①患者が治癒不可能な病気に冒され,回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあること,②治療行為の中止を求める患者の意思表示が中止を行う時点で存在すること,の2つを紹介している(説明文10頁)。
判決(横浜地裁平成7年3月28日判決(平成4年(わ)第1172号,判例秘書の判例番号 L05050159))は,これに加えて,中止の対象となる措置は,薬物投与,化学療法,人工透析,人工呼吸器,輸血,栄養・水分補給など,すべてが対象となってよいとする3つ目の要件も示している。
また,家族の意思表示から患者の意思を推定するための条件を詳しく述べている。
2 川崎協同病院事件
(1) 控訴審判決の年
説明文は,控訴審について,東京高等裁判所で懲役1年6月・執行猶予3年の有罪判決があった年を2009年と記載している(説明文9頁)。
しかし,控訴審判決は平成19年(2007年)2月28日のものである(東京高裁平成19年2月28日判決・平成17年(う)第1419号,高等裁判所刑事判例集60巻1号3頁)。
事件番号は説明文の文献欄の記載と一致する。
上告を棄却した最高裁決定は,平成21年(2009年)12月7日である(最高裁平成21年12月7日第三小法廷決定・平成19年(あ)第585号,刑集63巻11号1899頁)。
(2) 最高裁決定が扱った行為
説明文は,最高裁決定について,人工呼吸器の終了は法的に許容されないと判示したと要約している(説明文10頁)。
しかし,決定の事実摘示によれば,人工呼吸器は入院から4日後に取り外されており,許容されないとされたのは,気道確保のために残されていた気管内チューブの抜管である。
決定は,「上記抜管行為は,法律上許容される治療中止には当たらないというべきである。」とし,抜管行為と筋弛緩剤ミオブロックの投与行為を併せて殺人行為を構成するとした原判断を正当とした。
説明文自身の事案紹介は「気管チューブを抜管した」と正しく書いており,判示の要約だけが食い違っている。
また,決定は,家族からの要請が被害者の病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなかったことを理由の一つとしているが,説明文の要約はこの点に触れていない。
説明文は,この決定について,最高裁判所として初めて,患者の推定意思に基づく治療終了が法的に許容される場合があることを認めたと解される点で重要であり,末期状態に限定していないと解し得るとも評価している(説明文10頁)。
これは決定の読み方として示された評価であり,決定自体は治療中止の一般的な許容要件を示していない。
3 射水市民病院事件及び道立羽幌病院事件
説明文は,人工呼吸器を外した医師が書類送検され,いずれも不起訴となった2つの事例を紹介している(説明文9頁~10頁)。
いずれも裁判所の判断ではなく,説明文が挙げる出典も,論文,講演資料及び報道・解説記事であるため,当時の報道の原記事に当たった(いずれもインターネット・アーカイブに保存された記事で確認した)。
(1) 射水市民病院事件
富山地方検察庁は,平成21年12月21日,入院患者7人の人工呼吸器を外した医師2人を不起訴(嫌疑不十分)とした。
読売新聞は,地検が理由として,被害者の死期を早めて生命を断絶させるための行為でないこと,人工呼吸器の取り外しと死亡との因果関係に疑問が残ること,医師2人に殺意は認められないことの3点を挙げたと報じている(読売新聞2009年12月21日)。
共同通信は,地検が人工呼吸器の装着から取り外しまでを一連の行為ととらえ,取り外しは延命措置の中止にすぎないと判断したと報じ(共同通信同日),朝日新聞も,呼吸器の装着は患者本来の死期を延ばしていた措置であり,それを中止しても殺人とするのは難しいとされたこと,取り外しと死亡との因果関係に疑いも残るとされたことを報じている(朝日新聞同日)。
説明文の理由の要約は,この3点と一致する。
(2) 道立羽幌病院事件
旭川地方検察庁は,平成18年8月3日,人工呼吸器を外した医師を不起訴(嫌疑不十分)とした。
読売新聞は,取り外さなくても余命は十数分程度だった可能性があり,取り外しと死亡との因果関係を認めることは極めて困難であるという地検の判断を報じている(読売新聞2006年8月4日)。
毎日新聞も,呼吸器を外さなくても間もなく死亡していたとの複数の医師による鑑定が出たことを報じている(毎日新聞同日)。
これに対し,説明文が書く「人工呼吸器を外さなくても20分以内に死亡していた」「血圧が極度に低下しており、治療の施しようがなかった」という表現は,説明文が出典に挙げるウェブページにも,確認できた読売新聞・毎日新聞・共同通信の記事にも見当たらなかった。
不起訴処分の前に鑑定結果を伝えた共同通信の配信(2006年4月7日)も,「数十分後には死亡していた」という表現である(共同通信2006年4月7日)。
説明文は,これらの事件が厚生労働省のガイドラインや最高裁決定より前に起きたことに注意が必要であるとしている。
第8 弁護士が相談を受けたときの使い方
1 病院から院内手順の整備について相談を受けたとき
本編の記載事項を院内の記録様式に落とし込み,①家族等の意向と本人の推定意思を別の欄にする,②推定の根拠を具体的に書く欄を設ける,③家族等への説明内容(予後と回復可能性の見通し及びその根拠となる検査)を書く欄を設ける,④検討に加わった者を全員書く欄を設ける,ことが考えられる。
あわせて,鎮痛・鎮静薬の投与量と症状の評価の記録,医師法21条の届出の要否の判断,死亡が予期されることの事前の説明と記録(医療法施行規則1条の10の2の2第1項)を手順に組み込む。
ガイドラインに従えば刑事責任を免れると院内文書に書くことは,ガイドライン自身の位置付けとも合わないので避けるべきである。
2 遺族から相談を受けたとき
カルテ開示や証拠保全で入手した記録を,最高裁決定の2つの軸,すなわち回復可能性や余命を判断するための検査・診断が尽くされていたか,家族の要請が適切な情報提供の上でされ本人の推定的意思といえるか,に照らして読む。
ガイドラインに沿った記録がそろっていれば,違法を主張することは難しくなる。
逆に,DNARを理由に抗菌薬や補液まで一律に止めていた記録があれば,ガイドラインが否定する運用に当たるかを検討する材料になる。
ただし,ガイドラインに沿わないことが直ちに違法を意味するわけではなく,民事責任の検討では注意義務違反,説明義務違反及び因果関係を個別に検討する必要がある。
3 家族・成年後見人から相談を受けたとき
家族等や成年後見人は決定権者ではなく,本人がどう考えるかを示す資料(本人の発言,日記,ACPの記録,事前指示書等)を医療・ケアチームに伝える役割を担う。
厚生労働省のガイドラインは,「本人は特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定めておくことも重要である。」としている。
遺言や任意後見契約の相談の際に,細かな医療行為の可否よりも,本人の価値観と意思を推定してほしい人を書き残しておくよう助言することは,この観点から意味がある。
胃瘻後の反復入院の場面での具体的な手順は,「胃瘻後に入退院を繰り返すときの本人意思」で整理している。
第9 出典・参考資料
1 法令
①刑法(明治40年法律第45号)202条
②医師法(昭和23年法律第201号)21条
③医療法(昭和23年法律第205号)6条の10
④医療法施行規則(昭和23年厚生省令第50号)1条の10の2の2
いずれも令和8年9月28日にe-Gov法令検索で現行条文を確認した。
2 裁判例
①横浜地方裁判所平成7年3月28日判決・平成4年(わ)第1172号(裁判所HP未掲載。判例秘書の判例番号 L05050159で全文を確認)
②東京高等裁判所平成19年2月28日判決・平成17年(う)第1419号・高等裁判所刑事判例集60巻1号3頁(裁判所HP)
③最高裁判所第三小法廷平成21年12月7日決定・平成19年(あ)第585号・刑集63巻11号1899頁(裁判所HP)
3 学会のガイドライン
①日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会・日本緩和医療学会「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」令和8年9月(本編,説明文,緩和ケア別編,Q&A集)
②日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」平成26年,同「Q&A集」
4 報道(インターネット・アーカイブ保存の記事)
①読売新聞「呼吸器外し7人死亡、医師2人不起訴…富山」2009年12月21日
②朝日新聞「呼吸器外した2医師を不起訴に 射水市民病院事件」2009年12月21日
③共同通信「呼吸器外しで医師不起訴、富山 7患者死亡の射水市民病院」2009年12月21日
④読売新聞「呼吸器外し医師を不起訴 旭川地検「死亡との関係不明」」2006年8月4日
⑤毎日新聞「北海道・道立羽幌病院の呼吸器外し:医師、不起訴に 旭川地検「死亡、関係立証困難」」2006年8月4日
⑥共同通信「呼吸器外しで起訴困難 羽幌病院事件で旭川地検」2006年4月7日
5 行政機関の指針と診療報酬の通知
①厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」平成30年3月改訂
②厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 解説編」平成30年3月改訂
③厚生労働省保険局医療課長等「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」令和8年3月5日保医発0305第7号(別添2第1の6)