運転中に低血糖,てんかんその他の疾患による意識障害が生じた交通事故では,「事故時に意識がなかった」という事実だけで責任の有無は決まらない。運転者本人,車両の保有者・運行供用者,勤務先及び家族について,それぞれ別の法律要件と事故前の具体的事情を検討する必要がある。
特に重要なのは,診断名ではなく,事故前に発作を予見できたか,服薬・測定・運転中止・配車変更等によって事故を回避できたか,その事実を誰がどこまで知っていたかである。
本記事は,令和8年9月27日現在の法令,警察庁及び裁判所の公表資料,判例秘書で本文を確認した裁判例並びに日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』下巻(講演録編)2014年版に基づき,AIを用いて整理したものである。個別事件の医学的評価や過失判断は,診療録,刑事記録及び専門家の意見を踏まえて行う必要がある。
第1 結論の要旨
疾患発作を伴う交通事故の民事責任は,次の順に整理する。
①運転者本人について,事故時の意識の有無だけでなく,運転を始め,又は続けた時点で発作を予見して回避できたかを検討する。
②車両の保有者・運行供用者について,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)3条の責任を別に検討する。
③業務運転であれば,勤務先の民法715条の使用者責任と,勤務先自身の民法709条上の過失を分ける。
④家族その他の第三者については,関係が近いというだけでなく,具体的危険の認識と現実に可能だった阻止手段を確認する。
したがって,「持病があるから本人に責任がない」,「会社が雇っていたから代表者個人も責任を負う」,「同居の親だから監督責任を負う」という一段の推論はいずれも適切でない。
第2 責任主体を四つに分ける
1 運転者本人
運転者本人には,民法709条に基づく不法行為責任が問題になる。事故の瞬間に意識を失っていたときは民法713条も問題になるが,発作を予見しながら運転を開始し,又は運転を続けた過失があれば,免責されるとは限らない。
2 車両の保有者・運行供用者
自賠法3条は,自己のために自動車を運行の用に供する者に,人身損害を賠償する責任を定めている。所有名義だけで決めるのではなく,車両の運行を支配し,その運行による利益を得ていたかを具体的に検討する。
3 勤務先
従業員が勤務先の業務として運転していた場合,勤務先には民法715条の使用者責任が問題となる。勤務先が車両の運行供用者であれば,自賠法3条の責任も問題になる。
これとは別に,勤務先が具体的な発作歴や医師の運転禁止を知りながら配車したなどの事情があれば,勤務先自身の民法709条上の過失も検討する。
4 家族その他の第三者
成人の運転者の親,配偶者又は同居家族であることから,一般的な監督義務が当然に生じるわけではない。家族の責任を主張するには,事故前の具体的な危険を知っていたこと,運転を阻止する現実的な手段を持っていたこと,その手段を取る法的義務があったことを個別に立証する必要がある。
第3 運転者本人の責任能力と過失
1 民法713条
民法713条本文は,精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態で他人に損害を加えた者は,その賠償責任を負わないと定める。他方,同条ただし書は,故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは免責しないとしている。
運転中に突然意識を失った事案では,加害行為の瞬間だけを見るのではなく,運転開始前又は運転継続中の行動を調べる。過去に同種の発作があり,医師から運転を止められ,服薬,血糖測定又は休息によって危険を避けられたのに運転した場合には,その前段階の過失が問題になる。
2 運転開始前の判断を調べる
少なくとも,次の事情を時系列で確認する。
①事故前の同種発作,意識消失,けいれん,麻痺,ヒヤリハット及び交通事故
②診断名だけでなく,医師が説明した発作の危険,運転禁止,服薬及び測定の指示
③薬の処方・服薬状況,インスリン投与,血糖測定,食事,睡眠,飲酒,運動及び勤務の経過
④事故当日の前兆,周囲への発言,運転開始時刻及び休憩状況
⑤事故後の記憶,救急搬送時の所見,刑事記録及び医師・専門家の意見
「てんかん」,「糖尿病」等の診断名だけで過失を肯定するのではなく,その運転者について発作の予見可能性と回避可能性があったかを確認する。
3 道路交通法上の運転禁止
道路交通法66条は,過労,病気,薬物の影響その他の理由により,正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならないと定める。
もっとも,同条違反の有無と民事上の過失は同じ問題ではない。民事事件では,事故との因果関係を含め,個々の証拠から判断する。
第4 運行供用者の自賠法3条責任
自賠法3条は,運行供用者が運行によって他人の生命又は身体を害したときに損害賠償責任を負うことを原則とし,同条ただし書の三つの事項をすべて証明したときに免責されると定める。自賠法4条は,民法の規定が補充的に適用されることを定めている。
東京地裁平成25年3月7日判決は,自賠法3条の運行供用者責任には民法713条は適用されないと判示した。したがって,運転者が事故時に責任能力を欠いていたという主張だけで,運行供用者責任まで否定されるわけではない。
被害者側では,運転者本人の責任能力の争いと並行して,車両の所有・使用関係,鍵の管理,運行指示,費用負担等から運行供用者を特定する必要がある。
第5 勤務先の責任
1 使用者責任
民法715条1項は,ある事業のために他人を使用する者が,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を定める。勤務先は,被用者の選任及び事業の監督について相当の注意をしたこと,又は相当の注意をしても損害が生じたことを立証したときに限り免責される。
裁判所が公開する交通事故訴訟の案内も,典型的な被告として,運転者,運行供用者及び使用者を区別している。業務中の事故では,運転者の勤務内容,配車指示,車両の所有者,運転目的を早期に確認する。
2 勤務先自身の過失
勤務先代表者又は配車担当者が,運転者に意識消失を伴う発作があり,医師が運転を禁止していることまで知っていたのに運転業務を命じた場合は,勤務先自身の安全配慮・配車判断に関する民法709条上の過失が問題になり得る。
他方,単に持病又は通院の事実を知っていたことから,あらゆる病状を調査し,運転を禁止すべき義務が直ちに生じるわけではない。本人の健康情報への配慮も必要であり,具体的危険の認識,業務上の運転の必要性,配車変更の可能性を証拠に即して検討する。
第6 家族の責任
1 親族関係だけでは責任は生じない
民法714条は,責任無能力者が責任を負わない場合の監督義務者等の責任を定める。成人の家族が当然に法定の監督義務者になるわけではなく,また,運転者に運転開始時の過失があって民法713条による免責を受けないときは,民法714条の前提自体を欠く。
家族自身の民法709条責任を検討する場合も,「家族なら止めるべきだった」という道徳的評価では足りない。病状と運転の具体的危険をどこまで知り,鍵の管理,勤務先への連絡その他の手段によって事故を回避できたかを確認する。
2 宇都宮地裁平成25年4月24日判決
宇都宮地裁平成25年4月24日判決(平成23年(ワ)第948号,判例時報2193号67頁,判例秘書判例番号L06850245)は,てんかん発作によるクレーン車事故について,運転者及び会社の責任に加え,同居の母親の民法709条責任を認めた。
同判決で重視されたのは,反復する事故,医師の運転禁止の指導,服薬状況,事故当日の予兆等を母親が具体的に知り,勤務先へ連絡することによって運転を阻止できたという特異な事情である。成人の子に疾患があるというだけで,親に一般的な監督義務を認めた判決と理解すべきではない。
3 京都地裁平成30年9月14日判決
京都地裁平成30年9月14日判決(平成27年(ワ)第3147号)は,運転中のてんかん発作による別の重大事故について,運転者の父母及び勤務先代表者個人に対する請求を退けた一方,勤務先会社の自賠法3条責任又は民法715条責任の成立要件を認めた。
同判決は,運転者が家族に対し,病状を勤務先へ伝えて運転業務から外れた旨を説明していたことを認定し,家族がその説明を信じて勤務先へ直接通報しなかった判断を不合理とはいえないとした。また,運転者には運転開始時の過失があるため責任無能力者に当たらず,民法714条の類推適用の基礎を欠くとした。
二つの地裁判決を並べると,家族の責任は親族関係や診断名で決まるのではなく,具体的危険の認識,運転が続くとの認識,第三者へ連絡する必要性と可能性によって結論が分かれることが分かる。
第7 低血糖事故の裁判例
東京地裁平成25年3月7日判決(平成24年(ワ)第12040号,判例時報2191号56頁,判例秘書判例番号L06830112)は,Ⅰ型糖尿病に基づく無自覚性低血糖の事案で,自賠法3条の責任と運転者本人の責任を認めた。
同判決は,過去の低血糖発作及び運転中の低血糖の経験,事故当日のインスリン投与と運動,血糖測定器の携帯等を踏まえ,運転者に血糖測定及び糖分補給によって低血糖を回避すべき義務があったと判断した。ここでも,糖尿病という診断名そのものではなく,過去の経験,当日の行動及び容易に取れた回避手段が判断の中心である。
第8 免許・刑事責任との区別
運転免許の取得・更新時には,病状に関する質問票が用いられる。警察庁公表の質問票は,過去5年以内の意識喪失,身体の全部又は一部を一時的に思い通りに動かせなくなったこと,医師から免許取得又は運転を控えるよう助言されたこと等を尋ねている。質問票の回答,免許更新時の説明及び安全運転相談の記録は,事故前の認識を示す資料になり得る。
ただし,免許行政上の判断と民事責任は目的と要件が異なる。免許が有効であったことだけで民事上の過失が否定されるわけではなく,免許の停止・取消しがあったことだけで事故との因果関係が証明されるわけでもない。
また,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条2項は,政令で定める病気の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で運転し,その病気の影響で正常な運転が困難な状態に陥って人を死傷させた場合の刑事責任を定める。刑事事件の成立要件と民事上の損害賠償責任は別に判断される。
第9 事故直後から集める証拠
疾患発作事故では,時間の経過により服薬,食事,睡眠及び当日の言動に関する記憶が失われやすい。被害者側・運転者側のいずれでも,次の資料を早期に確保する。
①救急搬送記録,事故前後の診療録,処方歴,服薬記録,血糖測定記録及び医師の運転に関する説明
②過去の発作,転倒,ヒヤリハット及び事故の日時・状況
③ドライブレコーダー,車載記録,防犯カメラ,携帯電話及び位置情報
④同乗者,家族,同僚,配車担当者及び主治医から事故前に聞いた内容
⑤運転免許の質問票,安全運転相談,行政処分及び更新時の資料
⑥雇用契約,業務日報,配車表,車両管理規程,鍵の管理及び健康申告
⑦実況見分調書,供述調書,鑑定書その他の刑事事件記録
医療記録は,事故後の治療だけでなく,事故前の予見可能性を確認する期間まで対象を広げる。勤務先や家族の責任を問題にするときは,本人の病状そのものと,その情報が相手方へ伝わった時期・内容を分けて立証する。
第10 主張整理の手順
訴状,答弁書又は示談案では,責任主体ごとに次の五項目を一枚の表にする方法が有用である。
①根拠条文
②事故前に知っていた事実
③予見できた具体的な危険
④実行可能だった回避手段
⑤その証拠と反対証拠
この整理により,運転者の責任能力,運行供用者責任,使用者責任及び家族自身の過失を混同しにくくなる。また,「発作があった」という医学的事実から,「この者に法的責任がある」という結論までの間に,どの要件と証拠が不足しているかを明確にできる。
第11 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」709条,713条,714条,715条。
②e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」3条,4条。
③e-Gov法令検索「道路交通法」66条。
④e-Gov法令検索「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」3条2項。
2 裁判例
①東京地方裁判所平成25年3月7日判決(平成24年(ワ)第12040号,判例時報2191号56頁,判例秘書判例番号L06830112)。判例秘書で令和8年9月27日に裁判日を指定して検索し,18件中の対象判決本文を確認。
②宇都宮地方裁判所平成25年4月24日判決(平成23年(ワ)第948号,判例時報2193号67頁,判例秘書判例番号L06850245)。判例秘書で裁判所及び裁判日を指定して検索し,1件の対象判決本文を確認。
③京都地方裁判所平成30年9月14日判決(平成27年(ワ)第3147号,裁判所ウェブサイト)。
3 公的資料・文献
①警察庁「質問票」。
②警察庁「安全運転相談窓口について」。
③大阪地方裁判所「交通事故による損害賠償請求事件」。
④日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』下巻(講演録編)2014年版,疾患による意識喪失等の異常運転と民事責任に関する講演。
同講演録は実務解説書であり,法令ではない。