第1 日米地位協定と空域の関係をどう読むか
1 横田空域は米国の領空ではない
日米地位協定と空域の関係を理解するには,日本の領空であること,米軍が航空交通管制を行うこと,訓練のために空域を使用することを区別する必要がある。
横田空域とは,横田飛行場において米軍が進入管制業務を行っている空域を指す。令和6年5月20日の国会答弁では,米軍の排他的使用が認められるものとして提供された空域ではなく,その「返還」は進入管制業務の日本側への移管を意味すると説明されている。
したがって,横田空域をそのまま米国領土又は米国の領空と説明するのは適切でない。他方,日本の領空であることだけから,日本側が現在すべての管制を担当しているともいえない。
2 管制空域,訓練空域,飛行禁止区域を分ける
| 用語 | 主に問題になること | 読む際の注意点 |
|---|---|---|
| 横田空域・進入管制 | 航空機の安全な離着陸や飛行のため,誰が管制業務を担当するか | 米軍が管制することと,米軍だけが飛行できることは同じではない |
| 米軍が使用する訓練空域 | 訓練に用いる空域の範囲,時間,使用条件や他の航空交通との調整 | 個別の指定・合意を確認する。横田空域全体を訓練専用区域と扱わない |
| 基地周辺の小型無人機等の飛行禁止区域 | 指定された施設と周辺地域で,どの機器の飛行が禁止されるか | 横田空域全体の管制の話と,指定施設周辺の飛行禁止の話を混同しない |
令和8年6月16日の国会答弁でも,横田空域の定義,航空法の適用,米軍に排他的使用を認めた空域ではないことが,それぞれ説明されている。本記事は,協定本文,公表された管制合意,国内法及び国会答弁に基づき,これらの法的な区別を扱う。
第2 空域に関係する日米地位協定の条文
1 2条・3条―施設の使用と近傍の措置
協定2条は,施設及び区域の使用と,個々の施設・区域に関する両政府の合意を定める。3条1項は,施設・区域内の設定,運営,警護及び管理のための措置と,その近傍の土地,領水及び空間における措置を扱う。
近傍の空間について日本政府が執る措置には,米軍の要請,合同委員会を通じた両政府間の協議,関係法令の範囲内という条件がある。米側の近傍での措置にも,合同委員会を通じた協議が規定されている。
さらに,3条2項は,同条1項の措置によって航海,航空,通信又は陸上交通を不必要に妨げない旨を定める。3条だけを取り出し,日本のすべての空域について米軍が無条件の排他的管理権を持つと説明することはできない。
2 5条・6条―航空機の移動と管制体系の協調
協定5条は,公の目的で運航される一定の船舶・航空機の出入及び施設・区域間等の移動を扱う。これに対し,6条1項は,非軍用・軍用の航空交通管理及び通信の体系の協調・整合と,そのための手続を両政府の当局間の取極で定めることを規定する。
つまり,航空機が移動できることと,どの当局がどの範囲の管制を行うかは別の問題である。横田空域の管制を調べる場合は,6条本文に加え,航空交通管制に関する合同委員会合意を読む必要がある。
各条の位置付けは,日米地位協定の全28条の内容一覧で確認できる。
第3 米軍が管制する根拠と昭和50年の合意
1 公表されている航空交通管制合意
外務省が公表する昭和50年5月の航空交通管制合意の概要は,日本政府が,米側の使用を認めた飛行場とその周辺で,米国政府が引き続き管制業務を行うことを認めると説明する。
そのほか,管制の方式・最低安全基準を少なくともICAO基準と同等にすること,管制業務が必要でなくなった場合に事前通報の上で廃止すること,軍用機のため空域の一時的留保が必要な場合に日本側が調整できる時間的余裕をもって要請すること等を定める。
同概要では,昭和27年6月及び昭和34年6月の航空交通管制合意は失効するとされている。古い合意の一部を引用する際は,昭和50年の改正と,その後の個別の管制手続・移管合意との関係を確認しなければならない。
2 国内法の条文と政府の説明を区別する
令和8年6月16日の参議院内閣委員会で,外務省の政府参考人は,横田空域を含め,米側の使用を許可した飛行場及び近傍の空域における管制の根拠として,昭和50年の合同委員会合意を挙げている。
同日の国土交通省の政府参考人は,米軍の航空管制業務について,航空法及び航空法特例法にはその根拠となる規定がないと答弁している。
この二つの答弁は,政府が挙げる日米間の合意と,国内法に直接の授権規定があるかという問いを分けて読む必要がある。後者だけを取り出して,管制合意の法的有効性に関する裁判所の判断があったと扱うことはできない。
合同委員会合意の位置付けと公表資料の探し方は,日米合同委員会の構成・権限・合意の公開で説明している。
第4 日本の民間航空機は横田空域を飛べないのか
横田空域について「日本の飛行機は一切入れない」と説明するのは正確でない。国土交通省の公表資料には,米側との調整による民間航空機の通過や飛行経路の変更が示されている。
例えば,平成18年7月の発表は,横田空域の一部を米側が必要としないとき,羽田から北部九州方面等への出発機が従来より低い高度で通過する暫定運用を説明する。平成31年2月1日の国土交通大臣会見では,羽田新経路の横田空域通過について,同年1月29日に米側と基本合意したことが説明されている。
これらは民間機の通過を調整する仕組みがあることを示す資料であり,あらゆる航空機が,あらゆる時刻・高度・経路で自由に通過できることを示すものではない。
範囲と高度を示す図を読む際も,作成日,水平の範囲,高度による違い及びその後の変更を確認する必要がある。過去の説明図をそのまま現在の飛行可否の判断に使うことはできない。
第5 横田空域の一部返還と全面返還の意味
1 平成20年の一部返還と羽田の経路変更
国土交通省は,平成18年10月27日,横田空域の削減範囲と自衛隊管制官の横田ラプコン併置について,民間航空分科委員会の結論が合同委員会で承認され,両政府間で合意されたと発表した。
平成20年7月1日の発表は,同年9月25日の一部返還に伴い,羽田空港から西方面への出発経路を改編すると説明する。令和6年の国会答弁でも,平成20年9月の一部返還に伴う飛行時間短縮等の効果が説明されている。
ここでの空域の返還と,横田基地の土地・施設の返還,又は横田飛行場の軍民共用化は別の問題である。
2 全面返還をめぐる政府の方針
令和6年5月20日の国土交通大臣答弁は,横田空域の全面返還とは,日本側が当該空域を一元的に管制できるようにすることを意味すると説明する。令和7年5月21日の国会答弁でも,関係省庁と協力して米側との調整を行う方針に変わりはないと説明されている。
これらの答弁で確認できるのは,管制業務の移管の意味と政府の方針である。全面移管が完了したこと,具体的な完了期限又は非公表の交渉内容まで確認できるものではない。
評価する際は,すでに実施された一部移管・経路変更と,全面的な一元管制を目指す方針を分ける必要がある。
第6 米軍機への航空法の適用と低空飛行
1 空域への法令適用と航空機ごとの特例
横田空域に航空法の適用があるという説明と,一定の米軍機に航空法の特例があることは両立する。どこを飛行するかだけでなく,どの航空機・行為にどの条文が適用されるかを見る必要がある。
航空法特例法1項は,一定の飛行場・航空保安施設について航空法38条1項の適用を除外する。2項は,地位協定5条1項等の対象となる一定の航空機と関係者について,個別に列挙した規定の適用を除外する。
さらに3項は,2項の航空機と運航に従事する者について,航空法第6章の規定を,政令で定めるものを除いて適用しないとする。特例法施行令が適用の残る規定として定めるのは,航空法96条から98条までである。
2 最低安全高度の適用除外と管制の遵守は別である
航空法81条の最低安全高度の規定は第6章にある一方,特例法施行令が挙げる96条から98条までには含まれない。このため,特例法3項の対象となる航空機等には,81条の適用が除外される。
しかし,航空交通管制等に関する96条から98条までの規定については,特例法3項による除外から外されている。「米軍機には航空法がすべて適用されない」と一括して説明することも適切でない。
また,国内法の適用除外があることと,安全面で何の制約もないことは同じではない。管制合意の安全基準,個別の飛行に関する合意及び実際の運用は,それぞれ別に確認する必要がある。
第7 騒音訴訟・ドローン規制との違い
横田空域を誰が管制するかという問題だけで,騒音被害に対する差止めや損害賠償の可否は決まらない。騒音訴訟では,米軍機と自衛隊機,国と米国のどちらを被告とするか,差止めと損害賠償のどちらを求めるかを区別する必要がある。判例は,米軍基地騒音訴訟の判例で整理している。
基地周辺でドローンを飛ばす場合も,米軍が進入管制を行う空域かという問いだけでは足りない。小型無人機等飛行禁止法による対象施設・周辺地域の指定と,航空法上の無人航空機の飛行規制を別に確認する。横田空域全体を,指定施設周辺の飛行禁止区域と同一視しないことが必要である。
関係する制度は,小型無人機等飛行禁止法及び日本の空港及び航空路線も参照されたい。
第8 よくある疑問
1 横田空域は日米地位協定の何条に関係するか
管制体系の協調と手続については6条が関係し,具体的な管制には合同委員会合意等を読む必要がある。施設の使用,近傍の措置,航空機の出入・移動については2条,3条及び5条も関係する。「横田空域」という名称や現在の境界を,6条本文が直接定めているわけではない。
2 横田空域を返還するには地位協定の改定が必須か
平成20年の一部返還・経路変更は,合同委員会の枠組みでの合意により進められた例である。したがって,管制の変更は必ず協定本文の改定を経なければならない,とはいえない。他方,過去に一部返還が行われたことから,全面移管についても同じ条件で直ちに実現できると結論付けることはできない。
本文の改定,補足協定及び個別の運用改善の違いは,日米地位協定の問題点と改定論で説明している。
第9 出典
1 協定・合意・国内法
① 外務省「日米地位協定及び関連情報」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/kyoutei/)。協定2条,3条,5条及び6条の本文と,6条に関連する合意の索引を参照した。
② 外務省「航空交通管制(改正)」概要(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000516050.pdf),昭和50年5月合意・同年6月公表,1頁全文。管制の継続,安全基準,一時的留保及び旧合意の失効を参照した。公表された概要であり,個別の管制手続の全文としては扱っていない。
③ e-Gov法令検索「航空法特例法」(https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC0000000232),昭和27年法律第232号,1項~3項。同施行令(https://laws.e-gov.go.jp/law/334CO0000000334),昭和34年政令第334号,本文。航空法(https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC0000000231),81条及び96条~98条。現行の適用除外とその例外の説明に使用した。
2 管制移管・通過に関する国土交通省資料
① 「横田空域の有効活用について」(https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/12/120721_.html),平成18年7月21日。本文の暫定運用の説明を参照した。
② 「横田空域に係る第66回民間航空分科委員会の結果について」(https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/12/121027_2_.html),平成18年10月27日。本文の合意事項を参照した。
③ 「横田空域の一部削減に伴う羽田空港の出発経路の設定について」(https://www.mlit.go.jp/report/press/cab13_hh_000003.html),平成20年7月1日。本文の実施予定日と経路変更の説明を参照した。
④ 「石井大臣会見要旨」(https://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin190201.html),平成31年2月1日。羽田新経路の横田空域通過に関する質疑を参照した。
3 国会答弁
① 衆議院決算行政監視委員会・令和6年5月20日(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/005821320240520003.htm)。谷田川元委員の横田空域に関する質疑中の,上川外務大臣,斉藤国土交通大臣及び木原防衛大臣の答弁を参照した。
② 衆議院国土交通委員会・令和7年5月21日(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009921720250521016.htm)。横田空域の一元管制に関する,石崎政府参考人及び中野国土交通大臣の答弁を参照した。
③ 参議院内閣委員会・令和8年6月16日(https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?current=-1&minId=122114889X01620260616)。発言129~137を参照した。政府答弁と質問者の評価を分け,管制の根拠や法令適用についての政府の説明として扱っている。