第1 全国一斉検察起案とは
1 定義と趣旨
全国一斉検察起案は,分野別検察実務修習の各クールに1回,全国の地方検察庁で,その時点で検察修習中の司法修習生全員が,司法研修所検察教官室が準備した同じ検察修習記録を用いて行う終局処分起案である。
各期の公訴事実(案)の表題では「検察一斉起案」とも呼ばれている。
第78期の全国一斉検察起案実施要領(令和7年3月24日付,司法研修所検察教官室)1頁は,この起案が新61期司法修習から各クールごとに1回実施することとされたものであると説明している。
同頁は,目的について,「これにより、各司法修習生に対して、検察起案の考え方を会得させ、集合修習及びいわゆる二回試験への準備をさせるとともに、各司法修習生の起案能力を把握することを目的としています。」と記載している。
すなわち,全国一斉検察起案は,検察起案の練習であると同時に,司法研修所が全国の司法修習生の起案能力を同じ記録で把握する機会でもある。
2 本記事の基準日と資料の性質
本記事は,令和8年10月17日時点で当ブログに掲載している第69期から第78期までの開示文書(実施要領,全国一斉検察起案心得,起案要領,公訴事実(案),検察起案作成上の注意点等)に基づいて整理したものである。
第69期及び第70期の実施要領と,第79期以降の資料は掲載していない。
起案要領と公訴事実(案)の本文は,開示の際に黒塗りとされている。
第70期の関係文書の司法行政文書開示通知書(平成30年4月6日付,最高裁秘書第1284号)は,その理由として,「公にすると司法修習事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報」が記載されていることを挙げている。
したがって,本記事から分かるのは実施の方法と枠組みであり,出題された事件の内容や模範的な公訴事実ではない。
自分の期の実施日や持参物は,当該期の実施要領・心得と配属庁の指示で確認する必要がある。
第2 実施の仕組み
1 実施時期―各クールに1回
全国一斉検察起案は,分野別実務修習の4つのクールのそれぞれで1回ずつ,各期で合計4回実施される。
例えば第78期の実施要領1頁は,第1クールを令和7年4月16日(水),第2クールを同年6月11日(水),第3クールを同年8月4日(月),第4クールを同年9月29日(月)としている。
どのクールで検察修習をするかは司法修習生ごとに異なるため,一人の司法修習生が受けるのは,自分が検察修習をしているクールの1回である。
実施日は,各期の実務修習の開始時期に応じて変わる。
第69期から第78期までの実施日は,第4の1の表にまとめた。
2 対象者と会場
第78期の実施要領1頁によれば,対象者は,各実務庁に配属された司法修習生のうち,当該クールに分野別検察実務修習を行っている者全員である。
会場は,各実務庁(地方検察庁)が会議室又は司法修習生室等を準備し,机が向かい合わせになっている場合等は並べ替えて実施するものとされている。
3 起案の内容―検察修習記録を用いた終局処分起案
第78期の全国一斉検察起案心得1頁は,内容について,「全国の分野別検察実務修習中の司法修習生を対象として、司法研修所が作成した検察修習記録を用いて、一斉に終局処分起案を行う。」と定めている。
各クールで別々の検察修習記録が使われ,例えば第78期は検察修習記録第487号から第490号までが用いられた。
第69期の検察修習記録第384号の表紙には,「要返却,複写禁止」と「秘」の表示がある。
第78期の関係文書には,起案要領に続いて,司法研修所検察教官室の「検察起案作成上の注意点」が綴られており,この部分は黒塗りされていない。
同注意点は,公訴事実(又は不起訴裁定書の事実)について,犯罪の日時,場所,客体,手段・方法,行為・結果等の書き方を示し,罪名は検察講義案付録の罪名表に記載された「実務で使用されている罪名」を用いるとしている。
不起訴を選択した場合は,罪名及び裁定主文を事実に引き続き記載するとされている。
終局処分起案の論述の順序や証拠評価の考え方は,検察終局処分起案の考え方-令和6年版の改訂点と起案の構成(AIリライト)で整理している。
4 採点・添削と講評
第78期の実施要領1頁は,「起案終了後には、検察教官による起案の採点と講評(検察教官が各実務庁に出向き、講義形式の講評を行う。)を予定しています。」と記載している。
同期の心得2頁・3頁も,提出した起案は司法研修所検察教官が添削した後に返却し,分野別検察実務修習期間中に検察教官による講評を予定しているとしている。
講評の日は,起案の日とは別に置かれる。
例えば,第69期検察修習の日程で紹介した神戸地検の第3班(第1クール)の日程では,平成28年1月7日に全国一斉検察起案があり,同年2月3日午後に「全国一斉起案講評」が置かれている。
第3 当日の流れと持参物(第78期の心得)
1 起案時間
第78期の心得1頁と実施要領1頁による当日の時間割は,次のとおりである。
| 項目 | 時刻 |
|---|---|
| 着席 | 午前9時30分 |
| 起案(午前) | 午前9時40分から正午まで |
| 昼食時間 | 正午から午後1時まで(昼食時間中の起案作成も認められる) |
| 起案(午後) | 午後1時から午後5時まで |
| 起案の綴り込み | 起案時間の後の5分間 |
実施要領1頁は,起案時間を「6時間20分」と表記している。
昼食時間中も起案を続けることができるため,実際に使える時間はこれより長い。
綴り込みの扱いは期によって違う。
第69期の心得は,作成した起案を起案時間中に表紙を付けて綴りひもで綴るとしていた。
これに対し,第78期の心得は,終了の合図で直ちに起案作成をやめ,5分間の起案綴り込み時間内に表紙を付けて綴るとしている。
実施要領の実施日時の表に「起案綴り込み時間:5分」が現れるのは,掲載している実施要領では第74期(令和3年2月26日付)からである。
2 持参できる物
第78期の心得1頁が定める持参物は,次の5つである。
①答案作成用の黒のペン,ボールペン又はサインペン
②草稿用の黒以外の色のペン類,鉛筆,色鉛筆,消しゴム,定規及び付箋
③六法全書(判例付きでないもの)
④令和7年版検察講義案
⑤全国一斉検察起案心得
検察講義案の版は期によって異なる。
各期の心得では,第69期から第71期までが平成27年版,第72期から第74期までが平成30年版,第75期から第77期までが令和3年版,第78期が令和7年版とされている。
第69期の心得では,「検察起案作成上の注意点」も持参物に含まれていた。
第70期以降の心得では,持参物は上記の5つになっている。
3 禁止事項
第78期の心得1頁は,次の行為を禁止している。
①起案時間中(昼食時間中を含む。)の司法修習生同士の談話(起案会場の内外を問わない)
②起案時間中(昼食時間中を含む。)の携帯電話の使用(起案会場の内外を問わない)
③パソコン,計算機,電子辞書,修正液,下敷き,クリップ等の私物の使用
④六法全書,検察講義案及び心得以外の資料の会場内への持込み及び会場外での閲読
飲み物,あめ等の持込みと起案時間中の飲食,起案時間中に庁舎内の喫煙所やトイレへ行くことは認められている。
昼食は持参するか,庁舎内の食堂や売店を利用する。
4 起案中と終了後の扱い
第78期の心得2頁によれば,起案はパソコンを用いずに手書きで作成し,検察修習記録への書込みは認められる。
配布された検察修習記録や起案要領を起案会場外へ持ち出すことはできず,作成した起案には起案時間中に通しページ数を記入する。
終了の合図の後は,起案と使用しなかった起案用紙を提出し,係員が全員の起案等を回収し終わるまで自席で待機する。
起案終了時刻前に終えた者は,提出した上で退出できるが,起案終了時刻15分前以降は退出できない。
退出後は指導担当官等の指示に従い,執務時間中の帰宅は認められない。
起案要領,草稿に用いた起案用紙及び検察修習記録は持ち帰ることができる。
病気等で欠席した者は,速やかに実務庁の指導担当官に申し出て,検察修習記録の配布を受けるものとされている。
5 検察修習記録の回収
第78期の心得3頁によれば,配布された検察修習記録は分野別検察実務修習期間中に回収されるので,それまで各司法修習生の責任で保管する。
同心得3頁は,「なお、検察修習記録のコピーを作成することは厳禁とする。」と定めている。
第4 期別の資料(第69期~第78期)
1 期別の実施日と検察修習記録
各期の実施日と,起案に用いられた検察修習記録の番号は,次のとおりである。
実施日は,実施要領の実施日時の表又は起案要領の表題に記載された日付である。
| 期 | 実施日(第1クール~第4クール) | 検察修習記録 | 実施要領の日付 |
|---|---|---|---|
| 第69期 | 平成28年1月7日,3月2日,4月26日,6月23日 | 第384号~第387号 | 未掲載 |
| 第70期 | 平成29年1月10日,3月2日,4月26日,6月21日 | 第395号~第398号 | 未掲載 |
| 第71期 | 平成30年1月10日,3月5日,4月27日,6月22日 | 第406号~第409号 | 平成29年10月19日 |
| 第72期 | 平成31年1月9日,3月4日,4月25日,令和元年6月24日 | 第417号~第420号 | 平成30年10月26日 |
| 第73期 | 令和2年1月8日,3月4日,4月27日,6月23日 | 第428号~第431号 | 令和元年10月29日 |
| 第74期 | 令和3年5月10日,6月28日,8月20日,10月15日 | 第439号~第442号 | 令和3年2月26日 |
| 第75期 | 令和3年12月16日,令和4年2月15日,4月11日,6月7日 | 第451号~第454号 | 令和3年10月27日 |
| 第76期 | 令和5年1月6日,3月2日,4月25日,6月20日 | 第463号~第466号 | 令和4年11月22日 |
| 第77期 | 令和6年4月18日,6月13日,8月6日,10月1日 | 第475号,第476号,第478号,第479号 | 令和6年3月18日 |
| 第78期 | 令和7年4月16日,6月11日,8月4日,9月29日 | 第487号~第490号 | 令和7年3月24日 |
第72期の実施要領は,第1クールから第4クールまでの年を「平成30年」と記載している。
しかし,同期の心得と起案要領は第1クールを「平成31年1月9日」としており,曜日も平成31年に合うため,表では平成31年(第4クールは令和元年)とした。
これらの日付は資料作成時の予定であり,実際に予定どおり実施されたかどうかまでは,掲載資料からは確認できない。
2 掲載している資料
当ブログに掲載している資料は,次のとおりである。
①第69期:全国一斉検察起案心得及び検察起案作成上の注意点,起案要領4通(本文は黒塗り),公訴事実案4通(本文は黒塗り)
②第69期の検察修習記録の表紙:第384号,第385号,第386号,第387号
③第70期:70期全国一斉検察起案関係文書
④第71期:71期全国一斉検察起案関係文書,71期の全国一斉検察起案実施要領(平成29年10月19日付)
⑤第72期:72期全国一斉検察起案関係文書,72期の全国一斉検察起案実施要領(平成30年10月26日付)
⑥第73期:73期全国一斉検察起案関係文書,73期の全国一斉検察起案実施要領(令和元年10月29日付)
⑦第74期:74期全国一斉検察起案関係文書,74期の全国一斉検察起案実施要領(令和3年2月26日付)
⑧第75期:75期全国一斉検察起案関係文書,75期の全国一斉検察起案実施要領(令和3年10月27日付)
⑨第76期:76期全国一斉検察起案関係文書,76期の全国一斉検察起案実施要領(令和4年11月22日付)
⑩第77期:77期全国一斉検察起案関係文書,77期の全国一斉検察起案実施要領(令和6年3月18日付)
⑪第78期:78期全国一斉検察起案関係文書,78期の全国一斉検察起案実施要領(令和7年3月24日付)
各期の関係文書には,全国一斉検察起案心得のほか,本文が黒塗りされた起案要領と公訴事実(案)が含まれている。
実施要領は,1頁の趣旨と実施日時・場所・対象者の部分が読め,事前に送付する資料や具体的実施方法を定めた2頁以下はおおむね黒塗りされている。
第5 成績の扱いと検事採用
1 成績分布表等は作成されていない
平成30年4月5日付の司法行政文書不開示通知書(最高裁秘書第1327号)は,「第70期司法修習生の全国一斉検察起案に関する文書のうち,成績分布表,結果報告書及び起案成績が検察官採用にどのように影響するかが分かる文書」について,作成又は取得していないことを理由に開示しないとした。
最高裁判所事務総長の平成30年5月31日付の理由説明書は,その理由を次のとおり説明している。
「司法研修所においては,各司法修習生が作成した全国一斉検察起案の評価は行っているものの,その評価結果は当該司法修習生に対する分野別実務修習の成績評価の一資料として使用されるものにすぎず,本件申出に係る文書を作成する必要性はなく,取得もしていない。」
情報公開・個人情報保護審査委員会の平成30年度(最情)答申第42号(平成30年11月16日答申)は,この説明について,「全国一斉検察起案が修習の一環として行われるものであることを踏まえて検討すれば,このような説明の内容が不合理とはいえない。」として,不開示の判断を妥当とした。
2 実務修習の成績評価との関係
最高裁判所の説明によれば,全国一斉検察起案は採点されるが,その評価結果は分野別実務修習の成績評価の一資料として使われる。
実務修習の成績評価は優・良・可・不可の4段階であり,その分布は実務修習,集合修習及び二回試験の成績分布(51期以降)(AIリライト)で整理している。
民事裁判・刑事裁判の問研起案についても,平成30年度(最情)答申第28号(平成30年8月24日答申)に同じ趣旨の説明が記載されている。
実施要領も,目的の一つに「各司法修習生の起案能力を把握すること」を挙げ,検察教官が起案を採点すると記載している。
もっとも,全国一斉検察起案だけの成績分布や,検察修習の成績全体に占める比重を示す公表資料は確認できない。
個人のブログには,裁判官の採用では民事裁判・刑事裁判の起案と並んで検察の全国一斉起案の成績が重視されていると感じたとする体験記(「修習までの流儀」,2014年5月27日付)もある。
これは筆者の見聞に基づく記載であり,公式資料で確認できる評価方法や採用基準ではない。
3 検事採用との関係
全国一斉検察起案の成績が検察官採用にどのように影響するかが分かる文書は,上記1のとおり作成又は取得されていないとされている。
情報公開・個人情報保護審査会の答申で示された法務省の説明は,採用願を提出した検事志望の司法修習生に面接選考を行い,その採否を決しているというものである。
その答申と過去の志望者数・採用者数は検事の採用面接と採用願―過去の志望者数と公式説明で,採用願の提出から採用までの日程は検事採用までの日程と手続―司法修習生の採用願・面接・過去資料で紹介している。
第6 起案の準備と復習
全国一斉検察起案は,検察修習の早い時期に置かれることがある。
第2の4で紹介した第69期の神戸地検の第3班では,1月5日の検察実務修習開講式の2日後に実施されている。
そのため,終局処分起案の基本構成は,検察修習が始まる前に確認しておくことが考えられる。
司法研修所検察教官室の「検察終局処分起案の考え方」は,犯人性,犯罪の成否等,情状関係及び求刑意見という論述の順序を示しており,その掲載版と要点は検察終局処分起案の考え方-令和6年版の改訂点と起案の構成(AIリライト)で整理している。
当日持ち込めるのは六法全書,検察講義案及び心得に限られるため,公訴事実の書き方や罪名表の位置は,検察講義案で確認しておくことになる。
講評と返却された添削は,集合修習の検察起案と二回試験の準備に使える。
体験記としては,2021年6月12日に公開されたnote「検察一斉起案の振り返り」がある。
体験記の記載は筆者の期・配属庁の経験であり,自分の期の扱いは実施要領・心得と指導担当官の指示で確認する必要がある。
第7 関連記事
1 検察修習と終局処分起案
①検察修習の実際-捜査修習・終局処分起案と取調べ修習の適法性(AI作成)
②検察終局処分起案の考え方-令和6年版の改訂点と起案の構成(AIリライト)
③第69期検察修習の日程
④各地の検察庁の執務規程
⑤司法修習生による取調べ修習の合法性(AIリライト)
2 実務修習の仕組みと日程
①実務修習とは-規則上の位置付け,分野別実務修習の4分野及び選択型実務修習との関係(AI作成)
②司法修習の1日のスケジュール-登庁・講義・起案・終了時刻と修習先ごとの違い(AI作成)
③司法修習の年間スケジュール―第79期・第80期,A班・B班と第70期以降の日程資料(AIリライト)
④司法修習開始前に送付される資料-白表紙・事前課題・通知書の期別一覧(AIリライト)
3 成績・検事採用・司法研修所
①実務修習,集合修習及び二回試験の成績分布(51期以降)(AIリライト)
②司法修習生の成績通知申出制度と成績の本人通知(AIリライト)
③検事の採用面接と採用願―過去の志望者数と公式説明
④検事採用までの日程と手続―司法修習生の採用願・面接・過去資料
⑤司法研修所教官の役割と身分―修習指導・教官室・任官との関係(AI作成)
⑥最高裁判所が作成又は取得していないとされた司法行政文書
第8 出典
1 司法研修所検察教官室の文書(当ブログ掲載の開示文書)
①全国一斉検察起案実施要領(平成29年10月19日付,平成30年10月26日付,令和元年10月29日付,令和3年2月26日付,令和3年10月27日付,令和4年11月22日付,令和6年3月18日付,令和7年3月24日付)各1頁
②全国一斉検察起案心得(第69期から第78期まで)各1頁~3頁
③検察起案作成上の注意点(第69期,第78期)
④第69期から第78期までの起案要領の表題及び公訴事実(案)の表題
⑤検察修習記録第384号の表紙
2 最高裁判所及び情報公開・個人情報保護審査委員会の文書
①司法行政文書開示通知書(平成30年4月6日付,最高裁秘書第1284号)
②司法行政文書不開示通知書(平成30年4月5日付,最高裁秘書第1327号)
③最高裁判所事務総長の理由説明書(平成30年5月31日付)
④平成30年度(最情)答申第42号(平成30年11月16日答申)
⑤平成30年度(最情)答申第28号(平成30年8月24日答申)
3 個人のブログ等
①「修習までの流儀」(勉強日記(弁護士版),2014年5月27日付)
②note「検察一斉起案の振り返り」(2021年6月12日公開)