被相続人が証券会社に上場株式,投資信託,公社債等を保有していた場合,これらは預貯金と同様に「口座」で管理されているため,実務では預貯金と同じ感覚で扱われがちである。
しかし,証券口座内の資産は,資産の種類ごとに相続開始時の帰属の態様が異なり,遺産分割前に相続人が単独でできることの範囲も預貯金とは異なる。
本記事は,弁護士が証券口座の相続案件で手続を選択し,主張・立証を組み立て,相手方の反論に備えるために,法的性質,遺産分割前の権利行使,証券会社での移管手続及び税務上の検討を,法令及び裁判例の原典に即して整理するものである。
第1 証券口座内の資産の法的性質――当然分割か準共有か
1 可分債権の当然分割という原則
相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する(民法898条1項)。
もっとも,金銭債権その他の可分債権については,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するというのが,従来の判例の理解であった。
この理解は,可分債権に関する規律を前提とするものであり,証券口座内の資産がすべてこの原則に従うわけではない。
証券口座の相続では,まず,対象資産が「相続開始と同時に当然に分割されるもの」か,「遺産分割を経て帰属が確定するもの(準共有となるもの)」かを見極めることが出発点となる。
この区別は,遺産分割前に相続人が単独で行使できる権利の有無,証券会社に対して主張し得る内容,及び遺産分割の対象財産の範囲を左右する。
2 株式・投資信託受益権・個人向け国債は当然分割されない
最高裁判所平成26年2月25日第三小法廷判決・民集68巻2号173頁(平成23年(受)第2250号共有物分割請求事件)は,共同相続された株式,委託者指図型投資信託の受益権及び個人向け国債について,いずれも相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないと判示した。
同判決は,これらが遺産分割の対象となり,遺産分割によって共同相続人の準共有となることを前提とする。
(1) 株式
同判決は,株式が株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し,株主は,剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号),残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などの自益権と,株主総会における議決権(同項3号)などの共益権とを有することを指摘する。
その上で,このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された株式は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとした。
株式が準共有となること自体は,最高裁判所昭和45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁以来の理解であり,平成26年判決はこれを株式の権利の性質から改めて説明したものといえる。
(2) 委託者指図型投資信託受益権及び外国投資信託受益権
平成26年判決は,委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)の受益権について,償還金請求権及び収益分配請求権(同法6条3項)という金銭支払請求権のほか,信託財産に関する帳簿書類の閲覧又は謄写の請求権(同法15条2項)等の委託者に対する監督的機能を有する権利が規定されており,可分給付を目的とする権利でないものが含まれると指摘する。
そして,このような権利の内容及び性質に照らし,共同相続された投資信託受益権は当然に分割されることはないとした。
同判決は,外国投資信託の受益権についても,これが同法に基づき設定される投資信託に類するものであることからすれば,委託者指図型投資信託の受益権と同様,当然に分割されることはないとする余地が十分にあると述べた。
外国投資信託については,その受益権の内容が必ずしも明らかではないことを踏まえた表現であり,個別の商品ごとに権利内容を確認する必要があることを示唆するものと考えられる。
(3) 個人向け国債
平成26年判決は,個人向け国債について,額面金額の最低額が1万円とされ,振替口座簿の記載又は記録が最低額の整数倍の金額によるものとされ,中途換金もこの金額を基準として行われると解されることを指摘する(個人向け国債の発行等に関する省令2条,3条,6条)。
その上で,個人向け国債は,法令上,一定額をもって権利の単位が定められ,1単位未満での権利行使が予定されていないから,共同相続された個人向け国債は当然に分割されることはないとした。
3 相続開始後に生じた元本償還金・収益分配金
最高裁判所平成26年12月12日第二小法廷判決(平成24年(受)第2675号相続預り金請求事件。判例時報2251号35頁)は,共同相続された委託者指図型投資信託の受益権について相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し,それが預り金として販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合であっても,その預り金の返還を求める債権は当然に相続分に応じて分割されることはないと判示した。
同判決は,元本償還金又は収益分配金の交付を受ける権利が受益権の内容を構成することを理由とし,共同相続人の1人は,販売会社に対し,自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができないとした。
この判決は,受益権が当然分割されないという性質が,相続開始後に受益権から派生した金銭債権(預り金返還請求権)にも及ぶことを明らかにした点で実務上重要である。
相続開始後に分配金等が入金されていても,相続人が単独で自己の相続分相当額の払戻しを求めることはできない。
4 預貯金に関する判例変更と到達点
預貯金債権については,従来,当然に分割されるとの理解がとられていたが,最高裁判所平成28年12月19日大法廷決定・民集70巻8号2121頁(平成27年(許)第11号)は,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となると判示し,これと異なる従前の判例を変更した。
同決定は,普通預金が入金の都度合算されて1個の債権として同一性を保持しながら残高が変動すること,定期貯金の分割払戻しの制限が契約の要素であること等を理由とする。
この判例変更により,証券口座内の主要な資産(株式,投資信託受益権,個人向け国債)に加え,これらから生じた預り金及び被相続人名義の預貯金も,相続開始時に当然分割されず遺産分割の対象となるという整理に到達した。
すなわち,証券口座の相続では,資産の帰属は原則として遺産分割を経て確定することを前提に手続を組み立てることになる。
第2 遺産分割前の権利行使・管理と手続選択
1 準共有物の管理・保存・変更
所有権以外の財産権を数人で有する場合には,共有に関する規定が準用される(民法264条本文)。
準共有となった証券口座内の資産の管理に関する事項は,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決し(民法252条1項),保存行為は各共有者が単独ですることができる(同条5項)。
他方,準共有物に変更を加える行為や持分の処分に類する行為は,共有者全員の同意を要すると解される。
したがって,遺産分割が成立するまでの間,一部の相続人が単独で証券を売却し,又は名義を自己に書き換えることは原則としてできない。
他方,残高証明書の取得等の保存行為に当たる行為は,単独で行い得る余地がある。
2 共有株式の議決権行使と権利行使者の指定
株式が2以上の者の共有に属するときは,共有者は,当該株式についての権利を行使する者1人を定め,株式会社に対してその者の氏名又は名称を通知しなければ,当該株式についての権利を行使することができない。ただし,株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は,この限りでない(会社法106条)。
会社からの通知又は催告についても,共有者は受領者1人を定めて会社に通知することとされている(同法126条3項)。
最高裁判所平成27年2月19日第一小法廷判決・民集69巻1号25頁(平成25年(受)第650号株主総会決議取消請求事件)は,会社法106条本文が民法の共有に関する規定に対する特別の定め(民法264条ただし書)を設けたものであるとした上で,共有株式についての議決権の行使は,特段の事情のない限り,株式の管理に関する行為として民法252条本文により各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられるとした。
そして,同法106条本文の指定及び通知を欠いたまま権利が行使された場合において,その権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,その権利の行使は適法とならないと判示した。
この判示によれば,遺産分割前の共有株式について,持分の価格の過半数を有する相続人は権利行使者を定めて議決権を行使し得るが,過半数に達しない相続人は単独では議決権を行使できない。
被相続人が同族会社の株式を保有していた事案では,議決権の帰趨が経営権に直結するため,権利行使者の指定を巡る争いが遺産分割と並行して生じ得る点に留意を要する。
3 遺産分割前の単独払戻し(民法909条の2)の射程
各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に自己の相続分を乗じた額(金融機関ごとに法務省令で定める額を限度とする。当該省令はこれを150万円と定めている。)について,遺産分割前でも単独でその権利を行使することができる(民法909条の2)。
もっとも,この規定は,条文上,遺産に属する「預貯金債権」を対象とするものであり,株式,投資信託受益権,個人向け国債その他の証券口座内の資産には及ばない。
したがって,被相続人の預貯金については相続人が単独で一定額を払い戻し得る一方,証券については遺産分割等を経なければ単独で換価・払出しをすることができない。
当面の資金需要への対応を検討する際には,この差異を踏まえる必要がある。
4 手続選択の分岐
証券口座内の資産が遺産分割の対象となる以上,帰属の確定は,共同相続人間の遺産分割協議によることが基本となる。
協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,各共同相続人は家庭裁判所に遺産分割を請求することができ(民法907条2項),調停又は審判の手続によることになる。
遺産の一部のみを先行して分割することも可能であるが,一部分割により他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合には,その一部分割は認められない(民法907条2項ただし書)。
価格変動のある上場有価証券について,一部の相続人が有利な時期に自己への帰属を先行させようとする場合には,この点が問題となり得る。
なお,遺産分割の前提として相続人の範囲や遺言の効力自体に争いがあるときは,これらを民事訴訟等により確定させる必要が生じることがある。
第3 証券会社における相続手続の実務
1 口座の凍結から移管までの流れ
証券会社は,口座名義人の死亡を知ると,被相続人の口座における取引を停止する。
上場株式,投資信託受益権等は,社債,株式等の振替に関する法律に基づく振替口座簿によって管理されており,相続に伴う承継は,被相続人の口座から相続人の口座への振替(同法132条参照)によって行われる。
実務上は,相続人が同一の証券会社に自己名義の口座を開設し,被相続人の保有証券をその口座へ現物のまま移管した上で,相続人が自己の口座において売却・出金を行うのが原則である。
すなわち,被相続人名義の口座のままでは,証券を売却して代金を受け取ることは原則としてできない。
相続人が当該証券会社に口座を有しない場合には,新たに口座を開設する必要がある。
複数の相続人が分割して取得する場合には,各相続人の口座への移管が必要となる。
これらの取扱いは,各証券会社が公表する相続手続の案内で確認することができる。
2 被相続人名義の口座の探索
被相続人がどの証券会社に口座を有していたかが不明な場合には,証券保管振替機構(ほふり)に対する「登録済加入者情報の開示請求」を利用することができる。
この請求により開示されるのは,振替株式等の口座が開設されている証券会社,信託銀行等の一覧であり,銘柄名,残高及び取引履歴は開示されない。
したがって,開示された各社に対して別途,残高等を照会する必要がある。
同機構の案内によれば,この請求は郵送によって行い,開示までにはおおむね1か月程度を要するとされている。
相続人による請求の手数料は,法定相続情報一覧図の写しの利用の有無等の区分により定められており,2026年10月1日に改定された(改定後は,法定相続情報一覧図の写しを利用する場合が6,050円,利用しない場合が7,700円である。)。
費用面からも,後記の法定相続情報一覧図を準備しておくことが有用である。
3 必要書類
相続手続に必要な書類は各社の定めによるが,一般に,被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本等,相続人であることを確認できる戸籍謄本,相続人の印鑑登録証明書,及び各社所定の相続手続依頼書が求められる。
遺言がある場合には遺言書(自筆証書遺言については家庭裁判所の検認に関する書類,公正証書遺言についてはその謄本),遺産分割協議による場合には相続人全員が署名押印した遺産分割協議書が必要となる。
戸籍謄本等一式に代えて,法務局が交付する法定相続情報一覧図の写しを提出することにより,戸籍謄本等の提出を省略できる取扱いが広く採られている。
相続人が多数にわたる場合や取引先の金融機関が複数に及ぶ場合には,一覧図の写しを取得しておくことで,各手続の書類準備を効率化できる。
4 商品類型別の取扱い
証券会社の相続手続では,資産の種類によって取扱いが分かれる。
上場株式,投資信託,公社債等は相続人の口座への現物移管が原則であるが,商品によっては移管ができず売却により処理されるものがある。
公表資料で商品別の取扱いを明示している証券会社の例によれば,外国株式は相続人が外国株式用の口座を開設した上で現物移管され,投資信託は原則として移管されるものの一部の外国籍投資信託は移管できず売却されるとされている。
また,非課税口座(NISA)内の資産は,相続人の非課税口座へは移管できず,相続人の課税口座(特定口座又は一般口座)へ払い出される。
信用取引の建玉,先物・オプション取引の建玉,外貨建てのMMF等は,建玉のまま承継されず,決済後の代金等が移管される取扱いが示されている。
対面型の証券会社では,商品別の詳細を公表せず取引店への照会を案内する例もあり,個別事案では取引先の証券会社に取扱いを確認する必要がある。
第4 税務上の検討
遺産分割の帰趨とは別に,証券口座の相続では,被相続人の死亡年分の所得税(準確定申告),相続税評価,及び相続後に証券を譲渡した場合の所得税が問題となる。
以下は制度の骨格を示すものであり,個別事案の税務判断については税理士等への確認を要する。
1 取得費及び取得時期の引継ぎ
居住者が相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈により取得した資産を譲渡した場合の譲渡所得の金額の計算については,その者が引き続きこれを所有していたものとみなされる(所得税法60条1項1号)。
すなわち,相続した株式等を相続人が譲渡する際の取得費及び取得時期は,被相続人のものを引き継ぐ。
取得費は,相続時の時価でも相続税評価額でもなく,被相続人が実際に取得した価額である点に注意を要する。
取得費が明らかでない場合の取扱いとして,株式等については,譲渡による収入金額の100分の5に相当する金額を取得費(概算取得費)とすることが認められている(租税特別措置法通達37の10・37の11共-13)。
被相続人の取得価額を証する取引報告書等が残っていないと,この概算取得費によらざるを得ず,譲渡所得が大きく算定されることがあるため,取得価額を示す資料の確保が実務上重要である。
2 特定口座・NISA口座・一般口座の別
相続により取得した上場株式等は,一定の要件の下で相続人の特定口座に受け入れることができる(租税特別措置法37条の11の3等)。
受入れの要件として,相続又は遺贈により取得した同一銘柄の上場株式等の全部を,被相続人の口座から相続人の特定口座へ移管することが求められる(租税特別措置法施行令25条の10の2第14項3号等)。すなわち,同一銘柄の一部のみを特定口座へ受け入れることはできない。
非課税口座(NISA)内の上場株式等については,相続人が非課税のまま引き継ぐことはできない。
被相続人の死亡により非課税口座から払い出され,その払出し時(相続の時)の価額により,相続人がその上場株式等を取得したものとみなされる(租税特別措置法37条の14第4項)。
その結果,死亡日までの値上がり益は課税されず,相続人の取得価額は死亡日の価額となり,死亡日以後の損益が相続人の課税対象となる。
一般口座の場合は,取得費・取得時期の引継ぎは特定口座と同様であるが,譲渡損益の計算及び申告は相続人が自ら行うことになる。
3 準確定申告
居住者が年の中途において死亡した場合において,その者のその年分の所得税について確定申告書を提出しなければならないときは,その相続人は,相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までに,申告書を提出しなければならない(所得税法125条1項)。
被相続人の死亡年分の株式等の譲渡益,配当,分配金等がこの準確定申告の対象となる。
もっとも,源泉徴収を選択した特定口座(源泉徴収選択口座)内の上場株式等の譲渡所得等は,源泉徴収により課税関係が完結するため,申告しないことを選択することができる(租税特別措置法37条の11の5等)。
上場株式等の配当等についても,一定のものは申告を要しないものとして申告から除外することができる(租税特別措置法8条の5)。
損益通算等のために申告を選択する余地もあり,個別事案での有利不利は事案により異なる。
4 相続税評価
相続により取得した財産の価額は,取得の時における時価による(相続税法22条)。
相続税の課税時期は相続開始の時(死亡の時)であり,証券口座内の資産の評価は,財産評価基本通達の定めに従う。
上場株式は,課税時期の最終価格によって評価することを原則としつつ,その最終価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には,その最も低い価額によって評価する(財産評価基本通達169(1))。
すなわち,死亡日の終値,当月,前月及び前々月の各月平均額のうち,最も低い価額によることになる。
証券投資信託の受益証券は,課税時期において解約請求等により支払を受けることができる価額により評価し(同通達199),利付公社債は,最終価格等に既経過利息を加えた額により評価する(同通達197-2)。
被相続人が受け取るべき配当のうち,配当の基準日の翌日から効力発生日の前までに相続が開始したものは,配当期待権として,予想配当額から源泉徴収されるべき所得税額等を控除した金額により評価する(同通達193)。
証券会社が発行する死亡日現在の残高証明書に付される参考時価は,必ずしも上記の相続税評価額と一致しない。
相続税の申告に当たっては,残高証明書の額をそのまま課税価格とするのではなく,通達に従って別途評価する必要がある。
また,遺産分割手続における遺産の評価の基準時は相続開始時とは限らず,価格変動の大きい上場有価証券では,相続税評価と遺産分割上の評価とで目的及び基準時が異なり得る点にも留意を要すると考えられる。
5 取得費加算の特例
相続又は遺贈により財産を取得した個人で,その相続又は遺贈につき相続税額があるものが,相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に,相続税の課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合には,譲渡所得の計算上,取得費に一定の相続税額を加算することができる(租税特別措置法39条1項)。
加算する金額は,譲渡した資産ごとに計算され(同条8項),その資産に対応する相続税額を,前記の引継取得費に上乗せする形で計算される(租税特別措置法施行令25条の16)。
この特例により譲渡所得が圧縮されるため,相続した株式等を売却する場合には,譲渡の時期がこの期間内に収まるかどうかが実務上の検討事項となる。
適用を受けるには,確定申告書にその旨の記載をし,計算明細書等を添付する必要がある(同条2項)。
第5 主張立証・事情聴取と相手方の反論
1 依頼者からの事情聴取事項
証券口座の相続案件では,受任の初期段階で,資産の所在,種類及び名義に関する事実を確認することが,手続選択及び方針決定の前提となる。
少なくとも次の事項を聴取し,裏付資料の有無を確認することが有用である。
- ① 被相続人が口座を有していた証券会社名(不明な場合は,前記の証券保管振替機構への開示請求の要否)
- ② 保有していた資産の種類(上場株式,投資信託,公社債,外国証券,NISA・特定口座・一般口座の別)
- ③ 相続人の範囲及び遺言の有無・内容(遺言による特定財産の帰属指定の有無)
- ④ 被相続人の取得価額を示す資料(取引報告書,取引残高報告書,特定口座年間取引報告書等)の有無
- ⑤ 被相続人の死亡年分の譲渡・配当・分配の状況(準確定申告の要否の検討のため)
- ⑥ 同族会社株式が含まれる場合の議決権行使の必要性及び緊急性
2 有用な証拠とその収集
資産の範囲及び評価に関する証拠としては,各証券会社に対して請求する死亡日現在の残高証明書が基本となる。
取得価額の立証には,取引報告書,取引残高報告書及び特定口座年間取引報告書が有用であり,これらは取得費の引継ぎ及び概算取得費の要否の判断に直結する。
相続人の範囲及び相続関係の立証には,戸籍謄本等一式又は法定相続情報一覧図の写しを用いる。
被相続人がどの証券会社と取引していたか自体が争点となる場合には,証券保管振替機構への開示請求により口座開設先を特定した上で,各社に残高証明書及び取引履歴を照会する。
開示請求では口座開設先の一覧しか得られないため,残高及び取得価額の把握には各社への個別照会が不可欠である。
3 相手方から想定される主張
他の相続人から,法定相続分に応じて証券又はその換価代金を単独で取得できるとの主張がされることがある。
しかし,前記のとおり,株式,投資信託受益権及び個人向け国債は当然分割されず,これらから生じた預り金返還請求権も当然分割されないため,遺産分割前に相続人が単独で自己の相続分相当額の払出しを求めることはできない。
民法909条の2による単独払戻しも,対象は預貯金債権に限られ,証券には及ばない。
また,価格変動のある上場有価証券について,評価の基準時や換価の時期を巡って相続人間の利害が対立することがある。
同族会社株式が含まれる事案では,持分の価格の過半数を有する相続人が権利行使者を定めて議決権を行使し得る一方,少数持分の相続人はこれに関与しにくいため,議決権の帰趨と遺産分割の帰趨とをどのように整理するかが争点となり得る。
いずれの争点についても,結論は具体的な事実関係及び証拠により異なる。
4 結論を左右し得る不確実な要素
外国投資信託の受益権については,前記平成26年判決も当然分割されない「余地が十分にある」と述べるにとどまり,個別の商品の権利内容によっては異なる評価の可能性が残る。
そのため,外国籍の商品が含まれる場合には,当該商品の権利内容を確認した上で帰属の態様を検討する必要があると考えられる。
税務上の取扱いは,制度改正により変動し得る。
非課税口座(NISA)の制度は2024年に大きく改正されており,適用条文及び取扱いは,検討時点の現行法により確認する必要がある。
証券会社ごとの相続手続の細目及び手数料も変わり得るため,個別事案では,取引先の証券会社の最新の案内を確認することが必要である。
第6 実務上の確認手順
証券口座の相続案件では,制度の抽象的な理解にとどめず,次の手順で事実と法令・裁判例を照合することが,方針決定の基礎となる。
- 被相続人の口座の所在と資産の種類を特定する(不明なときは証券保管振替機構への開示請求を検討する。)。
- 資産ごとに,当然分割か遺産分割の対象かを判別する(証券口座内の主要資産は遺産分割の対象となる。)。
- 遺産分割前に必要な行為(残高証明書の取得,同族会社株式の議決権行使等)の可否を,準共有の規律及び会社法106条に照らして確認する。
- 遺言・遺産分割協議・調停・審判のいずれによるかを選択し,一部分割の可否を検討する。
- 取引先の証券会社の相続手続(移管の要否,必要書類,商品別の取扱い)を確認する。
- 準確定申告の要否,相続税評価,及び相続後に譲渡する場合の取得費・取得費加算の特例を検討する(税務判断は税理士等に確認する。)。
各手順における法令の条文,裁判例の判示及び数値は,本記事末尾に掲げる原典により確認することができる。
出典
1 法令
- 民法(898条・264条・252条・896条・906条・907条・909条の2)――相続財産の共有,準共有物の管理・保存・変更,遺産分割及び遺産分割前の預貯金の払戻しの根拠。
- 会社法(105条・106条・126条)――共有株式の権利行使者の指定・通知等の根拠。
- 社債,株式等の振替に関する法律(132条)――振替口座簿による管理及び振替(移管)の根拠。
- 所得税法(60条・125条)――取得費及び取得時期の引継ぎ並びに準確定申告の根拠。
- 相続税法(22条)――相続財産の評価の原則(時価主義)の根拠。
- 租税特別措置法(8条の5・37条の11の3・37条の11の5・37条の14・39条)及び同法施行令(25条の10の2・25条の16)――申告不要制度,特定口座への受入れ,NISA相続時のみなし取得,取得費加算の特例の根拠。
2 裁判例
- 最高裁判所昭和45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁――共同相続された株式が準共有となることを前提とした判例。
- 最高裁判所平成26年2月25日第三小法廷判決・民集68巻2号173頁(平成23年(受)第2250号)――株式,委託者指図型投資信託受益権及び個人向け国債は当然分割されないとした判例。
- 最高裁判所平成26年12月12日第二小法廷判決・判例時報2251号35頁(平成24年(受)第2675号)――相続開始後に生じた元本償還金・収益分配金の預り金返還請求権も当然分割されないとした判例。
- 最高裁判所平成27年2月19日第一小法廷判決・民集69巻1号25頁(平成25年(受)第650号)――共有株式の議決権行使及び会社法106条本文・ただし書の関係に関する判例。
- 最高裁判所平成28年12月19日大法廷決定・民集70巻8号2121頁(平成27年(許)第11号)――共同相続された預貯金債権が遺産分割の対象となるとして従前の判例を変更した決定。
3 通達・公的資料
- 財産評価基本通達――169(上場株式の評価),193(配当期待権の評価),197-2(利付公社債の評価)・199(証券投資信託受益証券の評価)(国税庁)。
- 租税特別措置法(株式等の譲渡所得等関係)の取扱いについて(法令解釈通達)37の10・37の11共-13(株式等の概算取得費)(国税庁)。
- 登録済加入者情報の開示請求(証券保管振替機構)――被相続人名義の口座開設先の探索方法及び手数料に関する案内。