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残業代請求訴訟の仮執行による仮払い-遅延損害金・源泉徴収・逆転後の返還(AIリライト)

第1 結論と対象範囲

1 仮払い後の取扱い

残業代請求訴訟で仮執行宣言付判決に基づく支払をした場合,その支払には実体法上の効果が生じるため,元本に充当された部分については,原則として支払日の翌日以後の遅延損害金は発生しないと考えられる。
もっとも,控訴審は仮執行による給付を考慮しないで本案の当否を判断し,原判決又は仮執行宣言が取り消されたときは民事訴訟法260条2項の原状回復が問題となる。

税務上は,残業代元本,遅延損害金及び付加金を分ける必要がある。
残業代元本は給与所得であり,会社には原則として支払時の源泉徴収義務がある一方,遅延損害金は雑所得,付加金は一時所得として扱われ,通常は給与所得の源泉徴収の対象とならない。

2 最初に区別する三つの支払経路

本記事でいう「仮払い」には,仮執行宣言付判決を受けた会社が強制執行を避けるために任意に支払う場合と,従業員が現実に強制執行して取り立てる場合がある。
これらに加え,仮執行とは別に,控訴審係属中の弁済又は供託として支払う場合もある。

支払の法的根拠が違えば,控訴審での取扱い,源泉徴収額を執行手続上差し引けるか,返還請求の根拠及び遅延損害金の停止時点が変わり得る。
したがって,振込書面,送金案内,供託原因,受領書及び執行記録に,何に基づく支払であるかを残すことが重要である。

第2 仮払い後の遅延損害金

1 控訴審は仮払いを考慮しない

最高裁平成24年4月6日第二小法廷判決(平成22年(受)第754号,民集66巻6号2535頁)は,仮執行宣言に基づく給付があっても,控訴審はその事実を考慮せず,請求の当否を判断すべきであるとした。
その上で,給付によって生じた実体法上の効果は,仮執行宣言が効力を失わないことを条件とし,確定判決に基づく強制執行の手続で考慮されると判示した。

裁判所PDF:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-82179.pdf

この判例は,控訴審の審理対象と,仮払いの実体法上の効果を区別したものである。
控訴審判決の主文に仮払い済みの額が反映されていないことだけから,その額を重ねて受領できるわけではない。

2 実体法上は弁済の提供の効果が生じる

知財高裁令和6年4月24日判決(令和5年(ネ)第10052号,令和5年(ネ)第10080号及び令和6年(ネ)第10002号)は,仮執行に基づく仮払金について,実体法上は弁済の提供の効果があり,その額が支払うべき元利金を上回るとして,仮払日の翌日以後の遅延損害金を認めなかった。
残業代事件の裁判例ではないものの,仮払いと遅延損害金の関係を直接示す近時の公刊裁判例として参考になる。

裁判所PDF:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/156/093156_hanrei.pdf

したがって,仮払額が支払日時点の元本,遅延損害金及び費用を全て満たす場合,通常はその翌日以後の遅延損害金は発生しない。
一部だけを支払う場合は,支払合意又は充当指定の内容を確認し,特段の定めがなければ民法489条の費用,利息,元本の順序を踏まえて,元本に充当された額を計算する必要がある。

民法:https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/

第3 確定判決と逆転後の返還

1 確定後の二重執行を防ぐ方法

仮払い後も控訴審判決の主文が全額の支払を命じる形になった場合,支払済み部分は確定判決に基づく執行の段階で調整する。
従業員が同じ部分について強制執行を申し立てたときは,会社は支払資料を示して執行の対象額を争い,必要に応じて民事執行法35条の請求異議の訴え及び執行停止を検討する。

民事執行法:https://laws.e-gov.go.jp/law/354AC0000000004/

請求異議が必要か,執行機関への資料提出で足りるかは,債務名義,執行手続の段階及び相手方の主張によって異なる。
送金日,着金額,充当対象,源泉徴収額及び相手方の受領状況を直ちに立証できる状態にしておく必要がある。

2 原判決又は仮執行宣言が取り消された場合

民事訴訟法260条2項は,本案判決又は仮執行宣言を変更した判決において,被告の申立てにより,仮執行に基づいて給付した物の返還及び仮執行又はその免脱のために受けた損害の賠償を原告に命じることができると定めている。
逆転判決を得ただけで入金が自動的に戻るわけではないため,控訴審で原状回復の申立てをするか,判決後にどの手続を取るかを準備しておく必要がある。

民事訴訟法:https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109/

返還額を決める際は,従業員が実際に受領した額だけでなく,会社が源泉徴収して納付した額,仮払い後の利息又は損害,税務署からの還付経路及び相互の清算方法を分けて検討する。
源泉徴収前の総額を従業員が直ちに全額返還し,その後は従業員だけが還付を受けるという一律の処理にはならない。

第4 源泉徴収と所得区分

1 残業代元本,遅延損害金及び付加金

仮払いに含まれる各金員の一般的な税務上の整理は次のとおりである。

支払項目所得区分会社の源泉徴収所得年分を検討する基準
残業代元本給与所得原則として必要本来の各支給日及び支払原因
遅延損害金雑所得通常は不要現実の受領時期等
労働基準法114条の付加金一時所得通常は不要判決確定時及び受領時期等

残業代元本は労務の対価であり,所得税法28条の給与所得に当たる。
会社は,同法183条1項により,給与等を支払う際に所得税を徴収して納付する義務を負う。

所得税法:https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033/

国税庁の質疑応答事例は,給与差額に係る遅延損害金を雑所得として説明している(損害賠償金の遅延損害金が非課税となる場合との区別は「損害賠償金の遅延損害金に税金はかかるか」)。
また,所得税基本通達34-1⑶は,労働基準法114条の付加金を一時所得の例として掲げている。

国税庁「懲戒処分取消に伴い支払われる給与差額補償」:https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/07.htm
所得税基本通達34-1:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/08.htm

付加金は,裁判所が必ず命じるものではない。
最高裁平成27年5月19日第三小法廷決定(平成26年(許)第36号)は,付加金制度が違反に対する制裁と未払金の速やかな支払確保を目的とすることを踏まえている。
また,最高裁昭和50年7月17日第一小法廷判決(昭和49年(オ)第832号,民集29巻6号864頁)は,付加金の支払義務はその支払を命じる判決の確定によって発生するとした。

最高裁平成27年5月19日決定:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-85112.pdf
最高裁昭和50年7月17日判決:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/201/062201_hanrei.pdf

2 任意の仮払いと強制執行を区別する

会社が任意に残業代元本を仮払いする場合,法令に基づいて計算した源泉所得税を控除して支払うのが原則であり,控除額が従業員の同意の範囲に限定されるわけではない。
ただし,所得年分,甲欄又は乙欄,扶養控除等申告書の効力及び社会保険料の処理を確認せず,支払年の賞与として便宜的に一括計算することは避けるべきである。

これに対し,従業員が債務名義に表示された給与債権を強制執行する場合,執行手続には会社が源泉税額を差し引く仕組みがない。
最高裁平成23年3月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第747号,民集65巻2号735頁)は,給与等の支払を命じる判決に基づく強制執行がされても,会社の源泉徴収義務は消滅せず,会社が納付したときは所得税法222条に基づき従業員へ求償できるとした。

裁判所PDF:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-81178.pdf

第5 所得年分と税務訂正

1 通常の未払残業代は本来の支給年分に属する

国税庁の質疑応答事例「過去に遡及して残業手当を支払った場合」は,労働基準監督署の行政指導を受けて過去の残業手当を支払う場合,原則として本来の各支給日の属する年分の給与所得になると説明している。
賃金規程の遡及改訂による給与差額は別の取扱いがあり,所得税基本通達36-9により,規程の改訂日又はその効力発生日等を確認する。

国税庁「過去に遡及して残業手当を支払った場合」:https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/gensen/03/41.htm
所得税基本通達36-9:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/01.htm

最高裁昭和53年2月24日第二小法廷判決(昭和50年(行ツ)第123号,民集32巻1号43頁)は,仮執行宣言に基づいて取得した増額賃料等について所得の実現を認めた。
他方,従前の約定賃料については各支払期日に権利が確定していたとして区別しており,同判決から未払残業代の全額を仮払年分の給与所得とすることはできない。

裁判所PDF:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/256/053256_hanrei.pdf

2 支払時の源泉徴収と所得の帰属年分は別である

源泉徴収は給与等を現実に支払う時に行う一方,所得がどの年分に属するかは本来の支給日及び支払原因によって判断する。
仮払日が源泉徴収を行う日であることと,残業代元本を仮払年分の給与所得としてよいことは同義ではない。

過年度に属する残業代を支払う場合,年分ごとの源泉徴収票,従前の年末調整又は確定申告,住民税及び社会保険料への影響も確認する必要がある。
賞与の計算方法を使えるかは支払の名称ではなく所得税法186条及び所得税基本通達183-1の2の要件によるため,本記事では一律の計算例を示さない。

所得税基本通達183-1の2:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/31/01.htm

3 逆転敗訴後は会社側と従業員側を分けて処理する

上級審で原判決が取り消され,従業員が仮払金を返還することになった場合,民事上の返還と税務上の訂正は別に進める。
所得税基本通達181~223共-6は,条件付の支払について返還を受けた場合等に,源泉徴収義務者へ過誤納金を還付する取扱いを定めている。

所得税基本通達181~223共-6:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/28/01.htm

従業員が確定申告をしていた場合は,所得税法64条及び152条,同法施行令180条及び274条並びに国税通則法23条等に基づく更正の請求その他の手続を検討する。
申告期限とは別の短い期間制限が問題になることがあるため,逆転判決の確定日,返還義務の確定日及び現実の返還日を記録し,会社と従業員がそれぞれ税務署又は税理士に確認する必要がある。

所得税法施行令:https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000096/
国税通則法:https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000066/

第6 仮払い前後の実務確認

1 支払前の確認事項

① 判決主文,仮執行宣言及び担保条件を確認する。
② 残業代元本,遅延損害金,付加金及び訴訟費用を区分する。
③ 判決が定める起算日から予定支払日までの遅延損害金を計算する。
④ 一部払いの場合は充当順序及び元本に充当される額を確認する。
⑤ 任意の仮払い,強制執行による取立て又は供託のいずれかを確定する。
⑥ 給与所得の帰属年分,源泉徴収票及び社会保険料の取扱いを確認する。
⑦ 送金案内に仮執行宣言付判決に基づく支払であること,対象債権及び計算内訳を記載する。

2 支払後の確認事項

① 送金記録,着金確認,源泉所得税の納付資料及び相手方への計算通知を保存する。
② 控訴審では仮払いの事実を本案請求の減額理由として扱わないことを前提に主張を整理する。
③ 判決確定後の二重執行を防ぐため,確定判決額と仮払充当額の対照表を作る。
④ 原判決が取り消される場合に備え,民事訴訟法260条2項の申立て,返還額及び税務訂正の担当を決める。
⑤ 和解をする場合は,仮払金の充当,残額,源泉税,返還義務及び清算条項を明記する。

第7 関連記事

源泉所得税の一般的な取扱いは,次の記事を参照されたい。
源泉所得税メモ
URL:https://yamanaka-bengoshi.jp/2023/01/01/gensen-memo/

控訴審の審理及び判決については,次の記事を参照されたい。
民事訴訟の控訴審に関するメモ書き
URL:https://yamanaka-bengoshi.jp/2021/11/23/kousoshin-memo/

第8 出典・参考資料

1 法令及び裁判例

民事訴訟法259条及び260条:https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109/
民事執行法35条:https://laws.e-gov.go.jp/law/354AC0000000004/
所得税法28条,183条,185条,186条及び222条:https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033/
労働基準法114条:https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049/
最高裁平成24年4月6日第二小法廷判決(平成22年(受)第754号,民集66巻6号2535頁):https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-82179.pdf
最高裁平成23年3月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第747号,民集65巻2号735頁):https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-81178.pdf
最高裁昭和53年2月24日第二小法廷判決(昭和50年(行ツ)第123号,民集32巻1号43頁):https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/256/053256_hanrei.pdf
知財高裁令和6年4月24日判決(令和5年(ネ)第10052号等):https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/156/093156_hanrei.pdf

2 国税庁資料及び文献

国税庁「過去に遡及して残業手当を支払った場合」:https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/gensen/03/41.htm
国税庁「懲戒処分取消に伴い支払われる給与差額補償」:https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/07.htm
所得税基本通達181~223共-6:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/28/01.htm
秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅴ〔第2版〕』日本評論社,2022年,293頁~294頁,306頁及び313頁。
東京地裁令和3年8月30日判決(令和元年(ワ)第34943号,判例時報2522号112頁)は,仮執行とは別の弁済提供及び供託の事案として参照した。裁判所HP未掲載である。

追加の関連記事
① 民事訴訟法260条2項の原状回復