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相続放棄と生前贈与スキームの限界(AI作成)

第1 本記事の対象と結論の要旨

1 問題の所在

相続の場面では,価値のある財産を生前のうちに承継させたい者へ贈与し,債務や管理費用のかかる不要な不動産(いわゆる負動産)といった負担だけを残したうえで相続放棄をする,という発想が語られることがある。良いものは生前に分け,負担は相続放棄で切り離すという組合せである。

この発想は,立法過程でも意識されてきた。
所有者不明土地問題への対応を検討した法制審議会民法・不動産登記法部会(令和元年6月11日開催の第4回会議)では,相当の負担をしなければ手放せない土地について,正直に費用を負担して処分する者と,相続放棄によって管理を放置する者との間に不均衡が生じ得ることが,相続放棄の濫用という観点から議論された。その後の令和3年の民法・不動産登記法等の改正は,この問題に対し,相続放棄そのものを制限するのではなく,相続放棄後の保存義務の明確化(民法(明治29年法律第89号)第940条)と,相続等により取得した土地を国庫に帰属させる新たな制度の創設によって応答した。

本記事は,このスキームがどの範囲で機能し,どこで限界に突き当たるかを,債権者との関係,負担からの解放という目的との関係,他の相続人との関係,及び税務の4つの視点から整理する。制度の抽象的な解説ではなく,弁護士が手続を選択し,主張と証拠を検討し,相手方の反論に備えるための材料を示すことを目的とする。

2 結論の要旨——「相続放棄の脚」と「生前贈与の脚」

このスキームは,性質の異なる2本の脚から成る。1つは,被相続人の生前に承継者へ資産を移す生前贈与であり,もう1つは,相続開始後に相続人が家庭裁判所で申述する相続放棄である。

結論を先に述べる。
相続放棄それ自体は,債権者の詐害行為取消権の対象とならず,登記の有無を問わず効力を生ずるため,債権者や課税庁が事後に覆すことが難しい。これに対し,生前贈与は,詐害行為取消権,破産手続上の否認権,国税徴収法上の第二次納税義務という複数の制度によって覆され得る,露出した側面である。したがって,このスキームの限界の多くは,相続放棄の側ではなく生前贈与の側に現れる。さらに,負担からの解放という目的そのものについても,占有する土地の保存義務や国庫帰属手続の費用といった限界がある。以下では,この構造を順に検討する。

3 前提となる制度の骨格

相続放棄は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に,家庭裁判所に申述して行う(民法第915条第1項,第938条)。相続の放棄をした者は,その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法第939条)。この遡及効が,後に述べる債権者・税務・遺留分の各場面での帰結を規定する。

3か月の期間(熟慮期間)の起算点については,相続財産が全く存在しないと信じ,かつ被相続人との交際状況等からそう信じたことに相当な理由があると認められるときは,相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算するとした最高裁判所昭和59年4月27日判決・民集38巻6号698頁がある。相続開始から相当期間が経過した後の相続放棄の可否を検討する際の出発点となる。

第2 相続放棄それ自体は債権者に覆されにくい

1 相続放棄は詐害行為取消権の対象とならない

最高裁判所昭和49年9月20日判決・民集28巻6号1202頁は,「相続の放棄は,民法第424条の詐害行為取消権行使の対象とならない」と判示した。その理由として,相続の放棄は積極的に債務者の財産を減少させる行為ではなく,消極的にその増加を妨げるにすぎないこと,及び相続の放棄のような身分行為については,他人の意思によってこれを強制すべきでないことが挙げられている。

この判断は,相続債権者(被相続人の債権者)が,資力の乏しい相続人の放棄を取り消して相続財産に対する引当てを回復することはできない,という帰結をもたらす。相続放棄の側が債権者の攻撃を受けにくいことの根拠であり,スキームが相続放棄を用いる理由でもある。もっとも,この判示は相続放棄という行為の性質に基づくものであり,後述するとおり,生前贈与や遺産分割協議という別の行為にはそのまま及ばない。

2 相続放棄の効力は登記なくして生ずる

相続放棄の効力は,登記等の有無を問わず,何人に対しても主張できると解されている(最高裁判所昭和42年1月20日判決・民集21巻1号16頁)。同判決は,相続放棄前に他の相続人の相続持分を差し押さえた債権者に対しても,その後にされた相続放棄を対抗できる旨を示したものである。

相続放棄をした者は初めから相続人でなかったものとみなされる(民法第939条)以上,その持分は放棄の時にさかのぼって存在しなかったことになる。この絶対的な効力は,次に述べる遺産分割協議の場合と対照的であり,スキームの設計において相続放棄が選ばれる一因となる。

3 遺産分割協議との違い

同じく財産を1人に集中させる手段であっても,遺産分割協議は,相続放棄とは異なる扱いを受ける。最高裁判所平成11年6月11日判決・民集53巻5号898頁は,「共同相続人の間で成立した遺産分割協議は,詐害行為取消権行使の対象となる」と判示した。遺産分割協議は,相続によって共同相続人の共有となった相続財産の全部又は一部を各相続人の単独所有等に確定させるものであり,その性質上,財産権を目的とする法律行為であるから,というのがその理由である。同判決は,この点で,身分行為である相続放棄とは異なると位置づけている。

対抗要件の面でも差がある。相続による権利の承継は,遺産の分割によるものか否かにかかわらず,法定相続分を超える部分については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない(民法第899条の2第1項)。すなわち,遺産分割等によって法定相続分を超えて財産を取得した相続人は,登記を備えるまでの間,差押債権者等の第三者に対してその超過部分を対抗できない場合がある。相続放棄が登記なくして絶対的な効力を持つのとは対照的である。

この対比から,実務上の帰結が導かれる。
債権者からの追及が予想される局面で財産を1人に集めたい場合,遺産分割協議による処理は詐害行為取消権と対抗要件の問題に直面するのに対し,相続放棄による処理はこれらを避けやすい。承継させたい財産の移転を,相続開始後の遺産分割ではなく,被相続人の生前贈与によって先行させる発想も,同じ理由に基づくものと理解できる。もっとも,その生前贈与こそが,次章で述べるとおり債権者の攻撃を最も受けやすい部分である。

第3 攻撃はもっぱら生前贈与に向かう

1 詐害行為取消権

債権者は,債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる(民法第424条第1項本文)。無償の贈与は,債務者の責任財産を直接に減少させるため,詐害行為として取り消される典型例である。被相続人が債務超過又はそれに近い状態で生前贈与を行っていた場合,被相続人の債権者は,被相続人の死亡後も,受贈者を相手に贈与の取消しと財産の返還等を求め得る。

立証責任の所在は次のとおりである。
債権者は,被保全債権の存在,詐害行為に当たる贈与,及び債務者(被相続人)が債権者を害することを知っていたこと(詐害の意思)を主張立証する。これに対し,受益者である受贈者は,その行為の時において債権者を害することを知らなかったこと(善意)を抗弁として主張立証する(民法第424条第1項ただし書)。贈与が親族間で行われた場合,受贈者が善意であったことの立証は容易でないことが多い。
なお,相当の対価を得てした財産処分行為(例えば時価相当額での売却)については,隠匿等の意思など加重された要件の下でのみ取り消し得る(民法第424条の2)。無償の贈与と,対価を伴う処分とで,要件が異なる点に注意を要する。

2 破産手続における否認権

被相続人又は相続人について破産手続が開始した場合,生前贈与や無償の処分は,破産管財人の否認権の対象となり得る。とりわけ,支払の停止又は破産手続開始の申立てがあった後又はその前6か月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為は,受益者の主観を問わず否認することができる(破産法(平成16年法律第75号)第160条第3項)。詐害行為取消権と異なり受益者の善意が抗弁とならない点で,無償行為に対しては強力な回復手段となる。

このほか,破産者が破産債権者を害することを知ってした行為の否認(破産法第160条第1項)や,相当の対価を得てした財産処分行為の否認(同法第161条)もある。同法第161条第2項は,処分の相手方が破産者の親族等である場合に,破産者の隠匿等の意思についての悪意を推定しており,親族間の処分についての立証上のハードルを下げている。

3 国税徴収法39条の第二次納税義務

税債権との関係でも,生前贈与は追及の対象となる。国税徴収法(昭和34年法律第147号)第39条は,滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合において,その不足が,当該国税の法定納期限の1年前の日以後に滞納者がした無償又は著しく低い額の対価による譲渡等に基因すると認められるときは,これらの処分により利益を受けた者が,受けた利益の限度(親族その他の特殊関係者である場合には,受けた利益の限度)で第二次納税義務を負う旨を定める。

すなわち,被相続人が国税を滞納していた場合,その法定納期限の1年前の日以後にされた無償又は著しく低額の生前贈与については,受贈者が第二次納税義務を負い得る。相続放棄によって被相続人の債務そのものの承継は免れても,生前贈与を通じて受けた利益に対しては,この制度により税債権が及ぶ場合がある。したがって,このスキームは,生前贈与の時点で被相続人に滞納や差し迫った債務がないことを前提としなければ,生前贈与の側から崩れることになる。

4 贈与が完成していないという問題(名義預金)

そもそも,生前贈与として意図された財産移転が,法的に完成した贈与といえるかも問題となる。贈与は,当事者の一方が財産を無償で相手方に与える意思を表示し,相手方が受諾することによって効力を生ずる契約である(民法第549条)。名義だけを子や孫に変更しても,被相続人が通帳・印鑑を管理し続け,受贈者が贈与の事実を認識していなかったような場合には,贈与契約が成立しておらず,当該財産はなお被相続人に帰属する(いわゆる名義預金)と評価される余地がある。

この場合,当該財産は相続財産に含まれ,相続税の課税対象となるとともに,被相続人の債権者の引当てともなる。生前贈与によって切り離したはずの財産が,贈与の不完全ゆえに相続財産へ戻るという帰結である。承継者への財産移転を確実にするには,贈与の意思の合致と,通帳・印鑑の管理を含む支配の移転を,客観的な資料によって裏付けておく必要がある。

第4 負担からの解放という目的の限界

1 占有する相続放棄者には保存義務が残る

負担の切離しという目的についても,相続放棄は万能ではない。令和3年の改正により,相続の放棄をした者は,その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは,相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間,自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産を保存しなければならないとされた(民法第940条第1項。令和5年4月1日施行)。

したがって,被相続人と同居してその不動産を現に占有していた相続人が相続放棄をしても,これを引き渡すまでの間は保存義務を免れない。放棄さえすれば負動産の管理から直ちに解放される,という理解は,少なくとも現に占有する財産については当てはまらない。もっとも,同項が保存義務を負わせるのは放棄の時に「現に占有している」者であり,占有していない相続人については,同項の保存義務は及ばないと解される。

2 相続人不存在後の清算と費用

相続人が全員放棄するなどして相続人のあることが明らかでなくなった場合,相続財産は法人となり,家庭裁判所は利害関係人又は検察官の請求によって相続財産の清算人を選任する(民法第952条第1項)。清算を経てなお残った相続財産は,国庫に帰属する(民法第959条)。また,相続財産の保存に必要な処分として,家庭裁判所はいつでも相続財産の管理人の選任等を命ずることができる(民法第897条の2)。

ここで実務上の障害となるのが費用である。相続財産の清算人の選任を求めるには,その報酬等に充てるための予納金の納付を求められるのが通例であり,その額は相当額に上ることがある(具体的な予納金額は事案及び裁判所により異なるため,個別に確認を要する)。負動産を最終的に手放すためには,清算人の選任を通じた処理か,次に述べる国庫帰属手続かが必要となり,いずれも費用を伴う。相続放棄によって無償で厄介払いができるという期待は,この費用構造の前では成り立ちにくい。

3 相続土地国庫帰属制度という有償の受け皿

相続又は遺贈により土地を取得した者は,法務大臣に対し,その土地の所有権を国庫に帰属させることについての承認を申請することができる(相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)第2条第1項。令和5年4月27日施行)。相続放棄が相続財産の全部を対象とするのに対し,この制度は不要な土地だけを選んで手放せる点に特色がある。

もっとも,対象土地には厳格な制限がある。
建物の存する土地,担保権又は使用収益権が設定されている土地,境界が明らかでない土地その他所有権の存否等に争いがある土地などは,そもそも申請することができない(同法第2条第3項)。また,一定の崖がある土地,管理・処分を阻害する有体物が地上又は地下にある土地,隣接地所有者等との争訟によらなければ管理・処分ができない土地,その他通常の管理・処分に過分の費用又は労力を要する土地は,承認されない(同法第5条第1項)。
費用面では,審査手数料が土地1筆当たり14,000円,負担金が原則として土地1筆当たり20万円とされている(負担金は,一定の宅地・農地・森林について面積に応じて算定される場合がある)。

制度の運用状況も,過度の期待を戒める材料となる。法務省が公表した統計を引用する二次資料によれば,制度開始から約2年半を経た令和7年9月末の時点で,申請件数は4,556件に上る一方,承認(帰属)に至った件数は約2,039件で,承認率は約47パーセントにとどまり,山林については承認率が2割弱と特に低いとされる(数値は二次資料に基づくものであり,法務省の原統計との照合を要する)。正規の受け皿は存在するものの,要件審査と費用の両面で限界があることがうかがわれる。

4 法定単純承認による失敗

相続放棄の脚は,相続人の行動によって思わぬところで崩れ得る。相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときは,単純承認をしたものとみなされ(民法第921条第1号。保存行為及び短期の賃貸を除く。),もはや相続放棄をすることができなくなる。同条は,熟慮期間内に限定承認又は放棄をしなかった場合(同条第2号),及び放棄後に相続財産を隠匿・私消し,又は悪意で財産目録に記載しなかった場合(同条第3号)も,単純承認とみなす。

生前贈与は被相続人自身の生前の行為であるから,相続人による処分を要件とする同条第1号には直接には触れない。しかし,相続開始後に承継者が相続財産(負動産以外の資産を含む。)に手を付ければ,これが処分に当たり,法定単純承認として放棄が封じられるおそれがある。このスキームを検討する場合,価値ある資産の移転は被相続人の生前に完了させ,相続開始後は相続財産に手を付けないという時系列の管理が要件となる。

第5 他の相続人との関係

1 相続人に対する生前贈与と遺留分

特定の相続人に財産を集中させる生前贈与は,他の相続人の遺留分との関係でも制約を受ける。遺留分を算定するための財産の価額は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に,贈与した財産の価額を加え,債務の全額を控除して算定する(民法第1043条第1項)。

算入される贈与の範囲は,贈与の相手方によって異なる。
相続人以外の第三者に対する贈与は,原則として相続開始前の1年間にしたものに限り算入されるが,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは,1年前の日より前にしたものも算入される(民法第1044条第1項)。
これに対し,相続人に対する贈与は,相続開始前の10年間にした,婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限り算入される(同条第3項)。
遺留分を侵害された相続人は,受贈者又は受遺者に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる(民法第1046条第1項)。したがって,害される相続人が相続放棄をしない限り,生前贈与を受けた承継者は,この金銭請求を受ける可能性がある。

2 相続放棄をした者の地位

承継者自身が相続放棄をした場合の地位も検討を要する。相続放棄をした者は初めから相続人でなかったものとみなされる(民法第939条)ため,遺留分を有せず,また共同相続人間の特別受益の持戻し(民法第903条第1項)の対象ともならない。他方で,相続人に対する贈与の10年の算入(民法第1044条第3項)は「相続人に対する贈与」を対象とするものであり,放棄によって相続人でなくなった者への贈与をどの範囲で算入するかについては,条文の文言に照らした慎重な検討を要する。

実務上は,承継から外された相続人が放棄せずに残るのか放棄するのかによって帰結が大きく変わる。放棄すればその者は遺留分を失い,残れば承継者に対して遺留分侵害額請求をなし得る。関係する相続人全員の意向と,それぞれの放棄の有無を前提に,遺留分の帰趨を個別に検討する必要がある。

第6 税務上の限界

1 生前贈与加算と放棄者(相続税法19条)

相続又は遺贈により財産を取得した者が,相続開始前7年以内に被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合には,その贈与財産の価額を相続税の課税価格に加算する(相続税法(昭和25年法律第73号)第19条第1項)。加算期間は,令和5年度の税制改正により従来の3年から7年へ延長されたものであり,令和6年1月1日以後にされた贈与について適用され,相続開始前3年を超え7年以内に取得した財産については,その価額の合計額から100万円を控除した残額が加算される。加算期間の延長は経過措置により順次進行するため,適用時点の確認を要する。

ここで重要なのは,加算の対象が「相続又は遺贈により財産を取得した者」に限られる点である。相続放棄をして相続又は遺贈により何ら財産を取得しない者や,そもそも相続人でない孫等は,この生前贈与加算の対象とならない。この限度では,生前贈与に相続放棄を組み合わせることに,相続税の面での意味が生じ得る。もっとも,次に述べるとおり,この帰結は容易に覆る。

2 みなし相続財産の取得による加算の復活

相続税法上の「相続人」の定義は,相続を放棄した者を含まないものとされている(相続税法第3条第1項の括弧書。ただし,基礎控除に係る法定相続人の数を定める第15条,配偶者に対する相続税額の軽減を定める第19条の2等の一定の規定の場合を除く。)。そのため,相続放棄をした者が死亡保険金や死亡退職金などのみなし相続財産を取得した場合には,その者は相続人以外の者として,当該財産を遺贈により取得したものとみなされる(同法第3条第1項後段)。

この結果,相続放棄をした者であっても,みなし相続財産を取得すれば「遺贈により財産を取得した者」に当たることになり,生前贈与加算(相続税法第19条第1項)の対象へと転じる。すなわち,生前贈与によって財産を受け取り,かつ死亡保険金も受け取ったうえで相続放棄をするという設計では,みなし相続財産の取得によって,いったんは免れたはずの生前贈与加算が復活することになる。

3 相続時精算課税による贈与(相続税法21条の16)

暦年課税による贈与と異なり,相続時精算課税を選択してされた贈与は,受贈者が相続放棄をしても相続税の課税ベースから逃れられない。特定贈与者から相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者については,当該特定贈与者からの贈与により取得した財産を,当該特定贈与者から相続(相続人以外の者である場合には遺贈)により取得したものとみなして相続税を課すこととされているからである(相続税法第21条の16第1項)。

したがって,相続時精算課税を用いて生前贈与をした財産は,承継者が相続放棄をしたか否かにかかわらず,常に相続税の課税価格に取り込まれる。暦年課税の生前贈与加算が「相続又は遺贈により財産を取得した者」に限って作用するのとは対照的であり,用いた贈与の課税方式によって帰結が分かれる。

4 生命保険金の非課税枠と債務控除

相続放棄をした者は,生命保険金の非課税の適用を受けられない。相続税法第12条第1項第6号は,非課税とされる保険金を「相続人の取得した」保険金に限っており,同法第3条の定義上,相続放棄をした者は相続人に当たらないからである。もっとも,非課税限度額(500万円に法定相続人の数を乗じた金額)を計算する際の「相続人の数」は,相続の放棄がなかったものとした場合の相続人の数によるため(同法第15条第2項),放棄者がいても限度額の計算上の人数には算入される。放棄者自身がその枠を使えないという点に限界がある。

債務控除についても差がある。被相続人の債務及び葬式費用を課税価格から控除できるのは,相続又は遺贈により財産を取得した者のうち一定の者に限られる(相続税法第13条第1項)。相続放棄をした者は,被相続人の債務を承継しないため,みなし相続財産を取得して納税義務者となる場合であっても,被相続人の債務を控除することはできないと解される。生前贈与と保険金を組み合わせつつ債務を切り離す設計では,債務控除を用いられないことにも留意を要する。

5 限定承認のみなし譲渡課税(所得税法59条)

相続放棄までは避けつつ債務の負担を相続財産の限度にとどめたいとして限定承認を選ぶ場合には,別の税務上の負担が生ずる。限定承認に係る相続があった場合には,その相続の時における価額に相当する金額により,譲渡所得の基因となる資産の譲渡があったものとみなされる(所得税法(昭和40年法律第33号)第59条第1項第1号)。含み益のある不動産や株式について,被相続人に対する譲渡所得課税が生じ,準確定申告を要することになる。

なお,同号のみなし譲渡は,限定承認に係る相続等を対象とするものであり,個人に対する単純な生前贈与そのものには適用されない。限定承認は,共同相続人がある場合には全員が共同してのみすることができる(民法第923条)という手続上の制約もあり,含み益のある資産を抱える事案では,このみなし譲渡課税が実務上の大きな障害となる。

第7 実務上の確認事項

1 依頼者からの事情聴取

このスキームの当否を検討するには,まず事実関係の聴取が出発点となる。少なくとも次の各点を確認する必要がある。

① 被相続人の資産・負債の状況,特に相続開始時及び生前贈与時の債務超過の有無並びに国税・地方税の滞納の有無
② 生前贈与の時期・対象・金額,贈与契約書の有無,通帳・印鑑の管理者,受贈者が贈与を認識していたか(名義預金該当性の判断材料)
③ 手放したい財産が土地か相続全部か,当該土地の建物・担保権・境界・崖・残置物等の状況(相続土地国庫帰属制度の可否)
④ 相続開始を知った時期,相続財産の存在を認識した時期(熟慮期間の起算点)
⑤ 相続人となる者の範囲と,各人の放棄の意向
⑥ 死亡保険金・死亡退職金の有無及び受取人,過去の贈与について相続時精算課税を選択していたか(税務上の帰結の判断材料)

2 手続選択の分岐と立証上の留意点

手放したいものが土地のみであれば相続土地国庫帰属制度と売却を優先的に検討し,相続全部を対象とするのであれば相続放棄を検討する。相続を知って3か月を経過している場合には,前記昭和59年判決の枠組みに照らして相続放棄がなお可能かを検討し,困難であれば国庫帰属制度・売却等を軸とする。

債権者からの追及が予想される場合,攻撃の中心は生前贈与に向かうため,贈与時に被相続人が無資力でなかったこと,贈与が正当な目的に基づくものであったこと,受贈者が善意であったこと等を裏付ける客観的資料(贈与契約書,資金移動の記録,被相続人の資産負債の資料等)をあらかじめ整えておくことが,詐害行為取消権・否認権・第二次納税義務への備えとなる。反対に,これらを追及する立場であれば,法定納期限や支払停止の時期と贈与の時期との先後,親族間取引であること等を主張立証の中心に据えることになる。

3 結論を左右する不確実な要素

本記事で述べた帰結は,具体的な事実関係と証拠によって左右される。とりわけ次の点は,事案ごとに結論が分かれ得る不確実な要素であり,個別の検討を要する。

① 生前贈与時に被相続人が無資力であったか否か,及びその立証の成否
② 相続放棄によって相続人でなくなった者への贈与を,遺留分算定においてどの範囲で算入するか
③ 相続財産の清算人選任に要する予納金の額と,国庫帰属手続に要する負担金の額(いずれも事案・対象土地により異なる)
④ 名義変更された財産が完成した贈与か名義預金かという評価
⑤ みなし相続財産の取得の有無による生前贈与加算の適用の分岐

これらは,制度の一般的な解説からは一義的に定まらない。依頼者の具体的事情を踏まえ,条文と裁判例に立ち返って個別に検討することが,適切な手続選択と主張立証の前提となる。

出典

1 法令

2 裁判例

  • 最高裁判所昭和49年9月20日判決・民集28巻6号1202頁(事件番号 昭和47年(オ)第1194号)——相続の放棄は民法第424条の詐害行為取消権行使の対象とならないとした判例。第2の1の根拠。
  • 最高裁判所平成11年6月11日判決・民集53巻5号898頁(事件番号 平成10年(オ)第1077号)——共同相続人間で成立した遺産分割協議は詐害行為取消権行使の対象となるとした判例。第2の3の根拠。
  • 最高裁判所昭和42年1月20日判決・民集21巻1号16頁(昭和41年(オ)第457号・第三者異議事件・最高裁判所第2小法廷)——相続放棄の効力は絶対的であり,何人に対しても登記等なくして生ずるとした判例。第2の2の根拠。判例秘書で全文(事件番号・判示事項・判決要旨・掲載誌)を確認した。認証付き商用データベースのためURLは記載しない。
  • 最高裁判所昭和59年4月27日判決・民集38巻6号698頁(昭和57年(オ)第82号・貸金等請求事件・最高裁判所第2小法廷)——熟慮期間の起算点につき,相続財産が全く存在しないと信じたことに相当な理由がある場合には,相続財産の全部又は一部の存在を認識した時等から起算するとした判例(反対意見がある。)。第1の3の根拠。判例秘書で全文(事件番号・判示事項・判決要旨・掲載誌)を確認した。認証付き商用データベースのためURLは記載しない。

3 公的資料

  • 法務省「相続土地国庫帰属制度について」(制度の概要・要件・費用に関する所管官庁の公表資料)。第4の3の制度説明の根拠。https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00454.html
  • 法制審議会民法・不動産登記法部会 第4回会議(令和元年6月11日開催)関係資料(土地所有権の放棄に関する検討資料)。第1の1の立法過程に関する記述の根拠。https://www.moj.go.jp/content/001326291.pdf
  • 相続土地国庫帰属制度の運用状況に関する統計(法務省公表の統計を引用した二次資料)。第4の3の申請件数・承認率に関する数値の出典。数値は原統計との照合を要する。https://gentosha-go.com/articles/-/73893