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債務名義があっても仮差押えはできるか―保全の必要性と東京高裁平成24年11月29日決定(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,確定判決,執行証書(公正証書)等の債務名義を既に持っている債権者が,重ねて仮差押命令を申し立てることができるかを扱うものである。
調査基準日は令和8年9月17日であり,法令は同日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行条文により確認した。

仮差押えの要件,手続の流れ,担保,効力等の全体像は,仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像で扱う。
係争物に関する仮処分,仮の地位を定める仮処分及び国税滞納処分は,本記事の対象外である。

2 結論

①債務名義を持っている債権者は,遅滞なく強制執行の手続をとれば,特別の事情がない限り速やかに強制執行に着手できるのが通常であるから,原則として,仮差押えという民事保全制度を利用する権利保護の必要性は認められない(東京高裁平成24年11月29日決定)。
②もっとも,債権者が強制執行を望んでも速やかに行うことができない特別の事情があり,強制執行までの間に債務者が財産を隠匿又は処分するなどして強制執行が不能又は困難となるおそれがあるときは,権利保護の必要性が認められ,仮差押えが許される(同決定)。

③同決定は,破産管財人が承継執行文の付与を受け,承継執行文付きの公正証書を相手方に送達しなければ債権執行を申し立てられず,その送達によって強制執行の準備が相手方に知られる上,差し押さえるべき債権の弁済期限が迫っていた事案で,特別の事情を認めた。
ただし,同決定の結論は原決定の取消しと東京地方裁判所への差戻しであり,高裁自身が仮差押命令を発したものではない。

④本記事の整理としては,承継執行文や条件成就執行文の付与に時間がかかる場合,強制執行の前提となる送達によって債務者に準備が知られる場合,差し押さえるべき債権の弁済期が迫っている場合等に,特別の事情が問題となり得る。
これに対し,執行文の付与も送達も済んでいて直ちに差押えができる場合には,仮差押えの必要性は認められにくいと考えられる。

⑤不動産の強制競売が無剰余を理由に取り消される「おそれ」があるだけでは保全の必要性がないとした東京高裁平成20年4月25日決定と,強制競売が無剰余を理由に実際に取り消された後は保全の必要性があるとした名古屋高裁平成20年10月14日決定があり,高裁の結論の方向は分かれている(事案の段階は異なる)。
また,仮差押命令の後に債務名義を得て本執行をしたが無剰余で取り消された場合に,事情変更による仮差押命令の取消しができるかについても,これを否定した大阪高裁平成11年7月15日決定と,旧法下でこれを肯定した名古屋高裁金沢支部平成3年5月27日判決がある。

⑥申立書では,債務名義があることを隠さず,強制執行に直ちに着手できない具体的な理由と,その間に財産が隠匿・処分されるおそれを,証拠とともに具体的に記載する必要がある(民事保全規則13条2項)。

第2 債務名義があるだけでは強制執行を始められない

1 債務名義の種類

強制執行は,民事執行法22条各号に掲げる債務名義により行う。
主なものは,確定判決(1号),仮執行の宣言を付した判決(2号),仮執行の宣言を付した支払督促(4号),執行証書(5号),確定判決と同一の効力を有するもの(7号。和解調書・調停調書等)である。

執行証書とは,金銭の一定の額の支払等を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され,又は記録されているものである(民事執行法22条5号)。
仮執行の宣言が付されていない確定前の判決は債務名義に当たらないので,その段階の債権者が仮差押えを申し立てる場面は,本記事の問題とは異なる通常の仮差押えである。

電子化された判決・和解調書等を債務名義とする場合の事件特定情報,記録事項証明書及び執行文については,電子化された債務名義と強制執行―事件特定情報・執行文・自動車登録・特許権等登録で扱う。

2 強制執行を始めるための手順

(1) 執行文の付与

強制執行は,原則として,執行文の付された債務名義の正本(電子化されたものは記録事項証明書等)に基づいて実施する(民事執行法25条本文)。
少額訴訟の確定判決,仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決又は支払督促により,これに表示された当事者に対し,又はその者のためにする強制執行は,執行文を要しない(同条ただし書)。

執行文は,執行証書以外の債務名義については事件の記録の存する裁判所の裁判所書記官が,執行証書については原本を保存する公証人が付与する(民事執行法26条1項)。

(2) 条件成就執行文と承継執行文

請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合には,執行文は,債権者がその事実の到来を証する文書又は電磁的記録を提出したときに限り付与できる(民事執行法27条1項)。
債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする執行文(いわゆる承継執行文)は,そのことが裁判所書記官若しくは公証人に明白であるとき,又は債権者がそのことを証する文書若しくは電磁的記録を提出したときに限り付与できる(同条2項)。

これらの文書等を提出することができないときは,債権者は,執行文付与の訴えを提起することができる(民事執行法33条1項)。
執行文付与の訴えは判決手続であるから,その判決を得るまでの間は強制執行を始めることができない。

(3) 債務名義等の送達

強制執行は,債務名義等があらかじめ,又は同時に債務者に送達されたときに限り開始することができ,民事執行法27条により執行文が付与された場合は,執行文の謄本と債権者が提出した文書の謄本等も送達しなければならない(同法29条)。
判決の場合は,判決書(電子判決書)が当事者に送達されるので(民事訴訟法255条1項),債務者は判決の内容を既に知っているのが通常である。
これに対し,執行証書の場合や承継執行文が付与された場合は,強制執行の準備としての送達により,債務者が債権者の動きを知ることがある。

執行証書については,民事執行法29条の債務名義の正本等や執行文の謄本等の送達は,郵便又は最高裁判所規則で定める方法により,郵便による送達は,申立てにより公証人が行う(公証人法48条1項・2項)。
この規定は,令和5年法律第53号による改正(令和7年10月1日施行)の前は,公証人法57条ノ2に置かれていた。

(4) 確定期限と反対給付

請求が確定期限の到来に係る場合,強制執行は期限の到来後に限り開始することができる(民事執行法30条1項)。
債務者の給付が反対給付と引換えにすべきものである場合,強制執行は,債権者が反対給付又はその提供のあったことを証明したときに限り開始することができる(同法31条1項)。

3 仮差押えの執行との違い

仮差押えの執行は,保全命令の正本に基づいて実施し,債権者に保全命令が送達された日から2週間を経過するとすることができない(民事保全法43条1項・2項)。
そして,保全執行は,保全命令が債務者に送達される前であっても,することができる(同条3項)。

つまり,強制執行は債務者への送達を前提とするのに対し,仮差押えは債務者に知られる前に執行することができる。
債務名義を持つ債権者があえて仮差押えを使おうとする実益は,主にこの点にある。
仮差押えと差押えの効力の違いは,仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効で扱う。

第3 仮差押えの要件と「権利保護の必要性」

1 保全の必要性

民事保全法20条1項は,次のとおり定める。
「仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。」
同条2項により,被保全債権が条件付又は期限付である場合も,仮差押命令を発することができる。

司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年)42頁は,債務者の責任財産が毀滅,浪費,廉売,隠匿又は権利の放棄などによって減少するおそれがあったり,債務者が逃亡したり転居を重ねることにより責任財産の把握が困難になるなど,執行に事実上の障害を及ぼすおそれが生ずる場合に保全の必要性が認められると説明している。
同頁は,単に債権者が主観的に危惧を抱いているだけでは足りず,債務者の職業,地位,財産状態などをも考慮して,客観的にそのおそれが認められる場合でなければならないとする。

2 債務名義がある場合の問題

仮差押えは,本案の債務名義を得て強制執行をするまでの間,債務者の責任財産を確保しておくための手続である。
そうすると,既に債務名義を持ち,直ちに強制執行ができる債権者には,仮差押えを利用する必要がないのではないかという問題が生じる。

東京高裁平成24年11月29日決定は,この問題を「権利保護の必要性」の問題として扱い,原則と例外を示した。

第4 東京高裁平成24年11月29日決定

1 書誌と事案

東京高裁平成24年11月29日決定(平成24年(ラ)第2506号,判例タイムズ1386号349頁)は,債権仮差押命令申立却下決定に対する抗告事件である。
本決定は裁判所HPの裁判例検索には未掲載であり,本記事は判例秘書に収録された全文によって内容を確認した。

抗告人(債権者)は破産会社の破産管財人であり,破産会社の有する執行力のある公正証書(執行証書)を債務名義として,相手方の第三債務者に対する債権の仮差押命令を申し立てた。
原審は,債務名義があることから権利保護の必要性を欠くとして申立てを却下し,破産管財人が抗告した。
保全命令の申立てを却下する裁判に対しては,債権者は,告知を受けた日から2週間の不変期間内に即時抗告をすることができる(民事保全法19条1項)。

2 判旨―原則と例外

本決定は,理由第3の1で次のとおり判示した(引用中の「同法」は民事保全法である。)。

「仮差押命令は,民事訴訟の本案の権利の実現が不能あるいは困難となることを防止するために,債務者の責任財産を保全することを目的とする民事保全処分であり,金銭の支払を目的とする債権について,強制執行をすることができなくなるおそれ又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされている(同法20条1項)。したがって,債権者が被保全債権について確定判決等の債務名義を有している場合には,債権者は,遅滞なくこの債務名義をもって強制執行の手続をとれば,特別の事情がない限り,速やかに強制執行に着手できるのが通常であるから,原則として,民事保全制度を利用する権利保護の必要性は認められないというベきである。」

「他方,仮差押命令の目的が前記のとおりであることに照らすと,債権者が被保全債権について債務名義を有している場合であっても,債権者が強制執行を行うことを望んだとしても速やかにこれを行うことができないような特別の事情があり,債務者が強制執行が行われるまでの間に財産を隠匿又は処分するなどして強制執行が不能又は困難となるおそれがあるときには,権利保護の必要性を認め,仮差押えを許すのが相当であるというべきである。」

本決定の示した例外の要件は,①債権者が強制執行を望んでも速やかに行うことができない特別の事情があること,②強制執行までの間に債務者が財産を隠匿又は処分するなどして強制執行が不能又は困難となるおそれがあることの2つに整理できる。

3 当てはめ

本決定は,理由第3の2で,本件について次のとおり判断した。

「抗告人は,破産者株式会社Aの破産管財人であり,破産者の有する執行力のある債務名義(公正証書)により本件仮差押債権に対し債権執行を行なうには,抗告人への承継執行文を得て,かつ,これを公証役場から相手方に送達し,その送達証明書を添付して債権執行の申立てを行なわなければならない。そうすると,承継執行文付きの公正証書が相手方に送達されることにより,相手方は,抗告人が強制執行の準備をしていることを予想することが可能となり,相手方において,本件仮差押債権を譲渡したり,また,本件仮差押債権の弁済期限が平成24年12月10日であることから,第三債務者から弁済を受けるまで送達を受領しない等するおそれがあるというべきであるから,債権者において,債権執行を速やかに行なうことができず,これが不能又は困難となるおそれがあり,上記特別な事情がある場合に当たると認めるのが相当である。したがって,本件申立てについては,仮差押えの権利保護の必要性があると認めるのが相当である。」

本決定が特別の事情を基礎付けるものとして挙げた事情は,①承継執行文の付与を受ける必要があったこと,②承継執行文付きの公正証書の送達により強制執行の準備が相手方に知られること,③差し押さえるべき債権の弁済期限(平成24年12月10日)が決定の日から11日後に迫っていたこと,④相手方が送達の受領を避けるおそれがあったことである。

4 結論は差戻しである

本決定の主文は,「原決定を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」である。
本決定は,理由第4で「民事保全法13条の保全の必要性等さらに原審裁判所において審理を尽くさせるため」差し戻すとした。

したがって,本決定は,債務名義があることを理由とする却下を誤りとしたものであり,高裁自身が仮差押命令を発したものではない。
権利保護の必要性が認められても,保全の必要性等の審理はなお残ることになる。

5 本決定の位置付け

本決定は,判例秘書の判示事項でも「債務名義を有していても,権利保護の必要性があるとして,仮差押命令の申立てを許容した事例」とされており,事例判断である。
本記事では,裁判所HPの裁判例検索で「債務名義を有している」「債務名義を有する債権者」「既に債務名義を」「保全の必要性を欠く」等の語句による全文検索を行ったが,債務名義を持つ債権者の仮差押えの必要性について判断した裁判例は,この検索範囲では見つからなかった。
他方,判例秘書には,無剰余取消しとの関係で同じ問題を扱った高裁の裁判例が収録されており,第5で紹介する。

第5 無剰余取消しに関する高裁の裁判例

1 紹介する裁判例と確認の範囲

債務名義を持つ債権者が不動産の強制競売を申し立てても,不動産の買受可能価額が手続費用や優先債権の見込額に満たないときは,所定の申出及び保証の提供がない限り,強制競売の手続は取り消される(民事執行法63条1項・2項。いわゆる無剰余取消し)。
このように,債務名義があっても強制執行によって満足を得られない場合に仮差押えを利用し,又は維持できるかについて,以下の4件がある。

以下の4件は,いずれも裁判所HPの裁判例検索で裁判年月日を指定して検索したが掲載されておらず,判例秘書に収録された判示事項,判決要旨及び書誌情報によって内容を確認したものである。
本記事では判決(決定)の全文は確認していないので,判決要旨の文言を超えて各裁判例の理由付けを断定しない。

2 無剰余取消しの「おそれ」では足りないとした東京高裁平成20年4月25日決定

東京高等裁判所平成20年4月25日決定(平成20年(ラ)第473号,判例タイムズ1301号304頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,不動産仮差押命令申立却下決定に対する抗告事件である。
判例秘書の判示事項によれば,債務者に対して既に確定判決を得ている債権者が債務者所有の不動産に対して申し立てた仮差押えの適否について,消極の判断をしたものである。
主文は抗告棄却である。

判例秘書の判決要旨は,「債務名義を取得している債権者が債務者所有の不動産に対して強制競売の申立てをしても無剰余を理由に強制競売の手続が取り消されるおそれがある場合であっても仮差押えを申し立てることは保全の必要性がないので許されない。」とする。

3 無剰余取消し後は保全の必要性を認めた名古屋高裁平成20年10月14日決定

名古屋高等裁判所平成20年10月14日決定(平成20年(ラ)第159号,判例時報2038号54頁,金融法務事情1870号57頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,不動産仮差押命令申立却下決定に対する即時抗告事件である。
判例秘書の判示事項によれば,不動産に対する強制競売手続が無剰余を理由に取り消された後,債務名義を有する債権を被保全権利として当該不動産の仮差押命令の申立てが行われた場合において,権利保護の必要性が肯定された事例である。
主文は原決定取消しである。

判例秘書の判決要旨は,「債務名義を取得している債権者が債務者所有の不動産に対して強制競売の申立てをしたが無剰余を理由に強制競売の手続が取り消された場合においては仮差押えを申し立てることは保全の必要性があるので許される。」とする。

4 二つの高裁決定の関係

東京高裁平成20年4月25日決定は保全の必要性を否定し,名古屋高裁平成20年10月14日決定はこれを肯定しており,高裁の結論の方向は異なる。
もっとも,判決要旨を比べると,前者は無剰余取消しの「おそれ」があるにとどまる段階,後者は強制競売が無剰余を理由に実際に取り消された後の段階の事案である。

本記事では,両決定は事案の段階が異なるので,直ちに矛盾するとはいえないと考える。
すなわち,無剰余取消しのおそれがあるだけで,強制競売を申し立てていないか手続が続いている段階では,債務名義による強制執行をまず試みるべきであり,実際に強制競売が取り消された後であれば,債務名義があっても強制執行による満足を得られない状態にあるとして,仮差押えの必要性が問題になり得るという整理である。
ただし,両決定の全文を確認していないので,高裁の判断が分かれているとみる余地も残る。
同種の事案で申立てを検討するときは,両決定の全文と掲載誌の解説を確認する必要がある。

5 仮差押命令の後に債務名義を得た場合(事情変更による保全取消し)

仮差押命令が発せられた後に,債権者が本案で勝訴して債務名義を得た場合には,債務者が,保全の必要性の消滅その他の事情の変更を理由に,保全命令の取消しを申し立てることが考えられる(民事保全法38条1項)。
この場面について,無剰余取消しとの関係で方向の異なる2件がある。

大阪高等裁判所平成11年7月15日決定(平成11年(ラ)第477号,金融法務事情1564号71頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,保全取消申立却下決定に対する保全抗告事件である。
判例秘書の判決要旨によれば,同決定は,債権者が確定判決を得て本執行を開始し,その本執行が無剰余を理由に取り消された場合でも,将来的に被保全権利が満足される可能性が残されているときは,仮差押えを継続する必要性を否定できず,債務者は事情の変更を理由として仮差押命令の取消しを求めることはできないとした。
判例秘書の収録内容によれば,同決定は,本執行が開始されても当然に仮差押執行の効力が消滅するわけではなく,本執行の効力と併存するとも述べている。

名古屋高等裁判所金沢支部平成3年5月27日判決(平成2年(ネ)第215号,判例タイムズ777号215頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,仮差押命令取消請求控訴事件であり,民事保全法が適用される前の旧民事訴訟法の下での事案である。
判例秘書の判示事項によれば,同判決は,仮差押決定後に本案で勝訴が確定して債務名義を取得したときは,執行停止等の執行障害がある特段の場合を除き,執行開始の要件を備えれば保全の必要性は消滅し,債務者は事情変更に基づく仮差押命令の取消しを請求できるとした。
また,本執行の申立て後に無剰余で競売手続が取り消された場合は,執行障害がある特段の場合に当たらないとした。

このように,本執行が無剰余で取り消された後の仮差押えの存続については,高裁の裁判例の方向が分かれている。
名古屋高裁金沢支部平成3年5月27日判決は旧法下の判決であり,現行の民事保全法の下での判断である大阪高裁平成11年7月15日決定とは適用法令が異なる点にも注意を要する。
事情変更による保全取消しの手続は,仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告で扱う。

第6 特別の事情が問題になり得る場面

以下は,本決定の考え方と民事執行法の手続を踏まえた本記事の整理であり,7を除き,各場面で仮差押えが認められることを裁判例で確認したものではない。
いずれの場面でも,本決定の②の要件,すなわち強制執行までの間に財産が隠匿・処分されるおそれを,別に疎明する必要がある。

1 承継執行文の付与に時間がかかる場合

債務名義の成立後に債権者側又は債務者側に承継(相続,合併,債権譲渡,破産管財人の選任等)があると,承継執行文の付与を受ける必要がある(民事執行法23条,27条2項)。
承継を証する文書を提出できず,執行文付与の訴え(同法33条1項)によらざるを得ない場合は,強制執行までに相当の期間を要すると考えられる。

2 条件成就執行文が必要な場合

請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合も,その事実を証する文書等を提出して執行文の付与を受けるまで強制執行はできない(民事執行法27条1項)。
文書による証明ができず,執行文付与の訴えが必要になる場合は,承継執行文の場合と同様の問題が生じ得る。

3 送達により強制執行の準備が知られる場合

本決定は,承継執行文付きの公正証書が送達されることにより,相手方が強制執行の準備を予想できることを重視した。
執行証書の場合は,本決定の事案のように,強制執行の前提となる送達(民事執行法29条,公証人法48条)によって,債務者が初めて債権者の動きを知ることがある。

これに対し,判決や和解調書は,既に債務者が内容を知っているのが通常であるから,送達によって新たに準備が知られるという事情は主張しにくいと考えられる。

4 差し押さえるべき債権の弁済期が迫っている場合

本決定の事案では,仮差押えの対象となる債権の弁済期限が迫っており,第三債務者から弁済を受けるまで相手方が送達の受領を避けるおそれがあるとされた。
売掛金,請負代金,保険金,退職金等,近いうちに債務者に支払われることが分かっている債権を対象とする場合には,同様の事情が問題となり得る。

5 被保全債権の期限が到来していない場合

分割払いの執行証書等で,一部の弁済期がまだ到来していない場合,その部分については期限到来後でなければ強制執行を開始することができない(民事執行法30条1項)。
他方,仮差押命令は,被保全債権が期限付であっても発することができる(民事保全法20条2項)。
期限未到来の部分について仮差押えを求める場合は,債務名義があっても速やかに強制執行できない場面に当たると考える余地がある。

6 仮執行宣言付判決に対して控訴があった場合

仮執行の宣言を付した判決は債務名義であり(民事執行法22条2号),控訴があっても強制執行をすることができるのが原則である。
もっとも,控訴に伴って強制執行の一時の停止を命ずる裁判がされることがあり(民事訴訟法403条1項3号),停止決定の正本が提出されると強制執行は停止される(民事執行法39条1項7号)。

このように強制執行が停止されている間に新たに仮差押えを申し立てることができるかを直接判断した裁判例は,本記事の調査では確認できていない。
停止の裁判の趣旨との関係も問題になる。

参考になるのは,第5の5で紹介した名古屋高裁金沢支部平成3年5月27日判決である。
同判決は,仮差押決定後に本案で勝訴が確定して債務名義を取得したときに保全の必要性が消滅する場合から,「執行停止等の執行障害がある特段の場合」を除いている(判例秘書の判示事項による)。
ここから言えるのは,既に発せられた仮差押命令の取消しの場面で,執行停止があることが保全の必要性を消滅させない事情として位置付けられているという範囲にとどまる。
同判決は旧法下の判決であり,確定判決の事案であって,仮執行宣言付判決に執行停止決定が出ている間に新たに仮差押命令を申し立てる場面を判断したものではない。
この場面で仮差押えを検討するときは,裁判例と文献を個別に確認する必要がある。

7 強制競売が無剰余で取り消された場合

名古屋高裁平成20年10月14日決定は,不動産の強制競売が無剰余を理由に取り消された後,債務名義を有する債権を被保全権利として同じ不動産の仮差押命令を申し立てた事案で,保全の必要性を認めた(第5の3)。
この場面は,債務名義があっても強制執行によって満足を得られなかった場面として,特別の事情の主張に当たって参考になる。
ただし,無剰余取消しの「おそれ」があるだけの段階では,東京高裁平成20年4月25日決定が保全の必要性を否定している(第5の2)。

第7 仮差押えが認められにくい場面

1 直ちに差押えができる場合

執行文の付与を受け,債務名義等の送達も済んでいる場合は,債権者は直ちに差押命令を申し立てることができる。
この場合は,本決定のいう原則どおり,仮差押えを利用する権利保護の必要性は認められにくいと考えられる。

債権差押命令は,債務者及び第三債務者を審尋しないで発せられ(民事執行法145条2項),第三債務者に送達された時に効力を生じる(同条5項)。
債権差押えの申立てから取立て・配当までの流れは,債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務で扱う。

2 財産の所在が分からないだけの場合

債務名義を持つ債権者が財産の所在を知らない場合,民事執行法は,財産開示手続(同法196条以下)と第三者からの情報取得手続(同法204条以下)を用意している。
財産開示手続の実施決定は,執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより,強制執行等で完全な弁済を得られなかったとき,又は知れている財産に対する強制執行を実施しても完全な弁済を得られないことの疎明があったときにされる(同法197条1項)。
銀行等に対する預貯金債権等の情報提供命令も,同じ要件の下で申し立てることができる(同法207条1項)。

ただし,これらの手続も,「執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないとき」は利用できない(民事執行法197条1項ただし書,207条1項ただし書)。
したがって,承継執行文の付与や送達が済んでいない段階では,これらの手続によって財産を調べることもできない。

また,これらの手続は,債務者に知られずに進むものではない。
財産開示手続の実施決定は債務者に送達され(民事執行法197条4項),確定しなければ効力を生じず(同条6項),財産開示期日には債務者(法人であれば代表者等)が呼び出される(同法198条2項2号)。
不動産に係る情報の取得(同法205条)及び給与債権に係る情報の取得(同法206条)は,財産開示期日における手続が実施された場合に,その期日から3年以内に限り申し立てることができ(同法205条2項,206条3項),申立てを認容する決定は債務者に送達され,確定しなければ効力を生じない(同法205条3項・5項,206条3項)。
預貯金債権等に係る情報の取得(同法207条)には,財産開示手続の前置や認容決定の債務者への送達の規定は置かれていないが,情報の提供がされたときは,執行裁判所は債務者にその旨を通知しなければならない(同法208条2項)。

このように,これらの手続を使うと,時期の違いはあっても債務者に動きが知られることは条文上明らかである。
しかし,そのことが,本決定のいう「速やかに強制執行を行うことができないような特別の事情」に当たるかを判断した裁判例は,本記事の調査では確認していない。
財産開示等は財産の所在を調べるための手続であり,財産の所在が分かっている場合の強制執行の前提となる送達とは場面が異なるので,本決定の当てはめをそのまま及ぼせるかは明らかでない。
財産調査の方法としては,弁護士会照会(弁護士法23条の2)もあり,弁護士会照会で扱う。

3 財産の隠匿・処分のおそれが具体的でない場合

本決定は,速やかに強制執行ができない特別の事情に加え,強制執行までの間に財産が隠匿又は処分されるおそれを要件としている。
したがって,承継執行文が必要であるという事情だけでは足りず,債務者の財産状態,過去の行動,対象財産の性質等から,客観的に隠匿・処分のおそれがあることを示す必要があると考えられる(教材42頁参照)。

第8 申立書に書くべき事情

1 記載の原則

民事保全規則13条2項は,申立ての理由には,保全すべき権利及び保全の必要性を具体的に記載し,かつ,立証を要する事由ごとに証拠を記載しなければならないとする。
教材13頁は,保全の必要性そのものを主要事実とみる見解と,これを基礎付ける事実を主要事実とみる見解があるが,いずれにせよ保全の必要性を基礎付ける事実を具体的に主張すべきであるとする。

2 債務名義がある場合に記載すべき事項

債務名義がある場合の申立書では,本決定の枠組みに沿って,次の事項を具体的に記載することが考えられる。
①債務名義の種類,作成日,内容及び被保全債権との同一性
②強制執行を直ちに始められない理由(承継執行文・条件成就執行文の要否,承継を証する文書の有無,送達の未了,期限未到来,無剰余取消し等の強制執行の結果等)
③強制執行を始めるまでに要すると見込まれる手続と期間
④送達等により強制執行の準備が債務者に知られる事情
⑤対象財産の性質(弁済期の迫った債権,処分の容易な財産等)
⑥債務者が財産を隠匿・処分するおそれを示す具体的事実(財産状態,過去の対応,資産の移転の動き等)

債務名義があることを申立書で明らかにしないと,後に保全異議等で権利保護の必要性が争われるおそれがあると考えられる。
仮差押えを受けた債務者の対抗手段は,仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告で扱う。

3 担保と発令後の手続

仮差押命令は通常,担保を立てさせて発せられる(民事保全法14条1項)。
教材27頁は,担保の額は目的物の種類,被保全債権の内容及び疎明の程度で異なるとしており,担保の算定方法は仮差押えの担保金はいくらか―目的物の価格を基準とする算定方法,担保基準表及び立て方で扱う。

仮差押命令を得た後も,被保全債権を回収するには,承継執行文の付与や送達等を済ませた上で,債務名義に基づく強制執行(本執行)を申し立てる必要がある。
仮差押えの執行は,債権者に保全命令が送達された日から2週間を経過するとすることができないので(民事保全法43条2項),執行の準備も並行して進める必要がある。

4 却下されたとき

保全命令の申立てを却下する裁判に対しては,告知を受けた日から2週間の不変期間内に即時抗告をすることができる(民事保全法19条1項)。
本決定も,この即時抗告によって原決定が取り消された事案である。
各種の抗告の期限は,即時抗告・執行抗告・再抗告・特別抗告・許可抗告の期限,理由書期限及び執行停止で扱う。

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弁護士会照会
即時抗告・執行抗告・再抗告・特別抗告・許可抗告の期限,理由書期限及び執行停止

第10 出典・参考資料

1 法令・裁判所規則

民事保全法(平成元年法律第91号)13条,14条,19条,20条,38条,43条(e-Gov法令検索)
民事執行法(昭和54年法律第4号)22条,23条,25条~31条,33条,39条,63条,145条,196条~198条,204条~208条(e-Gov法令検索)
民事訴訟法(平成8年法律第109号)255条,403条(e-Gov法令検索)
公証人法(明治41年法律第53号)48条(令和7年10月1日施行前の57条ノ2を含む。e-Gov法令検索)
弁護士法(昭和24年法律第205号)23条の2(e-Gov法令検索)
民事保全規則13条(裁判所)

2 裁判例

①東京高等裁判所平成24年11月29日決定(平成24年(ラ)第2506号,判例タイムズ1386号349頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で全文確認)
②東京高等裁判所平成20年4月25日決定(平成20年(ラ)第473号,判例タイムズ1301号304頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載,判示事項・判決要旨を確認)
③名古屋高等裁判所平成20年10月14日決定(平成20年(ラ)第159号,判例時報2038号54頁,金融法務事情1870号57頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載,判示事項・判決要旨を確認)
④大阪高等裁判所平成11年7月15日決定(平成11年(ラ)第477号,金融法務事情1564号71頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載,判決要旨を確認)
⑤名古屋高等裁判所金沢支部平成3年5月27日判決(平成2年(ネ)第215号,判例タイムズ777号215頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載,判示事項を確認)

3 裁判所等の案内

裁判所「裁判例検索」

4 文献

①司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年)13頁,27頁,42頁
②東洋法学57巻2号39頁(東京高裁平成24年11月29日決定の評釈,未確認)