第1 経済安全保障の目的だけで結論を出さない
原材料の輸入途絶に備え,競争者同士で代替調達先を探すことには合理的な目的がある。
しかし,経済安全保障を目的に掲げたことだけで,購入価格,数量又は取引先を共同で決める行為が当然に適法になるわけではない。
公正取引委員会は令和7年11月20日,基本的な考え方と事例集を公表した。
本記事は令和8年10月3日を基準に,事例⑥の重要原材料の情報交換・共同調達を中心として,平時の備え,切迫・緊急時の対応及び終了を区別する。
第2 平時と緊急時の条件を分ける
1 将来の調達途絶リスクに備える段階
事例集20頁は,将来の調達数量等の重要な競争手段に関する情報であっても,リスクの検討に合理的に必要な範囲であり,必要な情報遮断措置が講じられる場合には,通常,独占禁止法上問題とならないとしている。
反対に,情報遮断がないまま将来数量等について暗黙の了解又は共通の意思が形成される場合には,問題となるおそれがある。
共同調達自体は,購入市場における参加者の購入シェア,川下製品の市場シェア,製造コストに占める対象原材料の割合,需要者からの競争圧力等を検討する。
備えのための情報交換が許容されることと,調達価格・数量を共同化できることは,同じ判断ではない。
2 緊急時に限定した説明が使える段階
事例⑥が示す緊急時の説明は,国際情勢の著しい変化等の外的ショックにより震災時と同程度の調達途絶が発生した場合,又は同程度の調達途絶が発生する蓋然性が客観的に高い切迫した状況にあると政府全体で判断した場合を前提としている。
単なる値上がり,自社の在庫減少又は業界内の不安だけから,この前提が満たされたと扱わない。
その上で,重要原材料の不足が深刻な期間に限り,調達数量,調達先等の必要な情報に限定して交換し,安定調達に必要な共同調達を行う場合には,原則として独占禁止法上問題とならないとされる。
対象原材料,外的ショック,不足の深刻さ,必要数量及び共同化の範囲を,輸入・在庫・供給者通知等の資料と対応させる必要がある。
3 著しい不足が解決した後
事例⑥は,重要原材料の著しい不足が解決された後は共同調達を直ちに終了する必要があるとしている。
契約に長い固定期間を置いても,危機を理由とする説明をその期間の全部に引き延ばせるものではない。
平時の共同調達として継続したい場合は,緊急時の説明を引き継ぐのではなく,通常の市場・競争への影響を改めて検討する。
終了後も各社の将来の調達計画や川下価格が共有され続けないよう,情報へのアクセスと会議の運用を見直す。
第3 情報遮断を人・データ・会議に落とし込む
1 誰が何を見るかを決める
情報遮断は「秘密保持に配慮する」と規約に書くだけでは完成しない。
共有項目,入力者,閲覧者,集計方法,更新頻度及び利用目的を定め,参加各社の販売価格・販売数量等を決定する者に,他社の個別情報が届かないようにする。
事例集の事例④・⑤は,第三者又は情報遮断措置を講じた担当者を通じて情報を取り扱う方法を示している。
第三者を介していても,その第三者が個社別の価格・数量や競争方針を他社へ伝えれば遮断にはならない。
2 集計値から逆算できないかを確認する
実務上は,調達検討に必要な最小限の項目を選び,個社名を付けた一覧を参加者全員へ配布しない設計が考えられる。
ただし,匿名化や集計だけで常に安全になるわけではなく,参加者が少ない場合や他の公知情報と組み合わせられる場合は,個社の数量等を逆算できないかを確認する。
議題を事前に限定し,川下販売価格,顧客別条件,生産量の共同抑制又は共同調達以外の購入価格へ話が広がった場合の中止・退席・記録・法務報告を定める。
共同調達への参加を強制する場合にも,独占禁止法上問題となるおそれがあるとの事例⑥の注意点を踏まえる。
第4 契約・議事録と終了判断に残す事項
参加契約と運営記録では,次の事項を具体化する。
①対象原材料と危機・リスクの根拠資料。
②共同化が安定調達に必要な理由と,個別調達等の代替案。
③対象数量,参加者,購入市場及び川下市場への影響。
④共同決定する事項と各社の独立判断に残す事項。
⑤情報項目,担当者,閲覧権限,集計と保管の方法。
⑥参加・脱退条件と参加を強制しない運用。
⑦不足解消の確認指標,見直し頻度,終了決定者と終了後の情報処理。
例えば,危機の根拠として供給者から出荷停止通知を受けた場合でも,一社の停止だけで市場全体の深刻な不足を当然に認定しない。
代替供給の能力,輸送に必要な時間,既存在庫及び使用量も確認し,対象数量と期間を必要性に合わせる。
共同調達契約を終了しても,既に発注した商品の受領・支払等の精算が残る場合がある。
新たな共同発注・情報交換を止めることと,既発注分を適切に精算することを区別し,精算の名目で将来の競争条件を共有しない。
第5 公取委への相談資料を作る
相談には,目的だけを記した説明書ではなく,市場,参加者,購入シェア,共通費用率,対象行為,情報フロー及び終了条件を添える。
緊急時の説明を用いる場合は,外的ショック,調達途絶の程度及び政府の判断の有無を,確認できた資料と確認できていない事項に分ける。
情報交換が既に始まっている場合は,過去の議事録,メール及び配布資料を保存し,将来に向けた運用変更と既存行為の評価を分けて相談する。
所管省庁の政策目的や支援策について説明を受けたことを,具体的な共同行為に対する公取委の適法判断と読み替えない。
第6 出典・確認範囲と関連記事
①公取委公表ページ(令和7年11月20日)。
②経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方。
③経済安全保障と独占禁止法に関する事例集:事例④~⑥,特に20頁の条件。
本記事は公取委が示した想定事例と判断の考え方に基づくものであり,特定の共同調達について適法性を保証するものではない。
記録・契約・運営の具体化は,これらの条件を実務に落とし込むための提案である。
判例秘書による関連判決の検索・全文確認は行っておらず,これらの想定事例を裁判例として紹介していない。
通常の共同購入の市場分析は共同購入・購入価格カルテルと独占禁止法,供給者側の対応は買手カルテルを疑った原材料供給者の初動を参照されたい。