第1 個人事業主は,廃業しても本人の借金が残る
個人事業主が営業をやめても,本人が借りた事業資金や,支払っていない仕入代金が当然になくなるわけではない。
会社と経営者が別の主体である場合とは異なり,個人事業では,事業の借入れも本人の債務である。
廃業届の提出と,債権者に対する債務の処理を分けて考える必要がある。
返済を続けられない場合には,債権者との交渉,廃業型の私的整理,個人再生,破産などについて,資産・負債と今後の収入に即して検討する。
「廃業したからすべて返済不要」「会社の経営者と同じ方法で保証だけ外せる」という理解は適切ではない。
第2 二つのガイドラインと,本人の借金・保証債務を区別する
1 中小企業の事業再生等に関するガイドラインは,個人事業主も対象に含む
令和8年3月改定の「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」Q&AのQ3は,対象となる中小企業者に個人事業主も含まれると説明している。
したがって,個人事業主であるという理由だけで,このガイドラインによる廃業型私的整理の検討ができなくなるわけではない。
ただし,対象債権者の範囲,手続の要件,合意を得られる見通しを確認する必要がある。
2 経営者保証に関するガイドラインは,保証契約を扱う
「経営者保証に関するガイドライン」は,保証契約や保証債務の整理についての準則である。
同ガイドラインのQ&AのQ3にも,主たる債務者となる中小企業等の範囲に個人事業主が含まれるとの説明がある。
この記載から,本人が直接借りた債務を,保証債務と同じ方法で当然に免除できるという結論は導けない。
例えば,個人事業主A本人の事業借入れは,Aの主債務である。
その借入れを別の人Bが保証している場合には,Bの保証債務について適用要件を検討する場面がある。
また,Aが別の会社の借入れを保証している場合には,Aの本人借入れと,Aが負う保証債務を分けて整理する。
「個人事業主には経営者保証ガイドラインが一切関係しない」と一括するのも,「本人の事業借入れがそのまま経営者保証になる」と扱うのも適切ではない。
借主欄と保証人欄を確認し,どの債務について,どの立場で責任を負っているかを整理することが出発点である。
3 保証人の固有債務を含める問題も別にある
廃業時の経営者保証の整理では,保証人自身の住宅ローンなどの固有債務が計画の履行に重大な影響を及ぼす場合,その債権者を対象に含めることが検討される。
これは,保証債務の整理に関連して固有債務を調整する問題である。
保証債務のない個人事業主が,本人借入れだけについて当然に同じ枠組みを使えるという説明ではない。
第3 返済交渉・廃業型私的整理・個人再生・破産を検討する
1 返済交渉では,廃業後も履行できる計画にする
廃業後の給与収入などから返済できる場合には,債権者との返済猶予や分割返済の交渉が選択肢になる。
ただし,返済額を決めるときは,生活費,税金・社会保険料,住居費なども考慮し,継続して履行できるかを確認する。
合意していない債権者に対して,同じ条件を当然に押し付けられるわけではない。
2 廃業型私的整理では,金融債務以外の支払も計画に反映する
事業用資産の換価,売掛金の回収,取引先への支払,金融機関への弁済などを一つの計画として検討する。
対象となる金融機関との合意だけで,すべての税金や取引債務が減額されるわけではない。
手続の説明を受ける際は,どの債務が対象で,どの債務が残るのかを確認する必要がある。
3 個人再生は,将来の収入等を踏まえて検討する
裁判所の案内は,小規模個人再生について,将来において継続的に収入を得る見込みがあることなどの要件を説明している。
廃業することと,廃業後も収入を得られるかどうかは別の問題である。
本人の債務額,資産,住宅ローン,返済原資などを確認し,利用要件と計画の履行可能性を検討する。
4 返済の見通しが立たない場合は,破産・免責も検討する
廃業後の収入や資産から返済を続けることが難しい場合には,破産手続と免責の検討が必要になることがある。
事業用の借金と生活上の借金を別々の人の債務のように扱うことはできない。
また,申立てをしただけで,あらゆる債務が直ちに消滅するわけでもない。
債務の種類や資産の処理を含め,具体的に確認する。
第4 信用情報や自宅の扱いを,一律に判断しない
経営者保証に関するガイドライン8(5)は,そのガイドラインによる債務整理を行った保証人について,対象債権者が債務整理に関する情報を信用情報登録機関に報告・登録しない取扱いを定めている。
この保証人についての取扱いを,個人事業主本人の事業借入れの整理に当然に広げることはできない。
本人借入れと保証債務が併存している場合も,どの契約について,どのような情報が登録されたかを確認する。
経営者保証を整理したのにCICに異動が残る場合の確認と訂正も参照されたい。
特定調停を利用したというだけで,すべての登録情報が当然に削除されるわけではない。
自宅についても,経営者保証の整理で一定の財産を残せる可能性があるという説明と,本人の借入れを整理する場合の扱いは区別する。
住宅ローンの担保,所有関係,資産価値,選択する手続によって検討事項が変わる。
廃業を決めた段階で,自宅や事業用財産を家族に移せばよいという判断を先行させないことが大切である。
第5 相談前に,債務と保証関係を一覧にする
借入先ごとに,借主,保証人,残高,返済額,担保,延滞の有無を整理する。
屋号で契約した書面でも,法的な契約当事者が誰かを確認する必要がある。
本人借入れ,家族等が保証する本人借入れ,本人が他人のためにした保証を分けて記載すると,問題を把握しやすくなる。
確定申告書,帳簿,直近の収支,預金通帳,売掛金・在庫・設備の一覧,賃貸借契約,リース契約,税金・社会保険料の資料を用意する。
廃業後の就職や収入の見通し,生活費,住宅ローンなどの家計の資料も重要である。
既に一部の債権者への返済や,家族への資産移転をしている場合には,その内容も正確に伝える必要がある。
会社の借金と経営者保証を整理する場合の全体像は,私的整理・特別清算・経営者保証の進め方で説明している。
会社向けの手続と個人事業主本人の債務整理を混同せず,契約と資金の実態に合う方法を選ぶ必要がある。
第6 主な参照資料
「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」及び同Q&A(令和8年3月改定。Q3,廃業型私的整理に関する部分)。
https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/sme-guideline/
「経営者保証に関するガイドライン」3,8(5)及び同Q&A・総論Q3。
https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/
「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」4(2)。
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_bc.pdf
裁判所「個人再生」。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/minzi_25_18/index.html
裁判所「破産・再生」。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/hasan/index.html
全国倒産処理弁護士ネットワーク編『私的整理(廃業型手続)・特別清算の実務Q&A115問』(金融財政事情研究会,2026年3月30日初版)。
同書を着想源として,二つのガイドラインの原文と,借主・保証人の区別を確認している。