第1 量刑相場は参考となるが刑期を自動的に決めるものではない
刑事裁判の量刑相場とは,同じような犯罪について,これまでどの程度の刑が言い渡されてきたかという傾向を指して用いられる言葉である。
過去の裁判例を集めただけで,それが直ちに法律上の基準になるわけではない。
一方,裁判ごとの公平性を保つためには,従来の量刑傾向を視野に入れ,当該事件の事情をどのように評価して刑を決めたかを説明することが重要となる。
裁判員裁判についても,過去の刑期に機械的に合わせるという理解と,市民の判断だから過去の傾向を考慮しなくてよいという理解は,いずれも適切でない。
最高裁平成26年7月24日第一小法廷判決は,おおまかな量刑傾向を裁判体の共通認識・評議の出発点とすることを求め,従来の傾向から踏み出す判断についても検討している。
以下では,この判決原文と司法研修所の公開教材を基に,量刑分布グラフの意味と限界を説明する。
第2 最高裁平成26年7月24日判決で問題となった量刑
この判決は,平成25年(あ)第689号の傷害致死被告事件について,第一小法廷がした判決である。
第1審は,被告人2人に対するそれぞれ懲役10年の求刑に対し,それぞれ懲役15年を言い渡し,控訴審はこれを維持した。
最高裁は両判決を破棄し,被告人Aを懲役10年,被告人Bを懲役8年とした。
| 裁判の段階等 | 被告人A | 被告人B |
|---|---|---|
| 検察官の求刑 | 懲役10年 | 懲役10年 |
| 第1審の判決 | 懲役15年 | 懲役15年 |
| 最高裁が言い渡した刑 | 懲役10年 | 懲役8年 |
ここに示す刑名と刑期は,当時の事件におけるものである。
特定の犯罪について現在も同じ刑期になるという意味の量刑一覧ではない。
事案と各審の判断は,最高裁判決原文の1頁~3頁,結論は1頁で確認できる。
第3 最高裁は過去の量刑傾向をどのように位置付けたか
最高裁は,裁判例の集積自体が直ちに法規範性を帯びるものではないとしつつ,量刑の目安となる意義を認めた。
量刑要素を客観的に適切に評価し,結果が公平性を損なわないことが必要であり,従来の量刑傾向を視野に入れることは,判断過程が適切であったことを担保する重要な要素となる,という説明である。
裁判員制度が国民の視点を取り入れる制度である以上,制度導入前の先例の集積に変化が生じ得ることは想定されている。
このため,導入前の量刑傾向を厳密に調査・分析したり,それに従ったりすることまで求められているわけではない。
しかし,他の裁判との公平性を保つ必要はあり,おおまかな傾向を共通認識としたうえで,当該事件にふさわしい評議を深めることが求められる。
この事件では,最高裁は,第1審の情状に関する評価が誤りであるとまではしていない。
それでも,従来の量刑傾向から踏み出す量刑をするための具体的・説得的な根拠の示し方や,実際に選択された刑の重さを問題とした。
情状の存在や評価と,それを最終的な刑期へ結び付ける説明を,分けて読む必要がある。
以上は判決原文3頁~6頁による。
第4 量刑分布グラフは何を示しているのか
司法研修所刑事裁判教官室の公開教材「プラクティス刑事裁判」(平成30年9月版)は,量刑検索システムについて,検索条件に応じた同種事例のおおまかな量刑傾向を視覚的に示すものとして説明している。
グラフは比較のための資料であり,棒の高さだけで当該事件の刑が決まるわけではない。
グラフを読むときには,どのような条件で事例が集められたのかを先に確認する必要がある。
同じ罪名というだけで,行為の態様,結果,関与の程度その他の事情まで同じになるわけではないからである。
比較対象の選び方によって,見える傾向や,当該事件との比較の意味も変わり得る。
| 確認する点 | 読み違えを避けるための問い |
|---|---|
| 集めた事件の範囲 | どのような条件の事件が含まれ,どの事件が含まれていないか |
| 当該事件との比較 | 共通する事情と,刑の重さに関係しそうな違いは何か |
| 分布の幅 | 一つの刑期だけでなく,どの範囲にどのように分布しているか |
| 説明の根拠 | グラフだけで判断していないか。個別事情の評価が説明されているか |
この表は,資料を読む際の整理方法を示したものである。
裁判所が定めた統一のチェックリストではない。
システムの基本的な説明は司法研修所「プラクティス刑事裁判」39頁を参照されたい。
第5 統計表・検索結果・教材の架空例を区別する
司法統計などによる刑期別の集計,条件を設定して抽出した裁判例の分布,学習用に作られた架空のグラフは,それぞれ性質が異なる。
どれもグラフの形で示せるが,対象や目的を確認しなければ,その図が何を裏付けるのかは分からない。
例えば,同教材76頁の表9は,架空のサンプルである旨が明示されている。
これを実際の事件の量刑分布として転載したり,その数値から現在の相場を説明したりすることはできない。
出典のあるグラフであっても,表題・注記・検索条件まで読む必要がある。
ブログで公表されている「通常第一審における過失運転致傷罪の量刑分布(地裁及び簡裁)」は,法曹時報の「刑事事件の概況(上)」の図表に基づく集計を扱う記事である。
こうした統計上の分布を,個別事件の量刑を決める表として使うことは避け,集計の対象と限界を確認することが大切である。
第6 求刑を超えたことだけが問題だったのか
平成26年判決の事件では,第1審が求刑を大幅に超える刑を言い渡したことも,最高裁の検討に現れている。
ただし,判決を「求刑を超えたから破棄された」とだけ説明すると,量刑傾向,公平性,刑を重くする根拠に関する判断が抜け落ちる。
最高裁は,第1審が従来の傾向から踏み出す重い量刑を相当とした理由や,その説示が結論を支えるものになっているかを検討している。
この判決から,求刑を超える量刑はすべて違法であるとか,反対に法定刑の範囲内ならどのような量刑でもよいと一般化することはできない。
具体的な判断過程は判決原文5頁~6頁で確認できる。
第7 裁判員の意見と裁判官の専門性をどう考えるか
裁判員裁判では,有罪・無罪や刑の内容について,裁判員と裁判官が共に議論する。
国民の視点を取り入れることと,判断の公平性や根拠を確保することを両立させる点に,評議の重要性がある。
裁判所の「裁判員の仕事や役割」も,裁判官と一緒に議論し(評議),決定する(評決)ことを説明している。
裁判長・陪席裁判官の役割や,裁判官のみの合議との違いについては,「裁判長と陪席裁判官の役割―右陪席・左陪席,評議の多数決と判事補の職権の制限」を参照されたい。
裁判員が関与する判断の仕組みを,裁判官3人だけの多数決と同じものとして説明しないことが大切である。
第8 出典
①最高裁平成26年7月24日第一小法廷判決・平成25年(あ)第689号・傷害致死被告事件。
事案・各審の判断は1頁~3頁,量刑傾向と公平性の説明は4頁,従来の傾向から踏み出す量刑等の検討は5頁~6頁を参照した。
②司法研修所刑事裁判教官室「プラクティス刑事裁判」(平成30年9月版)。
量刑検索システムの説明は39頁,評議等の説明は74頁,架空の量刑分布の例は76頁を参照した。
③裁判所「裁判員の仕事や役割」。
公開資料の確認日は令和8年11月1日である。