第1 この記事が扱う対象
1 開示文書の特定と基準日
本記事は,最高裁判所に対する司法行政文書開示請求によって開示されたフランス共和国の司法制度(全55頁)を対象とし,同文書が記述する制度のうち,どの部分が現在も維持され,どの部分がその後の法改正によって現行制度と食い違うに至ったかを整理するものである。開示文書はテキスト情報を含まない画像形式の文書であるため,生成AIを用いて全55頁を読み取った上で,記載された法律名,条文番号及び数値をフランスの法令データベース(Légifrance)の現行条文その他の原資料と照合して構成した。
開示文書自体に作成年月日の記載はないが,脚注に付された引用資料の年次から基準時点を推定することができる。労働裁判所の庁数に関する脚注は「前掲「数字で見る司法2014」9頁」を典拠として2014年1月現在の庁数(210庁)を記載しており,同じ「数字で見る司法2014」(Chiffres-clés de la Justice 2014,法務省統計局が毎年刊行する統計冊子)が随所で引用されている。他方,近隣裁判所の廃止時期については,2014年12月29日法律による延期(廃止予定日を2017年1月1日とする改正)までが反映されており,同日以後2016年11月18日法律による最終的な確定までは反映されていない。これらを総合すると,本記事では,開示文書の内容は平成26年(2014年)から平成27年(2015年)ころまでの資料に基づいて作成されたものと整理する。
開示を受けた時期についても手掛かりがある。情報公開請求により入手した原本の文書情報は,作成ソフトをPFU ScanSnap Manager 6.5.40,作成日時を2016年12月25日18時51分47秒と記録しており,紙で交付された文書をスキャンして作成されたものであることが分かる。同じ日の19時31分に作成されたイギリス連合王国(イングランド及びウェールズ)の司法制度の開示文書とわずか40分違いで作成されていることからすると,米英独仏豪加の各国分は,同一の情報公開請求に基づいて同日にまとめてスキャンされたものと考えられる。なお,保存されている原本のファイル名には「281221」(平成28年12月21日)という日付が付されているが,これは事務所内で受付を記録した日付とみられ,スキャン自体の日時とは別である。全55頁の用紙寸法はいずれも約593ポイント×約841ポイントであり,A4に適合している。
2 令和6年10月9日付け不開示通知書
この開示文書がいつの時点の制度を示すものかは,その後の不開示決定によって確定している。最高裁判所事務総長は,令和6年10月9日付け司法行政文書不開示通知書(最高裁秘書第2739号)により,フランス共和国の司法制度を含む7件の文書について「令和元年5月以降の最新版」を開示するよう求める申出に対し,「1の文書は,作成又は取得していない。」との理由でこれを開示しないこととした。同通知書は,開示しないこととした司法行政文書の名称等として,対照表,アメリカ合衆国,イギリス連邦(イングランド及びウェールズ),ドイツ連邦共和国,フランス共和国,オーストラリア連邦及びカナダの各司法制度を①から⑦までとして個別に掲げている。
この通知書は,文書の不存在を理由とするものであるから,最高裁判所が令和元年5月以降にこれらの司法制度資料を改訂していないことを意味する。開示文書の記述は作成時点の制度を前提とするものであって,その後の法改正を反映していないから,現在の制度を知る目的でそのまま用いることはできない。開示文書の一覧及び不開示通知書は,諸外国の司法制度の記事から確認することができる。司法行政文書の開示手続そのものについては,裁判所の情報公開――通達・司法行政文書の開示手続と判決情報の公開及び開示文書の利用目的は一切問われないこと等を参照されたい。
3 開示文書の構成と対照表における位置付け
開示文書は,第1「裁判所・裁判官」,第2「検察局・検察官」,第3「弁護士・弁護士会」,第4「法曹養成制度」,第5「裁判手続」,第6「裁判外紛争処理(ADR)」の6章から成る。第1は1 裁判所の種類((1)司法裁判所〔ア破毀院・イ控訴院・ウ重罪院・エ大審裁判所・オ小審裁判所・カ近隣裁判所・キ労働裁判所・ク商事裁判所・ケその他〕,(2)行政裁判所〔アコンセイユ・デタ・イ行政控訴院・ウ地方行政裁判所・エその他〕,(3)その他の裁判所組織〔ア憲法院・イその他〕),2 司法行政,3 裁判官,4 書記局に分かれ,第5は1民事事件,2刑事事件,3家事事件,4少年事件に分かれている。全55頁のうち冒頭4頁が表紙及び目次に,本文が5頁から54頁までに充てられ,末尾には裁判所審級図が付されている。
同時に開示された諸外国(米英独仏豪加)及び我が国の司法制度の概要(対照表)は,7か国の司法制度を,裁判所の基本的組織,憲法裁判所及び行政裁判所の有無,裁判官の任用,陪審制・参審制,弁護士資格,法曹養成制度並びに民事・刑事の手続の特徴という項目で比較した1枚表である。本記事が対象とする55頁の文書は,この対照表のフランス欄を展開した位置付けの資料である。
第2 開示文書が記述する司法制度の骨格
1 司法裁判所系統と行政裁判所系統の二元制
開示文書は,冒頭で,フランスの裁判所組織が,通常の私人間の紛争を扱う司法裁判所(Juridiction judiciaire)と,行政の活動をめぐる紛争を扱う行政裁判所(Juridiction administrative)とに大きく分かれる二元制を採ることを明示している。司法裁判所の頂点には破毀院(Cour de cassation),行政裁判所の頂点にはコンセイユ・デタ(Conseil d’État)が置かれ,両系統に属さない機関として憲法院(Conseil constitutionnel)が別に存在するという骨格は,開示文書の作成当時から現在まで変わっていない。この二元制及び憲法院の存在という大枠は,2019年以降の一連の改革を経てもなお維持されている数少ない不変の部分である。
2 破毀院・検察官の地位
開示文書は,破毀院が民事第1部から第3部,商事部,社会部及び刑事部の6部構成であると記述しており,この構成は現在も変わっていない。検察官については,「検察官は,裁判官同様の独立性(不可動性)の保障はなく,職務上の上司に服従する義務を負う」(1958年12月22日オルドナンス第58-1270号5条)と記述しており,この階層的従属構造も現在の憲法及びオルドナンスの下で維持されている。もっとも,法務大臣が検察官に対して発することができるのは一般的な刑事政策の指示(instructions générales)に限られ,個別事件について指示することはできないという規律が,開示文書の作成後,2013年7月25日法律第2013-669号による刑事訴訟法第30条の改正(同年7月27日施行)によって明文化されている。
検察官の非独立性という構造上の帰結は,欧州人権裁判所の判例によっても確認されている。Moulin v. France事件(第5部,2010年11月23日,申立番号37104/06)は,その第57項において,「フランスの検察官は,その地位のゆえに,執行権からの独立性という要件を満たさない」との判断を示し,欧州人権条約第5条3項にいう「司法権を行使する権限を法律により認められた裁判官その他の官吏」に検察官が該当しないことを明らかにした。この判断は,開示文書が記述する検察官の身分構造――独立性の保障を欠き,上司への服従義務を負うという構造――が,条約上の帰結としても現在なお妥当することを裏付けるものである。
3 裁判官の地位と司法官職高等評議会
開示文書は,司法裁判所の裁判官について,検察官と共に司法官(Magistrat)と呼ばれ,同一の職業集団(Corps judiciaire)に属する一方,裁判官には憲法上の不可異動性(Inamovibilité)が保障されると記述する。裁判官の人事については,司法官職高等評議会(Conseil supérieur de la magistrature,以下「CSM」という。)が大きな権限を持ち,裁判官について管轄権限を有する構成体(破毀院長が議長を務め,裁判官5名,検察官1名,コンセイユ・デタ選出評定官1名,弁護士1名及び議会・司法系統・行政系統のいずれにも属さない有識者6名の合計15名)と,検察官について管轄権限を有する構成体(破毀院検事総長が議長を務め,同様の構成比による15名)とに分かれるという構成が記述されている。この構成は,2008年7月23日の憲法改正法律による憲法第65条の全面改正後の姿であり,開示文書作成の時点で既に現行の姿が適用されていたため,開示文書の記述は現在も正確である。委員は4年任期で改選されており,現在は2023年から2027年までの期に当たる委員が在任しているが,構成そのものに変更はない。
憲法第65条は,裁判官の任命についてはCSMの「意見適合(avis conforme)」――拒否権付き同意――を要するのに対し,検察官の任命についてはCSMの意見は単純な諮問(avis)にとどまるという書き分けを維持しており,この点も開示文書の作成当時から変わっていない。もっとも,2012年以降,歴代法務大臣がCSMの否定的意見を一度も覆していないという運用上の慣行が定着しており,法的拘束力はないものの「事実上のavis conforme」として機能している。
第3 民事第一審裁判所の統合
1 大審裁判所・小審裁判所から司法裁判所へ
開示文書は,司法裁判所の種類として,大審裁判所(Tribunal de grande instance,以下「TGI」という。)と小審裁判所(Tribunal d’instance,以下「TI」という。)とを別個の裁判所として並列に記述している。TGIは訴額が1万ユーロを超える民事事件等を,TIは同額以下の民事事件等をそれぞれ管轄するという役割分担が説明されている。
しかし,2019年3月23日法律第2019-222号(2018-2022年司法計画・司法改革法)第95条により,裁判所組織法典のうち「TGI」「TI」の語は「司法裁判所(tribunal judiciaire)」に一本化された。施行日は,同法第109条第ⅩⅩⅢ項により2020年1月1日と定められ,同年8月30日デクレ第2019-912号及び同年9月18日デクレ第2019-966号が実施の細目を定めている。改正後の裁判所組織法典L211-1条は,「司法裁判所は,民事及び刑事について第一審の裁判を行う。刑事について裁判を行うときは,正裁判所(tribunal correctionnel)又は違警罪裁判所(tribunal de police)と称する。」と定める。旧TIのうち独立の管轄を失った庁は,同法典L212-8条に基づく司法裁判所の「近接裁判部(chambre de proximité)」として存続している。開示文書が前提とするTGI・TIという二本立ての構造は,この改正によって単一の裁判所に統合されたことになる。
2 保護事件裁判官の新設
開示文書は,成年後見裁判官(Juge des tutelles des majeurs)について,「小審裁判所所属の裁判官1名又は数名が成年後見裁判官の職務を行う」と記述する。同じ2019年司法改革法第95条は,この機能を全面的に承継しつつ,住居賃貸借紛争や消費者過剰債務等の管轄も統合した「保護事件裁判官(juge des contentieux de la protection)」という専門裁判官を,裁判所組織法典L213-4-1条以下として新設した。同法典L213-4-2条は,「保護事件裁判官は,成年後見裁判官の職務を行う。同裁判官は,①成年者に対する裁判上の保護,保佐,後見及び裁判上の支援措置,②将来の保護の委任の行使に関する訴えを管轄する。」と定めており,開示文書には存在しない役職である。
第4 近隣裁判所の廃止――開示文書自身の予測とも異なる帰結
開示文書は,近隣裁判所(Juridiction de proximité)について,控訴院の管轄区域内に少なくとも1庁設置され,訴額4000ユーロ以下の民事事件及び第1級から第4級までの違警罪を,非職業裁判官である近隣裁判官(Juge de proximité)が単独で審理する制度として詳細に記述した上で,「なお,近隣裁判所は2017年1月1日に廃止される予定である」と付記している。その脚注は,近隣裁判所の廃止自体は訴訟の分配及び裁判手続の軽量化に関する2011年12月13日法律第2011-1862号によって既に決まっていたものの,その適用開始日(=廃止日)が2012年12月24日法律第2012-1441号により2015年1月1日へ,さらに2014年12月29日法律第2014-1654号により2017年1月1日へと,2度にわたって延期された経緯を説明している。
ところが,実際の廃止日は,開示文書が予測した2017年1月1日ではなかった。2016年11月18日法律第2016-1547号(司法近代化法,通称「J21法」)第15条は,近隣裁判所の廃止規定を最終的に確定させたが,その効力発生日を定める同条自身の規定は「本条第Ⅱ項及び第Ⅲ項は,2017年7月1日に施行する。同日をもって,係属中の民事手続は現状のまま小審裁判所に移送される。」というものであり,実施政令である2017年4月28日デクレ第2017-683号第5条もこれに沿って施行日を2017年7月1日と定めている。すなわち,近隣裁判所の実際の廃止日は,開示文書が記述した「2017年1月1日予定」よりもさらに半年遅い2017年7月1日であった。開示文書が2度の延期を丹念に追跡していたにもかかわらず,最後にもう一段階の延期があったために,開示文書の予測自体が結果的に外れる形となっている。単に「制度が変わった」という単純な話ではなく,法改正の予定が繰り返し先送りされるという固有の経緯を持つ論点であることが分かる。
第5 重罪院から県別刑事裁判所へ
1 開示文書が記述する重罪院の参審制
開示文書は,重罪(無期又は懲役10年以上に当たる犯罪)を扱う裁判所として,重罪院(Cour d’assises)を記述する。重罪院は,職業裁判官3名と,市民から選任される参審員6名(第一審)又は9名(控訴審)とによる混合合議体であり,2011年8月10日法律第2011-939号により,従前は一審9名・控訴審12名であった参審員数が,2012年1月1日から現行の6名・9名に削減されたことが記述されている。開示文書は,この重罪院を,重罪を扱う裁判所として唯一のものとして位置付けている。
2 県別刑事裁判所の創設と全国化
この構造は,開示文書の作成後,大きく組み替えられた。2019年3月23日法律第2019-222号第63条は,懲役15年又は20年の重罪について,参審員を伴わない職業裁判官5名(裁判長及び陪席4名)のみで構成する裁判体を,アルデンヌ,カルヴァドス,シェール,モーゼル,レユニオン,セーヌ=マリティム及びイヴリーヌの7県において,2019年5月13日から試行導入した。当時の条文上の名称は単に「重罪裁判所(cour criminelle)」であった。2021年12月22日法律第2021-1729号(通称「loi Dupond-Moretti」)第9条は,これをマヨットを除く全国で2023年1月1日に一般化し,刑事訴訟法典第380-16条から第380-22条として恒久化した。「県別刑事裁判所(Cour criminelle départementale)」の名称が用いられるようになったのは,この全国化以降のことである。同法典第380-16条は,「〔重罪院の管轄の例外として〕懲役15年又は懲役20年の重罪について訴追された成年者は,第一審について県別刑事裁判所によって裁判される。」と定め,評決は,重罪院で要求される加重多数決ではなく,単純多数決による(同法典第380-19条4号)。懲役30年又は無期懲役に当たると判断された場合は,事件は重罪院に移送される(同法典第380-20条)。
憲法院決定第2023-1069/1070号QPC(2023年11月24日)は,県別刑事裁判所制度全体を合憲と判断した。同決定は,重罪事件における陪審制の関与が「共和国の諸法律によって承認された基本原則(PFRLR)」に当たるという主張を,「刑事における陪審の関与という原則は,1875年2月24日法律,1928年3月9日法律及び1938年1月13日法律によって一定の重罪について既に排除されていた」として,歴史的な連続性を欠くことを理由に退けた上で,県別刑事裁判所と重罪院とで異なる議決要件を設けることも,両者の構成の違いに由来する取扱いの差異であって平等原則に反しないと判断している。
3 2026年7月の新法による再編
本記事の調査の過程で,開示文書はもとより想定し得ない直近の動きも確認された。2026年7月23日公布の法律第2026-651号(刑事司法及び被害者尊重に関する法律)は,同日付け憲法院決定第2026-909号DCによる事前審査を経て成立し,県別刑事裁判所の管轄を法律上の再犯者にも拡張し(従前は再犯者を除外),裁判長の資格要件を緩和し,付加刑のみを争う場合の参審員なし限定控訴審を新設するという,2019年法以来の刑事訴訟の大きな再編を行っている。同決定は,これらの規定を合憲と判断する一方,遺伝的系譜追跡(DNA型鑑定の拡張)に関する規定及び司法警察心理士による心理分析文書の取扱いに関する規定については違憲と判断した。開示文書が前提としていた重罪院中心の刑事裁判所構造は,2019年の創設,2021年の全国化及び2023年の合憲判断を経て制度として定着した後,さらに2026年にも改正が続いているのが現状である。
第6 裁判官の任用制度の抜本改革と検察官任命をめぐる憲法改正の頓挫
開示文書は,司法裁判所の裁判官について,国立司法学院(École nationale de la magistrature,以下「ENM」という。)の卒業生から任命され,定年までその職にとどまるキャリアシステムが採用されていると記述し,一定期間の実務経験を積んだ大学教授や弁護士等が例外的に直接採用されることもあると付記する。2023年11月20日組織法第2023-1058号(司法官の身分の開放・現代化・責任に関する法律)は,この直接採用の仕組みを大きく作り替え,従来の「直接統合(intégration directe)」制度を廃止した上で,実務経験7年以上(第1等級)又は15年以上(第2等級)を要件とする「専門コンクール(concours professionnel)」を新設し,弁護士,法務アシスタント,裁判所書記局長,法学博士等に門戸を広げた。同法は,あわせて「等級外(hors hiérarchie)」の区分を廃止して第1から第3までの3等級制に一本化し,裁判所長の評価のための評価委員会を新設し,実務経験15年以上の専門職を任期3年(1回更新可)で任命する臨時裁判官制度を定員の1割を上限に拡充した。憲法院決定第2023-856号DC(2023年11月16日)は,代理裁判官へのビデオ会議参加を認める規定を防御権侵害として違憲とする一方,専門コンクールや臨時裁判官制度については複数の解釈留保を付した上で合憲と判断している。開示文書が記述するENM卒業生中心のキャリアシステムという骨格自体は維持されているが,その例外的な入口は,開示文書の作成後,大きく拡張されたことになる。
検察官の任命手続については,開示文書が記述するCSMの単純な諮問(avis)という構造自体に変更はないが,これを裁判官と同じ拘束的な意見(avis conforme)に改めようとする憲法改正の試みが,開示文書の作成前後の時期に大きく動いていた。タビラ法務大臣が発議した憲法改正案は,2016年6月に国民議会及び元老院が同一の文言で可決したが,フランスの憲法改正手続(憲法第89条)では,両院一致で可決した案件は最終的に両院合同会議(Congrès)で有権者総数の5分の3の賛成を要するところ,野党が超多数を提供することを拒否したため,政府は2016年7月22日に予定されていたCongrès開催そのものを断念した。両院で条文が一致せず廃案になったのではなく,両院一致後の最終関門に進めなかったというのが正確な経緯である。2018年にマクロン大統領が同様の改正を表明したが実施されず,事実上棚上げされている。2026年1月13日,国民議会議長ヤエル・ブラウン=ピヴェ氏が,塩漬けになっているこの改正案についてCongrès再招集を呼びかけたが,本記事の調査時点では正式な招集決定は確認できていない。
第7 コンセイユ・デタ=破毀院付弁護士及び法曹養成の変化
開示文書は,コンセイユ・デタ及び破毀院において弁護士の役割を果たすコンセイユ・デタ=破毀院付弁護士(Avocat au Conseil d’État et à la Cour de cassation)について,職株(office)の保有が必要であるとした上で,「従前,60株に限定されていたが,その規定は廃止された」(司法・裁判上の専門職の発展に関する2009年4月22日デクレ第2009-452号による改正後の1817年9月10日オルドナンス第3条)と記述する。もっとも,この2009年の規制緩和は,職株数の法令上の上限規定を撤廃したにとどまり,実際の職株数が直ちに大きく増加したわけではなかった。競争庁による開業自由化の勧告を受け,2016年以降に職株数の実質的な増員が段階的に進み,競争庁の意見第25-A-06号(2025年4月16日)によれば,2025年1月1日時点で職株数は71に達している。開示文書は,専門職民事組合(Société civile professionnelle)が職株を保有することも認められ,一組合につき自然人の弁護士を4名まで有することができると記述しているが,これは2013年6月5日デクレ第2013-470号により,従前の3名から4名に引き上げられた後の規定であって,開示文書はこの改正を反映した記述をしていることになる。
法曹養成についても,開示文書の作成後に新しい制度が加わっている。ENMの研修課程は,従前,第一次(学生),第二次(公務員)又は第三次(民間企業職員等)のコンクール合格者(auditeurs de justice)による31か月の研修という単線構造であったが,2023年組織法第2023-1058号により,前記の専門コンクール経由の採用者(stagiaires)による最短12か月の研修という新たな経路が加わり,研修体系が二元化された。この新制度は,2025年12月1日デクレ第2025-1032号によってようやく施行されたばかりであり,開示文書には全く存在しない制度である。また,弁護士養成についても,2023年11月20日法律第2023-1059号第49条による1971年12月31日法律(弁護士職基本法)第11条及び第12条の改正により,弁護士適性証書(CAPA)の取得に法学修士2年(M2)の取得が,2025年1月1日以降に研修を開始する者から必須化されている。
第8 開示文書に存在しない制度――労働裁判所とbarème Macron
開示文書は,労働裁判所(Conseil de prud’hommes)について,労使双方から選挙された同数の非職業裁判官の合議によって審理が行われ,2014年1月現在,各地に210庁設置されていると記述する。もっとも,開示文書が作成された時点では,不当解雇の損害賠償額に上限及び下限を設ける定額表(通称「barème Macron」)はまだ存在しておらず,開示文書にはこれに関する記述が一切ない。
barème Macronは,開示文書の作成後である2017年9月22日オルドナンス第2017-1387号によって初めて導入され,2017年9月24日以降の解雇に適用された。現行の労働法典第L1235-3条は,勤続年数に応じて,例えば勤続1年で1か月から2か月,勤続5年で3か月から6か月,勤続10年で3か月から10か月,勤続20年で3か月から15.5か月,勤続30年以上で3か月から20か月という幅で損害賠償額を定めている(従業員11人未満の企業には別途低い最低額表がある。)。モラルハラスメント,差別又は被保護労働者解雇等の無効事由による解雇(同法典第L1235-3-1条)にはbarèmeが適用されず,最低6か月分の賠償が保障される。
barème Macronをめぐっては,導入直後の2018年から2019年にかけて,トロワ,アミアン,リヨン,グルノーブル等の複数の労働裁判所が,barèmeを国際労働機関(ILO)第158号条約第10条又は欧州社会憲章第24条に照らして条約不適合として適用を排除する判決を下し,下級審の判断が分かれる状態が続いた。憲法院決定第2018-761号DC(2018年3月21日)は,勤続年数を基準とする定額表が平等原則に反しないとして合憲と判断していたが,条約適合性については,破毀院社会部が2022年5月11日に下した2件の判決(N°21-14.490及びN°21-15.247,いずれも社会部の拡大合議体による判決)によって最終的に決着した。同判決は,barème MacronはILO第158号条約第10条の要求する比例性及び抑止力を満たして条約に適合する一方,欧州社会憲章第24条は締約国が原則を承認する意図を示したにとどまり私人間の紛争に直接適用されないため,barèmeの適用を排除する根拠にはならないと判示した。この結果,裁判官は,法定の上下限の範囲内でのみ個別評価をすることができ,具体的な損害の大きさを理由に上限を超える賠償を命じることはできないという運用が確定している。
第9 家事事件――合意離婚の非司法化
開示文書は,離婚事件について,合意離婚(Divorce par consentement mutuel),承諾離婚,破綻離婚及び有責離婚の4種類があるとした上で,合意離婚の手続を次のように説明する。「夫婦双方に離婚意思があり,離婚条件につき夫婦双方で一致している場合は,共同申請によりその旨記載した協議書(Convention)を裁判官へ提出する。裁判官は,夫婦双方を呼び出し,夫婦双方の離婚意思及び協議書の内容を確認し,裁判官は離婚成立の宣言をし,手続は終了する。」(旧民法典第230条,第232条)。すなわち,開示文書は,合意離婚を含む4類型すべてについて,家事事件裁判官(Juge aux affaires familiales)が関与する裁判上の手続として記述している。
しかし,2016年11月18日法律第2016-1547号(J21法)第50条は,争いのない合意離婚について,裁判官の関与を要しない新方式を導入し,2017年1月1日に施行した。現行の民法典第229-1条は,「配偶者双方に婚姻の解消及びその効果につき合意があるときは,各自に弁護士が付いた上で,弁護士双方が連署する私署証書(acte sous signature privée contresigné par leurs avocats)の形式による合意書にその合意を記載する。この合意書は,公証人による寄託を受ける。」と定める。公証人は,形式要件(同法典第229-3条各号)と15日間の熟慮期間の遵守のみを審査し,実体的な判断は行わない。裁判官の関与が必要となるのは,①未成年の子が裁判官による聴聞を求めたとき,②一方配偶者が保護制度(後見・保佐等)の下にあるとき,の2つの例外事由(同法典第229-2条)に限られる。憲法院決定第2016-739号DC(2016年11月17日)は,弁護士2名の関与義務,15日の熟慮期間,公証人による形式審査及び子への情報提供義務という制度的な担保があることを理由に,この非司法化を合憲と判断している。開示文書が記述する「協議書を裁判官へ提出し,裁判官が離婚成立を宣言する」という手続は,争いのない合意離婚に関する限り,もはや現行制度ではない。
第10 少年事件――少年司法法典(CJPM)への全面置換
開示文書は,少年事件の根拠法として「非行少年に関する1945年2月2日オルドナンス第45-174号」を挙げ,少年裁判官(Juge des enfants),少年裁判所(Tribunal pour enfants),未成年軽罪裁判所(Tribunal correctionnel pour mineurs)及び未成年重罪院(Cour d’assises des mineurs)という機関構成を記述する。このうち未成年軽罪裁判所については,非行時16歳以上の未成年者による懲役3年以上の軽罪を再犯として犯した場合を対象とする裁判所として,2011年8月10日法律第2011-939号により2012年1月1日に創設されたことのみが記述されており,その後の帰趨には触れていない。
しかし,このオルドナンスに基づく枠組みは,開示文書の作成後,全面的に置き換えられた。2019年9月11日オルドナンス第2019-950号(授権法:2019年司法改革法第93条)は,1945年オルドナンスを全面的に法典化し,少年司法法典(Code de la justice pénale des mineurs,以下「CJPM」という。)として制定した。施行日は,当初2020年10月1日と定められていたが,新型コロナウイルス感染症の影響により,まず2020年6月17日法律第2020-734号第25条により2021年3月31日へ延期され,続いて2021年2月26日法律第2021-218号第2条により2021年9月30日へ再延期された。CJPMは2021年9月30日に施行され,同日をもって1945年オルドナンスは終局的に廃止されている。未成年軽罪裁判所についても,開示文書には記述がないものの,CJPMを待たずに,2016年11月18日法律第2016-1547号第29条により2017年1月1日付けで既に廃止されており,軽罪の管轄は少年裁判所に一元化されている。
CJPMは,開示文書の時代にはなかった新しい規律も設けている。同法典第L11-1条は,「13歳未満の少年は弁別能力を有しないと推定される。13歳以上の少年は弁別能力を有すると推定される。」と定め,刑事責任能力の年齢による推定をフランス法上初めて明文化した。また,同法典第521-7条以下は,第1回審理(有責性審理)で少年裁判所が有責性と民事賠償請求のみを判断し,有責性が認定されると「教育的観察期間」の開始を宣告した上で,量刑を言い渡す審理期日を有責性認定から6か月以上9か月以内の範囲で別途指定するという,有責性認定と量刑とを分離する二段階審理を新設している。憲法院は,少年の刑事責任軽減原則を「共和国の諸法律によって承認された基本原則」と位置付けた上で,例外を拡大しようとする立法を繰り返し違憲としており(決定第2025-886号DC,2025年6月19日),この原則がCJPM施行後も強い規範力を持ち続けていることを示している。
第11 開示文書を利用する際の留意点
前記のとおり,最高裁判所は令和元年5月以降の最新版を作成又は取得していないから,開示文書を現在のフランスの司法制度を示す資料として用いることはできない。特に,民事第一審裁判所の統合,重罪院から県別刑事裁判所への改革及び合意離婚の非司法化という3点は,いずれも司法制度の骨格に関わる変化であり,開示文書の記述のままでは現状を正確に説明できない。
他方で,二元的な裁判所系統,憲法院の存在,破毀院の部構成,検察官の階層的従属構造及びCSMの構成といった基本的な骨格は,開示文書の作成から10年以上を経た現在も維持されている。開示文書は,法律名と条文番号,統計の出典及び参照文献の頁数まで付された精度の高い記述であるが,制度の変動を追跡して更新される種類の文書ではない。開示文書を参照する場合は,作成時点(平成26年から平成27年ころ)の制度を記録した資料として位置付けた上で,現行の制度は別途Légifrance等の一次資料により確認する必要がある。
なお,本記事は,開示文書55頁のうち,冒頭の裁判所組織,重罪裁判所,労働裁判所,家事事件及び少年事件に関する記述を中心に検証したものであり,行政裁判所,弁護士会及び裁判外紛争処理に関する記述の全てを網羅的に検証したものではない。検察官の懲戒手続の実体的な変更内容や,民事訴訟手続のデジタル化の進捗など,開示文書との対比が可能でありながら本記事で取り上げなかった論点も存在する。
出典・参考資料
1 法令・規則
①Loi n° 2019-222 du 23 mars 2019 de programmation 2018-2022 et de réforme pour la justice第95条,第63条,第109条(Légifrance)
②Décret n° 2019-912 du 30 août 2019(Légifrance)
③Décret n° 2019-966 du 18 septembre 2019(Légifrance)
④Code de l’organisation judiciaire L211-1条(Légifrance)
⑤Code de l’organisation judiciaire L212-8条(Légifrance)
⑥Loi n° 2016-1547 du 18 novembre 2016 de modernisation de la justice du XXIe siècle第15条,第29条,第50条(Légifrance)
⑦Décret n° 2017-683 du 28 avril 2017第5条(Légifrance)
⑧Code de procédure pénale 380-16条~380-22条(Légifrance)
⑨Loi n° 2021-1729 du 22 décembre 2021 pour la confiance dans l’institution judiciaire第9条(Légifrance)
⑩Loi n° 2026-651 du 23 juillet 2026(Légifrance)
⑪Loi organique n° 2023-1058 du 20 novembre 2023(Légifrance)
⑫Loi n° 2023-1059 du 20 novembre 2023第49条(Légifrance)
⑬Loi n° 71-1130 du 31 décembre 1971 第11条,第12条(現行,Légifrance)
⑭Ordonnance n° 2019-950 du 11 septembre 2019 portant partie législative du code de la justice pénale des mineurs(Légifrance)
⑮Code de la justice pénale des mineurs L11-1条(Légifrance)
⑯Code de la justice pénale des mineurs L521-7条,L521-8条,L521-9条(Légifrance)
⑰Loi n° 2020-734 du 17 juin 2020第25条(Légifrance)
⑱Loi n° 2021-218 du 26 février 2021第2条(Légifrance)
⑲Code civil 229条~229-4条(Légifrance)
⑳Ordonnance n° 2017-1387 du 22 septembre 2017(Légifrance)
㉑Code du travail L1235-3条(Légifrance)
㉒Code du travail L1235-3-1条(Légifrance)
㉓Ordonnance n° 58-1270 du 22 décembre 1958 portant loi organique relative au statut de la magistrature,第5条(Légifrance)
㉔Loi n° 2013-669 du 25 juillet 2013(刑事訴訟法第30条改正,Légifrance)
㉕Décret n° 2009-452 du 22 avril 2009(Légifrance)
㉖Décret n° 2013-470 du 5 juin 2013(Légifrance)
2 裁判例・決定
①Conseil constitutionnel, décision n° 2016-739 DC du 17 novembre 2016
②Conseil constitutionnel, décision n° 2018-761 DC du 21 mars 2018
③Conseil constitutionnel, décision n° 2023-856 DC du 16 novembre 2023
④Conseil constitutionnel, décision n° 2023-1069/1070 QPC du 24 novembre 2023
⑤Conseil constitutionnel, décision n° 2025-886 DC du 19 juin 2025
⑥Conseil constitutionnel, décision n° 2026-909 DC du 23 juillet 2026
⑦Cour de cassation,chambre sociale,2022年5月11日判決(N°21-14.490,N°21-15.247,Légifrance JURITEXT000045802457)
⑧Moulin v. France(欧州人権裁判所第5部,2010年11月23日,申立番号37104/06)
3 公文書・開示文書
①フランス共和国の司法制度(最高裁判所の司法行政文書開示による開示文書,全55頁)
②諸外国(米英独仏豪加)及び我が国の司法制度の概要(対照表)(最高裁判所の司法行政文書開示による開示文書,1頁)
③令和6年10月9日付け司法行政文書不開示通知書(最高裁秘書第2739号,最高裁判所事務総長)
④イギリス連合王国(イングランド及びウェールズ)の司法制度(最高裁判所の司法行政文書開示による開示文書,参照対比用,全69頁)
4 統計・データ
①Ministère de la Justice「Chiffres-clés de la Justice 2014」9頁(開示文書脚注が引用する統計。原本のオンライン公開は確認できなかった。)
②Autorité de la concurrence, avis n° 25-A-06 du 16 avril 2025
5 ウェブ資料
①諸外国の司法制度(山中弁護士ブログ)
②裁判所の情報公開――通達・司法行政文書の開示手続と判決情報の公開(山中弁護士ブログ)
③開示文書の利用目的は一切問われないこと等(山中弁護士ブログ)