第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,粉じんや有害物質へのばく露,ウイルス感染等の加害行為から長い期間を経て病気が現れる場合に,損害賠償請求権の期間制限(改正前民法724条後段の20年の除斥期間,現行民法724条2号の20年の消滅時効及び3年・5年・10年の消滅時効)がいつから進行するかを,最高裁判所の判例に即して整理するものである。
対象は,じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿関連疾患である。
あわせて,B型肝炎と石綿について,訴訟とは別に国が給付金等を支給する特別法の請求期限を,現行条文で確認できた範囲で紹介する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行条文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。
不法行為の消滅時効の一般論は不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義,改正前民法724条後段の除斥期間の性質と最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決は改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程,安全配慮義務違反の構成は安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点で扱う。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。
2 結論
改正前民法724条後段の20年の除斥期間は,「不法行為の時」から進行するのが原則であるが,身体に蓄積する物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,その損害の全部又は一部が発生した時から進行する(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決)。
この考え方により,じん肺では損害の発生時,B型肝炎では発症時(最高裁判所第二小法廷平成18年6月16日判決),水俣病では汚染地域から転居して遅くとも4年を経過した時(最高裁判所第二小法廷平成16年10月15日判決)が起算点とされた。
さらに,B型肝炎がいったん鎮静化した後に質的に異なる慢性肝炎を再発症した場合には,再発症の時が起算点とされている(最高裁判所第二小法廷令和3年4月26日判決)。
債務不履行(安全配慮義務違反)構成の消滅時効についても,じん肺では,じん肺法の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行し(最高裁判所第三小法廷平成6年2月22日判決),じん肺で死亡した場合の損害は死亡の時から進行する(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決・集民214号119頁)。
B型肝炎の特別措置法による給付金の請求期限は令和9年3月31日(同日までに国を相手方とする訴えの提起等をした場合は,判決確定日等から1か月を経過する日)であり,建設アスベスト給付金は石綿関連疾病の診断等から20年を経過すると請求できない。
潜伏期間のある疾病では,ばく露や感染の時期ではなく,発症・診断・行政上の決定・死亡といった損害の段階ごとの日付を医証で特定することが,期間制限の判断の出発点になる。
第2 前提となる期間制限の構造
1 改正前民法と現行民法
改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
判例は,この後段の20年を除斥期間と解してきた(最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁)。
現行民法724条は,1号で「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げ,いずれも「時効によって消滅する」とした。
人の生命又は身体を害する不法行為では,民法724条の2により1号の3年が5年となる。
どちらが適用されるかは,平成29年法律第44号附則35条1項による。
改正前民法724条後段の期間が令和2年4月1日の施行の際既に経過していた場合には,「その期間の制限については、なお従前の例による。」とされ,除斥期間として扱われる。
経過していなければ,現行民法724条2号の消滅時効が適用される。
潜伏期間のある疾病では,後記のとおり起算点が発症時等まで後ろにずれるので,加害行為が古くても,発症が平成12年4月1日以後であれば現行法の消滅時効として扱われることになる。
2 除斥期間であることの意味と令和6年大法廷判決
除斥期間は,時効と異なり原則として中断・停止(現行法の完成猶予・更新)がなく,従来の判例では当事者の援用も不要とされていた。
最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決は,除斥期間という性質は維持したうえで,除斥期間の経過による請求権の消滅を判断するには当事者の主張を要し,除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されない場合があるとして,判例を変更した。
同判決の射程は前記の大法廷判決の記事で扱うが,潜伏期間のある疾病の事件でも,起算点の主張と並んで,除斥期間の主張の制限を主張する余地が生じたことになる。
3 債務不履行構成
雇用主の安全配慮義務違反によるじん肺のように,契約関係を基礎とする場合には,債務不履行構成による損害賠償請求も可能である。
改正前民法では,その消滅時効期間は10年(改正前民法167条1項)であり,起算点は「権利を行使することができる時」(改正前民法166条1項)であった。
現行法では,民法166条1項により,権利を行使することができることを知った時から5年又は権利を行使することができる時から10年であり,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については,民法167条により10年が20年に読み替えられる。
第3 じん肺
1 不法行為構成と除斥期間の起算点
(1) 平成16年4月27日判決(民集登載)
最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号,民集58巻4号1032頁)は,炭鉱で粉じん作業に従事してじん肺にかかった労働者らが,国に対し,通商産業大臣が鉱山保安法上の規制権限を行使しなかったことを理由に国家賠償を求めた事件である。
最高裁は,規制権限の不行使を国家賠償法1条1項の適用上違法としたうえで,除斥期間の起算点について判断した。
同判決は,民法724条後段の除斥期間の起算点は「不法行為ノ時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時が起算点になるとした。
しかし,「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」と判示した。
理由として,このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは被害者にとって著しく酷であり,加害者としても,自己の行為により生じ得る損害の性質からみて,相当の期間が経過した後に被害者が現れて損害賠償の請求を受けることを予期すべきであることを挙げている。
(2) じん肺への当てはめ
同判決は,じん肺は,肺胞内に取り込まれた粉じんが長期間にわたり線維増殖性変化を進行させ,じん肺結節等の病変を生じさせるものであって,粉じんへのばく露が終わった後,相当長期間経過後に発症することも少なくないとした。
そのうえで,じん肺被害を理由とする損害賠償請求権については,その損害発生の時が除斥期間の起算点となるとした原審の判断を是認した。
この判示は,後のB型肝炎・水俣病の判決で繰り返し引用され,潜伏期間のある疾病一般の起算点の基準となっている。
2 安全配慮義務違反構成と消滅時効の起算点
(1) 最終の行政上の決定の時
最高裁判所第三小法廷平成6年2月22日判決(平成元年(オ)第1667号,民集48巻2号441頁)は,雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効(改正前民法167条1項の10年)について,じん肺法所定の管理区分についての「最終の行政上の決定を受けた時から進行する」と判示した。
同判決は,じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したといえるとしつつ,じん肺は肺内に粉じんが存在する限り進行する特異な進行性の疾患であり,進行の有無,程度及び速度が患者によって多様であることから,より重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が最初の決定の時点で発生していたとみることはできないとした。
最初の行政上の決定の時から時効が進行するとした原審の判断は,破棄された。
(2) じん肺による死亡の損害
最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1759号,集民214号119頁)は,前記の民集登載の判決と同じ日に言い渡された,炭鉱の経営会社に対する安全配慮義務違反の損害賠償請求事件である。
同判決は,平成6年判決を引用しつつ,「じん肺によって死亡した場合の損害については,死亡の時から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。」と判示した。
理由は,管理区分の決定を受けていても,その後じん肺を原因として死亡するか否か,その蓋然性は医学的にみて不明であり,その損害は管理二から四に相当する病状に基づく各損害とは質的に異なるからである。
同判決はさらに,管理二の決定から10年以上を経過して死亡した元従業員について,管理二に相当する病状に基づく損害賠償請求権の消滅時効が完成しているとしても,死亡それ自体に係る損害として慰謝料額を定める場合には,その額から時効に係る損害額を控除しなければならないものではないとした。
安全配慮義務構成の詳細は,前記の安全配慮義務の記事で扱う。
第4 B型肝炎
1 平成18年判決(発症時)
最高裁判所第二小法廷平成18年6月16日判決(平成16年(受)第672号・第673号,民集60巻5号1997頁)は,乳幼児期に受けた集団予防接種等の際の注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに感染したと主張する原告らが,国に損害賠償を求めた事件である。
最高裁は,集団予防接種等と感染との因果関係を肯定したうえで,除斥期間について,平成16年4月27日判決と同じ定式を示し,B型肝炎を発症したことによる損害は,その損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから,「除斥期間の起算点は,加害行為(本件集団予防接種等)の時ではなく,損害の発生(B型肝炎の発症)の時というべきである」とした。
原審は,最後の集団予防接種の時を除斥期間の始期とし,昭和33年3月又は昭和42年10月に接種を受けた原告らについて,平成元年6月30日の訴え提起時には除斥期間が経過していたとしていた。
最高裁は,これらの原告がB型肝炎と診断されたのが昭和59年8月頃及び昭和61年10月であることから,訴え提起時にはいずれも除斥期間が経過していなかったことが明らかであるとして,原判決を変更し請求を一部認容した。
2 令和3年判決(再発症時)
最高裁判所第二小法廷令和3年4月26日判決(令和元年(受)第1287号,民集75巻4号1157頁)は,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,抗ウイルス治療により鎮静化した後に,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した患者らについて,除斥期間の起算点を判断したものである。
事案では,一方の患者はHBe抗原陽性慢性肝炎を昭和62年12月に,HBe抗原陰性慢性肝炎を平成19年12月頃に発症して平成20年7月30日に提訴し,他方の患者は平成3年1月と平成16年3月頃以降にそれぞれ発症して平成24年2月29日に提訴していた。
原審は,陰性慢性肝炎は陽性慢性肝炎と質的に異なるものではないとして,最初の発症時から除斥期間を計算し,請求を棄却していた。
最高裁は,B型肝炎ウイルス持続感染者の多くはセロコンバージョン(HBe抗原陽性から陰性への転換)により肝炎が鎮静化して非活動性キャリアとなり長期予後が良好になること,それにもかかわらず長期間の経過後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症する症例が10~20%存在し,その場合には線維化進展例が多く自然に寛解する可能性が低いこと,どのような場合に発症するかは現在の医学では解明されていないことなどを踏まえた。
そのうえで,陽性慢性肝炎を発症したことによる損害と,陰性慢性肝炎を発症したことによる損害とは「質的に異なるもの」であって,後者の損害は陰性慢性肝炎の発症の時に発生したものであるとし,その時が除斥期間の起算点となると判示して,原判決を破棄し差し戻した。
同判決には三浦守裁判官の補足意見があり,後記の特別措置法が慢性B型肝炎について発症から20年を経過した後の訴えの提起等に係る者の給付金額を区分していることに触れ,陰性慢性肝炎の発症から20年を経過する前に訴えの提起をした者は,同法6条1項6号の区分に当たることになるとの見方を示している。
じん肺の死亡に関する平成16年判決(集民214号119頁)と令和3年判決は,いずれも,同じ疾病の経過の中でも損害が「質的に異なる」段階に進んだときに,その段階の損害について新たに期間が進行すると判断した点で共通している。
3 特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法
集団予防接種等によるB型肝炎ウイルス感染被害については,平成23年に特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法(平成23年法律第126号)が制定され,国を相手方とする訴えの提起又は和解・調停の申立て(同法2条4項の「訴えの提起等」)を経て和解等が成立した者に,社会保険診療報酬支払基金が給付金を支給する枠組みが設けられた。
給付金の請求期限について,同法5条は,「令和九年三月三十一日又は訴えの提起等を同日以前にした場合における当該訴えに係る判決が確定した日若しくは当該和解若しくは調停が成立した日(以下『判決確定日等』という。)から起算して一月を経過する日のいずれか遅い日までに行わなければならない。」と定める。
したがって,令和8年9月19日の時点では,令和9年3月31日までに国を相手方とする訴えの提起等をしておくことが,給付金を受けるための実際上の期限となる。
給付金の額を定める同法6条1項は,死亡,肝がん,肝硬変及び慢性B型肝炎の各区分について,死亡又は発症の時から「二十年を経過した後にされた訴えの提起等に係る者」を別の区分とし,低い額を定めている。
これは,前記の補足意見のとおり,除斥期間を前提とする区分と理解されている。
また,給付金の支給を受けた後に病態が進行した場合の追加給付金の請求は,新たな区分に該当するに至ったことを知った日から5年以内に行わなければならない(同法10条)。
第5 水俣病
最高裁判所第二小法廷平成16年10月15日判決(平成13年(オ)第1194号ほか,民集58巻7号1802頁)は,水俣病の患者らが,国及び熊本県に対し,水質二法及び県漁業調整規則に基づく規制権限の不行使を理由に国家賠償を求めた事件である。
最高裁は,国及び県の規制権限の不行使を国家賠償法1条1項の適用上違法としたうえで,国家賠償法4条・民法724条後段の除斥期間について判断した。
同判決は,じん肺の平成16年4月27日判決と同旨の一般論を示したうえで,本件の患者それぞれが水俣湾周辺地域から他の地域へ転居した時点が各自についての加害行為の終了した時であるが,水俣病患者の中には潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること,遅発性水俣病の患者においては水俣湾又はその周辺海域の魚介類の摂取を中止してから4年以内に水俣病の症状が客観的に現れることなどの事実関係の下では,「上記転居から遅くとも4年を経過した時点が本件における除斥期間の起算点となる」とした原審の判断を是認した。
この判決は,損害発生時を個々の患者ごとに厳密に特定できない場合に,医学的知見に基づいて起算点を合理的に画定した例である。
発症時期を直接証明できない事件では,このように,ばく露の終了時期と医学的に認められる潜伏期間の上限とを組み合わせて起算点を主張することが考えられる。
第6 石綿関連疾患
1 最高裁判例の状況
石綿(アスベスト)による健康被害については,石綿製品の製造等を行う工場の労働者らに関する最高裁判所第一小法廷平成26年10月9日判決(平成23年(受)第2455号)及び建設作業従事者らに関する最高裁判所第一小法廷令和3年5月17日判決(平成30年(受)第1447号,民集75巻5号1359頁)等がある。
もっとも,本記事の調査で裁判所ウェブサイトから全文を取得したこれら6件(平成26年10月9日の2件,令和3年5月17日の4件)には,除斥期間又は消滅時効についての判断は見当たらなかった。
石綿関連疾患の期間制限は,これらの判決ではなく,前記の平成16年4月27日判決の一般論(損害の全部又は一部が発生した時が起算点)と,後記の特別法によって規律されることになる。
2 潜伏期間に関する医学的知見
石綿関連疾患は潜伏期間が特に長い。
医学的知見に照らせば,石綿被害の救済制度で認定された患者を対象とした海外の疫学研究において,初回ばく露から診断までの平均潜伏期間は,悪性中皮腫で約34年,石綿関連肺がんで約40年と報告されており,初回ばく露時の年齢が若いほど潜伏期間が長くなる傾向も示されている。
このため,昭和期のばく露による疾病が令和の時代になって診断されることは珍しくなく,除斥期間又は20年の消滅時効の起算点を,ばく露時ではなく診断等の損害発生時として主張することが重要になる。
3 石綿による健康被害の救済に関する法律
石綿による健康被害の救済に関する法律(平成18年法律第4号)は,指定疾病(中皮腫,肺がん等)にかかった者等に対する医療費,療養手当,葬祭料,特別遺族弔慰金等の救済給付と,労災保険の遺族補償給付を受ける権利が時効によって消滅した遺族に対する特別遺族給付金を定めている。
同法22条2項は,特別遺族弔慰金等の支給の請求について,「施行前死亡者の遺族にあっては施行日から二十六年、未申請死亡者の遺族にあっては当該未申請死亡者の死亡の時から二十五年を経過したときは、することができない。」と定める。
同法59条1項は,特別遺族給付金を,「労災保険法の規定による遺族補償給付を受ける権利が時効によって消滅したもの」に支給するとし,同条5項は,その請求を原則として施行日から26年を経過したときはすることができないとする。
労災保険の遺族補償給付の時効が完成していても,この特別遺族給付金の対象になり得ることは,時効管理の場面で見落とされやすい。
同法による救済給付のうち,緊急時等に保険医療機関等以外で医療を受けた場合等の医療費の支給の請求は請求をすることができる時から2年(同法15条4項),葬祭料の支給の請求は被認定者が死亡した時から2年(同法19条2項)を経過したときはすることができないとされている。
4 特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律
令和3年5月17日の最高裁判決の後,同年に特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律(令和3年法律第74号)が制定され,一定の期間に石綿にさらされる建設業務に従事して石綿関連疾病にかかった労働者,一人親方等に,国が給付金を支給する制度が設けられた。
同法5条2項は,給付金の支給の請求は,「石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断又は石綿肺に係るじん肺法の規定によるじん肺管理区分の決定(じん肺管理区分が管理二、管理三又は管理四と決定された者に係る決定に限る。)があった日(石綿関連疾病により死亡したときは、その死亡した日)から起算して二十年を経過したときは、することができない。」と定め,これらの日が同法の施行前である場合も同様とする。
ここでも,ばく露時ではなく,診断,管理区分の決定又は死亡の日が起算点とされている。
第7 実務上の注意点
1 損害の段階ごとの日付の特定
潜伏期間のある疾病では,①ばく露・感染の終了時,②最初の所見・診断,③行政上の決定(じん肺の管理区分等),④病状の進行(重い管理区分,再発症,がん化等),⑤死亡という段階ごとに,期間の起算点が変わり得る。
平成6年判決,平成16年判決(集民登載)及び令和3年判決が示すとおり,質的に異なる損害の段階ごとに期間が別々に進行する可能性があるから,カルテ,検査結果,管理区分の決定通知,死亡診断書等によって,各段階の日付を特定しておく必要がある。
2 適用される規定の確認
発症等の損害発生時が平成12年3月31日以前で,令和2年4月1日の時点で20年が経過していれば改正前民法724条後段の除斥期間の問題となり,大法廷令和6年7月3日判決による制限の主張を検討することになる。
損害発生時が平成12年4月1日以後であれば,現行民法724条2号の消滅時効として,援用の有無や完成猶予・更新の有無を検討することになる。
現行法の下でも,「不法行為の時」の解釈として平成16年4月27日判決の考え方が妥当すると考えられるが,改正後の条文についてこれを判示した最高裁判例は,本記事の調査の範囲では確認できなかった。
3 給付金制度の請求期限
訴訟による損害賠償請求とは別に,B型肝炎の特別措置法は令和9年3月31日までの訴えの提起等を要件とし,建設アスベスト給付金法は診断等から20年の請求期限を設けている。
これらの期限は民法の消滅時効とは別の制度上の期限であり,民法の完成猶予・更新の規定によって延ばすことは予定されていないと考えられるから,期限を過ぎないよう早期に手続をとる必要がある。
第8 関連記事
① 消滅時効に関するメモ書き
② 不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義
③ 改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程
④ 安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点
⑤ 人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方
⑥ 消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表
⑦ 建設業者の不法行為責任等―建築瑕疵,契約不適合,破産及び石綿判例
⑧ 医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効
⑨ 類型ごとの戦後補償裁判に関する代表的な最高裁判例
第9 出典・参考資料
1 法令
① 民法(明治29年法律第89号)166条,167条,724条,724条の2(e-Gov法令検索で取得した現行条文により確認)
② 民法(令和2年3月31日時点の改正前の条文)724条(e-Gov法令APIで同日時点の条文を取得して確認)
③ 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則35条
④ 特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法(平成23年法律第126号)2条,5条,6条,10条(e-Gov法令APIで令和8年5月21日施行時点の条文を取得して確認)
⑤ 石綿による健康被害の救済に関する法律(平成18年法律第4号)15条,19条,22条,59条(e-Gov法令APIで令和8年7月17日施行時点の条文を取得して確認)
⑥ 特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律(令和3年法律第74号)2条,5条(e-Gov法令APIで取得した現行条文により確認)
2 裁判例
① 最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決(昭和59年(オ)第1477号,民集43巻12号2209頁)裁判所ウェブサイト
② 最高裁判所第三小法廷平成6年2月22日判決(平成元年(オ)第1667号,民集48巻2号441頁)裁判所ウェブサイト
③ 最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号,民集58巻4号1032頁)裁判所ウェブサイト
④ 最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1759号,集民214号119頁)裁判所ウェブサイト
⑤ 最高裁判所第二小法廷平成16年10月15日判決(平成13年(オ)第1194号ほか,民集58巻7号1802頁)裁判所ウェブサイト
⑥ 最高裁判所第二小法廷平成18年6月16日判決(平成16年(受)第672号・第673号,民集60巻5号1997頁)裁判所ウェブサイト
⑦ 最高裁判所第一小法廷平成26年10月9日判決(平成23年(受)第2455号)裁判所ウェブサイト
⑧ 最高裁判所第二小法廷令和3年4月26日判決(令和元年(受)第1287号,民集75巻4号1157頁)裁判所ウェブサイト
⑨ 最高裁判所第一小法廷令和3年5月17日判決(平成30年(受)第1447号,民集75巻5号1359頁)裁判所ウェブサイト