第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,金銭債権の強制執行を保全するための仮差押え(民事保全法20条1項)と,債務名義に基づく強制執行としての差押え(本執行)との違いを,効力の面から整理するものである。
調査基準日は令和8年9月17日であり,法令は同日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行条文により確認した。
仮差押えの要件,申立ての流れ,担保の額,解放金,債務者の対抗手段等の各論は,仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像及び同記事からリンクする各記事で扱う。
係争物に関する仮処分,仮の地位を定める仮処分,国税滞納処分,個人再生及び特別清算の各手続における扱いは,本記事の対象外である。
民事再生と会社更生は,破産との違いが分かる範囲で条文の骨格だけを紹介する。
2 結論
①仮差押えも差押えも,債務者による目的財産の処分を制限する点では共通するが,仮差押えは将来の強制執行に備えて財産を確保する手続にすぎず,それだけで債権を回収することはできない。
②仮差押えは債務名義なしに,被保全権利と保全の必要性を疎明して発令を受けるものであり(民事保全法13条2項),通常は担保を立てる必要がある(同法14条1項)。
これに対し,差押えは,確定判決等の債務名義に基づいて行う(民事執行法22条)。
③仮差押えの処分禁止の効力は,処分を絶対的に無効とするものではなく,処分をしても仮差押債権者に対抗できないという相対的なものである(最高裁判所第三小法廷令和3年1月12日判決の理由中の判示参照)。
④仮差押債権者は,取立て,転付命令,換価による満足を得ることができず,担保権者のような優先弁済権もない。
配当等に加わる場合も,仮差押債権者に対する配当等の額は供託される(民事執行法91条1項2号)。
回収するには,本案訴訟等で債務名義を得た上で,改めて本執行を申し立てる必要がある。
⑤時効について,現行民法では,仮差押えは時効の完成猶予事由にとどまり,その事由が終了した時から6か月を経過するまで時効が完成しないだけである(民法149条1号)。
時効の更新を得るには,本案訴訟を提起して確定判決等により権利を確定させる等の手続が別に必要である(民法147条)。
令和2年4月1日より前に仮差押えがされた場合は,改正前の「時効の中断」の規定による(平成29年法律第44号附則10条2項)。
「その事由が終了した時」がいつかについて,改正後の民法の下で判断した最高裁判例は見当たらない。
完成猶予の効力が及ぶのは被保全債権とされた範囲であり,仮差押えの対象となった債権(被仮差押債権)自体の時効を止めるものではない。
⑥債務者について破産手続開始の決定があると,破産財団に属する財産に対して既にされている破産債権に基づく仮差押えは,破産財団に対してその効力を失う(破産法42条2項)。
強制執行(差押え)も同様に失効するが,破産管財人が強制執行の手続を続行することは妨げられないのに対し,仮差押えにはこの続行の定めがない。
これに対し,再生手続開始の決定や更生手続開始の決定があった場合,既にされている仮差押えは直ちに失効するのではなく中止し,再生計画認可の決定の確定又は更生計画認可の決定があったときに効力を失う(民事再生法39条1項・184条,会社更生法50条1項・208条)。
第2 仮差押えと差押えの比較表
次の表は,本記事で確認した条文と教材の記載に基づき,両者の違いを要約したものである。
| 項目 | 仮差押え | 差押え(本執行) |
|---|---|---|
| 目的 | 将来の金銭債権の強制執行の保全 | 金銭債権の強制的な実現 |
| 債務名義 | 不要(被保全権利と保全の必要性を疎明する) | 必要(執行文の付された債務名義の正本等に基づく) |
| 担保 | 通常は立てる必要がある | 保全命令の担保のような担保はない(仮執行宣言が担保を条件とする場合はある) |
| 処分の制限 | あり(手続相対効) | あり |
| 債権の場合の効力発生 | 仮差押命令が第三債務者に送達された時 | 差押命令が第三債務者に送達された時 |
| 換価・取立て・転付 | できない | できる |
| 優先弁済 | なし(配当等の額は供託される) | 担保権者のような優先弁済権はないが,取立て・配当等により満足を得られる |
| 時効 | 完成猶予(事由終了から6か月) | 完成猶予,手続終了時に更新(取下げ等による終了を除く) |
| 破産手続開始 | 破産財団に対して失効 | 破産財団に対して失効(破産管財人は続行できる) |
| 再生手続・更生手続開始 | 中止(計画認可で失効) | 中止(計画認可で失効) |
| 主な条文 | 民事保全法13条・14条・20条・47条・50条,民法149条,破産法42条,民事再生法39条,会社更生法50条 | 民事執行法22条・25条・45条・145条・155条・159条,民法148条,破産法42条 |
表の「差押え(本執行)」欄は,不動産の強制競売と債権執行を念頭に置いたものである。
担保の欄の仮執行宣言については,民事訴訟法259条1項が,裁判所は「担保を立てて、又は立てないで仮執行をすることができることを宣言することができる」と定めている。
第3 仮差押えの効力―処分禁止
1 不動産の仮差押え
(1) 執行の方法
不動産に対する仮差押えの執行は,仮差押えの登記をする方法又は強制管理の方法により行い,仮差押えの登記は裁判所書記官が嘱託する(民事保全法47条1項・3項)。
司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年)47頁によれば,仮差押えの登記をする方法による場合,債務者が通常の用法に従って目的不動産を使用・収益することは妨げられない(民事保全法47条5項,民事執行法46条2項)。
(2) 処分の効力は手続相対効にとどまる
同教材46頁は,仮差押命令の執行により,債務者は目的物について売買・贈与等の譲渡行為,質権・抵当権などの担保権設定行為その他一切の処分を制限されるが,この制限は債務者の行為を絶対的に無効とするものではなく,本執行の手続が行われる限りその手続との関係で効力を否定するもの(手続相対効)であると説明している。
そのため,仮差押えの登記後に債務者が目的不動産を第三者に譲渡し,又は抵当権を設定することは可能であり,その登記をすることもできる(同教材47頁)。
もっとも,仮差押債権者は,このような第三者の権利や登記を無視して,債務名義に基づき債務者を相手方とする本執行としての強制競売を申し立てることができる(同教材47頁)。
仮差押えの登記後に登記された抵当権の権利者は,仮差押債権者が本案の訴訟において敗訴し,又は仮差押えがその効力を失ったときに限り,配当等を受けることができる(民事執行法87条2項)。
また,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は,売却によりその効力を失う(民事執行法59条2項)。
逆に,仮差押えが申立ての取下げや取消しによって失効したときは,債務者の処分行為は当事者間では有効であるから,完全な効力を有することになる(同教材46頁)。
2 債権の仮差押え
(1) 弁済禁止命令と効力発生時期
債権に対する仮差押えの執行は,保全執行裁判所が第三債務者に対し債務者への弁済を禁止する命令を発する方法により行う(民事保全法50条1項)。
仮差押えの効力は,仮差押命令が第三債務者に送達された時に生じる(民事保全法50条5項,民事執行法145条5項)。
前記教材51頁は,この点の根拠を「民執145条4項」としているが,これは平成25年当時の条文番号であり,現行の民事執行法では同条5項である。
債権者が申し立てれば,裁判所書記官は,第三債務者に対し,送達の日から2週間以内に債権の存否等を陳述すべき旨を催告する(民事保全法50条5項,民事執行法147条1項)。
預金・給料の仮差押えにおける陳述催告と差押禁止の範囲は,預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告で扱う。
(2) 債務者,第三者及び第三債務者に対する効力
同教材52頁は,債権の仮差押えについても,債務者は譲渡・担保設定等一切の処分を制限されるが,その制限は相対的なものであり,仮差押えが本執行に移行した場合にその手続との関係で効力が否定されるにとどまると説明している。
同頁によれば,債務者は,仮差押えが執行されても,対象となった債権について給付訴訟を提起して無条件の債務名義を得ることができる。
第三者が債務者から債権譲渡を受けても,仮差押債権者に対抗することはできない(同教材52頁)。
第三債務者が仮差押命令を無視して債務者に弁済すると,仮差押債権者が本執行に移行して支払を求めてきた場合に,支払をしなければならない(同頁)。
第三債務者は,弁済期経過後の履行遅滞の責任を免れるため,仮差押えに係る金銭債権の全額に相当する金銭を供託することができる(同教材53頁,民事保全法50条5項,民事執行法156条1項)。
最高裁判所第三小法廷令和3年1月12日判決(令和元年(受)第1166号,集民265号1頁)は,理由中で,「債権の仮差押えを受けた仮差押債務者は,当該債権の処分を禁止されるから,仮差押債務者がその後に第三債務者との間で当該債権の金額を確認する旨の示談をしても,仮差押債務者及び第三債務者は,仮差押債権者を害する限度において,当該示談をもって仮差押債権者に対抗することができない。」と判示した。
仮差押えを受けた損害賠償請求権について,債務者と第三債務者が低い金額で示談をしても,仮差押債権者との関係ではその示談を持ち出せないということである。
第4 仮差押えではできないこと
1 換価・取立て・転付による満足はできない
差押えの場合,金銭債権を差し押さえた債権者は,債務者に差押命令が送達された日から1週間(給料等の場合は原則4週間)を経過したときは,その債権を取り立てることができる(民事執行法155条1項・2項)。
また,差押債権者は,申立てにより,差し押さえた金銭債権を券面額で自己に移転させる転付命令を得ることができる(民事執行法159条1項)。
これに対し,民事保全法50条5項が債権の仮差押えの執行に準用する民事執行法の規定は,145条2項から6項まで,146条から153条まで,156条(3項を除く。),164条5項・6項及び167条であり,取立て(155条)と転付命令(159条)は含まれていない。
不動産の仮差押えも,仮差押えの登記又は強制管理の方法により行うもので(民事保全法47条1項),仮差押えのまま強制競売により換価することはできない。
強制管理の方法による場合も,管理人は配当等に充てるべき金銭を供託しなければならない(同条4項)。
つまり,仮差押えは財産を「押さえておく」手続であり,仮差押えだけで債権者の手元に金銭が入ることはない。
2 優先弁済権はない
仮差押えは担保権ではないから,仮差押債権者が目的財産から他の債権者に優先して弁済を受ける権利を取得することはない。
不動産の強制競売で配当等を受けるべき債権者には,差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者が含まれるが(民事執行法87条1項3号),他の一般債権者と同じ立場で配当に加わるにすぎない。
しかも,仮差押債権者の債権であるときは,裁判所書記官は配当等の額に相当する金銭を供託しなければならない(民事執行法91条1項2号)。
債権執行でも,第三債務者の供託の時等までに仮差押えの執行をした債権者は配当等を受けるべき債権者となるが(民事執行法165条),配当等の手続には同法91条が準用される(同法166条2項)。
一方で,転付命令が第三債務者に送達される時までに他の債権者が仮差押えの執行をしたときは,転付命令は効力を生じない(民事執行法159条3項)。
仮差押えには優先弁済権はないが,他の債権者による独占的な回収を妨げる働きはある。
第5 本執行への移行
1 移行の要件と手続
前記教材48頁によれば,仮差押えが本執行に移行するためには,①本案の債務名義が存在し,②保全執行と本執行の当事者が同一で,③被保全債権と執行債権の同一性が認められることが必要である。
同頁は,本執行に移行するには,債権者から改めて本執行の申立て(不動産強制競売又は不動産強制管理の申立て)をすることが必要であるとしている。
債権の仮差押えの場合も,改めて本執行の申立てをし,差押命令(民事執行法145条1項)を得る必要がある(同教材53頁)。
債務名義の種類は民事執行法22条が定めており,確定判決,仮執行の宣言を付した判決,執行証書(強制執行認諾文言付きの公正証書),確定判決と同一の効力を有するもの(和解調書等)などがある。
強制執行は,原則として執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施する(民事執行法25条)。
債権差押命令の申立てから取立て・配当までの実務は,債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務で扱う。
既に債務名義を持っている債権者がなお仮差押えを申し立てることができるかについては,債務名義があっても仮差押えはできるか―保全の必要性と東京高裁平成24年11月29日決定で扱う。
2 最高裁平成28年12月1日判決(法定地上権)
最高裁判所第一小法廷平成28年12月1日判決(平成27年(受)第477号,民集70巻8号1793頁)は,地上建物に仮差押えがされ,その仮差押えが本執行に移行してされた強制競売手続により買受人が建物の所有権を取得した事案で,法定地上権(民事執行法81条)の成否を判断した。
同判決は,土地及び地上建物が仮差押えの時点で同一の所有者に属していたときは,その後に土地が第三者に譲渡された結果,強制競売手続における差押えの時点では同一の所有者に属していなかったとしても,法定地上権が成立すると判示した。
その理由として,同判決は,法定地上権の制度が地上建物の収去による社会経済上の損失を防止しようとするものであることに加え,「地上建物に仮差押えをした債権者は,地上建物の存続を前提に仮差押えをしたものであるから,地上建物につき法定地上権が成立しないとすれば,不測の損害を被ることとなり,相当ではない」と述べている。
本執行に移行した後の手続でも,仮差押えの時点を基準に判断される場面があることを示す判例である。
第6 時効への効果
1 現行民法では完成猶予にとどまる
(1) 民法149条1号
民法149条は,「次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了した時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」と定め,1号に「仮差押え」を掲げている。
仮差押えは時効の完成猶予事由であり,同条には時効の更新(新たな進行の開始)の定めはない。
(2) 更新を得るには本案訴訟等が必要
時効の更新を得るには,本案訴訟を提起するなど別の手続が必要である。
裁判上の請求がされた場合,確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは,時効は,その事由が終了した時から新たにその進行を始める(民法147条2項)。
差押え(強制執行)の場合は,その事由が終了するまでの間は時効が完成せず(民法148条1項1号),事由が終了した時から時効は新たにその進行を始める(同条2項本文)。
ただし,申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによって終了した場合は,終了の時から6か月の完成猶予にとどまり,更新の効力は生じない(同条1項括弧書・2項ただし書)。
(3) 時効の利益を受ける者以外に対する仮差押え
民法154条は,「第百四十八条第一項各号又は第百四十九条各号に掲げる事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、第百四十八条又は第百四十九条の規定による時効の完成猶予又は更新の効力を生じない。」と定めている。
時効の利益を受ける者以外の者の財産を対象とする仮差押えや差押えでは,時効の利益を受ける者への通知がされるまで完成猶予等の効力が生じない点に注意を要する。
同条が典型的に問題となるのは,物上保証人(他人の債務のために自己の不動産に抵当権を設定した者)の不動産について担保権を実行する場合である(民法148条1項2号)。
手続の相手方は物上保証人であるが,被担保債権の時効によって利益を受けるのは債務者であるから,債務者への通知が必要になる。
改正前の民法155条の下では,最高裁判所第二小法廷昭和50年11月21日判決(昭和47年(オ)第723号,民集29巻10号1537頁)が,物上保証人に対する抵当権の実行による競売開始決定が債務者に告知された場合には被担保債権の消滅時効が中断するとし,最高裁判所第二小法廷平成8年7月12日判決(平成5年(オ)第1788号,民集50巻7号1901頁)が,その効力は競売開始決定正本が債務者に送達された時に生ずるとしている。
物上保証人は被担保債権について自ら債務を負う者ではないから,物上保証人の財産について通常問題となるのは,仮差押えではなく担保権の実行である。
保証人の財産に対する仮差押えは,保証債務の履行請求権を被保全債権とし,保証人を債務者とする手続である。
保証債務の時効との関係では,手続の相手方と時効の利益を受ける者が一致するから,民法154条の通知の問題は生じない。
他方,主たる債務の時効との関係では,仮差押えによる時効の完成猶予は完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ効力を有する(民法153条2項)。
主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による完成猶予及び更新が保証人にも及ぶ旨の定め(民法457条1項)はあるが,その逆の定めはなく,連帯保証人について生じた事由についても,相対的効力の原則を定める民法441条等が準用されるにとどまる(民法458条)。
保証人は主たる債務の消滅時効を援用することができるから(民法145条),保証人の財産だけを仮差押えしていても,主たる債務の時効管理を別に行う必要がある。
2 「その事由が終了した時」はいつか
(1) 改正前の民法の下での判例
改正前の民法では,仮差押えは時効の中断事由であった。
最高裁判所第二小法廷昭和59年3月9日判決(昭和58年(オ)第824号,集民141号287頁)は,債務者所有の建物に仮差押えがされた後,建物の所有権が第三者に移転し,その第三者に対する強制競売で建物が競落されて仮差押えの登記が抹消された事案である。
同判決は,この抹消は仮差押えが債権者の請求によって取り消されたものでも,法律の規定に従わなかったことによって取り消されたものでもなく,改正前の民法154条所定の事由には当たらないとして,「本件仮差押による時効中断の効力は、右仮差押の登記が抹消された時まで続いていたものというべく」と判示した。
仮差押えの登記が債権者の意思によらずに抹消されても,それまでの時効中断の効力は失われず,抹消の時まで中断事由が続いていたとしたものである。
最高裁判所第三小法廷平成10年11月24日判決(平成7年(オ)第1413号,民集52巻8号1737頁)は,「仮差押えによる時効中断の効力は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続すると解するのが相当である」と判示し,本案の勝訴判決が確定しても仮差押えによる時効中断の効力が消滅するとはいえないとした。
同判決は,その理由の一つとして,「債務者は、本案の起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消しを求めることができるのであって、債務者にとって酷な結果になるともいえない」と述べている。
また,最高裁判所第三小法廷平成6年6月21日判決(平成2年(オ)第1211号,民集48巻4号1101頁)は,仮差押解放金の供託により仮差押えの執行が取り消された場合においても,仮差押えによる時効中断の効力はなお継続するとした。
起訴命令と事情変更による保全取消しは,仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告で,解放金は仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法で扱う。
(2) 改正時の立案担当者の説明
法制審議会民法(債権関係)部会第79回会議(平成25年10月29日)では,仮差押えを暫定的なものとして時効の停止(現行法の完成猶予に相当するもの)の事由とする案について,平成10年判決の継続説との関係を確認する質問がされた。
これに対し,合田関係官は,「保全執行の効力が継続している限り,時効中断の効力は継続しているという判例法理については,今回の提案で変更する意図はありません。」と答え,「その事由が終了した時」についても従来の判例法理における終了時点と同じ時点を指す趣旨である旨を説明している(同会議議事録24頁)。
この説明によれば,現行民法149条の下でも,仮差押えの執行保全の効力が存続する間は「その事由が終了した時」に当たらず,完成猶予が続くと解する余地がある。
(3) 平成10年判決の継続説に対する批判
平成10年判決の考え方(継続説)に対しては,同じ会議で批判的な指摘がされている。
質問をした高須幹事は,同判決により,仮差押えを掛けておけば時効の心配はないという理解が実務的に定着し,仮差押えが必ずしも暫定的なものではなく交渉の材料等に利用される可能性があった旨を述べている(同会議議事録24頁)。
中田委員は,平成10年判決については評価が分かれており,登記さえしていればいつまでも時効中断が続くのはおかしいという批判もあるとした上で,これを維持するのであれば,例えば民事保全法の手続の中で対応できるといった理由を,従来の批判を検討した上で示す必要がある旨を指摘している(同頁)。
同委員は,続けて,財産開示手続を仮差押え・仮処分と異なる扱いとすることに関連して,保全処分は暫定的なものだといっても登記があればずっと続くのであるから,バランスについて説明が必要である旨も述べている(同会議議事録25頁)。
これに対し,平成10年判決自身は,前記のとおり,債務者は起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消しを求めることができるから酷な結果にはならないと説明していた。
本記事では,継続説をめぐる学説の状況を網羅的に紹介することはせず,立案過程で示された上記の批判の範囲にとどめる。
(4) 改正前の判例と改正後の解釈の関係
改正後の民法149条には,差押え等についての民法148条1項括弧書のように,申立ての取下げ等によって終了した場合を区別する定めはない。
昭和59年判決は,改正前の民法154条所定の事由(債権者の請求による取消し等)に当たらないことを前提に中断の効力の存続を認めたものであるが,現行民法の下では,仮差押えがどのような理由で終了しても,条文上は,終了の時から6か月を経過するまで時効は完成しないことになる。
取下げとの関係は,仮差押えの取下げ―債務者の同意の要否,書面での取下げ,執行の解放及び担保の取戻しで扱う。
文献には,改正後の仮差押えによる時効の完成猶予について,昭和59年判決も仮差押登記の抹消時を完成猶予の事由の終了時としていると位置付けるものがある(瀬木比呂志『民事保全法[新訂第2版]』(日本評論社,2020年))。
同書には,平成10年判決のうち執行の効力が存続する間は効力が継続するとした部分は改正によっても影響を受けないが,本案の勝訴判決の確定後も消滅しないとした部分は改正により否定されるとする趣旨と読める記述もある。
もっとも,これらは文献上の見解であり,改正後の「その事由が終了した時」の意味を最高裁判例が確定させたものではない。
(5) 改正後の裁判例の状況
令和8年9月17日に裁判所HPの裁判例検索で「仮差押」と「完成猶予」の両方を含む裁判例を全文検索したところ,表示される裁判例はなかった。
もっとも,同日の同サイトでは「完成猶予」の1語だけで検索しても6件しか表示されず,全文検索で拾える範囲は限られているとみられる。
判例秘書で同じ2語を含む裁判例を検索した結果は6件であり,その中にも,改正後の民法149条の「その事由が終了した時」がいつかを判断したものは見当たらなかった。
ここでいう「見当たらない」は,上記の検索範囲での結果であり,そのような裁判例が存在しないことを意味するものではない。
上記6件の一つである東京地方裁判所令和7年5月26日判決(令和4年(ワ)第29239号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全債権として債務者の給与債権の仮差押命令が発令され,その後に本訴が提起された事案である。
同判決は,仮差押命令の被保全債権とされた一定期間の加害行為による損害賠償請求権については時効は完成しないとする一方,被保全債権とされていないそれより前の加害行為による損害賠償請求権については,消滅時効が完成しているとした。
仮差押えによる時効の完成猶予は,被保全債権とされた範囲に限られることを示す事例であり,請求の一部だけを被保全債権として仮差押えをする場合には注意を要する。
なお,同判決も,「その事由が終了した時」がいつかについては判断していない。
(6) 実務上の対応
以上のとおり,仮差押えが続く限り時効が完成しないという解釈には立案担当者の説明という根拠があるが,改正後の最高裁判断で確定しているわけではなく,継続説には立案過程でも批判が示されていた。
仮差押えをした債権者は,仮差押えによる完成猶予に頼り続けるのではなく,本案訴訟を提起して権利を確定させ,時効の更新を得ておくのが安全である。
時効の完成猶予と更新の全体像は,消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置で扱う。
3 令和2年4月1日より前の仮差押え
平成29年法律第44号(民法の一部を改正する法律)は令和2年4月1日に施行された(法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」)。
同法附則10条2項は,「施行日前に旧法第百四十七条に規定する時効の中断の事由又は旧法第百五十八条から第百六十一条までに規定する時効の停止の事由が生じた場合におけるこれらの事由の効力については、なお従前の例による。」と定めている。
したがって,同日より前にされた仮差押えの効力は改正前の「時効の中断」として扱われ,前記の昭和59年判決,平成6年判決及び平成10年判決がそのまま妥当する。
4 仮差押えの対象となった債権自体の時効
仮差押えによって時効の完成が猶予されるのは,仮差押債権者の債務者に対する債権(被保全債権)である。
債権の仮差押えの場合,仮差押えの対象となった債務者の第三債務者に対する債権(被仮差押債権)の時効は,これとは別に進行する。
東京高等裁判所平成25年4月18日判決(平成25年(ネ)第340号,金融・商事判例1425号33頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,仮差押えは被仮差押債権の消滅時効を中断する効力を有しないとした。
同判決は,改正前の民法の下での事案であり,平成8年に債務者の国に対する退職金請求権を仮差押えした債権者が,平成22年に本案の確定判決を得て平成23年に差押え及び取立訴訟に及んだものである。
現行民法の下での判断ではないが,現行民法も,仮差押えによる時効の完成猶予は完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ効力を有するとしているから(民法153条2項),被仮差押債権の時効が仮差押えによって止まるものではないと考えられる。
仮差押えの対象とした債権の弁済期が既に到来している場合には,仮差押えをしたことで安心せず,被仮差押債権の時効にも注意を払う必要がある。
第7 破産手続開始による失効と再生・更生手続での中止
1 破産法42条1項・2項
破産法42条1項は,破産手続開始の決定があった場合には,破産財団に属する財産に対する強制執行,仮差押え,仮処分等で,破産債権若しくは財団債権に基づくもの等は「することができない」と定めている。
同条2項本文は,これらの手続で破産財団に属する財産に対して既にされているものは,「破産財団に対してはその効力を失う」と定めている。
同項ただし書は,同条1項に規定する強制執行又は一般の先取特権の実行の手続については,「破産管財人において破産財団のためにその手続を続行することを妨げない。」と定めている。
続行の対象は強制執行と一般の先取特権の実行であり,仮差押えは含まれていない。
2 債権者から見た意味
仮差押えをしていても,債務者が破産すれば,破産債権に基づく仮差押えは破産財団に対して効力を失うから,仮差押えによって破産手続の外で回収を確保することはできない。
破産債権は,破産法に特別の定めがある場合を除き,破産手続によらなければ行使することができない(破産法100条1項)。
仮差押えが「担保」ではないことは,この場面で最もはっきり現れる。
債務者の破産手続の概要は倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理,債権者の側から法人の破産を申し立てる場合は債権者による法人破産申立て―要件・予納金・回収リスクで扱う。
仮差押えのために立てた担保(供託金)の取戻しは,仮差押えの担保(供託金)を取り戻す方法―担保取消しの3類型,簡易の取戻し及び所要期間で扱う。
3 民事再生・会社更生との比較
(1) 民事再生
再生手続開始の申立てがあった場合,裁判所は,必要があると認めるときは,再生手続開始の申立てにつき決定があるまでの間,再生債権に基づく強制執行,仮差押え若しくは仮処分等(「再生債権に基づく強制執行等」)の手続で再生債務者の財産に対して既にされているものの中止を命ずることができる(民事再生法26条1項2号)。
ただし,その手続の申立人である再生債権者に不当な損害を及ぼすおそれがない場合に限られる(同項ただし書)。
中止命令によっては再生手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときは,全ての再生債権者に対する包括的禁止命令も用意されている(同法27条1項)。
再生手続開始の決定があったときは,再生債務者の財産に対する再生債権に基づく強制執行等の申立てはすることができず,既にされている再生債権に基づく強制執行等の手続は中止する(民事再生法39条1項)。
裁判所は,再生に支障を来さないと認めるときは中止した手続の続行を命ずることができ,再生のため必要があると認めるときは,担保を立てさせて,又は立てさせないで,中止した手続の取消しを命ずることができる(同条2項)。
そして,再生計画認可の決定が確定したときは,中止した手続は,続行を命じられたものを除き,その効力を失う(同法184条)。
(2) 会社更生
会社更生法も,更生手続開始の申立て後の中止命令(24条1項2号)と包括的禁止命令(25条)を定めている。
ここでいう「強制執行等」には,更生債権等に基づく強制執行,仮差押え及び仮処分のほか,担保権の実行も含まれる(同法24条1項2号)。
更生手続開始の決定があったときは,更生会社の財産に対する強制執行等の申立てはすることができず,既にされている強制執行等の手続は中止する(会社更生法50条1項)。
裁判所は,更生に支障を来さないと認めるときは続行を命ずることができ,更生のため必要があると認めるときは取消しを命ずることができる(同条5項1号・6項)。
更生計画認可の決定があったときは,中止した強制執行等の手続は,続行されたものを除き,その効力を失う(同法208条)。
(3) 破産との違い
破産では,破産手続開始の決定によって,破産債権に基づく仮差押えは直ちに破産財団に対して効力を失う(破産法42条2項)。
これに対し,民事再生と会社更生では,手続開始の決定の段階では仮差押えは中止するにとどまり,失効するのは,再生計画認可の決定の確定時又は更生計画認可の決定時である。
個人再生の特則,特別清算における扱い及び中止・失効の場面での時効の扱いは,本記事の対象外である。
第8 関連記事
①仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像
②仮差押えの担保金はいくらか―目的物の価格を基準とする算定方法,担保基準表及び立て方
③仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法
④仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告
⑤仮差押えの取下げ―債務者の同意の要否,書面での取下げ,執行の解放及び担保の取戻し
⑥債務名義があっても仮差押えはできるか―保全の必要性と東京高裁平成24年11月29日決定
⑦預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告
⑧債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務
⑨強制執行に対する債務者の対抗手段―執行抗告,請求異議の訴え,執行停止,差押禁止債権の範囲変更
⑩消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置
⑪倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理
⑫債権者による法人破産申立て―要件・予納金・回収リスク
⑬不動産登記の主要判例・調査資料・関連記事一覧
第9 出典・参考資料
1 法令・裁判所規則
①民事保全法(平成元年法律第91号)13条,14条,20条,47条,50条(e-Gov法令検索)
②民事執行法(昭和54年法律第4号)22条,25条,46条,59条,81条,87条,91条,145条,147条,155条,156条,159条,165条,166条(e-Gov法令検索)
③民法(明治29年法律第89号)145条,147条,148条,149条,153条,154条,441条,457条,458条,平成29年法律第44号附則10条(e-Gov法令検索)
④破産法(平成16年法律第75号)42条,100条(e-Gov法令検索)
⑤民事訴訟法(平成8年法律第109号)259条(e-Gov法令検索)
⑥民事再生法(平成11年法律第225号)26条,27条,39条,184条(e-Gov法令検索)
⑦会社更生法(平成14年法律第154号)24条,25条,50条,208条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷令和3年1月12日判決(令和元年(受)第1166号,集民265号1頁)
②最高裁判所第一小法廷平成28年12月1日判決(平成27年(受)第477号,民集70巻8号1793頁)
③最高裁判所第三小法廷平成10年11月24日判決(平成7年(オ)第1413号,民集52巻8号1737頁)
④最高裁判所第三小法廷平成6年6月21日判決(平成2年(オ)第1211号,民集48巻4号1101頁)
⑤最高裁判所第二小法廷昭和59年3月9日判決(昭和58年(オ)第824号,集民141号287頁)
⑥最高裁判所第二小法廷昭和50年11月21日判決(昭和47年(オ)第723号,民集29巻10号1537頁)
⑦最高裁判所第二小法廷平成8年7月12日判決(平成5年(オ)第1788号,民集50巻7号1901頁)
⑧東京高等裁判所平成25年4月18日判決(平成25年(ネ)第340号,金融・商事判例1425号33頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
⑨東京地方裁判所令和7年5月26日判決(令和4年(ワ)第29239号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
3 裁判所等の案内
①法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」
②法制審議会民法(債権関係)部会第79回会議議事録(平成25年10月29日)24頁~25頁
③裁判所「裁判例検索」
4 文献
①司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年)46頁~48頁,51頁~53頁
②瀬木比呂志『民事保全法[新訂第2版]』(日本評論社,2020年)