相続開始時に被相続人所有の建物で暮らしていた配偶者は,死亡直後に当然退去しなければならないわけではない。配偶者短期居住権に加え,配偶者自身の共有持分や,被相続人との間で成立していた使用貸借が居住の根拠となることがある。
本記事では,明渡しの可否を一つの制度だけで決めず,居住の根拠,存続期間,用途変更及び使用料を順番に確認する。
第1 最初に確認する四つの居住根拠
同居配偶者に対する明渡請求では,少なくとも次の四つを確認する。
- 民法1037条以下の配偶者短期居住権
- 遺産分割又は遺贈で取得した配偶者居住権
- 配偶者自身の所有権又は共有持分
- 被相続人との間の使用貸借,賃貸借その他の契約
一つの権利が消滅しても,他の権利まで当然に消滅するものではない。したがって,「配偶者短期居住権が終わった」という理由だけで明渡しの結論を出さず,競合する権原を一つずつ検討する必要がある。
第2 配偶者短期居住権
1 成立要件
民法1037条1項は,配偶者が,被相続人の財産に属した建物に相続開始時に無償で居住していた場合,原則としてその居住部分を無償で使用できる配偶者短期居住権を定める。
確認すべき中心事実は,①法律上の配偶者であること,②建物が相続開始時に被相続人の財産に属していたこと,③相続開始時に居住していたこと,④使用が無償であったことである。建物の一部だけに居住していたときは,原則としてその部分が対象になる。
2 存続期間
配偶者を含む共同相続人間で居住建物を遺産分割する場合は,建物の帰属が確定した日又は相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日まで存続する。
それ以外の場合は,居住建物取得者が消滅の申入れをした日から6か月を経過する日までである。死亡から常に6か月で終了するわけではないため,遺産分割の対象か,誰が建物を取得したか,消滅の申入れがいつされたかを時系列で確認する。
3 従前の用法と無断改築
民法1038条1項は,配偶者に対し,従前の用法に従い,善良な管理者の注意をもって居住建物を使用するよう求める。同条2項は譲渡を禁止し,同条3項は,所有者の承諾を得ない改築・増築及び第三者による使用・収益を禁止する。
これらに違反した場合でも,所有者は原則として相当期間を定めて是正を催告し,期間内に是正されないときに消滅の意思表示をする。居住用部分を無断で店舗に改築した,第三者へ貸したという事情は重要であるが,違反の存在,催告,期間経過及び消滅意思表示を分けて立証する。
第3 配偶者に共有持分がある場合
民法1040条1項ただし書は,配偶者が居住建物の共有持分を有する場合,居住建物取得者は,配偶者短期居住権が消滅したことを理由としては建物の返還を求められないと定める。
最高裁昭和41年5月19日第一小法廷判決(民集20巻5号947頁)も,少数持分権者が共有物を占有する場合,多数持分権者が当然に明渡しを求められるわけではなく,明渡しを求める理由の主張立証が必要であるとした。
もっとも,共有持分があればどのような占有方法も許されるわけではない。共有者間で定めた使用方法への違反,他の共有者を全面的に排除する使用,用途変更又は共有物への損傷があるときは,差止め,明渡し,使用方法の決定又は金銭請求が別途問題となる。
第4 黙示の使用貸借
最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決(平成5年(オ)第1946号・民集50巻10号2778頁)は,共同相続人の一人が被相続人の許諾を得て建物に同居していた場合,特段の事情のない限り,遺産分割まで従前と同じ態様で無償使用させる合意があったものと推認した。
この法理では,相続前の許諾,家族としての同居,無償性及び相続前後の利用態様が重要となる。他方,無断改築や店舗営業など,相続前と大きく異なる使用は,合意の射程外又は「特段の事情」と評価される可能性がある。
配偶者短期居住権が新設された後に,平成8年判決の黙示の使用貸借法理がどの範囲で併存するかは,具体的事案と近時裁判例を確認する必要がある。本記事は,短期居住権があることだけを理由に使用貸借の成否を省略してよいとするものではない。
第5 明渡しと使用料を分けて考える
明渡請求が認められないことと,建物全体を無償で独占使用できることは同じではない。他の共有者が使用できない状態にある場合,持分を超える使用について不当利得返還請求等による使用料相当額の清算が問題となる。
ただし,黙示の使用貸借又は配偶者短期居住権が存続する期間については,無償使用に法律上の原因があり得る。使用料の始期は,相続開始日と即断せず,権利の存続期間,遺産分割,催告・解除・消滅通知,用途変更及び他の共有者からの異議の時点を分けて検討する。
第6 相談時に確保する資料
- 登記事項証明書,固定資産評価証明書及び遺産分割資料
- 住民票,公共料金,家族間の連絡等の同居・許諾資料
- 相続開始前後の間取り図,写真,工事契約書及び営業許可資料
- 明渡し,消滅,催告,解除及び使用料請求に関する通知
- 誰が建物のどの部分をいつから使用しているかを示す図面と時系列表
明渡請求をする側も受ける側も,「現在住んでいる」という一事実だけでなく,権原,対象部分,期間,用途及び金銭調整を一枚の表にすると争点を整理しやすい。
第7 出典・関連記事
法令:民法249条,252条,898条,1028条から1041条
裁判例:前掲最高裁昭和41年5月19日判決,最高裁平成8年12月17日判決
死亡直後の住居・生活を含む手続全体は,同居の配偶者が死亡した後1週間に相続人がすることを参照されたい。