第1 結論
交通事故後に手がしびれる場合は,しびれる指と手の表裏,前腕・上腕への広がり,首の動きとの関係,筋力低下及び歩行症状を整理し,整形外科等で神経学的診察を受けることが重要である。
小指・環指側のしびれは尺骨神経,母指・示指・中指側のしびれは正中神経を疑う手掛かりになるが,症状の場所だけで診断は確定しない。頚椎神経根,頚髄,腕神経叢,肘・手関節付近の末梢神経,脳その他の病変で似た症状が生じるため,筋力,反射,感覚分布,事故状況,画像及び電気診断等を組み合わせる必要がある。
突然の片側の手足のしびれ又は脱力,顔のゆがみ,ろれつの異常等がある場合は119番を検討する。手の不器用さが進む,両手足がしびれる,歩きにくい,排尿・排便の異常がある,又は急速に筋力が落ちる場合も,通常の予約を待つべきか医療機関へ速やかに相談する。
第2 まず救急性を確認する
厚生労働省は,突然のしびれ,突然片方の腕や足に力が入らない,顔半分が動きにくい又はしびれる,ろれつが回らない等を,迷わず119番を利用すべき症状として案内している。手のしびれが脳血管障害等の症状である場合,受診の遅れが治療機会に影響し得るためである。
また,事故後に首の強い痛みとともに四肢のしびれ・脱力がある,しびれが急速に広がる,手指が急に動かしにくくなる,歩行が不安定になる等の場合は,頚髄又は神経の緊急評価が必要となることがある。
救急性がないように見えても,一過性ではないしびれを放置しない。日本整形外科学会も,一過性のものを除く上肢のしびれについて,整形外科医への相談を勧めている。
第3 しびれる部位から考える障害部位
1 母指・示指・中指側
母指,示指,中指及び環指の母指側半分の掌側がしびれる場合は,正中神経の障害が候補となる。手関節部での手根管症候群が代表的であるが,より近位の正中神経障害,腕神経叢障害又は頚椎神経根障害でも似た症状が生じ得る。
2 小指・環指側
小指と環指の小指側半分の掌側・手背側のしびれは,尺骨神経障害を疑う手掛かりになる。肘部管での圧迫・牽引,肘の直接外傷,骨折・脱臼,手関節のGuyon管付近の障害等を検討する。
尺骨神経障害が進むと,手の筋肉のやせ,つまみ動作の低下,小指・環指の変形等が現れることがある。交通事故による尺骨神経障害の局在,検査及び後遺障害評価は,交通事故による尺骨神経麻痺の後遺障害等級で詳しく説明している。
3 手の甲と手首・指の伸ばしにくさ
母指・示指・中指側の手背がしびれ,手首又は指を反らしにくい場合は,橈骨神経障害が候補となる。上腕骨周囲の外傷,圧迫又は骨折等との関係を確認する。
4 手全体,前腕・上腕又は両手
手背,前腕又は上腕まで広がるしびれ,両手のしびれ,首の動きで変化するしびれでは,頚椎神経根,頚髄,胸郭出口又は腕神経叢等を検討する。複数の末梢神経領域にまたがる症状を,一つの指の神経だけで説明しないことが重要である。
第4 頚椎・腕神経叢・末梢神経を分ける視点
1 頚椎神経根
頚椎神経根障害では,首から肩・腕・手へ放散する痛み又はしびれ,特定の筋力低下,反射の変化等がみられることがある。MRIに変性所見があるだけで事故との関係が決まるわけではなく,症状の側・分布,診察所見及び事故前の症状と照合する。
2 頚髄
頚髄の障害では,両手のしびれ,ボタンの掛け外し・箸・書字等の細かい動作の不器用さ,足のもつれ又は歩行障害等が現れることがある。日本整形外科学会は,画像上の脊髄圧迫が無症状の人にもみられるため,検査所見だけで診断できないと説明している。症状,反射及び画像を併せて評価する必要がある。
3 腕神経叢
腕神経叢は,頚部から出た神経が上肢の各末梢神経へ分かれる途中の神経網である。肩周辺の強い牽引,鎖骨・肩甲帯周囲の外傷等で障害されると,複数の末梢神経領域にまたがる感覚・運動障害が生じ得る。単一の指だけでなく,肩・肘・手関節を含む筋力と感覚分布を診察する。
4 末梢神経
正中神経,尺骨神経及び橈骨神経等の末梢神経は,骨折・脱臼,直接打撲,牽引,圧迫,血腫,瘢痕又は開放創等で障害され得る。障害部位によって,感覚症状の範囲と弱くなる筋が異なる。事故後に症状が遅れて現れた場合は,二次的圧迫等の医学的説明と経過を確認する。
第5 診察時に伝える事項
診察前に,手の図へしびれる範囲を塗り,次の事項を記録しておくと説明しやすい。
①事故直後からあったか,何時間又は何日後に始まったか
②右・左・両側のどこか,どの指か,掌側か手背側か
③常にあるか,肘・手首・首の姿勢又は時間帯で変わるか
④しびれだけか,痛み,灼熱感,感覚低下,脱力又は不随意運動を伴うか
⑤物を落とす,箸・ボタン・筆記・入力作業が難しい等の具体的支障
⑥首・肩・肘・手関節の痛み,両脚のしびれ,歩行の変化等を伴うか
⑦事故前に同じ症状,糖尿病,頚椎疾患,肘の変形又は反復作業歴があったか
症状を大きくも小さくも言わず,変化した日と生活への影響を具体的に伝える。片手で行う細かな作業は,単純な握力だけでは支障が分かりにくいため,困る動作を実例で示す。
第6 診察と検査
1 神経学的診察
医師は,感覚分布,個々の筋力,筋萎縮,腱反射,巧緻運動,歩行,頚部・肩・肘・手関節の所見等を確認する。誘発試験が陽性又は陰性であることだけで診断を決めず,全体の所見を整合させる。
2 画像検査
X線又はCTは骨折,脱臼,変形等の評価に,MRIは頚椎・脊髄・神経周囲の軟部組織等の評価に用いられることがある。神経超音波は,末梢神経の腫大,圧迫部位又は動的変化の評価に用いられる場合がある。検査の選択は疑う病変と臨床上の問いによる。
3 神経伝導検査・針筋電図
神経伝導検査は末梢神経の伝導と障害区間を,針筋電図は筋に現れた脱神経・再支配等を評価する。両検査はすべてのしびれに一律に必要なものではなく,頚椎神経根・腕神経叢・単神経の局在鑑別,客観的な筋力低下,既往症との鑑別等の具体的な臨床疑問がある場合に検討する。
受傷直後の検査では軸索障害の全貌がまだ現れないことがあり,反対に長期間経過後の単発異常だけでは発症時期を決めにくい。適切な時期と検査範囲は専門医が症状と経過から判断する。詳しくは,交通事故の後遺障害診断書で神経伝導検査・針筋電図が必要となるケースを参照されたい。
第7 受診先と医療機関の連携
持続する上肢のしびれでは,まず整形外科で頚椎,肩・肘・手関節及び末梢神経を含む診察を受けることが考えられる。症状分布,診察又は既往症から脳・脊髄・全身性末梢神経疾患等が疑われる場合は,脳神経内科,脳神経外科その他の専門科へ紹介されることがある。
複数の医療機関を受診する場合は,事故日,症状が始まった日,左右と分布,これまでの画像,神経伝導検査・筋電図の原報告,処方及び紹介状を共有する。検査名だけでなく,撮影部位,検査した神経・筋及び結果の意味を確認する。
事故直後からの受診・検査・リハビリテーションの全体像は,交通事故治療の流れで説明している。
第8 日常生活での注意
診断が定まる前に,強い痛みやしびれを再現する自己流の誘発試験を繰り返さない。装具,安静,運動,ストレッチ又は仕事上の制限は,病変によって適否が異なるため主治医へ確認する。
筋力低下がある場合は,熱い物,刃物,運転,機械操作,高所作業等の安全にも注意する。物を落とす,火傷に気付かない等の出来事があれば,その日時と状況を記録して医師へ伝える。
第9 よくある質問
1 小指と環指がしびれれば尺骨神経麻痺で確定するか
確定しない。尺骨神経障害を疑う有力な手掛かりではあるが,C8・T1神経根,腕神経叢その他の病変でも似た症状が生じ得る。感覚分布,筋力,反射及び検査を併せて評価する。
2 頚椎MRIに異常があれば原因は頚椎か
必ずしもそうではない。無症状でも変性又は脊髄圧迫所見がみられることがあり,症状の側・髄節,診察所見及び事故前の状態との一致が必要である。
3 神経伝導検査が正常なら神経障害はないか
検査した大径線維と区間について重要な情報となるが,神経根障害,小径線維障害,検査対象外の神経・筋,軽症又は時期の影響等を常に否定できるわけではない。検査範囲と時期を確認する。
4 しびれを記録するときは強さだけでよいか
強さだけでは足りない。左右,指,掌・手背,前腕への広がり,持続時間,姿勢,筋力低下及び具体的な作業支障を記録する方が,病変部位と経過を評価しやすい。