第1 結論――成年後見の取消権と消費者法上の解除・取消しは別である
悪質商法への対応では,成年後見制度による同意権・取消権と,特定商取引法や消費者契約法によるクーリング・オフ・取消しを分けて確認する必要がある。
現行法では,成年被後見人がした法律行為は日用品の購入その他の日常生活に関する行為を除き取り消すことができる。被保佐人又は被補助人については,審判で定められた行為の範囲が重要である。
令和8年法律第45号の施行後は,後見と保佐が廃止され,補助へ一元化される。取消しが必要な取引を申立て段階で具体的に捉え,個別の同意権・取消権又は特定補助を選ぶことが,現在以上に重要になる。
通信販売には原則としてクーリング・オフがない。他方,訪問販売や電話勧誘販売には原則8日間のクーリング・オフがあり,不実告知等があれば別の取消しが問題になる。販売方法,契約日,書面,審判内容及び本人の判断能力を一件ずつ確認する必要がある。
第2 高齢者の消費者被害はどのように起きているか
1 軽度の認知機能低下でも被害は起こる
消費者庁の研究と国会審議では,認知機能の低下が重い場合だけでなく,軽度認知障害や認知症と認定される前の段階でも被害が生じ,本人が被害に気づきにくく,家族,医療・福祉関係者又は地域の第三者の偶発的な気づきに依存することが指摘されている。
後見開始等の審判がない時期の被害は成年後見制度の取消権だけでは救済できないため,早期発見と消費生活相談との連携が必要になる。
2 定期購入,訪問・電話勧誘及び住宅修理が目立つ
消費者庁が令和8年に公表した研究資料では,医療福祉関係者が把握した高齢者の消費者被害の主要類型として,健康食品・化粧品・医薬品等の定期購入が32.2%,訪問・電話勧誘が23.6%,住宅修理が23.1%,訪問購入が19.7%と整理されている。
この調査は医療福祉関係者の経験事例を記述的に整理したものであり,全国の被害件数全体にそのまま一般化できる統計ではない。しかし,後見実務で確認すべき契約類型を具体化する資料として有用である。
第3 現行の成年後見制度による取消し
1 成年被後見人の法律行為
民法9条は,成年被後見人の法律行為を取り消すことができるとし,日用品の購入その他日常生活に関する行為を除外している。
高額な健康食品の継続購入,大規模な住宅修理,投資商品等が日常生活行為に当たるかは,契約の内容,金額,頻度,本人の生活状況等を踏まえて個別に検討する。
取消しの可否は,単に本人が認知症であることではなく,契約時にどの審判が効力を有していたか,契約が本人自身の行為か代理人の行為か,日常生活行為の例外に当たるかを確認して判断する。
2 被保佐人・被補助人の法律行為
保佐では民法13条1項の重要な財産行為について法定の同意権・取消権があり,審判でその範囲を拡張できる。
補助では,申立ての範囲内で家庭裁判所が定めた特定の法律行為について同意権・取消権が生じる。
したがって,保佐人又は補助人という名称だけでは取消しの可否を判断できない。登記事項証明書,審判書,確定証明書及び同意行為目録を確認する必要がある。
3 審判前又は権限外の契約
後見等開始前の契約や,保佐・補助の同意権の範囲外の契約には,成年後見制度上の取消権を当然には行使できない。
その場合でも,契約時の意思能力,錯誤,詐欺・強迫,消費者契約法上の取消し,特定商取引法上のクーリング・オフ等を検討する余地がある。
取消権の根拠ごとに要件,期間,相手方及び返還関係が異なるため,通知書では根拠を混同しないことが重要である。
第4 令和8年改正後の取消権
1 必要な行為を選ぶ補助へ一元化される
令和8年法律第45号の施行後は,判断能力の程度による後見・保佐・補助の三類型から,必要な権限を選ぶ補助へ一元化される。
家庭裁判所は,特定の重要な財産上の行為について本人に補助人の同意を要する旨の審判をすることができ,同意を得ずにした行為について取消しが問題になる。
通販,訪問販売,電話勧誘販売,住宅修理,投資,預貯金の払戻し,借入れ等,実際に被害又は危険がある取引を申立ての趣旨と資料に落とし込む必要がある。
2 特定補助は法定の重要な財産行為を広く対象にする
本人が事理弁識能力を欠く常況にある場合には,法定の重要な財産上の行為を対象とする特定補助人を付する処分を利用できる。
特定補助人の権限には取消権の行使,意思表示の受領及び財産に関する保存行為が含まれるが,現行の成年後見人のような包括的代理権が当然に付くわけではない。
代理権が必要な場合は,別に特定の法律行為について代理権付与の審判を求める必要がある。
3 国会は消費者被害の拡大防止を附帯決議にした
衆議院法務委員会の附帯決議は,成年後見人の包括的取消権の廃止に伴う消費者被害の拡大を防ぐため,高齢者や障害のある消費者の保護を強化し,判断力不足等を不当に利用した勧誘・契約への法制上の措置を含む検討を進めるよう求めた。
これは消費者保護の追加措置を求める国会の意思であり,附帯決議自体が新しい取消権を創設したものではない。
令和8年10月26日時点では,成年後見制度の改正部分自体も未施行であり,現行制度と将来制度を分けて扱う必要がある。
第5 通信販売・訪問販売・電話勧誘販売の違い
| 販売方法 | 成年後見制度とは別に確認する主な制度 | 注意点 |
|---|---|---|
| 通信販売 | 広告表示,最終確認画面,返品特約,特定商取引法15条の2等 | 通信販売には原則としてクーリング・オフがない。返品特約の表示がない場合は,商品受領日から8日以内の申込み撤回・解除が問題になるが,返送料は原則として消費者負担である。 |
| 訪問販売 | 原則8日間のクーリング・オフ,不実告知等による取消し | 契約書面の記載や交付に不備があれば,期間が進行していない可能性がある。 |
| 電話勧誘販売 | 原則8日間のクーリング・オフ,不実告知等による取消し | 誰から,いつ,どの番号で,どのような説明を受けたかを記録する。 |
| 定期購入 | 通信販売の表示義務,最終確認画面,申込内容 | 初回価格だけでなく,総額,回数,解約条件及び返品条件の表示を保存する。 |
クーリング・オフ,成年後見制度上の取消し,消費者契約法上の取消しは,併存し得る別の制度である。
最も確実で期間制限の短い手段から順に検討し,通知を一つの根拠だけに不必要に限定しない一方,根拠ごとの要件は明確に区別する。
第6 申立て段階で権限を選ぶための確認事項
1 被害又は危険のある契約を具体化する
「悪質商法に弱い」という抽象的な説明だけでなく,過去の注文履歴,請求書,通帳・カード明細,訪問者の名刺,録音,電子メール,広告,最終確認画面,解約交渉記録等から取引を分類する。
継続購入の頻度と金額,住宅修理等の勧誘経緯,金融商品・借入れの有無,スマートフォンや決済アカウントの利用状況も確認する。
2 同意権・取消権と代理権を分ける
同意権・取消権は,本人がする契約を事前又は事後に制御する権限である。
代理権は,補助人が本人に代わって解約,返還請求,支払停止の連絡又は新たな生活契約等を行うために必要になることがある。
申立てでは,防止したい本人の行為と,補助人に代わって行わせたい行為を分け,それぞれを審判の対象として検討する。
保佐人・補助人の権限の現行実務は「保佐人・補助人の権限と実務」で整理している。
https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/09/19/hosanin-hojonin-kengen-jitsumu/
3 金融機関の取引は別稿も確認する
預金取引,投資信託,証券口座等では,審判書・目録・登記事項証明書による権限確認と,各金融機関の届出実務が問題になる。
令和8年改正後の金融機関対応は「令和8年成年後見制度改正と金融機関の権限確認」で扱っている。
https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/10/06/r8-kouken-kaisei-kinyuukikan-kengen-kakunin/
第7 被害を発見した後に保存する資料
契約書,申込書,広告,ウェブページと最終確認画面,納品書,請求書,商品,配送伝票,録音,メール,SNSメッセージ,通帳・カード明細及び事業者との交渉記録を保存する。
電話では日時,相手方の所属・氏名・電話番号,説明内容及び回答期限を記録し,書面又は電子メールでも確認する。
本人が被害を認識していない場合でも,資料を無断で廃棄するのではなく,本人の意向と安全確保を両立させ,消費生活センター,地域包括支援センター,中核機関及び専門職の連携を検討する。
消費者ホットラインは局番なしの188である。成年後見制度の申立てが必要な場合でも,短いクーリング・オフ期間を待つ理由にはならない。
第8 出典・参考資料
民法9条,13条,17条:https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
法務省「民法等の一部を改正する法律」法律案本文:https://www.moj.go.jp/content/001465477.pdf
衆議院法務委員会令和8年5月22日議事録:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000422120260522012.htm
特定商取引法ガイド「特定商取引法とは」:https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/
特定商取引法ガイド「通信販売」:https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/mailorder/
特定商取引法ガイド「電話勧誘販売」:https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/telemarketing/
消費者庁「高齢者の認知機能障害に応じた消費者トラブルと対応策の検討に関する研究」:https://www.caa.go.jp/policies/future/icprc/research_003/
消費者庁「高齢者の消費者トラブルにおける認知機能障害の影響と対応策」:https://www.caa.go.jp/policies/future/icprc/research_003/assets/caa_futurer101_260416.pdf