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医療訴訟の鑑定人はどう選ばれるか―医事関係訴訟委員会の推薦ルート,期間,費用及び鑑定人質問の実情(AI作成)

第1 この記事の対象と資料

1 この記事の対象

本記事は,医療訴訟で鑑定が必要になったのに鑑定人が見つからないとき,裁判所がどのような経路で鑑定人候補者を探すのかを,最高裁判所の医事関係訴訟委員会の公開資料から整理するものである。
あわせて,鑑定事項の立て方,鑑定資料の渡し方,鑑定の方式と費用,鑑定書が出た後の補充鑑定と鑑定人質問について,同委員会で議論された内容を紹介する。
患者側と医療機関側のどちらの代理人にとっても,鑑定の申出の前に知っておくと見通しを立てやすくなる事項である。

鑑定事項書そのものの書き方は,民事訴訟の鑑定事項書の作り方で扱っている。
医療訴訟の件数,審理期間,和解率及び認容率は,医療訴訟の統計(令和7年)にまとめた。

2 使用した資料と読み方の注意

資料は,最高裁判所の医事関係訴訟委員会についてのページに掲載された,第1回(平成13年7月13日)から第37回(令和8年5月27日)までの議事要旨とその添付資料,平成17年6月頃の答申,委員会の規則及び統計である(令和8年9月19日に取得)。
議事要旨の「主な発言」は委員又はオブザーバーの意見であり,委員会の結論や裁判所の運用そのものではない。
本記事では,資料に書かれた事実と,委員等の意見とを区別して書く。

期間や件数の一部は,議事要旨に添付された「推薦依頼事案の経過一覧表」から本記事で集計したものである。
一覧表は月単位でしか日付を示していないため,集計した期間には1か月程度の誤差がある。
この種の数値には,本文で「本記事の集計」と明記する。

第2 医事関係訴訟委員会とは

1 設置の経緯

医事関係訴訟委員会は,医事関係訴訟委員会規則(平成13年最高裁判所規則第5号)に基づき,平成13年7月に最高裁判所に置かれた委員会である。
医学界の委員,法曹界の委員及び一般の有識者で構成され,医事関係訴訟の運営に関する一般的な問題を審議することと,鑑定人候補者を選ぶことを主な任務とする。
鑑定人候補者の選定は,委員会に置かれた鑑定人等候補者選定分科会と合同で行われ,第3回以降の会議は分科会との合同開催になっている。

委員会の答申によれば,設置前の意見交換で,医学界の側から,医師が鑑定人を引き受けない理由として次のような事情が挙げられていた。
①時間をかけて鑑定をしても裁判の結果が知らされず,鑑定が役に立ったのかが分からないこと
②法廷で,人格を非難されたと受け取られるような質問がされることがあったこと
③要約書面もなしに記録の写しをそのまま送られ,不適切な鑑定事項について鑑定を求められること

これを受けて,事件が終わったときに裁判所から鑑定人へ結果を通知する運用が定着し,委員会からも学会と鑑定人に結果を通知して礼状を送るようになった。
後で見る鑑定人質問の運用の変化も,この経緯と関係している。

2 現在の位置付け

委員会の規則は,委員を20人以内とし(3条),鑑定人等候補者選定分科会を置くことを定めている(7条)。
令和8年9月14日現在の委員名簿には,委員長を含む12名が掲載されている。

委員会ルートは,各裁判所の努力で鑑定人を見つけられない事案のための仕組みである。
答申はこれを「最後の受皿」と位置付け,第31回(平成31年3月15日)の議事要旨には「最後の砦」として機能しているという発言が記録されている。
東京・大阪などの地方裁判所や高等裁判所は,管内の大学病院等と「鑑定人候補者推薦ネットワーク」を作っており,多くの事件はまずこのネットワークで鑑定人を探す。

第3 鑑定人候補者の推薦ルート

1 手続の流れ

平成15年6月の委員会報告書と選定依頼要領によれば,推薦の流れは次のとおりである。
①事件を担当する裁判体が,鑑定人候補者推薦依頼書を最高裁判所事務総局民事局に送る。
②委員会(分科会)が,事案に最もふさわしい候補者がいると考えられる学会を選ぶ。
③委員会が,その学会に推薦を依頼する。
④学会が候補者を推薦する。
⑤民事局が担当の書記官に推薦を通知し,候補者の内諾の有無も伝える。
⑥裁判体が候補者に直接連絡し,鑑定人を指定する。

推薦には法的な拘束力はなく,推薦された候補者を鑑定人に指定するかどうかは裁判所が決める。
依頼中に進み具合を学会へ直接問い合わせることはせず,民事局へ問い合わせる扱いである。
学会に鑑定料の意見を聴くことは,要領で「厳に慎んで」いただきたいとされている。

当初は,委員会の開催日の3週間前までに届いた依頼を諮る扱いであり,その後も推薦依頼書の締切日は年に4回設けられていた。
平成23年9月にこの締切日が廃止され,受け付けた事案から随時,学会の選定手続を始める運用に改められた(第24回議事要旨)。

2 委員会ルートを使う事案

要領が対象とするのは,①裁判体が鑑定人候補者を見つけられなかった事案,②適切な医学分野を選べない事案,③学会に推薦を依頼する必要がある事案である。
全件を委員会経由にする案は,現実的でないとして採られなかった。

東京地方裁判所と大阪地方裁判所は,第29回(平成29年2月21日)で,次のような事案では地元のネットワークで推薦を得にくく,委員会ルートの意義が大きいと説明した。
①最先端の医療分野が問題となる事案
②被告となる医師や協力医が多く,地元の医師との間に利害関係が生じやすい事案

第31回では,確保経路ごとの問題点も整理された。
地元のネットワークは近隣の医療機関から推薦されるため利害関係が問題になりやすく,裁判体が自分で探すと専門分野の選別や内諾に時間がかかる。
委員会ルートには,利用条件が厳しい,手続が煩雑,時間がかかるという指摘がある。

3 推薦依頼書に書かれる事項

選定依頼要領(平成14年3月の第4回議事要旨に添付された抜粋)は,推薦依頼書に次の事項を書くよう求めている。
①事案の概要(患者の性別と診療時の年齢は必ず書く)
②争点(法律に不慣れな医師が読んでも分かる表現にする)
③鑑定事項(後日,鑑定人の意見を聴いて絞り込むのが望ましいとされる)
④推薦に当たっての希望(専門分野,避けてほしい者,候補者の所在地)
⑤従前の鑑定人選任の経緯(相談した団体・医師,従前の鑑定人,私的鑑定をした医師の氏名と所属)
⑥訴訟の進行状況(次回期日)

添付資料には,診療経過一覧表,訴状の写し等が挙げられている。
依頼に当たっては,訴訟書類が委員と学会に送られることと,事案の要旨が議事要旨として公開されることを,当事者に説明して了承を得るのが相当とされている。

第36回(令和7年6月30日)では,依頼書の書式を改め,委員には学会の選定に必要な情報だけを示し,利害関係の情報は選ばれた学会にだけ渡す形に分けることについて,異論が出なかった。
委員からは,患者の年齢・性別,治療に至る経緯,どの臓器のどのような治療か,といった内容は具体的に書くべきであるという意見が出ている。

4 「推薦に当たっての希望」欄の書き方

要領は,当事者となっている医師の出身大学や勤務歴のある病院の関係者など,鑑定人候補者として避けてほしい者がいれば具体的に書くよう求めている。
代理人としては,避けてほしい大学・医局・病院と,私的意見書を書いた医師の氏名・所属を,早い段階で裁判所に伝えておくことになる。

もっとも,第29回では,多数の大学や医療機関を挙げて,そこに所属し又は勤務歴のある医師を避けてほしいと書いた依頼が,広すぎると指摘された。
意見交換の結果,裁判所は当事者の希望をそのまま書くのではなく,「公正らしさ」の観点から必要性を吟味し,当事者と認識を共有したうえで記載すべきであるという意見で一致した。
第30回(平成30年2月7日)では,事務局がこの点について注意を喚起し,回答書の書式も改められた。

除外を求める範囲は,被告の病院,当事者の医師の出身医局,協力医の所属など,具体的な利害関係がある範囲に絞り,理由を添えて裁判所に説明するのが適切である。
範囲を広げすぎると,推薦が遅れるだけでなく,医学界の信頼を損なうと受け取られるおそれがある(第29回の委員の発言)。

第4 件数,依頼先の学会及び所要期間

1 件数の推移

推薦依頼は,第23回(平成23年6月29日)の時点で216件,依頼先の学会は45であった(第23回添付資料「10年間を振り返って」)。
第29回の時点で,依頼先は50の学会に増えている。

事案番号を年ごとに数えると,平成14年の45件,平成16年の35件が多く,平成20年代以降はおおむね年10件前後である(本記事の集計)。
令和期は,事案番号の年でみると,令和元年5件,令和2年2件,令和3年11件,令和4年4件,令和5年6件,令和6年4件,令和7年5件の計37件である(第32回から第37回までの別添)。
第31回では,各庁のネットワークで鑑定人を確保できる事件が多くなり,委員会への依頼は減っていると説明されている。

2 依頼先の学会

平成13年から平成30年までの事案を最初の依頼先で数えると,多い順に,日本整形外科学会,日本産科婦人科学会,日本循環器学会,日本脳神経外科学会,日本精神神経学会であった(本記事の集計)。
産婦人科の依頼は平成15年から平成17年に集中し,その後は目立たない。
委員からは,産科医療補償制度の導入により脳性麻痺をめぐる訴訟が減ったとみる発言があった(第25回・第29回)。

1つの事案で2つ以上の学会に依頼した例もある。
令和期の37件のうち7件は複数の学会への依頼で,最も多いものは4学会であった(第33回別添)。

3 所要期間

経過一覧表から集計すると,平成23年から平成27年までの事案では,依頼から学会の回答まで約1か月,依頼から鑑定人の選任まで約3か月,選任から鑑定書の提出まで約3.5か月から4か月であった(本記事の集計・中央値)。
鑑定書の提出から事件の終局までは,さらに約8.5か月から10か月かかっている。
平成13年から平成17年までの事案では,依頼から学会の回答まで約2か月かかっており,随時受付への変更等で短くなったことが分かる。

第37回に報告された代理人アンケートには,鑑定の申出から最後の鑑定書の提出まで約1年かかったという回答がある。
裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)によれば,令和6年に終わった医事関係訴訟のうち鑑定を実施したものの割合は4.4%で,その平均審理期間は54.8月であった(同報告書69頁)。
鑑定を入れると審理がどれだけ延びるかは事案によるが,依頼者には,鑑定を入れれば1年程度は延びうることを伝えておくのが安全である。

4 推薦が難航する類型

経過一覧表の備考欄と議事要旨からは,推薦が難航する類型として次のものが読み取れる。
①学会から「適任者なし」又は「他の学会が適当」との回答があった事案
②精神医学の判断が必要な事案(日本精神神経学会から適任者なしとの回答が続いた時期がある)
③心因性の症状や痛みが問題となる事案(体育祭の事故後のジストニアで,整形外科,神経,精神神経,心療内科の順に依頼しても推薦が得られなかった例がある)
④候補者が被告側と利害関係を有していた事案,当事者が反対した事案,候補者が多忙で辞退した事案
⑤鑑定事項の一部が依頼先の学会の専門外であった事案

第29回では,高次脳機能障害や知覚異常のように判断の難しい事案が増え,学会が対応に苦慮しているという発言があった。
第31回でも,精神神経が問題となる事案が増え,学会が推薦をためらう場合があるとされている。

第5 医療過誤以外の事件での利用

委員会ルートは,医療過誤訴訟に限られていない。
推薦依頼の事案には,交通事故の後遺障害や死亡との因果関係,公務災害,過労死,暴行によるPTSD,学校・スポーツ・保育中の事故が含まれている。
平成18年の事案番号が付された依頼には,遺言者に遺言能力がなかったとして遺言の効力が争われた事案が2件あり,いずれも日本精神神経学会に推薦が依頼された(第19回添付資料)。

令和期の37件をみても,交通事故と傷病・死亡との因果関係が争われた事案が7件ある(脳脊髄液漏出症,頸髄損傷,肺炎による死亡,眼の障害,早産,廃用症候群,心筋梗塞)。
このほか,懲戒処分とうつ病の関係が争われた労働事件,短期入所生活介護での褥瘡,医療機器会社が被告となった事件もある(第32回から第37回までの別添)。

交通事故の後遺障害(線維筋痛症,CRPS,高次脳機能障害,PTSD等)や遺言能力が争われる事件で,協力医も鑑定人も見つからないときは,このルートの利用を裁判所に求める余地がある。
ただし,心因や痛みが絡む類型は推薦が難航しやすいので,早めに申し出る必要がある。

交通事故その他の医療過誤以外の事案82件について,類型ごとの依頼先の学会と推薦が難航した例は,交通事故の後遺障害訴訟で鑑定人を確保する方法で分析している。
建築紛争については,建築関係訴訟委員会が同じ仕組みで日本建築学会に推薦を依頼しており,建築訴訟の鑑定人と専門家はどう選ばれるかで整理している。

第6 鑑定事項と鑑定資料

1 答えにくい鑑定事項

鑑定人の側からは,鑑定事項が医学的に意味をなさない,焦点がずれている,重複しているという不満が繰り返し述べられてきた。
第35回(令和6年6月10日)では,委員から,特定の診療行為をしていれば結果を回避できたかを尋ねる鑑定事項は,鑑定人にとって回答しにくいという意見が出た。
オブザーバーの裁判官は,因果関係の判断は後方視的に,過失の判断は前方視的にされるべきものであり,その違いを鑑定人に理解してもらうよう努めていると説明している。

第37回に報告されたアンケートの自由回答からは,次の注意点が読み取れる。
①抽象的な問いではなく,争点に即した具体的な問いにする(代理人の回答)
②「評価」のように意味の広い語を避ける(鑑定人の回答)
③専門領域の外の問いを混ぜない(鑑定人の回答)

平成29年に報告された前回のアンケートでは,鑑定人から,二者択一で答えられる鑑定事項であれば早く提出できるという声があった。
他方,代理人からは,結論に至る理由をもっと書いてほしいという不満が出ている。
結論だけでなく理由を求める問いと,できるだけ択一に近い問いとを組み合わせるのが,双方の不満を減らす書き方である。

2 複数の診療科にまたがる事案

第36回では,複数の専門分野にまたがる事案の学会選定がテーマになった。
委員の多くは,様々なサブスペシャルティの医師が所属する基盤学会を選ぶのが基本であるという意見であった。
学会の選定では,どの臓器の疾患か,患者が幼児や高齢者か,救急医療やリハビリテーションの場面か,といった観点も考慮されている。

オブザーバーの裁判官は,A科の医師の手術中にB科の分野で合併症が生じた事件について,執刀医の過失はA科の医師の当時の医療水準で検討し,合併症の機序があり得るかはB科の医師に意見を聴くという役割分担を説明した。
鑑定の申出では,過失の判断に必要な診療科と,機序の判断に必要な診療科を分けて書いておくと,学会の選定と鑑定事項に反映されやすい。
1つの学会に複数の診療科にまたがる事項を依頼すると,一部について推薦困難という回答になり,時間を失うことがある(第29回)。

3 鑑定資料の渡し方

第33回(令和4年7月1日)では,東京地方裁判所と大阪地方裁判所の実情が紹介された。
鑑定資料は裁判所と当事者双方の協議で選び,診療録等,医学文献,意見書,陳述書,尋問調書,診療経過一覧表及び主張整理書面を渡すが,準備書面は渡していない。
診療経過一覧表に頁番号を書き,それを索引として使ってもらうよう説明している。
大部の診療録や画像は,電子データのまま渡すこともある。

鑑定人からは,資料が多すぎる,どちらの当事者が出した資料か分かりにくい,CD-ROMが使えないパソコンがある,といった声が出ている(第37回アンケート)。
代理人としては,診療経過一覧表を正確に作り,自分の側の資料がどの争点に対応するかを一覧にしておくことが,鑑定人の負担を減らし,結果として鑑定を早めることにつながる。

第7 鑑定の方式と費用

1 単独鑑定,複数鑑定及びカンファレンス鑑定

第28回(平成28年3月2日)では,事務局が鑑定の方式ごとの長所と短所を整理した。
①単独鑑定は深い検討が期待できるが,鑑定人の負担と責任が重い。
②複数の鑑定人がそれぞれ鑑定書を作る方式は客観性が高いが,人を確保しにくく,費用が高くなりやすい。
③東京地方裁判所が行っている3人の鑑定人によるカンファレンス鑑定は,負担が軽く,意見の真意をその場で確かめられるが,当事者がその場で十分に質問できないおそれがある。

平成17年の答申は,主流はなお単独鑑定であるとしたうえで,複数鑑定を採るなら,鑑定人の役割,人数,報酬,期間,資料の配り方及び質問の方法を事前に検討し,裁判体が事案ごとに決めるとしている。
第35回では,1名の鑑定人候補者を探すことも容易でない庁があり,全ての裁判所で複数の鑑定人を選ぶことは非常に困難であるという説明があった。
委員会ルートでも,同じ分野の複数の鑑定人の推薦を依頼できる場合があり,その可否は委員長が判断する(第28回)。

2 鑑定料と費用負担

鑑定料は一律に決まっておらず,難しさや作成にかかる時間,申出をした当事者の経済状況も考慮し,予納できる額を候補者に伝えて協議するという運用が説明されている(第5回・第10回)。
第36回では,カンファレンス鑑定は一律の金額で3名の鑑定人に依頼する方式を基本とし,単独の書面鑑定の費用は事案ごとに決まるという説明があった。

注意すべきなのは,鑑定人が複数になる場合の費用である。
第37回のアンケートには,医療機関側が鑑定を申し立てた事件で,裁判所が,委員会ルートでは鑑定事項ごとに別の鑑定人が推薦される可能性があり,複数を選任した場合はそれぞれに鑑定費用を支払う必要があることの受諾を利用条件として求めた,という代理人の回答がある(回答者はこれを不合理と評している)。
鑑定を申し出る側は,受任時と鑑定の申出の前に,鑑定人が複数になって費用が増える可能性を依頼者に説明しておく必要がある。

第8 鑑定書が出た後―補充鑑定と鑑定人質問

1 鑑定人質問はほとんど行われていない

鑑定人アンケートで「鑑定人質問が行われた」と答えた割合は,平成29年報告分で11%,第37回報告分で14人中1人(7.1%)であった。
第37回では,委員が,代理人から鑑定人質問が行われないことへの不満が多いがなぜかと尋ねた。
事務局は,申請があっても裁判所が不要と判断すれば実施しないこと,鑑定書の内容を確かめたいときは鑑定人質問ではなく補充鑑定をすることもあることを説明した。

別の委員は,20年以上前は代理人が鑑定人質問を強く求め,裁判所も応じていたが,質問の仕方をめぐる問題があったため,裁判所と弁護士が協議して,必要な事案で行う運用に変えた経緯があると述べている。
答申が指摘した,人格を非難されたと受け取られる質問が鑑定人確保を難しくしたという事情が,現在の運用の背景にある。

2 補充鑑定と鑑定人質問の条文

民事訴訟法215条3項は,裁判所が,鑑定人の意見の内容を明瞭にし,又はその根拠を確認するため必要があると認めるときは,申立てにより又は職権で,鑑定人に更に意見を述べさせることができると定めている。
これが補充鑑定の根拠である。
令和8年5月20日までは同条2項であったので,それ以前の書面や文献の「215条2項」は現行の3項に読み替える。

口頭で意見を述べさせる場合の質問は,民事訴訟法215条の2が定め,裁判長,鑑定の申出をした当事者,他の当事者の順に行う。
同法215条の3は,令和8年5月21日から,「相当と認めるときは」,映像と音声の送受信により意見を述べさせることができると定めている。
改正前は「鑑定人が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるとき」とされていたが,遠隔地の要件が外れた。

鑑定書に疑問があるときは,まず疑問点を鑑定書の頁と対応させて特定し,補充鑑定を申し立てるのが現在の実務の中心になる。
口頭の鑑定人質問を求めるときは,意見の内容を明瞭にし,又は根拠を確認するために必要な点を具体的に示し,鑑定人の負担を考えてウェブ会議での実施を併せて提案すると,採用される余地が広がると考えられる。

第9 代理人の実務上の対応

1 受任時と鑑定の申出前の説明

依頼者には,次の点を説明しておく。
①鑑定を入れると,鑑定人が決まるまで数か月,鑑定書が出るまでさらに数か月かかり,審理が1年程度延びうること
②地元で鑑定人が見つからないときは,委員会ルートで学会から推薦を受ける方法があるが,推薦が難航する類型もあること
③鑑定人が複数になると,鑑定費用が増えること
④鑑定書が出た後は,補充鑑定で疑問を確かめるのが中心であり,法廷での鑑定人質問は限られていること

2 鑑定の申出で準備しておくこと

鑑定の申出の段階で,次の資料と情報を整えておくと,推薦と鑑定が円滑に進む。
①過失を判断する診療科と,機序や因果関係を判断する診療科の区別
②具体的で,できるだけ択一に近い問いと,理由を求める問いとを組み合わせた鑑定事項案
③頁番号を付けた診療経過一覧表と,資料と争点の対応表
④避けてほしい候補者の範囲とその理由(具体的な利害関係に絞る)
⑤私的意見書を書いた協力医の氏名・所属
⑥患者の年齢・性別,治療に至る経緯,対象となった臓器と治療内容の要約

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第11 出典

1 法令

民事訴訟法(平成8年法律第109号)215条,215条の2,215条の3(e-Gov法令検索)
医事関係訴訟委員会規則(平成13年最高裁判所規則第5号)(裁判所ウェブサイト)
* 民事訴訟法215条及び215条の3の改正前後の文言は,e-Gov法令APIで令和8年5月20日時点と同月21日時点の条文を取得して比べた。

2 医事関係訴訟委員会の資料

最高裁判所「医事関係訴訟委員会について」(議事要旨の一覧)
医事関係訴訟委員会「答申」(平成17年6月頃)
医事関係訴訟委員会「報告書:医事関係訴訟委員会のこれまでの軌跡」(平成15年6月)
第4回議事要旨(平成14年3月6日)と添付の選定依頼要領(抜粋)
第19回議事要旨(平成19年10月15日)と添付の推薦依頼事案
第23回議事要旨(平成23年6月29日)
第28回議事要旨(平成28年3月2日)
第29回議事要旨(平成29年2月21日)
鑑定人候補者推薦依頼事案アンケート結果(第29回報告分)
第30回議事要旨(平成30年2月7日)
第31回議事要旨(平成31年3月15日)
第33回議事要旨(令和4年7月1日)
第35回議事要旨(令和6年6月10日)
第36回議事要旨(令和7年6月30日)
第37回議事要旨(令和8年5月27日)
第37回別添「鑑定人候補者推薦依頼案件アンケート結果」

3 統計・報告書

最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)」第3章(令和7年7月)
* 本記事は特定の裁判例を根拠としていないため,判例秘書による判例本文の確認は行っていない。