第1 契約書・仕様書から分かる二つの検証
最高裁判所の生成AIに関する契約には,司法行政事務のための検証環境を構築するものと,裁判官の業務を補助する使い方を検証するものがある。
令和6年11月27日付契約と令和8年1月7日付契約は,対象業務,受注者及び調達範囲が異なる。
契約があることを,裁判官の判断をAIへ置き換える運用が始まったことと読み替えることはできない。
本記事は,令和8年10月22日に確認した2件の契約書・仕様書の開示写しを対象とする。
契約書・仕様書は,合意された業務と予定を示す資料である。
成果物の納入,検収,効果の達成又は現在の利用状況は,その記載だけでは確認できない。
第2 令和6年契約は司法行政の会計業務が対象である
1 受注者,金額及び期間
令和6年11月27日付契約の受注者は株式会社FIXERで,契約金額は消費税等を含め872万800円である。
契約期間は同日から令和7年3月31日までとされている(PDF1・2頁)。
仕様書は,検証環境構築と検証支援を調達範囲とし,環境構築を令和6年12月12日まで,検証支援を令和7年3月31日までの想定としている。
検証結果報告書の納入期限は令和7年3月14日であり,契約期間の末日と同じではない(PDF12・13頁)。
2 規程・通達等を調べる会計業務回答アプリ
仕様書の背景には,職員,特に業務知識の少ない新任職員等が,組織内の規則,通達及び事務連絡等から必要な情報を探すために時間を要していることが挙げられている。
会計業務領域で生成AIを活用し,検索時間や業務負担を減らせるかを検証する構想である(PDF12頁)。
受注者には,検証方法・シナリオ・評価方法への助言,操作説明資料の作成や研修,職員と協働した検証支援,結果の評価及び今後の課題の整理が求められている。
回答アプリのデータソースとなる各種ドキュメントの安全な取込み・整理と,正確な回答を引き出すためのプロンプトテンプレート作成の支援も含まれる(PDF14・15頁)。
3 黒塗り部分から使用モデルや構成を推測しない
開示写しでは,基盤構築,アプリ開発,職員へのサービス提供環境,検証環境の非機能要件等に黒塗りがある(PDF14~17頁)。
受注者名から,特定の商品,使用モデル,データの保存先又は具体的なネットワーク構成を確定することはできない。
司法行政事務の会計業務に関する検証を,判決の作成や当事者の主張の評価に関する検証として説明することもできない。
第3 令和8年契約は裁判官の業務補助を検証する
1 受注者,金額及び支援の範囲
令和8年1月7日付契約の受注者は株式会社日本総合研究所で,契約金額は消費税等を含め495万円である(PDF1・2頁)。
仕様書は,民事第一審通常訴訟について,訴えの提起から訴訟終了までの流れ,裁判官の業務及び課題を整理することを事前調査の対象としている(PDF14頁)。
調達範囲は,事前調査・要件確認,検証計画書作成,検証支援,検証結果報告書作成及び提案書作成である。
作業期間は契約締結日から令和8年3月31日までとされ,検証計画書は同年1月30日まで,検証結果報告書と提案書は同年3月31日までの納入が予定されている(PDF10・11頁)。
2 模擬データを使い,要機密情報を取り扱わない
仕様書は,最高裁判所が準備した模擬データを使用し,要機密情報は取り扱わないと明記している(PDF15頁)。
この条件での検証結果を,実際の事件記録や秘密情報を入力した場合の安全性の証明として使うことはできない。
検証計画では,業務の効率性,品質,実務適合性及びセキュリティ・リスクの4つの観点を整理することとされている。
作業時間の短縮だけでなく,生成結果の正確性,裁判官の業務を補助できる品質及び業務の流れへ組み込める程度を確認する設計である(PDF14・15頁)。
3 モデル選定のための精度比較は対象外である
仕様書は,最高裁判所が準備する生成AIサービスの候補として,ChatGPT,Gemini,Claude,NotebookLM及びCopilotを例示し,そのうち2,3種類を準備する予定としている。
これらすべてが実際に使用されたことを示す記載ではない(PDF14・15頁)。
また,各サービス固有の機能や画面だけに依存せず,生成AIそのものの特性と業務背景を踏まえた導入検証を行うことが求められている。
将来導入する大規模言語モデルの選定に向けた精度比較は,検証目的の対象外と明記されている(PDF14頁)。
公表された結果を評価するときは,モデル別の統計的な性能比較が公表されていないという限界と,そもそもこの契約が調達した検証の目的を分けて読む必要がある。
4 予定人数と実際の参加人数を区別する
仕様書は,裁判官10~20名程度を想定した支援及び全2回のワークショップを定めている。
第1回は令和8年1月20日・21日,第2回は同年2月17日が開催予定日とされている(PDF15~17頁)。
一方,「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめ別添5では,東京・大阪地裁の民事裁判官6人が模擬記録を用いたとされている(同取りまとめPDF90頁・掲載頁86頁)。
仕様書の想定人数と実際の参加人数は別の数字であり,契約書だけで実施人数を確定してはならない。
実施方法と報告された問題は,最高裁の生成AI検証―東京・大阪地裁の裁判官6人が試した争点整理補助で整理している。
第4 安全管理と成果物の条項を読む
1 秘密保持,第三者への委託及び消去報告
両仕様書は,業務外の目的での情報利用の禁止,秘密保持,第三者への委託についての事前承認,作業終了後の情報の消去と報告等を定めている。
令和6年仕様書では,消去対象にデータソースと,それを利用して構築したモデルも挙げられている。
ただし,最高裁判所内で保管しているもの等は,それぞれの規定にある除外条件も合わせて読む必要がある(令和6年資料PDF17~19頁,令和8年資料PDF19~22頁)。
これらは契約上求められた取扱いであり,消去報告書が実際に提出されたことや,すべての情報が消去されたことの確認資料ではない。
2 新たな成果物と既存の部品を分ける
仕様書には,成果物に関して発生する著作権の移転と,受注者が独自に有するプログラムや他のシステム等へ再利用可能なモジュール等の権利の留保が記載されている。
留保部分についても,将来のシステム改修・保守等に必要な範囲で無償利用を認める構成である(令和6年資料PDF18頁,令和8年資料PDF19・20頁)。
法律事務所や顧問先がAIの検証を委託する場合にも,納品される報告書・設定・プロンプト等と,事業者が従前から保有する部品を分けて,利用・改変・引継ぎができる範囲を契約で確認することが参考になる。
裁判所の契約条項が,他のAIサービスへ当然に適用されるものではない。
第5 検証契約,結果及び翌年度の予算をつなぐ際の注意
契約書・仕様書は,対象業務,投入する情報,評価する事項,成果物及び期限を確認するための資料である。
成果報告は実際に何が行われ,何が分かったかを確認する資料であり,概算要求は別の年度の予算要求を確認する資料である。
令和8年契約の模擬データによる検証と,令和9年度概算要求にある実際の訴訟記録を用いた検証は,入力情報と事業段階を分けて読む必要がある。
件名が似ていることだけで,個別契約と特定の予算項目との充当関係や,同じ環境を継続使用することまで確定することはできない。
要求書の具体的な項目は,裁判所の生成AI利用と令和9年度概算要求を参照されたい。
第6 関連記事
・最高裁の生成AI検証―東京・大阪地裁の裁判官6人が試した争点整理補助
・裁判所の生成AI利用と令和9年度概算要求-司法行政の「源内」と訴訟記録による検証
・裁判所における主なシステム―J・NET,RoootS,TreeeS,mints,NAVIUS及びKEITAS
第7 出典
1 「司法行政事務における生成AI活用のための検証環境構築及び検証支援の契約書及び仕様書(令和6年11月27日付)」全20頁。
https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2026/10/司法行政事務における生成AI活用のための検証環境構築及び検証支援の契約書及び仕様書(令和6年11月27日付).pdf
2 「裁判事務における生成AI利用の将来検討にむけた検証支援の契約書及び仕様書(令和8年1月7日付)」全25頁。PDF25頁は実質的に白紙である。
https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2026/10/裁判事務における生成AI利用の将来検討にむけた検証支援の契約書及び仕様書(令和8年1月7日付).pdf
3 最高裁判所の契約公表資料。令和6年11月分はPDF7頁,令和8年1月分はPDF3頁。
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2024/R070109keiyakukouhyo.pdf
https://www.courts.go.jp/assets/R080313keiyakukouhyou.pdf
4 「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめ別添5。PDF89~92頁(掲載頁85~88頁)を確認した。実施方法はPDF90頁(掲載頁86頁)。
https://www.shojihomu.or.jp/public/library/4437/report0803.pdf