第1 この記事の対象と結論
令和2年度司法試験民事系科目について、問題文から公式「出題の趣旨」を未読のまま復元し、その復元結果を固定した後、法務省の実際の「出題の趣旨」及び「採点実感」と照合した。
中心論点の多くは復元できたが、論点名を挙げるだけでは公式内容を網羅できなかった。差が生じたのは、①設問が求める最小十分な法律構成、②同じ項の中の号別分岐、③事実がまず生じさせる法的効果、④瑕疵から最終救済への橋渡し、⑤数値が権利・支配力へ及ぼす二次的効果、⑥反対説を採った場合の後続処理、⑦訴訟要件について複数の結論を許す理由付けである。
以下では、公式資料の内容と、そこから法律実務へ応用できる点を区別する。司法試験資料は出題・評価の公式資料であるが、個別事件の判例命題を独立に証明する資料ではない。
第2 未読復元を先に固定した理由
公式資料を先に読むと、後から作った説明を「もともと問題文だけから分かっていた」と誤認しやすい。そのため、問題文、当時の法令、裁判例その他の一次資料だけで復元を作り、ファイルとSHA-256を保存してから公式資料を開いた。
この方法により、「論点を知っていたか」ではなく、「設問の動詞、当事者、対象行為、時点、法的効果及び救済をどこまで問題文から復元できたか」を監査できる。後の比較は元の復元を上書きせず、別文書にした。
第3 民法―一致した点と深掘りすべき点
1 契約不適合、債権譲渡及び相殺
代金減額と、追完に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺を区別し、前者を民法468条、後者を同法469条へ振り分ける点は一致した。
不足したのは、居住を続けながら最終支払額を減らしたいという依頼に合わせ、追完請求や同時履行の抗弁を主ルートから外す判断である。また、損害賠償債権をいつ取得したかを確定した上で、469条2項1号の「対抗要件具備時より前の原因」と同項2号の「譲受人が取得した債権を発生させた契約」の双方を、要件・理由・効果まで閉じる必要があった。
2 法定通行権と約定地役権
民法213条の法定通行権と契約に基づく通行地役権は、同じ通路部分を対象にしても発生原因と消滅原因が異なる。一方が成立又は消滅しても他方が当然に消長するわけではないことまで明示する必要がある。
有償地役権設定契約は、設定者の当初の設定債務、設定後に残る不作為義務の有無、対価が一回払か定期金か、解除後に物権的効力がどうなるかを分ける。契約名だけから継続債務又は解除効果を決めてはならない。
3 預貯金の払戻しと法定単純承認
相続財産である預貯金を払い戻して費消した事実の第一次的な法的意味は、相続承認の追認一般ではなく、民法921条1号の法定単純承認である。最終結論だけでなく、最初に作動する条文上の効果を示す必要がある。
第4 会社法―割合計算から救済まで
1 新株発行後の救済
募集株式の発行後は、新株発行無効の訴えを主たる手続とし、株主総会決議の取消事由がなぜ新株発行の無効原因となるほど重大かを説明する。決議の瑕疵から直ちに無効へ飛ばず、非公開会社における支配的利益、瑕疵の重大性、真の同意及び差止機会の実質的欠如を橋渡しにする。
2 株式併合による不利益
株数と議決権割合の計算だけでは足りない。3%を下回って少数株主権を失うか、他の株主が3分の1を超えて特別決議に関する拒否力の配置が変わるかという二次的効果まで追う必要がある。
種類株式が関係する場合は、会社法116条の反対株主の買取請求、182条の3の差止め、831条の決議取消しを分ける。差止めの法令違反については、決議取消事由、権利濫用、取締役の善管注意義務違反、322条の種類株主総会規定の類推適用等が別々の構成になり得るが、個別事案に即して要件から救済まで接続しなければならない。
第5 民事訴訟法―訴えの利益と証拠利用
1 将来給付の訴え
敷金返還請求権は、明渡し、未払賃料、原状回復費用等によって成否・額が変動する。民事訴訟法135条と将来給付を許す判例上の要件を参照しつつ、その枠組みを敷金返還請求へそのまま適用すること自体を検討対象とする。明渡しが債権者側の意思に左右されることや、債務者へ請求異議の訴えの負担を課すことも評価する。
2 確認の利益
確認対象が現在、将来又は過去の法律関係のどれかという分類だけで結論を決めない。紛争の抜本的・直接的な解決に適するか、即時確定の利益があるかを具体的に検討する。
3 共同訴訟と取下げ後の証拠
共同訴訟の類型、一部当事者による訴えの取下げ、既に取り調べた証拠の残存効果については、公式資料も複数の構成を許容している。どの見解を採るかより、共同訴訟人独立の原則、証拠共通、取下げの効果及び相手方の手続保障を一貫して説明することが重要である。
第6 採点実感から得られる七つの実務上の教訓
- 依頼が求める終点から主ルートを選ぶ。希望する結果に必要十分な構成を先に完成させる。
- 条文の状態を言い切る。違反、充足、不適用又は見解対立のどれかを曖昧にしない。
- 事実の第一次的な法的効果を書く。最初に作動する条文と効果を示す。
- 瑕疵から救済まで橋を架ける。違反があるというだけで取消し、無効又は差止めへ飛ばない。
- 判例の枠組みを事案へ適合させる。判例名や三要件だけでなく、本件へ使えるかを検討する。
- 分岐を最後まで閉じる。各説の要件、事実、効果及び次の手続まで書く。
- 段落ごとに減点理由を検索する。条文の取り違え、不応答、事実の羅列、理由のない結論及び矛盾を確認する。
第7 一次資料による裏付けの範囲
問題、出題の趣旨及び採点実感は、法務省の公式PDFで確認した。未読復元と公式校正は別ファイルとして保存し、元の復元を上書きしていない。
公式資料は、試験で想定された論点と採点上の着眼点についての一次資料である。他方、公式資料が前提とする全裁判例について、今回あらためて判決原文を全件通読したわけではない。個別事件へ応用するときは、現行条文、問題時法、判決原文、反対裁判例及び事案の相違を別に確認する必要がある。