第1 異時共同不法行為の意味と対象範囲
1 異時共同不法行為は民法上の用語ではない
「異時共同不法行為」は,別の日時に起きた複数の交通事故が,同じ部位の症状又は区分しにくい一個の損害に重なって影響した場合に用いられる実務上の呼称である。民法にこの名称の制度があるわけではなく,実際の争点は,民法719条による共同不法行為が成立するか,各事故による損害を分けて評価すべきかという点にある。
本記事は,第1事故による治療中又は症状固定前に第2事故が発生した場面を中心に,民法上の要件,裁判例が重視する事情,損害の分け方及び自賠責保険との関係を整理する。同じ現場で連続して起きた玉突き事故や,交通事故後の医療過誤は比較対象として扱うが,純粋な異時交通事故とは区別する。
2 同じ部位を負傷しただけでは決まらない
第1事故と第2事故の診断名がいずれも頚椎捻挫であり,通院期間が連続していても,直ちに共同不法行為になるわけではない。反対に,事故間隔が長いという一事だけで必ず否定されるわけでもない。裁判例には短い間隔でも損害を区分した例と,相当の間隔があっても共同責任を認めた例があり,何日又は何か月という一律の基準は確認できない。
結論を左右するのは,事故間隔だけでなく,各事故の態様,受傷部位,第2事故直前の回復状況,第2事故後の症状の変化,治療内容,画像所見,休業の推移及び損害項目ごとの可分性である。
第2 民法719条による共同責任の要件と効果
1 純粋な異時交通事故における検討の順序
民法719条1項前段は,数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたとき,各自が連帯して損害を賠償する責任を負うと定める。純粋な異時交通事故では,少なくとも,①各運転行為がそれぞれ不法行為の要件を満たすこと,②各事故と請求対象となる損害との間に相当因果関係があること,③複数の事故が同じ損害について関連共同して作用したと評価できること,④その損害を各事故に合理的に分けられないことを順に検討する必要がある。
もっとも,下級審裁判例には,時間的・場所的近接性を手掛かりとして「客観的に一個の加害行為」と評価できるかを重視するものと,各事故が一個不可分の結果に寄与したかを中心に検討するものがある。純粋な異時交通事故について最高裁判所が統一的な数値基準を示した判例は確認できないため,いずれか一つの表現を固定的な要件とみるべきではない。
共同不法行為一般の関連共同性,対外的責任及び内部求償については,共同不法行為の要件・過失相殺・求償関係で整理している。
2 成立した場合と成立しない場合
共同不法行為が成立すれば,被害者は,各加害者に対し,重なり合う一個不可分の損害の全額を請求できる。各事故の原因力又は過失の大小は,通常,加害者間の内部負担を定める問題となり,被害者に対する責任を当然にその割合まで縮小するものではない。ただし,被害者が損害額を超えて二重に受領できるわけではなく,一方からの支払は共同する損害の範囲で他方の債務にも影響する。
共同不法行為が成立しない場合は,各加害者が自己の事故と相当因果関係のある損害だけを負担する。第2事故前に発生した治療費や休業損害は原則として第1事故の問題となり,第2事故後の新たな傷害は第2事故の問題となる。両事故が重なる期間の治療費,休業損害,通院慰謝料又は後遺障害については,事故態様,症状及び治療経過を基礎に寄与割合を定めることがある。
第3 裁判所が重視する事情と必要資料
1 判断要素
異時事故の判断要素は,次のように整理できる。一つの事情だけで結論を出さず,事故前後の時系列を資料でつなぐことが重要である。
| 判断要素 | 共同責任を検討する方向の事情 | 損害を区分する方向の事情 |
|---|---|---|
| 事故間隔 | 第1事故の症状及び治療が継続中である | 症状固定,治療終了又は相当期間の中断がある |
| 受傷部位 | 同一部位の同種症状が連続している | 別部位又は第2事故後に新しい傷病が現れた |
| 症状の推移 | 第2事故前後で区切りを付けにくい | 第2事故前に回復傾向があり,事故後に明確に増悪した |
| 事故態様 | 双方の衝撃が同じ症状に影響し得る | 衝撃の程度又は受傷機序が大きく異なる |
| 医学資料 | 診療録,画像及び医師の所見から区分が困難である | 画像所見又は診療録から原因となる事故を区分できる |
| 損害項目 | 一連の治療又は一個の後遺障害として不可分である | 治療費,休業期間又は慰謝料算定期間を分けられる |
同じ事案でも,治療費は診療日ごとに分けられる一方,最終的な後遺障害は両事故の影響を区分しにくいことがある。そのため,「異時共同不法行為が成立するか」を全損害について一括して論じるのではなく,治療費,休業損害,傷害慰謝料及び後遺障害損害ごとに検討すべきである。
2 被害者側が早期に確保すべき資料
被害者側では,①二件の交通事故証明書,②各事故の実況見分調書等を入手できる場合の事故状況資料,③第1事故から第2事故直前までと第2事故後の診療録・診断書・診療報酬明細書,④画像データ及び画像診断報告書,⑤通院日,症状,服薬,休業及び就労状況を並べた時系列表,⑥各保険会社との連絡文書,⑦既払金及び示談書を確保する必要がある。
特に重要なのは,第2事故直前の状態である。第1事故から通院していた事実だけでは足りず,症状が改善していたのか,治療内容又は通院頻度が変わっていたのか,第2事故後に新しい自覚症状又は他覚所見が現れたのかを診療録と就労記録で確認する。医療機関又は相手方保険会社が保有する資料を当然に入手できるとは限らないため,まず本人が取得できる診療記録,画像,休業損害証明書及び保険会社から交付済みの資料を揃えるのが現実的である。
3 加害者側が損害の区分を主張する場合
加害者側が共同責任を争う場合は,事故間隔だけを指摘するのでは足りない。第2事故前の回復状況,第2事故後に追加された診断名・検査・治療,衝撃の差及び損害項目ごとの区分可能性を具体的に示す必要がある。診療録の開示又は医療照会には本人の同意等が必要となることがあり,訴訟上の文書送付嘱託等も裁判所の判断を経るため,まず既に提出された診断書,診療報酬明細書,事故資料及び通院一覧で争点を絞るべきである。
第4 異時事故に関する判例
1 最高裁平成13年3月13日判決の射程
最高裁平成13年3月13日第三小法廷判決(平成10年(受)第168号,民集55巻2号328頁)は,交通事故とその後の医療行為が順次競合し,いずれも死亡という不可分の一個の結果との間に相当因果関係がある事案で,各不法行為者が全損害について責任を負い,結果への寄与割合によって被害者に対する賠償額を案分できないとした。
この判決は,行為の時点及び性質が異なっていても,共同不法行為が成立し得ることを示す。もっとも,交通事故と医療過誤が死亡という一個不可分の結果を生じさせた事案であり,別日に発生した二件の交通事故について,何か月以内なら共同不法行為になるという基準を示したものではない。
2 純粋な異時交通事故の近時の裁判例
純粋な異時交通事故について商用データベースで全文を確認できた近時の裁判例は,次のとおりである。いずれも個別事情に即した判断であり,件数だけから一般的傾向を断定することはできない。
| 裁判例 | 事故の関係 | 判断の要点 |
|---|---|---|
| 京都地裁令和3年12月10日判決・令和2年(ワ)第714号 | 約1か月後と約9か月後に別の事故 | 三事故を一体の共同不法行為とは扱わず,症状,治療及び時効を事故ごとに検討した。 |
| 横浜地裁令和6年2月8日判決・令和2年(ワ)第1442号 | 約1年6か月離れた事故 | 共同不法行為を否定し,治療が重なる期間の損害を第1事故4割,第2事故6割に区分した。 |
| 大阪地裁令和6年3月6日判決・令和3年(ワ)第2171号ほか | 約3か月離れ,場所も異なる事故 | 共同不法行為を否定し,一方の事故について支払った者から他方への求償も否定した。 |
実務書が整理した公刊裁判例には,共同不法行為の成立例と否定例の双方が含まれ,事故間隔の長短と結論は単純に対応していない。したがって,短期間かつ同一部位であることは重要な事情ではあるが,それだけで各加害者の全損害責任を導くことはできない。
第5 自賠責保険における複数契約の扱い
1 支払限度額の合算
自賠責保険は人身損害の基本補償であり,国土交通省の案内によれば,被害者1名当たりの限度額は,傷害120万円,死亡3000万円,後遺障害は等級に応じて75万円から4000万円である。物損は対象にならない。
自賠責保険の支払基準第1の2ただし書は,複数の自動車による事故について保険金等を支払う場合,それぞれの保険契約に係る保険金額を合算した額を限度とする。例えば,加害自動車が2台で傷害損害を支払う場合,形式上の限度額は120万円の2契約分となり得る。
もっとも,合算されるのは支払限度額であって,実際の損害額が2倍になるわけではない。保険会社の自賠責保険請求の案内も,複数の加害自動車がある場合には各自賠責保険へ請求できるとする一方,同じ損害を重複して支払うことはできないと説明している。
2 民法上の共同不法行為との違い
自賠責の支払基準による保険金額の合算と,民法719条により各加害者が被害者に全損害責任を負うかは,同じ問いではない。自賠責では,各車両について運行供用者責任その他の賠償責任があるか,対象となる人身損害はいくらか,既払金と重複しないかを支払基準に従って審査する。他方,民事訴訟では,各事故との相当因果関係,関連共同性及び損害の可分性が争点となる。
特に別日の二事故では,「自賠責が二契約あるから民法上も共同不法行為になる」,又は「民法上の共同不法行為が否定されたから一方の自賠責には請求できない」と直結させることはできない。各事故の自賠責保険会社へ事故関係と既払状況を正確に示し,どの損害をどの契約で審査するのかを確認する必要がある。自賠責の支払基準及び請求手続の詳細は,自賠責保険の支払基準の記事で扱っている。
第6 二度目の事故後に行うべきこと
1 示談前に損害の範囲を確定する
第2事故が起きたときは,双方の任意保険会社及び自賠責保険会社に,第1事故の治療中であることと第2事故の発生を伝える必要がある。その上で,診療録,画像,通院一覧及び就労記録を比較し,第2事故前までの損害,第2事故後に新たに発生した損害,両事故が重なる損害を分けて暫定評価する。
一方の事故について,「今後一切請求しない」と読める清算条項を含む示談を先に結ぶと,後に別の加害者へ請求する範囲又は共同不法行為者間の調整が問題となることがある。損害の区分,既払金の充当先及び他方事故への請求を留保するかを確認できない段階では,広い清算条項を含む示談を急ぐべきではない。
2 請求期間を事故ごとに確認する
人の生命又は身体を害する不法行為の損害賠償請求権は,民法724条及び724条の2により,原則として損害及び加害者を知った時から5年,不法行為の時から20年で時効により消滅する。異時事故では,各事故に基づく請求権について起算点,時効完成猶予又は更新を別々に管理する必要があり,一方の保険会社との交渉が他方への請求の時効を当然に止めるわけではない。
自賠責保険については,自賠法19条が被害者請求権等の3年の時効を定めており,国土交通省のFAQは,傷害は事故日,死亡は死亡日,後遺障害は症状固定日からそれぞれ3年以内と案内している。請求が遅れる事情がある場合は,時効の取扱いを各保険会社へ早期に確認すべきである。
本記事は一般的な情報を示すものであり,個別事案では,事故日,症状固定日,示談内容,既払金及び時効完成猶予・更新の有無を資料に基づいて確認する必要がある。
出典・参考資料
1 法令・告示
①民法(明治29年法律第89号)709条,719条,724条及び724条の2(e-Gov法令検索)
②自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)16条,16条の3及び19条(e-Gov法令検索)
③金融庁・国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号,令和2年4月1日施行の改正後)1頁
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成13年3月13日判決(平成10年(受)第168号,民集55巻2号328頁,裁判所ウェブサイト)
②京都地方裁判所令和3年12月10日判決(令和2年(ワ)第714号,交通事故民事裁判例集54巻6号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYにより全文確認)
③横浜地方裁判所令和6年2月8日判決(令和2年(ワ)第1442号,交通事故民事裁判例集57巻1号185頁。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYにより全文確認)
④大阪地方裁判所令和6年3月6日判決(令和3年(ワ)第2171号ほか,交通事故民事裁判例集57巻2号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYにより全文確認)
3 文献
①小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』(日本評論社,2025年)239頁~245頁
②岡口基一『要件事実マニュアル第6版第2巻 民法2』(ぎょうせい,2020年)408頁~421頁
4 公的資料・ウェブ資料
①国土交通省「よくあるご質問|自賠責保険・共済」
②国土交通省「限度額と補償内容」
③損害保険ジャパン株式会社「自賠責保険請求のご案内」(2026年6月改定)12頁