AIで作成した本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,特定の個別事案に対する法的助言ではありません。実際の設計・受任に当たっては,個別の事実関係と最新の法令・裁判例を確認してください。
第1 本記事の対象と射程
1 本記事が扱う「4つの難所」と,現実化した具体的リスク
いわゆる家族信託(民事信託)は,判断能力の低下に備えた財産管理や円滑な資産承継の手段として関心を集めています。
もっとも,その難しさは抽象的なものではありません。
後述のとおり,設計を誤ったために信託を原因とする登記の抹消が命じられた裁判例や,組成を受任した専門職が損害賠償責任を負った裁判例があり,難しさは既に具体的な不利益として現実化しています。
本記事は,この難しさを,(1)設計の型が確立しておらず,設計を誤ると信託の一部が無効となり,又は信託終了を制限する条項の効力が争われ得ること,(2)税務が私法とは別の規律で動き想定外の税負担が生じ得ること,(3)口座を開設できず信託が機能しない場合があり,組成した専門職が責任を負い得ること,(4)後見・遺言との役割の違いを踏まえた制度選択を誤るリスクがあること,の4点に整理します。
制度・用語の一般的解説にとどめず,条文と裁判例から直接読み取れる範囲で,どの設計がどの帰結を招くのか,弁護士が受任の可否と依頼者への説明事項を検討するための視点を示します。
2 用語の整理――民事信託・家族信託・商事信託
信託法2条1項は,信託を,一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の目的達成に必要な行為を受託者にさせることと定義しています。
信託業法3条は,信託の引受けを営業として行う信託業を内閣総理大臣の免許に係らしめています。
受託者が信託銀行・信託会社である営業信託(商事信託)と,親族等が無報酬で受託者となる非営業の信託(民事信託)とは,同じ信託法を基礎としながら,後述のとおり監督・課税・利用可能な制度が大きく異なります。
「家族信託」は民事信託のうち親族間で用いられるものを指す通称であり,法令上の用語ではありません。本記事では,法令上の区別が必要な場面では「民事信託」「商事信託」を用います。
第2 難所その1――設計を誤ると,信託の一部無効や終了制限条項の効力が問題となる
1 任意規定を基調とする制度構造
信託法は,多様な信託設計を可能にするため,多くの規律を任意規定としています。
受託者の忠実義務は信託法30条が一般条項として定めるにとどまり,分別管理義務についても,信託法34条1項ただし書は「信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによる」として,管理方法を信託行為にゆだねています。
信託の設定方法も,信託法3条が契約・遺言・自己信託(公正証書等の書面によるもの)の3類型を定めており,どの方式を採るかを含め,制度の骨格を契約で作り込むことが前提とされています。
したがって,家族信託には「これを使えば安全」という確立した定型があるわけではなく,事案ごとに条項を設計する必要があり,設計の巧拙が直接に効力の問題につながります。
2 遺留分潜脱と公序良俗による一部無効――東京地方裁判所平成30年9月12日判決
設計を誤った場合の帰結は,信託の一部の無効という形で現実化します。
東京地方裁判所平成30年9月12日判決(平成27年(ワ)第24934号・共有権確認等請求事件,金融法務事情2104号78頁)は,被相続人が所有する全不動産等を目的財産とし,特定の相続人を主たる受益者とする後継ぎ遺贈型の受益者連続信託について,そのうち収益を生まない不動産を信託財産とした部分を,公序良俗に反して無効と判断しました。
同判決は,経済的利益の分配が想定されない不動産を信託財産に含めた部分は,遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであるとし,信託法上認められた後継ぎ遺贈型受益者連続信託であるとしても,民法上認められた遺留分減殺請求権の行使を妨げる内容の信託が許されるものではないとしました。
この判断が命じた具体的な帰結は,設計上のリスクを端的に示しています。
同判決は,無効とされた不動産について,信託を原因とする所有権移転登記及び信託の登記の各抹消登記手続を命じました。
すなわち,狙った承継のために設定した信託の登記そのものが抹消され,その部分の設計は覆りました。
あわせて同判決は,信託契約による信託財産の移転は信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないとして,信託における遺留分減殺の対象は受益権であるとの判断を示した上で,有効とされた収益不動産についても,遺留分減殺を原因とする持分一部移転登記手続を命じ,さらに金員の支払を命じました。
なお,同判決は改正前の遺留分減殺請求(改正前民法1031条)に関する事案ですが,遺留分制度の潜脱を許さないという判断の枠組みは,遺留分侵害額請求(現行民法1046条)の下でも参照され得ます。
現行法における遺留分侵害額の算定手順は,遺留分侵害額請求の計算方法―旧法の減殺請求と何が変わったかで説明しています。
3 「防御的」設計がかえって潜脱と評価されるリスク
上記判決で特に注意を要するのは,遺留分権利者の受益権割合を遺留分割合に一致させておけば足りるとは限らない,という点です。
同判決は,遺留分割合に相当する受益権を形式的に与えていても,その受益権から現実の経済的利益が得られない設計は,むしろ遺留分減殺の回避を目的としたものと評価しました。
したがって,「遺留分割合の受益権を渡しているから大丈夫」という発想でされた防御的な設計が,かえって潜脱の徴表と受け取られるリスクがあります。
相手方(遺留分権利者)側からは,特定の不動産に収益性がないこと,受益権割合が遺留分割合に一致するにとどまること,実質的な利益分配が想定されていないことなどを根拠に,公序良俗違反の主張がされることが考えられます。
これを避ける観点からは,受益者となる遺留分権利者に対し,収益や換価代金の分配など実質的な利益が及ぶ構成にすること,遺留分侵害が生じ得る場合の代償措置を検討することが,設計上の着眼点となります。
もっとも,公序良俗違反の成否は,目的財産の性質,受益権の内容,代償措置の有無等の具体的事情によって左右されるものであり,1件の下級審裁判例から一般的な結論を導くことは相当でありません。個別事案では,信託全体の目的と各財産の位置づけを踏まえた検討が必要です。
4 信託の終了を制限する条項――最高裁令和8年6月17日決定
委託者兼受益者が信託を終了させる権限を制限する条項を置いても,その条項が信託法164条3項の「別段の定め」として当然に効力を有するわけではありません。
最高裁令和8年6月17日第三小法廷決定(令和6年(許)第30号・受託者解任申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)は,委託者兼受益者と受託者との信託契約において信託法164条1項の適用を排除する条項が設けられた事案について,その条項が同条3項の別段の定めとして効力を有するには,信託目的の達成のために合理的に必要と認められることを要するとしました。
さらに同決定は,条項が別段の定めとして効力を有する場合でも,受託者が終了の申入れを拒絶して任務を続けることが許されるには,申入れの時点で,その行為が信託目的の達成のために合理的に必要と認められることを要するとしました。
同決定は,適用排除条項の効力と受託者による任務遂行の必要性について更に審理させるため,原決定を破棄して東京高等裁判所に差し戻したものであり,条項の無効又は受託者の解任を確定したものではありません。補足意見は,会社価値の毀損防止や利益最大化といった抽象的で不明瞭な目的を掲げるだけでは,直ちに合理的必要性が認められるものではないと述べています。設計・受任上は,終了権限を制限する目的を受益者の利益との関係で具体化し,条項設定時と終了申入れ時の双方で合理的必要性を検討する必要があります。
本決定の事案,判旨,補足意見及び実務上の留意点は,最高裁令和8年6月17日決定と民事信託の終了制限-信託法164条の適用排除条項及び受託者解任で詳しく説明しています。
第3 難所その2――税務が私法とは別に動き,想定外の税負担が生じる
民事信託の税務を設定から終了まで時系列で確認する場合は,民事信託(家族信託)の税金はいつ発生するかも参照してください。
1 受益者等課税の原則と,他益信託化による課税
信託の課税は,財産の名義が受託者に移ることではなく,信託の利益を受ける受益者を基準として組み立てられているため,私法上の設計だけを見ていると課税を見落とすリスクがあります。
相続税法9条の2第1項は,信託の効力が生じた場合に,適正な対価を負担せずに受益者等となる者があるときは,その者が信託に関する権利を委託者から贈与(委託者の死亡に基因する場合は遺贈)により取得したものとみなすと定めています。
したがって,委託者自身が受益者である自益信託の設定時には,相続税法9条の2第1項による贈与税又は相続税は通常生じません。もっとも,これは信託の設定・運用・終了に伴う他の税目まで課税関係がないという意味ではありません。受益者が委託者以外の者となる他益信託の局面では,受益者に贈与税又は相続税が課され得ます。
設計上は財産を「預けた」つもりでも,受益権の帰属が動けば課税が生じ得るのであり,税負担の発生時期と負担者を私法設計と別に確認しておく必要があります。
2 受益者連続型のフル評価課税と相続税額の加算
受益者連続型の信託では,承継のたびに税負担が積み上がるリスクがあります。
相続税法9条の3第1項は,受益者連続型信託に関する権利について,受益者連続型信託の利益を受ける期間の制限その他の権利の価値に作用する制約が付されているものは,その制約が付されていないものとみなすと定めています。
このため,中継ぎの受益者であっても,制約のない受益権を取得したものとして課税価格が算定され,承継のたびに相続税又は贈与税が問題となります。
さらに,相続税法18条1項は,相続又は遺贈により財産を取得した者が,被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者である場合には,相続税額に2割に相当する金額を加算すると定めています。
受益者連続型信託で,先順位の受益者と血族・配偶者の関係にない者が次順位の受益者として財産を取得する構成を採る場合には,この加算の適用があり得ます。
承継の順序を工夫したつもりが,フル評価による課税と2割加算とが重なって税負担が想定を超えることがあり得るため,受益者間の身分関係に即して個別に課税関係を確認する必要があります。
3 信託した収益不動産の損失は損益通算も繰越しもできない
収益不動産を信託財産とする場合には,損失の取扱いに固有の不利益があります。
租税特別措置法41条の4の2第1項は,特定受益者に該当する個人が信託から生ずる不動産所得を有する場合において,その年分の不動産所得の金額の計算上,信託による不動産所得の損失の金額として政令で定める金額があるときは,その金額は,所得税に関する法令の適用上,生じなかったものとみなすと定めています。
この結果,信託した賃貸不動産で損失が生じても,他の所得との損益通算ができないだけでなく,「生じなかったものとみなす」とされるため,翌年以降への繰越しもできません。
同じ不動産を信託せずに個人で保有していれば損益通算が可能である場合と比較すると,減価償却等により赤字が見込まれる収益不動産を信託に組み入れることが,かえって税負担を増やす方向に働く場合があります。収益不動産を信託財産とするかは,この点を踏まえて判断する必要があります。
4 非課税措置・特例の適用可否は制度ごとに異なる
信託に関する非課税措置・特例は,受託者や取得原因などの要件を制度ごとに定めており,民事信託で一律に利用できないわけではありません。
相続税法21条の4第1項は,特定障害者を受益者とする特定障害者扶養信託契約に基づく信託受益権について,一定額(特別障害者は6000万円,特別障害者以外の特定障害者は3000万円)まで贈与税の課税価格に算入しないと定めていますが,同項は受託者を信託会社その他政令で定める者としており,親族が受託者となる民事信託ではこの措置を利用できません。
いわゆる親なき後の備えを民事信託で組もうとすると,この非課税枠を使えないまま設計することになりかねず,商事信託や後見制度を含めた選択肢の比較が必要になります。
他方,国税庁の租税特別措置法関係通達69の4-2は,小規模宅地等の特例の対象となる「特例対象宅地等」に,一定の信託に関する権利で,信託財産に属する宅地等が被相続人等の事業又は居住の用に供されていたものが含まれるとしています。信託であることだけを理由に同特例が排除されるわけではなく,取得した権利,宅地の利用状況,取得者及び保有継続等の要件を個別に確認する必要があります。貸付事業用宅地等の三年要件等は,小規模宅地等の特例-貸付事業用宅地等の三年要件と例外で説明しています。
これに対し,東京国税局の令和4年12月20日付文書回答は,照会された事実関係の下で,委託者兼受益者の死亡により信託が終了し,帰属権利者が取得した残余財産は,租税特別措置法35条3項の「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に当たらず,同項の特例を適用できないと回答しています。もっとも,同回答は東京国税局の個別照会に対する見解であり,照会者の申告内容等を拘束しないと明記されています。同特例の一般的な要件は,相続した不動産を売却したときの譲渡所得-取得費・特例・遺産分割で説明しています。
流通税については,信託設定に伴う登記・取得のうち一定のものが非課税とされています。
地方税法73条の7第3号・第4号は,委託者から受託者に信託財産を移す場合の不動産の取得,及び自益信託の終了により委託者(元本の受益者)に信託財産を移す場合の不動産の取得を,不動産取得税の非課税としています。
登録免許税についても,登録免許税法7条1項は,委託者から受託者への信託のための財産権移転の登記等を非課税としています。
もっとも,信託の登記そのものには課税され,土地の所有権の信託の登記は,租税特別措置法72条1項2号により,令和11年3月31日までの間,1000分の3に軽減されています。委託者以外の第三者が信託終了時に財産を取得する場合には非課税とされないため,帰属権利者を誰にするかによって課税の有無が変わる点にも注意が必要です。
第4 難所その3――口座を開けず信託が機能せず,専門職が責任を負う
1 民事信託には商事信託と同じ行政監督がない
商事信託と異なり,非営業の民事信託には,信託業法に基づく行政監督は及びません。受託者による財産の私消等を防ぐためには,信託法上の監督手段と信託行為上の仕組みを事案に応じて組み合わせる必要があります。
信託業法3条により,信託業は内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営むことができず,商事信託は監督官庁の下に置かれます。
これに対し,非営業の民事信託は信託業法の規律の外にあり,受託者の事務を監督するのは,委託者・受益者のほか,信託行為で置くことのできる信託監督人(信託法131条)や受益者代理人(信託法138条)です。
信託監督人は受益者が受託者の監督を適切に行うことができない特別の事情がある場合に裁判所が選任することもできますが(信託法131条4項),受益者代理人はあらかじめ信託行為に定めを置かなければ設けられません(信託法138条1項)。監督の担い手を設計段階で組み込んでおかないと,運用開始後に監督の空白が生じるリスクがあります。
2 信託口口座の壁と専門職の説明義務――東京地方裁判所令和3年9月17日判決
信託財産である金銭の分別管理に用いる信託口口座は,金融機関ごとに取扱いが異なり,設計した信託契約でも口座を開設できないことがあります。
日本弁護士連合会「信託口口座開設等に関するガイドライン」(2020年9月10日)は,信託口口座を,受託者の固有財産と分別して信託財産を管理するための口座と位置づける一方,信託口口座の開設が信託法上強制されるものではなく,金融機関において開設できない場合もあり得ることを前提としています。
口座を開設できなければ,信託財産である金銭を専用口座で分別管理することができず,信託が予定どおりに機能しないおそれがあります。
同ガイドラインは,差押債権目録に信託財産が差押対象に含まれることが記載されていない場合の取扱いについて複数の考え方を示し,いまだ定説があるわけではなく,金融機関ごとに整理又は取扱いが異なり得るとしています。したがって,口座名義に「信託口」と表示されるだけで,受託者の固有債務に基づく差押えが当然に排除されると説明することはできません。
また,同ガイドラインは,受託者の死亡後に後継受託者が就任しても,金融機関への申出や必要書類の提出を経て,金融機関所定の手続を行う必要があると整理しています。信託法上の権利義務の承継と,後継受託者が口座取引を再開できることとは分けて確認する必要があります。
この点に関し,東京地方裁判所令和3年9月17日判決(平成31年(ワ)第11035号・損害賠償請求事件,金融・商事判例1640号40頁)は,専門職の責任を一部認めました。
同判決は,高齢者が民事信託の利用を考えて司法書士との間で締結した委任契約について,債務不履行に基づく請求は,司法書士が委任契約上の債務をすべて履行したとして理由がないとしましたが,不法行為に基づく請求は理由があるとしました。
すなわち同判決は,司法書士は,金融機関の信託内融資や信託口口座(狭義)等に関する対応状況の情報収集・調査を行った上で,信託契約を締結しても信託内融資及び信託口口座(狭義)の開設を受けられないというリスクが存することを説明すべき義務を負っていたとし,この情報提供義務及びリスク説明義務を果たしていれば高齢者は委任契約を締結しなかったとして,委任契約の締結によって被った損害の限度で賠償を認めました。
この判決は特定の司法書士の事案に関するものですが,家族信託の組成を受任する専門職にとって,金融機関の対応状況を調査せず,口座開設や融資が受けられないリスクを説明しないまま組成を進めることが,損害賠償責任に直結し得ることを示すものとして,受任時の調査・説明の在り方を検討する手掛かりになります。
3 受託者を確保できないと信託が強制終了する
民事信託は,受託者を確保し続けられなければ,設計した承継の枠組みごと失われるリスクを抱えています。
信託法163条3号は,受託者が欠けた場合であって,新受託者が就任しない状態が1年間継続したときを,信託の終了事由としています。
無報酬を原則とする民事信託において,長期にわたり誠実に事務を行う後継の受託者まで確保することは容易でなく,第2次・第3次の受託者を信託行為で定めておかなければ,受託者の死亡や辞任を契機に信託が終了しかねません。
依頼者からの事情聴取において,受託候補者の存在と適格性を確認しておくべき理由もここにあります。
第5 難所その4――後見・遺言との役割の違いと,制度選択を誤るリスク
1 財産管理・身上監護・承継の守備範囲
家族信託は万能の制度ではなく,守備範囲を誤解したまま選択すると,本来必要な備えが欠けるリスクがあります。
民事信託が担うのは信託財産の管理・処分であり,介護や入院に関する契約などの身上監護は,信託の対象となりません。
判断能力が後見開始に相当する程度に至った場合には,信託を設定していても後見制度の利用が別途必要となる場面があり,信託と後見のいずれによるべきか,あるいは併用すべきかは,本人の判断能力の程度と目的に応じて検討することになります。
他方,遺言は死亡時の一回的な財産承継の手段であり,生前の継続的な財産管理には対応しません。これらの守備範囲の違いを依頼者に説明し,目的に適した制度を選択することが,受任時の出発点となります。
2 後継ぎ遺贈を信託で実現する場合の限界――最高裁昭和58年3月18日判決と30年ルール
「まず配偶者に,その死亡後は子に」といった後継ぎ遺贈的な承継を遺言で実現しようとする場合,その効力には解釈上の議論があります。
最高裁判所昭和58年3月18日判決(昭和55年(オ)第973号・遺贈存在確認等請求事件,家庭裁判月報36巻3号143頁)は,妻の死亡を停止条件として弟妹に不動産の持分を遺贈する旨の条項が問題となった事案において,遺言の解釈に当たっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく,遺言者の真意を探究すべきであり,特定の条項の解釈においても,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して条項の趣旨を確定すべきであるとして,原判決を破棄し,福岡高等裁判所に差し戻しました。
同判決は,このような条項の解釈の枠組みを示したものであり,後継ぎ遺贈一般の有効性を一律に肯定したものではありません。
信託では,信託法91条が,受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めのある信託(後継ぎ遺贈型受益者連続信託)を認めています。
もっとも,同条は,信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が受益権を取得した場合に,その受益者が死亡するまで又は受益権が消滅するまでの間に限り効力を有すると定めており,承継を無期限に指定できるものではありません。
このため,「孫の代まで」といった長期の承継を意図しても,30年経過後に受益権を取得した受益者の代で信託が終了し,想定した承継が途中で打ち切られるリスクがあります。
また,こうした受益者連続信託であっても,第2で述べたとおり,遺留分制度の潜脱と評価される設計は許されません。後継ぎ遺贈的な承継を実現する手段として信託を用いる場合には,30年の期間制限と遺留分の制約の双方を踏まえた設計が必要です。
第6 起こり得る帰結と,受任時に確認すべき事項
以上で述べた難所は,設計や説明を誤ると,次のような具体的な帰結につながり得ます。
- 遺留分潜脱と評価され,信託を原因とする登記の抹消や,遺留分を原因とする持分移転登記,金員支払を命じられること(第2),又は信託終了権限の制限条項が信託目的の達成のために合理的に必要でないとして効力を否定され得ること(第2)。
- 他益信託化や受益者連続に伴う贈与税・相続税,相続税額の加算,収益不動産の損失を通算・繰越しできないことによる,想定外の税負担(第3)。
- 信託口口座を開設できないことによる信託の機能不全と,リスク説明を怠った専門職の損害賠償責任(第4)。
- 受託者を確保できないことによる信託の終了,及び後見・遺言との役割の取り違えによる備えの欠落(第4・第5)。
これらの帰結を避けるため,家族信託の相談を受けた場合には,少なくとも次の事項を確認することが,実務の手順として考えられます。
- 本人(委託者)と面談し,意思能力及び信託設定意思を確認する。親族等から不当な影響を受けたことが疑われる状況を避けるため,必要に応じて親族の同席なしに意思確認を行う。財産管理か承継か,その双方かという目的を確認した上で,任意後見・法定後見・贈与・遺言等の代替手段及び併用の要否を検討する。
- 信託財産の候補について,収益性の有無を確認し,遺留分権利者に実質的な利益が及ばない設計となっていないか,遺留分侵害の有無と代償措置の要否を検討する。
- 受益者の構成と身分関係を確認し,他益信託化の時期・受益者連続の有無に応じた贈与税・相続税,相続税額の加算の有無を,税理士と連携して確認する。
- 収益不動産を信託財産とする場合は,損失の損益通算・繰越しができないことを踏まえ,組入れの当否を検討する。
- 利用予定の金融機関について,信託口口座や信託内融資の対応状況を調査し,開設・融資を受けられないリスクを依頼者に説明する。
- 受託者候補者の存在と適格性を確認し,後継の受託者を含め,受託者不在による終了を避ける定めを設ける。
- 監督の担い手(信託監督人・受益者代理人)を置くかを検討し,受益者代理人を設ける場合は信託行為に定めを置く。
- 運用開始後について,信託法37条に基づく帳簿等の作成・保存及び受益者への報告,信託変更・終了時の金融機関への届出,受益者変更等に伴う法定調書及び信託の計算書の提出義務の有無と期限,信託終了時の清算・最終計算を,誰がいつ行うか確認する。
これらの確認事項のうち,税務の具体的な取扱いや金融機関の対応は,事案ごとに異なり得るため,条文と最新の取扱いに当たって確認する必要があります。本記事は,確認すべき論点の所在と,これを誤った場合に生じ得る帰結を示すものであり,個別事案の結論は,具体的な事実関係と証拠によって異なります。
民事信託の相談受任から本人確認,契約,財産移転,運用,受託者交代及び清算までの工程は,弁護士による民事信託(家族信託)業務の流れで整理しています。
出典
本記事が根拠とした主な法令・裁判例・資料は次のとおりです。法令の条文はe-Gov法令検索により確認しています。裁判所ウェブサイト掲載の裁判例には同サイトへのリンクを設定しています。同サイト未掲載の裁判例は,判例秘書プラスで全文を確認し,掲載誌の巻号頁及び事件番号によって特定しています。国税庁の通達・文書回答・手続案内は所管税目に関する国税庁等の解釈又は手続の説明,日本弁護士連合会のガイドラインは同会の推奨実務を示すものであり,法令又は裁判例そのものではありません。
1 法令
- 信託法(2条1項,3条,8条,30条,31条,34条,37条,56条,60条,62条,74条,75条,91条,131条,138条,163条3号,164条,177条,184条)
- 信託業法(3条)
- 相続税法(9条の2,9条の3,18条,21条の4)
- 租税特別措置法(35条3項,41条の4の2,69条の4,72条1項2号)
- 地方税法(73条の7第3号・第4号)
- 登録免許税法(7条1項)
- 民法(968条,1046条,改正前1031条)
2 裁判例
- 最高裁判所第三小法廷令和8年6月17日決定(令和6年(許)第30号・受託者解任申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件,破棄差戻し)――信託法164条1項の適用を排除する条項が同条3項の別段の定めとして効力を有するための要件,及び受託者が終了申入れを拒絶して任務を遂行するための要件を示し,原決定を破棄して差し戻した決定。裁判所ウェブサイトで全文確認。
- 東京地方裁判所平成30年9月12日判決(平成27年(ワ)第24934号・共有権確認等請求事件,金融法務事情2104号78頁,登記情報687号64頁)――信託設定のうち経済的利益の分配が想定されない不動産を信託財産とした部分を遺留分制度の潜脱として公序良俗に反し無効とし,信託を原因とする所有権移転登記及び信託の登記の抹消登記手続等を命じた事例。減殺の対象は受益権とした。裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書プラスで全文確認。
- 東京地方裁判所令和3年9月17日判決(平成31年(ワ)第11035号・損害賠償請求事件,金融・商事判例1640号40頁)――民事信託の組成を受任した司法書士について,信託内融資及び信託口口座の開設を受けられないリスクの情報提供義務・説明義務違反を理由に,不法行為に基づく損害賠償責任を一部認めた事例。裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書プラスで全文確認。
- 最高裁判所第二小法廷昭和58年3月18日判決(昭和55年(オ)第973号・遺贈存在確認等請求事件,家庭裁判月報36巻3号143頁,判例タイムズ496号80頁,判例時報1075号115頁)――遺言の解釈は文言の形式的判断にとどまらず遺言者の真意を探究すべきであるとして原判決を破棄し差し戻した事例。裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書プラスで全文確認。
3 所管行政機関の資料
- 国税庁・租税特別措置法関係通達69の4-2「信託に関する権利」――一定の信託に関する権利が小規模宅地等の特例の対象に含まれるとする取扱い。
- 東京国税局「信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について」(令和4年12月20日回答)――照会事例における残余財産の取得について同特例を適用できないとする見解。同回答は申告内容等を拘束しない。
- 国税庁「F2-5 信託に関する受益者別(委託者別)調書(同合計表)」――手続対象者,提出時期及び提出方法の案内。
- 国税庁「F1-33 信託の計算書(同合計表)」――手続対象者,提出時期及び提出方法の案内。
4 弁護士会資料
- 日本弁護士連合会「信託口口座開設等に関するガイドライン」(2020年9月10日)――信託口口座の位置づけ,分別管理,差押え及び受託者交代時の取扱いに関する日弁連の推奨実務。
- 日本弁護士連合会「民事信託業務に関するガイドライン」(2022年12月16日)――委託者の意思確認,民事信託以外の選択肢の検討その他の民事信託業務に関する日弁連の推奨実務。
5 文献
- 西希代子「信託法と相続法――信託と遺留分制度との関係を中心として」信託研究奨励金論集43号171頁(2022年,信託協会)――東京地方裁判所平成30年9月12日判決の分析及び信託と遺留分制度の関係に関する検討。