第1 結論
競争事業者が原材料を共同購入することは,取引費用の削減,購入数量の集約,輸送の効率化又は不足する交渉機能の補完につながるため,それ自体が直ちに独占禁止法違反となるものではない。
もっとも,共同購入の参加者が原材料の購入価格,購入数量又は購入先という重要な競争手段を共同で決め,原材料の購入市場又は川下製品の販売市場における競争を実質的に制限する場合は,独占禁止法2条6項の不当な取引制限に当たり,同法3条に違反する。共同購入による効率性と,購入価格カルテルによる競争回避を区別する必要がある。
第2 共同購入と購入価格カルテルを分ける
共同購入では,参加者が何を共同化し,何を各社の独立判断に残しているかを確認する。共同化の対象には,仕様の標準化,需要量の集約,購入先候補の選定,入札の実施,購入価格の交渉,発注,検収及び代金支払がある。
複数社の需要量をまとめて供給者から見積りを取り,規模の利益によって物流費又は取引費用を下げる仕組みには競争促進効果があり得る。他方,各社が個別に購入する場合にも適用する目標価格,購入価格の上限又は供給者への提示条件を競争事業者間でそろえることは,購入価格という競争手段の共同決定に近づく。
公取委「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」も,共同販売,共同購買又は共同生産では,対象商品・役務の価格,数量又は取引先等の重要な競争手段が共同事業の中で決定されるため,他の共同事業より独占禁止法上問題となる可能性が高いとしている。
第3 二つの市場を検討する
1 原材料の購入市場
第一に,共同購入の対象となる原材料について,参加者が買い手として持つ地位を検討する。供給者の数,輸送可能な地域,輸入可能性,品質差,転用可能性,供給余力及び他の需要者の存在を確認し,共同購入参加者が当該原材料の需要全体に占める割合を見る。
購入者側のシェアが高ければ,共同購入参加者が購入条件を支配し,供給者が他の販売先へ切り替えられない可能性が高くなる。川下製品の販売シェアから原材料の購入シェアを当然に導くことはできないため,数量,金額,品質区分及び地域をそろえた購入データが必要である。
2 川下製品の販売市場
第二に,共同購入する原材料を使用して製造する製品の販売市場を検討する。参加者の合計シェアが高く,共同購入対象の原材料費が製品価格又は製造費用に占める割合も高い場合,共同購入によって各社の費用構造が近づき,川下の販売価格,数量その他の競争条件が同一水準になりやすくなる可能性がある。
公取委「企業間電子商取引市場の設立」は,原材料購入分野と,その原材料を用いた製品の販売分野を分け,購入参加者のシェア,川下のシェア及び製造コストに占める原材料購入額の割合を検討している。
第4 共通費用率と独立した競争単位
原材料費が製品価格の小さな部分しか占めない場合,その費用を共同化しても,各社には人件費,設備費,研究開発費,物流費,販売費等について広い独立性が残る。反対に,共同購入の対象が製品価格又は製造原価の大部分を占めるときは,共通化される費用が各社の販売判断に与える影響が大きくなる。
公取委の相談事例では,自動車部品メーカー5社の川下シェアが約50%であっても,共同購入対象原材料が製造コストに占める割合と原材料需要に占める共同購入参加者の割合がいずれも1%以下であったため,競争への影響が小さいとされた。
ただし,特定の数値を形式的な安全港と扱うことはできない。共同化後も,各社が販売価格,販売数量,販売先,製品仕様,設備投資及び研究開発を独立して決定できるか,原材料価格その他の競争上機微な情報が共有されるかを確認する。
第5 購入価格の目標額・上限額を共同で決める場合
共同購入の参加者が,特定供給者から一括購入する価格を共同で交渉することと,各社が個別購入する場合にも共通して用いる目標価格又は上限額を定めることは区別する必要がある。
共同購入の対象取引に限って価格を共同交渉する場合でも,購入市場における参加者の地位が高ければ不当な取引制限となり得る。他方,個別購入においても「前年平均以下で購入する」「一定額を超えて購入しない」と競争事業者間で決める場合は,各社が本来自主的に決める購入価格を共同で制限する購入価格カルテルとしての性格が強い。
合意どおりの価格で全件購入できなかったことだけで,合意又は相互拘束が否定されるわけではない。ただし,購入市場における競争の実質的制限を判断するときは,参加者の購入シェア,供給者の代替販売先,輸入,供給余力,合意の実施状況及び価格への影響が重要となる。
原材料費の低下が川下価格の低下につながる可能性はあるが,その可能性だけで購入価格の共同決定が当然に適法になるものではない。効率性の内容,実現可能性,消費者への還元及び同じ効果を得られるより競争制限的でない手段を具体化する。
第6 情報交換,意思の連絡及び一方的な追随
1 意思の連絡
独占禁止法2条6項の「共同して」に該当するには,複数の事業者相互の意思の連絡が必要である。公取委審決データベースに掲載された郵便区分機類事件審決は,事業活動が同調的に行われているだけでは足りず,相互に他の事業者の同内容の行為を認識又は予測し,これと歩調をそろえる意思が必要であるとする。
明示的な契約書,法的拘束力又は違反時の制裁までは必要ではない。会合,電子メール,価格案の提示,応答,その後の行動及び市場環境等から,相互の認識・認容が認定されることがある。
2 一方向の情報提供と追随
一社の価格方針を偶然又は一方的に知らされた競争事業者が,その情報を踏まえて同じ価格方針を採用した場合でも,それだけで直ちに相互の意思の連絡が成立するわけではない。
情報を受けた事業者が応答せず,情報提供者も追随を認識又は期待しておらず,受領者が供給者の選択肢,需給又は自社の交渉力から独自に判断した事情があれば,単なる意識的並行行為にとどまる可能性がある。反対に,情報提供への応答,その後の報告,継続的な交換,共通方針への参加表明又は相互の期待を示す事情があれば,黙示の意思の連絡が問題となる。
他社の追随は,既存の合意が市場に与えた効果を判断する事情にはなり得るが,相互の認識・認容を確認せずに当該他社を合意参加者へ加えてはならない。
3 従業員の行為の帰属
競争上機微な情報を伝えた者が会社の従業員であっても,その者のすべての私的発言が当然に会社の合意となるわけではない。担当業務,職位,権限,情報の入手経路,発言の目的,会社への報告,会社の認識,その後の実行及び相手方の理解を確認する。
調達担当者又は価格決定権限を持つ役員による正式な連絡と,調達に関係しない従業員が私的な会食で偶然知った情報を一方的に話した場合とを区別する。ただし,私的な場であっても,権限ある者が会社の方針として情報交換を行えば,場所又は名目だけで会社への帰属が否定されるものではない。
第7 共同購入の設計・証拠・情報遮断
共同購入を設計するときは,次の事項を文書化する。
①共同購入の目的と期待される数量・物流・事務コストの削減
②対象原材料,対象期間及び参加者
③原材料購入市場における参加者の購入シェア
④川下製品市場における参加者のシェア
⑤対象原材料費が製造原価及び製品価格に占める割合
⑥共同決定する価格・数量・購入先と,各社に残す独立判断
⑦共同購入以外の個別購入を認めるか
⑧参加者別の購入価格,数量,原価及び販売情報へのアクセス権限
⑨共同購入担当者と販売部門との情報遮断
⑩参加・脱退条件及び供給者選定の客観的基準
共同購入事務局が各社の購入価格,数量又は取引条件を把握する場合は,参加者が他社の個別情報へアクセスできないようにする。集計値を共有するときも,少数社のデータを逆算できない単位,更新頻度及び過去情報への限定を検討する。
共同購入の議事録は,効率化の目的だけでなく,検討した市場,購入シェア,共通費用率,情報遮断及び各社の独立決定事項を残す。会議で川下販売価格,販売数量,顧客別条件又は将来計画へ話題が広がった場合は,中止・退席・記録・法務報告の手順を設ける。
第8 令和8年度司法試験経済法から得られる整理
令和8年司法試験の経済法問題では,化学品メーカーによる原材料の共同購入,購入価格の目標上限,後から加わった事業者,従業員による一方向の情報提供及び別会社の追随が段階的に示された。
問題文からは,①共同購入の運営と購入価格目標の合意を分けること,②段階ごとに合意参加者を固定すること,③購入市場と川下販売市場を分けること,④原材料費の高い割合を川下市場への影響と結び付けること,⑤共同購入に参加しない事業者を価格合意の参加者にだけ加える場合を区別すること,⑥一方向の情報提供と相互の意思の連絡を区別すること,という分析手順を抽出できる。
令和8年9月28日現在,同年度の公式な出題趣旨及び採点実感は公表されていないため,本節は問題文と一次資料から得られる独立した整理であり,公式見解の紹介ではない。
第9 一次資料と確認状況
本稿は,独占禁止法2条6項・3条並びに次の公取委資料を一次資料として作成した。
①平成15年度相談事例集「自動車部品メーカーの原材料の共同購入」(17頁~18頁)
②企業間電子商取引市場の設立
③業務提携に関する検討会資料
④グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方
⑤郵便区分機類事件審決
共同購入は具体的な参加者,市場,購入シェア,費用構造及び情報管理によって評価が変わる。公取委の過去の相談事例で問題ないとされた数値又は仕組みを,別の市場へそのまま適用することはできない。
不当な取引制限と意思の連絡については,「リニア中央新幹線談合事件と競争の実質的制限(AI作成)」,不公正な取引方法との区別は,「不公正な取引方法に関する実務メモ(AIリライト)」も参照されたい。