第1 本記事の対象と結論
1 「百ページの提案書」が生む紛争
経営,業務改革,DX,人材,営業,M&A又はシステムに関するコンサルティング契約では,多額の報酬を支払ったのに長大な提案書だけが残り,実行も成果もなかったという紛争が生じ得る。受託者は調査,会議,分析及び資料作成という業務を行ったと主張し,委託者は実行可能な改善又は数値成果まで得られると理解していたと主張する。
2 結論
解決の出発点は,成果物のページ数ではなく,契約上約束された業務を,①調査・分析,②提案,③意思決定支援,④実行支援,⑤結果の保証に分解することである。その上で,各業務の完了条件,委託者の協力事項,検収方法,変更手続,報酬の発生時点及び中途終了時の精算を契約と実施記録で照合する。
KPIは進捗や目標を測る道具であり,それだけで実現すべき結果を保証する条款になるわけではない。他方,契約書が「助言をする」としか書かれていなくても,提案書,見積書,メール及び会議資料から具体的な実行支援が合意されたと評価される余地がある。
第2 最初に契約の型を確認する
1 請負と準委任
民法上,請負は仕事の完成とその結果に対する報酬を核とし,準委任は法律行為でない事務の処理を委ねる契約である。コンサルティング契約は「準委任契約」と表示されることが多いが,表題だけですべての義務が決まるわけではない。
一つの契約に,調査報告書を完成させる部分,会議に出席して助言する部分,実行過程を管理する部分が混在し得る。実務では,契約全体に一つの名前を付けるだけでなく,業務項目ごとに完了義務か善管注意義務かを検討する。
2 結果保証の有無
売上,利益,採用数,成約率,コスト削減率又はシステムの稼働日といった結果を契約上保証したかは,契約文言と締結過程から判断する。「目標」,「計画」,「目安」及び「保証値」は同じではない。委託者の予算,人員,意思決定,第三者の行動及び市場環境に大きく依存する結果については,保証の範囲と例外を特に明確にする必要がある。
第3 提案書の「量」ではなく「適合性」を見る
1 何に対する提案か
提案書の評価は,ページ数,グラフの数又は表現の美しさだけではできない。①契約上の調査対象,②合意した資料,③委託者が示した条件,④法令・予算・人員・システムの制約,⑤実行期限及び⑥利用目的に適合するかを確認する。
一般論のみを大量に記載し,委託者の具体的な制約や業務フローを反映していない報告書は,契約の目的との適合性が問題となる。他方,結論が委託者の期待と異なることだけで,履行がなかったことにはならない。
2 根拠と検証可能性
良い成果物は,引用した資料,分析の前提,計算方法,事実と推論の区別,未確認事項及び提案の優先順位を追跡できるものである。AIその他の自動化ツールの出力を用いた場合でも,納品者は契約で要求された正確性と品質の責任をツールに転嫁できない。
第4 実行支援を契約に書く
1 提案後の業務を分解する
「実行支援」という言葉だけでは,何をどこまでするかが明らかではない。①実行計画の作成,②社内責任者の設定,③会議の運営,④タスクと期限の管理,⑤社内・対外資料の作成,⑥ベンダー選定,⑦仕様書・業務マニュアルの作成,⑧従業員教育,⑨実施結果の測定に分け,担当者,期限及び完了条件を定める。
2 委託者の協力義務
コンサル業務は,委託者からの資料提供,ヒアリング,意思決定,社内人員の配置,システム権限及び第三者との調整なしに進まないことが多い。受託者が求める協力の内容,依頼方法,回答期限及び不足時の取扱いを定める。依頼と未回答の履歴がなければ,遅延の原因を後から判断しにくい。
第5 検収と変更管理
1 検収の対象と基準
検収は,「満足できるか」という抽象的な感想ではなく,合意した要件との一致を確認する手続である。成果物の名称,形式,必須項目,前提資料,数値の計算方法,納品日,検査期間,不合格理由の通知方法,修正期間及びみなし検収の有無を定める。
2 仕様変更と追加業務
業務の目的や外部環境が途中で変わることは珍しくない。口頭の依頼を積み重ねるのではなく,①変更内容,②理由,③影響する納期・報酬・品質,④既完了業務の取扱い及び⑤承認者を変更管理票に残す。変更合意のない追加業務は,報酬と完了義務の範囲を不明確にする。
第6 KPIの使い方
1 作業指標と結果指標を分ける
会議回数,ヒアリング件数,資料納品数等は作業の実施を測る指標である。売上,粗利,転換率,工数,離職率等は結果の変化を測る指標である。両者を混ぜると,業務を行ったかと,期待した成果が出たかを別々に評価できない。
2 基準値と測定責任
KPIには,開始時の基準値,データの取得元,計算式,測定頻度,対象範囲,異常値の取扱い,報告担当者及び目標を達成しなかったときの対応を結び付ける。開始後に都合のよい計算方法へ変更されないよう,データと計算式の版管理が必要である。
第7 中途終了と報酬精算
1 終了原因を分ける
契約上の中途解約,民法上の任意解除,債務不履行解除,合意解約及び期間満了は,発生要件と法的効果が異なる。「契約を打ち切る」という事実だけでは,未払報酬,前払金の返金,損害賠償,成果物の利用権及び資料返還の結論は決まらない。
2 完了割合と価値の立証
成果に対して報酬を支払う準委任契約が中途で終了した場合,既にした履行の割合に応じた報酬が問題となる。作業時間のみではなく,完了した業務,使用可能な成果物,未完成の理由,委託者の協力状況及び契約上の支払マイルストーンを総合して検討する。
第8 紛争になったときの証拠一覧
1 契約締結前後の証拠
①コンペ資料,②提案書,③見積書,④契約書・個別発注書,⑤事前の説明メール,⑥会議議事録,⑦仕様・業務範囲表,⑧変更管理票及び⑨委託者が提供した前提資料を時系列で並べる。前後の文書の言葉がずれている場合,どの時点で範囲が変わったかを特定する。
2 履行過程の証拠
業務日誌,タスク管理ツール,編集履歴,会議記録,レビューコメント,質問・回答,依頼した資料と回答日,中間納品,検収結果,KPIの元データ及び請求・支払履歴を保全する。後から作成した「まとめ」と,業務時点で自然に残った同時代の記録を分けて評価する。
第9 契約書に入れる項目
1 必須項目
①契約の目的,②業務範囲と対象外,③成果物の仕様,④実行支援の内容,⑤委託者の協力事項,⑥進捗報告,⑦検収,⑧変更管理,⑨報酬・経費・税,⑩KPIと結果保証の有無,⑪再委託,⑫知的財産権と利用範囲,⑬秘密保持とデータ取扱い,⑭中途終了,⑮精算,⑯資料返還,⑰納品物の継続利用及び⑱責任制限を確認する。
2 ステージで分ける方法
不確実性の高い案件では,①診断,②計画,③実行準備,④試行,⑤本展開,⑥評価・改善の段階ごとに,発注,報酬,継続判断及び終了時の引継ぎを定める。当初から長期・一括の契約にするより,未確定要素を次の段階の合意に送る方が,どこまでが完了したかを判断しやすい。
第10 関連記事
①準委任契約の中途終了と報酬精算-前払金・割合報酬・損害賠償の確認事項は,解約の類型,民法648条3項の割合報酬,前払金の返還及び損害賠償を詳しく扱う。
第11 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索・民法(541条,542条,632条以下,643条以下,648条,648条の2,651条,652条,656条等)
2 公的モデル契約
①情報処理推進機構「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」
情報システム開発向けの資料であるが,仕様,役割分担,変更管理,検収及び複数契約の関係を事前に共通理解にするという考え方は,大型のコンサルティング契約を設計する際にも参考になる。