第1 労災保険給付に不服がある場合の全体像
1 不服申立てと取消訴訟の流れ
労働基準監督署長がした保険給付に関する決定に不服のある者は,労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をし,その決定に不服のある者は,労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる(労働者災害補償保険法38条1項)。労働災害に該当する交通事故の事案でいえば,労働基準監督署による症状固定の判断が早すぎるとして休業補償給付の不支給決定を争う場合や,後遺障害等級の認定に誤りがあるとして障害補償給付に関する決定を争う場合が典型である。労働者災害補償保険審査官は,実務では労災保険審査官と呼ばれており,雇用保険審査官と併せて労働保険審査官と総称される(労働保険審査官及び労働保険審査会法1条)。
保険給付に関する決定の取消しの訴えは,当該決定についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ提起することができない(労災保険法40条)が,労働保険審査会の裁決を経る必要はない。平成28年3月31日までは,審査請求と再審査請求の双方を経なければ出訴できない二重前置であったところ,行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成26年法律第69号)により,平成28年4月1日から一重前置に改められた。したがって現在は,審査官の決定を受けた後で,再審査請求をするか,直ちに取消訴訟を提起するかを選択することになる。
2 行政不服審査法との関係
労災保険給付に関する審査請求及び再審査請求については,行政不服審査法第2章(22条を除く。)及び第4章の規定が適用されない(労災保険法39条)。そのため,一般の審査請求で採られる審理員による審理も,行政不服審査会等への諮問も行われず,手続はすべて労働保険審査官及び労働保険審査会法及び同法施行令による。もっとも,行政不服審査法22条(誤った教示をした場合の救済)は適用されるほか,同法第6章の教示の規定(82条・83条)も適用されるので,労働基準監督署長は決定の際に不服申立てをすることができる旨等を書面で教示しなければならない。
労働保険審査官及び労働保険審査会法は,平成28年4月1日施行の上記整備法により大きく改められた。改正の柱は,①審査請求期間を処分を知った日の翌日から60日以内から3か月に,再審査請求期間を決定書の謄本の送付を受けた日の翌日から60日以内から2か月に延長したこと,②標準審理期間を定める努力義務及び手続の計画的進行に関する規定を設けたこと,③口頭意見陳述の場で原処分庁に質問する権利を法定したこと,④文書その他の物件の閲覧及び写しの交付を請求できることとしたこと,⑤不服申立前置を一重化したことである。このうち実務に最も影響が大きいのは③であるが,後記第2の6のとおり,制度の存在自体が請求人に十分に知らされていないことが指摘されている。
3 令和9年4月1日からの対象の拡大
労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号。令和8年7月17日公布,令和9年4月1日施行)により,社会復帰促進等事業に関する決定に対する不服申立ての手続が,行政不服審査法から労働保険審査官及び労働保険審査会法に移る。改正後の労災保険法38条1項は,不服申立ての対象を「保険給付又は第二十九条第一項各号に掲げる事業であつてこの保険の適用事業に係る労働者及びその遺族に対して行われるものとして政令で定める事業の実施に関する決定」と定めている。
厚生労働省の資料は,改正理由について,現行制度では社会復帰促進等事業の給付に関する決定は行政不服審査法に基づく審査請求(審査庁は厚生労働大臣)とされているため,業務上外の判断など保険給付と社会復帰促進等事業の給付に共通する同一の争点について異なる判断がされ得ることを挙げている。もっとも,対象となる事業を定める政令は令和8年8月1日時点で制定されていないので,義肢等補装具費,労災就学援護費,特別支給金等のうちどこまでが対象となるかは政令を待つ必要がある。なお,社会復帰促進等事業に属する労災就学援護費の支給に関する決定について抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断したのが,最高裁判所第一小法廷平成15年9月4日判決(平成11年(行ヒ)第99号,労災就学援護費不支給処分取消請求事件,集民210号385頁)であり,今回の改正はこの判決から22年を経た立法上の整理と位置付けられる。
第2 労災保険審査官に対する審査請求
1 審査官の位置付け及び管轄
労働保険審査官は各都道府県労働局に置かれ(労働保険審査官及び労働保険審査会法2条の2),労働者災害補償保険審査官は行政職俸給表(一)による職務の級が三級以上の労働基準監督官又は厚生労働事務官をもって充てられる(同法施行令1条1項)。審査請求は,原処分をした行政庁(労働基準監督署長)の所在地を管轄する都道府県労働局に置かれた審査官に対してする(同法7条1項)。労災保険審査官宛ての郵便物の宛先が労働局の労働基準部労災補償課になっていることがあるものの,審査官は同課に所属しているわけではない。
審査官は,①審査請求に係る処分に関与した者,②審査請求人,③審査請求人の配偶者,四親等内の親族又は同居の親族,④審査請求人の代理人,⑤③④に掲げる者であった者,⑥審査請求人の後見人等,⑦利害関係者のいずれにも当たらない者でなければならない(同法7条2項)。
なお,労働者災害補償保険審査官は,労災保険法に基づく審査請求のほか,労働基準法86条1項による審査及び仲裁の事務も取り扱う(労働保険審査官及び労働保険審査会法6条,同法施行令20条)。この労働基準法上の審査は労災保険の審査請求とは別の制度であり,最高裁判所第三小法廷昭和45年3月24日判決(昭和43年(行ツ)第114号,審査請求却下の認定処分取消等請求,集民98号461頁)は,労働基準法85条による災害補償に関する行政官庁の審査の結果は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないと判示している。
2 審査請求期間
審査請求は,審査請求人が原処分のあったことを知った日の翌日から起算して3か月を経過したときは,することができない(労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項本文)。もっとも,正当な理由によりこの期間内に審査請求をすることができなかったことを疎明したときは,この限りでない(同項ただし書)。審査請求書を郵便又は信書便で提出した場合,送付に要した日数は審査請求期間に算入されない(同条2項)。
審査請求期間の徒過は,取消訴訟の可否にも直結する。最高裁判所第二小法廷昭和30年1月28日判決(昭和28年(オ)第251号,労働者災害補償認定および裁決取消請求,民集9巻1号60頁)は,保険給付に関する決定及び保険審査官の審査決定についての審査請求が不適法として却下された場合には,その却下決定が正当である以上,保険給付に関する決定及び保険審査官の決定の取消しを求める訴えは不適法であると判示している。前置手続を適法に経ていない以上,訴訟の入口も閉じられるということである。
3 方式,記載事項及び提出先
審査請求は,文書又は口頭ですることができる(同法9条)。文書でするときの審査請求書には,①審査請求人の氏名及び住所又は居所,②代理人の氏名及び住所又は居所,③原処分を受けた者の氏名又は名称及び住所又は居所,④原処分をした行政庁の名称,⑤原処分のあったことを知った年月日,⑥審査請求の趣旨,⑦審査請求の理由,⑧原処分をした行政庁の教示の有無及びその内容,⑨審査請求の年月日,⑩審査請求期間経過後に審査請求をする場合の正当な理由を記載する(同法施行令4条1項)。労災保険に関する審査請求では,これに加えて,⑪原処分を受けた者が原処分に係る労働者以外の者であるときは当該労働者の氏名,⑫原処分に係る労働者が給付原因の発生した当時使用されていた事業場の名称及び所在地,⑬審査請求人が原処分に係る労働者以外の者であるときは当該労働者との関係を記載しなければならない(同条2項)。代理人によって審査請求をするときは委任状を添付する(同条4項)。口頭でするときは,これらの事項を陳述し,聴取書が作成される(同法施行令5条)。
審査請求書は,審査請求人の住所若しくは居所を管轄する労働基準監督署長又は原処分をした労働基準監督署長を経由して提出することもできる(同法施行令3条1項)。労働局まで出向かなくても手続を開始できるので,実務上は使い勝手がよい。
4 代理人
審査請求は代理人によってすることができ,代理人は各自,審査請求人のために当該審査請求に関する一切の行為をすることができる(同法9条の2第1項・2項本文)。そのため,代理人は労災保険審査官との面談にも同席することができる。ただし,審査請求の取下げは,特別の委任を受けた場合に限りすることができる(同項ただし書)。
5 原処分庁の意見書
審査請求をすると,原処分庁である労働基準監督署長の意見書が送付される。意見書には,①審査請求人等として審査請求人の氏名及び所属事業場等が,②意見として「本件審査請求を棄却されたい。」などの結論が,③理由として,「事実」の項に災害事実の概要及び処分に至るまでの経緯(負傷又は発症後の療養経過,本件審査請求に関連する保険給付に関する処分経過,療養期間等)が,「処分の理由」の項に該当する判断基準等及び判断が記載される。審査請求人の側の反論は,この意見書の「処分の理由」に示された判断基準のどの要件について争うのかを特定して組み立てることになる。
6 口頭意見陳述及び原処分庁に対する質問権
審査請求人又は利害関係者の申立てがあったときは,労災保険審査官は,申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない(同法13条の3第1項本文)。この口頭意見陳述は,審査官が期日及び場所を指定し,審査請求人等を招集してさせるものであり(同条2項),審査官は,申立人の陳述が事件に関係のない事項にわたる場合その他相当でない場合には,これを制限することができる(同条3項)。
口頭意見陳述に際し,申立人は,審査官の許可を得て,当該審査請求に係る事件に関し,原処分をした行政庁に対して質問を発することができる(同条4項)。すなわち,審査請求人の側から労働基準監督署に対して直接に質問することができる。この質問権は平成28年4月1日から新設されたものであり,再審査請求の段階でも,当事者及びその代理人は審査長の許可を得て原処分庁に質問を発することができる(同法45条5項)。
制度の運用については,NPO法人神奈川労災職業病センター「改正された労災審査請求制度の実務的対応について」が,代理人として口頭意見陳述を行った経験を報告している。同記事によれば,厚生労働省の労災保険審査請求事務取扱手引では,意見陳述までに質問を文書で提出し,意見陳述の場で口頭回答を受け,再質問はできるが期日を改めて設ける必要はないとされている一方,審査官から請求人に対して質問の方法や流れを説明する文書は送られておらず,質問ができること自体が知らされていないという。同記事は,質問と回答を事前に文書で行い,口頭意見陳述で補足し,最後に意見書をまとめるのが双方にとって合理的であり,原処分庁が答えられない事項が残れば少なくとも調査が不十分であったことが明らかになると述べている。手引そのものは後記第7の2のとおり当ブログに掲載している。
なお,中嶋士元也の著作は,平成28年度以降に労働保険審査会に対する再審査請求件数が減少した一因として,審査官段階で質問権,資料閲覧権及び書面交付請求権が相当程度行使されるようになり,審査官段階の未決事案が増加したことを挙げており,質問権が審査官段階と審査会段階の二重で行使されることによる審理の遅延を懸念している。制度としては請求人の手続的権利が強化された反面,決定までの期間が長期化する可能性がある点は,見通しを立てるうえで考慮する必要がある。
7 審理のための処分の申立て
審査官は,審理を行うため必要な限度において,審査請求人等の申立てにより又は職権で,①審査請求人又は参考人の出頭を求めて審問し,又はこれらの者から意見若しくは報告を徴すること,②文書その他の物件の所有者,所持者若しくは保管者に対し当該物件の提出を命じ,又は提出物件を留め置くこと,③鑑定人に鑑定させること,④事件に関係のある事業所その他の場所に立ち入って質問し,又は帳簿,書類その他の物件を検査すること,⑤審査官の指定する医師の診断を受けるべきことを命ずることができる(同法15条1項各号)。この申立ては文書又は口頭ですることができ,記載事項は同法施行令13条2項に定められている。
重要なのは,審査官がこの申立てを尊重しなければならないとされていること(同法施行令13条5項)である。後遺障害等級を争う事案では,原処分庁が収集した医証の範囲を超えて審理を求める手段はこの申立てに限られるから,反論の中心をどの処分の申立てに載せるかを早い段階で決めておく必要がある。
他方で,審査請求人が正当な理由なく出頭せず,審問に対して答弁せず,報告をせず,虚偽の陳述若しくは報告をし,物件を提出せず,検査を拒み,又は指定医師の診断を忌避したときは,審査官はその審査請求を棄却し,又はその意見を採用しないことができる(同法15条5項)。また,審査請求は原処分の執行を停止せず,審査官が償うことの困難な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときに職権で執行を停止できるにとどまり,申立てによる執行停止の制度はない(同法14条1項)。この点は行政不服審査法25条と異なる。
8 面談,同意書及び受診歴の調査
労災保険に対する審査請求をした場合,通常は労働局に赴いて労災保険審査官と面談し,審査請求人の口頭での言い分を供述調書にまとめてもらうことになる。審査官は,審理に当たっては審査請求人及び原処分をした行政庁の説明を求めなければならないとされている(同法施行令11条)。面談の際には署名押印をするので認め印を持参する必要があり,事前に審査請求書及び原処分庁の意見書を読み直しておくとよい。
また,次の文面を含む同意書を提出するように指示され,過去の医療機関受診歴等を詳細に調査されることがある。既往症の存在や他原因の可能性が争点になり得る事案では,同意書を提出することによってどの範囲の資料が収集されるのかを意識しておく必要がある。
今般,私が労働者災害補償保険審査官に審査請求を行った件に関し,労働者災害補償保険審査官が本件請求に係る調査・決定に際し,医療機関に対しレントゲンフィルム・診療録・意見書等の提出を求められること,関係機関等に対し資料等の提出を求められること,及び,関係機関等(医療機関を含む。)に対し照会を行われることに異議なく,本書をもって同意します。
面談場所については,大阪労働局労働基準部労災補償課が,Osaka Metro谷町線・中央線の谷町四丁目駅の近くにある大阪合同庁舎第2号館(西隣にある大阪合同庁舎第4号館とは異なる。)9階にあり,館内に入る際は受付で入館証を記載する必要がある。大阪市交通局は平成30年4月1日に民営化され,地下鉄事業は大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)に承継されているので,古い案内にある「市営地下鉄」の表記は現在のものではない。奈良労働局労働基準部労災補償課は,近鉄新大宮駅の近くにある新大宮愛正寺ビル別館3階(奈良市法蓮町163番地の1)にあり,奈良第3地方合同庁舎(奈良市法蓮町387番地)にあるのは労働局の本局であって労災補償課ではない。
9 診療録その他の医証の扱い
東京高等裁判所昭和56年9月24日判決(判例秘書に掲載)は,「診療録は、その他の補助記録とともに、医師にとつて患者の症状の把握と適切な診療上の基礎資料として必要欠くべからざるものであり、また、医師の診療行為の適正を確保するために、法的に診療の都度医師本人による作成が義務づけられているものと解すべきである。従つて、診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとつての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によつて、その真実性が担保されている」と判示している。労災の審査請求では診療録が事実上最も重視される資料であるから,まずは診療録の記載を精査することが出発点になる。
もっとも,この判示は診療録に記載された事項の真実性に関するものであって,診療録に記載がないことから当該事実が存在しなかったと推認してよいことまでを意味するものではない。診察の録音を基準として医師の記録と照合した近時の医学研究では,105件の診察のうち90パーセントに1件以上の記載誤りがあり,誤り636件のうち71・5パーセントが記載の脱漏,83パーセントが臨床的に有意なものであって,1回の診察当たり平均5件の有意な誤りがあったと報告されている。原処分庁が診療録に記載がないことを理由に症状の不存在や訴えの不存在を主張する場合には,この点を踏まえた反論を組み立てる余地がある。
10 参与の意見
厚生労働大臣は,都道府県労働局につき,労働者災害補償保険制度に関し関係労働者を代表する者及び関係事業主を代表する者各二人を,雇用保険制度に関し関係労働者を代表する者及び関係事業主を代表する者各二人を,それぞれ関係団体の推薦により指名する(同法5条)。このうち労災保険制度の関係労働者又は関係事業主を代表する者が労災保険審査参与であり,雇用保険制度のそれが雇用保険審査参与である(同法施行規則1条1項)。
参与は審査請求について意見を述べることができ(同法13条2項),労災保険審査官は労災保険審査参与が述べた意見を,雇用保険審査官は雇用保険審査参与が述べた意見を,それぞれ尊重しなければならない(同法施行令8条1項)。審査官は,参与の意見を聴くため,あらかじめ期日を指定することができる(同条2項)。労災保険審査官及び雇用保険審査官の決定書には,必ず参与が述べた意見の要旨が記載される。
11 決定
審査官は,審理を終えたときは,遅滞なく,原処分の全部若しくは一部を取り消す決定又は審査請求の全部若しくは一部を棄却する決定をしなければならない(同法18条)。審査請求が不適法でその欠陥を補正することができないときは却下決定をし(同法10条),補正することができるときは相当の期間を定めて補正を命じる(同法11条1項)。
決定は文書で行い(同法19条1項),決定書には,審査請求人の氏名又は名称及び住所又は居所,原処分をした行政庁,利害関係者の氏名等,主文,事案の概要,審査請求人・原処分庁・利害関係者の主張の要旨,理由及び決定の年月日を記載して審査官が記名押印する(同法施行令17条)。決定書には,労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる旨及び再審査請求期間を記載しなければならない(同法19条2項)。決定は審査請求人に送達された時に効力を生じ,送達は決定書の謄本を送付することによって行う(同法20条1項・2項)。決定をしたときは,事件につき提出された文書その他の物件は速やかに提出人に返還される(同法21条の2)。
なお,審査官は,厚生労働大臣が定める標準審理期間の設定・公表の努力義務(同法7条の2)の下に置かれ,審査請求人及び審査官は手続の計画的な進行を図らなければならない(同法13条の2)。審理すべき事項が多数であるなど事件が複雑である場合には,審査官は期日及び場所を指定して当事者を招集し,あらかじめ手続の申立てに関する意見を聴取することができ,遠隔地に居住している場合等には音声の送受信により通話をすることができる方法によることもできる(同法16条の2,同法施行令14条の2)。
12 審査請求をした日から3か月を経過した場合
審査請求をしている者は,審査請求をした日から3か月を経過しても審査請求についての決定がないときは,労働者災害補償保険審査官が審査請求を棄却したものとみなすことができる(労災保険法38条2項)。最高裁判所第一小法廷平成7年7月6日判決(平成4年(行ツ)第68号,休業補償給付等不支給処分取消,民集49巻7号1833頁)は,「労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をした日から三箇月を経過しても決定がないときは、審査請求に対する決定及び労働保険審査会に対する再審査請求の手続を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる」と判示している。行政事件訴訟法8条2項1号も,審査請求があった日から3か月を経過しても裁決がないときは裁決を経ないで取消訴訟を提起できるとしている。
もっとも,この場合の選択肢は取消訴訟に限られない。審査官の決定を経ないまま労働保険審査会に再審査請求をすることもでき(労働保険審査官及び労働保険審査会法施行令23条2項,24条1項),この再審査請求がされたときは元の審査請求は取り下げられたものとみなされる(同法17条の2第3項)。
13 審査請求の処理状況
平成27年度から平成30年度までの労災保険審査関係統計表を,次のとおり当ブログに掲載している。
平成27年度の場合,後遺障害等級の認定に争いがあるものに関する407件の決定のうち,棄却が323件,取消しが78件,却下が6件であった。他方,業務上外の認定のうち反応性うつ病等の精神障害に係るもの340件については,棄却が329件,取消しが4件,却下が7件であって,取消しの割合は約1・2パーセントにとどまる。後遺障害等級の争いと精神障害の業務起因性の争いとでは,審査請求段階で結論が変わる可能性が大きく異なることが分かる。
審査官段階全体の規模については,中嶋士元也の著作が,労働保険審査官が取り扱う新規審査請求数の年間平均は約1700件,審査官段階での年間決定件数の平均も約1700件程度であり,労働保険審査会への新規再審査請求は年間平均約580件であるとして,審査官の決定3件に1件程度が再審査請求の対象になっていると述べている。
第3 労働保険審査会に対する再審査請求
1 再審査請求期間,方式及び提出先
労災保険審査官の決定に不服がある場合,決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して2か月を経過するまでの間に,労働保険審査会に対する再審査請求をすることができる(労働保険審査官及び労働保険審査会法38条1項)。正当な理由による期間経過後の申立て及び郵送に要した日数の不算入の規定は,再審査請求にも準用される(同条2項)。
再審査請求は文書でしなければならず(同法39条),審査請求と異なり口頭ですることはできない。再審査請求書の記載事項は同法施行令24条1項に定められており,決定をした審査官の氏名,決定書の謄本の送付を受けた年月日,決定をした審査官の教示の有無及びその内容が加わる点が審査請求書と異なる。再審査請求書は,審査請求人の住所若しくは居所を管轄する労働基準監督署長又は原処分をした労働基準監督署長を経由するほか,決定をした審査官を経由して提出することもできる(同法施行令23条)。再審査請求の代理人が当該再審査請求に関する一切の行為をすることができること,及び取下げには特別の委任を要することは,審査請求と同じである(同法50条,9条の2第2項)。
厚生労働省は,労働保険再審査請求書(労災保険は様式第3号,雇用保険は様式第4号)及びその記載例のほか,審理のための処分の申立書(様式第5号),手続受継書(様式第9号),裁決更正申立書(様式第10号),参加申立書(様式第11号),審理非公開申立書(様式第12号)及び調書閲覧請求書(様式第13号)を,労働保険審査会のページで公開している。書類の送付先は,〒105-0011 東京都港区芝公園1-5-32 労働委員会会館8階 労働保険審査会あてである。
2 労働保険審査会の組織
労働保険審査会は,労災保険及び雇用保険の給付処分に関して第二審として行政不服審査を行う国の機関であり,厚生労働大臣の所轄の下に置かれる(同法25条1項)。再審査請求の事件のほか,中小企業退職金共済法84条1項の規定による審査の事務も取り扱う(同条2項)。
審査会は委員九人で組織され,うち三人は非常勤とすることができる(同法26条)。委員は,人格が高潔であって,労働問題に関する識見を有し,かつ,法律又は労働保険に関する学識経験を有する者のうちから,両議院の同意を得て厚生労働大臣が任命する(同法27条1項)。任期は三年で再任されることができ(同法28条),委員は独立してその職権を行い(同法29条),破産手続開始の決定を受けたとき等を除いて在任中その意に反して罷免されることがない(同法30条)。事件は原則として委員のうちから審査会が指名する三人で構成する合議体が取り扱うが,法令の解釈適用について過去の裁決に反する意見となった場合,意見が三説に分かれた場合等には全員をもって構成する合議体が取り扱う(同法33条,33条の3)。
審査会は全国に一か所しか置かれておらず,事務室及び書類の送付先は上記の労働委員会会館内にある。審理の期日及び場所は審査会が定めることとされている(同法42条)ものの,事実上は東京へ出頭することになるから,地方の当事者にとっての負担は,再審査請求を経ずに取消訴訟を選ぶかどうかを検討する際の考慮要素になる。テレビ会議システムの利用については,松丸正弁護士のブログ「労働保険審査会の救済機関としての改善の方向-テレビ会議システムは是か非か-」が審理期日に出席した経験を踏まえて論じている。
3 審理
再審査請求においては,原処分をした行政庁を相手方とする(同法38条3項)。原処分をした行政庁は,審査会から通知を受けたときは,遅滞なく当該事件についての意見書を提出しなければならない(同法施行令25条)。審査会は,必要があると認めるときは,申立てにより又は職権で,利害関係者を当事者として手続に参加させることができる(同法41条)。
審理は公開しなければならないが,当事者の申立てがあったときは公開しないことができる(同法43条)。非公開の申立ては文書で,又は審理期日において口頭でする(同法施行令28条)。最初の審理期日の通知は,少なくともその日の七日前までに到達するように文書でしなければならない(同法施行令27条)。当事者及びその代理人は審理期日に出頭して意見を述べることができ(同法45条1項),審査長の許可を得て原処分をした行政庁に対して質問を発することができる(同条5項)。審査会は審理期日における経過について調書を作成しなければならず,当事者及び参与はこれを閲覧することができる(同法47条1項・2項)。他方,審査会の合議は公開しない(同法48条)。
審査会は,審理を行うため必要な限度において,審査官と同様に,当事者又は参考人の審問,物件の提出命令,鑑定,立入検査,官公署等への調査の嘱託及び指定医師の診断命令をすることができる(同法46条1項各号)。裁決書には,当事者の氏名等,主文,事案の概要,当事者の主張の要旨,理由及び裁決の年月日を記載し,審査長及び合議に関与した審査員が記名押印する(同法施行令32条)。
4 参与
厚生労働大臣は,労働者災害補償保険制度に関し関係労働者及び関係事業主を代表する者各六人を,雇用保険制度に関し関係労働者及び関係事業主を代表する者各二人を,それぞれ関係団体の推薦により指名する(同法36条)。これが労働保険審査会参与である(同法施行規則1条2項)。
参与は審理に立ち会うものとされ,やむを得ない理由により立ち会うことができないときは審理期日の前日までに意見書を提出するものとされており,意見書が提出された場合,審査会は審理期日においてその要旨を開陳しなければならない(同法施行令29条1項ないし3項)。審査会は,参与が述べた意見及び提出した意見書を尊重しなければならない(同法45条2項,同法施行令29条4項)。
5 裁決の状況
厚生労働省が公表している労働保険再審査関係統計表(令和7年3月31日現在)の第3表(事件種類別裁決件数)によれば,労災保険において後遺障害を理由とする再審査請求の裁決状況は次のとおりである。
| 年度 | 取消し | 棄却 | 却下 |
|---|---|---|---|
| 令和6年度 | 1件 | 66件 | 3件 |
| 令和5年度 | 1件 | 68件 | 3件 |
| 令和4年度 | 0件 | 73件 | 5件 |
| 令和3年度 | 1件 | 71件 | 0件 |
| 令和2年度 | 1件 | 63件 | 6件 |
| 令和元年度 | 1件 | 47件 | 3件 |
| 平成30年度 | 0件 | 55件 | 2件 |
| 平成29年度 | 3件 | 59件 | 3件 |
| 平成28年度 | 1件 | 98件 | 4件 |
| 平成27年度 | 0件 | 83件 | 3件 |
| 平成26年度 | 0件 | 83件 | 6件 |
| 平成25年度 | 0件 | 76件 | 3件 |
| 平成24年度 | 0件 | 98件 | 1件 |
| 平成23年度 | 5件 | 106件 | 3件 |
| 平成22年度 | 6件 | 120件 | 3件 |
| 平成21年度 | 3件 | 97件 | 1件 |
| 平成20年度 | 6件 | 133件 | 4件 |
| 平成19年度 | 6件 | 126件 | 6件 |
| 平成18年度 | 2件 | 143件 | 2件 |
令和元年度から令和6年度までの六年間では,取消しが合計5件,棄却が合計388件である。後遺障害等級の認定が再審査請求の段階で変わることはまずないといえるから,審査官の決定を受けた後は,再審査請求を経るよりも取消訴訟を提起する方が合理的な場合が多いと考えられる。なお,労災保険全体では,令和6年度の再審査請求が575件,裁決が555件,年度末の残件が347件であり,業務上外を理由とするものの裁決は取消し3件,棄却339件,却下10件である。
第4 文書その他の物件の閲覧等
1 閲覧等を請求できる範囲
審査請求人又は利害関係者は,決定があるまでの間,労災保険審査官に対し,文書その他の物件の閲覧又は当該文書の写しの交付を求めることができる(同法16条の3第1項前段)。電磁的記録については,記録された事項を厚生労働省令で定めるところにより表示したものの閲覧又は当該事項を記載した書面の交付を求めることになる。
閲覧等の対象は,①同法14条の3第1項に基づき審査請求人,利害関係者又は参与から提出された証拠文書その他の物件,②同法14条の3第2項に基づき原処分庁から提出された当該原処分の理由となる事実を証する文書その他の物件,③同法15条1項に基づく審理のための処分により提出された文書その他の物件であり,申立てがされた時点で審査官が保有するものに限られる。
2 手数料
閲覧の場合,日時及び場所の指定がある(同法16条の3第3項)。写しの交付の場合,用紙一枚につき10円,カラーで複写され又は出力された用紙については一枚につき20円の手数料が必要であり,両面に複写され又は出力された用紙については片面を一枚として手数料の額を算定する(同法16条の3第4項,同法施行令14条の5第1項1号)。手数料は,厚生労働省令で定める書面に収入印紙を貼って納付する(同法施行令14条の5第2項)。審査官は,経済的困難その他特別の理由があると認めるときは,手数料を減額し,又は免除することができる(同法16条の3第5項)。交付の方法としては,複写又は出力したものの交付のほか,電子情報処理組織を使用して行う方法も認められている(同法施行令14条の4)。
3 閲覧等を拒むことができる場合
労災保険審査官は,第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき,その他正当な理由があるときでなければ,閲覧又は交付を拒むことができない(同法16条の3第1項後段)。「正当な理由」とは,例えば閲覧等に係る文書の一部又は全部が個人情報の保護に関する法律78条1項各号に掲げる不開示情報に該当する場合等であり,この場合,同法に基づく開示請求における取扱いを参考に判断される。かつて不開示情報を定めていた行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律14条各号は,個人情報保護法制の一元化に伴い令和4年4月1日をもって同法78条1項各号に引き継がれている。
審査官は,その必要がないと認めるときを除き,閲覧又は交付に係る文書その他の物件の提出人の意見を聴かなければならない(同法16条の3第2項)。もっとも,審査官は当該意見に拘束されないから,提出人が文書の閲覧等を容認しないことのみを理由として直ちに閲覧等を拒むことはできず,閲覧等を認めることによって提出人が被る不利益の内容や程度を検討して「正当な理由」の有無を判断することになる。
4 個人情報開示請求との使い分け
個人情報保護法78条1項各号の不開示情報に該当するものについては,文書の提出人が閲覧等に同意した場合は閲覧できるが,同意しない場合は閲覧できない。同項各号の不開示情報に該当しないものについては,提出人が同意した場合は閲覧でき,同意しない場合は個別に検討することになる。個人情報保護法に基づく開示請求と比べると,文書の提出人が閲覧等に同意したものが追加で閲覧できることになる一方,不開示情報に該当する可能性がある情報については,個人情報開示請求をした方が不開示に対して不服申立てができるという利点がある(NPO法人神奈川労災職業病センター「審査請求の手続きが大きく変わりました」参照)。労災保険に関する個人情報開示請求の具体的な方法は,労災保険に関する書類の開示請求方法で扱っている。
なお,開示は原則30日以内であるものの,資料が多いこと等を理由にさらに30日延長されることが多いから,審査請求と同時に個人情報開示請求をしておくのが安全である。
5 閲覧等申立書の書式
文書その他の物件の閲覧等申立書の書式は,次のとおりである。
表題 文書その他の物件の閲覧等申立書
本文 下記1の審査請求に関し,労働保険審査官及び労働保険審査会法16条の3第1項の規定に基づき,下記2の文書その他の物件の閲覧等を求めます。
記
1 事件の表示 令和○年○月○日付で,審査請求人○○が行った○○補償給付不支給処分取消審査請求事件
2 閲覧等を求める文書その他の物件 上記1の事件の審理に関して,審査官が収集した資料一式
6 再審査請求における閲覧等
再審査請求人又は利害関係者も,裁決があるまでの間,労働保険審査会に対し,文書その他の物件の閲覧又は写しの交付を求めることができる(同法50条,16条の3第1項)。手数料及び拒絶事由に関する取扱いは,審査官に対する閲覧等の請求と同じである。また,審理期日の調書についても閲覧が認められており,その方法には同法16条の3第1項後段及び第3項が準用される(同法47条3項)。
第5 取消訴訟
1 審査請求前置
保険給付に関する決定の取消しの訴えは,当該決定についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ提起することができない(労災保険法40条)。労働保険審査会の裁決を経る必要はないから,審査官の決定を受けた後は,再審査請求と取消訴訟のいずれを選ぶかを検討することになる。審査請求をした日から3か月を経過しても決定がない場合に前置が外れることは,前記第2の12のとおりである。
2 出訴期間
取消訴訟は,処分又は裁決があったことを知った日から六箇月を経過したとき,又は処分若しくは裁決の日から一年を経過したときは提起することができない(行政事件訴訟法14条1項・2項)。もっとも,審査請求をした者については,これに対する裁決があったことを知った日から六箇月を経過したとき,又は当該裁決の日から一年を経過したときとされる(同条3項)。労災の事案では,労災保険審査官の決定書の謄本又は労働保険審査会の裁決書の謄本の送達を受けた日の翌日から六か月を基準とすることになる。いずれも正当な理由があるときは例外が認められる。
3 被告,管轄及び原処分主義
取消訴訟の被告は国であり(同法11条1項1号),訴状には処分をした行政庁として労働基準監督署長を記載する(同条4項1号)。管轄裁判所は,被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所又は処分をした行政庁の所在地を管轄する裁判所(同法12条1項),事案の処理に当たった下級行政機関の所在地を管轄する裁判所(同条3項)のほか,原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所(特定管轄裁判所。同条4項)である。
取消しを求める対象は,労働基準監督署長がした保険給付に関する決定(原処分)であって,労災保険審査官の決定や労働保険審査会の裁決ではない。裁決の取消しの訴えにおいては,原処分の違法を理由として取消しを求めることができない(同法10条2項)。したがって,審査官の決定や審査会の裁決の理由に不服がある場合であっても,訴訟で争うのは原処分の適法性である。訴訟における証拠収集の方法については,文書提出命令も参照されたい。
第6 事業主の立場
1 意見の申出
事業主は,当該事業主の事業に係る業務災害,複数業務要因災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について,所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる(労働者災害補償保険法施行規則23条の2第1項)。意見の申出は,労働保険番号,事業主の氏名又は名称及び住所又は所在地,被災労働者の氏名及び生年月日,負傷若しくは発病又は死亡の年月日並びに事業主の意見を記載した書面を提出して行う(同条2項)。
2 補助参加
最高裁判所第一小法廷平成13年2月22日決定(平成12年(行フ)第3号,集民201号201頁)は,労災保険法に基づく保険給付の不支給決定取消訴訟において,事業主は,その事業が労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項各号所定の一定規模以上の事業である場合には,労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することが許されると判示している。
3 支給決定の取消訴訟の原告適格
これに対し,最高裁判所第一小法廷令和6年7月4日判決(令和5年(行ヒ)第108号,民集78巻3号662頁)は,労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項所定の事業の事業主は,当該事業についてされた業務災害に関する保険給付の支給決定の取消訴訟の原告適格を有しないと判示した。労働者側が請求した保険給付が支給されたことに対して,事業主が支給決定そのものを訴訟で争うことはできない。
補助参加を認めた平成13年決定と原告適格を否定した令和6年判決は矛盾しない。前者は,被災労働者が提起した訴訟の中で事業主に主張の機会を与えるかという問題であるのに対し,後者は,事業主が自ら支給決定の取消しを求める法律上の利益を有するかという問題だからである。
4 労働保険料に関する争訟
事業主が争う経路は,メリット制を通じて増額される労働保険料の側にある。厚生労働省労働基準局長は,令和5年1月31日付け基発0131第2号「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」を発出し,「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」報告書(令和4年12月)を踏まえて,①特定事業主は労働保険料認定決定取消等請求訴訟において労災支給処分が労災保険法に従った決定ではなかったこと(労災支給処分の支給要件非該当性)を主張することが可能であり,メリット収支率算定基礎対象となる労災支給処分の支給要件非該当性について審理されることがあり得ること,②これを理由として労働保険料認定決定を取り消す等の判決が確定した場合には,都道府県労働局は当該労災給付額をメリット収支率算定基礎対象から除外して労働保険料の額を算定し直すこと,③その場合であっても,労働基準監督署は当該判決の理由中で支給要件非該当性が認められた労災支給処分を取り消さないこととする取扱いを示した。
すなわち,事業主にとっての救済は保険料の額の是正にとどまり,被災労働者に対する支給決定はそのまま維持される。被災労働者の法的地位の安定を保ちつつ,保険料負担の増大という不利益を受ける事業主の手続的保障を図るという整理である。なお,審査官段階及び審査会段階でも事業主に一種の不服申立権を認めるべきであるとする立法論があり,制度上は事業主側の参与(同法36条,同法施行規則1条2項)が事業主の意を体した活動をする余地があることも指摘されている。
第7 参考資料及び関連記事
1 厚生労働省が公表している資料
厚生労働省は,労働者災害補償保険審査官決定事案一覧として,平成21年度(平成22年1月から3月まで)から平成29年度(平成29年10月から平成30年3月まで)までの主な決定例の要旨を公表している。また,労働保険審査会の裁決事案一覧として,平成26年1月から令和2年7月までの裁決の要旨を,労災保険関係と雇用保険関係に分けて公表している。いずれも更新は止まっているものの,審査官及び審査会がどのような理由で判断しているかを具体的に確認できる資料である。
2 当ブログに掲載している資料
- 監督業務運営要領の改善について(令和3年5月24日付の厚生労働省労働基準局長の文書)
- 労災保険審査請求事務取扱手引(令和2年12月)
- 平成30年度全国労災補償課長会議資料
- 厚生労働省労働基準局の,労災保険に係る訴訟に関する対応の強化について
3 関連記事
- 労災保険の給付内容―給付の種類,金額及び令和8年改正
- 労災保険に関する書類の開示請求方法
- 労災保険の特別加入制度
- 地震後に私物を取りに職場へ戻った際のガス爆発は労災か
- 業務が原因で心の病を発症した場合における,民間労働者と司法修習生の比較
- 民間労働者と司法修習生との比較
- 弁護士の社会保険
出典
法令
- 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号) https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000050
- 労働保険審査官及び労働保険審査会法(昭和31年法律第126号) https://laws.e-gov.go.jp/law/331AC0000000126
- 労働保険審査官及び労働保険審査会法施行令(昭和31年政令第248号) https://laws.e-gov.go.jp/law/331CO0000000248
- 労働者災害補償保険法施行規則(昭和30年労働省令第22号) https://laws.e-gov.go.jp/law/330M50002000022
- 行政不服審査法(平成26年法律第68号) https://laws.e-gov.go.jp/law/426AC0000000068
- 行政事件訴訟法(昭和37年法律第139号) https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000139
- 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号) https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 労働基準法(昭和22年法律第49号) https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号) https://laws.e-gov.go.jp/law/344AC0000000084
- 厚生労働省「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)」(概要,法律条文,法律新旧対照条文及び令和8年7月17日付け基発0717第2号) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74735.html
裁判例
- 最高裁判所第二小法廷昭和30年1月28日判決,昭和28年(オ)第251号,労働者災害補償認定および裁決取消請求,民集9巻1号60頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/57412/detail2/index.html
- 最高裁判所第三小法廷昭和45年3月24日判決,昭和43年(行ツ)第114号,審査請求却下の認定処分取消等請求,集民98号461頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/66694/detail2/index.html
- 最高裁判所第一小法廷平成7年7月6日判決,平成4年(行ツ)第68号,休業補償給付等不支給処分取消,民集49巻7号1833頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/55873/detail2/index.html
- 最高裁判所第一小法廷平成13年2月22日決定,平成12年(行フ)第3号,補助参加申出の却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件,集民201号201頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/62487/detail2/index.html
- 最高裁判所第一小法廷平成15年9月4日判決,平成11年(行ヒ)第99号,労災就学援護費不支給処分取消請求事件,集民210号385頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/62454/detail2/index.html
- 最高裁判所第一小法廷令和6年7月4日判決,令和5年(行ヒ)第108号,療養補償給付支給処分(不支給決定の変更決定)の取消,休業補償給付支給処分の取消請求事件,民集78巻3号662頁 https://www.courts.go.jp/hanrei/93169/detail2/index.html
- 東京高等裁判所昭和56年9月24日判決(裁判所HP未掲載。判例秘書で全文を確認)
通達
- 厚生労働省労働基準局長「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」(令和5年1月31日付け基発0131第2号) https://joshrc.net/archives/16314
統計・データ
- 厚生労働省労働保険審査会「労働保険再審査関係統計表」(令和7年3月31日現在)1頁~7頁 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/dl/03.pdf
- 厚生労働省「労働者災害補償保険審査官決定事案一覧」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/kettei_jian/index.html
- 厚生労働省労働保険審査会「裁決事案一覧」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/saiketu-youshi/index.html
文献
- 中嶋士元也『労災補償の行政審査と司法審査――職業病の医学基準と法学基準の実務的観察』(弘文堂,2020年)14頁~18頁,32頁
- 古川拓『労災事件救済の手引 第2版――労災保険・損害賠償請求の実務』(青林書院,2018年)212頁~223頁
- Weiner SJ, Wang S, Kelly B, Sharma G, Schwartz A. How accurate is the medical record? A comparison of the physician’s note with a concealed audio recording in unannounced standardized patient encounters. Journal of the American Medical Informatics Association. 2020;27(5):770-775.
ウェブ資料
- 厚生労働省「労働保険審査会」(労働保険審査制度の仕組み,再審査請求書等の様式,労働保険再審査取扱状況) https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/index.html
- 大阪労働局「大阪労働局へのアクセス」 https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/roudoukyoku/_68786.html
- 奈良労働局「奈良労働局の組織」 https://jsite.mhlw.go.jp/nara-roudoukyoku/roudoukyoku/roudoukyoku.html
- NPO法人神奈川労災職業病センター「改正された労災審査請求制度の実務的対応について」 https://koshc.org/archives/706
- NPO法人神奈川労災職業病センター「審査請求の手続きが大きく変わりました」 https://koshc.org/archives/419
- 松丸正「労働保険審査会の救済機関としての改善の方向-テレビ会議システムは是か非か-」 http://matumaru-blog.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-0eee.html