第1 この記事の対象と結論
1 簿価ではなく正味回収額で換価方法を比べる
婦人服その他の在庫商品は,帳簿上の価額が大きくても,型落ち,季節外れ,サイズ・色の偏り,保管状態及び搬出費用によって一括換価額が大きく下がることがある。
破産管財人が比較すべきなのは簿価と買取額だけではなく,各売却方法の見込売上額から賃料,警備・人件費,決済手数料,返品・苦情対応,搬出・廃棄費用及び値下がり見込額を控除した正味回収額である。
短期間の市場確認で関係者の提示額が独立業者の最高額を上回り,代金回収と早期明渡しの確実性も高いときは,関係者への売却を検討対象から外す必要はない。
ただし,利害関係,価格形成及び代替案を記録し,裁判所の許可を得るだけでなく,後から債権者に説明できる手続を採る必要がある。
2 査定数や声掛け期間に全国一律の正解はない
破産法は,在庫一括売却について査定を何社から取るか,入札期間を何日とするかを定めていない。
したがって,「三社査定なら常に足りる」又は「同業者全社への声掛けが必要」と形式的に決めるのではなく,商品の金額・均質性・季節性,市場参加者の数,賃料等の日額,情報管理,搬出期限及び追加探索で得られる上積みの見込みを踏まえて決める。
重要なのは,採った手続そのものに加え,なぜその範囲と期限で打ち切ったかを記録することである。
第2 破産管財人の権限,許可及び善管注意義務
1 管理処分権と善管注意義務
破産法78条1項により,破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は破産管財人に専属する。
同法85条1項は,破産管財人に善良な管理者の注意をもって職務を行う義務を課している。
在庫換価では,価格だけでなく,代金回収の確実性,換価までの時間,保管費用,価値下落,権利関係及び搬出完了の確実性を含む判断過程が問題となる。
2 商品一括売却には裁判所の許可が必要となる
破産法78条2項4号は,「商品を一括して売却すること」を裁判所の許可を要する行為として掲げている。
同条3項及び破産規則25条の100万円以下の例外は,同項7号から14号までの行為に限られるため,同項4号の商品一括売却には及ばない。
在庫をロットでまとめて処分する場合は,売却額が100万円以下であっても,同項4号に当たるかを確認して許可手続を進める必要がある。
これに対し,個々の商品を通常の営業として販売する場面や,同項7号の動産の任意売却に当たる場面とは,事実関係と条項を分けて検討する。
3 裁判所の許可は判断過程の代わりにならない
最高裁平成18年12月21日第一小法廷判決は,破産管財人が裁判所の許可を得ていたことなどを善管注意義務違反による損害賠償責任を否定する事情として考慮したが,質権者に対する担保価値維持義務の違反自体は認めた。
同判決は在庫売却の価格を判断したものではないが,裁判所の許可が第三者の実体法上の権利や管財人の検討義務を一律に消すものではないことを示す。
第3 価格を付ける前に確認する権利関係
1 破産財団に属する商品かを仕分ける
倉庫や店舗にある物がすべて破産者所有の商品とは限らない。
委託販売品,返品予定品,預かり品,リース品,サンプル品,所有権留保付き商品及び第三者の担保権が付いた商品を,仕入帳,納品書,契約書,棚卸表,商品タグ及び取引先照会で区分する。
所有権又は担保権に争いがある商品を一括ロットへ混ぜると,価格の問題とは別に取戻権又は別除権の問題が生じる。
2 ブランド,画像,顧客情報を商品と混同しない
商標,ブランド名,商品画像,販売用データ,顧客名簿及び取引先情報は,現物在庫とは別の権利・情報である。
買主が再販売に必要とする範囲を確認し,利用権限のない商標・写真・個人情報・営業秘密まで引き渡さない。
顧客情報又は取引先情報を付ける場合は,個人情報保護,秘密保持及び契約上の制限を別途検討する。
第4 査定と短期の市場確認
1 査定条件をそろえる
各候補者には,対象商品の一覧,数量,保管場所,内覧可能日,入札期限,代金支払期限,搬出期限,搬出費用の負担,返品の可否,欠品・汚損の扱い及び消費税の内外を同じ条件で示す。
査定書が「買取可能額」なのか,廃棄・搬出費用を差し引く前の概算なのか,有効期限と拘束力があるのかを区別する。
独立した複数の処分業者の価格は有力な比較資料になるが,業者間の独立性,査定対象,前提条件及び期限が違えば,単純に最高額だけを比べることはできない。
2 正味回収額と時間価値を表にする
候補ごとに,提示額,消費税の内外,入金予定日,搬出完了日,入金までの賃料・警備費・人件費,搬出費,返品・瑕疵対応の見込費用及び不履行リスクを同じ表で比較する。
一日当たりの保管費用と一週間当たりの想定値下がり額を置けば,追加の声掛けを何日続けると得失が逆転するかを説明しやすい。
上積みの可能性が小さく,追加探索の費用と値下がり見込みが大きい場合には,短い期限で打ち切ることが合理的になり得る。
3 小売販売を実施しない理由も数値化する
管財人によるバーゲン販売や電子商取引が常に一括売却より高い正味回収額になるとは限らない。
販売スタッフ,決済,レジ管理,盗難対策,広告,返品・苦情対応,保険,賃料及び売れ残り処分まで含めて比較し,人手と管理体制がなければ採用しない理由を記録する。
価値の高いブランド品や均質な人気商品だけを別ロットにすることで正味回収額が上がると見込まれる場合は,一括売却とロット分割の双方を比較する。
第5 破産者関係者へ売却するときの透明性
1 関係と資金を開示させる
破産者,代表者,役員,従業員,親族,株主,旧取引先その他の関係者が買主となる場合は,形式上の買主だけでなく,実質的な出資者,資金提供者,転売先及び破産者側との関係を確認する。
資金証明,代金の出所及び支払方法を確認し,破産債権との相殺を前提とせず,原則として引渡し前の現金決済とする。
2 第三者の価格を使った後出しを避ける
関係者だけに独立業者の正確な提示額を知らせて,その直上の額を出させる方法は,財団に上積みをもたらす一方,第三者の価格形成を無償で利用したとの疑念を招く。
可能であれば,全候補者に同じ締切りを示して最終提示を一回提出させる封印入札又はベスト・アンド・ファイナル・オファーを用い,個別の提示額を開示せずに競争条件をそろえる。
時間がなく関係者の再提示を受ける場合でも,誰にどの情報をいつ示したか,再提示の期限及び他候補者へ再提示の機会を与えたかを記録する。
3 価格以外の条件を裁判所へ示す
最高額の候補者が代金を払えない,又は搬出を完了できないなら,名目上の最高額は財団の利益にならない。
許可申立てでは,関係者性,査定・入札の経過,価格差,資金証明,支払日,搬出日,賃料等の節減額,契約条件及び次順位候補へ移る条件をまとめる。
関係者の提示が最高査定額を上回るという一事だけで廉価売却の疑念が消えるわけではなく,比較可能な条件と過程が重要である。
第6 衣料品・アパレル在庫に特有の確認事項
1 季節,サイズ構成及び保管状態を残す
商品一覧には,ブランド,品番,シーズン,サイズ・色,数量,上代・仕入価額,保管場所及び目視できる汚損・変色・臭い・カビ等を記録する。
全品の精密検品が費用倒れになる場合は,抜取方法,サンプル数及び未検品である範囲を明示する。
写真又は動画は撮影日とロットを対応させ,査定後に商品が増減した疑いが生じないよう,引渡し時の数量確認方法も決める。
2 季節経過と明渡期限を基準日に結び付ける
「季節物だから急ぐ」という説明だけではなく,次の販売期までの日数,賃貸人から求められた明渡日,一日当たりの賃料等及び査定の有効期限を時系列で示す。
短期入札の開始日・締切日,裁判所への許可申立予定日,入金日及び搬出期限を逆算し,期限を徒過した場合の代替候補も定める。
第7 売買契約,入金及び搬出
1 現状有姿の意味を具体化する
売買契約には,対象ロット,数量確認方法,既知の欠品・汚損,未検品の範囲,内覧機会,返品・値引きの可否及び搬出後の残置物処理を明記する。
民法572条により,売主が契約不適合を知りながら買主に告げなかった事実等については,免責特約によって責任を免れることができないため,「現状有姿」とだけ書いて既知の不具合を伏せない。
破産手続に適した責任限定条項を設ける場合も,開示した事実,買主の調査機会及び対象物の特定を契約書に残す。
2 代金と搬出の不履行に備える
代金全額の着金を確認してから所有権移転又は引渡しを行い,手付金,違約金,期限徒過時の解除及び次順位候補への売却を定める。
搬出作業の責任者,車両,作業時間,建物養生,鍵の返却,事故時の責任及び廃棄物処理を具体化する。
賃貸人との明渡確認,残置物の有無及び搬出完了時の写真を保存し,売却完了と物件明渡しを別々に確認する。
第8 税理士・会計担当者と共有する事項
事業者が国内で商品又は事業用資産を売却する取引は,消費税の課税売上げとなるのが原則であると国税庁のタックスアンサーは説明している。
もっとも,具体的な申告主体・課税期間・納税義務,破産者の適格請求書発行事業者としての登録状況及び請求書の発行方法は,破産者が法人か個人か,課税事業者かなどによって確認事項が変わる。
査定依頼の段階で価格が税込みか税抜きかを統一し,売却前に税理士又は会計担当者と,登録番号,適用税率,請求書・帳簿の記載,申告期限及び納税資金の扱いを共有する。
国税庁のインボイス制度の説明によれば,適格請求書は登録を受けた適格請求書発行事業者でなければ交付できないため,買主の希望だけで発行可能と扱わない。
第9 裁判例から読み取れることと限界
1 京都地裁平成13年11月26日判決
京都地裁平成13年11月26日判決の事案では,破産管財人が呉服在庫を内覧に供し,同一条件で申出を受け,七社のうち最高額の申出者との売買について裁判所の許可を得ていた。
契約には代金支払・搬出期限,返品不可及び違約金等が定められていたが,判決の中心争点は旧民法下の瑕疵担保責任等であり,「七社なら十分」「最高額なら常に適法」という一般基準を示したものではない。
この事案は,市場確認と契約条件を記録した一例として参照し,現在の契約不適合責任の条文へそのまま置き換えないことが必要である。
2 東京地裁平成15年(ワ)第5711号判決
東京地裁平成15年(ワ)第5711号判決の事案では,破産管財人が在庫品,売掛債権及び顧客データ等をまとめて売却し,裁判所の許可を得ていた。
判決の中心は営業秘密等に関する争いであり,売却価格の相当性や関係者売却の一般要件を判示したものではない。
在庫と顧客データを一体で処分するときに,物の換価とは別に情報の権利関係を検討すべきことを示す事例として位置付けるのが安全である。
第10 裁判所へ提出する説明資料のチェックリスト
1 財産と価格の資料
– 商品一覧,写真,保管場所及び権利関係の仕分け
– 各査定・入札の依頼条件,提示額,有効期限及び独立性
– 簿価,処分価額及び正味回収額を区別した比較表
– 追加探索を続ける場合と打ち切る場合の費用・値下がり見込み
2 買主と履行の資料
– 買主と破産者・代表者等との関係及び実質的な資金提供者
– 資金証明,支払期限,搬出期限及び不履行時の次順位候補
– 売買契約案,既知の不具合の開示,返品・責任限定及び違約金
– 賃貸人との明渡調整,搬出計画及び残置物処理
3 手続記録
– 誰に,いつ,どの情報と条件を示したか
– 入札又は再提示の締切り,開札方法及び価格情報の取扱い
– 採用しなかった候補と理由
– 裁判所への許可申立て,許可後の入金確認,搬出完了及び会計処理
第11 出典・関連資料
1 法令・裁判例
– 破産法
– 破産規則
– 民法
– 最高裁平成18年12月21日第一小法廷判決
– 京都地裁平成13年11月26日判決
– 東京地裁平成15年(ワ)第5711号判決
2 国税庁資料
– 国税庁「課税売上げと課税仕入れ」
– 国税庁「適格請求書等保存方式(インボイス制度)」
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