第1 当選無効訴訟で何を争うのか
1 当選人の選び方と選挙全体の効力を区別する
当選無効訴訟とは,ある者を当選人としたことの適法性など,当選の効力を争う訴訟である。得票の計算や投票の有効・無効の判定,被選挙権の有無などが問題になる。これに対し,選挙無効訴訟は,選挙の管理執行上の違法などを理由として選挙の全部又は一部の効力を争う訴訟である。
ただし,「当選無効」という言葉だけでは,誰が,誰を被告として,いつまでに訴えるかは決まらない。地方選挙の当選の効力を争う公職選挙法206条・207条,国政選挙の208条,選挙犯罪による連座制の210条・211条を分けて確認する必要がある。当選人自身の選挙犯罪による251条の当選無効も,選管を被告とする当選争訟とは別の制度である。
一票の格差を理由とする国政選挙の訴訟は,通常,公職選挙法204条の選挙無効訴訟として提起される。その原告・被告・要件は,選挙無効訴訟とは―提訴できる人・期限・無効になる条件と一票の格差及び一票の格差と最高裁判例で説明している。
2 最初に確認する手続の分岐
| 争う内容 | 主な手続 | 期限の起点 |
|---|---|---|
| 地方議員・首長の当選の効力 | 選管への異議申出等を経て高裁へ提訴(206条・207条) | 当選告示,決定書・裁決書の交付又はその要旨の告示 |
| 国会議員の当選の効力 | 所定の落選者等が選管等を被告として高裁へ直接提訴(208条) | 所定の当選人の告示 |
| 国政選挙の選挙そのものの効力 | 選挙人等が選管等を被告として高裁へ直接提訴(204条) | 選挙の日 |
| 連座制による当選無効・立候補禁止 | 候補者側の確認訴訟又は検察官の訴訟(210条・211条) | 通知,選挙犯罪の裁判確定又は後日の当選告示 |
この表は制度の分岐を示すものである。個別の申立期限・出訴期間は以下の条文と,実際の告示・通知・決定書等を照合して判断する。選管への一般的な問い合わせや苦情の提出をしただけで,法律上の異議申出を済ませたことにはならない。
第2 地方選挙―異議申出,審査申立て,高裁訴訟
地方選挙では,国政選挙と異議申出・審査申立ての経路及び期限が異なる。市町村選管への14日以内の異議申出,県選管への21日以内の審査申立て,県選管の決定・裁決に対する30日以内の高裁提訴は,地方選挙の選挙無効訴訟―異議申出・審査申立ての期限と高裁までの手続で説明している。
1 当選告示から14日以内に異議を申し出る
公職選挙法206条1項によれば,地方公共団体の議会の議員又は長の当選の効力に不服がある選挙人又は公職の候補者は,所定の当選告示の日から14日以内に,文書で,その選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会へ異議を申し出ることができる。
市町村議員・市町村長の選挙では市町村選管,都道府県議員・知事の選挙では都道府県選管が最初の申出先になる。単に「投票日から14日」と説明するのは正確でない。法定の当選告示を特定し,申出人の選挙人資格又は候補者資格,争う当選人,無効を求める理由と資料を整理する。
2 市町村選管の決定には県選管への審査申立てをする
市町村選管の異議申出に対する決定に不服がある者は,同条2項により,決定書の交付を受けた日又は215条による告示の日から21日以内に,文書で,都道府県選管へ審査を申し立てることができる。
この段階は市町村選管の決定についての手続である。都道府県選管が自ら管理する選挙の異議申出に対してした決定を,さらに同じ県選管へ審査請求するという経路ではない。
3 県選管の決定・裁決に対して30日以内に高裁へ訴える
207条1項は,206条の異議申出又は審査申立てに対する都道府県選管の決定・裁決に不服がある者が,当該都道府県選管を被告として,決定書・裁決書の交付を受けた日又は215条による告示の日から30日以内に,高等裁判所へ訴訟を提起できると定める。207条2項が準用する203条2項により,適法な県選管の決定又は裁決を経ることが必要である。
したがって,市町村の選挙では,原則として「市町村選管への異議申出→県選管への審査申立て→県選管を被告とする高裁訴訟」という順になる。相手の候補者個人を被告とする通常の民事訴訟を起こせばよいわけではない。管轄も217条の専属管轄を確認する必要がある。
実務では,決定・裁決の教示を読み,交付・告示の資料を保存する。自分に対する交付日だけを前提として期限を決めず,法定の告示日との関係まで確認して,早い段階で申立て・訴えの準備をすることが重要である。
第3 国政選挙―落選者等が高裁へ直接提訴する
1 一般の選挙人に208条の原告適格があるわけではない
208条は,衆議院議員又は参議院議員の選挙で当選しなかった者のうち,当選の効力に不服があるものに訴えを認めている。衆議院小選挙区の候補者届出政党,衆議院比例代表の名簿届出政党等,参議院比例代表の名簿届出政党等も,条文の定める範囲で含まれる。
204条の選挙無効訴訟では選挙人にも原告適格が認められるが,その説明を208条へそのまま移すことはできない。国政選挙の当選争訟について,一般の選挙人であるという理由だけで提訴できると考えてはならない。
2 被告,30日の起点及び比例代表の特則
衆議院小選挙区又は参議院選挙区については,その選挙を管理する都道府県選管を被告とする。参議院合同選挙区については合同選挙区選管,衆議院・参議院の比例代表については中央選挙管理会を被告とする。比例代表の208条訴訟は,217条により東京高等裁判所の専属管轄となる。
出訴期間は,208条が列挙する規定による当選人の告示の日から30日以内である。204条の「選挙の日から30日以内」とは起点が異なる。地方選挙の206条のような選管への異議申出を前置する制度でもない。
比例代表では,名簿届出政党等に係る当選人の数の決定に過誤がある場合,208条2項・3項によりその決定の無効と,失われることのない当選人の数が問題になる。また,衆議院比例代表については,同時に行われた小選挙区の選挙又は当選の効力に関する事由を理由とする訴訟が,同条1項ただし書により制限される。
第4 主な争点―無効票,得票計算及び被選挙権
1 疑問票・混記票の判定と僅差の選挙
67条は,開票管理者が開票立会人の意見を聴いて投票の効力を決定し,68条に反しない限り,選挙人の意思が明白な投票を有効とするよう求めている。一方,68条は,候補者でない者の氏名,二人以上の候補者の氏名,他事の記載,誰を記載したか確認し難いものなどについて,選挙の種類ごとに無効事由を定めている。
したがって,「投票者の意思を尊重するから,どのような書き方でも有効」とはいえない。具体的な記載がどの無効事由に該当するか,ただし書・特則があるかを先に確認する。68条の2は,同じ氏名・氏・名などだけを書いた票について,有効とした上で所定の有効得票数に応じてあん分する特則を定める。特則によるあん分票と,二人の氏名を混記した票は区別する必要がある。
僅差の選挙では,少数の票の判定変更で当選順位が変わり得る。申立てを準備するときは,問題とする票の記載,開票区,有効・無効の扱い,訂正後の得票数と当選結果との関係を具体化する。票の写真だけでなく,裁決書等に記載された認定と判断理由を対応させることが重要である。
2 居住実態の争いは,まず対象の公職の要件を確認する
地方議会議員の被選挙権は,10条1項により,その選挙権を有する者で満25歳以上であることが要件になる。地方選挙の選挙権を定める9条には,市町村の区域内に引き続き3か月以上住所を有するという要件があり,都道府県の区域内の転居等についての特則もある。対象選挙と住所の移動経過を条文に当てはめる必要がある。
これに対し,知事・市町村長の被選挙権は,10条1項がそれぞれ日本国民で満30歳以上・満25歳以上と定めている。地方議員の住所要件を,首長の立候補資格へ一律に当てはめることはできない。
住所の争いでは,住民票の記載だけで結論を決めず,生活の本拠としての実態を検討する。例えば,吹田市選管の令和5年6月1日の決定公表は,電気・ガス・水道の使用状況,日用品等を購入していた店舗の所在地等から居住実態を認め,異議申出を棄却したと説明している。これは同市選管の個別判断であり,光熱費の使用量について一律の合否基準を示したものではない。
3 当選争訟から選挙無効に至る場合もある
209条は,206条から208条までの当選争訟であっても,選挙が205条1項の要件に該当するときは,選挙の全部又は一部の無効を決定・裁決・判決しなければならないと定める。選挙無効と当選無効は出発点を区別すべきであるが,当選争訟では選挙全体の無効を判断できないという絶対的な区分ではない。
第5 選挙犯罪による当選無効と連座制訴訟
1 本人の選挙犯罪と,他人の犯罪による連座制
251条は,当選人自身が当該選挙に関して所定の選挙犯罪を犯し,刑に処せられた場合の当選無効を定める。同条には除外される犯罪が列挙されており,公職選挙法違反であれば例外なく当選無効になるわけではない。
連座制は,候補者本人以外の総括主宰者,出納責任者,地域主宰者,親族,秘書,組織的選挙運動管理者等の一定の選挙犯罪について,当選無効や立候補禁止の効果を候補者側へ及ぼす制度である。251条の2・251条の3などが,対象者,対象犯罪,刑の要件,効果及び免責を定める。候補者自身が犯罪について有罪になったことを必要とする制度ではない。
2 210条と211条は,訴える側が異なる
210条1項の所定の場合は,候補者であった者が,254条の2第1項による通知を受け,検察官を被告として高裁へ確認訴訟を提起する。原則の出訴期間は通知を受けた日から30日以内であり,連座対象の身分に当たらないことや,条文所定の免責事由等が争点になる。後日の当選告示に関する例外もある。
211条の所定の場合は,検察官が候補者等であった者を被告として,当選無効・立候補禁止等を求めて高裁へ訴えを提起する。原則として,対象の選挙犯罪についての裁判確定の日から30日以内であるが,後日の当選告示に関する特則がある。210条2項にも検察官が訴える場合がある。連座制訴訟がすべて「検察官が原告」であるとも,「候補者が原告」であるとも説明できない。
当選無効・立候補禁止の効果がいつ発生するかは251条の5に定められている。刑事有罪の報道だけで,候補者側の当選無効が確定したと判断せず,通知,出訴期間,確認訴訟・検察官の訴訟及びその確定状況を確認する。
3 免責の範囲と二つの百日裁判
251条の2第4項の免責は,立候補禁止や衆議院重複立候補における比例代表の当選無効の波及効に関するものであり,当該選挙の当選無効まで一律に免れるものではない。他方,251条の3第2項は,組織的選挙運動管理者等について,おとり・寝返り,相当の注意を怠らなかった場合の免責を定め,当選無効を含む同条1項の効果を生じさせない。両者を混同してはならない。
選挙争訟についての213条の百日裁判と,選挙犯罪の刑事事件についての253条の2の百日裁判も別の規定である。いずれも100日以内の判決を目指すが,後者には公判期日の指定等について刑事事件固有の規定がある。制度の詳細と旧執務資料は,百日裁判事件(公職選挙法違反)で説明している。
第6 訴額,係属中の効力及び相談時の資料
1 当選無効訴訟の訴額が常に320万円となるわけではない
最高裁令和3年4月27日第三小法廷決定は,自己の当選を無効とした決定と審査申立てを棄却した裁決の取消請求に加えて,別の当選人の当選無効も求めた事件について,訴額を少なくとも320万円とした。
自己の当選無効決定等の効力を失わせる請求と,別の当選人の当選を無効にする請求では,認容によって実現する状態が異なり,主張する利益が共通ではないという判断である。当選無効訴訟一般の訴額を一律に320万円とした決定ではない。また,この決定は住所要件をめぐる本案の適否を判断したものではない。
複数請求がある場合は,求める判決ごとに実現する状態と共通利益の有無を整理して手数料を算定する。詳細は,訴額の算定に関する最高裁判例を参照されたい。
2 訴えれば直ちに失職するわけではない
214条は,異議申出,審査申立て又は訴訟提起があっても,処分の執行は停止しないと定める。申立てや提訴という事実,選管の決定・裁決,高裁判決及び判決の確定を区別しなければならない。訴訟提起の報道だけで,当選人が直ちに失職したということにはならない。
213条では,異議申出への決定は30日以内,審査申立てへの裁決は60日以内,訴訟の判決は100日以内にするよう努めるものとされる。これらは処理の目標であり,申立人・原告側の14日・21日・30日という期間を延ばす規定ではない。
3 最初の相談時に持参する資料
相談時には,①対象選挙と当選人,②当選告示,③異議申出書・審査申立書,④決定書・裁決書と交付日を示す資料及び告示,⑤問題とする票又は住所等の資料,⑥連座制であれば刑事裁判の確定・通知等の資料を整理すると,手続と期限を特定しやすい。
争いたい理由だけでなく,「現在どの段階にあり,何を取り消し又は無効にする判決を求めるのか」を明確にすることが必要である。資料を集め終えるまで申立期限を放置せず,告示や通知を確認した時点で,申立先・管轄・提出方法を検討する。
第7 出典・関連記事
1 法令と一次資料
① e-Gov法令検索・公職選挙法(9条・10条,67条・68条・68条の2,203条から215条まで,217条,251条から251条の5まで,253条の2・254条の2)。法令の説明は令和8年10月11日に確認した現行条文に基づく。
② 最高裁令和3年4月27日第三小法廷決定・令和2年(行フ)第2号及び決定全文。訴額・共通利益に関する判断として参照した。
③ 吹田市議会議員選挙の当選の効力に関する異議申出への決定公表(令和5年6月1日決定)。公表された居住実態の判断理由として参照した。