第1 訴え提起前の和解は合意を和解調書にする手続
訴え提起前の和解は、民事上の争いについて、訴訟を起こす前に簡易裁判所へ申立てをし、裁判所で合意を和解調書に記録する手続です。実務上「即決和解」と呼ばれることがあります。
当事者間で既に合意の見通しがあり、支払、明渡し又は物の引渡しなどを強制執行できる形にしたい場合に利用されます。相手方が内容自体を強く争っている事件を、裁判所が短期間で判決のように決める手続ではありません。
根拠は民事訴訟法275条です。申立先は、原則として相手方の普通裁判籍所在地を管轄する簡易裁判所です。管轄、必要書類及び申立方法は、申立先の簡易裁判所に事前確認する必要があります。
第2 申立てから成立までの流れ
1 合意内容を固める
申立て前に、争いの内容、確認する権利義務、給付の内容、期限、不履行時の効果、請求放棄及び清算条項を整理します。合意文案が未完成で主要条件も決まっていない場合は、民事調停や通常訴訟の方が適することがあります。
2 申立書と添付書類を提出する
申立書には、請求の趣旨及び原因に相当する事項と、予定する和解条項を記載します。資格証明書、不動産登記事項証明書、固定資産評価証明書その他の書類が必要になることがあります。
必要書類は事件類型と裁判所によって異なります。古い案内に記載された手数料、郵便料又は書式をそのまま使わず、申立時点の裁判所案内を確認します。
3 和解期日に出頭する
裁判所は、当事者双方の合意内容を確認し、相当と認めたときに和解を成立させます。代理人が出頭する場合は、和解権限を含む委任の範囲を確認します。法人では代表資格、社内決裁及び押印書類も準備します。
4 合意に至らなかった場合
和解が成立しなかったからといって、裁判所が直ちに本案の判決をするわけではありません。ただし、和解期日に当事者双方が申立てをした場合、裁判所は直ちに訴訟の弁論を命じることができ、その場合は和解申立時に訴えが提起されたものとみなされます(民事訴訟法275条2項)。
第3 成立した和解調書の効力
和解が調書に記録されると、確定判決と同一の効力を有します(民事訴訟法267条)。金銭支払や建物明渡しなど、内容が特定された給付条項は、強制執行の基礎となり得ます。
この効力があるため、和解条項は単なる覚書より厳密に作る必要があります。対象物、金額、支払期限、明渡期限、条件及び当事者を曖昧にすると、成立後の執行や解釈で問題になります。
また、和解調書には紛争を終わらせる効力があります。清算条項を広く書くと、当事者が意識していなかった別の請求まで対象かどうかが争われることがあります。
第4 期間と費用を確認するときの注意
東京簡易裁判所の案内は、申立てから和解期日までの期間を平均1か月半から2か月程度と説明しています。これは東京簡易裁判所の案内上の目安であり、全国一律の処理期間又は個別事件の期限を保証するものではありません。
申立手数料、郵便料及び納付方法は改定されることがあります。裁判所ウェブサイトも、令和8年5月21日以降の申立手数料等の変更を案内しています。過去の事件類型別PDFに記載された金額を現在の金額として引用せず、裁判手続の申立て等に係る手数料と申立先裁判所で確認してください。
弁護士費用、登記事項証明書等の取得費用、当事者の出頭費用及び和解条項の履行費用は、裁判所へ納める費用とは別です。
第5 私的な合意書・公正証書・民事調停との違い
1 私的な合意書
当事者だけで作る合意書は、柔軟かつ迅速に作成できます。しかし、相手方が履行しないときは、合意書だけでは直ちに強制執行できず、原則として訴訟等で債務名義を得る必要があります。
2 強制執行認諾文言付き公正証書
一定の金銭支払等について、債務者が直ちに強制執行に服する旨を記載した公正証書は、債務名義となります。建物明渡しなど金銭以外の給付をそのまま強制執行する点では、訴え提起前の和解と同じではありません。
3 民事調停
民事調停は、裁判官と調停委員会が当事者の話を聞き、解決を調整する手続です。まだ合意内容が固まっていない場合にも利用できます。調停が成立して電子調書に記録されると、その記録は裁判上の和解と同一の効力を有します(民事調停法16条)。
4 通常訴訟
事実関係、責任又は金額について対立が大きく、裁判所の判断が必要な場合は通常訴訟を検討します。訴訟中に裁判上の和解をすることもできます。
第6 利用に適する場合と適しない場合
訴え提起前の和解は、当事者が本人確認と意思確認に協力し、主要条件が合意済みで、給付内容を特定できる場合に適しています。継続的な取引関係を維持しつつ、特定の債務だけを債務名義化したい場合にも選択肢になります。
これに対し、相手方が責任を否定している、連絡に応じない、主要条件が決まっていない、緊急の保全処分が必要である、又は証拠調べをしなければ解決できない場合には適しにくい手続です。
形式上は合意していても、強行法規に反する内容、第三者の権利を害する内容又は履行不能な内容を和解条項にすることはできません。裁判所が和解を相当と認めることも必要です。
第7 建物明渡しなど非金銭給付での使い方
建物明渡しの合意では、物件目録、明渡期限、鍵の交付、未払賃料、立退料又は解決金、敷金、原状回復、残置物及び期限前の使用条件を定めます。
明渡しと金銭支払を同時に行うのか、一方を先に行うのかを明記します。残置物を所有権放棄とみなす条項や処分条項は、対象、時期及び費用負担を具体化し、当事者の合意を確認します。
東京簡易裁判所は建物明渡しに関する申立書式と和解条項例を公表しています。これは参考例であり、事件の事情に応じた修正が必要です。
第8 申立て前のチェックリスト
申立て前に、次の事項を確認します。
1 申立先簡易裁判所と相手方の普通裁判籍
2 当事者の氏名・商号、住所、代表者及び資格証明
3 紛争の対象と和解条項案
4 給付の特定、期限、条件及び履行確認方法
5 不履行時の期限の利益喪失、遅延損害金及び強制執行可能性
6 請求放棄、清算条項及び留保する請求
7 現在の手数料、郵便料、必要書類及び期日の出頭方法
第9 根拠資料と関連記事
一次資料は、民事訴訟法267条及び275条並びに民事調停法16条です。手続説明は、東京簡易裁判所「訴え提起前の和解」及び同裁判所の案内を参照しました。
裁判外の合意書との比較は、裁判外の和解契約書・合意書と和解条項を参照してください。
本記事に記載した期間は東京簡易裁判所の公表上の目安です。費用、書式及び運用は、実際の申立時点の申立先裁判所で確認してください。