第1 本記事の対象と結論
1 固定任期はなく,70歳定年であること
本記事は,最高裁判所長官の在職期間について,①固定任期の有無,②法律上の定年退官日,③前任者の退官から後任者の任命までの欠位,④欠位又は差支えがある場合の代理を扱う。
長官の地位,権限及び選任の全体像は,最高裁判所長官の地位,権限及び選任で説明している。
歴代長官の就任・退任,前職,指名内閣及び国民審査の比較は「歴代の最高裁判所長官|就任・退任,前職,指名内閣及び国民審査」で,裁判及び司法行政における長官の権限は「最高裁判所長官は裁判で一番強いのか|大法廷・小法廷,裁判官会議及び事務総局との関係」でそれぞれ説明している。
最高裁判所長官には,就任から何年という固定任期はない。
長官は最高裁判所裁判官の一人として70歳で定年退官し,国民審査の10年周期も任期を意味しない。
最高裁判所判事を含む任期・定年・退官の一般的な仕組みは,最高裁判所裁判官の任期・定年・退官で説明している。
2 欠位と長官代理を区別する必要があること
前任長官の退官と後任長官の任命が連続しなければ,その間は長官が欠位となる。
もっとも,欠位中の司法行政,大法廷の裁判長,裁判官会議,国会での説明及び皇室会議議員の職務は,すべてを一人が一括して承継するのではなく,それぞれ異なる規定で処理される。
第2 最高裁判所長官に固定任期がない理由
1 長官の任命と最高裁判所裁判官としての身分
日本国憲法6条2項及び裁判所法39条1項により,最高裁判所長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命する。
裁判所法5条1項・3項によれば,最高裁判所は長官1人と最高裁判所判事14人で構成され,長官も最高裁判所の裁判官である。
憲法79条5項は,最高裁判所の裁判官が法律の定める年齢に達した時に退官すると定め,裁判所法50条はその年齢を70歳とする。
これらの規定には,就任後一定年数の経過によって長官の職が終了するという定めはない。
2 下級裁判所裁判官の10年任期との違い
これに対し,憲法80条1項及び裁判所法40条3項は,下級裁判所裁判官の任期を10年とし,再任され得ることを明記する。
最高裁判所裁判官には同じ任期規定がないため,「長官の任期は70歳まで」ではなく,「固定任期はなく,70歳定年である」と表現するのが正確である。
3 国民審査の10年は任期ではないこと
憲法79条2項は,最高裁判所裁判官を任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査に付し,その後10年を経過した後の最初の総選挙の際に再び審査に付すと定める。
この10年は審査時期を定める期間であり,在職期間を区切る任期ではない。
国民審査で罷免を可とする投票が多数となれば,その裁判官は罷免されるが,審査を通過するたびに新たな10年任期が始まるわけでもない。
国民審査の時期及び投票方法は,最高裁判所裁判官国民審査で説明している。
第3 70歳定年と退官日の計算
1 誕生日の前日限りで退官する理由
年齢計算ニ関スル法律は,年齢を出生の日から起算し,民法143条2項を準用する。
年によって定めた期間は,最後の年における起算日に応当する日の前日に満了するため,70歳に達する日は70歳の誕生日の前日となる。
したがって,裁判所法50条による法律上の定年退官日は,誕生日の前日限りである。
前日の午後12時と誕生日の午前0時は同じ時点であるため,「年齢に達する時点」と「その時点が属する暦日」を混同しないことが必要である。
2 年齢到達日を扱った裁判例
神戸地裁平成14年11月13日判決(平成13年(ワ)第2022号)は,昭和22年8月14日生まれの者について,年齢計算ニ関スル法律及び民法143条により,平成13年8月13日に満54歳に達したと判断した。
同判決は最高裁判所長官の退官を直接扱ったものではないが,誕生日の前日を年齢到達日とする一般的な計算方法を具体的に示している。
定年年齢を70歳又は65歳とした制度上の理由は,裁判官の定年が70歳又は65歳とされた根拠で別に扱っている。
本記事では,定年年齢の政策的な当否ではなく,現行法による退官日の計算を対象とする。
3 本ブログの「定年退官発令日」表記
法律上は,65歳又は70歳の誕生日の前日限りで定年退官する。
他方,裁判官人事を報じる新聞では退官記事が誕生日に載る取扱いであることから,本ブログの裁判官経歴記事では,分かりやすさを考慮して誕生日を「定年退官発令日」と表記している。
これはブログ上の日付表示であり,法律上の身分終了日を誕生日と解する趣旨ではない。
また,裁判所法50条による退官の効力発生に,条文とは別の「発令」が必要であるという意味でもない。
4 今崎幸彦長官の場合
今崎幸彦長官は,昭和32年11月10日生まれであり,最高裁判所の公式略歴によれば,令和4年6月24日に最高裁判所判事に,令和6年8月16日に長官に任命された。
現行法と公表された生年月日から計算すると,法律上は令和9年11月9日限りで定年退官することになる。
本ブログの表示慣行では,誕生日である令和9年11月10日を「定年退官発令予定日」と表示する。
いずれの日付も現行法と生年月日からの計算であり,将来の人事発表を引用したものではない。
第4 定年前に長官を退官する場合
1 依願退官
固定任期がないことは,必ず70歳まで在職することを意味しない。
定年前に本人の願いにより退官する例があり,その場合は定年到達による退官と区別する必要がある。
竹﨑博允長官については,平成26年2月26日付けの退官願と,同年3月31日付けで「願に依り本官を免ずる」とする依願退官時の人事文書が同記事に掲載されている。
同文書には退官理由が記載されていないため,理由を人事文書から推測することはできない。
2 憲法上の罷免事由
憲法78条は,裁判官について,①心身の故障のため職務を執ることができないと裁判された場合と,②公の弾劾による場合を除き,罷免されないと定める。
最高裁判所裁判官については,これに加えて,憲法79条2項・3項による国民審査で罷免される場合がある。
これらは,70歳到達による定年退官とも,本人の願いによる依願退官とも異なる制度である。
任期を説明するときは,在職終了の原因を一括して「任期満了」と呼ばないことが重要である。
第5 長官が欠位した近時の実例
1 2008年,2022年及び2024年の欠位期間
最高裁判所の歴代判事一覧表に記載された退官日及び長官任命日から,近時の欠位期間を計算すると,次のとおりである。
欠位日数は,前任長官の退官日の翌日から後任長官の任命日の前日までを数えたものである。
| 年 | 前任長官の退官 | 後任長官の任命 | 長官の欠位期間 | 日数 |
|---|---|---|---|---|
| 平成20年 | 島田仁郎長官・11月21日 | 竹﨑博允長官・11月25日 | 11月22日~24日 | 3日 |
| 令和4年 | 大谷直人長官・6月22日 | 戸倉三郎長官・6月24日 | 6月23日 | 1日 |
| 令和6年 | 戸倉三郎長官・8月10日 | 今崎幸彦長官・8月16日 | 8月11日~15日 | 5日 |
2 令和6年の退官と後任任命
令和6年7月9日付け閣議書は,前任長官が裁判所法50条により同年8月10日に定年退官する旨を記載する。
宮内庁の親任式記録によれば,後任長官が実際に任命されたのは同月16日であるため,その間の5日が欠位期間となる。
最高裁判所が長官1人と判事14人で構成されることと,一時的な欠位によって裁判所の全機能が停止することは別の問題である。
裁判所法9条及び最高裁判所裁判事務処理規則7条は合議体の構成と定足数を別に定めており,長官の欠位だけから個々の裁判の効力を判断することはできない。
第6 長官代理は場面ごとに仕組みが異なること
1 司法行政,裁判,国会及び皇室会議の区別
「最高裁判所長官代理」という一つの恒常的な官職が,長官のすべての権限と地位を承継するわけではない。
主な場面と根拠は,次のとおりである。
| 場面 | 主な根拠 | 代理又は代替の仕組み |
|---|---|---|
| 司法行政事務 | 最高裁判所長官の代理に関する規程 | 長官に差支えがあるとき,裁判官会議の定める席次により代理する。必要があれば裁判官会議の議で順序を変更する。 |
| 裁判官会議 | 最高裁判所裁判官会議規程13条 | 長官に差支えがあるとき,司法行政事務について長官を代理する者が長官の権限を行う。 |
| 大法廷 | 最高裁判所裁判事務処理規則4条・8条 | 長官が裁判長となり,差支えがあるときは裁判官会議が定めた代理順序による。 |
| 小法廷 | 最高裁判所裁判事務処理規則3条・4条 | 長官が出席するときは長官が裁判長となり,各小法廷の裁判長の代理順序は裁判官会議が定める。 |
| 国会委員会での説明 | 国会法72条2項 | 長官が指定する代理者が,委員会の承認を得て出席説明することができる。職務全体の代理ではなく,複数の代理者が同時に出席する例もある。 |
| 皇室会議議員 | 皇室典範28条・30条 | 長官たる議員に事故又は欠員があるときは,同法所定の予備議員が職務を行う。一般の長官代理が当然に議員となるわけではない。 |
最高裁判所長官の代理に関する規程は「差支あるとき」と定めており,「欠位」という語を明記していない。
他方,令和6年8月15日の全国戦没者追悼式では,欠位期間中に深山卓也判事が「最高裁判所長官代理」として追悼の辞を述べたことを,厚生労働省の式典記録及び公式動画で確認できる。
この実例は,対外的な式典で「最高裁判所長官代理」という表示が用いられることを示す。
しかし,この表示だけから,同一人が大法廷の裁判長,国会法上の説明者及び皇室会議議員を含むすべての地位を承継すると解することはできない。
2 代理順序と「筆頭判事」という説明
司法行政事務の現行規程は,代理順序を裁判官会議の定める席次に連動させている。
大法廷及び小法廷の裁判長の代理順序は,最高裁判所裁判事務処理規則4条に基づき,毎年12月に翌年分を裁判官会議が定める。
一般向けには代理者を「筆頭判事」と説明することがあるが,「筆頭判事」は裁判所法上の官職名ではない。
実際に誰が代理するかは,年齢だけで決まるものではなく,該当年の席次又は裁判官会議が定めた代理順序を確認する必要がある。
司法行政の意思決定と裁判官会議の関係は,最高裁判所裁判官会議で詳しく説明している。
長官代理の記事上の説明も,裁判官会議が定める順序を離れて特定の判事を恒常的な代理者と扱うべきではない。
第7 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「日本国憲法」6条,78条~80条。
②e-Gov法令検索「裁判所法」5条,9条,12条,39条,40条,50条。
③e-Gov法令検索「年齢計算ニ関スル法律」及びe-Gov法令検索「民法」143条。
④e-Gov法令検索「国会法」72条及びe-Gov法令検索「皇室典範」28条・30条。
2 裁判所規程及び公文書
①最高裁判所「最高裁判所長官の代理に関する規程」。
②最高裁判所「最高裁判所裁判事務処理規則」及び「最高裁判所裁判官会議規程」。
③最高裁判所「最高裁判所判事一覧表」及び「最高裁判所長官公式略歴」。
④内閣官房「最高裁判所長官及び最高裁判所判事の任命について」令和6年7月9日及び同日付け閣議書の公開コピー。
⑤宮内庁「親任式」令和6年8月16日。
⑥厚生労働省「全国戦没者追悼式」令和6年8月15日。
⑦最高裁判所長官の依願退官に関する平成26年3月7日付け閣議書等の公開コピー。
⑧国立国会図書館「第189回国会参議院法務委員会第11号」平成27年5月14日。
3 裁判例
①神戸地裁平成14年11月13日判決,平成13年(ワ)第2022号,退職金請求事件。