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労災保険の未収債権200億円超と民間委託―第三者行為災害の求償・費用徴収・返納金はどう回収されるか(AI作成)

第1 本記事の対象と「200億円超」の意味

1 対象資料と記事の射程

本記事は,厚生労働省が2025年8月7日に公示した「労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務 民間競争入札実施要項(案)」と,2026年3月31日に公表した同業務の契約締結資料を中心に,「労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務に関する委託契約書」(令和8年4月1日付)で確認できた制度と契約内容を整理するものである。
実施要項は意見募集時の案であるため,200億円超という背景数値と詳細な業務分担は案に記載された内容として扱い,契約金額,契約期間及び成果指標は契約締結資料で再確認した。

本記事が扱うのは,労災保険給付に伴って国が有する債権の管理・回収である。
被災労働者が第三者と示談する場合の支給調整その他の被災者側の実務については,別記事「労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談」で扱っている。

2 200億円超は4種類を含む収納未済額である

実施要項案は,労災保険制度が有する収納未済債権額を「200億円以上」と記載している。
その内訳として挙げられているのは,①第三者行為災害に係る求償債権,②未手続事業主等に係る費用徴収債権,③保険給付の過誤払に係る返納金債権,④療養の現物給付の誤りに係る利得償還金債権などである。

したがって,200億円超は第三者行為災害の求償債権だけの残高ではない。
また,実施要項案には集計基準日の明記がないため,2026年8月25日現在の残高が200億円を超えていると読み替えることもできない。

3 令和8年度からの契約

厚生労働省は,弁護士法人ブレインハート法律事務所との間で,2026年4月1日から2029年3月30日までの3年間を実施期間とする契約を締結した。
契約金額は税込5億8500万円であり,受託者は,納入督励,債権回収及び第三者行為災害事務に関する法務相談を実施する。

この契約は,収納未済債権を一括して民間へ譲渡するものではない。
都道府県労働局が保有・管理する債権について,督促,所在確認,弁護士折衝等の事務を外部へ委託する仕組みである。

外部委託は現行契約から始まったものではない。
厚生労働省の2016年度運営通知によれば,それまで第三者行為災害の求償債権を対象としていた納入督励の外部委託は,同年度から費用徴収債権と返納金債権にも拡大され,求償債権の弁護士回収も納入督励の外部委託事業へ一元化された。

第2 回収対象となる4種類の債権

1 第三者行為災害の求償債権

労働者災害補償保険法12条の4第1項は,第三者の行為によって保険給付の原因となる事故が生じ,政府が保険給付をしたとき,給付価額の限度で,受給者が第三者に対して有する損害賠償請求権を政府が取得すると定めている。
交通事故を例にすれば,政府は,被災労働者へ給付した範囲で,加害者,自賠責保険又は任意保険会社等に請求することになる。

政府が取得するのは,被災労働者が有していた損害賠償請求権であり,労災保険給付額の全額が常にそのまま回収額になるわけではない。
過失割合,損害項目,既払額,示談又は判決の内容等によって,請求できる範囲が問題となる。

2 費用徴収債権

実施要項案は,費用徴収債権として,労災保険法12条の3に基づく不正受給者からの費用徴収と,同法31条1項に基づく事業主からの費用徴収を挙げている。
12条の3は偽りその他不正の手段による保険給付を対象とし,事業主の虚偽報告・証明によって給付が行われた場合には,事業主へ連帯納付を命じることができる。

31条1項が対象とするのは,①事業主が故意又は重大な過失により保険関係成立届を提出していない期間中の事故,②一般保険料を納付しない一定期間中の事故,③事業主が故意又は重大な過失により生じさせた業務災害の原因事故である。
未手続事業主に対する費用徴収について,労働局の案内は,具体的な要件に応じ,原則として一定の保険給付額の40%又は100%を徴収する制度として説明している。

3 返納金債権と利得償還金債権

返納金債権は,労災保険給付を過大に支給した場合に,過誤払分の返納を求める債権である。
実施要項案は,保険受給者又はその担当弁護士を主な相手方として想定している。

利得償還金債権は,労災病院,労災保険指定医療機関又は薬局等で受けた療養の現物給付に支給誤りがあった場合の債権である。
金銭給付の過誤払を戻す返納金債権と,療養の現物給付の誤りを精算する利得償還金債権とを区別する必要がある。

4 労働保険料の滞納とは別である

本件の200億円超は,労災保険給付に伴う前記4種類などの収納未済額であり,事業主が通常納付する労働保険料の滞納総額を示すものではない。
未手続事業主の場合には,遡及した労働保険料等の徴収と,事故に関して給付した費用の全部又は一部を徴収する費用徴収とが併存し得るため,両者を同じ債権として扱うことはできない。

第3 民間委託による回収の流れ

1 4種類に共通する納入督励

実施要項案の仕様書によれば,都道府県労働局が債務者リストを受託者へ提供し,受託者は,①督促状等の作成・発送,②電話による督励,③住民票の写し等による所在地確認,④所在不明の場合の現地調査を行う。
納入督励は4種類の債権すべてを対象とし,弁護士の指揮命令下で弁護士以外の担当者が実施することも想定されている。

仕様書は,債務者から連絡を得て住所・連絡先を確認するか,債務承認書を受領するところまでを,納入督励の基本的な到達点としている。
債務承認書の提出拒否,接触後2か月を経過しても提出がない場合又は予定した全業務を行っても接触できない場合には,納入督励を終了できる。

2 弁護士が行う債権回収

納入督励とは別に設けられた債権回収業務は,第三者行為災害の求償債権,返納金債権及び利得償還金債権を対象とする。
仕様書は,①折衝前の準備調査,②内容証明郵便の送付,③必要に応じた特定記録郵便での再送,④債務者との電話又は対面による折衝,⑤債務承認書の労働局への送付等を掲げている。

債権額,過失割合又は納付方法について債務者から意見が出た場合,受託者は労働局と協議しなければならない。
受託者が単独で国の債権額を変更し,又は最終的な回収方針を決定する仕組みではない。

3 費用徴収債権を弁護士折衝の対象から外す理由

費用徴収債権は納入督励の対象であるが,仕様書上の「債権回収業務」からは除かれている。
労災保険法12条の3第3項及び31条4項は,労働保険の保険料の徴収等に関する法律27条等を準用しており,同条3項は,督促状の指定期限までに納付されないとき,政府が国税滞納処分の例によって処分することを定めている。

本記事では,この法的な徴収手段の違いが,費用徴収債権を弁護士による折衝段階から外した理由の一つと考えられると整理する。
もっとも,実施要項案は除外理由を明記していないため,この点は公表資料からの推論である。

4 第三者行為災害に関する法務相談

受託者は,債権回収とは別に,都道府県労働局から第三者行為災害事務に関する法務相談を受ける。
実施要項案は,過失割合について争いがある事案,示談又は判決を理由とする減額要求への対応,損害賠償責任の根拠が不明瞭な事案等を例示している。

法務相談の役割は,個々の債権について民事損害賠償実務を踏まえた判断材料を労働局へ提供することにある。
労災認定そのものに関する専門判断まで受託者へ移すものではない。

5 訴訟提起は契約の対象外である

2026年3月31日の契約締結資料と実施要項案は,いずれも本件の債権回収業務に訴訟提起を含まないと明記している。
弁護士が受託していることから,委託債権について訴訟,差押え又は競売まで一括して行うと理解するのは正確ではない。

第三者行為災害について当事者間の民事訴訟が係属している場合,仕様書が予定するのは,必要に応じた進捗確認である。
本件契約の範囲は,裁判外の折衝,債務承認及び納付の促進が中心となる。

第4 接触率40%・回収率10%の読み方

1 接触率40%

現行契約は,納入督励業務の目標値を,債務者等との接触率40%としている。
算式は「債務者等に接触した債権数(債務承認書を受領した債権を含む)÷委託債権数の合計×100」である。

したがって,接触率には,納付だけでなく,債務者本人又は関係者と連絡が取れた事案も含まれる。
接触率40%を,40%の債権が回収されるという意味で読むことはできない。

2 回収率10%

債権回収業務の目標値は,件数と金額の双方について10%である。
件数では,年度内に一部又は全部が納付された債権数を委託債権数で割り,金額では,年度内に一部又は全部が納付された額を委託債権額で割る。

一部納付があった債権は件数の分子に入るため,件数ベースの10%は完済率ではない。
また,契約締結資料は10%を「目標値」としており,過去又は現行契約の実績値ではない。

3 200億円の10%を回収する目標ではない

40%と10%の分母は,年間委託上限の範囲で実際に委託された債権数又は債権額である。
200億円超とされた収納未済債権全体が,本件契約へ一括して委託されるわけではない。

したがって,「200億円の10%である20億円を回収する契約」と計算することはできない。
委託債権の総額と実際の回収額が公表されなければ,10%目標が金額にしていくらかを確定できない。

第5 契約金額と過年度契約との比較

1 3年間で5億8500万円

2026年3月31日の契約締結資料は,2026年4月1日から2029年3月30日までの3年間の契約金額を,税込5億8500万円としている。
開示契約書の年度別内訳では,2026年度,2027年度及び2028年度の各年度が1億9500万円であり,3年度の合計は5億8500万円となる。

この金額は,納入督励,弁護士による債権回収,第三者行為災害に関する法務相談及び管理業務を含む契約総額である。
公表資料には,回収額に一定割合を乗じる成功報酬契約であるとの記載はない。

2 開示契約書にある0.2円の差

開示契約書の電子契約表紙には,契約金額が「585,000,000.2円」,消費税及び地方消費税相当額が「53,181,818.2円」と印字されている。
他方,厚生労働省の契約締結公表は5億8500万円であり,開示契約書の年度別内訳も1億9500万円を3年度分,合計5億8500万円としている。

0.2円が生じた理由は公表資料から確認できない。
本記事では,契約締結公表と年度別内訳が一致する5億8500万円を契約金額として記載する。

3 前期契約との比較

前期の2023年4月1日から2026年3月31日までの契約は,東日本ブロック3億7400万円,西日本ブロック3億1295万円であり,合計6億8695万円であった。
現行契約は全国を一つの契約として5億8500万円としている。

項目前期契約現行契約
実施期間2023年4月1日~2026年3月31日2026年4月1日~2029年3月30日
実施単位東日本・西日本の2ブロック1契約
3年間の契約金額(税込)6億8695万円5億8500万円
入札参加者数各ブロック1者3者
接触率の目標35%40%
回収率の目標(件数・金額)10%10%

契約金額は1億195万円減少し,前期比約14.8%の減額となる。
ただし,業務量,年間委託上限,債権の難易度,実際の回収額及び物価・人件費の影響を同一条件で比較できないため,契約金額の減少だけから効率化又は費用対効果の改善を断定することはできない。

第6 民間委託の統制と公表資料の限界

1 債権を売却する契約ではない

都道府県労働局は,対象債権の情報を受託者へ提供し,債務者から債権額,過失割合又は納付方法について意見があった場合には,受託者と協議する。
受託者は処理経過と回収実績を毎月報告し,年度ごとの実施結果も厚生労働省へ報告する。

この構造から分かるのは,国が債権を受託者へ売却し,受託者が自己の債権として回収する仕組みではないということである。
債権の管理主体は国に残り,受託者は契約で定められた回収事務を担う。

2 個人情報・再委託・監督

契約締結資料は,受託者に対し,業務で得た個人情報の目的外利用を禁じ,委託期間終了後には復元又は判読ができない方法で複製物等を消去・廃棄するよう求めている。
記録・帳簿書類は,事業終了等の属する年度の翌年度から5年間保存しなければならない。

業務全部の一括再委託と,総合的な企画・判断・業務遂行管理部分の再委託は禁止されている。
一部を再委託する場合には厚生労働省の事前承認が必要であり,再委託額は原則として契約金額の2分の1未満とされ,最終責任は受託者が負う。

厚生労働省は,必要な報告を求め,事務所等への立入検査,帳簿書類等の検査及び関係者への質問を行うことができる。
民間委託は,債権情報と個人情報の管理を受託者へ無限定に委ねるものではない。

3 消滅時効は債権ごとに管理される

実施要項案の仕様書は,委託中に債権が消滅時効を迎えた場合,受託者が速やかに労働局と今後の対応を協議するよう定めている。
委託契約の3年間という期間と,個々の債権の消滅時効期間は別の問題である。

第三者行為災害の求償,費用徴収,返納金及び利得償還金では,債権の法的性質,発生日及び適用法が異なる。
したがって,本件契約の存在だけから,一律の時効期間又は委託による期間延長を導くことはできない。

4 公表資料だけでは実績と費用対効果は分からない

現行契約は2026年4月に始まったものであり,契約締結資料に記載された40%と10%は実績ではなく目標値である。
また,200億円超という記載には集計基準日と債権種類別内訳が示されていない。

費用対効果を評価するには,少なくとも,年度別・債権種類別の委託件数と委託額,接触件数,債務承認件数,一部納付と完済の区分,回収額,回収に要した費用及び委託しなかった債権の処理結果が必要である。
これらが公表されていない段階で,5億8500万円が高い又は安いと結論付けることはできない。

5 契約期間の末日は公表資料で1日異なる

2026年2月10日付けの落札者決定資料は,業務委託期間を2026年4月1日から2029年3月31日までとしている。
これに対し,後日の2026年3月31日付け契約締結資料と,同年4月1日付けの開示契約書は,いずれも2029年3月30日を終期としている。

本記事では,契約締結段階の資料が一致している2029年3月30日を現行契約の終期として記載した。
1日差が生じた理由は公表資料に示されておらず,落札段階の予定と締結された契約内容とを区別する必要がある。

出典・参考資料

1 法令

e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」(昭和22年法律第50号)12条の3,12条の4,31条(2026年8月25日確認)
e-Gov法令検索「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」(昭和44年法律第84号)27条,30条(2026年8月25日確認)

2 公的資料

①厚生労働省「『労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務』に係る契約の締結について」(2026年3月31日)1頁~7頁
②厚生労働省「『労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務』に係る落札者の決定について」(2026年2月10日)1頁~2頁
③e-Govパブリック・コメント「『労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務 民間競争入札実施要項(案)』に関する御意見の募集について」(2025年8月7日公示),実施要項案1頁~2頁(PDF4頁~5頁),仕様書2頁~10頁(PDF21頁~29頁)
④厚生労働省「『労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務』に係る契約の締結について」(2023年3月31日)1頁~2頁
⑤厚生労働省「『労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務』に係る落札者の決定について」(2023年2月17日)1頁~2頁
⑥東京労働局「第三者行為災害について」(2026年8月25日確認)
⑦愛媛労働局「労災保険未手続事業主に対する費用徴収制度」(2026年8月25日確認)
⑧厚生労働省「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」(平成28年2月12日付け労災発0212第1号)第6の2
⑨厚生労働省・弁護士法人ブレインハート法律事務所「労災補償業務に関する各種債権の納入督励及び債権回収等業務に関する委託契約書」(2026年4月1日)1頁,17頁~19頁(情報公開開示文書)

3 関連資料

①山中弁護士ブログ「労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談
②山中弁護士ブログ「平成30年度全国労災補償課長会議資料