第1 結論
定年時に退職金を受け取った後も同じ会社で働き続けた場合,後の退職時に退職金がもう一度発生するかは,一律には決まらない。
就業規則及び退職金規程の適用対象,再雇用契約書の定め,定年前後の業務・労働条件,雇用期間の定めの有無並びに会社の実際の雇用管理を総合して判断する必要がある。
大阪地裁令和6年11月7日判決(令和5年(ワ)第8597号,日本経営通信社事件)は,定年時に退職金を支給された労働者について,再雇用後の約16年間にも退職金規程が適用されるとして,500万9805円の退職金を認めたと紹介されている。
同事件で重要なのは,「定年後再雇用なら退職金は当然にない」という会社の認識ではなく,規程の文言と実際の雇用管理が判断の基礎になったことである。
第2 定年退職と再雇用を分けて考える理由
定年後の就労には,少なくとも次の形がある。
①定年を延長し,同じ労働契約が継続する場合
②定年で一旦退職し,新たな有期労働契約を締結する場合
③定年で一旦退職し,新たな無期労働契約を締結する場合
④定年後も契約書を作らず,従前とほぼ同じ状態で就労を続ける場合
⑤子会社その他の別法人に雇用される場合
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条は,65歳までの雇用確保措置として,定年の引上げ,継続雇用制度又は定年の廃止のいずれかを求めている。
しかし,同条は,再雇用後の退職金を必ず支給することや,必ず支給しないことを直接定めたものではない。退職金の有無は,労働契約,就業規則,退職金規程及び労使慣行によって定まる。
労働基準法89条3号の2は,退職手当の定めをする場合,適用される労働者の範囲,退職手当の決定・計算・支払方法及び支払時期を就業規則に記載すべき事項としている。
したがって,会社が再雇用者を退職金の対象外とするのであれば,誰をどの期間について対象外とするのかを規程上明確にし,再雇用契約書と実際の運用を一致させる必要がある。
第3 日本経営通信社事件
1 事件の概要
公刊された判例誌の索引及び同判決を紹介する弁護士記事によれば,原告は60歳の定年に達した平成18年以後も就労を続け,令和4年10月20日に退職した。
原告は,定年時に退職しない旨の黙示の合意があったとして全勤務期間を基礎とする退職金を主位的に請求し,仮に定年退職していたとしても再雇用期間について退職金規程が適用されるとして予備的に請求した。
大阪地裁は主位的請求を退けた一方,予備的請求の一部を認め,再雇用後の退職金として500万9805円を認容したと紹介されている。
2 退職金規程の適用を認めた理由
紹介資料から確認できる判決の判断理由は,次のとおりである。
①退職金規程は適用対象者について就業規則を準用していたこと
②就業規則は,無期労働契約により採用された職員と,嘱託その他の有期契約で採用された者を適用対象としており,定年後再雇用者を対象外とする定めがなかったこと
③原告は再雇用時に期間を定めて採用されておらず,規程の文言上,適用対象者に当たったこと
④再雇用後も約16年間,定年前と同様の業務内容及び労働条件で就労し,会社の雇用管理上も定年前の職員と区別されていなかったこと
⑤退職金が賃金の後払い又は功労報奨としての性質を有すると解されたこと
⑥退職手当制度を設ける場合に適用対象者の範囲を就業規則に記載すべきこと
判決は,これらの事情の下では,退職金規程の適用範囲を定年までの勤務に限定して解釈する合理性がないと判断したものと理解できる。
3 判決から直ちに一般化できないこと
本判決から,「定年後再雇用者には常に2回目の退職金が発生する」と結論付けることはできない。
再雇用者を明確に対象外とする規定がある場合,再雇用が1年ごとの有期契約である場合,職務・賃金・人事制度が定年前と大きく異なる場合,又は再雇用契約で退職金を支給しないことが明示され,関連規程と整合している場合には,判断が異なり得る。
また,本記事作成時点で,筆者は判決全文を確認できていない。事件番号,判決日,掲載誌,認容額及び主要な理由は公刊誌索引と判決紹介記事で照合したが,当事者の全主張,証拠関係及び判決文の全体は未確認である。
第4 退職金が再度発生するかを判断する順序
1 適用対象者の文言
就業規則と退職金規程を並べ,次の点を確認する。
①正社員,職員,嘱託,契約社員及び再雇用者の定義
②退職金規程が準用する就業規則の範囲
③「定年退職者」,「再雇用者」,「嘱託社員」等の除外条項
④除外が労働者の区分によるのか,定年後の期間によるのか
⑤附則,経過措置及び旧規程の適用関係
規程に「正社員に適用する」とだけ書かれていても,正社員の定義がなく,再雇用後も会社が正社員として扱っていた場合には,除外の範囲が争われる。規程相互の参照関係と定義を確認する必要がある。
2 再雇用契約の内容
再雇用時に新しい労働契約が成立したか,契約期間が定められたか,更新の有無と判断基準は何か,退職金の取扱いが明示されたかを確認する。
契約書に「退職金なし」と記載していても,上位の就業規則又は退職金規程が再雇用者を支給対象としている場合には,その一文だけで問題が解決するとは限らない。労働契約法12条との関係も検討する必要がある。
3 定年前後の実態
契約書の名称だけでなく,次の実態を比較する。
①職務内容,責任及び役職
②勤務日数,労働時間及び勤務地
③基本給,賞与,手当及び評価制度
④人事異動,昇給,服務規律及び懲戒の適用
⑤社員番号,勤怠システム,名刺及び組織図上の扱い
⑥雇用保険・社会保険上の手続
⑦定年日に退職手続をし,再雇用日に新規採用手続をしたか
定年前後で実態が変わらず,長期間にわたり同じ規程で管理されていた場合,会社が意図した区分よりも規程文言と運用が重視される可能性がある。
4 退職金の性質と計算条項
退職金は,賃金の後払い,功労報奨,生活保障等の性質を併せ持つことがある。
規程が勤続年数と退職時賃金を基礎に機械的に計算するのか,会社の裁量による慰労金なのか,自己都合・会社都合・定年・死亡等で支給率が異なるのかを確認する。
再雇用期間に規程が適用されるとしても,勤続年数を定年前から通算するのか,再雇用時から数えるのか,定年時に支給済みの金額をどのように扱うのか,基礎賃金をどの時点のものとするのかは別の問題である。
第5 会社側が整備すべき文書と運用
会社側は,少なくとも次の文書を相互に整合させる必要がある。
①就業規則
②退職金規程
③再雇用規程又は嘱託社員就業規則
④定年退職通知書
⑤退職金計算書及び受領書
⑥再雇用契約書・労働条件通知書
⑦再雇用後の更新通知書
⑧従業員区分ごとの適用規程一覧
再雇用者を退職金の対象外とするのであれば,退職金規程にその旨を明記し,再雇用契約書にも同じ内容を記載する。
定年時には,旧契約が終了したこと,退職金をどの期間について精算したか,新しい契約の開始日・期間・職務・賃金・退職金の有無を説明し,交付記録を残す。
既に長期間運用している会社では,規程だけを将来に向けて改めれば過去の期間の問題が消えるわけではない。既存の再雇用者について,契約書,規程の周知時期,従来の説明及び支給実績を個別に点検する必要がある。
第6 労働者側が確認・保存すべき資料
労働者側は,次の資料を保存する。
①定年前後の就業規則及び退職金規程
②定年退職通知,退職金計算書及び振込記録
③再雇用契約書,労働条件通知書及び更新通知
④定年前後の給与明細,源泉徴収票及び人事評価
⑤業務内容,役職及び勤務場所が分かる資料
⑥会社から受けた説明のメール,議事録及びメモ
⑦他の再雇用者に対する支給実績が分かる資料
就業規則等は改定されることがあるため,現在の規程だけでなく,定年時,再雇用時及び最終退職時に適用されていた版を区別して入手することが重要である。
第7 紛争時の主張立証
退職金を請求する側は,支給根拠,適用対象,退職事由,勤続期間,基礎賃金及び計算結果を具体的に示す。
会社側が再雇用者を対象外と主張する場合は,除外条項,規程の周知,再雇用時の説明及び一貫した運用を示す必要がある。
退職金請求権の時効は,労働基準法115条により,退職手当について権利を行使できる時から5年である。支給時期は規程によって異なるため,退職日だけでなく,規程上の支払期日を確認する。
会社が複数法人で事業を運営している場合は,どの法人が使用者であったか,賃金をどの法人が支払ったか,各法人の規程が適用されるかも争点となり得る。名称やウェブサイトが共通することだけで使用者が決まるわけではない。
第8 実務チェックリスト
□ 定年と再雇用の法的構成を特定したか。
□ 就業規則・退職金規程・再雇用規程の適用対象が一致しているか。
□ 再雇用者を除外する場合,規程本文に明記されているか。
□ 定年時の退職金がどの期間を精算するものか説明したか。
□ 新契約の期間,職務,賃金,更新及び退職金の有無を書面化したか。
□ 定年前後の雇用管理を実際に区別しているか。
□ 旧規程,周知記録及び過去の支給実績を保存しているか。
□ 既存の再雇用者について遡及的な点検をしたか。
第9 出典・参考資料
①e-Gov法令検索「労働基準法」89条3号の2及び115条
②e-Gov法令検索「労働契約法」7条,10条及び12条
③e-Gov法令検索「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」8条及び9条
④大阪地裁令和6年11月7日判決(令和5年(ワ)第8597号,日本経営通信社事件,労働判例ジャーナル158号26頁,LEX/DB 25621637)
⑤労働開発研究会・労働判例ジャーナル158号判例索引
⑥師子角允彬弁護士「就業規則にも作成者不利の原則は及ぶのか?-定年後再雇用契約の労働者にも、退職金規程の適用が認められるとされた例」(判決内容を紹介する二次資料)