第1 送金と課税原因を分ける
海外から日本へ,又は日本から海外へ送金したという事実だけで,送金額の全額に所得税又は贈与税が課されるわけではない。
確認すべきなのは,誰の財産を,何の原因で,誰に移したかである。過去に形成した自己資金の移動,給与や配当の受領,親族への贈与及び貸付金の返済では,課税の対象と確認資料が異なる。
本記事は個人の送金を対象に,日本の税金と財産報告の確認順序を説明する。法人の取引,外国の送金規制及び各国の課税は,別に検討する必要がある。
1 自己資金の移動
本人が実質的に所有する海外預金を本人の国内口座へ移しただけであれば,その移動そのものによって新たな所得を得たとはいえない。
ただし,送金元の預金が未申告の給与,配当又は資産売却代金から形成されていた場合は,その所得が生じた年の申告を確認する。外貨の円転等による為替差損益の判定も,預金元本の移動とは別問題である。
口座名義が同じことだけで結論を出さず,実際の資金拠出者と帰属も確認すべきである。
2 所得の受領,贈与,貸付返済
給与,配当,事業収入又は資産売却代金を送金で受け取った場合には,送金という形式ではなく,その所得の種類,発生時期及び日本の課税範囲を確認する。
親族から返還義務のない資金を受け取る場合は贈与税の検討が必要となり得る。他方,実際に存在する貸付金の元本返済は,元本部分と利息部分を分けて扱う。
親族間で「貸付け」と説明していても,返済能力や返済の実態がなければ,税務上は贈与として扱われる場合がある。国税庁は,無利子貸付けによる利益や,「ある時払いの催促なし」といった貸付けにも注意を求めている。
送金後に借用書だけを作るのではなく,当初の合意,返済計画,返済履歴及び資金使途を保存することが重要である。民事上の返還請求と消滅時効については,返済期限を決めていない貸金・親族間の貸付けの消滅時効はいつから進行するかも参照されたい。
第2 居住者・非居住者と非永住者
1 国籍や滞在日数だけで決めない
所得税法2条・7条は,居住者,非永住者及び非居住者に応じて課税範囲を定めている。居住者は,国内に住所を有し,又は現在まで引き続き1年以上居所を有する個人である。
住所は生活の本拠として事実関係から判断する。日本国籍があること,住民票を残したこと,又は一年の滞在日数の一つだけで判定を終えてはならない。二国に居住者とされる場合には,適用される租税条約も確認する。
非永住者は,居住者のうち,日本国籍を有せず,過去10年以内に国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人をいう。「永住者」という在留資格の有無だけで決まる区分ではない。
2 非永住者の国外所得と送金
非永住者については,国外源泉所得以外の所得のほか,国外源泉所得のうち国内で支払われ,又は国外から送金されたものが課税範囲に入る。
このため,「昔の貯金を送ったから常に非課税」とは限らない。国外源泉所得がある年の送金については,所得税法施行令17条の送金に関する計算も確認する必要がある。
所得の発生年,国内外の支払場所,送金額及び預金の形成過程を整理し,非永住者以外の居住者と同じ説明で処理しないことが重要である。
第3 金融機関の国外送金等調書と本人の申告
国外送金等調書法4条と同法施行令8条は,金融機関等が提出する国外送金等調書を定めている。送金又は受領の金額が100万円を超える場合が基準となる。
これは金融機関側の報告制度であり,100万円を超えたこと自体を理由に所得税又は贈与税が発生する制度ではない。反対に,100万円以下であれば,本来課税される給与,配当又は贈与について申告不要となるわけでもない。
本人の確定申告,贈与税申告及び財産報告の要否は,それぞれの要件で判定する必要がある。
金融機関から求められる本人確認,送金目的及び資金の出所の確認には,送金の実態を説明できる資料を用意する。金融機関が送金を受け付けたことも,税務申告が適正であることの証明にはならない。
第4 国外財産調書と財産債務調書
1 国外財産調書の金額・時点・期限
国外財産調書は,その年の12月31日に合計額5000万円を超える国外財産を有する居住者が提出する。ただし,非永住者は対象から除かれる。提出期限は翌年6月30日である。
送金額の累計ではなく,年末時点の国外財産を判定する。財産の評価,外貨換算及び所在の判定は,国税庁の手引きに沿って確認する必要がある。
相続又は遺贈により取得した国外財産については,相続開始年分の調書の提出義務を判定する際に,その相続国外財産を含めないことができる特例がある。恒久的に報告不要となる制度ではなく,翌年以降の年末保有状況は改めて確認する。
2 外国株式の所在地を税目間で流用しない
相続税法10条では,株式等の所在地は発行法人の本店又は主たる事務所の所在地によって判定する。
一方,国外財産調書では,国外送金等調書法施行令10条2項により,金融商品取引業者等の営業所等に開設した口座で管理される一定の有価証券等は,その口座のある営業所等の所在地で判定する。
したがって,日本の証券会社の国内営業所の口座で管理される外国株式を,発行法人が外国にあるという理由だけで国外財産調書の対象にしてはならない。逆に,海外営業所や外国金融機関の口座は,口座契約と管理場所を確認する必要がある。
3 財産債務調書は別の制度
財産債務調書には,所得金額の合計が2000万円を超え,かつ年末の財産価額の合計が3億円以上又は国外転出時課税の対象資産の価額の合計が1億円以上である場合等の提出要件がある。
また,年末に財産価額の合計10億円以上を有する居住者については,所得金額の要件によらない提出義務がある。具体的な対象者,財産の重複記載の扱い及び期限は,国税庁No.7457で確認する。
国外財産調書を提出したことだけで,財産債務調書の検討を終えてはならない。
第5 CRSと税務署からの照会
CRSは,非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動交換するための共通報告基準である。口座名義人の居住地国等の情報を確認する制度であり,本人の申告義務を代わりに履行する仕組みではない。
情報交換の対象かどうかと,日本での課税対象かどうかは分けて考える必要がある。CRSから外れる財産であっても,日本で申告が必要な場合がある。
税務署からの「お尋ね」には,照会対象の年,取引,金額,求められる資料及び回答期限を確認する。送金日だけを並べるのではなく,資金の形成から移動までを通して説明できるようにする。
誤りが見つかった場合の修正申告と加算税は,行政指導,調査通知及び更正の予知の前後を分けて検討する。具体的には,修正申告と加算税―行政指導,調査通知及び更正予知の前後で何が変わるかで説明している。
第6 相談時にそろえる資料
本人と送金相手の国籍,住所履歴,在留資格及び家族関係を整理し,対象年ごとの居住者区分を確認する。
その上で,送金元・送金先の口座明細,資金の出所を示す給与・配当・売却の資料,贈与契約又は貸付契約,返済履歴,国内外の申告書及び外国税の納付資料をそろえる。
年末の財産一覧は,口座ごとに管理営業所,名義,実質的帰属,通貨,残高及び評価日を記載する。
弁護士が契約・帰属・相続関係を検討し,税理士が課税範囲・申告・報告を検討する場合も,同じ資金の経緯と期限表を共有することが有用である。送金額だけを見た判断を避け,未確認の事実を早期に特定するためである。
第7 根拠資料
本稿は令和8年10月10日に確認した日本の法令及び国税庁の公表資料に基づく。制度の一般的な確認順序を説明するものであり,特定の国・地域の課税又は個別の送金について結論を示すものではない。
– 所得税法2条・7条
– 所得税法施行令17条
– 国外送金等調書法4条・5条・6条
– 国外送金等調書法施行令8条・10条
– 国税庁No.2010 納税義務者となる個人
– 国税庁No.4420 親から金銭を借りた場合
– 国税庁No.7456 国外財産調書の提出義務
– 国税庁No.7457 財産債務調書の提出義務
– 国税庁 共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換