第1 当直免除と代替勤務者の負担は,一緒に検討する
医師の当直免除について考えるときは,免除を必要とする事情と,代わりに勤務する医師の負担の両方を見る必要がある。
妊娠・出産,育児,介護に関する法的な保護を確認した上で,当直回数だけでなく,実際の労働時間,翌日の勤務,処遇を含めて勤務体制を組み立てることが重要である。
本記事では,厚生労働省が紹介した病院の取組,労働関係法令,裁判例及び医師統計を基に,勤務医と医療機関が確認する事項を整理する。
民間医療機関等で労働者として働く医師を主に想定しており,公務員である医師については,適用される法令や勤務条件を別に確認する必要がある。
厚生労働省の公表資料には,病院の産婦人科で,妊娠・出産期の医師を当直・オンコールから免除した結果,代わりを担う医師の労働時間が増え,不満が広がった事例が掲載されている。
この事例は,配慮の仕組みだけでなく,代替する側の勤務と休暇の仕組みも整える必要性を考える材料になる。
ただし,一つの病院の取組から,全国の女性医師の勤務状況や,当直免除を受ける医師の割合を推定することはできない。
個々の医師がどのような理由でどの勤務を免除されているかは,性別だけでは分からない。
第2 法令による保護と,病院独自の配慮を区別する
1 妊娠中・出産後の深夜業等
労働基準法66条は,妊産婦(妊娠中及び産後1年未満の女性)から請求があった場合の時間外労働,休日労働及び深夜業について制限を設けている。
また,同法65条3項は,妊娠中の女性が請求した場合の軽易な業務への転換を定めている。
深夜業の対象となる時間帯は,午後10時から午前5時までである。
これらは,すべての女性医師が,理由や手続に関係なく,あらゆる当直・救急業務を拒めるという制度ではない。
「当直」という勤務の名称だけで判断せず,対象となる労働者,請求の有無,勤務時間帯,実際の業務を確認する。
2 育児・介護による深夜業の制限
育児・介護休業法には,一定の要件を満たす労働者が請求した場合の深夜業の制限がある。
育児については小学校就学前の子の養育が対象となり,介護についても対象家族の介護に関する制度がある。
この制度は女性だけを対象とするものではない。
男性医師についても,雇用関係,勤続期間,所定労働日数,同居家族の状況等の要件を確認し,事業の正常な運営を妨げる場合の扱いを含めて検討する。
法令上の請求権による制限と,病院が独自に設ける当直免除・回数軽減は,根拠と要件を分けて整理する必要がある。
妊娠・育児等の事情について,勤務表を作成する職員全員に詳細な健康情報を共有する必要があるとは限らず,必要な情報と共有範囲も検討事項である。
第3 厚労省の病院事例から分かること
1 淀川キリスト教病院の取組
厚生労働省の「医師の働き方改革に関する好事例について」(2021年9月15日)には,淀川キリスト教病院の事例が掲載されている。
該当箇所は「事例7-3①:情報共有ツールの活用」で,資料の表示頁37である。
資料では,同院の産婦人科において,妊娠・出産期の医師の当直・オンコールを免除する一方,その他の医師が代替することで,代替勤務者の労働時間が増加し,不満が広がったという課題が紹介されている。
対応として,当直翌日の休暇,夏季の長期休暇,月2回の平日の有給休暇等とともに,情報共有やコミュニケーションの改善が取り上げられている。
2 事例を勤務先に当てはめる際の注意
この資料は,公表当時の個別病院の取組を紹介するものであり,現在の当該病院の勤務条件を保証するものではない。
また,資料自体が複数の取組全体の効果を示す趣旨であるため,情報共有ツールだけで負担や不満が解消したと断定することも適切ではない。
参考にすべき点は,免除を認めるか否かという二択で終わらせず,代替勤務者の労働時間,休暇の取得,院内での情報共有まで検討していることである。
各病院で同じ休暇制度を導入する法的義務が,この事例によって生じるわけではない。
第4 当直回数だけでなく,実労働時間と休息を確認する
同じ「月2回の当直」でも,救急対応の頻度,入院患者への対応,連続して休める時間,翌日の外来・手術の有無によって,負担は異なる。
回数の均等化だけで公平性を判断せず,勤務の内容と時間を記録して比較することが必要である。
宿日直許可がある場合も,許可の対象となる業務・時間帯と,実際の勤務の対応を確認する。
通常勤務と同じような業務が常態となっている場合や,許可後に人員配置・受診件数等が変わった場合には,許可があることだけで従来どおりの扱いを続けてよいとはいえない。
労働時間の把握や割増賃金の検討と,代替勤務者に休息を確保するための勤務調整は,それぞれ必要な検討である。
手当を増やしたことだけで,労働時間の上限や健康確保の問題が解消するわけではない。
宿日直許可,通常勤務と同態様の業務及び割増賃金の関係については,医療機関の宿日直許可の記事も参照されたい。
第5 当直手当,基本給,役職は別々に検討する
1 勤務の有無に対応する手当と,固定的な処遇
当直をしなかった場合の処遇を考える際には,当直の実施に対応する手当と,基本給,職務・役職に対応する賃金を区別する。
どの手当が何の対価であるかは,名称だけで決めず,雇用契約,賃金規程,実際の運用を確認する。
当直を担当しないことから,直ちに基本給の減額や降格まで認められるわけではない。
一方で,法律上保護される制度を利用した場合に,すべての賃金項目が例外なく従前と同額になると一般化することもできない。
育児・介護休業法20条の2は,同法の深夜業制限の請求や,その制限により深夜業をしなかったことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いを禁止している。
実際の勤務と賃金規程の対応を確認することと,制度の利用を理由とする不利益な取扱いをしないことの両方が必要である。
2 妊娠中の軽易業務転換と降格の最高裁判例
最高裁平成26年10月23日判決(平成24年(受)第2231号・広島中央保健生協事件)は,妊娠中の軽易業務への転換に伴う降格について,男女雇用機会均等法9条3項との関係を判断した。
同判決は,そのような降格を原則として同項の禁止する取扱いとした上で,自由な意思に基づく承諾を認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合等の例外を示している。
もう一つの例外である「特段の事情」は,降格させずに軽易業務へ転換することに業務上の支障があり,業務上の必要性や労働者への有利・不利な影響等に照らして,均等法の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる場合に限られる。
業務上の必要性があることだけで,当然に例外が認められるという判断ではない。
この事件の労働者は理学療法士であり,医師の当直免除と賃金の関係を直接判断した事件ではない。
医師に当てはめる場合も,実際の変更内容と理由を確認し,「当直を免除したから降格できる」という短絡を避ける必要がある。
判例の判断枠組みについては,産休・育休からの復職時の降格・役職外しの記事に詳しく記載している。
第6 「救急科の医師の約8割が男性」という数字の読み方
厚生労働省の令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計の統計表第7表によると,2024年12月31日現在,医療施設に従事し,主たる診療科を救急科とする医師は4081人で,男性3356人,女性725人である。
この集団に占める男性の割合は約82.2%となる。
ただし,これは「主たる診療科が救急科である医師」の統計である。
救急対応を行うすべての医師や,資格としての救急科専門医全体を,そのまま数えたものではない。
この表には,当直免除の申請件数,救急対応の拒否件数,担当患者数,個々の労働時間及び賃金の情報はない。
したがって,この数字だけから,女性医師が救急対応を避けているとか,同じ仕事量でないのに同じ給与を得ていると結論付けることはできない。
第7 勤務体制を見直すための確認事項
次の事項を分けて確認すると,配慮が必要な医師と代替勤務者の双方に関わる問題を整理しやすくなる。
以下は勤務体制を検討するための整理案であり,すべてが一律の法的義務という意味ではない。
①免除・軽減の根拠と範囲:法令,労使の合意,病院独自の制度のいずれか,深夜業全体か特定業務か,期間と見直し時期はどうなっているか。
②代替勤務の集中状況:担当回数だけでなく,実労働時間,呼出し,連続勤務及び翌日の業務が特定の医師に集中していないか。
③休息と人員配置:当直翌日の勤務調整,休暇取得,非常勤医師等による補充,診療体制の見直しが必要か。
④賃金と役職の根拠:実際の担当業務と賃金規程が対応しているか,妊娠・育児等を理由とする不利益な変更になっていないか。
⑤手続と情報共有:申出窓口,判断理由の説明,見直しの手続及び健康情報等の共有範囲を整理しているか。
性別だけを基準に当直を割り振るのではなく,個々の事情と実際の勤務を基に,必要な配慮と代替勤務者の健康確保を両方実現できる体制を検討することが重要である。
第8 関連記事と出典
1 関連記事
①医療機関の宿日直許可―当直・非常勤医師の労働時間,通常勤務と同態様の業務及び割増賃金
②産休・育休からの復職時の降格・役職外し―均等法9条3項・育児介護休業法10条と「特段の事情」
③裁判所の夜間業務とは―宿日直・令状審査,女性職員への割当てと東京・大阪への集約
2 出典
①厚生労働省「医師の働き方改革に関する好事例について」:2021年9月15日,表示頁37,事例7-3①。
②労働基準法:65条3項,66条。
③育児・介護休業法:19条,20条,20条の2。
④厚生労働省「育児のための深夜業の制限」及び介護のための深夜業の制限。
⑤厚生労働省「医師,看護師等の宿日直許可基準について」:令和元年7月1日基発0701第8号。
⑥最高裁平成26年10月23日判決:平成24年(受)第2231号,民集68巻8号1270頁。
⑦厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」:健康情報の取扱いの目的,権限及び範囲の整理。
⑧厚生労働省「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計」統計表:第7表,表示頁35。