法務省の「法テラスの在り方に関する有識者検討会」では,法テラスが設立から約20年を経た現在,法的支援を必要とする人へどのように到達し,福祉・医療・自治体等とどのように連携し,デジタル技術をどこまで利用するかが検討されている。
本記事は,令和8年(2026年)9月27日までに法務省が公表した第1回から第7回までの資料,第1回から第6回までの議論の中間整理及び第7回提出資料を基にする。第7回議事録は同日時点で「準備中」であり,最終報告又は最終的な制度改正はまだ公表されていない。そのため,現行制度,検討会資料の記載,委員等の意見及び本記事の実務上の整理を区別して記載する。
第1 この記事の対象と資料の確定状況
令和8年9月16日の第7回会議では,それまでの議論の中間整理,今後の大きな検討テーマ,司法アクセスの理念,法テラス・ビジョン2035並びに寺町東子委員,生水裕美委員,猪之鼻克司委員及び板東晶子委員の提出資料等が公表された。
確認できるのは,検討会で検討されている論点と,各資料が示す現状認識・提案である。資料に書かれた提案が,そのまま政府又は法テラスの最終方針になったわけではない。特に,民事法律扶助の費用負担,弁護士報酬,組織体制,データ連携及び生成AIの利用については,法令,業務方法書,予算,個人情報保護及び専門職倫理を含む別途の検討が必要である。
第2 総合法律支援法と法テラスの出発点
総合法律支援法は,裁判その他の法による紛争解決のための制度の利用をより容易にし,弁護士,弁護士法人,司法書士その他の専門家のサービスへより容易にアクセスできるようにすることを目的とする。日本司法支援センター(法テラス)は,同法に基づき,情報提供,民事法律扶助,国選弁護等関連業務,犯罪被害者支援及び司法過疎対策等を担っている。
法テラスを評価するときは,「組織や窓口が存在するか」と,「支援を必要とする人が実際に支援へ到達できるか」を分ける必要がある。制度が設けられていても,利用者が問題を法的問題と認識できない,予約・移動・書類準備ができない,又は複数機関の間で支援が途切れるなら,実質的な司法アクセスは確保されない。
第3 法的問題として言語化される前の司法アクセス
検討会資料が繰り返し扱うのは,困りごとが相談者自身によって法律問題として整理された後の入口だけではない。住居喪失,借金,虐待,DV,労働問題,障害,認知症,孤立その他の問題は相互に重なり,本人が「法律相談を受けるべき問題」と認識できないことがある。
したがって,司法アクセスは,法律相談の予約受付から始まるのではなく,福祉,医療,教育,自治体,消費生活相談,被害者支援等の現場で法的課題の兆候を発見し,本人の意思を確認した上で法的支援へつなぐ段階から始まる,という視点が重要になる。
第4 アウトリーチと「つなぎ」の設計
寺町東子委員及び生水裕美委員の提出資料等は,待ち受け型の相談だけでは支援へ到達しにくい人に対応できないことを指摘し,アウトリーチ,関係機関からの紹介及び伴走的な支援を論点としている。
実務上は,単に電話番号又はウェブサイトを教えるだけの紹介と,予約取得,必要資料の整理,同席,結果の共有範囲及び次の担当を確認する「温かいつなぎ」を区別すべきである。後者を継続可能にするには,誰が初期評価を行い,誰が本人同意を得て,どこまで情報を共有し,誰が次の行動を確認するかを決める必要がある。
第5 司法ソーシャルワークと多機関連携
本検討会でいう司法ソーシャルワークは,法律家が福祉職の仕事を代替するという意味ではない。法的課題と生活課題が複合する事案について,法律家,法テラス職員,福祉・医療・自治体等がそれぞれの専門性と責任範囲を明確にしながら連携する取組として理解するのが適切である。
連携を善意の個人技だけに依存させると,担当者の異動,過重負担又は無償労働によって継続しなくなる。定例のケース会議,紹介様式,緊急度の区分,連絡窓口,終結基準,役割分担及び対価・費用の扱いまで制度化することが必要である。これは検討会資料から導かれる実務上の整理であり,現行法が一律の連携方法を定めているという意味ではない。
第6 独立性・守秘義務・利益相反・本人同意
多機関連携では,情報共有が多いほどよいとは限らない。弁護士の独立性及び守秘義務,利益相反,本人の自己決定並びに各機関の個人情報保護上の根拠を先に確認する必要がある。
実務では,①共有の目的,②共有する情報の範囲,③共有先,④保存期間,⑤本人同意の内容と撤回方法,⑥緊急時の例外,⑦利益相反が判明した場合の担当変更を記録することが望ましい。本人のための連携であっても,包括的な同意書だけで無限定の共有を正当化することは避けるべきである。
第7 民事法律扶助の利用障壁と費用負担
民事法律扶助については,資力基準,必要書類,審査,立替金の償還,免除,対象事件及び受任者確保が利用のしやすさに影響する。制度を案内するときは,「無料の弁護士制度」と一括して説明せず,無料法律相談と代理援助・書類等作成援助,立替えと給付,償還と免除を分ける必要がある。
検討会資料には,利用者負担の在り方,償還,給付化又は一部免除等に関する問題提起がある。しかし,令和8年9月27日時点では検討段階の提案を含み,現行の総合法律支援法,法テラス業務方法書及び民事法律扶助業務運営細則に代わる確定制度ではない。個別事件では必ず現行規程と法テラスの最新案内を確認する必要がある。
第8 災害,被害者,外国人,DV,こども等への対応
司法アクセスの障壁は一様ではない。大規模災害では住居・通信・証拠の喪失と期限管理が問題となり,犯罪被害者及びDV被害者では安全確保と加害者への情報漏えい防止が優先する。外国人については言語,通訳,在留資格及び制度理解,こどもについては年齢・発達に応じた説明と意思把握が必要である。高齢者,障害者及び孤立状態にある人については,来所を前提としない支援が必要になることがある。
したがって,単一のオンライン窓口だけでアクセス問題が解決するわけではない。対面,電話,オンライン,出張相談及び関係機関を介した相談を組み合わせ,安全性と本人の選択可能性を確保する必要がある。
第9 DX・生成AIと人間の役割分担
法テラス・ビジョン2035及び第7回資料は,DX,データ活用及び生成AIを今後の業務基盤の論点に挙げている。生成AIは,公開情報の検索補助,定型案内の下書き,記録の分類,匿名化された集計その他のバックオフィス業務で効率化に寄与し得る。
一方,初回面談,虐待・DV・自殺リスク等の把握,本人意思の確認,利益相反の判断,法的評価及び最終的な助言を生成AIだけに委ねるべきではない。誤情報,偏り,説明可能性,個人情報,秘密保持,ログ管理及び責任主体を明確にし,人が確認して最終判断する仕組みが必要である。
第10 評価指標を相談件数だけにしない
相談件数が横ばいであることから,直ちに法的需要がないとはいえない。未認知の需要,予約前の離脱,紹介後の未到達,言語・移動・費用の障壁及び受任者不足は,完了件数に表れにくい。
実務上は,相談件数に加え,初回接触から相談までの期間,紹介完了率,途中離脱,緊急案件の対応時間,通訳・合理的配慮の実施,地域差,受任者確保及び相談後の次の支援への接続等を評価する必要がある。どの指標を正式に採用するかは今後の制度設計上の課題である。
第11 弁護士実務で使える確認事項
- 依頼者が述べた法律問題だけでなく,住居,収入,医療,家族,安全及びコミュニケーション上の障壁を確認する。
- 法テラス利用の可否を,収入額だけで即断せず,家族構成,資産,家賃,医療費等と現行基準に照らして確認する。
- 法テラスを利用する場合と私選契約の場合の費用,手続,時間及び選択肢を説明し,依頼者の選択と説明内容を記録する。
- 他機関へ紹介するときは,紹介先を伝えるだけで足りるか,予約・同席・資料整理等の支援が必要かを検討する。
- 連携前に,本人同意,守秘義務,利益相反及び最小限の情報共有を確認する。
- 生成AI又は自動化を用いる場合は,入力情報,保存先,誤りの検証方法及び人による最終確認を定める。
第12 確定事項,委員意見,実務上の推論及び未確認事項
| 区分 | 本記事での扱い |
|---|---|
| 確定事項 | 総合法律支援法の現行条文,法テラスの現行業務,法務省が公表した検討会開催資料及び第1回から第6回までの中間整理。 |
| 検討会資料・委員意見 | 司法ソーシャルワーク,アウトリーチ,利用者負担,組織・報酬,DX・生成AI等に関する問題提起。最終方針ではない。 |
| 実務上の推論 | 温かいつなぎの手順,連携記録,評価指標及び人とAIの役割分担に関する本記事の整理。 |
| 未確認事項 | 第7回議事録,最終報告,内部運用資料,確定した制度改正及び予算措置。判例秘書は本記事作成に当たり検索していない。 |
なお,第7回資料の一部に総合法律支援法を「平成16年法律第74条」とする記載があるが,正しくは「平成16年法律第74号」である。また,提出資料に引用された個別の数値又は社会的費用について,本記事では原典まで確認できなかったものを確定事実として採用していない。
第13 公式資料及び関連記事
①法務省「法テラスの在り方に関する有識者検討会」
https://www.moj.go.jp/housei/sougouhouritsushien/housei04_00093.html
②第1回から第6回までの議論の中間整理
https://www.moj.go.jp/content/001470934.pdf
③今後の大きな検討テーマ
https://www.moj.go.jp/content/001470935.pdf
④第7回会議の検討テーマ及び司法アクセスの理念
https://www.moj.go.jp/content/001471016.pdf
https://www.moj.go.jp/content/001471017.pdf
⑤法テラス・ビジョン2035
https://www.moj.go.jp/content/001470868.pdf
⑥寺町東子委員,生水裕美委員,猪之鼻克司委員及び板東晶子委員の提出資料
https://www.moj.go.jp/content/001470869.pdf
https://www.moj.go.jp/content/001470870.pdf
https://www.moj.go.jp/content/001470872.pdf
https://www.moj.go.jp/content/001470873.pdf
⑦e-Gov法令検索「総合法律支援法」
https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000074?occasion_date=20260721
⑧法テラス「弁護士・司法書士の方へ 法令・規程集」
https://www.houterasu.or.jp/site/bengoshitou-horei-kitei/
⑨関連記事「民事法律扶助に関する法テラス業務方法書―現行版・主要条文・2026年改正(AIリライト)」
https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/03/07/houterasu-gyoumuhouhousho/
⑩関連記事「法テラスの民事法律扶助業務運営細則―現行版の確認方法と実務上の注意(AIリライト)」
https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/03/07/hujyo-saisoku/