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平成17年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)

第1 この記事の対象と読み方

1 対象とした試験と資料

本記事は,平成17年度旧司法試験第二次試験論文式試験の全12問について,問題文,法務省の出題趣旨,学習用の答案及び解説を対応させるものである。
科目の掲載順は,憲法,民法,刑法,商法,民事訴訟法,刑事訴訟法とする。

問題文は法務省の平成17年度の問題PDF,出題趣旨は平成17年度の出題趣旨PDFから引用する。
両PDFは各6頁で,原資料では商法が刑法より前に置かれている。
各問の出典頁を併記し,改行と字下げは記事に合わせている。

資料の入口は法務省「論文式試験問題・出題趣旨」である。
法務省HPの司法試験・予備試験の資料の所在―年度別の実施・結果・出題趣旨・採点実感のページ一覧(AI作成)と,平成14年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)も参照されたい。

2 答案の前提と表記

答案と解説は生成AIを用いて作成した学習用の論述であり,法務省の公式解答ではない。
公式出題趣旨を初めから参照する方式を採り,未読の状態で出題意図を復元したものではない。

答案の基準時は平成17年の出題時である。
民法の請負人の担保責任と保証,会社に関する旧商法の規定,刑法及び刑事訴訟法の当時の規律を前提として読む必要がある。
現行法の説明は各問の末尾に分け,出題後の裁判例を平成17年当時の答案の根拠として遡及させない。

出題趣旨が求める検討事項と,答案が採る解釈・当てはめ・結論は区別する。
現行法の比較には令和8年11月3日に確認したe-Gov法令検索の現行条文を用いる。
以下の解説は出題趣旨に沿った検討順序を示すもので,異なる結論を採る答案を一律に排斥する趣旨ではない。

3 全12問の主な論点

科目・問題主な論点
憲法第1問酒類提供の免許制と公共の場所における飲酒禁止
憲法第2問最高裁判所への法律案提出権の付与
民法第1問請負の瑕疵と連帯保証人の抗弁・修理業者の救済
民法第2問庭石の二重譲渡と抵当権の追及・妨害排除
刑法第1問未遂の教唆・事後強盗と後行参加者の死亡結果への責任
刑法第2問第三者を介した贈収賄と詐欺・不法原因給付と恐喝
商法第1問退職慰労金・任期中の報酬減額・ストックオプション
商法第2問支店長の隠れた保証裏書と満期前遡求
民事訴訟法第1問続審制と控訴審における攻撃防御方法の提出制限
民事訴訟法第2問再訴・逆向きの明渡請求・占有承継と確定判決の効力
刑事訴訟法第1問携帯電話の無令状差押え・内容精査・おとり捜査と現行犯逮捕
刑事訴訟法第2問放送インタビューの録画と伝聞法則・弾劾証拠

第2 憲法

1 第1問 酒類提供の免許制と公共の場所における飲酒禁止

(1) 問題文(問題PDF1頁)

酒類が致酔性・依存性を有する飲料であり,飲酒者自身の健康面に与える悪影響が大きく,酩酊者の行動が周囲の者に迷惑を及ぼすことが多いほか,種々の社会的費用(医療費の増大による公的医療保険制度への影響等)も生じることにかんがみて,次の内容の法律が制定されたとする。

1 飲食店で客に酒類を提供するには,都道府県知事から酒類提供免許を取得することを要する。酩酊者(アルコールの影響により正常な行為ができないおそれのある状態にある者)に酒類を提供することは当該免許の取消事由となる。

2 道路,公園,駅その他の公共の場所において管理者の許可なく飲酒することを禁止し,これに違反した者は拘留又は科料に処する。

この法律に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

本問は,酒類提供及び飲酒に関する規制を行う法律が成立したと仮定して,酒類提供免許制につき,複合的な立法目的に対応した合憲性審査基準を検討し,当該事案に適用する能力を問うとともに,公共の場所における飲酒禁止につき,飲酒の自由の憲法上の位置付けを踏まえつつ,その合憲性審査基準や当該事案への適用,刑罰法規の明確性との関係等について,論理的に思考する能力を問うものである。

(3) 模範答案

一 酒類提供免許制

1 飲食店が酒類を提供して営業する自由は,職業活動の自由として憲法22条1項により保障される。免許を取得しなければ酒類を提供できない制度は,その活動への事前規制であり,営業継続の基盤にも関わる。ただし,酒類提供の規制が直ちに飲食店営業全体の禁止となるわけではない。規制対象と実際の負担を区別して,その合理性を審査すべきである。

2 職業規制の審査では,規制目的,規制の必要性,手段の内容及び制限される自由の性質・程度を考慮する。本法は,飲酒者の健康保護,酩酊者による他人への迷惑防止,公的医療保険等の社会的費用の抑制を併せて目的とする。他人への危害防止は消極的目的であるが,社会的費用の抑制には政策的判断を要し,本人の健康保護には自己決定への介入という面もある。一つの目的分類に全体を押し込め,緩やかな審査を一律に及ぼすことは適切でない。

3 とりわけ免許制は,単なる営業方法の規制より参入・活動への負担が重い。危害防止を理由とする限り,その目的が重要であり,免許制によらなければ十分な保護を図れないといえるかを,より緩やかな手段と比較して審査する。財政上の効果が見込めることだけで,この必要性の欠缺を埋めることはできない。他方,酒類の致酔性・依存性や提供者が飲酒機会を管理できることは,通常の商品販売と異なる規制の根拠となる。

 酩酊者への提供禁止は,危険が高まった場面を捉えた営業方法の規制であり,迷惑・健康被害の防止と相応の関連性がある。しかし,この禁止の実効性確保に,全店について事前に免許を取得させる必要があるかは別問題である。届出,提供拒否義務,指導又は違反に応じた営業制限等によって目的を達成できるなら,免許制は過度となり得る。免許基準が示されていない以上,需給調整や恣意的な参入制限まで許されると補ってはならない。

4 免許取消しは営業への重大な不利益である。「取消事由」とあることから,違反一回で必ず取り消す制度と読むことはできない。違反の程度,反復性,提供者による酩酊状態の認識可能性等を考慮し,目的に比して過大な制裁とならない運用・規律が必要である。また,「正常な行為ができないおそれ」は幅が広く,提供者が通常の観察によって判断できる状態に限定されなければ,適法な営業を不当に萎縮させる。免許制の必要性及び取消しの比例性が確保されない限り,22条1項との関係で違憲の疑いがある。

二 公共の場所における飲酒禁止

1 成人が飲酒するかどうかを決める利益は,憲法13条に基づく個人の生活上の自由として尊重される。飲酒が人格的生存に不可欠な行為とはいえないとしても,そのことだけで憲法上の保護を全否定するのは相当でない。ただし,公共の場所での飲酒は,他人の利用や安全との調整を伴い,私的領域での飲酒と同じ保護の強さを当然に持つものではない。

2 他人への迷惑や危険を防ぐ目的は正当であり,公共の場所を管理する者の許可により,混雑・場所の性質等に応じた調整を図る余地もある。しかし,本法は迷惑を現に及ぼす飲酒や危険の大きい態様だけでなく,平穏な少量の飲酒まで原則として禁止する。本人の健康や社会的費用を理由に,この広い範囲を身体拘束を伴う刑罰で一律に規制することには,目的と負担の均衡上の疑問がある。場所・時間・態様を限定した禁止や,迷惑行為自体の規制で足りないかを検討すべきである。

3 さらに拘留又は科料を科す以上,憲法31条の要請として,処罰範囲が通常の判断能力を持つ者に理解できなければならない。「その他の公共の場所」は例示に照らして公衆の利用に供される場所と理解できるが,私有の開放空間を含む範囲,「管理者」が誰か,誰からいかなる許可を得るかが不明確なら,国民は処罰を予測できない。許可基準も無限定であれば,恣意的運用を招く。単に公共の場所という語があるだけで直ちに不明確とせず,その文脈による限定可能性を検討した上で,なお明確性・比例性を欠く部分は違憲と解すべきである。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,酒類提供免許制について「複合的な立法目的」に対応する合憲性審査を求め,公共の場所での飲酒禁止については,飲酒の自由の位置付け,審査基準の適用及び刑罰法規の明確性を挙げている。
答案の一は営業の自由を出発点に,健康保護,他人への危害防止,社会的費用の抑制を分けている。
免許制と提供方法の規制を区別し,後者が合理的であることだけで前者の必要性まで肯定しない構成である。

答案の二は,飲酒を個人の生活上の自由として位置付け,公共空間の利用調整と刑罰による一律禁止の負担を比較する。
その上で「公共の場所」「管理者」「許可」の意味を文脈から限定できるかを検討している。
審査基準の具体的な組合せ,より緩やかな手段の選択及び条件付きの違憲判断は,本答案が補った推論である。
公式趣旨が唯一の違憲結論を指定したものではない。
問題に示されていない免許基準や,現在の医学的知見を追加して結論を決めるべきではない。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行の日本国憲法13条,22条及び31条の文言は,それぞれ個人の尊重・自由,職業選択の自由及び刑罰・自由剥奪の手続を定めている。
本問の法律は仮定の法律であるから,現在の実在する酒類規制や施設管理規則と同一視することはできない。
現行実務へ応用するときも,規制の目的,対象行為,許可基準及び不利益の程度を確認してから審査の密度を論じる必要がある。

出題後の最高裁平成19年9月18日第三小法廷判決(平成17年(あ)第1819号,刑集61巻6号601頁)は,「公共の場所において,当該場所の所有者又は管理者の承諾又は許可を得ないで,公衆に不安又は恐怖を覚えさせるようない集又は集会を行うこと」を禁止し,市長の中止・退去命令に違反した者を処罰する広島市暴走族追放条例について判断した。
同判決は,同条例が文言どおりに適用されると規制の対象が広範囲に及び,憲法21条1項及び31条との関係で問題があることを認めた。
その上で,条例全体の趣旨や施行規則の規定等を総合して,規制の対象を本来的な意味における暴走族とこれと社会通念上同視できる類似集団の集会に限定して解釈し,集会を直ちに処罰せず中止命令等に違反した場合に初めて処罰する事後的かつ段階的規制であること等も考慮して,憲法21条1項,31条に違反するとまではいえないとした。
また,各規定の文言が不明確であるとはいえないとした。
この判決には,規定を違憲無効とする2人の裁判官の反対意見がある。
裁判例詳細・判決全文(法廷意見は1頁~4頁)

同判決は集会の規制に関する出題後の判断であり,本問の飲酒禁止の合憲性を示したものではなく,平成17年当時の答案の根拠にもならない。
もっとも,公共の場所での行為を管理者の許可に結び付けて罰則を設ける規制について,限定解釈の可否と,直ちに処罰するか命令違反を待って処罰するかという規制の段階性を検討する手掛かりとなる。

比較条文:e-Gov法令検索・日本国憲法。

関連記事:許認可・参入規制の合憲性―小売市場判決,薬局距離制限判決及び令和4年あん摩養成施設判決(AI作成)。

2 第2問 最高裁判所への法律案提出権の付与

(1) 問題文(問題PDF1頁)

裁判所法を改正して,「最高裁判所は,訴訟に関する手続,弁護士,裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について,法律案を国会に提出することができる。」という規定を設けたと仮定する。この規定に含まれる憲法上の問題点について,内閣の法律案提出権の場合と比較して論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

本問は,憲法において最高裁判所規則事項とされている事項に関し,法律によって最高裁判所に法律案提出権を付与することが憲法上許されるかという点について,国会単独立法の原則,権力分立原理,司法権の独立,最高裁判所の規則制定権の趣旨等に関する基礎的知識を踏まえながら,内閣の法律案提出権と対比しつつ,内閣と最高裁判所の憲法上の地位の相違等に基づいた論理的記述ができるかどうかを問うものである。

(3) 模範答案

一 国会単独立法の原則と法律案提出

 憲法41条は国会を唯一の立法機関とする。法律を成立させる最終的な意思決定は国会が行うべきであり,他機関の意思によって法律の成立を代替することはできない。しかし,法律案の提出は国会の審議を開始させる行為であって,それ自体は法律の制定ではない。国会が自由に修正・否決できる以上,国会以外の機関による提出権を認めることが,直ちに41条に違反するわけではない。ただし,提出権は国会の正式な立法手続を作動させる制度上の権限であり,単なる意見陳述や立法要望とも異なる。その付与が権力分立上許されるかは,付与される機関の憲法上の地位に即して検討する必要がある。

二 内閣の法律案提出権

1 内閣総理大臣は内閣を代表して「議案」を国会に提出する権限を有する(72条)。議案に法律案を含むかについて,立法機関を国会に限る以上,内閣には憲法の明文がある予算等の提出だけを認めるべきだとの疑問がある。しかし,議案の文言は法律案を排除しておらず,41条が最終的立法意思決定を国会に留保する趣旨であるならば,その提出を許すことと両立する。

2 内閣は行政権の担当者として政策の遂行に責任を負い,そのために必要な法律案を立案することが予定される。さらに,国会に対して連帯して責任を負い,衆議院の信任を基礎として存立する議院内閣制の下では,内閣の立法過程への参加に民主的統制が及ぶ。したがって,72条の議案には法律案も含むと解する。この理解は,どの国家機関にも専門性さえあれば提出権を与えられることを意味しない。

三 最高裁判所に提出権を与える根拠と限界

1 肯定論の根拠

 最高裁は,訴訟手続,弁護士,裁判所内部の規律及び司法事務について規則制定権を有する(77条1項)。本問の法律案の対象はこれと一致する。最高裁は司法制度の運営に関する専門的知識を持ち,その知見を法律の整備に反映させる必要性は高い。また,規則事項について国会が法律を制定する余地があることを前提にすれば,最高裁の提案を審議資料としつつ,最終的には国会が法律の採否を決める仕組みも考えられる。この限りで,提出権を認めても国会の議決権は奪われず,司法の自律にも資するとの主張には理由がある。

2 内閣との相違

 しかし,最高裁は独立した司法権の最高機関であり,具体的争訟を法に従って判断することを本来の任務とする(76条)。内閣のように国会の信任に基づいて政策の政治的責任を負う機関ではない。提出した法律案の内容や国会との折衝について,内閣と同じ責任関係を観念することはできない。したがって,内閣への72条の授権を,司法機関にそのまま類推することはできない。

 また,法律案を正式に提出する地位は,最高裁を国会の政策選択や政治的妥協に組織として関与させる。裁判所の組織・手続等に限っても,そこでの政策的立場の表明と,後にその法律を解釈し又は違憲審査する立場との緊張は残る。ただし,自ら提案したことだけから裁判官全員が当然に除斥されるとか,審査不能になるとまではいえない。問題は,制度として司法の独立と公正への信頼を損なう関与を法律だけで設けられるかである。

3 規則制定権との関係

 77条は,司法がその機能を独立・自律的に果たすため,最高裁自身に一定事項の規範形成を認めたものである。しかし,自ら規則を定める権限と,国会に法律案を正式に提出する権限は,行為の相手方,手続及び法的効果を異にする。前者があることから後者まで当然に認められるわけではない。また,77条事項というだけで国会立法が一切排除されると断定し,その反面として提出権を導くこともできない。裁判所の専門的意見を国会が聴くことや,制度上の支障を関係機関へ伝えることは,正式な提出権を新設しなくても可能である。

四 結論

 最高裁の専門性と国会の最終議決権は肯定論の有力な根拠であるが,内閣の場合のような憲法上の授権・政治的責任関係を欠き,司法機関を正式な立法過程の主体とする点を十分に正当化しない。私は,司法権の独立と権力分立を重視し,通常の法律だけで本問の提出権を最高裁へ付与することは許されないと解する。もっとも,この結論は最高裁の立法上の意見表明や国会による意見聴取まで一律に禁止するものではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,国会単独立法の原則だけでなく,権力分立,司法権の独立,最高裁判所の規則制定権の趣旨を踏まえ,内閣の法律案提出権との比較を求めている。
答案の一は法律案の提出と法律の議決を区別し,提出への関与が直ちに国会以外による立法になるわけではないことを示す。
二では内閣の提出権を検討し,三で最高裁判所の役割との相違に進む。
この順序によって,両機関を単に「国会以外の機関」として同列に置くことを避けている。

規則制定権があることから当然に法律案提出権を導くことも,規則事項への法律の関与を一切否定することも,別の論証を要する。
法律案の審議に最高裁判所が当事者的に関与した場合の中立性への影響と,制度運営上の知見を立法へ反映する必要性を分けて考えるべきである。
本答案は,通常の法律による提出権の付与には憲法上の問題があるとの立場を採る。
その評価は答案独自の論証であり,公式趣旨が採否の結論まで指定したものではない。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行憲法41条は国会を国の唯一の立法機関とし,72条は内閣総理大臣による議案提出を,77条は最高裁判所の規則制定権を定める。
これらの条文から読み取るべき権限の区別が,現在も本問の検討の出発点となる。
司法制度に関する意見の表明や資料提供と,法律上の権限として法律案を提出することは分けて論じる必要がある。

内閣については,現行の内閣法5条が,内閣総理大臣は内閣を代表して「内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出し」と定めており,法律案の提出が法律上も明示されている。
本問は,これに類する提出権を裁判所法の改正によって最高裁判所に与えると仮定するものであるから,憲法72条のような憲法上の根拠の有無と,両機関の憲法上の地位の相違が比較の要点となる。

比較条文:e-Gov法令検索・日本国憲法,e-Gov法令検索・内閣法。

関連記事:規則制定権を含む最高裁判所の役割は,最高裁判所とは―役割・裁判官・大法廷と小法廷・判例の調べ方(AI作成)を参照されたい。

第3 民法

1 第1問 請負の瑕疵と連帯保証人の抗弁・修理業者の救済

(1) 問題文(問題PDF2頁)

工場用機械メーカーAは,Bから工場用機械の製作を請け負い,これを製作してBに引き渡した。その工場用機械(以下「本件機械」という。)は,Bが使用してみたところ,契約では1時間当たり5000個程度の商品生産能力があるとされていたのに,不具合があって1時間当たり2000個程度の商品生産能力しかないことが判明した。そこで,Bは,直ちに本件機械の不具合をAに告げて修理を求めた。この事案について,以下の問いに答えよ。なお,各問いは独立した問いである。

1 Bはこうした不具合があったのでは本件機械を導入する意味がないと考えているが,本件機械を契約どおりの商品生産能力の機械とする修理は可能である。Aが修理をしようとしないので,Bは代金を支払っておらず,また,Bには商品の十分な生産ができないことによる営業上の損害が発生している。この場合に,Bの代金債務についての連帯保証人であるCは,Aからの保証債務の履行請求に対してどのような主張をすることができるか。

2 Aが修理をしようとしないため,Bはやむを得ずDに本件機械の修理を依頼し,Dは修理を完了した。その後,Bは,営業不振により高利貸からの融資を受ける状態になり,結局,多額の債務を残して行方不明となり,Dへの修理代金の支払もしていない。この場合に,Aは本件機械の引渡しの際にBから代金全額の支払を受けているものとして,Dは,Aに対してどのような請求をすることができるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

小問1では,主債務者が契約を解除できる場合や損害賠償請求権を有する場合に,保証人がどのような主張をすることができるかを論じることが求められる。また,小問2では,契約の履行行為として修理をしたことにより第三者が利益を受けた場合に,債務者が無資力であることを踏まえて,どのような事案の解決が適切であり,それを法的にどのように実現するかを考察することが求められる。

(3) 模範答案

一 小問1

1 Aは機械製作を完成し引き渡しているが,約定の生産能力が毎時5000個程度であるのに2000個程度しか生産できないことは,仕事の目的物の瑕疵に当たる。Bには,旧634条1項の修補請求権及び同条2項の損害賠償請求権が生じる。生産能力の著しい不足は重要な瑕疵であり,修補可能とされているから,重要でない瑕疵の修補に過分の費用を要する場合の例外によって修補を拒むことはできない。

2 Cは連帯保証人であるから,通常の保証人に認められる催告・検索の抗弁は主張できない。しかし,連帯の特約は保証債務の付従性まで失わせるものではなく,BがAに対して有する履行拒絶の抗弁はCも援用できる。修補義務と報酬支払義務とは,約定どおりの仕事と報酬を交換する関係にあるから,533条の趣旨により同時履行と解する。したがって,Aが修補を提供しない間,Cも保証債務の履行を拒絶できる。

 また,瑕疵に基づく損害賠償と報酬については旧634条2項後段が533条を準用する。Bの営業上の損害のうち,機械の能力不足との相当因果関係があり,賠償の範囲に入るものについても検討を要する。Bの主観的な不満だけで損害額全部が認められるのではなく,通常損害か,特別事情の予見可能性を要する損害かを区別する。

 同時履行の抗弁は,原則として対価債務の履行全体を拒む手段であって,当然に損害額との対当額だけに限定されるわけではない。ただし,瑕疵・損害の程度と未払報酬額等に照らし,全額の拒絶が信義則に反する特段の事情があるときは別である。本問では報酬額や修理費が示されておらず,その例外を断定できない。

3 さらに,旧457条2項により,CはBがAに対して有する損害賠償債権による相殺をもってAに対抗できる。双方の債権が相殺適状にあることを要し,認められる損害額の限度で保証履行請求を排斥する。これは履行を一時的に拒む同時履行の抗弁とは異なる。修補そのものは金銭債権でないから,そのまま相殺の自働債権にはできない。

4 解除については,機械を導入する意味がないというBの判断だけで旧635条の目的不達成を認めるべきではない。修補可能性を踏まえて契約目的を客観的に判断する必要がある。他方,Aが修補義務を履行しない場合には,相当期間を定めた催告等の要件を充たす債務不履行解除の成否を別に検討する余地がある。

 Bが適法に解除すれば,報酬債務及びその保証債務は消滅し,Cはこれを主張できる。Bが修補義務の不履行を理由とする解除権を取得していても,Cがこれを代わって行使できるわけではない。
しかし,Bが解除して報酬債務を免れ得るのにCに先に履行を強いるのは,主債務の履行を担保するという保証の性質に適合しない。
そこで,Bが解除権を行使するかが確定するまで,Cは解除によって主債務が消滅する限度で履行を拒絶できると解する。

二 小問2

1 Dの修理代金債権は修理契約の相手方Bに対するものであり,Aに対する直接の契約上の請求権ではない。しかし,Aが修補に応じず,Dが代わって必要な修理をした以上,BはAに対し,瑕疵修補に代わる損害賠償として合理的な修理費相当額を請求できる。BがまだDへ支払っていないことと,修理代金債務を負う財産的不利益が存在することは区別される。

2 Bは多額の債務を残して行方不明となっており,無資力が認められるなら,Dには自己の修理代金債権を保全する必要がある。BがAへの賠償請求権を行使しない場合,Dは旧423条によりこれを代位行使できる。金銭債権で一身専属権でもないから代位の対象となる。弁済期の到来等を確認した上で,Dは自己の保全債権額とBのAに対する債権額の限度で請求する。AはBに対して有する抗弁をDにも主張できるが,本問では報酬全額を受領しており,未払報酬との同時履行を持ち出すことはできない。

3 修理によりAの修補負担が減ったとして,DからAへの不当利得返還を直ちに認めることも適切でない。DはBとの契約を履行したのであり,契約相手の無資力だけで当然に第三者へ履行危険を転嫁できない。他方,Aの債務免脱を利益とみる転用物訴権の構成を考える余地はあるが,Bの賠償請求権が残るならAがその限度で最終的に免責されたともいえない。利益・損失の対応及び法律上の原因を具体的に検討すべきである。本件では,Bの権利をそのまま用い,Aの二重負担も避ける債権者代位による解決を主位とする。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,小問1では主債務者が契約を解除できる場合や損害賠償請求権を有する場合に保証人がどのような主張をすることができるかを,小問2ではDが修理契約の履行として修理をしたことにより第三者であるAが利益を受けた場合に,修理代金の債務者であるBが無資力であることを踏まえ,どのような解決が適切であり,それを法的にどう実現するかを問う。
答案は,一で請負関係におけるBの権利を確定してから,Cが援用できる抗弁を検討する。
修理が可能であるという事情を,解除の可否や履行拒絶の範囲から切り離してはならない。
連帯保証だから主債務に関する抗弁がすべて失われるとするのも適切でない。

二では,DとAの間に修理契約がないことを前提に,DのBに対する債権と,BがAに対して持つ権利の利用を分ける。
Aが修理費の支出を免れたという経済的利益だけから,直ちにDの直接請求権を導く構成には慎重であるべきである。
旧法の請負人の担保責任と解除に関する規定の関係,Cによる相殺の主張及びDの代位行使の要件が,本答案の結論を左右する。
公式趣旨のいう「適切」な解決は,Dの救済の必要性のみでなく,契約関係と各請求権の要件に沿って示す必要がある。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行民法559条,562条から564条及び637条には,有償契約への準用,追完,代金減額,損害賠償・解除との関係及び請負の通知期間の規定がある。
現行634条は注文者が受ける利益の割合に応じた報酬の規定であり,平成17年の答案で用いる旧634条(瑕疵の修補請求及び損害賠償)とは内容が異なる。
保証についても,現行457条2項は主債務者の抗弁による対抗を,同条3項は相殺権・取消権・解除権がある場合の一定の履行拒絶を定める。
出題当時の規定に基づく答案と,現行契約に対する助言を分ける必要がある。

比較条文:e-Gov法令検索・民法。

関連記事:建設業者の不法行為責任等―建築瑕疵,契約不適合,破産及び石綿判例(AIリライト)。

2 第2問 庭石の二重譲渡と抵当権の追及・妨害排除

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,Bから3000万円を借り受け,その担保としてAの所有する甲土地及び乙建物(後記の庭石を除いた時価合計2900万円)に抵当権を設定して,その旨の登記をした。甲土地の庭には,抵当権設定前から,庭石(時価200万円)が置かれていたが,抵当権設定登記後,A宅を訪問したCは,同庭石を見て,それが非常に珍しい物であったことから欲しくなり,Aに同庭石を譲ってくれるよう頼んだところ,Aは,これを了承し,Cとの間で同庭石の売買契約を締結し,同庭石は後日引き渡すことにした。このAC間の売買契約を知ったDは,日ごろよりCを快く思っていなかったことから,専らCに嫌がらせをする意図で,Aとの間で同庭石の売買契約を締結して,Cが引渡しを受ける前に,A立会いの下で同庭石をD自らトラックに積んで搬出し,これを直ちにEに転売して,Eに引き渡した。この事案について,次の問いに答えよ。

1 CE間の法律関係について論ぜよ。

2 Bは,Eに対して物権的請求権を行使したいが,その成立の根拠となるBの主張について考察せよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

動産の二重譲渡(背信的悪意者,背信的悪意者からの転得者等)及び抵当権の効力(抵当不動産の従物,抵当権の追及力・対抗力,物権的請求権)に関する基本的理解を試すとともに,関係者の主観的態様(善意・悪意等)により適切な場合分けをし,整合的に論述する能力を問うものである。

(3) 模範答案

一 CE間の法律関係

1 特定物である庭石の所有権は,別段の合意がない限りAC間の売買契約によってCへ移転する(176条)。後日引渡しとの合意だけで,所有権移転まで留保されたとはいえない。ただし,動産物権の譲渡は引渡しを第三者対抗要件とする(178条)。DはAから売買によって庭石を買い受け,A立会いの下で自らトラックへ積み搬出しており,現実の引渡しを受けている。

2 もっとも,対抗要件制度は取引の安全と権利関係の公示を図るものであり,先行譲渡を知るだけの悪意者と,対抗要件の欠缺を主張することが信義則上許されない背信的悪意者とは区別すべきである。この考え方を動産の二重譲渡にも及ぼすと,DはCへの売却を知り,専らCへの嫌がらせのため先に引渡しを受けたのであるから,正当な取引上の利益を守る第三者とはいえない。CはDに対しては,未引渡しであることを理由に所有権を否定されない。

3 しかし,Dの背信性は,その後の譲渡を全て絶対的無効にするものではない。転得者Eについても独立して保護資格を判断すべきであり,Dが背信的悪意者であるだけでEを当然に排除することは,対抗関係における信義則上の制限を過度に広げる。E自身がCとの関係で背信的悪意者と評価されないなら,Dからの取得及び引渡しを基礎にCに対抗でき,Cの所有権に基づく返還請求は認められない。Eが先の売買を知っていたことだけでは足りず,その取得経緯やDとの関係をみる必要がある。

 E自身もCを害する取引に加担したなどの事情があれば,Eも保護されず,Cは庭石の返還を請求できる。本問にはEの主観や取引関与が示されていないから,この場合分けを要する。なお,Dを無権利者と捉える構成を採るなら,Eの192条による即時取得を別に検討しなければならない。しかし,単なる悪意と背信性との違いを消し,全てを即時取得の善意・無過失だけで処理するのは相当でない。

二 BのEに対する物権的請求

1 抵当権の及ぶ客体

 庭石は抵当権設定前から甲土地の庭に置かれており,Aの所有で,土地の常用に供される付属物と認められるなら,土地とは独立した物であっても従物に当たる(87条1項)。抵当権は目的不動産に付加して一体となった物に及ぶとする370条の趣旨と,従物が主物の処分に従う87条2項の関係から,設定時に存在する従物にも及ぶと解する。庭石の移動可能性だけで,直ちに抵当権の効力を否定することはできない。

 もっとも,単に庭に一時保管された商品等であるなら常用関係はなく,従物性を欠く。本問の設置状況からは庭園を構成する常用物と評価するのが自然であるが,その評価と問題文上の確定事実は区別すべきである。

2 対抗力と搬出の効果

 Bは土地について抵当権設定登記をしている。従物への効力を対外的にも確保するため,土地の抵当登記の公示が従物を含むものと解する。したがって,その後の売買や搬出だけで,Bの担保が当然に失われるわけではない。C・D・Eの間で誰が所有者となるかと,庭石がBの抵当権の負担を伴うかは別の問題である。

 他方,搬出された物が動産取引に入った場合には,取引安全のため,Eによる抵当権の負担のない権利の即時取得が問題となる。Eが取引によって占有を取得し,抵当権の存在について善意・無過失等の要件を充たすなら,Bは追及できないと解すべきである。逆に,Eにその保護要件がなく,抵当権の効力・対抗力がなお存続する場合には,Bは侵害排除を求め得る。EのCに対する背信性と,Bの抵当権についての認識・過失は,異なる判断対象である。

3 抵当権侵害と請求内容

 抵当権は優先弁済を確保する権利であり,目的物の交換価値の把握を実効的に保護するため,担保価値を害する行為の排除を認める必要がある。本件では庭石を含めた価値3100万円に対し被担保債権は3000万円であるが,庭石を搬出すると残余の土地建物は2900万円となり,100万円の担保不足が生じる。したがって,庭石が担保にとどまるとの前提の下では,搬出はBの優先弁済を現実に危うくする。

 Bの主張の中心は,抵当権に基づく妨害排除として庭石を甲土地へ返還し,担保価値を回復せよというものである。Bは抵当権者であって通常の使用収益権者ではないから,自分の所有物として庭石を引き渡せとはいえない。A自身が搬出に関与しており適切な回復・管理を期待できないとして,B自身への引渡しまで求めるなら,その必要性と管理目的を別に基礎付けることを要する。以上は,Eによる無負担の即時取得が否定される範囲で認められる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,動産の二重譲渡について背信的悪意者とその転得者を挙げ,抵当権については従物への効力,追及・対抗力及び物権的請求権を挙げる。
関係者ごとの善意・悪意による場合分けを,一つの物権関係として整合させる問題である。
答案の一は,CとDの関係からCとEの関係へ進み,Dの背信性をそのままEに承継させない構成を採る。
Cがまだ引渡しを受けていない事実と,Eが現実に引渡しを受けた事実を区別する必要がある。

二は,庭石が抵当権の効力の及ぶ対象であることと,搬出後にEへその権利を主張できることを別に検討する。
即時取得の対象が所有権なのか,抵当権の負担を免れた地位なのかも整理する必要がある。
土地・建物の価額2900万円と貸金3000万円の関係は,搬出による担保価値の侵害を検討する材料である。
所有者の返還請求と抵当権者の妨害排除請求を同じ請求として扱わず,誰にどこへの返還を求めるかまで示すことが重要である。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現在の事案で同様の問題を検討する場合も,二重譲渡の対抗関係,動産の取得に関する保護,抵当権の負担及び妨害排除請求を分けて確認する必要がある。
本問の200万円・2900万円・3000万円は出題事実であって,現在の不動産価額や担保評価を示す統計ではない。
現行実務の担保評価や返還先の選択へ応用するには,物の現存,処分の経緯及び担保価値への影響を改めて確認する。

比較条文:e-Gov法令検索・民法。

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第4 刑法

1 第1問 未遂の教唆・事後強盗と後行参加者の死亡結果への責任

(1) 問題文(問題PDF4頁)

甲は,自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管されていないことを知っていたにもかかわらず,乙の度胸を試そうと思い,何も知らない乙に対し,「夜中に,A会社の倉庫に入って,中を探して金目の物を盗み出してこい。」と唆した。乙は,甲に唆されたとおり,深夜,その倉庫の中に侵入し,倉庫内を探したところ,A会社がたまたま当夜に限って保管していた同社所有の絵画を見付けたので,これを手に持って倉庫を出たところで警備員Bに発見された。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたので,乙は,逃げるため,Bに対し,その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。ちょうど,そのとき,その場を通りかかった乙の友人丙は,その事情をすべて認識し,乙の逃走を助けようと思って,乙と意思を通じた上で,丙自身が,Bに対し,その腹部を強く殴り付け蹴り上げる暴行を加えた。乙は,その間にその絵画を持って逃走した。Bは間もなく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが,その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは不明であった。

甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

本問は,侵入盗を唆されて実行した者が逃走のため警備員に暴行を加えた後,他の者が意思を通じてその警備員に暴行を加えたところ,同人が死亡したが,それがいずれの暴行によるかは不明であったという事例を素材として,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,未遂の教唆,事後強盗罪の法的性質,承継的共同正犯の成否等に関する理解及びその事例への当てはめの適切さを問うものである。

(3) 模範答案

一 甲の罪責

1 甲はA会社の倉庫へ夜間侵入するよう乙を唆し,乙はこれによって侵入した。管理者の意思に反する倉庫への立入りは建造物侵入罪に当たり,甲はその行為を認識して乙に決意させているから,同罪の教唆犯が成立する(130条・61条1項)。

2 窃盗については,甲は倉庫が空であると認識し,乙の度胸を試すために唆しており,財物の取得という既遂結果を認識・認容していない。正犯を実行行為に着手させる意思だけで教唆犯の故意が足りるか,いわゆる未遂の教唆が問題となる。

 教唆犯は正犯による法益侵害を惹起する点に処罰根拠を有するから,正犯が故意を持つと知るだけでなく,その犯罪の既遂に至ることの認識・認容を必要とすると解する。甲にその故意はなく,たまたま当夜だけ絵画が存在して乙が窃取したことから,甲の故意を遡って補うことはできない。よって窃盗既遂の教唆犯は成立せず,既遂を認識しない甲について窃盗未遂の教唆犯を認めることもできない。後の逃走暴行・死亡についても,甲に共謀又は必要な故意を認める事情はない。

二 乙の罪責

1 乙は盗む目的で倉庫に侵入し,A会社の占有する絵画を自己の支配へ移して持ち出しているから,建造物侵入及び窃盗の構成要件を満たす。警備員に見付かったことは,既に成立した窃盗既遂を未遂へ戻すものではない。

2 乙は倉庫を出た直後,警備員Bに発見され身体をつかまれ,逃げるため腹部を強く蹴り上げている。Bによる現行犯人の制止は正当な行為であり,乙の防衛行為とはいえない。窃盗の機会が継続する中,逮捕を免れる目的で,一般に反抗を抑圧するに足りる強度の暴行を加えているから,事後強盗罪に当たる(238条)。

3 Bは腹部への暴行による臓器破裂により死亡した。乙自身の暴行による場合はもちろん,丙との共謀成立後の丙の暴行による場合も,乙は後記の共同実行に加わり,その暴行が逃走を実現する危険を利用している。いずれの原因であっても,乙に帰責できる暴行から死亡したことが認められるため,原因行為を一方に特定できないことによって乙の結果責任が否定されるわけではない。殺意は与えられていないが,死亡結果を生じさせた以上,240条後段の強盗致死罪が成立する。

三 丙の罪責

1 丙は乙の窃盗及び逃走暴行を全て認識し,乙と意思を通じてBを殴り蹴り,その間に乙が絵画を持って逃げている。単に傍観又は事後の便宜を与えたものではなく,逃走を実現する重要な暴行を自ら分担しており,共同実行の意思及び行為が認められる。

2 丙は先行窃盗を行っていないから,事後強盗罪への参加資格が問題となる。窃盗と暴行を結合する犯罪とみれば,窃盗完成後の参加によって前段を含む全体の共同正犯になれるかという問題が生ずる。しかし私は,238条は窃盗犯人という地位を構成的身分とし,その者が一定目的で暴行等をする犯罪であると解する。この構成によれば,身分のない丙も65条1項により乙と事後強盗の共同正犯となり得る。単なる刑の加減身分ではないから,同条2項によって当然に暴行罪へ引き下げられるものではない。

3 もっとも,犯罪への途中参加を認めることと,参加前に既に発生した傷害・死亡の原因まで引き受けることとは別である。共同正犯の結果帰責は,共同実行による因果性を基礎とする。後の加功によって過去の傷害を惹起することはできず,その存在を知っていたというだけで遡及的な結果責任を認めるべきではない。

 本問では,死亡原因となった臓器破裂が乙の先行暴行による可能性が残り,丙の参加後の暴行によるものと認定できない。したがって,通常の共同正犯の因果関係だけから丙に強盗致死罪の責任を認めることはできない。ただし,原因者不明の場合の特則である207条による責任は,別に検討しなければならない。

4 207条は,共同して実行した者でなくても,二人以上の暴行による傷害の原因者が不明である場合に,共犯の例によるとする。各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を持ち,同一の機会に行われた場合には,途中で共謀が成立したことや,先行者が全結果の責任を負うことだけで後行者への適用を排除すべきではない。これは先行結果を一般に承継させる規律ではなく,原因者不明の傷害に関する特則である。

 本問の乙・丙による腹部への強い打撃は,それぞれ臓器破裂を生じさせ得るもので,同じ現場で連続して行われ,そのいずれが原因か不明である。また,帰責される傷害から死亡が生じたときにも傷害致死の責任を認めるのが同条の趣旨に適合する(傷害致死への適用につき最高裁昭和26年9月20日第一小法廷判決(昭和26年(れ)第797号,刑集5巻10号1937頁)参照)。よって,丙には205条・207条により傷害致死罪が成立する。

 もっとも,207条は傷害に関する因果関係立証の例外であるから,私は,これを財産犯である強盗致死罪の結果帰責まで拡張しない。この立場では,丙について事後強盗罪の共同正犯と傷害致死罪とが成立する。

四 結論と罪数

 甲には建造物侵入罪の教唆犯が成立する。乙には建造物侵入罪及び強盗致死罪が成立し,絵画の窃盗と逃走暴行は後者の中で評価され,別に重ねて処断しない。侵入から財物取得へ続く関係を54条1項後段の牽連犯と解する。丙には事後強盗罪の共同正犯と207条による傷害致死罪が成立する。両罪は,同じ暴行が財産犯と生命・身体犯の双方を実現するものであるから,54条1項前段の観念的競合と解する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,侵入盗の実行,逃走のための警備員への暴行,他の者の意思連絡と暴行への参加,いずれの暴行が死因となったか不明であることを素材として,事案を的確に把握し分析する能力を問う。
未遂の教唆,事後強盗罪の法的性質及び承継的共同正犯の成否等が検討対象として挙げられている。
答案は,甲について,何も保管されていないとの認識と倉庫へ侵入させる意思を分ける。
乙については,実際には絵画が存在し,これを持ち出した事実から,甲の認識と独立に客観的な窃盗の経過を評価する。

丙の参加時点では既に乙の暴行が始まっている。
答案三2は,窃盗犯人という地位を構成的身分と捉え,刑法65条1項によって丙の事後強盗への参加を認める。
三3は,その参加資格と,参加前に発生した傷害への通常の共同正犯による結果帰責とを分けている。

三4は,乙・丙それぞれの腹部への強い打撃,暴行の連続性及び臓器破裂の原因者不明という事情を刑法207条の適用に結び付ける。
先行者に全結果の責任を負わせ得ることと,後行者に同条が適用されるかは別問題である。
出題前の最高裁昭和26年9月20日第一小法廷判決(昭和26年(れ)第797号,刑集5巻10号1937頁)は,共謀によらない暴行で傷害の原因者が不明な傷害致死事案について同条の適用を是認した。
傷害致死への適用を支える判例であるが,途中共謀の事案や強盗致死への適用まで判示したものとして引用しない。
昭和26年判決全文

本答案は,刑法207条の例外を強盗致死の結果帰責には広げず,事後強盗の共同正犯と,同条による傷害致死罪との観念的競合と整理する。
強盗致死への拡張を否定する理由,途中共謀事案への適用及び罪数は答案が選択した解釈であり,公式出題趣旨が指定する結論又は前記判決が同一事案について示した結論ではない。
強盗致死にまで同条を及ぼす別の構成を採る場合は,財産犯を含む加重類型への拡張を正当化する根拠まで示す必要がある。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行刑法207条は,複数人による暴行と傷害結果の帰属が不明な場合の特例を定め,238条は事後強盗を,240条は強盗致死傷を定める。
これらの条文は検討の出発点となるが,後行参加者への適用範囲まで条文の存在だけで決まるわけではない。
また,現行の205条及び240条は,令和4年法律第67号(令和7年6月1日施行)による改正により,懲役に代えて拘禁刑を定めている。
平成17年の答案へ現在の刑名を遡及させず,行為時の規定とその後の改正を分けて読む必要がある。

出題後の最高裁平成24年11月6日第二小法廷決定(平成24年(あ)第23号,刑集66巻11号1281頁)は,傷害罪について,共謀加担前に他の者が既に生じさせていた傷害結果には後行者の共謀及びそれに基づく行為が因果関係を有しないとして共同正犯の責任を否定し,共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与した範囲でのみ責任を認めた。
先行者の行為の効果を利用する強盗・恐喝・詐欺等への言及は千葉勝美裁判官の補足意見であり,法廷意見の判示と区別する必要がある。
本問の死亡結果が誰の暴行によるか不明な点や刑法207条の適用を,同決定だけで解決したことにはならない。
決定全文(3頁~6頁)

さらに,出題後の最高裁令和2年9月30日第二小法廷決定(令和元年(あ)第1751号,刑集74巻6号669頁)は,先行者の暴行の途中から後行者が共謀加担した傷害事案について,傷害が共謀成立後の暴行によるとまでは認められず,その傷害を生じさせた者を知ることができないときは,後行者にも刑法207条が適用され,先行者に当該傷害の責任を問い得ることは同条の適用を妨げないとした。
ただし,その前提として,先行者及び後行者の各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有することと,各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できる状況,すなわち同一の機会に行われたことの証明が必要である。
後行者の暴行にその危険性がないときは,危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって同条を適用することはできない。
同決定は傷害事案の判断であり,本問の丙について強盗致死罪が成立することまで示したものではない。
平成17年当時の答案へ,出題後に示された判例としての権威を持ち込まない。
令和2年決定全文(特に3頁~4頁)

比較条文:e-Gov法令検索・刑法。

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2 第2問 第三者を介した贈収賄と詐欺・不法原因給付と恐喝

(1) 問題文(問題PDF4頁)

A県B市内の印刷業者である甲は,知人でB市総務部長として同市の広報誌の印刷発注の職務に従事している乙に現金を渡して同市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えていた。そうした折,甲は,同県内の土木建設業者である知人の丙から同県発注の道路工事をなるべく多く受注するための方法について相談を受けたので,この機会に丙の金を自己のために乙に渡すことを思い付き,乙に対し,「近いうちに使いの者に80万円を届けさせます。よろしくお願いします。」と伝えたところ,乙は,甲が80万円を届けさせることの趣旨を理解した上,これを了承した。一方,甲は,丙に対し,「県の幹部職員である乙に金を渡せば,道路工事の発注に際して便宜を図ってくれるはずだ。乙に80万円を届けなさい。」と言ったところ,これを信じた丙は,使者を介して乙に現金80万円を届けた。乙は,これが甲から話のあった金だと思い,その金を受領した。

後日,丙は,甲が丙のためではなく甲自身のために乙に80万円を届けさせたことを知るに至り,甲に対して80万円の弁償を求めた。しかし,甲は,丙に対し,「そんなことを言うなら,おまえが80万円を渡してA県の道路工事を受注しようとしたことを公表するぞ。そうすれば,県の工事を受注できなくなるぞ。」と申し向け,丙をしてその請求を断念させた。

甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

本問は,公務員に賄賂を供与するに当たり,第三者を欺いてその資金を公務員に交付させ,その後,事情を知ったその第三者からの資金返還請求に対し,同人を脅して請求を断念させたという事例を素材として,賄賂罪の構成要件の基本的な理解を前提に,第三者の行為を介した贈賄罪,欺罔者以外の者への財物の交付に係る詐欺罪,不法原因給付に係る財産犯の成否等に関する理解及びその事例への当てはめの適切さを問うものである。

(3) 模範答案

一 乙及び甲の贈収賄

1 乙はB市の総務部長として同市広報誌の印刷発注を担当する公務員である。甲はその印刷を受注したいと考え,乙に80万円を届けると伝え,乙もその趣旨を理解して了承している。現金は乙の発注職務に対する不正の対価であり,実際に不正な発注がされたことまでは賄賂罪の成立に必要ではない。

2 乙にはまず収賄の約束が成立し,その後,甲が届けさせた金と認識して受け取った時点で収受が成立する(197条1項)。受注を得たい旨の具体的な職務上の依頼が黙示に伝えられ,乙がこれを引き受けたと評価できるなら,請託を受けた収賄となる。他方,単なる一般的好意の期待にとどまる場合を,具体的な請託と同一視してはならない。本問では甲の受注意思を理解して了承した事情から,受託収賄を認める。

3 甲も乙との約束によって贈賄罪に当たり,丙を介して約束した金を乙に届けることによって,自己の賄賂供与を実現している(198条)。賄賂が甲自身の所有金である必要はなく,第三者の出捐を利用したことだけで正犯性は失われない。約束とそれを実現する供与は,一つの贈賄として包括して評価する。乙についても同じ金に関する約束と収受を別々の収賄として重ねない。

二 丙の贈賄の故意

 丙は,乙を県の幹部職員と誤認し,県の道路工事の受注上の便宜を得るため80万円を交付した。しかし,現実の乙は市の職員であり,現金は甲の市広報誌受注のため受領されている。そこで,公務員の所属及び対価となる職務の相違が,丙の贈賄の故意を阻却するかが問題となる。

 贈賄の故意には,公務員の職務に対する不正な対価を供与することの認識を要するが,供与者自身が便宜を得ることは独立の構成要件ではない。丙は同一人物である乙に,公務の取扱いを買う趣旨で現金を交付しており,現実にも乙の職務の対価となる現金が供与されている。職務の具体的内容及び利益を受ける者の相違は,同じ贈賄の構成要件の範囲内の錯誤と評価できるから,私は丙の贈賄の故意を認める。

 これは,相手が実際には公務員でない場合や,公務と無関係な純粋な私的給付の場合まで,贈賄既遂を認めるものではない。また,丙が錯誤に陥っていても贈賄の故意を有するという判断と,甲との共謀の有無は別であり,両者の共謀を当然に認定する必要はない。

三 甲の丙に対する詐欺

1 甲は乙が県工事の便宜を図ると虚偽を告げ,丙をその旨誤信させ,使者を通じて丙の現金80万円を乙へ交付させている。丙は金銭の交付を自ら決定し,その使者はその決定を実行しているから,丙の錯誤に基づく財産的処分行為が認められる。

2 財物を交付させる詐欺は,欺罔者が直接受け取らず,第三者へ取得させた場合にも成立する。甲は丙の金を自己の贈賄へ流用し,乙に取得させる意思を有する。丙は期待した県工事への働き掛けのためではなく,甲の利益のために財物を失っており,欺罔,錯誤,交付及び財産的損害の因果関係を認めることができる。よって甲に246条1項の詐欺罪が成立する。

3 丙の給付目的が贈賄であって民法708条の不法原因給付に当たるとしても,欺罔により金銭を取得する自由まで認められるものではない。刑法による財産の保護と,不法な給付を民事上取り戻せるかは別の問題であるから,不法原因給付であることだけで詐欺罪を否定すべきではない。

四 甲による返還請求の断念

1 甲は,丙の贈賄目的を公表して県の工事を受注できなくすると告げ,80万円の弁償請求を断念させている。犯罪事実の公表という真実の告知であっても,それを利益取得のために用い,名誉又は財産への害悪を示して畏怖させるなら,恐喝の手段となり得る。

2 問題は,不法原因給付について,請求の断念により財産上の利益を得たといえるかである。民事上,708条による返還制限が働くか,詐欺をした甲への損害賠償請求にも制限が及ぶかを,まず区別する必要がある。請求権が認められるなら,その請求を断念させることは負担の免脱という利益となる。

 また,民事上の強制履行請求が制限されるとしても,現実に返還を求められ,任意の返還が経済的に意味を持つ関係は,脅迫によって自由に消し去ってよいものではない。私は刑法上の財産保護を民事上の強制可能性だけに限らず,本件の返還要求を断念させて80万円の負担を免れた利益を249条2項の対象と解する。よって甲には同項の恐喝罪が成立する。

五 罪数

 甲の丙への虚偽の交付指示は,丙の財物を乙へ移転させる詐欺の実行であると同時に,甲が乙への賄賂を供与する実行でもある。この実行行為の重なりから,詐欺と贈賄を54条1項前段の観念的競合と解する。後日の請求断念の恐喝は,新たな脅迫による別の利益侵害であり,これらと併合罪となる。乙は受託収賄,丙は贈賄の各罪責を負う。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,第三者を欺いてその資金を公務員に交付させた行為と,事情を知った第三者の資金返還請求に対し同人を脅して請求を断念させた行為からなる事例を素材として,賄賂罪の構成要件の基本的な理解を前提に,第三者の行為を介した贈賄罪,欺罔者以外の者への財物の交付に係る詐欺罪及び不法原因給付に係る財産犯の成否等を問うている。
答案は,まず乙の市の職務と,甲から乙への依頼を対応させる。
丙が県職員への働き掛けだと誤解していたことは,甲乙間の職務との対価関係の判断と,丙自身の故意の判断とで意味が異なる。

甲が現金を手渡しで受け取っていなくても,甲の虚偽説明によって丙が乙へ金銭を交付した事実の評価が必要である。
贈賄に使う金銭だから,当然に詐欺罪の検討を省略してよいことにはならない。
返還請求を断念させた後段では,民事上の返還請求の可否と,恐喝罪の保護する財産上の利益をどのように捉えるかを分ける。
本答案の利益性の評価は,民法708条の存在だけから自動的に導けるものではなく,採用する規範と事実上の利益を接続する論証が必要である。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行刑法197条1項は職務に関する賄賂の収受・要求・約束を定め,請託を受けた場合を区別する。
198条は供与・申込み・約束を定める。
249条2項は,恐喝の方法によって財産上不法の利益を得る場合を扱う。
これらの構成要件と,民事上の返還請求の取扱いは同じ問題ではない。
現在の実務に置き換える際も,公務員の実際の職務,依頼された行為,資金の交付経路及び請求断念の経過を,関係者ごとに確認する必要がある。

比較条文:e-Gov法令検索・刑法。

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第5 商法

1 第1問 退職慰労金・任期中の報酬減額・ストックオプション

(1) 問題文(問題PDF3頁)

甲,乙及び丙株式会社(いずれも株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律上の委員会等設置会社ではない。)が定時株主総会において普通決議の方法でした次の各決議について,商法上どのような問題があるか論ぜよ。

1 甲社では,「本総会終結時に退任する取締役A及び監査役Bに対し当社の退職慰労金支給規程に従って退職慰労金を支給することとし,その具体的な金額,支給時期及び方法の決定は取締役会に一任する。」と決議した。

2 乙社では,1年前の定時株主総会で任期2年,月額報酬70万円として選任されていたC専務取締役について,取締役会決議によりその職務内容が非常勤取締役に変更されたため,「Cの月額報酬を7万円に変更する。」と決議した。

3 丙社では,「取締役にストック・オプションとして行使価額の総額を10億円とし,目的たる株式を普通株式合計10万株とする新株予約権を付与することとし,その具体的な発行時期及び方法の決定は取締役会に一任する。」と決議した。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,取締役・監査役の報酬等に関係する株主総会の決議について,どのような法的問題があるかを問うものである。具体的には,退職慰労金の支給に報酬規制が及ぶか否か,取締役と監査役の報酬規制の違い,任期途中に職務内容に変更が生じた取締役の報酬額変更の可否,新株予約権の有利発行規制と報酬規制の関係等について,制度の趣旨と判例・学説の状況を理解した上で論述をすることができるかどうかを見る点に主眼がある。

(3) 模範答案

一 甲社の退職慰労金

1 取締役の退職慰労金も,その在任中の職務執行の対価である限り,名称や支給時期にかかわらず旧商法269条の報酬規制に服する。これは,取締役が自ら報酬を決めて会社財産を不当に流出させることを防ぐ趣旨である。したがって,定款に定めがなければ株主総会による決定を要する。

 ただし,株主総会が算定の基準となる支給規程に従った支給を決め,取締役会には機械的・具体的な算定を委ねるのであれば,無条件の白紙委任とは異なる。株主が規程の内容を知り得て,その基準が客観的に確定し,取締役会による恣意的な増額を防げるなら,Aへの金額等の決定を一任する決議は許される。規程があるというだけで,株主に開示されない基準や無限定の加算権限まで容認されるわけではない。

2 監査役Bの慰労金にも,職務の対価として旧商法279条の規制が及ぶ。しかし,監査役の独立を確保するため,その報酬を被監査者である取締役の裁量に委ねることには,取締役自身の場合と異なる問題がある。総会で総額を定めた場合の個々の監査役への配分も,取締役会が自由に決める制度ではない。したがって,Aに関する委任が許されるとの理由だけで,Bについても同様に取締役会へ一任できるとはいえない。

 規程が金額・時期・方法を全て一義的に定め,取締役会は既に確定した内容を執行するだけなら独立を侵す実質的裁量はない。しかし,決議中の「決定は取締役会に一任する」との部分がBへの支給内容を左右する裁量を与える趣旨なら,その部分は監査役報酬の規制に反する。規程の内容及び一任の意味を明らかにして,取締役と監査役とを分けて判断すべきである。

二 乙社のCの報酬減額

1 Cは任期2年,月額70万円という条件で選任されており,これを受諾した以上,その報酬額は会社とCとの委任関係の内容となる。株主総会による報酬決定権は,お手盛りを防止する会社内部の権限制限であり,一度確定した個人の契約上の請求権を,その後の多数決によって自由に奪う権限ではない。

2 職務が専務から非常勤取締役へ変われば,報酬の均衡上は減額の必要が生じ得る。しかし,取締役会による職務分担の変更と,契約上の報酬請求権の変更とは別である。役職・勤務内容に連動して報酬を変更する合意がもともとあったとか,Cが今回の減額に同意したとの事情は与えられていない。非常勤化それ自体から同意を推認することはできない。

 よって,株主総会が普通決議により月額7万円と決めても,それだけで残存任期中のCの70万円の請求権を減縮することはできない。決議が会社内部の報酬方針として意味を持ち得ることと,Cに対する契約変更の効力は区別される。Cの同意等がない限り,乙社は従来額との差額を含む支払義務を負う。

三 丙社のストック・オプション

1 取締役への職務対価としての新株予約権付与には,報酬規制と新株予約権発行規制の双方が問題となる。取締役の利益取得を株主が統制する269条の目的と,既存株主の持分・経済的利益を有利発行から保護する規制の目的は異なるから,一方の決議があるだけで他方が当然に不要になるわけではない。

2 新株予約権は,一定条件で株式を取得できる権利自体に財産的価値がある。非金銭の報酬として付与するなら,その具体的内容を株主総会で定める必要がある。本件の普通株式10万株及び行使価額総額10億円は,権利の内容を定める重要な要素である。しかし,10億円は原則として権利行使者が会社へ払い込む額であり,その額そのものが会社から取締役へ与える報酬価額ではない。両者を同一視して報酬規制を満たすとすることはできない。行使期間・条件等の内容や付与範囲も含め,総会が報酬を具体的に統制できる決議かを検討すべきである。

3 さらに,新株予約権を無償又は特に有利な条件で付与するなら,旧商法280条ノ21等による有利発行規制が問題となる。取締役が従業員と異なり会社の経営者であることや,職務上の努力を期待できることだけで,既存株主の保護が当然に不要にはならない。必要な特別決議及び有利発行を必要とする理由の説明を欠くなら,普通決議だけではこれを適法に授権できない。

 もっとも,権利の発行対価や職務との対価関係を検討せず,ストック・オプションという名称だけで全件が有利発行であると断定してはならない。適法な総会決議で必要事項を確定した上での具体的な発行時期・実施方法の委任と,総会が決めるべき事項の白紙委任も別である。本決議は,報酬と発行の各規制をそれぞれ充たすかを審査し,普通決議による包括的一任だけで足りるとはいえない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,退職慰労金への報酬規制の適用,取締役と監査役の規制の違い,任期途中の報酬減額及び新株予約権の有利発行と報酬規制の関係を挙げる。
三つの小問を,同じ「株主総会の決議がある」という理由だけで処理してはならない。
答案の一は,退職慰労金の性質から報酬規制へ接続し,支給基準の存在と取締役会への委任の範囲を検討する。
監査役については取締役による監査への影響という制度趣旨を別に扱う。

二は,既に定められた報酬に関する会社とCとの関係を検討し,職務内容の変更と報酬減額への同意の有無を区別する。
三は,新株予約権を報酬として付与することと,その発行に必要な機関決定を分ける。
行使価額総額10億円を,そのまま新株予約権という報酬の価額と読むことはできない。
問題に示されていない株価や発行条件を補って,有利発行であるかを断定しないことも重要である。
これらの評価は,いずれも平成17年当時の商法(会社法制定前のもの)の規律を前提とする。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行会社法361条は,金銭報酬だけでなく,株式・新株予約権等を報酬とする場合の事項も区別して定める。
387条は監査役の報酬について定め,各監査役の報酬に定款又は総会決議の定めがない場合には,同条1項の範囲内で監査役の協議によるとしている。
本問が前提とする旧商法の条文番号や「委員会等設置会社」の表記を,現在の会社法の表記へ一括して置き換えるべきではない。
報酬付与と募集新株予約権の発行について必要となる決議は,現在の制度に即して別々に確認する必要がある。

比較条文:e-Gov法令検索・会社法。

関連記事:完全子会社の取締役・監査役が親会社に対抗する方法―解任・報酬・監査権限(AI作成)。

2 第2問 支店長の隠れた保証裏書と満期前遡求

(1) 問題文(問題PDF3頁)

Z株式会社の代表取締役Bは,X銀行から,Z社が融資を受ける条件として,信用のある第三者が裏書した約束手形を差し入れることを要求された。そこで,Bは,高校時代からの友人であるY株式会社甲支店の支店長Aに依頼し,Y社を受取人,手形金額を1000万円,満期を平成17年7月15日とするZ社振出しの約束手形にY社甲支店長Aとの裏書を得たが,Aは,手形の振出しや保証を行うことをY社の内規で禁じられていた。Bは,この手形をX銀行に交付し,X銀行は,その手形金額から満期までの利息を控除した金額をZ社に貸し付けたが,Z社は,当該借受金を返済することなく,平成17年5月10日に破産手続開始の申立てをし,同月17日,Z社に対して破産手続開始の決定がされた。X銀行が同月18日にY社に対して手形金の支払を請求した場合,この請求は認められるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,内規で手形の振出しや保証を禁じられている支店長が行ったいわゆる隠れた保証のための裏書の効力について,その裏書を行う権限の有無と内規との関係,支店長の内規違反及び権限濫用の代理行為と善意の手形取得者の保護について,整理された論述をすることができるかどうかを見ることを主眼とするが,あわせて,約束手形の振出人が破産手続開始の決定を受けた場合における満期前遡求についての理解も問われている。

(3) 模範答案

一 Y社の裏書人としての責任

1 約束手形の裏書人は,裏書の効力により手形上の担保責任を負う。したがって,X銀行のY社に対する請求の前提は,Aのした裏書がY社に帰属することである。振出人Z社が借入金を返さないことだけで,Y社に貸金返還義務が生じるわけではない。

2 Aが商法上の支配人として選任されている場合,営業に関する裁判上・裁判外の包括的代理権を有する(旧商法38条)。手形行為も営業に関するものであればその権限に含まれる。支店長という肩書のみから実際の支配人選任まで確定することはできないが,実際の支配人でなくても,営業の主任者であることを示す支店長の名称を会社から付された者には,旧商法42条の表見支配人の規定が問題となる。その場合,実質的な支店の存在,名称付与及び取引相手の保護要件を確認する必要がある。

3 本件の裏書は,Z社が融資を受けるため,Y社の信用を利用して保証を付ける目的でされた,いわゆる隠れた保証のための裏書である。しかし,Y社を受取人とする手形にY社甲支店長Aと表示してされた裏書は,外形上,会社の営業に関する手形取引である。隠れた保証目的であったことだけから,当然に支配人の一般的権限の外にあるとするのは取引安全を害する。

 他方,およそ営業と無関係であることが外形からも明らかな行為まで,支店長の名称のみで会社に負担させることはできない。一般的権限の存在,内規による制限及び権限の濫用を順に区別すべきである。

二 内規違反と権限濫用

1 内規は手形の振出しや保証を禁じているが,裏書にも手形上の担保責任が生ずるから,その実質が禁止された保証に当たるかを検討する余地がある。ただし,内規が及ぶとしても,それは原則として会社内部の権限制限である。支配人の代理権制限を善意の第三者に対抗できないという商法上の規律により,相手方が制限を知らない場合には,会社の責任が直ちに否定されるわけではない。表見支配人の場合は,同制度自体の保護要件に即して判断する。

2 これとは別に,Aは友人Bの依頼に応じてZ社を援助しており,Y社の利益ではなく第三者の利益のために権限を用いたのではないかが問題となる。代理権の範囲内でも,代理人の真意を知り又は知り得た相手方との間では,民法93条ただし書の類推によって本人への効果帰属を否定する構成が考えられる。その際,単に他社への保証というだけで権限濫用を確定せず,Y社の営業上の利益との関係等を検討すべきである。

3 BはAに友人として依頼した当人であるから,取引の事情を認識している。しかし,その認識をX銀行へ当然に転写することはできない。Xは信用ある第三者の裏書を要求し,その手形を取得したのであり,保証目的であることは知っているとしても,Aが内規に反していることや,専ら友人のためにY社を犠牲にしていることまで知っていたとは問題文から断定できない。

 Y社がBに対して内規違反又は権限濫用を主張できる場合にも,Xとの関係では,手形取引における善意取得者保護を別に検討する。Bとの人的関係に基づく抗弁であれば,手形法77条1項1号により約束手形に準用される17条による抗弁切断が問題となる。これに対し,会社に帰属する有効な署名がそもそも存在しない物的抗弁なら,同条だけで治癒されるわけではない。したがって,代理権欠缺,内部制限及び濫用を一括して「無権代理だから全員に無効」とすることはできない。X自身の悪意等の有無を含め,各保護規定の要件を満たす範囲で,Y社の裏書責任が認められる。

三 満期前遡求

1 満期は7月15日であるが,Xの請求日は5月18日である。通常の満期到来による請求と異なり,満期前遡求の要件を要する。5月10日の破産申立てだけと,5月17日の破産手続開始決定とは区別しなければならない。

2 手形法77条により約束手形に準用される43条以下の満期前遡求規律によれば,振出人について破産手続開始決定がある場合には,所持人は満期を待たずに裏書人へ遡求できる。この場合,開始決定を示す裁判書の提出等について44条の特則があり,通常の満期の支払呈示と支払拒絶証書をそのまま要求するものではない。本件では開始決定が請求前日にされているから,この特則を用いることができる。

3 よって,Xが適法な所持人であり,前記の権限・手形抗弁に関する保護要件を満たす限り,5月18日のY社への満期前遡求は認められる。ただし,満期前に支払を求める手形金額については,遡求金額の割引を定める手形法48条の調整を要する。銀行が最初に貸付額から控除した利息と,満期前遡求に伴う法定の割引は別の関係であり,額面1000万円を無調整で当然に全額請求できるとはいえない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,支店長の裏書権限と内規の関係,内規違反・権限濫用の代理行為と善意の手形取得者の保護を検討し,さらに振出人の破産手続開始による満期前遡求を扱うよう求めている。
答案の一・二は,Aの支配人としての権限又は外観を検討した上で,内規違反と権限濫用を分ける。
X銀行が保証の目的を知っていたとしても,Bが知っていた依頼の経緯から直ちに,Aの内規違反や権限濫用までX銀行が知っていたと扱うことはできない。
他方,Xの保護を無条件とせず,どの事情についての善意・悪意が問題かを示す必要がある。

三では,満期が7月15日であることと,5月17日に破産手続開始決定がされ,翌18日に請求されたことを対比する。
申立日と開始決定日を取り違えてはならない。
裏書行為がY社へ帰属するかという前段の問題と,遡求権を満期前に行使できるかという後段の問題の双方に答えて,初めてXの請求の当否を説明できる。
請求額についても,満期前遡求における割引を別に確認する構成である。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行手形法77条1項4号は,支払拒絶による遡求に関する為替手形の規定(43条~50条,52条~54条)を,約束手形の性質に反しない限り約束手形に準用する。
43条は満期前の遡求事由を,44条は破産手続開始の決定があった場合にはその決定の裁判書を提出すれば足りることを,48条は請求できる金額と満期前の割引を定める。
現在の比較でも,単なる経営悪化,破産申立て及び破産手続開始決定を区別する必要がある。
銀行の融資契約に基づく請求と手形上の遡求を混同しない点は,本問から実務へ持ち出せる検討順序である。
なお,答案が用いた旧商法38条・42条(支配人の代理権・表見支配人)に相当する規定は,会社については現行会社法11条・13条が置いている。
代理権の濫用は,平成29年の民法改正(平成29年法律第44号)による現行民法107条が,相手方が代理人の目的を知り,又は知ることができたときは代理権を有しない者がした行為とみなすと定めており,答案が用いた民法93条ただし書の類推適用とは構成が異なる。

比較条文:e-Gov法令検索・手形法。

関連記事:裏書人に対する遡求とその権利保全は,約束手形の支払呈示と裏書人への遡求―呈示期間,休日,拒絶証書,満期の書換え及び手形交換の廃止(AI作成)を参照されたい。

第6 民事訴訟法

1 第1問 続審制と控訴審における攻撃防御方法の提出制限

(1) 問題文(問題PDF5頁)

控訴審における攻撃防御方法の提出に関する民事訴訟法の規律とその背景にある考え方について,第一審と控訴審との関係を踏まえて,論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

現行法における控訴審が続審であり,口頭弁論の一体性も第一審と控訴審とを通じて観念される結果,当事者は控訴審の口頭弁論終結まで新たな攻撃防御方法を提出できることとなるが,これを貫くことにより生ずる第一審の軽視,形骸化という弊害を避けるため,現行法は具体的にどのような対策を講じているかの検討を求める問題である。控訴審における新たな攻撃防御方法の提出につき,時機後れか否かはどのように解釈されるか,いかなる要件の下で説明義務が課されるか,その懈怠がどのような意義を有するかを論ずべきである。

(3) 模範答案

一 控訴審の構造と提出の原則

1 控訴審は第一審判決に対する不服審判であるが,第一審の訴訟資料だけから判決の当否を事後審査する構造ではない。他方,第一審の手続を全て無視して最初から審理し直す覆審でもない。第一審の審理を基礎としつつ,新たな資料も加えて請求の当否を判断する続審である。

 296条2項は第一審の口頭弁論の結果の陳述を求め,298条1項は第一審における訴訟行為の効力を控訴審でも維持する。これにより,第一審と控訴審の口頭弁論は一体として把握される。第一審での主張・証拠の提出等を全てやり直さなければ利用できないわけではなく,自白等の訴訟行為の拘束も,控訴したことだけで失われない。

2 したがって,当事者は原則として控訴審の口頭弁論終結まで新たな攻撃防御方法を提出できる。第一審で主張しなかった弁済・相殺等の抗弁や新たな証拠も,それだけで不適法となるものではない。この仕組みは事実認定や判断の誤りを是正し,実体的に適正な裁判を実現するために必要である。

 ただし,口頭弁論及び判決変更の範囲は当事者の不服申立てにより画される。新資料によって従来の請求の当否を判断することと,申立ての範囲を超える判決をすることは異なる。また,請求の変更(297条,143条)や反訴(300条)には,それぞれ固有の要件があり,単なる攻撃防御方法の追加と同一には扱えない。

二 適時提出義務と時機に後れた提出

1 新資料を無制限に許せば,第一審で提出を控え,敗訴してから控訴審で争点を増やすことが可能となり,第一審の充実が損なわれる。相手方の応訴負担と裁判の遅延も生ずる。この弊害に対し,297条によって準用される156条は,訴訟の進行状況に応じて適切な時期に攻撃防御方法を提出する義務を課す。

2 さらに157条1項により,当事者が故意又は重大な過失によって時機に後れて提出し,その審理によって訴訟の完結が遅延するときは,裁判所は申立て又は職権でこれを却下できる。適時提出義務への違反だけで当然に失権する制度ではなく,主観的要件と遅延の要件を満たす必要がある。

3 控訴審における時機後れは,第一審からの一体的な訴訟経過に即して判断する。控訴審の最初に提出したから常に適時とすれば,第一審で審理を尽くす意味を失わせる。他方,第一審で提出できたという理由だけで,新資料を全て排除すれば,続審を実質的な事後審へ変えてしまう。第一審の争点整理,裁判所の釈明,相手方の主張の変化,資料を知った時期,提出しなかった理由等を具体的に検討する。

 例えば,争点が既に明らかで手元にあった重要資料を意図的に温存した場合は,故意・重過失を認めやすい。しかし,第一審の予想外の判断に対応するため初めて必要となった資料や,相当な調査をしても得られなかった資料を機械的に排除することはできない。

4 遅延についても,新たな証人尋問等によって審理の延長を要するかを判断する。直ちに取り調べられ,他の審理と並行して処理できる場合等には,遅い提出であるだけで157条1項の却下を認めてはならない。審理を尽くした後に,その結果を排除する目的で同条を用いることも相当でない。

三 説明義務とその意味

1 298条2項は,第一審で準備的口頭弁論を終了し又は弁論準備手続を終結した後,控訴審で攻撃防御方法を提出した当事者について167条を準用する。当事者は相手方の求めがあるとき,第一審の整理手続終了前に提出できなかった理由を説明しなければならない。書面による準備手続の場合も,178条所定の陳述又は確認を経たときは同様に扱われる。単に第一審を経た全ての事件で,求めがなくても当然に相手方への説明義務が生ずるのではない。

2 また301条により,裁判長は当事者の意見を聴いて提出等の期間を定めることができ,その期間後に提出する者は,期間内にできなかった理由を裁判所に説明しなければならない。これは前項の相手方に対する説明と,発動要件及び説明先を異にする。

3 説明義務は,提出遅延の理由を顕在化させ,相手方の防御と裁判所の適時提出判断に資する。しかし,その懈怠だけで新資料を自動的に却下できるものではない。説明しないことや理由の不合理さは,故意・重過失等を判断する事情となるが,157条1項の要件は別に確認する必要がある。

四 以上のように,現行法は続審による実体的正当性の確保を維持しながら,一体的な時機後れ判断,適時提出義務,理由説明及び提出期間の指定を組み合わせ,第一審を形骸化させない審理を図っている。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,続審制と口頭弁論の一体性から新たな攻撃防御方法を提出できるという原則を示した上で,第一審の軽視・形骸化への対策を説明するよう求める。
新たな提出が可能かという結論だけでは足りない。
答案は,一で第一審と控訴審との関係を示し,二で時機に後れた攻撃防御方法の却下を検討する。
控訴審で初めて提出されたという一事で却下するのではなく,第一審からの経過を通じ,故意・重大な過失及び訴訟完結の遅延を判断する構成である。

三では,争点整理後の新たな提出について,相手方の求めに応じて説明する義務を扱う。
三の後半では,裁判長の定めた期間を過ぎた場合の裁判所への理由説明を分ける。
説明義務の発生条件,説明の相手及び違反の効果を同一視しないことが重要である。
これらの制度は続審制を否定するものとしてではなく,審理の充実と迅速な解決を両立させる規律として説明すべきである。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行民事訴訟法157条1項は,故意又は重大な過失による時機に後れた提出と,訴訟完結の遅延を却下の要件としている。
298条1項は第一審の訴訟行為の効力を控訴審へ引き継ぎ,同条2項は争点整理後の説明に関する規定を準用する。
301条は提出等の期間と,期間内にできなかった理由を裁判所へ説明する義務を定める。
現在の手続でも,301条の期間の経過だけで当然に攻撃防御方法が失権するわけではなく,却下には157条1項の要件の判断を要する。

比較条文:e-Gov法令検索・民事訴訟法。

関連記事:時機に後れた攻撃防御方法と争点整理後の主張・証拠は,争点整理後に新しい主張・証拠が出た場合―民事訴訟法157条・167条と却下申立て(AI作成)を参照されたい。

2 第2問 再訴・逆向きの明渡請求・占有承継と確定判決の効力

(1) 問題文(問題PDF5頁)

甲は,A土地を所有していると主張して,A土地を占有している乙に対し,所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起し,この訴訟(以下「前訴」という。)の判決は,次のとおり,甲の請求認容又は甲の請求棄却で確定した。その後,次のような訴えが提起された場合(以下,この訴訟を「後訴」という。),後訴において審理判断の対象となる事項は何か,各場合について答えよ。

1 甲の請求を認容した前訴の判決が確定したが,その後も乙がA土地を明け渡さないため,甲は,再度,乙に対し,所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起した。

2 甲の請求を認容した前訴の判決が確定し,その執行がされた後,乙は,自分こそがA土地の所有者であると主張して,甲に対し,所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起した。

3 甲の請求を棄却した前訴の判決が確定した。その後,丙が乙からA土地の占有を譲り受けたため,甲は,丙に対し,所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起した。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

前訴の確定判決が後訴の審理判断の対象に及ぼす影響についての理解を問う問題である。1では,既に執行力のある勝訴判決を得ている原告の再訴が訴えの利益を有するかどうかを踏まえて論ずべきである。2では,前訴の訴訟物と後訴の訴訟物の関係を論じた上で,前訴の確定判決によって審理判断の対象が制限されるかどうか,制限される場合にはいかなる理由によるかを論ずべきである。3では,原告敗訴の事案であることを踏まえて,係争物の占有の承継と既判力の拡張の関係を論ずべきである。

(3) 模範答案

一 判断の前提

 確定判決の既判力は,主文に包含される訴訟物についての判断に生じる(114条1項)。所有権に基づく土地明渡請求の訴訟物は,甲の乙に対する所有権に基づく明渡請求権であり,理由中に判断された甲の所有権それ自体が当然に既判力を持つわけではない。また,既判力の基準時は事実審の口頭弁論終結時であり,それ以前の事由による蒸返しと,その後に生じた新しい事由とは区別する必要がある。さらに,既判力の範囲とは別に,再訴の訴えの利益及び信義則上の許容性を審査する。

二 場合1

1 後訴も甲から乙への同じ土地の所有権に基づく明渡請求であり,訴訟物は同一である。前訴ではその請求権の存在が確定し,甲は執行力ある債務名義を得ている。乙が任意に明け渡さないときは,その債務名義で強制執行すればよいから,通常,同一内容の判決を改めて得る利益はない。乙の不履行が続くことだけで新たな訴えの利益が発生するものではない。

2 したがって,後訴ではまず再度の給付判決を必要とする特別な事情の有無を審理し,それがなければ訴えを却下する。甲の所有権や乙の占有権原を最初から全面的に審理し直すべきではない。債務名義の利用に支障があるなどの事情によって例外的に再訴の利益を肯定するとしても,前訴基準時に甲の明渡請求権が存在したことには拘束される。

 その場合,基準時後の弁済その他の請求権消滅・行使阻止事由は審理し得るが,乙が基準時前から存在した所有権取得等を持ち出して,前訴の請求権の存在を否定することはできない。

三 場合2

1 後訴は乙から甲への所有権に基づく明渡請求であり,前訴の甲から乙への請求とは訴訟物が異なる。前訴の執行によって占有状態が変わったことも,所有権そのものの判断を主文へ取り込む理由にはならない。したがって,前訴で甲が勝ったから甲の所有権自体に既判力がある,と説明することはできない。

2 他方,乙が前訴の基準時以前から自分が所有者であったと主張し,執行後の土地を取り戻そうとする後訴は,前訴によって実現された紛争解決を覆す性質を有する。両請求が形式上異なることだけで,前訴を無意味にする争い直しを無制限に認めるのも相当でない。

 そこで,甲の明渡請求権の存在という前訴主文の判断と直接矛盾する主張を許さない既判力の作用を検討するとともに,理由中の所有権判断に一般的な争点効を与えることは慎重であるべきである。特に,争点効を,争ったという事実だけで当然に生ずる拘束力とすることは,114条の客観的範囲を不明確にする。

3 私は,形式の異なる後訴に理由中判断の拘束を安易に拡張せず,乙に前訴で十分な主張立証の機会があり,同じ基準時前の所有権主張によって判決・執行の結果を覆す実質を有する場合には,信義則上その蒸返しを許さないと解する。後訴では,乙が今回主張する取得原因・時期,前訴で争われた事項と防御の機会,今回の提訴を正当化する事情をまず審理する。単に前訴で敗訴した当事者というだけで,全ての後訴を排除するのではない。

 乙が基準時後に甲から土地を買い受けたなど,新たな所有権取得原因を主張する場合には,その成否及び甲の現在の占有権原を審理できる。本問の「自分こそがA土地の所有者である」という主張が従前からの所有権の主張を繰り返すもので,特別な事情もなければ,同じ紛争の再審理は許されない。

四 場合3

1 原告敗訴の前訴主文が確定するのは,甲の乙に対する明渡請求権の不存在である。乙の所有権が確認されたわけでも,甲の所有権の不存在が全ての者との関係で確定したわけでもない。したがって,乙から占有を得た丙に対する請求については,115条1項3号の口頭弁論終結後の承継人に当たるかを検討しなければならない。

2 係争物の占有の承継は,明渡義務を負う敗訴被告の占有移転により判決の実効性が失われることを防ぐ場面では,承継人性を基礎付ける。しかし,本件では甲の請求が棄却され,乙の給付義務が確定していない。占有を譲り受けたという外形だけから,義務を承継した場合と全く同じに扱うことには疑問がある。

 私は,原告敗訴の場合,単なる占有移転だけで甲の丙への新たな明渡請求を前訴の既判力によって排除すべきではないと解する。後訴では甲の所有権,丙の占有及び丙が甲に対抗できる占有権原を審理する。丙が乙の権利・法律関係自体を承継したという場合は,その内容と前訴訴訟物との関係を別に判断する必要がある。いずれにせよ,前訴理由中の判断をそのまま甲丙間の所有権判断へ転写してはならない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,三つの小問で異なる問題を指定している。
小問1は執行力のある勝訴判決後の再訴の利益,小問2は前後の訴訟物の関係と前訴判決による審理対象の制限,小問3は敗訴原告の事案における占有承継と既判力の拡張である。
答案の「場合1」は,勝訴判決を既に得た甲が同じ明渡しを改めて求める必要性を検討する。
「場合2」では,甲の乙に対する請求と,乙の甲に対する請求が同じ訴訟物かを確認した上で,所有権についての理由中判断をどう扱うかに進む。

理由中の所有権判断に当然に既判力があると説明すると,訴訟物の区別を飛び越える。
信義則による制限を論じる場合も,前訴と後訴の経過,争い直す内容及び当事者の公平を具体的に示す必要がある。
「場合3」では,前訴で請求を棄却されたのが原告甲であることが重要である。
丙が乙から占有を譲り受けたという事実だけで,敗訴被告の占有を承継した場面の結論を流用してはならない。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行民事訴訟法114条1項は,確定判決の既判力を主文に包含するものに限る。
115条1項3号は口頭弁論終結後の承継人を効力の及ぶ者に挙げる。
ただし,どの訴訟物に関する,誰の地位を承継したかの判断が必要である。
本問を現在の紛争へ応用する際も,確定判決の主文,請求原因,口頭弁論終結時と占有移転時の前後を確認してから,後訴の審理対象を整理する必要がある。

比較条文:e-Gov法令検索・民事訴訟法。

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第7 刑事訴訟法

1 第1問 携帯電話の無令状差押え・内容精査・おとり捜査と現行犯逮捕

(1) 問題文(問題PDF6頁)

警察官Aは,覚せい剤の密売人と目される甲を覚せい剤譲渡の被疑者として通常逮捕し,その際,甲が持っていた携帯電話を,そのメモリーの内容を確認することなく差し押さえた。その上で,Aが,無令状で,甲の携帯電話を操作して,そのメモリーの内容を精査したところ,同携帯電話のメモリー内に覚せい剤の仕入先と思われる人物からの受信電子メールが保存されており,同メールに,翌日の某所における覚せい剤売買の約束と思われる記載があった。そこで,Aが,同メールに記載された日時に待ち合わせ場所に赴いたところ,乙が近づいてきたので,Aは,乙に対して,甲を名のった上で「約束の物は持ってきてくれましたか。」と言った。すると,乙は,Aを甲と誤認して,覚せい剤を差し出したので,Aは,乙を覚せい剤所持の容疑で現行犯逮捕した。以上のAの行為は,適法か。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

本問は,覚せい剤譲渡容疑での携帯電話の差押えに端を発する一連の捜査手続の適法性を問うことにより,差押えにおける証拠物と被疑事実との関連性,押収物についての必要な処分,任意捜査の適法性の判断基準などに関する刑事訴訟法の基本的な知識の有無と具体的事案に対する応用力を試すものである。

(3) 模範答案

一 携帯電話の差押え

1 捜査機関による差押えは原則として令状を要するが,適法な逮捕に伴い必要があるときは,逮捕の現場で無令状の差押えをすることができる(220条1項2号)。本問では甲が覚せい剤譲渡の被疑事実で通常逮捕され,その際に携帯していた電話が差し押さえられているから,逮捕の現場という場所・時機の要件を満たす。

2 もっとも,逮捕時であっても,被疑者の所持品を証拠との関係なく全て差し押さえられるわけではない。対象物には,逮捕の被疑事実との関連性と,差押えの必要性を要する。関連性は差押時に合理的に見込まれれば足り,記録内容を全て確認してからでなければ差押えできないとすると,証拠保全の目的を達し難い。

 覚せい剤の密売では相手方との連絡が通常重要であり,甲が持つ携帯電話には,譲渡相手,日時,仕入れ等の連絡記録が残っている可能性がある。本問の密売人との嫌疑及び譲渡容疑を踏まえれば,電話と取引との合理的な関連性を認め得る。メモリー未確認という一点だけで差押えを違法とすべきではない。ただし,これは密売容疑と電話の連絡機能による具体的な判断であり,被疑者の電話は常に差押え可能という意味ではない。

二 メモリーの精査

1 物として適法に押収した携帯電話について,証拠内容を明らかにするため保存記録を調べることが,別の令状を要する強制処分となるかが問題となる。押収を実効的にするためには,押収物の性質に応じた内容の確認が必要であり,222条1項が準用する111条2項により,押収物についての必要な処分として許される範囲がある。

2 しかし,携帯電話には捜査と無関係な多数の私的情報が保存され得る。物の押収が許されたことから,あらゆる情報への無限定なアクセスまで許されると解するのは,令状主義と私生活の保護を空洞化する。確認の目的,対象となる情報の種類,操作方法及び侵害の程度が,当該差押えの目的を達するため必要かつ相当な範囲にあることを要する。

 本問で確認したのは既に電話内に保存された受信メールであり,覚せい剤の仕入れ先や取引日時の記載は,甲の譲渡容疑の取引経路を明らかにする証拠となり得る。端末に保存された関連記録を通常の操作で確認する範囲なら,押収物についての必要な処分として,別途の令状なく許されると解する。

3 これに対し,未受信の通信を新たに受信し続けること,外部の記録へ接続して取得すること,又は別件探索のため無関係な情報まで無差別に調べることは,保存済み記録の確認と同じには扱えない。「精査」という語だけでこのような操作まであったと補ってはならず,逆に,精査の全範囲が適法であったとも無条件にはいえない。与件の保存メールの確認について,上記の必要性・相当性を満たす限り適法と判断する。

三 甲を名のった乙への接触

1 Aは取引の日時場所へ赴き,甲を名のって約束の物を求めている。相手を誤信させた捜査であるが,欺罔を用いたことだけで,直ちに意思を制圧する強制処分となるものではない。197条1項による任意捜査としても,目的の重要性,必要性,方法及び侵害される利益を考慮し,相当な範囲にとどまることを要する。

2 本件では,Aの働き掛けより前に既に翌日の覚せい剤取引の約束があり,乙は待合場所へ覚せい剤を持参している。Aは「約束の物」を確認したにとどまり,犯罪を行う意思のない者に,執拗な説得等によって新たな犯意を形成させた事案ではない。密行される薬物取引の実態を把握するため,既存の取引意思に機会を提供したものと評価できる。

 しかも,逮捕容疑は乙の覚せい剤所持であり,その所持はAへの差出し以前から継続している。Aが新たな所持犯罪そのものを作り出したという批判は当たらない。身分秘匿と短い問い掛けという方法にも,与件上,過大な権利侵害は認められず,この接触は適法と解する。

四 乙の現行犯逮捕

 現に罪を行い又は行い終わった者は現行犯人であり,令状なく逮捕できる(212条・213条)。乙はAの目前に覚せい剤を持参し差し出しており,所持行為の現行性及び犯人・犯罪の明白性を認め得る。売買代金の交付や譲渡の完了を待たなければ所持で逮捕できないものではない。したがって,覚せい剤であることを合理的に判断できる事情の下では,逮捕は適法である。

 なお,先行する電話の差押え又は精査に違法が認められる場合は,後続捜査との密接性や違法の重大性等を検討する必要がある。ただし,先行の違法があるだけで全ての後行処分が自動的に違法になるとはいえない。本問では前記の適法な範囲を前提とする限り,一連の行為はいずれも適法と解する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,携帯電話の差押えに始まる一連の捜査について,捜査手続の適法性,証拠物と被疑事実との関連性,押収物の必要な処分及び任意捜査の判断を挙げる。
一連の行為をまとめて適法又は違法とする問題ではない。
答案は,まず差押えの時点で携帯電話と覚せい剤譲渡容疑との関連性を判断する。
後から見つかったメールを用いて,当初の差押えの理由を遡って作ることはできない。
次に,押収物の内容精査を,必要な処分の範囲として別に検討する。

捜査官が甲を装って乙へ話し掛けた行為は,乙の犯意との関係が問題になる。
本問では,Aが待ち合わせ場所に赴いたところへ乙が近づいてきており,Aの短い問い掛けに応じて覚せい剤を差し出している点が重要である。
ただし,この事実からおとり捜査一般の無条件の適法性を導くことはできない。
最後の逮捕は,乙の所持行為と現行犯逮捕の要件に即して判断する。
先行手続に問題がある場合の後続処分への影響も,単に同じ捜査であるという理由だけで決めるべきではない。

おとり捜査については,出題前の最高裁平成16年7月12日第一小法廷決定(平成15年(あ)第1815号,刑集58巻5号333頁)が,少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるとした。
同決定は,既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていた被告人に対し,麻薬取締官が取引の場所を準備し,大麻樹脂を買い受ける意向を示して取引の場に持参するよう仕向けた事案で,おとり捜査を適法としたものである。
裁判例詳細・決定全文(1頁~3頁)

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行刑事訴訟法197条1項は任意捜査と強制処分法定主義の出発点となり,220条は逮捕の現場での差押え等を定める。
出題後の情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成23年法律第74号)により,電磁的記録に係る記録媒体の差押えに代わる複写等(110条の2),処分を受ける者に対する協力要請(111条の2)及び差し押さえるべき電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体からの複写(218条2項)が設けられた。
現行の222条1項は,110条の2前段,111条1項前段及び2項並びに111条の2前段を捜査機関の押収又は捜索に準用し,電磁的記録提供命令についての準用も定めるから,平成17年の条文と現在の条文の項番号・準用範囲は分けて読む必要がある。
端末を物として差し押さえること,保存済みの内容を確認すること及び遠隔の情報へアクセスすることは,現在の事案では別々に特定すべき行為である。
本問の携帯電話のメモリーから,現在のクラウド上の情報への無限定なアクセス権限を導くことはできない。

比較条文:e-Gov法令検索・刑事訴訟法。

関連記事:おとり捜査の適法性―犯意誘発,犯罪規模の増幅及び協力者への指示を検討する方法(AI作成)。

2 第2問 放送インタビューの録画と伝聞法則・弾劾証拠

(1) 問題文(問題PDF6頁)

放火事件で起訴された被告人甲は,捜査・公判を通じて,「自分は犯人ではない。犯行現場には行ったこともない。」と述べて犯行を否認していたが,起訴前に,テレビ局のインタビューを受けたことがあり,当該インタビューにおいては,「放火があったとき,現場付近にいたことは確かだが,自分は犯人ではない。」と述べていた。捜査機関が,テレビ放映された当該インタビューをビデオテープに録画していたところ,検察官は,甲の犯行を立証するための証拠として,当該インタビューの内容を使用しようと考え,このビデオテープを証拠調べ請求した。裁判所は,このビデオテープを証拠として採用できるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

本問は,被告人が報道機関の取材に応じてなした供述が,テレビ局によるインタビュー録画及び捜査機関による放送番組の録画という2段階の録画過程を経て,刑事裁判の証拠として請求された場面を素材に,供述証拠と非供述証拠,ビデオ(供述録画)の証拠能力,伝聞法則とその例外,報道の自由と刑事裁判の関係などについて基本的理解を問うとともに,新たな現象に対して,刑事訴訟法の基本的理論を適用し,具体的なあてはめを行う法的分析能力・応用力を試そうとするものである。

(3) 模範答案

一 証拠の性質と立証目的

1 検察官は甲の犯行を立証するため,インタビューの内容を用いようとしている。甲が犯行当時に現場付近にいたという供述を,その事実が真実であることの証明に用いるのであれば,公判期日外における甲の供述が内容の真実性を媒介として利用される。ビデオテープという物に記録されていることだけで,非供述証拠になるわけではない。伝聞法則(320条)及びその例外の検討を要する。

2 これに対し,甲の姿,外形的動作又は発言したという事実自体を,その内容の真実性とは無関係に用いる場合は,検証対象としての非供述的利用となり得る。しかし,その区別は具体的な推論の経路によるべきである。本問の犯行立証目的を,単に発言の存在を示す目的に言い換え,現場付近にいたとの内容を実質的に真実として利用することは許されない。

二 二段階の録画の正確性

1 本件では,テレビ局によるインタビューの録画・放送と,捜査機関による放送番組の録画という二段階を経ている。裁判所は,まず証拠物が当該放送を正しく記録したものであること,さらにその放送が甲の実際の供述を,趣旨を変えずに伝えるものであることを確認すべきである。

 機械が映像・音声を記録する過程そのものは人の供述ではないから,録画が二回あることを理由として,直ちに二重の伝聞例外を要求するのは相当でない。ただし,編集,切取り,音声と映像の組合せ,字幕又はナレーション等により,元の発言と異なる意味が与えられた可能性は区別して検討する。

2 具体的には,録画の経緯,放送日時,テープの保管状況,連続性,音声・映像の状態等によって同一性と正確性を確かめる必要がある。テレビ局の原記録や担当者の説明も確認の手段となり得るが,常に特定の一方法によらなければならないわけではない。編集があることだけで全編を不採用とせず,甲の当該発言について再現の正確性が認められるかを判断する。他人の説明や字幕の内容自体を証明に使うなら,その供述について別途伝聞性を審査する。

三 甲の供述部分の証拠能力

1 甲は放火を否定しているが,当時現場付近にいたとの部分は,犯行の機会を示し得る自己に不利益な事実の承認である。公判で犯行現場へ行ったこともないと述べていることと比較しても,供述全体が否認だから全て有利な供述である,とはいえない。ただし,「現場」と「現場付近」が全く同じ範囲を意味するとは限らず,両供述がどの程度食い違うかは実際の文脈による。

2 322条1項は,被告人が自ら作成した供述書と,被告人の供述を録取した書面で本人の署名又は押印のあるものを対象とする。
その供述が自己に不利益な事実の承認を内容とするか,特に信用すべき情況の下にされたことを要する。ビデオテープは文言上の書面ではないが,甲の供述を機械的に再現する機能を有するから,その性質に即して同項を準用するのが相当である。

 署名又は押印が供述録取書に求められるのは,録取された内容が供述者自身の供述であることを確認するためである。映像と音声によって供述者及び供述内容を直接再現でき,その正確性が前記の方法で確認される場合に,供述録取書と同様の署名又は押印を形式的に要求する必要はない。しかし,その機能が失われるほど不鮮明又は不正確な記録なら,機械的録画という名称だけで代替できない。

3 甲の不利益な承認部分は,任意性に疑いがなければ証拠とすることができる。取材に応じたことは任意性を基礎付ける事情であるが,報道機関の取材というだけで当然に任意とはしない。取材時の威迫,誘導,供述状態等に,任意性を疑わせる事情がないかを確認する。なお,現場付近にいたとの承認は,放火の犯罪事実全部又は主要部分を認める自白とは異なり,直ちに自白の補強法則による証明問題と同一には扱わない。

四 弾劾及び報道の自由との関係

1 仮に実質証拠としての要件を満たさない場合にも,328条によって公判供述の証明力を争うために使用できるかを検討する余地はある。しかし,弾劾に限定された証拠を,そこに記録された現場付近への所在の真実性,ひいては犯行の積極的証明に用いることはできない。検察官の本問の立証目的を実現するには,原則として前記の実質証拠としての要件を充たす必要がある。

2 報道の自由は憲法21条で保障され,報道のための取材の自由も同条の精神に照らして十分尊重に値する(取材フィルムの提出命令について最高裁昭和44年11月26日大法廷決定(昭和44年(し)第68号,刑集23巻11号1490頁)参照)。
取材資料の刑事裁判への利用が取材の自由に与える影響も無視できない。ただし,本件は報道機関に非公開資料の提出を強制する場合ではなく,既に公に放映された番組を捜査機関が録画したものである。取材を受けたという事実から,甲が公表供述を刑事裁判に用いられない権利を当然に取得するものでもない。

 よって,報道の自由を理由に一律に証拠能力を否定することはできず,二段階の記録の同一性・正確性及び甲の不利益供述の任意性等が確認できれば,裁判所は当該供述部分を実質証拠として採用できる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

公式趣旨は,取材時の供述がインタビュー録画と放送録画という二段階を経た場面について,供述証拠と非供述証拠,ビデオ(供述録画)の証拠能力,伝聞法則とその例外,報道の自由と刑事裁判の関係を挙げる。
併せて,新たな現象に刑事訴訟法の基本的理論を適用し,具体的なあてはめを行う法的分析能力・応用力を試すとしている。
答案は,発言がされたことや映像に写った状況を立証する場合と,発言内容が真実であることを立証する場合を分ける。
機械による二度の録画があることだけで,必ず二人の人間の供述を経た二重伝聞になるわけではない。

甲の「付近にいた」との発言は不利益な事実の承認に当たり得るが,放火を認める自白と同一ではない。
供述の任意性,録画の正確性及び編集の影響を,それぞれの判断対象に沿って検討する必要がある。
公判供述の信用性を争うための利用と,犯罪事実を積極的に認定するための利用も区別する。
「犯行現場には行ったこともない」と「現場付近にいた」は,場所の意味によっては両立し得る。
証明趣旨を確認せず,当然に自己矛盾供述であるとして328条だけで採用することはできない。

(5) 現行法と出題後の裁判例

現行刑事訴訟法320条は伝聞証拠の原則的な制限を,322条1項は被告人の供述書等の例外と任意性の要請を,328条は公判供述の証明力を争うための証拠の利用を定める。
情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(令和7年法律第39号)による改正後のこれらの条は,書面と並べて電磁的記録を対象とし,322条1項では被告人の署名若しくは押印に代わる裁判所の規則で定める措置も定めるが,この改正部分は令和9年3月31日までの間において政令で定める日から施行されるもので,令和8年11月3日の時点では施行されていない。
本問の放送録画のような媒体については,立証したい内容と記録の作成・編集過程の特定が先行する。
弾劾のため採用された証拠を,そのまま発言内容の真実性の証明へ転用できるという説明にはならない。

出題後の最高裁平成17年9月27日第二小法廷決定(平成17年(あ)第684号,刑集59巻7号753頁)は,捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させた結果を記録した実況見分調書等について,再現者が被告人である場合の供述録取部分及び写真には322条1項所定の要件を要するとした。
その上で,写真については,撮影,現像等の記録の過程が機械的操作によってなされることから,再現者の署名押印は不要と解されるとした。
もっとも,同決定は捜査官が作成した再現記録に関する判断であり,報道機関の取材と放送を経た本問の録画については,記録の機械性に加え,編集の有無と程度を別に検討する必要がある。
裁判例詳細・決定全文(1頁~3頁)

出題後の最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決(平成17年(あ)第378号,刑集60巻9号561頁)は,328条による証拠を,信用性を争われる本人の矛盾供述が所定の証拠の中に現れている部分に限るとし,矛盾供述をした事実について厳格な証明を要するとした。
同事件の聞込み状況書は署名押印を欠き,供述録取書と同視し得る事情もないとされた。
ただし,本問の機械的な録画媒体へ同じ結論を直ちに移すのではなく,媒体の性質と正確性を別に検討する必要がある。
裁判例詳細・判決全文(1頁~3頁)

比較条文:e-Gov法令検索・刑事訴訟法。

関連記事:刑事裁判の書証の証拠能力-伝聞法則・供述調書・同意書面の判断順序(AI作成)。

第8 出典・参考資料

1 法令

現行法令は,令和8年11月3日にe-Gov法令検索で確認した現行版による。
括弧内に法令番号と,確認時点で施行されている最終改正の施行日を示す。

日本国憲法(e-Gov法令検索)(昭和21年11月3日公布,昭和22年5月3日施行)。

民法(e-Gov法令検索)(明治29年法律第89号,令和8年6月24日施行の改正までを反映した版)。

刑法(e-Gov法令検索)(明治40年法律第45号,令和8年5月21日施行の改正までを反映した版)。

会社法(e-Gov法令検索)(平成17年法律第86号,令和8年8月12日施行の改正までを反映した版)。

手形法(e-Gov法令検索)(昭和7年法律第20号,令和5年6月14日施行の改正までを反映した版)。

民事訴訟法(e-Gov法令検索)(平成8年法律第109号,令和8年6月24日施行の改正までを反映した版)。

刑事訴訟法(e-Gov法令検索)(昭和23年法律第131号,令和8年10月20日施行の改正までを反映した版)。

内閣法(e-Gov法令検索)(昭和22年法律第5号,令和8年10月1日施行の改正までを反映した版)。

平成17年当時の民法・商法・民事訴訟法の検討には,次の改正法・制定法資料も区別して参照する。
民法の一部を改正する法律(平成16年法律第147号),商法等の一部を改正する法律(平成13年法律第128号),商法等の一部を改正する法律(平成14年法律第44号),民事訴訟法(平成8年法律第109号)の制定法。

2 裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)

最高裁平成24年11月6日第二小法廷決定(平成24年(あ)第23号,刑集66巻11号1281頁)の詳細及び全文。
傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する法廷意見と千葉勝美裁判官の補足意見を分け,出題後の裁判例として参照する。

最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決(平成17年(あ)第378号,刑集60巻9号561頁)の詳細及び全文。
刑事訴訟法328条により許容される証拠について,出題後の裁判例として参照する。

最高裁昭和26年9月20日第一小法廷判決(昭和26年(れ)第797号,刑集5巻10号1937頁)の詳細及び全文(1頁)。
傷害致死への刑法207条適用を示した出題前の判例として参照する。

最高裁令和2年9月30日第二小法廷決定(令和元年(あ)第1751号,刑集74巻6号669頁)の詳細及び全文(特に3頁~4頁)。
途中で共謀が成立した傷害事案に関する出題後の判断として参照する。

最高裁昭和44年11月26日大法廷決定(昭和44年(し)第68号,刑集23巻11号1490頁)の詳細及び全文(特に1頁~3頁)。
報道の自由と取材の自由の位置付けを,取材フィルム提出命令の事案に即して参照する。

最高裁平成16年7月12日第一小法廷決定(平成15年(あ)第1815号,刑集58巻5号333頁)の詳細及び全文。
おとり捜査を任意捜査として許容した出題前の判例として参照する。

最高裁平成17年9月27日第二小法廷決定(平成17年(あ)第684号,刑集59巻7号753頁)の詳細及び全文。
被害・犯行の再現状況を記録した実況見分調書等の証拠能力に関する出題後の判断として参照する。

最高裁平成19年9月18日第三小法廷判決(平成17年(あ)第1819号,刑集61巻6号601頁)の詳細及び全文。
公共の場所における集会の規制と限定解釈に関する出題後の判断として参照する。

3 裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)

本記事では,裁判所ウェブサイト未掲載の裁判例を引用していない。

4 公文書

法務省「平成17年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題」:問題PDF。

法務省「平成17年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨」:出題趣旨PDF。

法務省「論文式試験問題・出題趣旨」(旧司法試験):掲載ページ。