第1 検察修習の対象と検討の時点
検察修習は,司法修習(裁判所法66条以下)のうち,分野別実務修習の4分野(民事裁判・刑事裁判・検察・弁護)の一つとして,実務修習地の地方検察庁に配属されて行われる修習である。裁判所ホームページは,検察修習の内容を「証拠収集,被疑者や参考人に対する取調べなどの捜査について学び,体験し,起訴・不起訴の処分について意見を述べたり,検察官の公判立会を傍聴したりします」と説明している。本稿は,令和8年8月時点(第79期)の制度を対象に,検察修習で実際に何が行われるか,及び検察修習に固有の最大の論点である取調べ修習(司法修習生が指導検察官の下で被疑者・参考人に対する発問を体験する修習)の適法性について,法令,裁判所公式資料,国会会議録及び司法修習に関する書籍に基づいて整理する。個別の修習地ごとの配属人数や日程は本稿の対象としない。
第2 検察修習の法的根拠と期間の推移
1 裁判所法及び規則の定め
司法修習生は,裁判所法66条により,司法試験合格者の中から最高裁判所が命ずる。同法67条1項は「司法修習生は,少なくとも一年間修習をした後試験に合格したときは,司法修習生の修習を終える」と定め,同条2項は,修習期間中,最高裁判所の定めるところにより修習に専念しなければならない旨を定める(修習専念義務)。修習専念義務は,検察修習の期間中,修習生が検察庁の職員としての地位を持たず,かつ原則として兼職・兼業ができないことの法的根拠である。
修習の具体的な種類・期間は,最高裁判所規則である司法修習生に関する規則(昭和23年8月18日最高裁判所規則第15号)に委任されている(裁判所法67条3項)。同規則5条は,実務修習の期間のうち「少なくとも,四箇月は裁判所で,二箇月は検察庁で,二箇月は弁護士会で」修習しなければならないと定めており,このうち裁判所4か月分は,運用上,民事裁判修習2か月と刑事裁判修習2か月に分けられている。実務修習は,同規則7条により,司法研修所長が地方裁判所,地方検察庁又は弁護士会に委託して行われる。
2 期間の推移-4か月から2か月へ
検察修習の期間は,一貫して短縮されてきた。最高裁判所が公表している規則改正案要綱によれば,平成18年4月1日施行の司法修習生に関する規則の改正により,実務修習の期間配分は「六箇月は裁判所で,三箇月は検察庁で,三箇月は弁護士会で」(改正前)から「四箇月は裁判所で,二箇月は検察庁で,二箇月は弁護士会で」(改正後)へ変更された。この改正は,法科大学院制度の発足に伴い司法修習の期間を1年6月から1年へ短縮する改正(平成14年法律第138号,施行日は平成18年4月1日)と同時に行われたものである。
改正前の「三箇月」という期間は,平成11年施行の司法修習期間短縮(2年から1年6月へ)に対応するものであり,それ以前,52期までの検察修習は4か月であった。この点は,杉浦正健衆議院議員(元法務大臣)が国会審議で「私どものころは検察修習というのが四カ月ありました」と述べていることからも裏付けられる。以上を整理すると,検察修習の期間は,52期までが4か月,53期から59期までが3か月,60期以降の現行制度が2か月,という推移をたどってきたことになる。修習期間の短縮をめぐっては,平成10年の国会審議で,当時最高裁が主張していた1年制修習案が実現すれば検察修習が15日ずつの「検察見学」になりかねないとの懸念が示されたこともあったが,その後も期間短縮の流れは変わらず,現行の2か月制が定着している。
第3 捜査修習の実際
1 事件配点とチーム修習
検察修習は,起訴前段階を扱う捜査修習と,起訴後の公判活動を学ぶ公判修習に分かれ,中心となるのは捜査修習である。修習生には実際の事件が配点され,在宅事件(被疑者の身柄を拘束していない事件)が中心となるが,身柄事件を必ず1件担当させる実務修習地がある一方,身柄事件の担当を希望者のみに絞る実務修習地もあるなど,修習地による差がある。東京地方検察庁における60期(平成19年度)の実務修習では,捜査で在宅事件2件・身柄事件1件を修習生3人1組のチームで担当する運用が取られていた。
2 補充捜査の指示
修習生は,警察から送致された記録を自ら読み込み,証拠の不足や矛盾を発見した場合には,指導係検察官の助言を受けながら,担当警察官に電話で補充捜査を指示する。事件現場に実際に赴いて現場を確認することも,事件の理解を深める手段として行われている。
3 終局処分起案と決裁
捜査を踏まえ,修習生は起訴状又は不起訴裁定書の起案を行う。検察官は起訴独占主義及び起訴便宜主義(刑事訴訟法247条,248条)の下で公訴事実・罪名・罰条を記載した起訴状を作成するか,不起訴の裁定を行うところ,修習生はこの過程を実際の記録を用いて体験する。司法研修所検察教官室が作成した内部教材「検察終局処分起案の考え方」(令和元年版,情報公開請求により入手した司法行政文書)によれば,終局処分起案は「①犯人性→②犯罪の成否等→③情状関係及び求刑意見」の順序で論述するものとされ,客観証拠を事実認定の基礎に据えつつ供述証拠も「事実認定における車の両輪」として重視すること,共犯者供述・被疑者供述は類型的に虚偽の危険があるため他の供述証拠より慎重に信用性を判断すべきこと,消極証拠(アリバイ等)を軽視したり都合の良い部分だけを採用したりしてはならないことが指導方針として明記されている。
修習生が作成した終局処分起案は,複数のベテラン検察官による決裁を経る。実務家の体験記でも,次席検察官等からの決裁を得る過程が検察修習で最も難しい局面の一つとして語られている。終局処分起案の実際の課題文や実施要領,各地の検察庁における決裁区分の詳細については,当ブログの別稿「全国一斉検察起案」及び「各地の検察庁の執務規程」で扱っているので,そちらを参照されたい。
第4 公判修習その他の体験
検察修習は,指導係検事講義,検事正講話,次席検事講話等の講義・講話から始まるのが通例であり,本格的な取調べ実務に入る前には模擬取調べ演習が行われる。公判修習では,検察官の公判立会を傍聴し,公判活動の実際を学ぶ。このほか,実務修習地によっては,警察の通信指令・交通管制センターや刑務所の見学,希望者を対象とした司法解剖の見学等が行われており,実務修習地ごとに体験の内容には幅がある。
第5 取調べ修習をめぐる適法性論争
1 法律上の根拠の不存在と昭和30年代の論争
刑事訴訟法198条1項は,被疑者・参考人の取調べの主体を「検察官,検察事務官及び司法警察職員」に限定しており,司法修習生を主体として挙げていない。修習生が取調べに関与する法的位置づけを直接定めた明文の規定は存在せず,この問題は司法研修所発足当初から議論の対象とされてきた。昭和30年代には,修習生自身から,権限のない修習生が取調べを行うことは刑事訴訟法198条及び憲法31条(法定手続の保障)に違反し,修習のための取調べは被疑者の人格権(憲法13条)を侵害するとの批判が示され,実際に取調修習を拒否する修習生も存在した。これに対し,当時の司法研修所長(安倍恕,相島一之)は,修習生が修習の目的で検察官の厳重な監督の下に取調べに先立って事情を聴取することまでは法が禁止していないとの立場を示した。
2 相島六原則
司法研修所事務局長であった相島一之は,昭和38年10月29日,同年度司法修習指導担当者協議会において,取調べ修習の運用指針として次の6原則を示した。
- ①指導検察官が,あらかじめ個々の事件ごとに,事件の概要,問題点,発問の要領等を説明指導すること。
- ②被疑者又は参考人の呼出しは,指導検察官の責任で,かつ,その名において行い,修習の目的とした捜査上不必要な呼出しをしないこと。
- ③指導検察官から,被疑者又は参考人に対し司法修習生の身分を説明し,検察官の取調べに先立って司法修習生が発問を行うことを告げ,その自由な意思に基づく承諾を得た場合に限って行うこと。
- ④指導検察官から被疑者に対し,あらかじめ供述拒否権の告知をすること。
- ⑤司法修習生が発問するに当たっては,指導検察官が同室し,十分な指導監督を行うこと。
- ⑥司法修習生が発問の結果作成した書面を,そのまま検察官調書として流用することなく,指導検察官が改めて取調べを行い,供述調書を作成すること。
相島六原則の骨子は,修習生の発問はあくまで指導検察官の取調べに先立つ事前的なものにとどめ,法的に意味を持つ供述調書は指導検察官が改めて作成することで,修習生を取調べの主体としないという構成にある。
3 最高裁判所の公式見解(昭和52年国会答弁)
相島六原則に基づく取調べ修習の位置づけについて,最高裁判所は国会審議でも見解を示している。昭和52年3月15日の衆議院法務委員会において,矢口洪一・最高裁判所事務総局総務局長事務取扱(後の最高裁判所長官)は,次のように述べた。
「相島六原則というのにのっとりまして,一人前の指導検事が取り調べをするのを,率直に申し上げれば,事実上補助するということでございまして」
すなわち,最高裁判所(司法研修所)の公式の立場は,取調べ修習における修習生を,法的には指導検察官の取調べを事実上補助する立場にすぎないと位置づけるものであり,これが取調べ修習を適法とする実務運用の基礎になっていると解される。
4 昭和46年司法修習生任官拒否問題との関連
取調べ修習をめぐる論争は,昭和46年(1971年)の23期司法修習生任官拒否問題とも関わりを持つ。同年,任官を希望した23期修習生のうち7名が任官を拒否され,同時に修習生1名(阪口徳雄)が司法研修所終了式における言動を理由に罷免される事態が生じた。この問題について東京弁護士会が独自に行った事情調査の結果を,同会司法制度臨時措置委員会委員長・井上峯亀弁護士が参議院法務委員会の参考人質疑(昭和46年5月20日)で証言している。
「その調査した事実の結果は,要するに,任官を拒否された七名はそれぞれ青法協の会員であり,あるいは分離修習,任官差別を許さぬ会の会員として積極的に活動しておると,それから検察の取り調べ修習を拒否したという事実もあります。」
この証言によれば,任官を拒否された修習生の一部が検察修習における取調べ修習を拒否していたことが,思想・団体加入と並んで,最高裁判所の統制に服さない者としての徴表の一つとして扱われた可能性がある。この事実は,最高裁判所事務総局人事局長(当時)矢口洪一自身の答弁には現れておらず,東京弁護士会側の参考人証言によって国会会議録上に残されたものである。任官拒否の決定的な理由が取調べ修習の拒否にあったとまでは会議録から断定できないが,取調べ修習の適法性論争が,制度論にとどまらず,現実の任官選考にまで影響し得る性質のものであったことをうかがわせる事実である。
5 六原則の実施状況と現在の課題
相島六原則が発表された当時から,その実施状況には検察庁ごとのばらつきがあった。昭和45年に公刊された司法修習をめぐる論考は,六原則について「いまなお必ずしも満足させるものではない」と評しており,「ほとんどの検察庁は,修習生に検事の取調べをまったく傍聴させないか,させてもわずかな機会しか与えない」という実情を紹介している。
現代の修習生からも,取調べ修習の運用をめぐる指摘がある。修習生の体験談を集めた書籍では,検察修習の大部屋には衝立がなく,修習生が同時に取調べを行うと被疑者同士が互いの顔を見たり話を聞いたりできてしまう状況や,性犯罪関連の事件も扱うにもかかわらずプライバシーへの配慮が乏しいとの指摘が紹介されている。また,法定刑の軽い事件でも一律に勾留請求が行われ,身柄不拘束捜査を原則とする刑事訴訟法の建前と実務運用が逆転しているとの疑問も示されている。
なお,平成28年の刑事訴訟法等の改正(令和元年6月施行)により,裁判員裁判対象事件や検察官独自捜査事件については,身体拘束下の被疑者取調べの全過程を録音・録画することが義務付けられている(刑事訴訟法301条の2)。相島六原則⑥は,修習生の発問結果をそのまま供述調書として流用せず,指導検察官が改めて取調べを行って調書を作成することを求めているため,可視化の対象となるのはこの指導検察官による取調べであると考えられるが,取調べ修習と録音・録画制度の関係を正面から論じた公的資料は見当たらず,この点は今後の検討課題として残されている。取調べ実務の可視化制度全般については,当ブログの別稿「警察及び検察の取調べ-録音録画・苦情申入れ・検面調書・黙秘権」で扱っている。
第6 検察官任官と検察修習の関係
検察修習は,検事志望者以外の修習生にも共通して課される修習であると同時に,検察官任官者を確保する実務的な機能も併せ持つ。法務省は,検察修習を通じて「検事の職務内容や生身の検事の姿を知ることができ」るとし,修習期間中の12月ころに検事採用面接が実施される旨を公表している。検事任官者確保の観点から検察修習の意義を語った国会答弁も存在する。昭和62年8月27日の参議院法務委員会において,根來泰周・法務省大臣官房長は,次のように述べている。
「基本的には検察修習を通じて修習生に検察の仕事のやりがいとか社会的意義を感得させて,みずから検察に身を投じて社会正義のために働こうとする意欲を植えつけることしかないんじゃないかというふうに考えております。」
検事採用に至る選考過程の詳細,検察修習中の成績評価が採用にどう影響するかについては,当ブログの別稿「検事採用願を提出した検事志望の司法修習生は二回試験に落ちない限り採用されると思われること」で扱っている。
出典
法令
- 裁判所法(昭和22年法律第59号)66条,67条,68条 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000059
- 検察庁法(昭和22年法律第61号)18条 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000061
- 刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)198条,247条,248条,301条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131
裁判所・法務省公式資料
- 司法修習の概要(裁判所) https://www.courts.go.jp/saikosai/sihokensyujo/sihosyusyu/syusyugaiyou/index.html
- 司法修習生に関する規則の一部を改正する規則案要綱(案)(裁判所,資料35) https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/file2/80314002.pdf
- 検事に採用されるまで(法務省) https://www.moj.go.jp/keiji1/kanbou_kenji_03_index.html
国会会議録(国立国会図書館 国会会議録検索システム)
- 矢口洪一・最高裁判所事務総局総務局長事務取扱の発言,衆議院法務委員会第3号,昭和52年3月15日 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108005206X00319770315/53
- 井上峯亀参考人(東京弁護士会司法制度臨時措置委員会委員長)の発言,参議院法務委員会第7号,昭和46年5月20日 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/106515206X00719710520/10
- 根來泰周・法務省大臣官房長の発言,参議院法務委員会第2号,昭和62年8月27日 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/110915206X00219870827/16
- 杉浦正健議員の発言,参議院法務委員会第6号,平成12年11月14日 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/115015206X00620001114/144
- 大森礼子議員の発言,参議院法務委員会第13号,平成10年4月21日 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114215206X01319980421/37
文献
- 伊藤建・國富さとみ著,西田陽子画『司法試験に受かったら 司法修習って何だろう?』現代人文社,2016年,173頁~185頁
- 21世紀の司法修習を見つける会編『修習生って何だろう 司法試験に受かったら』現代人文社,2012年,139頁
- 『岐路にたつ司法修習』日本評論社,1970年,82頁,109頁~112頁
- 「司法の現実に驚いた修習生の会」編『司法修習生が見た裁判のウラ側-修習生もびっくり!司法の現場から-』現代人文社,2013年,87頁~91頁,175頁~180頁
- 司法研修所検察教官室「検察終局処分起案の考え方」(令和元年版,最高裁判所司法行政文書開示資料)3頁~8頁