令和4年司法試験・環境法第1問のK値規制,直接規制と自主的取組,事業者の訴訟上の救済を整理する。
40の評価項目と5段階の重みは公式資料から独自に抽出したものであり,法務省の採点基準・配点ではない。
第1 この記事の対象と結論
対象は令和4年司法試験論文式試験問題・選択科目の環境法第1問である。
出題の趣旨と採点実感から,環境媒体と曝露経路に応じた規制の特徴を読み解く。
硫黄酸化物の排出違反には改善命令と命令を待たない直罰・告発があり,ベンゼンの指定物質制度には強制力・罰則のない勧告と報告の求めがある。
措置前の事業者の救済は,処分である命令の法定差止訴訟と,非処分説に立つ勧告・公表の当事者訴訟又は民事差止請求を分ける。
評価項目は40項目,重み合計は159,重み5は17項目である。
第4で全項目を示し,第5に2109字の完成答案と解説を置く。
条件付きの許容分岐は,すべての答案へ累積して要求しない。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
一つの項目に一つの判定対象を置き,答案に何が書かれていれば満たすかを具体化した。
公開表の番号は全設問を通じて連続し,根拠はPDFの物理頁で示す。
一般的な総括を具体的な要素に結び付ける場合は「間接」とし,「記載なし」は関連範囲の実読結果を意味する。
必須,高評価,負例,許容分岐は重みとは独立した区分である。
負例も評価表に含め,回避すべき独立の注意点として重みを付した。
番号38・39は処分性肯定構成を採る場合だけ,番号40は義務不存在確認を選ぶ場合だけの評価である。
標準答案が別の許容構成を採るときは,これらを一律に欠落と評価しない。
2 5段階の重み付けの基準
重み5は評価の分かれ目又は答案の骨格,重み4は出題趣旨が検討を求め,採点実感も評価又は具体的な誤りの指摘を通じて取り上げた事項とした。
重み3は一方が明示する中核理由付け,重み2は控えめな補強又は典型的な誤り,重み1は控えめに触れるだけの事項である。
本問の重み4については「高く評価した事項」に限定する表現を用いず,両資料が取り上げる方法を区別した。
各段階の件数は割り当てず,資料の内容から項目ごとに判断した。
重み合計は編集上の整理であり,試験得点,難易度又は合格可能性を表すものではない。
第3 本問の概要
A社はB県のC工場で届出済みのコークス炉を稼働させていた。
老朽化で設備の機能が低下し,硫黄酸化物は基準の10倍,ベンゼンは1.5倍の値が恒常的に測定され,工場長は平成20年頃から測定・記録保存も中止した。
令和3年夏の匿名通報を契機に県の立入調査が行われ,過去の測定記録等から違反が判明した。
設問1はK値規制にHeを用いる趣旨,設問2は硫黄酸化物違反への県の対応,設問3は有害大気汚染物質制度の趣旨とベンゼンへの対応を問う。
設問4では基準超過は既に解消しており,措置・公表が計画されている段階で,A社が検討する法的請求を問う。
Heの算出方法と2乗の根拠,VOC規制,損害賠償,行政手続上の手段,仮の救済・仮処分及び本案の主張は指定された範囲で除外する。
第4 評価項目と重み
1 設問1
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | [必須]K値規制がHeに応じた硫黄酸化物の許容排出量の規制であることを示す。 | 3 | 36頁・設問1(K値規制基準) | 35頁・設問1(K値規制基準) |
| 2 | [必須]大気中で拡散した物質が地表の生活圏で人に曝露する経路を説明する。 | 5 | 36頁・設問1(人の生活圏) | 35頁・設問1(生活圏(地表)) |
| 3 | [必須]排出口が高いほど拡散・希釈により生活圏の濃度とリスクが小さくなると説明する。 | 5 | 36頁・設問1(排出口が高ければ高いほど小さくなる) | 35頁・設問1(暴露の形態) |
| 4 | [必須]Heが高いほど許容排出量が増えて排出規制が緩和される向きを明示する。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 37頁・設問1(排出規制は緩和される) |
| 5 | [負例]求められていないHeの算出方法・2乗の根拠へ答案の中心を移さない。 | 2 | 36頁・設問1(記述する必要はない) | 関連範囲に記載なし |
2 設問2
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 6 | [必須]A社の超過排出が法13条1項違反であると条文を示して認定する。 | 4 | 36頁・設問2(該当条文を具体的に指摘) | 35頁・設問2(法第13条第1) |
| 7 | [必須]法14条1項による改善命令の発動を継続した不適合排出のおそれに接続する。 | 5 | 36頁・設問2(行政処分としての命令) | 36頁・設問2(法第14条第1項) |
| 8 | [必須]ばい煙処理方法等の改善又は施設使用の一時停止という命令内容を具体化する。 | 4 | 36頁・設問2(間接:行政命令) | 36頁・設問2(施設の使用の一時停止) |
| 9 | [必須]法33条の2第1項1号の直罰を示し,命令を経ず直ちに排出違反を告発できると説明する。 | 5 | 36頁・設問2(命令を経ずに告発され得ること) | 36頁・設問2(直ちに告発できる) |
| 10 | [必須]測定・記録・保存の中止を法16条の義務違反として独立に拾う。 | 5 | 36頁・設問2(間接:法令違反行為) | 36頁・設問2(法第16条) |
| 11 | [必須]記録しない・保存しない行為について法35条3号による直ちの告発を示す。 | 5 | 36頁・設問2(間接:直罰の仕組み) | 36頁・設問2(法第35条第3) |
| 12 | [必須]命令・直罰・記録違反の説明を各該当条文に結び付け,措置名だけにしない。 | 4 | 36頁・設問2(該当条文を具体的に指摘) | 37頁・設問2(罰則の条文を示していない) |
3 設問3
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 13 | [必須]低濃度でも長期曝露による健康影響が懸念されることを説明する。 | 5 | 36頁・設問3・制度趣旨(長期暴露による影響) | 36頁・設問3・制度趣旨(低濃度での長期的な暴露) |
| 14 | [必須]健康リスクについて科学的知見が不十分であることを制度選択の理由にする。 | 4 | 36頁・設問3・制度趣旨(科学的知見が不十分) | 36頁・設問3・制度趣旨(科学的知見は) |
| 15 | [必須]知見の充実を図りながら将来の健康被害を未然に防止する方針を説明する。 | 4 | 36頁・設問3・制度趣旨(予防的) | 36頁・設問3・制度趣旨(未然防止) |
| 16 | [必須]強制的規制との対比で,関係者の協働・自主的取組と情報による誘導を示す。 | 5 | 36頁・設問3・制度趣旨(情報を通じた誘導的手法) | 36頁・設問3・制度趣旨(関係者の協働) |
| 17 | [必須]事業者が排出状況を把握して抑制措置を講ずる責務を示す。 | 4 | 36頁・設問3・制度趣旨(自主的取組) | 36頁・設問3・制度趣旨(事業者には汚染状況) |
| 18 | [必須]国・地方公共団体が知見の充実と情報・知識の普及を担う役割を示す。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問3・制度趣旨(国・地方公共団体) |
| 19 | [必須]国民にも排出抑制の努力義務があると示す。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問3・制度趣旨(国民にも) |
| 20 | [必須]法附則9項に基づく指定物質抑制基準の設定・公表を環境大臣の権限として説明する。 | 5 | 36頁・設問3・指定物質(法附則第9項以下) | 37頁・設問3・指定物質(指定物質抑制基準の設定・公表) |
| 21 | [必須]ベンゼンを指定物質として法附則9項・施行令附則3項に結び付ける。 | 4 | 36頁・設問3・指定物質(指定物質) | 37頁・設問3・指定物質(施行令附則) |
| 22 | [必須]県知事が法附則10項に基づき抑制基準を勘案して必要な排出抑制勧告を行うと示す。 | 5 | 36頁・設問3・指定物質(法附則第10項) | 36頁・設問3・指定物質(勧告をする) |
| 23 | [必須]法附則11項により勧告に必要な限度で施設状況等の報告を求め得ると示す。 | 4 | 36頁・設問3・指定物質(第11項) | 36頁・設問3・指定物質(報告を求める) |
| 24 | [必須]勧告・報告の求めに強制力や罰則がないことを,ばい煙規制と区別して説明する。 | 5 | 36頁・設問3・指定物質(罰則等の適用もな) | 36頁・設問3・指定物質(法的強制) |
| 25 | [負例]具体的な超過対応を国の評価・公表や住民への知識普及の一般規定だけで代用しない。 | 2 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問3・指定物質(関係のない条文) |
4 設問4
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 26 | [必須]命令と勧告の法的性質を分けて対応する訴訟類型を選択する。 | 5 | 37頁・設問4(法定の行政指導) | 38頁・設問4(改善命令と勧告の法的性質) |
| 27 | [必須]改善命令等には処分性があり,命令前には行訴法3条7項の法定差止訴訟を選ぶと示す。 | 5 | 36頁・設問4・命令(処分性を有することを前提) | 36頁・設問4・命令(行政事件訴訟法第3条第7項) |
| 28 | [必須]行訴法37条の4の重大な損害のおそれを本件に即して検討する。 | 5 | 36頁・設問4・命令(間接:差止訴訟の提起) | 36頁・設問4・命令(重大な損害を生ずるおそれ) |
| 29 | [高評価]事後の取消訴訟と執行停止により容易に救済できるかを重大損害の判断に接続する。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問4・命令(執行停止を申し立てる) |
| 30 | [高評価]営業上の財産的不利益を具体的に挙げる。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問4・命令(財産上の不利益) |
| 31 | [高評価]公表による信用の失墜も損害の評価に取り込む。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問4・命令(信用の失墜) |
| 32 | [高評価]直罰規定の存在が事前救済の必要性に及ぼす影響を検討する。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 36頁・設問4・命令(直罰規定の存在) |
| 33 | [負例]法律上の利益・他の適当な方法を詳述して本件の主要論点を圧迫しない。 | 2 | 関連範囲に記載なし | 37頁・設問4・命令(詳細に言及する必要は) |
| 34 | [必須]附則の文言と強制・罰則の不存在から勧告の非処分性をまず検討する。 | 5 | 37頁・設問4・勧告(手段と位置付けていない) | 36頁・設問4・勧告(処分性は肯定できない) |
| 35 | [必須]非処分説では当事者訴訟又は民事訴訟による勧告の差止請求を直截な救済として示す。 | 5 | 37頁・設問4・勧告(直截に勧告) | 36頁・設問4・勧告(より直截である) |
| 36 | [必須]非処分説では公表の差止請求を示し,法人の名誉・信用侵害の危険を理由にする。 | 5 | 37頁・設問4・公表(名誉・信用を毀損するおそれ) | 37頁・設問4・公表(公表による不利益の重大性) |
| 37 | [高評価]法附則に勧告公表の根拠規定がないことを押さえる。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 37頁・設問4・公表(根拠規定はない) |
| 38 | [許容分岐]勧告に処分性を認めるなら,制度の非強制性を踏まえた詳細で説得的な理由を示す。適用条件:処分性を肯定する構成を選んだ場合。 | 3 | 37頁・設問4・許容分岐(処分性を根拠付ける詳細な記述) | 36頁・設問4・許容分岐(説得的な記述) |
| 39 | [許容分岐]勧告・公表一体又は公表独自の処分説を採る場合,その行為ごとに根拠を論証する。適用条件:処分性を肯定する構成を選んだ場合。 | 3 | 関連範囲に記載なし | 37頁・設問4・許容分岐(論点ごとに精査) |
| 40 | [許容分岐]義務不存在確認を選ぶ場合,勧告に従う義務を対象とし,改正で明文化された公法確認訴訟の意義を示す。適用条件:義務不存在確認を選んだ場合。 | 3 | 37頁・設問4・許容分岐(確認訴訟の可能性) | 37頁・設問4・許容分岐(確認訴訟が明文化) |
5 重みの分布
重み1は0項目,重み2は3項目,重み3は12項目,重み4は8項目,重み5は17項目である。
総数N=0+3+12+8+17=40,重み合計W=0+2×3+3×12+4×8+5×17=159である。
重み5の全項目は次のとおりであり,表の番号から探すことができる。
番号2:大気中で拡散した物質が地表の生活圏で人に曝露する経路を説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号3:排出口が高いほど拡散・希釈により生活圏の濃度とリスクが小さくなると説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号7:法14条1項による改善命令の発動を継続した不適合排出のおそれに接続する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号9:法33条の2第1項1号の直罰を示し,命令を経ず直ちに排出違反を告発できると説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号10:測定・記録・保存の中止を法16条の義務違反として独立に拾う。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号11:記録しない・保存しない行為について法35条3号による直ちの告発を示す。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号13:低濃度でも長期曝露による健康影響が懸念されることを説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号16:強制的規制との対比で,関係者の協働・自主的取組と情報による誘導を示す。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号20:法附則9項に基づく指定物質抑制基準の設定・公表を環境大臣の権限として説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号22:県知事が法附則10項に基づき抑制基準を勘案して必要な排出抑制勧告を行うと示す。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号24:勧告・報告の求めに強制力や罰則がないことを,ばい煙規制と区別して説明する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号26:命令と勧告の法的性質を分けて対応する訴訟類型を選択する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号27:改善命令等には処分性があり,命令前には行訴法3条7項の法定差止訴訟を選ぶと示す。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号28:行訴法37条の4の重大な損害のおそれを本件に即して検討する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号34:附則の文言と強制・罰則の不存在から勧告の非処分性をまず検討する。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号35:非処分説では当事者訴訟又は民事訴訟による勧告の差止請求を直截な救済として示す。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
番号36:非処分説では公表の差止請求を示し,法人の名誉・信用侵害の危険を理由にする。[必須,適用条件:当該設問の全答案(負例は違反回避として評価)]
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
基準日は選択科目試験日の令和4年5月11日とする。
大気汚染防止法は令和4年4月1日施行版を,行政事件訴訟法は当時施行されていた版を用い,「1→(1)」で構成した。
字数は空白を含むUnicode文字数から改行を除いた2109字であり,2500字の上限内である。
判決原文を独立確認したとの表示は付けていない。
2 答案
1 設問1
K値規制は,法3条2項1号・施行規則3条1項により,いおう酸化物の許容排出量を,地域別のK値と補正排出口高さHeに応じて定める量規制である。
排出された物質は大気中で拡散し,地表の生活圏に到達して人に曝露する。
同じ排出量でも排出口が高いほど拡散・希釈が進み,最大着地濃度と健康リスクが小さくなる。
そこで,Heが高いほど許容排出量を大きくできる仕組みとし,生活圏への影響に即して規制した。
Heの算出や2乗の根拠は設問の対象外である。
2 設問2
(1) A社による基準値の10倍のいおう酸化物の排出は,法13条1項の排出制限に違反する。
老朽化した炉から不適合ばい煙を継続して排出するおそれがあるので,B県知事は法14条1項により,期限を定めて炉の構造・使用方法・ばい煙処理方法の改善を命じ,又は炉の使用の一時停止を命じることができる。
排出制限違反には法33条の2第1項1号の直罰規定がある。
B県の担当公務員は,職務上犯罪があると思料すれば告発すべきであり(刑訴法239条2項),改善命令やその違反を待たず,直ちに排出違反を告発できる。
法14条の命令違反には,別に法33条の罰則がある。
(2) 測定を中止し,記録を保存しなくなったことも,法16条の測定・記録・保存義務に違反する。
特に,記録しない・保存しない行為には法35条3号の直罰があり,この違反についても改善命令を経ず直ちに告発できる。
工場長がA社の業務に関して行った違反には,法36条によりA社への罰金も問題となる。
B県知事は,法26条1項の報告徴収・立入検査等によって違反状況を確認する。
3 設問3
(1) 有害大気汚染物質は,継続的な摂取によって人の健康を損なうおそれがあり,大気汚染の原因となる物質である(法2条16項)。
低濃度でも長期曝露による健康影響が懸念される一方,多様な物質の健康リスクについて科学的知見は十分でない。
そこで,知見の充実を図りながら将来の健康被害を未然に防止する,予防的アプローチによる制度が設けられた(18条の41)。
この制度は,ばい煙規制のような命令・罰則による直接的規制とは異なり,関係者の協働,自主的取組及び情報を通じた誘導によってリスクを低減する。
事業者には排出・飛散状況の把握と抑制措置の責務(18条の42)を,国・地方公共団体には調査,知見の充実,情報・知識の普及等(18条の43・44)を,国民にも抑制の努力義務(18条の45)を求める。
(2) そのうち,健康被害防止のため排出を早急に抑制すべき指定物質については,法附則9項により環境大臣が施設の種類等に応じた指定物質抑制基準を設定・公表する。
ベンゼンは施行令附則3項の指定物質であり,本件炉には抑制基準が定められている。
B県知事は,健康被害を防止するため必要があると認めるとき,法附則10項により,抑制基準を勘案してA社に排出抑制のため必要な勧告をすることができる。
恒常的な1.5倍の超過を踏まえ,炉の改善等を促すことが考えられる。
また,勧告に必要な限度で施設状況等の報告を求めることができる(附則11項)。
勧告・報告の求めは強制的な命令ではなく,違反罰もない。
国の評価・公表や県の知識普及の一般規定を,この具体的な超過対応の根拠と取り違えない。
4 設問4
(1) 改善命令等はA社に義務を課す処分であり,発令が計画されている現段階では,B県に対する法定抗告訴訟としての差止めの訴え(行訴法3条7項)を検討する。
中心となる訴訟要件は重大な損害を生ずるおそれである(37条の4第1・2項)。
炉の停止等による営業上の財産的不利益に加え,公表による信用の失墜の回復困難性を,処分後の取消訴訟・執行停止によって容易に救済できるかという観点から検討する。
排出違反には直罰があるため,改善命令とは独立に刑事責任を問われ得る点も区別し,命令を差し止めることで防げる損害の範囲を吟味する。
法律上の利益等の他の訴訟要件は簡潔に確認するにとどめる。
(2) ベンゼンに係る勧告は,附則の文言,強制力・罰則の不存在及び制度趣旨から,処分性のない法定の行政指導と解する。
この立場では,法定の抗告差止訴訟とは区別し,B県に対する公法上の当事者訴訟(行訴法4条)として,直截に勧告の差止めを求めることを検討する。
勧告に従う義務の不存在確認も候補となるが,現在計画された勧告を防止するには差止請求が直接的である。
(3) 勧告及び命令の公表も,当然に法的義務を生じさせるものではない。
とりわけ勧告公表の根拠規定は法附則にない。
公表されればA社の名誉・信用が毀損されるおそれがあるから,公法上の当事者訴訟又は民事訴訟による公表の差止請求を検討する。
両類型の区別を詳論する必要はない。
なお,勧告,勧告と公表を一体とする行為,又は公表自体に処分性を認める構成を採るなら,重大な不利益だけでなく,制度の非強制性を乗り越える処分性の根拠を行為ごとに詳細に示して,抗告訴訟による差止めを検討する。
ここでは非処分説を採る。
超過解消や調査方法の問題という本案,損害賠償,行政手続上の手段及び仮の救済は論じない。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
設問1は番号1~5,設問2は6~12,設問3は13~25,設問4は26~40に対応する。
標準答案は非処分説と直截な差止請求を採り,処分性肯定構成及び確認訴訟は代替構成として扱う。
許容枝の必要な理由は以下で補足する。
(2) K値規制の増減方向
番号2・3では,大気という媒体を通じて人が地表で曝露することから,煙突高さと生活圏のリスクをつなぐ。
番号4ではHeの増加による許容排出量の増加を明示する必要があり,汚染が広範囲に広がるという説明だけでは式の方向を説明できない。
2乗の物理的な導出は求められていない。
(3) 行政命令と直罰・告発
番号7の改善命令と,番号9・11の直罰による告発は別の経路である。
命令に従わなかった時点だけが告発の入口なのではなく,排出制限違反と記録・保存義務違反それ自体を告発できる。
法16条の測定義務と,法35条3号が罰則対象とする記録・保存違反の文言も対応させる。
(4) 指定物質の基準設定と誘導
番号13~19は科学的不確実性と自主的取組・情報の制度的関係を示し,番号20~24は附則の具体的な作用を示す。
基準設定・公表は環境大臣,個別の勧告・報告の求めは県知事が担い,主体と行為を交換しない。
基準の超過を直ちに命令又は処罰へ結び付けることはできない。
(5) 命令・勧告・公表の救済
番号27~32では,命令の法定差止訴訟の重大損害について,事後の取消訴訟・執行停止の実効性と比較する。
財産上の不利益,信用低下,直罰の存在を挙げる際は,それぞれの不利益が命令・公表・排出違反のどれから生じ,差止めでどこまで防げるかを分析する。
他の訴訟要件を長く論じてもそれ自体が減点ではないが,本件特有の検討が薄くなることは避けたい。
番号34~37では,勧告の非強制性,名誉・信用への公表の影響,附則に公表根拠がないことを分ける。
番号38・39の処分性肯定説は,実際上の重大な不利益を示すだけでなく,法的な強制効果を重視する通常の処分概念に照らし,なぜ抗告訴訟による救済を認めるかを論証する必要がある。
公式資料は説得的な肯定構成にも評価を与えており,非処分説と異なることだけで誤りとはしない。
番号40の確認請求は「勧告に従う義務」の不存在を対象とする。
行訴法4条が公法上の法律関係に関する確認訴訟を明示した意義を押さえれば,この構成も一定の理解を示すものとして評価される。
もっとも,本件では勧告・公表の差止請求が直接的であり,当事者訴訟と民事訴訟の区別の詳論まで求められていない。
(6) 答案の弱点と扱わなかった事項
多数の評価項目のうち,許容分岐と高評価の要素は答案にすべてを同量に書くものではない。
本答案も制裁の刑量や検査手続の詳細を圧縮し,設問4の本案や仮救済は独立の請求として展開していない。
採点実感の水準像は,主要論点の複数に不十分さがあっても他の論述を踏まえて評価したと説明しており,項目の単純合計から合否を推定することはできない。
第6 関連記事
1 同じ年度の司法試験の別の模範解答
①令和4年度司法試験公法系第1問の模範解答と評価項目(AI作成)
②令和4年度司法試験公法系第2問の模範解答と評価項目(AI作成)
2 本問の模範解答と関連する山中弁護士ブログの記事
①条例は法律より厳しい規制を定められるか―自主条例・委任条例・上乗せ・横出し規制(AI作成)
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
①令和4年司法試験論文式試験問題・選択科目(法務省):環境法第1問・資料,物理32~33頁。
②令和4年司法試験論文式試験出題の趣旨(法務省):物理35頁の環境法見出し~37頁の第2問見出し直前。
③令和4年司法試験の採点実感・選択科目(法務省):環境法総論・第1問,物理35~38頁及び40頁の関連末尾。
2 法令
①大気汚染防止法・令和4年4月1日施行版(e-Gov):本則の規制・責務・罰則と制定附則9~11項を区別して確認した。
②行政事件訴訟法・試験時施行版(e-Gov):3条,4条,37条の4等。
③刑事訴訟法(e-Gov):告発に関する239条。
④平成2年環境白書(環境省):K値規制と着地濃度。
⑤平成8年改正の施行通知(環境省):科学的知見,自主的取組,指定物質の勧告・報告。
通知の制定当時の条番号を,試験時の法令本則の番号へ無断で流用していない。
3 裁判例
勧告・公表に関する特定の判決原文を独立確認したとの表示は付けていない。
本稿の訴訟類型は,試験当時の法令の構造と,公式資料に記された評価・許容幅を分けて示している。
4 確認状態
問題,公式資料の対象部分及び試験当時の主要条文は原文に照合した。
評価単位の切分け,重み,答案の優先順位と法的当てはめは本稿の独自判断である。
確認した根拠の範囲を超えて,法務省の項目別配点や特定の結論だけが唯一の正解であると表示するものではない。