第1 この記事が扱う対象
生成AIは,事実に基づかない誤った情報を,もっともらしい文章の形で出力することがあり,この現象は一般に「ハルシネーション」と呼ばれる。当ブログでは,生成AIを用いて作成した記事について,公開前に引用と条文を照合する手順を設けているが,訴状,準備書面その他の裁判所へ提出する書面については,これとは別に,層を重ねた確認の手順を置いている。本記事は,その手順を工程ごとに説明するものである。
ブログ記事の場合と裁判所提出書面の場合とで手順を分けているのは,両者の置かれた条件が大きく異なるためである。ブログ記事は,公開情報だけを材料とし,誤りが判明すれば記事を訂正すれば足りる。これに対し,裁判所提出書面は,事件記録という非公開の情報を材料とし,相手方による検証を制度上予定した上で,いったん提出すれば取り消すことができない。第2で述べるこの条件の違いが,第4以下で述べる手順の違いを生んでいる。なお,本記事も生成AIを用いて作成し,記載した条文,裁判例及び資料は原資料と照合した。本記事の内容は令和8年8月時点のものである。
第2 裁判所提出書面に固有のリスク構造
1 相手方による検証が制度上予定されている
ブログ記事の誤りは,読者が気付かなければそのまま残ることがある。これに対し,裁判所提出書面は,その内容を争うことを職務とする相手方代理人が,反論のために逐一読む。誤った条文の引用,実在しない裁判例の引用,判旨の射程を超えた引用は,いずれも相手方にとって格好の攻撃材料であり,発見された場合には,当該箇所が崩れるだけでなく,書面全体の信用が損なわれる。裁判所提出書面において最も警戒すべきなのは,誤りが見過ごされることではなく,誤りが確実に発見されることである。
この点は,判例の引用について特に問題となる。相手方の鑑定書や意見書が裁判例を引いて自らの手法を権威づけてくる場面では,当方はその引用の射程を原典で検証し,判旨が実際には引用者自身の結論に反することを指摘する。同じ検証は当方の書面にも向けられるのであって,ある裁判例の判示が限定的な場面について述べたものであるにもかかわらず,これをより広い一般命題の根拠として引用すれば,相手方から同様に突かれることになる。
2 引用した文書は写しの提出を求められる
民事訴訟規則第82条第1項は,「文書を準備書面に引用した当事者は,裁判所又は相手方の求めがあるときは,その写しを提出しなければならない。」と定めている。準備書面に文書を引用した以上,その現物の写しを出せと求められる立場に立つということであり,生成AIが作り出した実在しない文献や資料を引用していた場合には,この求めに応じられないことによって直ちに露見する。同規則第80条第2項は答弁書について「立証を要する事由」につき,同規則第81条第1項後段は答弁に対する反論の準備書面について「立証を要することとなった事由」につき,それぞれ重要な書証の写しを添付すべきものとしており,主張と現物とを結び付けることが手続上当然の前提とされている。
もっとも,露見の経路は資料の種類によって異なる。裁判例については,同項による写しの提出を待つまでもなく,相手方が判例データベースに事件番号又は判例番号を入力すれば直ちに確かめられる。文献であれ裁判例であれ,検証されることを前提に書かなければならない点は変わらない。
3 提出を取り消すことができない
ブログ記事は,誤りに気付いた時点で本文を修正することができる。これに対し,裁判所提出書面は,提出された時点で訴訟記録に編綴され,後に訂正の書面を出したとしても,当初の書面が記録から消えるわけではない。相手方は,訂正前の書面を引用して当方の主張の変遷を指摘することができる。したがって,裁判所提出書面については,誤りを事後に直せるという前提を置くことができず,提出前の一回で確認を完了させる必要がある。
第3 現実化した誤りと各国の裁判所の対応
1 制裁が課された事例
以上は抽象的な危惧ではない。生成AIが作り出した架空の裁判例が実際に提出書面へ混入し,裁判所が制裁を課した事例が,主として米国で相当数積み重なっている。
最初期の代表例が,Mata v. Avianca, Inc.事件についてニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所が2023年6月22日にした制裁決定(事件番号1:22-cv-01461-PKC)である。原告代理人が生成AIの作り出した架空判例6件を引用し,裁判所の指摘を受けた後もこれを撤回しなかった事案で,弁護士2名及び所属法律事務所に対し,連帯して5000ドルを裁判所へ納付すること,依頼者本人へ決定書等を添えた書簡を送付すること,並びに架空判決の著者に仕立てられた各裁判官へ同様の書簡を送付することが命じられた。
この決定で本記事の主題との関係上重要なのは,制裁の内容よりも,裁判所が冒頭で示した理由づけである。決定は,信頼できる人工知能ツールを補助として用いること自体には本質的な不当性がないとした上で,既存のルールが,提出書面の正確性を確保する門番としての役割を弁護士に課していると述べている。問題とされたのはAIを用いたことではなく,出力を確認しないまま提出したことであった。同決定の脚注には,制裁を受ける側の弁護人が提出した弁明書自体の引用一覧に架空判例3件が紛れ込んでいたという事実も記されており,注意を払っている当事者であっても混入し得ることを示している。
後続の事例では,制裁の形態が金銭に限られないことが分かる。Park v. Kim事件について第2巡回区連邦控訴裁判所が2024年1月30日にした決定(91 F.4th 610)は,控訴審の反論書面に架空の州裁判所判決を引用した代理人について,金銭制裁ではなく同裁判所の懲戒部への付託と依頼者本人への決定書交付を命じた。Johnson v. Dunn事件についてアラバマ州北部地区連邦地方裁判所が2025年7月23日に発した制裁命令(事件番号2:21-cv-01701-AMM)は,大規模法律事務所の弁護士が生成AIの出力した引用を一件も検証せずに提出した事案について,3名の公開譴責,当該事件からの資格剥奪及び州弁護士会その他の懲戒当局への付託を命じている。
2 一度の制裁では止まらない
抑止という観点から示唆的なのは,同一の弁護士が同一の事件で繰り返し同種の誤りを犯したCoomer v. Lindell事件のコロラド州連邦地方裁判所2025年7月7日決定(事件番号1:22-cv-01129-NYW-SBP)とその後の経過である。同決定は,30件近い欠陥のある引用について,生成AIの使用又は重大な不注意以外に説明がつかないとした上で,弁護士2名にそれぞれ3000ドルの納付を命じた。しかし,同じ事件において再び引用の確認を怠ったとして,2026年5月7日に一方の弁護士及び所属事務所へ追加で5000ドルが課され,累計は8000ドルに達している。
前記Johnson v. Dunn事件の制裁命令は,この点について,罰金と公開の恥辱が有効な抑止であるならばこれほど多くの先例を引く羽目にはならなかったはずだ,と述べている。裁判所自身が金銭制裁の限界を認めた記述である。当職が,確認を注意力や心構えの問題として扱わず,第5以下で述べるとおり作業の工程として固定しているのは,この理解に基づく。個人の注意力は疲労と締切によって変動するが,工程は変動しない。
3 各国の裁判所が求めている確認の水準
各国の裁判所は,既に,引用の検証について具体的な要求を明文化している。当職の工程が独自の思いつきではないことを示すため,本記事の手順と関係する範囲で挙げる。
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州最高裁判所の実務指針(Practice Note SC Gen 23。2025年1月28日発出,同年2月3日施行)は,書面中の全ての引用について,実在すること,正確であること及び当該手続に関連することを検証すべきものとした上で,その検証を生成AIのツール又はプログラムのみによって行ってはならないと定める。シンガポールの裁判所が2024年9月23日に発出し同年10月1日に施行した利用者向け指針も,判例,法令,教科書及び論文の引用について,実在すること及び帰せられた法的命題を実際に支持することを確認すべきものとし,別の生成AIによる検証を認めていない。英国司法府が司法官向けに発した指針(2025年10月31日版)は,AIから提供された情報の正確性は使用又は依拠する前に確認しなければならないとし,ハルシネーションの第一の類型として架空の判例,引用及び引用文を作り出すことを挙げている。
これらのうち,別の生成AIによる検証を認めないという点は,後記第6の6で述べる当職自身の限界の認識と一致する。読む側の文脈を分離しても,言語モデルとしての性質は同じであるから,機械による相互検証には原理的な上限がある。
4 日本国内の公表例
日本国内において,生成AIが作り出した架空の裁判例等が裁判所提出書面へ混入して問題となった公表例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索における関連語での全文検索,懲戒公告の検索及び一般的なウェブ検索によっては確認できなかった。もっとも,これは日本で同種の事態が生じていないことを意味しない。
理由は三つある。第一に,前記の各国事例を網羅的に収集しているAI Hallucination Casesデータベースは,令和8年8月15日に取得した全件データで1871件を収録し,その内訳は米国1299件,カナダ206件,オーストラリア98件,英国61件であって,日本の区分自体が存在しないが,運営者自身が収録件数は必然的に過少計上であると述べている。第二に,日本の裁判所ウェブサイトの掲載範囲は構造的に狭く,地方裁判所の通常民事事件は大半が掲載されない。第三に,前記第2の2のとおり写しの提出を求められれば露見するとしても,その経緯が判決文に書かれる保証はなく,期日での指摘と訂正で終われば記録に残らない。
なお,同データベースの当事者別内訳は,本人訴訟の当事者が1096件で,弁護士の718件を上回る。生成AIによる架空引用は,代理人が付いていない事件でより多く検出されているということであり,この点は,裁判所側の負担という別の問題にもつながる。
第4 入力段階――守秘義務,依頼者の同意及び匿名化
1 用いている環境と設定
ブログ記事の作成では,材料は公開情報に限られるため,何を入力するかという問題は生じない。これに対し,裁判所提出書面の起案では,訴訟記録,書証,依頼者から預かった資料といった非公開の情報をAIに読ませることになるため,弁護士職務基本規程第23条が「弁護士は,正当な理由なく,依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし,又は利用してはならない。」と定める守秘義務との調整が前提問題となる。
当職が用いているのはAnthropic社のClaudeであり,学習機能を停止した上で,次の条件を確認して依頼者情報を扱っている。第一に,同社は,情報セキュリティマネジメントシステムの国際規格であるISO/IEC 27001,内部統制に関する保証報告であるSOC 2 Type 2に加え,AIマネジメントシステムに特化した国際規格であるISO/IEC 42001の認証を取得している。第二に,学習機能を停止した場合,入力した内容及び出力された内容は将来のモデルの学習に使用されない。第三に,通信経路は暗号化され,保存時もディスクレベルで暗号化されている。第四に,学習機能を停止した場合のデータの保持期間は30日である。
もっとも,当職が用いているのは対話画面ではなく,端末上で動作して端末内のファイルを直接読み書きする形態のものであり,この形態には対話画面にはない情報の出口がある。会話の履歴をそのまま提供事業者へ送信する報告機能,会話及び作業の記録を一括して送信する品質調査機能,並びに動作状況を外部の記録サービスへ送信する機能である。当職は,事件記録を扱う以上,これらをいずれも設定により停止している。また,この形態では,会話の記録が端末内に一定期間保存される。この記録は事件記録そのものと同じ性質を持つから,事件記録の保管について従前から採っている措置と同じ扱いをしている。
なお,別記事(学習オフ設定のClaudeコード及びGoogle AI Ultraの利用は弁護士の守秘義務等に違反しないという個人的意見(AIリライト))で述べた枠組みは,Google社のサービスを対象としたものである。本節の記載は,同じ枠組みをAnthropic社のサービスへ当てはめたものであって,同記事が述べた保持期間その他の数値をそのまま用いたものではない。事業者が異なれば削除までの期間も削除の仕組みも異なるから,一方の記事の数値を他方へ流用することはできない。
中国製AIについても同様に,サービス名ではなく一般版,API,専用環境及びローカル実行を区別して評価する必要がある。DeepSeekを含む利用形態別の守秘義務上の判断については,中国製AIの利用は弁護士の守秘義務に違反するか―DeepSeekと利用形態別の判断(AI作成)で整理している。
以上の方針は,全ての弁護士及び弁護士法人等に対し,取扱情報の情報セキュリティを確保するための基本的な取扱方法を定めることを義務付ける弁護士情報セキュリティ規程(令和4年6月10日会規第117号。令和6年6月1日施行)第3条第2項の要請にも沿うものである。なお,同規程が策定を義務付けている名宛人は法律事務所ではなく弁護士等であり,法律事務所の規模及び業務の種類,態様等は,定めるべき取扱方法の内容を左右する考慮要素として現れる。
2 委任契約約款による同意
当職は,依頼者との間で締結する委任契約約款に,生成AIの利用について次の条項を置いている。
第5条の2(生成AIの利用)
甲は,学習オフの設定をしたClaudeコードその他の生成AIを乙が甲の事件処理のために用いることに全面的に同意する。
同旨の条項は,日弁連の弁護士費用保険制度を利用する場合の約款にも同じ条番号で置き,日弁連の制度を利用せずに弁護士費用保険を用いる場合の確認書には第6条として置いている。すなわち,受任の形態を問わず,全ての事件について,用いるサービスの種類と学習機能を停止している旨を明示した上で,依頼者の同意を得た上で事件処理に用いる建て付けとしている。
あわせて,同約款第5条は,依頼者が重要事項説明書を委任契約締結の日から2週間以内に熟読すること及び当職が同説明書の記載に関する依頼者の疑問について誠実に説明することを定めており,生成AIの利用についても,依頼者から質問があれば,用いているサービス,設定の内容及び本記事に記載した確認の工程を説明することとしている。
この取扱いは,後記4で述べる弁護士会の指針が求める対応に対応させたものである。もっとも,包括的な同意条項を置いたからといって,確認の工程を省いてよいことにはならない。同意が及ぶのは入力の可否についてであって,出力の正確性は依頼者の同意によって担保されるものではないからである。
3 過度な匿名化をしない理由
本記事の主題との関係で重要なのは,学習機能を停止した環境を用いるという方針が,誤り防止という観点からも意味を持つ点である。当事者名や日付を伏せ字や記号に置き換えて入力すると,AIの側で人物の同定ができなくなり,別人の行為を取り違える,同一人物を複数人として扱う,時系列を誤るといった誤りが生じやすくなる。事件記録は複数の登場人物と多数の日付から成り立っており,これらの対応関係こそが主張の骨格であるから,識別子を壊すことは,誤りを減らすどころか,かえって誤りを生む方向に働く。
もっとも,匿名化の方法は伏せ字や記号への置換えに限られない。全ての資料を通じて同一の人物に同一の仮名を割り当て,仮名と実名との対応表を別に管理する方法によれば,人物の同定という手掛かり自体は失われない。ただし,この方法では,登場人物と書証が増えるほど対応表の管理が煩雑になり,AIの出力を書面へ戻す際の置換えの正確性も人が担保しなければならないため,置換えの誤りという別の経路の誤りが生じる。一貫した仮名を用いる方法を採らずに識別子を壊す形の過度な匿名化を行うことは,守秘義務の観点からは安全に見えて,正確性の観点からは有害である。当職が実名のまま入力するという判断を採っているのは,この二つの要請を比較した結果である。
もっとも,これは全ての事件について一律に採る方針ではない。極めて秘匿性の高い類型については,入力した内容を一切保存しない契約形態のサービスを用いる余地があり,案件の機密度に応じて使い分けることを前提としている。また,実名のまま入力するというこの判断は,入力情報の匿名化を推奨する一般的な整理とは異なるものであり,当職の個人的な見解である。
4 弁護士会の指針との関係
入力先の選定については,弁護士会が指針を示している。東京弁護士会の会報に掲載された特集記事によれば,同会は2025年3月27日から「弁護士業務における生成AIサービスの適正利用ガイドライン」を施行しており,同ガイドラインは,秘匿性の高い情報を入力する場合のサービス選定に当たり,入力情報が学習に利用されないこと,サービス提供事業者が入出力された情報に正当な理由なくアクセスできないこと,暗号化等の厳格なセキュリティ対策が実施されていること,及び入出力情報が一定期間経過後に自動的に削除され又は利用者において削除できることを,利用規約等により確認することを推奨している。同ガイドラインは,このほか,誤情報とファクトチェックの観点から,出力結果を業務に用いる場合には一次資料の確認を含む検証を行うことを推奨しており,本記事の各節で述べる確認の手順は,この推奨を裁判所提出書面という場面に即して具体化したものである。また,秘匿性の高い情報を入力する場合には,その利用について依頼者に説明し,必要に応じて同意を得ること,委任契約書に明記すること等の対応を行うことが求められるとしており,前記2の条項は,この点に対応するものである。同ガイドラインの原文は同会の会員向けサイトに掲載されており会員以外は参照できないため,本記事の記載は当該特集記事によるものである。
同会は,2025年9月,汎用型の生成AIサービスを提供する主要事業者に対して選定基準に関する照会を実施し,日本マイクロソフト株式会社から得た回答について,選定基準と明らかに齟齬する点は見当たらなかったとの整理を公表している。ただし,同会が実際に照会を行い回答を得たのは同社に限られ,その対象も法人向けプランに限られる。Anthropic社を含む他の事業者について同様の個別照会が行われたとの記録は確認できないから,前記1の当てはめは,同会が示した客観的な選定基準という物差しを借りて当職が独自に行ったものであって,同会が当職の利用環境を推奨し又はその安全性を保証したものではない。同会自身,マイクロソフト社の回答についてすら,利用を推奨し又はその安全性を保証するものではないと留保している。
第5 起案段階における確認
1 法令の条文及び基準
法令の条文については,ブログ記事の場合と同様に,AIの記憶からの書き起こしを採用せず,e-Gov法令検索から取得した公式データの本文のみを用いる。照合は番号の一致では足りず,書面に記載した引用文を取得した本文と一字ずつ突き合わせ,句読点,かっこ,送り仮名及び記号を含めて一致しない場合は,取得した本文の側に置き換える。
書面の場合に特に重い意味を持つのは,適用時点の確認である。事件は,多くの場合,過去の一時点における行為や事実関係を対象とするため,引用すべき条文は現行のものではなく,行為時のものであることが少なくない。相続法の改正,債権法の改正といった大きな改正を経た分野では,同じ条番号の下に異なる内容の条文が置かれていることがあり,現行条文をそのまま引用すると,行為時には存在しなかった規律を前提に主張を組み立てることになる。当職は,これを実際に経験しており,主戦場ではない周辺的な条文ほど時点の確認が疎かになりやすいという傾向も含めて記録している。したがって,条文を引用する場面では,行為時点を確認した上で,その時点における条文の内容が現行と異なっていないか,附則に経過措置が置かれていないかを併せて確認する。
条文の読み方についても確認の工程を置いている。取得した条文本文について,ただし書やかっこ書の有無と,それが結論を反転させないかを確認し,原則を許容した上で例外を定める規定を,要件を課す規定と取り違えていないかを点検する。条文の本文だけを読んで結論を組み立てると,ただし書によって結論が逆転する場面で必ず誤る。また,公式データから取得したという事実だけで安心することもしない。取得した本文の一部が欠落した状態で返された事例を実際に経験しているため,取得した条文が文意として通っているかを目視で確かめる工程を残しており,附則及び別表はそもそも同じ方法では取得できないことも前提としている。
なお,民事訴訟規則をはじめとする最高裁判所規則は,e-Gov法令検索に収録されていないため,裁判所ウェブサイトが公開している規則の公式PDFを取得して確認する。本記事で引用した民事訴訟規則の各条についても,この方法によっている。もっとも,裁判所ウェブサイトが公開する規則のPDFにも版がある。民事訴訟規則は,民事裁判のデジタル化に伴う改正の前後で条文が異なり,本記事が引用する第82条も,改正前は第2項までであったが現行は第4項まで置かれている。したがって,PDFを取得しただけでは現行性の担保にならず,表題に記載された基準日を確認した上で用いる。
書面が基準に言及する場合には,法令,告示,通知その他の法的拘束力を有する基準と,学会が定めた評価尺度その他の法的拘束力を有しない臨床上・学術上の基準とを区別し,別のものとして扱う。両者を混同すると,学会の評価尺度にすぎないものを,遵守が義務付けられた基準であるかのように述べることになる。
これとは別に,基準の法的性質を問わず,数字や記号で区分が表される基準には固有の注意を要する。要介護度の区分や,日常生活の自立の程度を示す区分のように,記号の一字が異なるだけで意味の異なる区分となるものは,取り違えが生じやすい。書面に記載した値については,その出典の該当行と逐語で突き合わせ,似た別の区分と混同していないかを確かめる。
2 裁判例――実在,射程及び引用の形式
裁判例については,書面に記載する前に,裁判所ウェブサイトの裁判例検索でその実在及び内容を確認する。確認の対象は,裁判所名,裁判年月日及び事件番号の一致にとどまらず,書面で述べようとする判旨や規範が判決の本文によって裏付けられるかという点,及びその判旨がどこまでの射程を持つかという点に及ぶ。前記第2の1で述べたとおり,射程を超えた引用は相手方から突かれるため,判決の裁判要旨が限定的な場面について述べている場合には,主張の命題を判旨に合わせて絞るか,学説として引き直すこととしている。
射程とは別に,引用しようとする裁判例の結論の向きが,当方の主張と同じ方向かどうかも確認する。遺言の効力が争われた事件であれば有効か無効か,請求の当否が争われた事件であれば認容か棄却かという結論である。一般命題としては当方に有利な判示を含んでいても,事件の結論が当方と逆方向である裁判例を引くと,相手方から,その裁判例は当方と同じ立場の主張を排斥したものであると指摘され,かえって不利に働く。判旨の一部だけを見て引用を決めず,結論まで確認する必要がある。
裁判所ウェブサイトに掲載されていない裁判例については,判例秘書等の商業データベースで個別に全文を確認できたものに限り引用する。文献が紹介している裁判例をそのまま孫引きすることはしない。実務書が紹介する裁判例には,上告審の有無,裁判年月日又は結論について誤りが含まれていることがあり,当職も,ある実務書の紹介に基づいて記録した内容を裁判所ウェブサイトで検証した際に,紹介されていた上告審が実在しないと判明した経験がある。また,データベースの検索でヒットしないことは,当該裁判例が存在しないことの証明にはならないから,確認できなかった場合には「裁判所HP未掲載」と記載し,実在を否定する記載はしない。
引用の形式についても定めがある。裁判所ウェブサイトに掲載されている裁判例は「(裁判所HP掲載)」と付記し,掲載されていない裁判例は,判例時報や判例タイムズの巻号頁ではなく,判例秘書の判例番号を記載する。最高裁判所民事判例集,裁判集民事といった公式の判例集の併記は妨げない。データベースの判例番号を記載するのは,裁判所及び相手方が,その番号を入力するだけで判文に到達できるためであり,冊子を探させる巻号頁の記載よりも検証の負担が小さい。この形式は,前記第2の1で述べた検証されることを前提に書くという考え方の現れでもある。なお,判例番号は,既存の記録や台帳の記載を引き写すのではなく,その都度データベースで実際に引いて,事件名及び裁判年月日が一致することを確認してから記載する。
なお,認証を要する商業データベースを用いる場合,当職は,人が現実に行う程度の操作に留めることとしており,結果の一括取得,自動的なページ送り,並列の要求といった機械的な収集は行わない。この点は,データベースの利用規約との関係でも当然の前提である。
3 書証――号証番号と頁の実見照合
ブログ記事には存在せず,裁判所提出書面にのみ存在する確認の層が,書証との照合である。書面が「甲第○号証○頁によれば」と述べるとき,その号証番号と頁は,現物と一致していなければならない。当職は,書証のPDFを開いて該当頁を実際に表示させ,引用しようとする文言を逐語で照合してから記載することとしており,記憶や,他の書面からの引き写しによって頁を書くことはしない。合綴されたPDFの中で該当頁を特定できない号証や,そもそも受領していない号証は,特定又は受領ができるまで引用しない。
もっとも,書証を開けば照合できるとは限らない。着手時に,各書証について,機械で読めるテキストの有無とその品質を頁ごとに実測し,機械検索と逐語照合ができるもの,スキャンや手書きのために頁の画像を目で読むほかないもの,及び両者が混在するものに分類する。テキストが埋め込まれていることをもって機械照合が可能であると即断しないのは,文字認識の品質が低い場合には,埋め込まれた文字列が原本と異なっており,これを逐語引用に用いると原本にない文言を書面に持ち込むことになるからである。スキャンの頁が横向きになっていることもあるため,頁の向きを補正した上で該当欄を拡大して読む。また,印字された頁番号とPDFの通し頁は一致しないのが通常であり,しかも両者の差が書証の途中で変わることがあるため,一定の差を前提とせず,区間ごとの対応表を作った上で,頁番号は1頁ずつ表示させて実際に目で確認する。
この分類自体にも限界があることは前提としている。テキストの分量を測ることは,自分が当該頁を読んでいないことの検出には役立つが,読めることの保証にはならない。逆に,裁判所ウェブサイトが公開する判決全文のPDFのように,画像として読むよりも機械的に抽出した方が正確な資料もある。資料の性質に応じて読み方を変えており,判読できなかった箇所は,前後の文脈から補わず,判読不能として扱う。
生成AIは,この種の対応関係について特に誤りを起こしやすい。文章としてはもっともらしく「甲第5号証の110頁」と書きながら,実際にはその頁に当該記載が存在しない,あるいは号証番号自体が別の書証を指しているということが起こる。しかもこの誤りは,書面を読んだだけでは発見できず,現物を開いて初めて判明する。したがって,書証を引用する箇所は,すべて現物に当たるという原則を機械的に適用している。
4 証拠説明書との版ずれの照合
準備書面は,証拠説明書と同時に裁判所へ提出されることが多い。準備書面の主張を改訂したとき,例えば,ある書証について事実の性質づけを変更したり,主張を転換したりしたときに,証拠説明書の立証趣旨を直し忘れると,同一の号証の同一の頁について,準備書面と証拠説明書とが正反対の事実を述べるという事態が生じる。これは自陣の書面同士の矛盾であるから,相手方にとっては最も指摘しやすい欠陥である。
そこで当職は,準備書面を改訂した場合には,同時提出の証拠説明書の立証趣旨が同一の事実について逆を述べていないかを照合する工程を,書証の引用の点検とは別のレイヤーとして置いている。この照合を独立の工程としているのは,準備書面だけを見ていても,証拠説明書だけを見ていても発見できず,両者を号証ごとに対照して初めて発見できる種類の誤りだからである。あわせて,証拠説明書の立証趣旨は,書証を抽象的に要約するのではなく,当該号証を援用する準備書面の該当箇所を全て拾い,そこで何のために引用されているかから逆算して立てることとしている。援用されていない事実を立証趣旨に盛り込むと,書証の証明しようとする範囲が現物より広くなるためである。証拠説明書の作成については,mints後の証拠説明書(AI作成)で別に述べている。
5 相手方書面が引用する裁判例・文献の検証
前記1から4までは当方の書面についての確認であるが,相手方の書面についても同じ検証を行う。相手方が引用する裁判例については,判示事項欄と判断の末尾を原典で突き合わせ,有利な部分だけを引いて結論を縛る一文が落とされていないか,ある手法への批判を別の手法の是認にすり替えていないかを点検する。前記第3の4のとおり,本人訴訟の当事者による架空引用が国外では相当数検出されている以上,相手方の主張が生成AIによって作成されている可能性も,今後は考慮する必要がある。
第6 提出前の査読――起案と同じ工程で行わない
1 起案と査読を分ける理由
起案と査読を分けているのは,文章を書いている最中は,その流れに乗って未確認の引用をそのまま書き進めてしまう危険があるためである。書く作業と照合する作業を同じ工程に置くと,この危険を防ぎにくい。この点は,ブログ記事について公開前の検証を独立の工程としているのと同じ考え方であるが,裁判所提出書面の場合は,前記第2の3のとおり提出後の訂正が記録に残るため,工程を分ける必要性がより高い。
2 三つのレンズと共通の前提
当職は,提出予定の書面について,起案とは別の工程として査読を行うこととしており,このために採用済みの査読用の手順書を用いている。この手順書は,体裁及び説得力を見る査読,書面内部の重複及び矛盾の点検,書証の引用の誤りの点検という三つの観点を,それぞれ独立したレンズとして設け,全てのレンズに先立って共通の前提を一度だけ実行する構造になっている。共通の前提には,当事者欄から依頼者側が原告か被告かを確定する作業,各書面について印字頁とPDFの通し頁の対応表を作る作業,及び書面中の全ての逐語引用を抽出して出典と出現箇所を記録する作業が含まれる。前の版からの差分が証拠説明書や別紙に伝播しているかという版ずれの照合は,この共通の前提のうち最優先の工程として置いている。
共通の前提として,提供した資料をあらかじめ区分しておくことも求めている。本件の書面,当事者を確定するための資料,依頼者側が作成し又は提出した書面,相手方の書面,争点整理ノート等の整理資料,及び援用する号証の現物という区分である。この区分が必要なのは,食い違いの意味が資料の性質によって異なるからである。依頼者側の書面との食い違いは是正すべき矛盾であるのに対し,相手方の書面との食い違いは通常の主張の対立にすぎず,是正の対象ではない。この区別をしないまま点検させると,相手方と主張が対立していることを自陣の矛盾として報告してくる。また,争点整理ノートその他の整理資料は,点検すべき箇所を発見するためにのみ用い,最終的な判定や逐語引用の出典としては用いない。整理資料は誰かが作成した要約であって原本ではないから,これを根拠に確定させると,要約の段階で入った誤りをそのまま書面に持ち込むことになる。
もっとも,三つのレンズを一度に回すと注意が分散する。網羅性を最も重視すべき最終の点検では,レンズごとに分けて回すこととしており,一本の手順書で全てを賄えるとは考えていない。
3 確度及び重要度の二つの軸
査読の結果は,二つの軸で分けて出力させることとしている。第一の軸は確認の程度であり,原本を確認して誤りが確定しているもの,原本は確認したが実質的な判断を要するもの,原本を確認できないもの又は判読できないものの三つに分ける。確定した指摘として扱うのは第一の区分だけである。第二の軸は直す必要の強さであり,提出前に必ず直すもの,直すべきもの,好みの範囲にとどまるもの,及び採否が署名者の判断に属するものの四つに分ける。最後の区分については手直し案を出させず,選択肢と利害得失だけを挙げさせる。
あわせて,各項目について,原本の頁を実際に開いたのか,援用号証で確認したのか,全文検索の結果によっているのか,整理資料に依拠したのか,未確認かを,項目ごとに表示させる。「双方の原本の頁を実際に確認した」と書いてよいのは,双方について現に頁を開いた場合に限られる。判読できない箇所は,前後の文脈から補わず,判読不能と記載させる。
さらに,条文及び裁判例の裏取りについては,その確認を,今回のやり取りの中で実際に裁判所ウェブサイトやデータベースを開いて行ったのか,過去の確認記録や記憶に依拠して今回は再確認していないのかを区別して記載させる。過去に確認したという記録があること自体は,今回の書面の記載が正しいことを意味しない。掲載場所が変わっていることもあれば,過去の記録の側が誤っていることもある。今回開いていない項目は「今回未再確認」と明記させ,実在を確認済みであると断定させない。加えて,確定した指摘として扱う前に,判定に用いた文脈から切り離した状態で,当該の逐語引用が原本の頁に存在するかを改めて確認する。同じ思考の流れの中で行う自己確認は,直前に自分が立てた前提をそのまま正しいものとして扱ってしまうため,確認として十分に働かないことがあるからである。
4 生成AIに特有の型と点検の限界
査読の過程では,生成AIが作成した文章に特有の型についても点検している。例えば,多数の項目を丸数字で列挙した結果,決定的な事実が他の些細な事実に埋没している,根拠の強さが異なる主張が同じ強さの断定で書かれている,既に強い証拠があるにもかかわらず独自の計算や一般論を重ねた結果,自陣の他の主張と衝突している,といった型である。このほか,抽象的な評価語だけで理由を説明している,同じ結論を見出し・冒頭文・段落末・小括・最終結論で少しずつ言い換えて反復している,一般論から本件の結論へ進むために必要な中間事実がないまま専門用語だけで結論に至っている,といった型も対象としている。これらは個々の記述としては誤っていないため,条文や裁判例の照合では検出されず,別の観点からの点検を要する。
もっとも,こうした点検にも限界があり,何が検出できないかを出力に明記させることとしている。書証の照合の工程は,引用が正確かどうかは判定できるが,引用が正確であっても選択的であるかどうかは判定できない。重複と矛盾の点検の工程は,当方の書面相互の食い違いは拾えるが,主張の当否や証拠の証明力は判定できない。検出できない事項を明記させるのは,点検を通過したことが正しさの証明であるかのように受け取られることを防ぐためである。実際,これらの工程は,誤りがないことを保証するものではなく,特定の種類の誤りを拾う網にすぎない。
引用が選択的になるという問題については,別の装置で部分的に補っている。全ての号証について同じ項目を埋める枠をあらかじめ機械的に作り,その記入率を測る方法である。重要と感じた証拠にだけ深く書き込んだ結果として生じる取りこぼしは,書いた本人には見えないため,枠と計測によって可視化する必要がある。
5 委ねる作業の切り分けと手直し案の検証
また,これらの点検は性質を異にする二つの作業から成っており,扱いを分けている。体裁の照合,数値の突合及び書証との照合は,原本,証拠説明書及び現物と機械的に突き合わせれば正誤が決まる作業であって,目標は網羅性である。この部分は,手順を明示した上で補助的な処理に委ね,一箇所も落とさないことを優先してよい。これに対し,経験則に照らして違和感がないか,専門的な説明が裁判官にとって理解しやすいか,反論の説得力を高めるために何を述べるべきかといった判断は,原本と突き合わせても正誤が決まらない開かれた判断である。この部分を網羅性の論理で処理すると,指摘の件数は増えるが判断の質は上がらない。両者を同じ工程で一括して扱わないのは,求めるものが網羅性と判断の質とで異なるためである。
手直し案を作らせる場合には,手直し案それ自体が原文を作り変えていないかを検証する工程も置いている。手直し案は,手直し前の文言と手直し後の文言を一対一で示す形式とし,手直し前の文言は書面からの逐語の引用でなければならないものとして,省略記号を用いることも,離れた複数の箇所を一つの引用として連結することも認めない。その上で,手直し前として示された文字列が書面の該当箇所と逐語で一致するかを機械的に照合し,一致を確認できない項目は採用しない。生成AIは,手直しの対象として原文を引くときにも,原文にない語を混ぜた引用を作ることがあるためである。あわせて,既に採否を決めた修正と,逐語を維持すると決めた箇所とを,あらかじめ変更禁止の情報として指定する。請求の趣旨,認否及び確定した訂正文がこれに当たり,これらについては手直し案を出させない。いったん決めた判断をAIが再評価して元に戻すことを防ぐためである。
6 起案者と別のコンテキストで読ませる
工程を分けるという考え方をさらに進め,起案の経緯を見ない状態で書面を読む役割を別に立てている。この役割は,起案した側の会話の履歴も,起案の過程で蓄積した個別の記録も引き継がない状態で起動し,渡された指示文と,自分で開いた書面・証拠説明書・書証だけを判断の材料とする。もっとも,全ての工程に共通する規律を定めたファイルは,起案した側と同じものが読み込まれるため,何も引き継がないわけではない。事件の経緯については,この役割自身が改めて資料を読み直す。査読の手順書は,この役割自身が読み込んだ上で,その工程どおりに進める。書面を書き換える権限は与えておらず,指摘までを担当させ,添削版の作成は起案した側に残している。なお,この体制は最近設けたものであり,現時点では前記の各工程を補うものにとどまる。
もっとも,これを完全に独立した査読と呼ぶことはできない。何をどこまで見てほしいかという指示文を書くのは,起案した側だからである。指示文の立て方によって,見られたくない箇所を視野の外に置くことは容易であり,その限りで起案者の偏りは残る。そこでこの役割には,指示文に書かれた内容を鵜呑みにせず,対象の書面を自分で読んで事実を取り直すこと,指示文と現物とが食い違ったときは現物を正とし,その食い違い自体を報告に書くことを求めている。指示文に「この点は確認済みである」と書かれていても,自分で現物を見ずに受け入れてはならないこととしている。
より本質的な限界として,読む側のコンテキストが独立していても,言語モデルとしての性質は同じであるという点がある。知識の欠落や誤りやすい癖は共通したまま残るのであって,別のコンテキストで読ませることによって減らせるのは,自分が書いたものを自分で採点することに伴う甘さだけである。前記第3の3で述べたとおり,オーストラリアやシンガポールの裁判所が別の生成AIによる検証を認めていないのも,同じ理由によるものと理解している。したがってこの役割は,起案と査読を別の機会に行うという前記の規律に代わるものではなく,これに加える一枚として位置づけている。重要な書面については,従来どおり,起案とは別の機会に,起案時のやり取りを引き継がない状態で改めて読む工程も行う。あわせて,引用した裁判例が実在するかどうかだけを確認する役割も別に立て,確認済みのもの,裁判所ウェブサイトに掲載がないもの,書誌が食い違うか確認できないものの三つに仕分けさせることとしている。査読の役割が未確認の引用を指摘し,確認の役割が実際に照合するという分担である。
第7 工程を心がけに委ねないための仕組み
1 毎回必ず読み込まれる場所に規律を置く
以上の工程は,いずれも当職が守ろうと決めたものであるが,決めただけでは守られない。当職が用いている形態のAIは,起動のたびに指定したファイルを必ず読み込む仕組みを備えており,守らせたい規律はそこへ置いている。必要になったときに参照する場所へ置いた規律は,参照すべきだと気付かなければ発火しないが,起動時に必ず読まれる場所へ置いた規律は,気付くかどうかにかかわらず作用する。
この違いは,当職の経験上,実際の誤り率に現れている。ある外部資料の取得方法について,必要時に参照する側の記録へ「着手前に思い出すこと」と自ら書いていたにもかかわらず,同じ誤りを8回続けて繰り返した。当該規律を起動時に必ず読み込まれるファイルへ1行移したところ,以後は再発していない。守らせたい規律を,人の心がけの側ではなく読み込みの仕組みの側へ移すという設計は,この経験に基づく。
2 同じ誤りの回数を数えて規律を昇格させる
そこで当職は,同じ誤りを繰り返した回数を記録し,一定の回数に達した規律を,参照型の場所から起動時必読の場所へ移すという運用を採っている。前記の8回の例のほか,判例検索の操作方法について13回,ファイル経路の変換について5回,条文取得の引数の形式について3回という記録があり,いずれも移設後に再発が止まっている。
この運用には,記事の主題との関係で二つの意味がある。第一に,どの工程が実際に守られていないかが数として残るため,工程の見直しが感覚ではなく記録に基づいて行われる。第二に,起動時必読の場所は分量に限りがあるため,規律を移すたびに何を落とせるかを見る必要が生じ,工程が際限なく増えることを防ぐ。もっとも,一度移せば永続的に効くわけではなく,後の整理の際に当該行が削られて元の状態に戻ってしまったことも実際にあるため,移した規律には削除を禁じる印を付けている。
3 書き換える権限を与えない
前記第6の6で述べた査読の役割及び裁判例の実在確認の役割については,書き換えの権限を方針として自制させているのではなく,使用できる機能の一覧そのものからファイルの作成及び編集の機能を外している。検証する側が対象を書き換えられる状態に置かないという点は,設定ファイル上で確認できる形にしてある。同様に,作業中の破壊的な削除操作については,実データを対象とする場合に確認を強制する仕組みを別に置いており,判断が不能な場合には処理を通す側に倒す設計としている。
第8 根拠となる規律
以上の手順は,次の規律を前提としている。いずれも生成AIの利用を直接の対象とするものではないが,AIが出力した条文や裁判例をそのまま用いる行為が,どのように評価され得るかを示している。
民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務)は,「裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」と定める。民事訴訟規則第85条(調査の義務)は,「当事者は,主張及び立証を尽くすため,あらかじめ,証人その他の証拠について事実関係を詳細に調査しなければならない。」と定め,同規則第82条第1項は,「文書を準備書面に引用した当事者は,裁判所又は相手方の求めがあるときは,その写しを提出しなければならない。」と定める。
弁護士職務基本規程については,第5条(信義誠実)が「弁護士は,真実を尊重し,信義に従い,誠実かつ公正に職務を行うものとする。」と定め,同規程第37条(法令等の調査)第1項が「弁護士は,事件の処理に当たり,必要な法令の調査を怠ってはならない。」と定め,同条第2項が「弁護士は,事件の処理に当たり,必要かつ可能な事実関係の調査を行うように努める。」と定める。また,同規程第74条(裁判の公正と適正手続)は,「弁護士は,裁判の公正及び適正手続の実現に努める。」と定める。
もっとも,これらの規定は法的な強さが同じではない。同規程第82条第2項は,同規程第74条及び第37条第2項を含む一定の条項について,弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈適用すべき旨を定めている。以上に挙げた規律のうち,義務として定められているのは,同規程第5条,第23条及び第37条第1項並びに民事訴訟規則第82条第1項及び第85条である。
架空の裁判例を引用してしまった場合に直接に問題となるのは,このうち調査義務に関する規律である。同規程第75条(偽証のそそのかし)は,「弁護士は,偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし,又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。」と定めるが,架空の裁判例を準備書面の本文に引用する行為は,同条が禁じる「その証拠を提出」する行為には当たらず,また同条は「虚偽と知りながら」という主観的要件を置いているから,AIの出力を誤って信じた場合が同条に当たるとはいえない。もっとも,そのことは,確認を怠ってよいということを意味しない。同規程第37条第1項が調査を怠ることを禁じ,民事訴訟規則第85条が事実関係の詳細な調査を求めている以上,出力をそのまま用いて誤った引用をすれば,調査義務の側から評価される余地がある。AIの出力を信じたという弁解は,調査を尽くしたという主張の代わりにはならない。当職が,書面に載せる条文,裁判例及び書証の全てについて現物に当たることとしているのは,この理解に基づく。
なお,日本弁護士連合会のAI戦略ワーキンググループが取りまとめた「弁護士業務における生成AIの利活用等に関する注意事項」は,2025年9月に取りまとめられ2026年2月に更新版が公表されているが,会員限りの資料とされ,会員外への交付等を控えるべきものとされているため,本記事ではその内容を引用しない。前記第4の4の東京弁護士会のガイドラインについては,同特集記事によれば,出力結果を業務に用いる場合には一次資料の確認を含む検証を行うことが推奨されている。もっとも,同ガイドラインは,適正利用を促進するための推奨事項であって,遵守を義務付けるものではなく,綱紀及び懲戒の直接の基準とされるものでもないとされており,その内容が秘密保持義務(同規程第23条)及び法令等の調査義務(同規程第37条)等と関係するものとして位置づけられている。出力内容の適切性について弁護士が原則として最終責任を負うという点は,同ガイドラインの内容としてではなく,弁護士の誠実義務及び専門家責任の観点から,同特集記事の執筆者の見解として述べられているものである。
裁判所の側における生成AIの利用については,商事法務研究会が令和8年8月に公表した「AI時代における民事司法を考える研究会 取りまとめ」が議論を整理しており,別添として最高裁判所が令和8年に開催した研究会を踏まえた検証結果が収録されている。東京地方裁判所及び大阪地方裁判所で民事訴訟を担当する裁判官6人が模擬記録を用いて争点整理の補助としての活用を検証したもので,課題として,重要な事実及び証拠の拾い漏れ,同一の指示文と同一の入力であっても実行のたびに出力が異なる再現性の低さ,並びに期日ごとに書面を追加すると既存の整理が崩れる弱さが挙げられている。同取りまとめは法的拘束力のない議論の整理であり,検証も模擬記録によるもので,訴訟記録そのものの入力は現状認められていないが,指摘された弱点は当職が前記第6で述べた工程の前提と重なる。この研究会の内容については「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界(AI作成)及び最高裁の生成AI検証―東京・大阪地裁の裁判官6人が試した争点整理補助(AI作成)で別に述べており,裁判官の側の論点については裁判官が生成AIを使うリスクと安全条件―自動化バイアス・独立判断・監査可能性(AI作成)で扱っている。
第9 依頼者から見た意味
依頼者にとって意味があるのは,書面の作成に生成AIを用いているかどうかではなく,書面に書かれた条文,裁判例及び書証の引用が現物と一致しているかどうかである。前記各工程は,その一点を確かめるために置いている。
条文は,取得した公式データの本文をそのまま用い,行為時点の条文であるかを併せて確認する。裁判例は,裁判所ウェブサイト又は商業データベースで全文を確認できたものに限って引用し,判旨の射程と結論の向きまで確かめる。書証を引用する箇所は,現物の該当頁を開いて逐語で照合する。当職の書面が「甲第○号証○頁によれば」と述べるとき,その頁には現に当該記載がある。
これらの確認は,書面の中に痕跡が残る形にしている。裁判所ウェブサイトに掲載されている裁判例には掲載の旨を付記し,掲載されていないものには判例番号を記載する。依頼者は,書面に記載された番号や頁から,同じ資料に自分で到達することができる。何を根拠に何を主張しているかを,代理人の説明を介さずに確かめられる状態を作るという趣旨である。
また,生成AIによって短縮されるのは,調査と起案に要する時間であって,確認に要する時間ではない。前記の工程を置いている以上,確認に要する時間はむしろ増える。短縮された分は,依頼者からの事実関係の聴取と,手持ちの証拠が要件事実のどこを満たし,どこが空いているかの検討に充てている。後者については,要件ごとに手持ちの証拠を割り付けた対照表を作り,証拠が付いていない要件を最初に洗い出すほか,逆方向として,どの要件にも紐づかない号証と,証拠が一点しか付いていない要件も数えている。前者は提出する理由を説明できない証拠であり,後者はその一点が排斥されれば要件ごと落ちる箇所だからである。時間を単位として報酬を定める事件については,短縮された作業時間はそのまま請求額に反映される一方,確認の工程に要する時間が増える分は当職の側で負担している。
もっとも,以上の工程は,誤りがないことを保証するものではない。次項のとおり,工程を定めていること自体が正確性を保証するわけではなく,実行の漏れは生じ得る。
第10 残された課題
本記事で述べた手順は,人が定めた工程を実行するものである以上,実行の漏れが生じ得る。特に,書証の頁の照合や証拠説明書との対照は,書証の点数が増えるほど作業量が増し,網羅性の確保が難しくなる。
より注意を要するのは,工程を自動化した部分についてさえ,仕組みがあることと現に働いていることが別だという点である。当職の環境においても,特定の表現を書き込みのたびに自動で検知する仕組みが,作業フォルダを移設した際に旧い経路を参照したまま残り,約2週間にわたって一度も作動していなかったことがある。移設後もエラーは表示されないため,発火していないこと自体に気付く契機がなかった。工程を定めた後は,その工程が実際に発火しているかを別途確かめる必要があり,現在はその確認自体を工程に含めている。
また,本記事で述べた確認の対象と,自動化された検知の対象とは範囲が異なる。前記の自動検知は当ブログの原稿を対象とするものであって,裁判所提出書面のファイルを対象とするものではない。裁判所提出書面については,公開の可否を機械的に判定する仕組みは置いておらず,前記第6の査読の手順書による点検にとどまる。手順を定めていること自体が正確性を保証するわけではないため,誤りが判明した場合の記録と,前記第7の2の方法による工程の見直しを継続する必要がある。生成AIの技術動向及び各弁護士会の指針は今後も変化し得るから,本記事の内容も更新を要する。
裁判所提出書面における検証工程を含め,AI時代の弁護士の価値を一次資料の確認,戦略判断,説明可能性及び意思決定支援の観点から整理したものとして,AI時代に弁護士の価値は「作業時間」からどこへ移るか―一次資料,事実評価,戦略判断及び意思決定支援(AI作成)がある。
出典・参考資料
1 法令・会規
①民事訴訟法(平成8年法律第109号)2条(e-Gov法令検索)
②民事訴訟規則(平成8年12月17日最高裁判所規則第5号)80条・81条・82条・85条(裁判所ウェブサイト)
③弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号)5条・23条・37条・74条・75条・82条(日本弁護士連合会)
④弁護士情報セキュリティ規程(令和4年6月10日会規第117号。令和6年6月1日施行)3条・4条(日本弁護士連合会)
2 裁判例
①Mata v. Avianca, Inc.(アメリカ合衆国ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所2023年6月22日制裁決定。事件番号1:22-cv-01461-PKC,678 F.Supp.3d 443。CourtListener)
②Park v. Kim(アメリカ合衆国第2巡回区連邦控訴裁判所2024年1月30日決定。91 F.4th 610。CourtListener)
③Coomer v. Lindell(アメリカ合衆国コロラド州連邦地方裁判所2025年7月7日制裁決定。事件番号1:22-cv-01129-NYW-SBP。CourtListener)
④Johnson v. Dunn(アメリカ合衆国アラバマ州北部地区連邦地方裁判所2025年7月23日制裁命令。事件番号2:21-cv-01701-AMM。CourtListener)
3 公的資料
①AI時代における民事司法を考える研究会 取りまとめ(令和8年8月。公益社団法人商事法務研究会)別添5「最高裁検証結果」
②AI事業者ガイドライン(第1.2版)(令和8年3月31日。総務省・経済産業省)
③Practice Note SC Gen 23 “Use of Generative Artificial Intelligence (Gen AI)”(2025年1月28日発出,同年2月3日施行。オーストラリア・ニューサウスウェールズ州最高裁判所)
④Registrar’s Circular No. 1 of 2024 “Guide on the Use of Generative Artificial Intelligence Tools by Court Users”(2024年9月23日発出,同年10月1日施行。シンガポール最高裁判所)
⑤Artificial Intelligence (AI): Guidance for Judicial Office Holders(2025年10月31日版。英国司法府)
4 文献
①特集「弁護士業務における生成AIの利活用と留意点」LIBRA Vol.26 No.7-8(2026年7-8月号)2頁~18頁のうち,有本真由「弁護士業務における生成AI活用上の主な注意点」14頁~18頁(東京弁護士会)
②杉谷真「生成AIサービスの適正な業務利用に向けて―東弁ガイドラインと事業者照会を踏まえて―」LIBRA Vol.26 No.6(2026年6月号)25頁~27頁(東京弁護士会)
③日本弁護士連合会AI戦略ワーキンググループ「弁護士業務における生成AIの利活用等に関する注意事項」2026年(令和8年)2月更新版(会員限りの資料)
5 ウェブ資料
①e-Gov法令検索(デジタル庁)
②裁判所ウェブサイト 裁判例検索(最高裁判所)
③AI Hallucination Cases(Damien Charlotin。令和8年8月15日取得の全件データにより1871件を確認)