第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,不法行為(民法709条等)に基づく損害賠償請求権がいつ時効にかかるかについて,民法724条・724条の2の構造と,「損害及び加害者を知った時」という起算点の意義を,最高裁判所の判例に即して整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行民法及び改正前民法の本文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。
交通事故に固有の起算点(症状固定,物損,弁護士費用)は交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用,潜伏期間のある疾病は潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿,改正前民法724条後段の20年の性質は改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程で扱う。
本記事では,これらに共通する一般論を扱う。
2 結論
不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間(人の生命又は身体を害する不法行為では5年間)行使しないとき,又は不法行為の時から20年間行使しないときに,時効によって消滅する(民法724条・724条の2)。
3年(5年)の起算点である「損害及び加害者を知った時」とは,被害者が,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に損害及び加害者を知った時をいう。
そのうち「損害を知った時」は,損害の発生を現実に認識した時であり,容易に認識し得た時ではない(最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決)。
「加害者を知った時」は,加害者の氏名・住所を確認して賠償請求が事実上可能になった時であり,姓や容貌を知っているだけでは足りないことがある(最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決)。
他方,損害の発生を知った以上,その損害との関連で当然に発生を予見できた損害は,全部知ったものとして扱われ,その時から時効が進行する(最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決)。
受傷当時には医学的に通常予想できなかった治療が後に必要になったような場合には,その治療費については,治療を受けるようになるまで時効が進行しないとされた例もある(最高裁判所第三小法廷昭和42年7月18日判決)。
実務では,いつ,何を,どの程度認識したかを時系列で固め,3年(5年)の期間を最も早い起算点から計算して管理するのが安全である。
第2 民法724条・724条の2の構造
1 条文
現行の民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」と定め,1号で「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げる。
民法724条の2は,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について,724条1号の「三年間」を「五年間」と読み替えている。
いずれも平成29年法律第44号による改正で現在の形になり,令和2年4月1日から施行されている。
改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
この前段の3年が現行1号に,後段の20年が現行2号に対応する。
平成16年法律第147号による民法の現代語化より前の条文は片仮名表記であり,判例は「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」と引用している。
2 3年・5年・20年の組合せ
現行法の期間は,損害の種類で次のように組み合わさる。
どちらか早く到来した方で時効が完成する。
| 損害の種類 | 主観的起算点からの期間 | 客観的起算点からの期間 |
|---|---|---|
| 人の生命又は身体を害する不法行為 | 損害及び加害者を知った時から5年(724条1号・724条の2) | 不法行為の時から20年(724条2号) |
| それ以外(物損,名誉毀損,財産的損害等) | 損害及び加害者を知った時から3年(724条1号) | 不法行為の時から20年(724条2号) |
同じ事故で人身損害と物損が生じた場合には,それぞれの期間が別々に進む。
交通事故の物損が人身損害とは別に進行することを判示した最高裁判所第三小法廷令和3年11月2日判決の詳細は,前記の交通事故の記事で扱う。
精神的損害にとどまる不法行為(名誉毀損,身体の侵害を伴わないハラスメント等)が「人の生命又は身体を害する不法行為」に当たるかは,健康被害の有無によって分かれ得る。
この点と,債務不履行構成との期間の比較は,人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方で扱う。
3 20年の期間の性質と経過措置
改正前民法724条後段の20年について,判例はこれを消滅時効ではなく除斥期間と解してきた(最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁)。
最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決は,除斥期間という性質自体は維持しつつ,除斥期間の経過による消滅を判断するには当事者の主張を要するとし,除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されない場合があるとして,判例を変更した。
現行民法724条2号は,「時効によって消滅する」と明記されたので,消滅時効である。
したがって,援用が必要であり,完成猶予・更新の対象にもなる。
新旧いずれが適用されるかは,平成29年法律第44号附則35条による。
同条1項は,改正前民法724条後段の期間が「この法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。」とする。
同条2項は,民法724条の2の規定は,改正前民法724条前段の時効が「この法律の施行の際既に完成していた場合については、適用しない。」とする。
つまり,令和2年4月1日の時点で不法行為の時から20年が経過していなければ現行724条2号の消滅時効が適用され,同日の時点で3年の時効が完成していなければ,人身損害について5年への延長が及ぶ。
経過措置の全体像は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で整理している。
4 債権一般の時効との関係
不法行為の損害賠償請求権は「債権」であるが,民法724条は債権一般の消滅時効を定める民法166条1項の特則であり,不法行為構成で請求する限り724条が適用される。
これに対し,同じ事実関係で契約上の義務違反(債務不履行)を主張できる場合には,民法166条1項・167条の期間による。
現行民法166条1項は,「権利を行使することができることを知った時から五年間」又は「権利を行使することができる時から十年間」とし,同法167条は,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権について10年を20年に読み替えている。
不法行為構成の3年が経過していても,債務不履行構成や法律が特に定めた責任の構成によれば時効が完成していないことがあり,後記第3の5で紹介する昭和49年判決(役員の第三者責任)もその一例である。
第3 「損害及び加害者を知った時」の意義
1 基本の定式
(1) 昭和48年判決
最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決(昭和45年(オ)第628号,民集27巻10号1374頁)は,「加害者ヲ知リタル時」の意義について,同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知つた時を意味するものと解するのが相当であり」と判示した。
続けて,被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的確に知らず,当時の状況において賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合には,その状況が止み,被害者が加害者の住所氏名を確認したとき,初めて「加害者ヲ知リタル時」に当たるとした。
事案は,被疑者として逮捕され警察署に留置されていた被害者が,取調べ中に警察官から不法行為を受けたというものである。
被害者は,加害者の姓,階級及び容貌を知っていたものの,名と住所を知らず,引き続き身柄拘束のまま取調べ,起訴,有罪の裁判及びその執行を受け,終戦後の混乱の中で釈放された後も,加害者の所在や名を知ることが困難であった。
被害者は加害者の探索を続け,法務局への照会を経て加害者の東京における住所を突き止め,本人に間違いないことを知ったのであり,最高裁は,この時に加害者を知ったものとして,それから3年以内に提起された訴えについて時効は完成していないとした原審の判断を正当とした。
(2) 平成14年判決
最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決(平成8年(オ)第2607号,民集56巻1号218頁)は,昭和48年判決を引用して,民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,「被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解するのが相当である」とした。
そのうえで,同条にいう被害者が損害を知った時とは,「被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解すべきである」と判示した。
この2つの判決により,「加害者」と「損害」の双方について,賠償請求が事実上可能な程度に知ったかどうかという定式が確立している。
2 「加害者を知った」といえるとき
(1) 氏名・住所の確認
昭和48年判決の事案が示すとおり,加害者の顔や姓を知っていても,訴えを提起し又は請求書を送る相手として特定できない状態では,「加害者を知った」とはいえない場合がある。
もっとも,同判決は,被害者が身柄拘束の継続や戦後の混乱により加害者の探索が事実上不可能であったという事情を前提にしており,加害者の氏名等を知らないことだけで起算点が常に先送りされるわけではない。
加害者を特定する手段が現実にあったかどうか(弁護士会照会,発信者情報開示,捜査記録の閲覧等の利用可能性を含む)は,事案ごとの事実認定の問題になる。
(2) 使用者責任の場合
使用者責任(民法715条)を追及する場合の「加害者を知る」については,最高裁判所第一小法廷昭和44年11月27日判決(昭和40年(オ)第486号,民集23巻11号2265頁)がある。
同判決は,加害者を知るとは,被害者らにおいて,「使用者ならびに使用者と不法行為者との間に使用関係がある事実に加えて、一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実をも認識することをいう」とした。
事案は,手形の詐取による損害について,被害会社の代理人弁護士が関係者からの損害回復を包括的に委任されていたという事情の下で,遅くとも特定の日に損害及び加害者を知ったとして,使用者に対する請求権の時効完成を認めた原審の判断を是認したものである。
直接の加害者を知っていても,その背後の使用者の責任を基礎付ける事実を知らなければ,使用者に対する請求権の時効は進行しない。
逆に,同判決の定式は一般人が事業の執行についての不法行為と判断するに足りる事実の認識を求めるものであるから,これらの事実を知れば,使用者の法的責任について確信を持っていなくても時効は進行し得ると考えられる。
3 「損害を知った」といえるとき
(1) 現実の認識が必要であること
平成14年判決の事案は,通信社が配信した記事を加盟する新聞社が掲載し,これが名誉毀損に当たるとして損害賠償を請求したものである。
原審は,被害者が拘置所内にいても知人を通じて図書館から記事の写しを容易に入手できたとして,記事が掲載された「可能性が高い」ことを知った時点を起算点とし,請求を棄却していた。
最高裁は,被害者が損害の発生を現実に認識していない場合にまで,損害の発生を容易に認識し得ることを理由に時効の進行を認めると,被害者は自己の権利を消滅させないために損害の発生の有無を調査せざるを得なくなり,このような負担を課することは不当であるとして,原判決を破棄した。
同判決は,民法724条の短期消滅時効の趣旨である加害者の保護も,「飽くまで被害者が不法行為による損害の発生及び加害者を現実に認識しながら3年間も放置していた場合に加害者の法的地位の安定を図ろうとしているものにすぎず,それ以上に加害者を保護しようという趣旨ではない」と述べている。
したがって,被害者が「損害が発生しているかもしれない」と考えただけでは足りず,損害の発生を現実に認識した時が起算点となる。
他方,損害の発生を現実に認識していれば,その金額が確定していなくても起算点は到来する。
時効を主張する側は,被害者が特定の時点で損害の発生を現実に認識していたことを具体的な事実(通知の受領,記事の閲覧,診断の告知等)で主張立証する必要があり,被害者側は,その時点での認識が可能性の認識にとどまっていたことを反論の軸にすることになる。
(2) 不法行為であることの認識
最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決(昭和38年(オ)第842号,集民91号461頁)は,民法724条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,「単に損害を知るに止まらず、加害行為が不法行為であることもあわせ知ることを要する」とした。
もっとも,同判決は続けて,その不法行為であることは,被害者が加害行為の行われた状況を認識することによって容易に知ることができる場合もあり,その行為の効力が別訴で争われている場合でも,別訴の裁判所の判断を常に待たなければならないものではないとした。
事案は,登記官の過失により偽造の登記済証に基づく所有権移転登記がされ,これを信頼して土地を買い受けた者が損害を被ったというもので,最高裁は,少なくとも被害者が自ら調査して事実関係が判明したと主張して訴えを提起した時には,損害及び加害者を知ったものとした原審の判断を相当とした。
違法であることの法的評価が裁判で確定するまで時効が進行しないわけではない点に注意を要する。
4 予見可能な損害と後から判明した損害
(1) 予見可能な損害は一括して起算される
昭和43年判決は,同じ事件の第二点として,「被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、当時その損害との関連において当然その発生を予見することが可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、民法七二四条所定の時効は前記損害の発生を知つた時から進行を始める」と判示した。
同事案では,土地の所有権を取得できないことを知った買受人は,その地上に建築した建物を収去しなければならなくなることによる損害も予見し得たとして,建物収去による損害についても同じ時から時効が進行するとされた。
また同判決は,和解等の救済の途が残されているからといって,その手段が残る限りいつまでも損害を知り得ないと解することは相当でないとしている。
このため,損害の一部だけを先に請求し,残りを後で請求しようとすると,後で請求する部分について既に時効が完成していることがある。
同判決は第三点として,不法行為に基づく損害賠償債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起した場合,訴え提起による(改正前民法の下での)時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ,残部には及ばないとも判示している。
一部請求と時効の関係は,訴えの提起と時効の完成猶予・更新―明示的一部請求,訴えの取下げ及び訴えの変更で扱う。
(2) 予見できなかった後遺症・治療
これに対し,最高裁判所第三小法廷昭和42年7月18日判決(昭和40年(オ)第1232号,民集21巻6号1559頁)は,不法行為によって受傷した被害者について,受傷時から相当期間経過後に後遺症が現れ,受傷時においては医学的にも通常予想し得なかったような治療方法が必要とされ,その治療のため費用を支出することを余儀なくされるに至った等の事実関係の下では,後日その治療を受けるようになるまでは,その治療に要した費用について民法724条の時効は進行しないとした。
同判決は,その理由として,このように解しなければ,被害者は受傷の事実を知っても,当時必要性の判明しない治療の費用を損害として賠償請求するすべがなく,損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちに消滅時効が開始することとなり,時効の起算点に関する特則である民法724条を設けた趣旨に反する結果になることを挙げている。
同じ判決は,前訴で請求した治療費と,前訴の口頭弁論終結後の再手術による治療費とは訴訟物を異にするとして,前訴の確定判決の既判力が後者に及ばないともしている。
昭和43年判決と昭和42年判決の違いは,後から生じた損害が,最初の損害を知った当時に「当然その発生を予見することが可能であつた」かどうかにある。
後遺障害の損害については,交通事故の分野で,症状固定の診断を受けた時を基準とする判例があり,前記の交通事故の記事で詳しく扱う。
5 民法724条の趣旨
最高裁判所第三小法廷昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第768号,民集28巻10号2059頁)は,民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨について,「不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に、予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには、損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにある」と述べた。
同判決は,この趣旨から,改正前商法266条の3第1項前段の取締役の第三者に対する責任には民法724条を適用又は類推適用する余地がなく,その消滅時効期間は(改正前民法167条1項により)10年であるとした。
役員の第三者に対する責任の時効は,役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年―最高裁昭和49年12月17日判決で扱う。
平成14年判決は,昭和49年判決を引用しつつ,この加害者保護の趣旨も,被害者が損害の発生及び加害者を現実に認識しながら放置していた場合に限られるとした。
昭和42年判決も,起算点の解釈を「民法七二四条を設けた趣旨」から導いている。
起算点を争う場面では,この趣旨,すなわち賠償請求が事実上可能になったのに被害者が権利行使をしなかったといえるかどうかに立ち返って主張を組み立てることになる。
第4 類型別の起算点と注意点
1 人身損害(交通事故・医療事故)
交通事故による傷害では,通常は事故の時に損害及び加害者を知ったといえるが,後遺障害については症状固定の診断を受けた時から時効が進行するとされる(最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決)。
物損は人身損害とは別に進行し,弁護士費用は報酬支払契約の時から進行するとの判例もある。
これらの詳細と計算例は,前記の交通事故の記事に譲る。
医療事故では,被害者が医療行為の結果を知っていても,それが医療側の過失によるものであることを知るまでに時間を要することが多く,昭和43年判決のいう「不法行為であることもあわせ知ること」が争点になりやすい。
医療過誤の時効については,医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効で整理している。
2 潜伏期間のある疾病
じん肺,B型肝炎,水俣病,石綿関連疾患のように,加害行為から長期間を経て損害が現れる類型では,改正前民法724条後段の20年の起算点である「不法行為の時」が,損害の全部又は一部が発生した時と解されている(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号,民集58巻4号1032頁)等)。
3年(5年)の主観的起算点についても,病状の進行や行政上の決定との関係で別途の判断がされる。
詳細は,前記の潜伏期間のある疾病の記事で扱う。
3 複数の加害者がいる場合
共同不法行為者がいる場合,時効は各加害者について個別に進行し,一人について生じた完成猶予・更新の効力は,原則として他の加害者には及ばない(民法153条・441条)。
加害者の一人を知っていても,他の加害者を知らなければ,その者に対する請求権の時効は進行しないことがあり,昭和44年判決の使用者責任の定式もこの考え方の一場面である。
共同不法行為と時効の関係は,共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償で整理している。
4 継続する加害行為
不法占拠や継続的な名誉毀損のように,加害行為が継続し,損害が日々発生する類型では,損害が発生するごとに別々に時効が進行するかどうかが問題になる。
この点について,本記事の調査の範囲では,裁判所ウェブサイトで全文を確認できた最高裁判例を特定できなかったため,判例の紹介は控える。
実務上は,最も古い損害から順に時効が完成していく前提で,請求の範囲と期間を管理しておくのが安全である。
第5 実務上の時効管理
1 起算点の確定と記録
起算点をめぐる争いでは,被害者が,いつ,何を,どの程度知ったかが事実認定の対象となる。
被害者側は,損害の発生を知った経緯(診断,通知,記事の閲覧等)と,加害者の氏名・住所を確認した経緯を,日付と資料で整理しておくべきである。
加害者側は,被害者が損害及び加害者を現実に認識していたことを示す資料(被害者が送った請求書,相談記録,告訴状,示談交渉の書面等)を収集することになる。
2 完成猶予・更新の手段
時効の完成が近い場合には,訴えの提起(民法147条),催告(民法150条),協議を行う旨の書面による合意(民法151条),債務の承認(民法152条)等によって,完成猶予又は更新を図る。
内容証明郵便による催告は6か月の完成猶予にとどまり,再度の催告は完成猶予の効力を有しない(民法150条2項)。
完成猶予と更新の違いと事由の一覧は,時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧で整理している。
3 計算例
例えば,令和5年5月10日に第三者のインターネット投稿によって名誉を毀損され,被害者が同年7月3日にその投稿を初めて閲覧したが,投稿者の氏名・住所は,発信者情報の開示を受けた令和6年2月20日に初めて判明したとする。
損害の発生を現実に認識したのは令和5年7月3日であるが,加害者を知ったのは令和6年2月20日であるから,民法724条1号の3年はこの日から起算され,初日を算入しないので(民法140条),令和9年2月20日の終了によって時効が完成する。
他方,同条2号の20年は不法行為の時である令和5年5月10日から起算される。
なお,この例で加害者の特定が事実上可能になった時期が争われれば,起算点がより早いと主張される余地があるので,被害者側は,最も早く起算された場合の期間満了日を前提に請求の準備を進めるべきである。
第6 関連記事
① 消滅時効に関するメモ書き
② 交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用
③ 潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿
④ 改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程
⑤ 人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方
⑥ 消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表
⑦ 訴えの提起と時効の完成猶予・更新―明示的一部請求,訴えの取下げ及び訴えの変更
⑧ 役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年―最高裁昭和49年12月17日判決
⑨ 時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧
⑩ 共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償
⑪ 医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効
⑫ 不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか―事故日起算,弁護士費用及び損害費目ごとの起算日
第7 出典・参考資料
1 法令
① 民法(明治29年法律第89号)140条,147条,150条~153条,166条,167条,441条,709条,715条,724条,724条の2(e-Gov法令検索で取得した現行条文により確認)
② 民法(令和2年3月31日時点の改正前の条文)724条,167条(e-Gov法令APIで同日時点の条文を取得して確認)
③ 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則35条(e-Gov法令APIで取得した民法の附則により確認)
2 裁判例
① 最高裁判所第三小法廷昭和42年7月18日判決(昭和40年(オ)第1232号,民集21巻6号1559頁)裁判所ウェブサイト
② 最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決(昭和38年(オ)第842号,集民91号461頁)裁判所ウェブサイト
③ 最高裁判所第一小法廷昭和44年11月27日判決(昭和40年(オ)第486号,民集23巻11号2265頁)裁判所ウェブサイト
④ 最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決(昭和45年(オ)第628号,民集27巻10号1374頁)裁判所ウェブサイト
⑤ 最高裁判所第三小法廷昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第768号,民集28巻10号2059頁)裁判所ウェブサイト
⑥ 最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決(昭和59年(オ)第1477号,民集43巻12号2209頁)裁判所ウェブサイト
⑦ 最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決(平成8年(オ)第2607号,民集56巻1号218頁)裁判所ウェブサイト
⑧ 最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号,民集58巻4号1032頁)裁判所ウェブサイト
⑨ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和5年(受)第1319号,民集78巻3号382頁)裁判所ウェブサイト