第1 タイムカードの打刻間と労働時間は同じとは限らない
タイムカードの始業打刻から終業打刻までの時間は,労働時間を確認するための重要な客観的記録である。しかし,打刻間の全時間が当然に労働時間になるわけでも,会社が「休憩」「雑談」「自己都合」と記載すれば当然に除外されるわけでもない。
労働基準法上の労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間である。名称や社内規程だけでなく,具体的な指示,業務上の必要性,場所の拘束,直ちに対応する義務及び実際の行動から客観的に判断する。
タイムカード,在館記録,パソコンのログ,日報,メール,チャット,予定表及び関係者の説明を勤務日ごとに照合し,「在館していた時間」「会社の都合で拘束された時間」「実際に業務をした時間」を分けることが重要である。
本記事は令和8年10月29日現在の法令,最高裁判例及び厚生労働省の公表資料に基づく。
第2 判断の出発点は使用者の指揮命令下かどうかである
1 契約や規程の名称だけで決まらない
最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決(三菱重工業長崎造船所事件)は,労働基準法上の労働時間を,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間とし,労働契約,就業規則等の定めだけで決めることはできないとした。
したがって,残業の事前許可がなかったこと,日報に休憩と書かれていたこと又は会社が労働時間として集計していなかったことだけで,実態上の労働時間を一律に除外することはできない。他方,事業場に残っていただけで自由に私用をしていた時間まで,当然に労働時間になるわけでもない。
2 労働から離れることが保障されていたか
待機時間や休憩時間でも,その場を離れられず,必要があれば直ちに電話,来客,機械又は顧客へ対応する義務がある場合は,労働から離れることが保障されていない可能性がある。
反対に,外出や私用が自由で,業務への対応を求められず,実際にも対応していない時間は,打刻間であっても労働時間から除かれることがある。
第3 タイムカードと他の記録をどう読むか
1 打刻は重要な出発資料である
厚生労働省の労働時間適正把握ガイドラインは,使用者が始業・終業時刻を確認・記録し,原則として現認又はタイムカード,ICカード,パソコン使用時間等の客観的記録を基礎とするよう求めている。
会社は,自己申告と客観的記録に著しい食い違いがあるときは,実態を調査して補正する必要がある。打刻後の業務を黙認しながら,申請がないという理由だけで切り捨てる運用は適切でない。
2 打刻間を区間に分ける
勤務日ごとに,少なくとも次の区間へ分けると検討しやすい。
| 区間 | 確認する事項 | 主な資料 |
|---|---|---|
| 始業前 | 朝礼,着替え,清掃,準備,資材受出しの指示と必要性 | 打刻,入館,朝礼表,作業手順,証言 |
| 所定時間内 | 休憩,中抜け,待機,雑談と業務対応の有無 | 日報,通話,メール,映像,予定表 |
| 終業後 | 片付け,清掃,日報,翌日の準備,私的滞在 | 退館,PCログ,日報,チャット |
| 出張日 | 移動中の自由,物品運搬,指示,現地業務の開始・終了 | 旅程,乗車券,メール,日報 |
打刻間全体について一つの評価をするのではなく,短い区間ごとに業務の有無と拘束の程度を確認する。
第4 雑談・休憩・片付け・清掃をどう区別するか
1 雑談と業務上の打合せ
雑談という記載があっても,その場で上司が当日の作業,顧客対応又は翌日の段取りを指示していた場合は,業務上の打合せを含む可能性がある。誰が,どの場所で,何を話し,業務上の決定や指示があったかを確認する。
純粋な私的会話で,参加が自由であり,業務対応を求められていなかった時間は労働時間ではないことがある。長時間の一括控除をする前に,私的会話の具体的な時間帯と根拠を特定する。
2 片付けと清掃
作業場所の片付け,工具の返却,機械の停止,ごみの処理又は清掃が,会社の指示,安全手順又は翌日の作業のために必要であれば,労働時間となり得る。
従業員が自分の都合で私物を整理し,又は任意に長く残っていた時間とは区別する。会社が日常的な片付けを必要と認識しながら所定時間を割り当てていなかった場合は,黙示の指示がなかったかも検討する。
第5 着替え・保護具・準備行為
1 事業場で行うことが義務付けられている場合
三菱重工業長崎造船所事件では,事業場内で行うことを義務付けられ,又は余儀なくされた作業服・保護具の装着,準備場所への移動,資材の受出し等が労働時間とされた。
着替えに関する規程の文言だけでなく,制服や保護具を自宅から着用できるか,衛生・安全上の理由,保管場所,点呼や朝礼との関係及び違反時の扱いを確認する。
2 任意の身支度との区別
通勤服から任意に着替える時間又は私的な身支度まで,常に労働時間になるわけではない。会社が場所と方法を指定し,業務に不可欠な行為として求めていたかを具体的に検討する。
第6 出張移動時間と直行直帰
1 移動しているだけでは一律に決まらない
出張先へ向かう移動時間については,通常の通勤と同様に自由に過ごせるか,移動中に物品を監視・運搬する義務があるか,電話・メール・資料作成等の業務を命じられているかを確認する。
厚生労働省の資料も,移動中に業務の指示がなく,自由利用が保障されている場合と,物品の監視その他の具体的業務がある場合を分けている。出張であるという一語から全移動時間を算入又は除外しない。
2 記録を旅程と対応させる
出発時刻,到着時刻,訪問先での開始・終了時刻,乗換え,宿泊及び直行直帰を旅程表へ並べる。タイムカードが通常の事業場にある場合は,打刻のない出張日の労働時間を,日報,交通記録,訪問記録,メール及び予定表で補う。
第7 会社側と労働者側の立証資料
1 会社側が確認する資料
会社は,タイムカードだけでなく,シフト,業務日報,入退館記録,PC・VPNログ,メール,業務チャット,電話,車両記録,防犯映像及び上司・同僚の説明を,保存期間とプライバシーに配慮して確認する。
「雑談」「片付け」「休憩」というメモを付ける場合は,誰が,どの資料に基づき,どの時間帯をそのように判断したかを残す。後から一括して書き加えた評価と,当時作成された記録を分ける。
2 労働者側が整理する資料
労働者側では,適法に保有するタイムカードの写し,給与明細,雇用契約書,シフト,日報,メール,チャット,通話履歴,交通記録及び日記を早期に保存する。
一日の合計時間だけでなく,勤務日,区間,行為,指示者,根拠資料及び会社計算との差を一覧にする。記憶だけで全期間を同じ時刻にそろえず,資料で確認できない日はその状態を示す。
第8 実務上の確認順序
1 対象期間,所定労働時間,休憩,休日及び賃金の締日を確定する。
2 タイムカードその他の客観的記録を日付順に並べる。
3 始業前,休憩,終業後,出張移動その他の争いがある区間を切り出す。
4 各区間について,具体的な行為,指示,業務上の必要性,自由利用及び対応義務を確認する。
5 客観的記録と本人・上司・同僚の説明を照合し,一致点と食い違いを分ける。
6 労働時間と判断した区間を,法定内,時間外,休日及び深夜に分類し,割増賃金を計算する。
7 判断根拠,未確認事項及び反対資料を日ごとの計算表に残す。
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