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法人破産申立前の労働債権弁済と申立代理人の責任―東京地裁平成26年8月22日判決(AI作成)

第1 結論

法人破産の申立前に労働債権を支払うときは,「従業員への支払だから安全」とも,「公租公課が残っているから必ず違法」とも一律にはいえない。支払対象者が労働者か,支払に就業規則・労働時間・平均賃金等の根拠があるか,支払額が適正か,破産財団と競合する財団債権の全体を把握できているかを,支払時点の資料で確認する必要がある。

東京地方裁判所平成26年8月22日判決(平成24年(ワ)第16147号,判例時報2242号96頁,判例秘書L06930547)は,破産申立代理人が管理する預り金から取締役・従業員へ退職金,解雇予告手当,給与等を支払った事案で,申立代理人の財産散逸防止義務と過失を認めた。同判決は下級審判決であり,あらゆる労働債権弁済を禁止するものではないが,申立前の支払判断と記録化に直接役立つ。

第2 東京地裁平成26年8月22日判決の事案

1 申立前日に行われた支払

破産会社は,全従業員を解雇した翌日,受領した保険金を申立代理人の預り金口座へ移した。申立代理人は,その金銭から,取締役又は従業員であった者へ,基本退職金,特別功労加算金,解雇予告手当,給与及び調整手当を支払った。その翌日,破産申立てと開始決定が行われた。

この時系列では,支払時に破産申立ての方針が確定し,管財人への財産引継ぎの準備も相当程度進んでいたと認定された。受任日,方針確定日,預り金への入金日,各支払日,申立日及び開始決定日を分単位まで固定することが,後日の検証に重要である。

2 管財人の請求

管財人は,受領者らに対する否認請求訴訟を提起して確定判決を得たものの,十分に回収できなかった。そのため,申立代理人らに対し,根拠のない支払等によって破産財団を毀損したとして共同不法行為に基づく損害賠償を請求した。さらに,代表弁護士が受領した報酬のうち相当額を超える部分についても否認を主張した。

裁判所は,申立代理人らによる支払のうち合計2259万6954円が破産財団を毀損したと認定し,回収済額を遅延損害金に充当した上で損害賠償を命じた。また,代表弁護士の報酬のうち500万円について原状回復を命じた。

第3 労働債権かどうかを名目だけで決めない

1 役員兼務者の労働者性

同判決は,同じ「常務取締役」の肩書を持つ2人について異なる結論を出した。一方は重要部門の経営を委ねられ,会社の重要方針の決定に関与し,勤務時間管理の程度も弱かったとして労働者性を否定した。他方は重要な経営会議への参加が認められず,残業手当等が1円単位で計算されるなど比較的厳格な勤務時間管理を受けていたとして労働者性を肯定した。

役員登記,役職名,雇用保険への加入又は税務上の「役員報酬」という一つの表示だけでは決まらない。職務権限,指揮命令,重要な意思決定への関与,勤務時間・場所の拘束,時間外手当,株式保有及び報酬決定過程を総合して確認する必要がある。

2 退職金と解雇予告手当

労働者性を否定された取締役への基本退職金と解雇予告手当は,根拠を欠き,破産財団を害する支払と判断された。他方,労働者性を肯定された者への基本退職金は,破産法149条2項の限度内の財団債権であり,破産財団を害しないとされた。

労働者性を肯定された者への解雇予告手当も,計算上の30日分を超えず,優先的に弁済することが許される債権であるとして,開始前の支払が破産財団を害するとはされなかった。したがって,同判決は解雇予告手当の開始前支払を一律に否定したものではない。

3 特別功労加算金と日割計算

特別功労加算金は,「取締役またはこれに準ずる地位にあったもの」を対象とし,基本退職金を大きく上回る1000万円を基準としていた。過去の支給実績がなく,他の従業員にも知らせず役員だけへ支払われた事情から,労働者としての退職金ではなく取締役報酬と評価され,株主総会決議等の根拠もない支払とされた。

また,事業停止後の期間を含む月例給与について,実際に稼働していない日数を控除せず満額を支払った部分も問題となった。即時解雇に伴う解雇予告手当と,同じ期間の月例給与を重ねて支払うことが就業規則等に照らして正当化できるかを確認する必要がある。

4 調整手当・残業代

「調整手当」名目の70万円について,申立代理人らは未払残業代であると説明したが,既に毎月残業手当等が支給されており,追加の時間外労働を裏付ける証拠がなかったため,合理的な根拠のない支払とされた。支払名目ではなく,対象期間,労働時間,計算式,既払額及び賃金台帳との整合を確認すべきである。

第4 申立代理人の財産散逸防止義務

1 預り金を管理する弁護士の義務

同判決は,破産申立ての委任を受けた弁護士が,管財人へ財産を引き継ぐまで散逸を防止するために必要な措置をとる義務を負うとした。とりわけ,申立代理人の預り金口座へ会社資金を受け入れて管理する状況では,破産手続開始後に財団債権となるべき債権等,他の債権者を害しないと認められる債権を除き,弁済をしないよう十分に注意する義務があるとした。

所属弁護士も,破産会社の事務を担当し,各支払に関与した以上,代表弁護士の指示に従ったというだけで当然に責任を免れるものではないとされた。担当者ごとに調査項目,検討資料,助言内容及び決裁者を記録する必要がある。

2 不明確な支払は手続内の判断に委ねる

申立ての前日で,翌日に管財人が選任されることが予定されているような段階では,支払の適否に疑義がある債務は原則として弁済せず,破産手続内の判断に委ねるべきであると判示された。他の債権者を害しないと確信したことにやむを得ない事情がある場合などでなければ,注意義務違反が問題となる。

緊急の生活保障という目的だけで結論を出さず,労働者性,債権の発生根拠,順位,適正額,財団充足見込み及び競合債権を短時間でも確認し,確認できない点は保留して管財人又は裁判所に引き継ぐのが安全である。

3 受領者への否認と弁護士の責任は別問題

受領者に対する否認は,破産法160条・162条等の要件と受領者の主観を検討する。これに対し,申立代理人に対する損害賠償は,受任範囲,財産管理状況,支払時点の注意義務,調査内容,過失及び損害を検討する。同じ支払から生じても,請求相手と要件は別である。

管財人が受領者から現実に回収できない場合でも,申立代理人の注意義務違反によって会社財産が流出すれば,その時点で破産財団に損害が生じ得ると同判決は判断した。後日の一部回収は損害の填補として扱われる。

第5 公租公課と財団不足を同じ箱に入れない

1 租税等は税目・年度・納期限ごとに分類する

「滞納公租公課」という総額だけでは,労働債権を支払ってよいか判断できない。国税・地方税・社会保険料等について,税目又は保険料の種類,対象年度・期間,課税原因,法定納期限,具体的納期限,滞納処分着手の有無,元本・延滞税等の内訳及び開始予定日を一覧化し,破産法97条・98条・148条等へ分類する必要がある。

2 財団不足時の按分と例外

破産法152条1項は,破産財団が財団債権の総額を弁済するのに足りないことが明らかになった場合,財団債権を原則として債権額の割合で弁済すると定める。同条2項は,破産法148条1項1号・2号の財団債権を他の財団債権に優先させる。

したがって,財団債権という分類だけで開始前の全額支払が当然に正当化されるわけではない。換価見込額,手続費用,管財人報酬見込み,労働債権,租税・社会保険料,契約関係の財団債権等を同じ基準日で集計し,財団不足の有無を検討する必要がある。

3 破産法101条は開始後の制度

破産法101条は,優先的破産債権である給料・退職手当について,生活維持の困難が生ずるおそれがある場合に,破産管財人の申立てにより裁判所が配当前の弁済を許可できる制度である。財団債権者又は先順位・同順位の優先的破産債権者の利益を害するおそれがないことも必要である。

これは破産手続開始後の制度であり,申立代理人が開始前に自由に支払えることを直接定める条文ではない。労働者保護と競合債権者保護を調整する趣旨は参考になるが,開始前支払の無条件な安全港として使うべきではない。

第6 弁護士・税理士・司法書士の引継ぎ

弁護士は,支払不能・支払停止・申立方針確定の時期,破産法上の債権区分,否認可能性,財団不足及び申立先裁判所との協議事項を確定する。支払の可否と順序は,収集資料を踏まえて申立代理人が責任を持って判断すべきである。

税理士は,総勘定元帳,申告書,納付書,督促状及び社会保険料関係資料から,税目・年度・発生原因・法定納期限・納期限・残高内訳を抽出し,給与計算・源泉徴収・役員報酬の会計処理を賃金台帳等と照合する。ただし,税務上の役員給与という処理だけで労働法上の労働者性又は破産法上の順位は決められない。

司法書士は,不動産・法人・動産又は債権の登記情報,役員就任・退任,担保権及び対抗要件の時系列を整理し,弁護士へ共有する。登記上の役員であることだけで労働者性を否定せず,登記情報を勤務実態・職務権限の資料と突き合わせる必要がある。

第7 申立前の支払チェックリスト

確認項目保存する資料
受任・方針確定・支払・申立ての時系列相談記録,委任契約,メール,預り金台帳,振込記録,申立書
労働者性登記事項,就業規則,組織図,職務権限,タイムカード,雇用保険,株式保有
債権の根拠と適正額賃金台帳,給与規程,退職金規程,労働時間,平均賃金,既払額,計算表
財団充足見込み資産換価見込表,手続費用,労働債権,税金,社会保険料,契約関係債権の一覧
判断過程検討メモ,関係専門職の照会・回答,裁判所との協議記録,保留・引継事項

破産手続が後に廃止されたとしても,廃止決定は申立前の個々の支払の適法性又は申立代理人の注意義務を当然に確定するものではない。破産法216条・217条の廃止要件と,個々の支払に関する実体判断を区別する必要がある。

第8 関連記事

解雇予告手当の債権区分と東京・大阪の運用は,会社の破産と解雇予告手当で整理している。通常の給料日,支払不能後及び期限前払と否認の関係は,破産直前の賃金支払は否認されるかを参照されたい。財団債権・租税等を含む倒産実務全般は,倒産事件の実務メモで扱っている。

第9 出典と確認状態

①東京地方裁判所平成26年8月22日判決(平成24年(ワ)第16147号,損害賠償等請求事件,判例時報2242号96頁,金融法務事情2025号48頁,判例秘書L06930547)
②破産法(e-Gov法令検索)75条,78条,98条,101条,148条,149条,152条,160条,162条,167条,170条,173条,175条,216条及び217条
③労働基準法(e-Gov法令検索)9条,20条及び24条
④会社法(e-Gov法令検索)361条

東京地裁判決は令和8年10月8日に判例秘書で全文を確認した。判例番号,事件番号,判決日,判示事項,主文,事実及び理由並びに掲載誌を確認済みである。他方,控訴審・上告審の有無及び確定状況は今回の検索では確認できていないため,同判決を確定した最高裁判例又は全国一律の運用として紹介するものではない。