第1 この記事の対象
従業員に退職手当を支給するかどうか,どの雇用区分の従業員に支給するかは,各事業主が制度設計として決定する事項である。もっとも,同一の事業主が,パートタイム・有期雇用労働者であるパートタイマーには正社員に準じて退職手当を支給しながら,特定技能1号の在留資格を持つ外国人材には退職手当を支給しないという制度を採る場合,この取扱いが同一労働同一賃金の規律及び入管法上の規律に照らして合理的かどうかが問題となる。本記事は,この設例を素材として,①令和8年10月1日に施行される改正同一労働同一賃金ガイドラインが退職手当について新たに定める規律,②特定技能雇用契約の報酬に関する入管法上の同等性要件,③両者が交差する場面で会社が説明を求められたときに整理しておくべき事項を検討する。作成に当たっては生成AIを用いて資料の収集と草稿の作成を行い,法令はe-Gov法令検索,最高裁判例は裁判所ウェブサイト,同一労働同一賃金ガイドラインの改正内容は厚生労働省の公表資料,特定技能の運用基準は出入国在留管理庁の公表資料で,それぞれ内容を確認した。特定技能1号の外国人材とパートタイマーとの待遇差そのものを扱った裁判例及び公表された実務解説は,調査した範囲では見当たらなかったため,本記事は既存の枠組みを当てはめた検討にとどまり,確立した判断基準を示すものではない。
第2 同一労働同一賃金ガイドラインにおける退職手当規定の新設
1 現行のガイドラインは退職手当の判断基準を示していない
パートタイム・有期雇用労働法15条に基づく「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平成30年厚生労働省告示第430号)は,令和8年9月30日までの現行の内容では,基本給,賞与,各種手当等について原則となる考え方と具体例を示す一方,「基本的な考え方」の項で「この指針に原則となる考え方が示されていない退職手当,住宅手当,家族手当等の待遇や,具体例に該当しない場合についても,不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められる。」と述べるにとどめており,退職手当の当否を判断する具体的な基準を置いていない。退職手当に関する最高裁判例はメトロコマース事件(最高裁三小令和2年10月13日判決,令和元年(受)第1190号・第1191号,民集74巻7号1901頁)のみである。同判決は,地下鉄駅構内の売店における販売業務に従事する無期契約労働者に退職金を支給する一方,同業務に従事する有期契約労働者に支給しないという相違について,退職金が「職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質」を有することを前提に,職務の内容及び配置の変更の範囲の相違並びに正社員登用制度の存在等の事情を総合して,当時の労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断した。この判決は退職手当の不支給を一般的に適法とする趣旨ではなく,退職手当も同条の審査対象になり得ることを前提に,個別の事情を総合考慮して結論を導いたものである。
2 令和8年10月1日施行の改正で退職手当の項目が新設される
令和8年4月28日,パートタイム・有期雇用労働法施行規則の改正と併せて,同一労働同一賃金ガイドライン(平成30年厚生労働省告示第430号,令和8年厚生労働省告示第203号による改正)が改正され,令和8年10月1日から施行・適用される。厚生労働省が公表した新旧対照表によれば,改正後のガイドラインには「第3 短時間・有期雇用労働者」の項に新たに「3 退職手当」が置かれ,次の規律が新設される。「退職手当については,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的として,労務の対価の後払い,功労報償等の様々な性質及び目的が含まれうるものであるが,通常の労働者と同様に短時間・有期雇用労働者にも当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的が妥当するにもかかわらず,短時間・有期雇用労働者に対し,通常の労働者との間の職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの相違に応じた均衡のとれた内容の退職手当を支給せず,かつ,その見合いとして,労使交渉を経て,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的が妥当しない他の短時間・有期雇用労働者に比べ基本給を高く支給している等の事情もない場合,当該退職手当の相違は不合理と認められるものに当たりうることに留意すべきである。」同じ新旧対照表は,この新設について「メトロコマース事件最高裁判決を踏まえて追記。同判決は,退職手当に関して不合理と認められる待遇の相違を具体的に判示したものではないが,退職手当の性質・目的等について言及しており,当該内容を留意すべき事項として記載したもの。」と説明している。派遣労働者についても「第4 派遣労働者」に同内容の「3 退職手当」が新設される。この改正の全体像,退職手当以外の新設項目(無事故手当,家族手当,住宅手当,夏季冬季休暇,褒賞)及び企業が施行までに行うべき対応の詳細は,令和8年10月1日施行の改正同一労働同一賃金ガイドラインに基づき民間企業で対応が必要な事項で扱っているため,本記事では特定技能1号の外国人材に固有の論点に絞って検討する。
3 パートタイマーへの退職手当支給は,この規律が想定する対応の一例である
本記事が検討の前提とする設例,すなわちパートタイマーには正社員に準じて退職手当を支給するという制度は,改正後のガイドラインが求める対応の方向性――退職手当の性質及び目的が短時間・有期雇用労働者にも妥当する場合に,均衡のとれた内容の退職手当を支給すること――に沿ったものである。したがって,パートタイマーへの退職手当支給それ自体が新たな法的リスクを生むものではない。問題は,同じ会社が,特定技能1号の外国人材に対してはこの制度を及ぼしていない場合に,その取扱いがどのように評価されるかである。
第3 特定技能1号の報酬に関する入管法上の規律
1 特定技能雇用契約における報酬同等性の要件
特定技能1号の在留資格で就労する外国人材は,同一労働同一賃金の議論とは別に,入管法及び関係省令が定める独自の報酬規律に服する。出入国管理及び難民認定法2条の5第1項は,特定技能雇用契約が,外国人が行う活動の内容及びこれに対する報酬その他の雇用関係に関する事項について「法務省令で定める基準に適合するものでなければならない」と定め,同条2項は,同項の基準に「外国人であることを理由として,報酬の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならないこと」を含むものと定める。これを受けた特定技能雇用契約及び一号特定技能外国人支援計画の基準等を定める省令(平成31年法務省令第5号)1条1項は,3号で「外国人に対する報酬の額が日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上であること」を,4号で「外国人であることを理由として,報酬の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的な取扱いをしていないこと」を,それぞれ特定技能雇用契約の内容の基準として定めている。出入国在留管理庁「特定技能外国人受入れに関する運用要領」(令和7年4月版)は,この要件について「特定技能外国人の報酬の額が同等の業務に従事する日本人労働者の報酬の額と同等以上であることを求めるものです。」「特定技能外国人に対する報酬の額については,外国人であるという理由で不当に低くなるということがあってはなりません。」と説明し,同程度の技能等を有する日本人労働者がいる場合には,当該外国人が任される職務内容やその責任の程度が当該日本人労働者と比べてどのように異なるかを踏まえて報酬額を検討し,これにより外国人労働者と比較した際に日本人労働者に不当に安い賃金を支払う結果とならないよう留意すべきものとしている。この要件を満たしているかどうかは,特定技能外国人の報酬に関する説明書(参考様式第1-4号)により,在留資格認定証明書交付申請等の際に確認される。
2 「報酬」の範囲と退職手当の位置付け
上記の報酬同等性要件にいう「報酬」の範囲について,運用要領は「『報酬』とは『一定の役務の給付の対価として与えられる反対給付』をいい,一般的に通勤手当,扶養手当,住宅手当等の実費弁償の性格を有するもの(課税対象となるものは除く。)は含まれません。」と定義している。この定義は,通勤手当等の実費弁償的な手当のうち非課税のものを「報酬」から除外する一方,退職手当を含めるとも除外するとも明示していない。退職手当は,所得税法上,退職所得として課税の対象となる給付であり,かつ,同一労働同一賃金ガイドラインの新設規定が示すとおり労務の対価の後払いという性質を持つと理解されているから,運用要領の定義文言に照らせば「一定の役務の給付の対価として与えられる反対給付」として「報酬」に含まれると解する余地がある。もっとも,運用要領及び特定技能制度を逐条で解説する実務書を確認した範囲では,退職手当が報酬同等性要件の対象に含まれることを明記した記述は見当たらず,この点は公表された解釈が定まっていない論点として扱う必要がある。
3 比較対象となる「日本人労働者」の範囲
報酬同等性の比較対象となる「日本人労働者」の範囲についても,運用要領上の記載には留意すべき点がある。運用要領は,所定労働時間の同等性(前記省令1条1項2号)を扱う箇所で「『通常の労働者』とは,いわゆる『フルタイム』で雇用される一般の労働者をいい,アルバイトやパートタイム労働者は含まれません。」と明記している。これは,特定技能外国人がフルタイムで就労することを前提とした所定労働時間の比較に関する説明であり,報酬同等性(同項3号)の比較対象について,同様にパートタイム労働者を除外するとまでは明記されていない。報酬同等性の比較対象は「同程度の技能等を有する日本人労働者」であり,賃金規程があればこれに照らし,なければ職務内容及び責任の程度が最も近い日本人労働者と比較するとされているにとどまる。したがって,特定技能外国人が従事する業務にフルタイムのパートタイム労働者が存在し,かつその者が最も職務内容の近い比較対象である場合に,その者への退職手当の支給状況が報酬同等性の検討に影響し得るかどうかは,運用要領上明確にされていない。
第4 パートタイマーには支給し特定技能1号には支給しない場合の検討
1 特定技能1号自身とパート有期法との関係
パート有期法8条は,通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の相違を規律するものであり,パートタイマーと特定技能1号という異なる非正規区分の間の待遇差を直接規律する条文ではない。もっとも,特定技能1号の在留資格による就労は,実務上,在留期間の更新に対応して有期労働契約の形で行われることが多く,この場合,特定技能1号の外国人材自身が短時間・有期雇用労働者としてパート有期法8条の直接の適用を受ける。したがって,会社が特定技能1号に退職手当を支給しないという取扱いは,パートタイマーとの比較の問題である以前に,まず特定技能1号本人と正社員との間の待遇差として,前記第2の2で述べた退職手当規定(改正後)の枠組みで検討しなければならない。有期労働契約に関する基礎的な規律については,有期労働契約に関するメモ書きを参照されたい。
2 「その他の事情」の明確化が与える影響
改正後のガイドラインは,パート有期法8条の「その他の事情」について,行政通達が示す具体例(職務の成果,能力,経験,合理的な労使慣行等)を明記するとともに,事業主が短時間・有期雇用労働者の意向を十分に考慮せず一方的に待遇を決定した場合に,その事実が待遇差の不合理性を基礎付ける事情として考慮され得ることを明確化した。この明確化は,直接にはパートタイマーと特定技能1号との比較を対象とするものではないが,会社がパートタイマーに対しては退職手当の支給を制度化しながら,特定技能1号に対しては制度上の説明を伴わずに退職手当を及ぼしていない場合,そのような取扱いの決定過程が,特定技能1号自身に関する不合理性判断の「その他の事情」として不利に働く可能性を否定できない。会社としては,特定技能1号に退職手当を及ぼさない理由を,国籍や在留資格の違いそのものにではなく,職務内容,配置転換の範囲及び人材活用の仕組みの違いという,改正後のガイドラインが列挙する考慮要素に基づいて説明できるようにしておくことが,この観点からの対応となる。
3 入管法上の報酬同等性要件との関係
前記第3の2及び3で述べたとおり,特定技能の報酬同等性要件における退職手当の位置付け及び比較対象の範囲は,運用要領上明確にされていない。もっとも,会社がパートタイマーに退職手当を及ぼしていることは,社内に,同程度の技能等を有する日本人労働者に退職手当を支給する運用が現に存在することを意味するから,特定技能外国人の報酬に関する説明書を作成する際には,比較対象として想定される日本人労働者の範囲及びその者に対する退職手当の支給状況を,賃金規程又は個々の企業の報酬体系に照らして整理しておくことが望ましい。
4 労働基準法3条との関係
労働基準法3条は,使用者が労働者の国籍を理由として賃金その他の労働条件について差別的取扱いをすることを禁止している。特定技能1号への退職手当の不支給は,直接には在留資格及び雇用契約の区分に基づく取扱いであって国籍そのものを理由とする取扱いではないと整理されるのが通例であるが,特定技能1号の在留資格を持つ労働者が事実上ほぼ全て外国人である以上,その理由付けが職務内容等の実質を伴わない場合には,外国人労働者に対する処遇として国籍による差別的取扱いと評価される余地が残る。この観点からも,退職手当を及ぼさない理由を職務内容等の客観的な相違に基づいて説明できる状態にしておくことが求められる。
第5 実務上の対応
1 待遇検討票に特定技能外国人を含める
前記の姉妹記事で述べた待遇一覧表及び待遇別検討票の作成対象には,パートタイマー及び有期雇用の契約社員だけでなく,特定技能1号の外国人材を独立の雇用区分として含めることが望ましい。特に退職手当については,比較対象となる通常の労働者,職務内容及び配置転換の範囲の相違,並びにパートタイマーに退職手当を及ぼす際に検討した事情との異同を記録しておくことが,パート有期法上の説明義務及び入管法上の報酬に関する説明書の作成の双方に資する。
2 報酬に関する説明書の作成における留意点
特定技能外国人の報酬に関する説明書(参考様式第1-4号)の作成に当たっては,同程度の技能等を有する日本人労働者の有無,賃金規程の有無及びその内容,並びに退職手当を含む報酬体系全体を整理し,特定技能外国人に対する報酬の額が日本人労働者に対する報酬の額と同等以上であることを,職務内容及び責任の程度の観点から説明できるようにしておく必要がある。前記のとおり,退職手当が同要件にいう「報酬」に含まれるかどうかは運用要領上明確でないため,含まれることを前提とした説明ができない場合には,その旨及び理由を記録に残しておくことが,将来の照会や実地調査に備える対応となる。
出典・参考資料
法令
- 出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)2条の5 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/326CO0000000319
- 特定技能雇用契約及び一号特定技能外国人支援計画の基準等を定める省令(平成31年法務省令第5号)1条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/431M60000010005
- 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年法律第76号)8条・9条・15条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000076
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)3条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
裁判例
- メトロコマース事件(最高裁判所第三小法廷令和2年10月13日判決・令和元年(受)第1190号,第1191号・損害賠償等請求事件)民集74巻7号1901頁 裁判所ウェブサイト https://www.courts.go.jp/hanrei/89768/detail2/index.html
行政資料
- 出入国在留管理庁「特定技能外国人受入れに関する運用要領」(令和7年4月版)36頁,38頁,50頁~51頁 https://www.moj.go.jp/isa/content/930004944.pdf
- 厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン新旧対照表(解説付き)」1頁,4頁,17頁 https://www.mhlw.go.jp/content/001695906.pdf
- 厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法施行規則/雇用管理指針の主な改正事項」「同一労働同一賃金ガイドラインの主な改正事項」(令和8年改正概要資料)2頁 https://www.mhlw.go.jp/content/001695902.pdf
- 厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
文献
- 出入国管理法令研究会編著『入管関係法大全 3.技能実習法/4.特定技能――立法経緯・判例・実務運用』日本加除出版,令和4年,337頁