第1 ゲリマンダリングと一票の格差は同じ問題ではない
ゲリマンダリングとは,特定の政党や集団に有利となるよう選挙区の境界を操作する問題をいう。
選挙区ごとの人口をそろえても,どの地域・有権者を同じ選挙区にまとめるかによって,得票と議席の関係が変わることがある。
一票の格差が主に議員1人当たりの人口や選挙人数の不均衡を問題とするのに対し,ゲリマンダリングでは境界の引き方とその目的・効果が問題となる。
ただし,両者は完全に無関係な分類ではなく,一つの区割りについて複数の問題が生じることもある。
米国の判例を読む際は,党派的な区割り,人種を理由とする区割り,人口の不均衡を区別する必要がある。
本記事の確認基準日は2026年11月3日である。
第2 人口をそろえても議席は変わり得る
1 集中させる方法と分散させる方法
相手方の支持者を少数の選挙区へ集中させれば,その選挙区では相手方が大勝する一方,他の選挙区では議席を得にくくなる。
相手方の支持者を複数の選挙区へ分散させ,どの選挙区でも多数になれないようにする方法もある。
前者はpacking,後者はcrackingと呼ばれる。
2 同じ300人から異なる議席配分が生じる例
次の表は本記事の説明用に作成した仮定例であり,実在する州の選挙又は区割りを再現したものではない。
全員が投票して各自の支持政党に投票し,各選挙区は100人で1議席,A党支持者180人,B党支持者120人と仮定する。
地理的な連続性や実際の区割り要件を満たすことまで示す例ではない。
| 分け方 | 第1区のA/B | 第2区のA/B | 第3区のA/B | 議席数 |
|---|---|---|---|---|
| 例X | 60/40 | 60/40 | 60/40 | A3,B0 |
| 例Y | 100/0 | 40/60 | 40/60 | A1,B2 |
両方とも各区100人であり,A党・B党の総人数も同じである。
それでも,小選挙区で各区の最多得票者が1議席を得る仕組みでは,A党の議席が3から1へ変わる。
この計算は人口の均等と議席配分が別の問題であることを示すが,具体的な地図の違法性を判定する基準そのものではない。
第3 Rucho判決は何を判断したのか
1 党派的な区割りに関する連邦憲法上の請求
米連邦最高裁のRucho v. Common Cause判決(2019年6月27日)は,党派的ゲリマンダリングに関する請求を,連邦裁判所が判断できない政治問題とした。
連邦裁判所が,どこから党派的な影響が過大になるかを判断するための司法上運用可能な基準がないことが,その理由となった。
これは,問題とされた党派的な区割りを望ましいと評価したことや,あらゆる区割りを適法と認定したことを意味しない。
判決は,人口の不均衡や人種差別に関する請求とは区別している。
2 州法・州憲法による統制まで否定したものではない
Rucho判決は,州憲法や州法が州裁判所の適用する基準となり得ることにも言及する。
連邦裁判所がこの種類の請求を判断しないことと,州の制度を含めて是正の方法がないことは異なる。
どの州でどの救済が利用できるかは,その州の憲法,法律及び判例を確認しなければならない。
第4 Moore判決とCallais判決を併せて読む
1 州議会は州憲法から自由ではない
Moore v. Harper判決(2023年6月27日)は,連邦議会選挙のルールを定める州議会について,州憲法に基づく通常の司法審査から独立した権限を持つとはしなかった。
他方で,州裁判所が通常の司法審査の限界を超えていないかについて,連邦裁判所による検討の余地も残す。
したがって,州裁判所が連邦議会選挙の規律について無制限に審査できるとした判決でもない。
2 2026年のCallais判決は人種と投票権法を扱う
Louisiana v. Callais判決(2026年4月29日)は,ルイジアナ州の区割りSB8を人種的ゲリマンダリングとして違憲とした判断を維持した。
投票権法第2条は同州に黒人の投票年齢人口が過半数を占める選挙区を追加することを要求しておらず,SB8で人種を用いたことを正当化するやむにやまれぬ利益がなかったと判断したものである。
判決は,適切に解釈された同条の遵守がそのような利益となり得ること自体は認めつつ,同条の解釈とGinglesの判断枠組みを見直している。
Rucho判決の党派的な区割りの問題と,同じ結論で一括することはできない。
また,人種に関する事情を考慮するすべての区割りが当然に違憲になると説明するのも正確ではない。
この判決の各州の地図への適用や,特定の選挙に実際に使用される地図は,その後の裁判・州の手続まで確認する必要がある。
本記事は,全国で特定政党の議席が何議席増減するかを認定するものではない。
第5 日本の一票の格差との比較で注意すること
1 最大較差の数字と境界の操作を区別する
日本の一票の格差では,議員1人当たりの人口又は選挙人数を比較する。
「人口」と「選挙人数」は同じではなく,基準日や対象となる選挙をそろえなければ倍率は比較できない。
詳しくは,一票の格差の意味と最高裁判例一覧を参照されたい。
最高裁大法廷平成23年3月23日判決(平成22年(行ツ)第129号,集民236号249頁)は,平成21年衆議院議員総選挙当時の1人別枠方式等による投票価値の不均衡を,憲法の要求に反する状態とした。
ただし,憲法上要求される合理的期間内の是正がされなかったとはいえず,区割規定が憲法に違反するとまではしていない。
根拠は,裁判所公開の判決原文である。
2 区割りの変更を直ちにゲリマンダリングと決めつけない
人口変動や較差の是正に対応するためにも,選挙区の境界は見直される。
境界が変更されたことだけで,特定政党を不当に優遇したと認定することはできない。
問題を検討するには,採用された基準,対象人口,地図及び改定の経過を確かめる必要がある。
日本の制度改正は,一票の格差是正に関する改正法等の一覧で整理している。
米国判例の結論を,そのまま日本の選挙の有効・無効の判断へ置き換えることもできない。
第6 区割りに関する報道の確認方法
区割りのニュースでは,案が提出された段階,州で成立した段階,裁判所が使用を差し止めた段階,実際の選挙に用いられる段階を分ける必要がある。
「有利になる議席数」は,過去の得票や将来の投票行動を仮定した推計である場合があり,確定した当選議席数とは異なる。
人口の均等,党派的な偏り,人種に関する法的問題及び裁判所の管轄を別々に確認すれば,「区割りだからすべて違法」「最高裁がすべて合法化した」という誤読を避けられる。
中間選挙で議会の構成が変わることの意味は,上下両院の権限と大統領への影響で説明している。