第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,未払の賃金・残業代(割増賃金)を請求できる期間,すなわち労働基準法の規定による賃金の請求権の消滅時効について,労働基準法115条と同法附則143条の関係を中心に説明するものである。
あわせて,退職手当,年次有給休暇,災害補償,付加金及び記録の保存期間の扱い,令和2年4月1日の改正の適用開始,「当分の間」の3年を撤廃すべきかという議論の経過,請求と時効管理の実務を扱う。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した同日時点の現行条文(令和9年4月1日施行予定の改正後の条文を含む。)と照合した。
債権の消滅時効の一般原則(民法166条)は債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間で,消滅時効全体の見取り図は消滅時効に関するメモ書きで扱っている。
2 結論
未払の賃金・残業代の消滅時効期間は,調査基準日現在,賃金の支払期日から3年である。
労働基準法115条の本則は5年と定めているが,同法附則143条3項が「当分の間」これを3年と読み替えており,この読替えは調査基準日現在も削除されていない。
退職手当(退職金)の請求権は5年,年次有給休暇の請求権と災害補償の請求権は2年である(ただし,令和9年4月1日以後,政令で定める疾病に係る災害補償の請求権は5年となる。)。
付加金の請求は違反の時から3年以内にしなければならず,賃金台帳等の記録の保存期間も当分の間3年とされている。
3年の期間が適用されるのは,令和2年4月1日以後に支払期日が到来した賃金であり,それより前に支払期日が到来した賃金には改正前の2年が適用される。
もっとも,改正前の2年が適用される賃金は既に全て2年を経過しているから,現在請求を検討する賃金は,事実上全て3年の対象である。
3年の経過が近い賃金については,内容証明郵便による催告(民法150条)で6か月の完成猶予を得た上で,その間に労働審判の申立て又は訴えの提起をするのが基本である。
第2 労働基準法115条と附則143条の読替え
1 115条の本則
労働基準法115条は,「この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。」と定める。
この規定は,労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)によって改められたものであり,改正前の115条は,退職手当を除く賃金,災害補償その他の請求権を2年,退職手当の請求権を5年としていた。
改正の契機は,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が,月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権の1年の短期消滅時効(改正前民法174条1号)を含む職業別の短期消滅時効を廃止し,一般の債権の消滅時効期間を「知った時から5年・行使することができる時から10年」(民法166条1項)に改めたことである。
労働基準法の旧2年の規定は,民法の1年の短期消滅時効では労働者の保護に欠ける一方,民法の一般原則の10年では使用者に酷にすぎるという考慮から設けられた特則であり,基礎となった民法の短期消滅時効がなくなったことから,その在り方が見直された。
2 附則143条による「当分の間」の読替え
労働基準法附則143条3項は,115条の適用について,当分の間,同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのを「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」と読み替えると定める。
その結果,退職手当以外の賃金の請求権は3年,退職手当の請求権は5年となる。
同条1項は記録の保存期間(109条)の「五年間」を「三年間」と,同条2項は付加金の請求期間(114条ただし書)の「五年」を「三年」と,それぞれ当分の間読み替えている。
「当分の間」の終期は法律に定められていないから,附則143条が法律の改正によって削除されない限り,3年の期間が続く。
調査基準日現在の現行条文には附則143条がそのまま置かれており,令和9年4月1日に施行が予定されている労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)による改正後の条文でも,附則143条3項は「第百十五条第一項」を読み替える形に改められた上で維持されている。
3 起算点は賃金の支払期日
115条の起算点は「これを行使することができる時」であり,民法166条1項1号のような「知った時」を起算点とする定め(主観的起算点)は置かれていない。
厚生労働省労働基準局の「改正労働基準法等に関するQ&A」(令和2年4月1日)は,起算点について現行の取扱いからの変更はなく,改正後の115条の「これを行使することができる時」は従来と同様に賃金支払期日が起算点であることを示していると説明している。
賃金は毎月1回以上,一定の期日を定めて支払わなければならないから(労働基準法24条2項),毎月の賃金・残業代は,支払期日ごとに別々に時効が進行する。
(1) 期間の計算
期間の計算には民法の規定が適用され,年によって期間を定めたときは初日を算入せず(民法140条本文),期間はその末日の終了をもって満了する(同法141条)。
例えば,令和8年4月分の残業代の支払期日が令和8年4月25日であれば,その翌日から起算して3年となる令和11年4月25日の終了によって時効が完成すると考えられる。
厚生労働省のリーフレット「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」の図は,2020年4月1日に発生した賃金請求権の消滅時効が2023年3月31日に完成するとしており,初日不算入による計算より1日早い日を示している。
1日の差が結論を左右する事案は多くないが,期限の直前に手当てをするときは,早い方の日を基準にしておくのが安全である。
(2) 請求できる範囲の目安
退職後にまとめて請求する場合,請求の手当てをした時点から遡って支払期日が3年以内の賃金が請求の対象になる。
例えば,令和8年10月1日に内容証明郵便で催告をしたときは,おおむね支払期日が令和5年10月1日以後の賃金について時効の完成が猶予され,それより前に支払期日が到来した賃金は既に時効期間を経過していることになる。
時効期間の経過後であっても,使用者が時効を援用しなければ時効の効果は生じないが(民法145条),使用者側に代理人が就いている事案で援用がされないことは通常考えにくい。
第3 請求権ごとの時効期間
1 一覧
労働基準法の規定による請求権の時効期間等を整理すると,次のとおりである。
| 請求権等 | 根拠 | 期間 | 起算点 |
|---|---|---|---|
| 賃金(退職手当を除く。残業代・休業手当・年次有給休暇中の賃金等を含む。) | 労働基準法115条,附則143条3項 | 3年(本則5年) | 支払期日 |
| 退職手当 | 労働基準法115条,附則143条3項 | 5年 | 支払期日 |
| 年次有給休暇の請求権 | 労働基準法115条(その他の請求権) | 2年 | 年休権の発生日 |
| 災害補償の請求権 | 労働基準法115条(令和9年4月1日以後は同条2項) | 2年(令和9年4月1日以後,政令で定める疾病に係るものは5年) | 行使することができる時 |
| 帰郷旅費,退職時の証明,金品の返還(賃金を除く。) | 労働基準法115条(その他の請求権) | 2年 | 行使することができる時 |
| 付加金の請求 | 労働基準法114条ただし書,附則143条2項 | 3年(本則5年) | 違反の時 |
| 労働者名簿・賃金台帳等の保存 | 労働基準法109条,附則143条1項 | 3年(本則5年) | 記録の完結の日等 |
厚生労働省の前記Q&Aは,115条の対象となる賃金の請求権として,金品の返還(23条。賃金の請求に限る。),賃金の支払(24条),非常時払(25条),休業手当(26条),出来高払制の保障給(27条),時間外・休日労働等に対する割増賃金(37条),年次有給休暇中の賃金(39条9項)及び未成年者の賃金請求権(59条)を挙げている。
いわゆる残業代は37条の割増賃金であるから,3年の対象である。
2 退職手当
退職手当の請求権は,改正の前後を通じて5年である。
改正前の115条も退職手当を5年としており,改正後は附則143条3項の読替えによって5年とされている。
前記Q&Aは,115条の対象となる退職手当を,労働協約又は就業規則によって予め支給条件が明確にされている場合の退職手当と説明している。
支給条件が定められていない恩恵的な給付については,そもそも労働基準法上の賃金に当たるかどうかが問題になるから,退職金規程の有無と内容をまず確認する必要がある。
3 年次有給休暇
年次有給休暇の請求権(年休権)は,115条の「その他の請求権」として2年である。
改正の際,労働政策審議会労働条件分科会の報告は,年次有給休暇は年休権が発生した年の中で確実に取得することが要請されているものであり,消滅時効期間を長くすると制度の趣旨にそぐわず,取得率の向上という政策の方向性にも逆行するおそれがあるとして,現行の2年を維持すべきであるとした。
したがって,付与された年休を使わないまま2年を経過すると,その年休は時効によって消滅する。
これに対し,実際に取得した年次有給休暇の期間について支払われるべき賃金(39条9項)は賃金の請求権であるから,3年の対象である。
年休権そのものの時効(2年)と,取得した年休に対する賃金の時効(3年)を区別する必要がある。
4 災害補償その他の請求権
労働基準法の災害補償(療養補償,休業補償,障害補償,遺族補償,葬祭料等)の請求権は,改正の前後を通じて2年である。
前記の分科会報告は,災害補償では業務起因性を明らかにする必要があり,時間の経過とともにその立証が困難となるから早期に権利を確定させる必要があるとして,2年を維持すべきであるとした。
帰郷旅費,退職時の証明及び金品の返還(賃金を除く。)の請求権も2年である。
もっとも,令和8年法律第60号により,令和9年4月1日から115条が2項に分けられ,災害補償の請求権は原則2年のまま,原因である事故に係る疾病が,その性質上,災害補償の事由に該当するかどうかを容易に判断することができない疾病として政令で定めるものである場合には,5年とされる。
同法附則9条は,施行日前に生じた当該政令で定める疾病に相当する疾病による事故を原因とする災害補償の請求権の消滅時効について,なお従前の例によると定めている。
同じ法律により,労災保険の療養補償給付・休業補償給付等の請求権(労働者災害補償保険法42条)も,政令で定める疾病に係るものについて同日から2年が5年とされる(同法附則5条も施行日前に生じた疾病については従前の例によるとしている。)。
実際の労災事故では,使用者の災害補償責任は労災保険給付によって填補されるのが通常であり,労災保険給付の時効と使用者に対する損害賠償請求権の時効は,安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点で扱う。
5 付加金と記録の保存
(1) 付加金
裁判所は,解雇予告手当(20条),休業手当(26条),割増賃金(37条)又は年次有給休暇中の賃金(39条9項)を支払わなかった使用者に対して,労働者の請求により,未払金のほか,これと同一額の付加金の支払を命ずることができる(労働基準法114条本文)。
同条ただし書は,「この請求は、違反のあつた時から五年以内にしなければならない。」と定め,附則143条2項が当分の間これを3年と読み替えている。
付加金の期間は,115条のような「時効によつて消滅する」という書き方ではなく,請求をすべき期間として定められている。
そのため,催告等による完成猶予の規定が及ぶことを当てにせず,未払の割増賃金等を訴訟で請求するときは,違反の時から3年以内に付加金もあわせて請求しておくのが安全である。
(2) 記録の保存期間
使用者は,労働者名簿,賃金台帳及び雇入れ,解雇,災害補償,賃金その他労働関係に関する重要な書類を保存しなければならず,その期間は本則5年,当分の間3年である(労働基準法109条,附則143条1項)。
厚生労働省のリーフレットは,賃金の支払に関する記録について,賃金の支払期日が記録の完結の日などより遅い場合には,当該支払期日が記録の保存期間の起算日となることが明確化されたと説明している。
記録の保存期間が賃金の時効期間と同じ3年とされているのは,分科会報告が,当分の間,記録の保存期間に合わせて3年間の消滅時効期間とすることで,企業の記録保存に係る負担を増加させることなく一定の労働者保護を図るべきであるとしたことによる。
記録の保存と賃金台帳の実務は,労働者名簿,賃金台帳及び記録の保存で扱っている。
第4 適用開始と経過措置
1 令和2年4月1日以後に支払期日が到来する賃金
令和2年法律第13号は,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行の日である令和2年4月1日から施行された(同法附則1条)。
同法附則2条2項は,改正後の115条及び附則143条3項の規定を「施行日以後に支払期日が到来する労働基準法の規定による賃金(退職手当を除く。以下この項において同じ。)の請求権の時効について適用し、施行日前に支払期日が到来した同法の規定による賃金の請求権の時効については、なお従前の例による。」と定める。
したがって,令和2年3月31日までに支払期日が到来した賃金には改正前の2年が,令和2年4月1日以後に支払期日が到来した賃金には3年が適用される。
前記Q&Aも,支払期日が施行日前であった賃金は,施行日以後に請求する場合であっても改正前の消滅時効期間が適用されると説明している。
2 付加金の経過措置
同法附則2条1項は,改正後の114条及び附則143条2項の規定を,施行日以後に114条に規定する違反がある場合における付加金の支払に係る請求について適用し,施行日前に違反があった場合の付加金の請求については,なお従前の例によると定める。
付加金の期間の区別は,賃金の支払期日ではなく,違反があった時が施行日の前か後かによる。
3 民法の経過措置との違い
民法の一部を改正する法律の附則10条は,施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に生じた債権でも原因である法律行為が施行日前にされた場合を含む。)には,消滅時効の期間について改正前民法を適用するとしている。
この基準をそのまま賃金に当てはめると,令和2年3月31日以前に締結された労働契約に基づく賃金には,施行日以後に支払期日が到来するものであっても改正前の期間が適用されることになりかねない。
分科会報告は,そうすると同じ職場でも労働者ごとに消滅時効期間が異なり労務管理等に混乱が生ずるおそれがあること,賃金債権は大量かつ定期的に発生し斉一的処理の要請が強いことを理由に,労働契約の締結時ではなく支払期日を基準とすべきであるとした。
民法の経過措置は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で扱っている。
第5 「当分の間」の3年を撤廃すべきかという議論
1 労働政策審議会の報告と建議
厚生労働省は,平成29年の民法改正を受けて「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」を開催し,同検討会は令和元年7月1日に論点の整理を取りまとめた。
その後,労働政策審議会労働条件分科会での審議を経て,労働政策審議会は令和元年12月27日に厚生労働大臣に対し「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(建議)」(労審発第1127号)を行った。
建議の基となった分科会報告は,賃金請求権の消滅時効期間は,短期消滅時効廃止後の契約上の債権の消滅時効期間とのバランスも踏まえ5年とし,起算点は客観的起算点を維持してこれを明記すべきであるとした。
その一方で,直ちに長期間の消滅時効期間を定めることは労使の権利関係を不安定化するおそれがあるとして,当分の間,記録の保存期間に合わせて3年間とし,企業の記録保存に係る負担を増加させることなく一定の労働者保護を図るべきであるとした。
同報告には,労働者代表委員から,施行から5年経過後の見直しにおいては原則の5年とすべきとの意見があったことも記載されている。
2 施行後5年の検討規定
令和2年法律第13号の附則3条は,「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の規定について、その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と定める。
令和2年4月1日の施行から令和7年3月末までで5年を経過しており,「当分の間」の3年を本則の5年に移行させるかどうかは,この検討規定に基づく検討の対象となっている。
3 日本弁護士連合会の意見書と会長声明
日本弁護士連合会は,令和6年5月10日付け「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の撤廃を求める意見書」で,附則143条の経過措置を令和7年3月末の経過後速やかに撤廃することを求めた。
さらに,令和7年6月12日付け「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の速やかな撤廃を求める会長声明」で,附則143条を可及的速やかに削除することを改めて求めた。
同声明は,令和7年3月27日の第196回労働政策審議会労働条件分科会の資料として公表された「労働時間制度等に関する実態調査結果について(概要)」において,労働者名簿・賃金台帳の保存期間を5年超としている事業者が67.5%存在することが示されたことを根拠に挙げている。
同声明は,保存期間を4年超5年以下としている事業者が9.7%,3年超4年以下が1.5%,3年が6.9%,3年未満が7.7%であったことから,経過措置の撤廃によって保存期間を2年延長しなければならず負担が比較的大きい事業者は6.9%にとどまり,経過措置を置く実質的根拠は失われたと述べている。
4 調査基準日の状況
調査基準日現在,附則143条は削除されておらず,令和9年4月1日施行予定の改正後の条文でも維持されている。
したがって,現時点で未払賃金の時効を管理する際には,3年を前提としなければならない。
将来附則143条が削除される場合に,どの支払期日の賃金から5年が適用されるかは,改正法の経過措置の定め方によって決まるから,改正前の支払期日の賃金についても5年になると期待して3年の管理を緩めることは避けるべきである。
第6 請求と時効管理の実務
1 時効の完成を止める手段
(1) 催告と協議を行う旨の合意
内容証明郵便等で支払を求める催告をすると,その時から6か月を経過するまでの間は時効が完成しない(民法150条1項)。
ただし,催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は,完成猶予の効力を有しない(同条2項)。
使用者と交渉を続ける場合には,権利についての協議を行う旨の合意を書面又は電磁的記録で行うと,最長1年間(再度の合意により通算5年まで)時効の完成が猶予される(同法151条)。
催告と協議合意の使い方と組合せの制限は,内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方で扱っている。
(2) 労働審判と訴えの提起
訴えの提起(裁判上の請求)をすると,その手続が終了するまでの間は時効が完成せず,確定判決等によって権利が確定したときは,手続が終了した時から新たに時効が進行を始める(民法147条)。
労働審判に対して適法な異議の申立てがあったとき,又は労働審判委員会が労働審判をしないで事件を終了させたときは,労働審判手続の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされる(労働審判法22条1項,24条2項)。
異議の申立てがなく確定した労働審判は,裁判上の和解と同一の効力を有する(同法21条4項)から,これによって確定した賃金債権の時効期間は10年となる(民法169条1項)。
判決等で確定した債権の時効は,判決で確定した債権の消滅時効は10年―民法169条と改正前169条(定期給付債権)の違いで扱っている。
(3) 使用者の承認
使用者が未払賃金の存在を認める書面を差し入れたり,一部を支払ったりしたときは,権利の承認として,その時から新たに時効が進行を始める(民法152条1項)。
承認による更新は,債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知で扱っている。
2 労働基準監督署への申告と時効
労働基準監督署に労働基準法違反を申告し,監督署が使用者に是正勧告をしても,それ自体は民法147条以下に掲げられた完成猶予又は更新の事由ではない。
監督署の対応を待っている間にも時効は進行するから,申告と並行して,労働者自身が使用者に催告をし,必要に応じて労働審判の申立て又は訴えの提起をする必要がある。
使用者が是正勧告を受けて未払賃金の一部を支払った場合には,その支払が承認に当たるかどうかが問題になり得るから,支払の内訳が分かる資料を保存しておくべきである。
3 証拠の確保
残業代の請求では,労働時間を立証する資料(タイムカード,入退室記録,パソコンのログ,業務日報,メール送信記録等)と,賃金の額を立証する資料(給与明細,労働条件通知書,就業規則,賃金規程等)が必要となる。
使用者の記録の保存期間は当分の間3年であり,時効期間と同じであるから,退職から時間が経つほど使用者側の記録が廃棄される可能性が高くなる。
在職中から自分で記録を残しておくこと,退職後は早期に証拠保全又は開示の請求を検討することが,時効期間内に請求を組み立てるための前提となる。
残業代の計算と請求は時間外労働,休日労働及び深夜労働と残業代請求で,訴訟で仮執行宣言付き判決を得た後の問題は残業代請求訴訟の仮執行による仮払い-遅延損害金・源泉徴収・逆転後の返還で扱っている。
4 労働基準法の賃金に当たらない債権
115条と附則143条が適用されるのは「この法律の規定による賃金」の請求権であり,労働基準法上の労働者でない者の報酬,例えば業務委託契約に基づく報酬には適用されない。
そのような債権の消滅時効は,民法166条1項の一般原則(知った時から5年・行使することができる時から10年)による。
労働時間の過重や職場環境を原因とする健康被害の損害賠償請求権も,賃金の請求権ではないから,民法の規定(債務不履行構成なら166条・167条,不法行為構成なら724条・724条の2)による。
第7 関連記事
消滅時効に関するメモ書きは,消滅時効の期間,起算点,完成猶予・更新及び援用の全体を整理したものである。
債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間は,民法166条と分野別の時効期間を一覧にしている。
時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧は,完成猶予・更新の事由を一覧にしている。
安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点は,労働災害による損害賠償請求権と労災保険給付の時効を扱う。
時間外労働,休日労働及び深夜労働と残業代請求と労働者名簿,賃金台帳及び記録の保存は,残業代の計算と記録の保存を扱う。
第8 出典・参考資料
1 法令
①労働基準法(昭和22年法律第49号)24条,109条,114条,115条,附則143条(e-Gov法令検索で令和8年9月19日時点の現行条文及び令和9年4月1日施行予定の条文を確認)
②労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)附則1条~3条(e-Gov法令検索の労働基準法の改正附則として確認)
③労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)附則1条,5条,9条(同上)
④労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)42条(現行条文及び令和9年4月1日施行予定の条文を確認)
⑤民法(明治29年法律第89号)140条,141条,145条,147条,150条~152条,166条,169条
⑥民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条
⑦労働審判法(平成16年法律第45号)21条,22条,24条
2 公的資料
①厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」
②厚生労働省労働基準局「改正労働基準法等に関するQ&A」(令和2年4月1日)
③労働政策審議会労働条件分科会「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(報告)(案)」
④労働政策審議会「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(建議)」(案)
⑤賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(論点の整理)」(令和元年7月1日)
⑥日本弁護士連合会「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の速やかな撤廃を求める会長声明」(令和7年6月12日)