第1 問題と結論
1 本記事が扱う時系列
本記事は,被相続人の死亡,相続人の破産手続開始決定,その相続人による相続放棄の順にできごとが生じた場合を扱う。
具体的には,破産手続開始決定前に相続が始まり,決定後に破産者が家庭裁判所で相続放棄をした場合である。
この時系列では,民法上の相続放棄の効力だけで結論を出すことができない。
破産法238条が相続放棄の効力を破産財団との関係で修正し,同法242条が破産管財人に相続財産の分別管理及び処分を求めているからである。
2 結論の要旨
第1に,破産手続開始決定後の相続放棄は,破産財団に対しては限定承認の効力を有するにとどまる。
そのため,破産管財人が放棄の効力を認める手続をとらない限り,相続財産の換価価値を破産手続の外へ出すことはできない。
第2に,この効果は破産財団との関係に限られる。
破産財団が民法951条の相続財産法人になるわけではなく,破産管財人が当然に相続財産清算人の地位を取得するわけでもない。
第3に,相続不動産の任意売却には破産法78条2項1号の裁判所の許可が必要であり,売却後の登記は事案ごとに管轄法務局と事前協議すべきである。
公刊資料の範囲では,この時系列と完全に一致する登記先例を確認できなかったため,本記事の登記申請の構成は確定的な先例ではなく,事前照会のための候補案として示す。
第2 破産法238条の効力
1 破産財団に対する相対的な限定承認効
破産法238条1項は,破産手続開始決定前に破産者のために相続が始まり,破産者が開始決定後に単純承認又は相続放棄をした場合,それぞれ破産財団に対しては限定承認の効力を有するとする。
相続財産が債務超過であるときの単純承認と,資産超過であるときの相続放棄のどちらによっても,破産債権者の配当原資が害されないようにする趣旨である。
ここで重要なのは,条文が「破産財団に対しては」と限定していることである。
民法939条による相続放棄の一般的効果を全面的に否定するのではなく,破産手続の配当原資との関係でのみ,限定承認と同様に扱うものである。
2 破産管財人が放棄の効力を認める場合
破産法238条2項は,破産管財人が相続放棄の効力を認めることを許している。
この場合,破産管財人は,相続放棄があったことを知った時から3か月以内に,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
したがって,当該相続財産を換価する前に,破産管財人が同項の申述をしたか,その申述が受理されたか,受理の審判が確定したかを確認する必要がある。
この点は,破産者本人の相続放棄申述受理証明書だけでは判断できない。
3 破産財団は相続財産法人ではない
国税庁が公開する名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決(平成19年(行コ)第17号)は,破産法238条1項は破産手続との関係で限定承認と同様の効力を付与するものにすぎず,破産財団を法人とするものではないと判示した。
破産者は財産の帰属主体たる地位を失わず,破産管財人は管理処分権を専属的に行使するという区別である。
他方,民法951条は,相続人のあることが明らかでないときに相続財産が法人となることを定めている。
これは破産法238条とは根拠も要件も異なる制度であり,両者を同一視してはならない。
第3 破産管財人による分別管理と売却
1 破産法242条による分別管理
破産法242条1項は,限定承認又は財産分離があった場合,破産管財人が相続人の固有財産と分別して相続財産を管理及び処分しなければならないとする。
同条3項は,破産法238条1項により限定承認の効力を有する場合に,この分別管理の規律を準用する。
相続債権者及び受遺者に対する弁済と,破産者の固有債権者に対する配当とを混在させないため,財産目録,預金口座,入出金記録,租税及び換価費用の管理単位を分ける必要がある。
2 不動産の任意売却と裁判所の許可
破産手続開始決定後,破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は破産管財人に専属する(破産法78条1項)。
不動産に関する物権の任意売却には,裁判所の許可が必要である(同条2項1号)。
許可申立てでは,少なくとも,相続から相続放棄及び破産手続に至る時系列,相続人の範囲,不動産の評価,売却価格の相当性,担保権者との調整,租税見込額,売却後の残額の管理方法及び登記照会の進捗をまとめることが望ましい。
3 後順位相続人の放棄
破産者が民法上の相続放棄をすると,後順位者が自己のために相続の開始があったことを知り,その者の熟慮期間が問題となる。
破産法238条1項の効力は破産財団との関係に限られるため,後順位者の放棄申述,その受理及び確定を別個に確認する必要がある。
戸籍のみでなく,家庭裁判所の相続放棄申述受理証明書等により,各順位の相続関係を確定しなければならない。
第4 相続不動産の登記
1 登記で現れる二つの法律関係
一般の相続登記では,被相続人から相続人への権利移転を登記し,その後に相続人から買主への売買による所有権移転登記をする。
しかし,本記事の場面では,民法上は相続放棄により破産者が初めから相続人でなかったものとされる一方,破産財団に対しては限定承認の効力にとどまる。
また,全員の相続放棄によって相続人のあることが明らかでなくなれば,民法951条の相続財産法人が成立する。
しかし,破産管財人は,そのことだけで相続財産清算人に就任するわけではない。
この二重の法律関係を,登記名義人及び申請人の表示にどのように反映させるかが問題となる。
2 事前照会のための二つの候補案
第1の候補は,被相続人から破産者への相続登記と,破産者から買主への売買による所有権移転登記を連件で申請し,破産者側の申請行為を破産管財人が行う構成である。
これは破産法238条及び242条の管理処分を登記に直接反映しやすい反面,民法939条による相続放棄の一般的効果との整合性を説明する必要がある。
第2の候補は,被相続人名義を相続財産法人名義に変更し,その後に買主への所有権移転登記を申請する構成である。
これは全員の相続放棄による相続人不存在を登記に反映しやすい反面,相続財産清算人ではない破産管財人がどの権限と資格で各申請をするかが問題となる。
いずれの構成も,本記事の時系列と完全に一致する公刊登記先例により裏付けられたものではない。
したがって,受付が保証された実務として提示することはできず,管轄法務局への照会書で比較検討すべき事項である。
3 法務局に示す資料
照会は,口頭の抽象的な質問ではなく,事実と候補案を書面に固定して行う方がよい。
少なくとも次の資料を揃え,予定する登記の目的,原因,日付,申請人表示及び添付情報の案を示す必要がある。
①被相続人の死亡,破産手続開始,各相続放棄,裁判所の売却許可及び売買契約の各日付を示す時系列
②戸籍,除籍,改製原戸籍及び各順位者の相続放棄申述受理証明書
③破産手続開始決定書,破産管財人選任証明書及び印鑑証明書
④破産法238条2項の申述の有無及び結果を示す資料
⑤不動産登記事項証明書,評価資料,裁判所の売却許可書及び売買契約書
⑥二つの候補案それぞれの登記申請書案及び登記原因証明情報案
4 類似例は同一事案ではない
平成22年8月24日法務省民二第2078号は,相続人の中に破産者がいる場合に,破産管財人が当事者となった遺産分割の調停・審判又は裁判所の許可を得て参加した遺産分割協議に基づく登記の添付情報を扱ったものである。
しかし,全相続人の放棄後に破産法238条を前提として売却する本記事とは場面が異なる。
また,司法書士が公開した平成28年の実務例には,全相続人の放棄後,相続財産の破産管財人が法務局と協議し,相続財産法人への登記を経て売却登記をしたとする二次資料がある。
これも相続財産自体の破産の事例であり,相続人の破産を扱う破産法238条の事案にそのまま援用できる先例ではない。
第5 税務及び会計の確認
1 破産財団を別の納税主体としない
名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決は,破産財団は破産者と別個の法人又は権利能力なき財団ではないとし,破産者が納税義務者となると判示した。
ただし,同判決は破産法人の消費税を扱ったものであり,個人の譲渡所得税の申告手続にそのまま当てはめるものではない。
国税庁が公開する大津地裁平成26年9月18日判決は,個人破産者の所得税等の申告を公法上の行為と位置付け,破産手続開始後に本人がした申告の効力を認めた。
実際の申告及び納付の担当は,所得の帰属,破産法上の財団債権性,申告書作成に必要な情報及び税務署の運用を分けて調整する必要がある。
2 個人の譲渡所得と強制換価手続の非課税
破産管財人が不動産を売却しても,その譲渡所得が破産財団という別主体に帰属するわけではない。
個人の破産手続による資産譲渡については,所得税法9条1項10号の強制換価手続による資産の譲渡の非課税が問題となる。
もっとも,同号は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合という要件を設けている。
破産手続中の売却であるという一事だけで結論を出さず,破産者の資力,弁済困難性,売却が破産手続による換価と評価できるか及び所轄税務署の見解を確認すべきである。
3 破産法上の限定承認効と所得税法59条
所得税法59条1項1号は,限定承認に係る相続により譲渡所得の基因となる資産が移転したときに,相続開始時の時価で譲渡があったものとみなす。
しかし,破産法238条1項は「破産財団に対しては」限定承認の効力を付与する規定であり,民法924条に基づく家庭裁判所への限定承認の申述があった場合と同じではない。
したがって,破産法上「限定承認の効力」があるという文言だけから,所得税法59条のみなし譲渡課税を当然に適用し,又は当然に排除することはできない。
実際の相続の承認・放棄の内容,資産の取得費,その後の売却との二重課税の有無及び所轄税務署の見解を,税理士と共に確認する必要がある。
4 消費税と取得費・譲渡費用
売却対象が事業用建物等であるときは,破産者が消費税法上の事業者及び課税事業者に当たるか,土地価額と建物価額の区分,帳簿・請求書の保存及び申告・納付を確認する必要がある。
相続不動産の売却価額の全部が当然に消費税の課税対象となるわけではない。
譲渡所得の計算では,被相続人の取得費及び取得時期の引継ぎの有無,相続登記等の費用,仲介手数料,測量費,解体費,抵当権抹消費用及び破産管財業務に係る費用が取得費又は譲渡費用に当たるかを費目ごとに整理する。
第6 実務チェックリスト
弁護士,司法書士及び税理士の作業を順番につなぐため,次の事項を一つの時系列表で共有するとよい。
①被相続人の死亡日及び破産者が相続開始を知った日
②破産申立日及び破産手続開始決定日
③各相続人の相続放棄申述日,受理日及び後順位者が相続開始を知った日
④破産管財人が放棄を知った日及び破産法238条2項の申述の有無
⑤相続財産と固有財産の分別管理開始日
⑥不動産の査定日,許可申立日,許可日,契約日及び決済予定日
⑦法務局の照会受付日,回答内容及び追加資料
⑧所得税,消費税,固定資産税等の納税義務者,申告担当者,申告期限及び納付原資
弁護士は破産法上の権限と裁判所の許可,司法書士は申請構造と添付情報,税理士は所得の帰属,非課税要件,取得費及び消費税をそれぞれ検討する。
その上で,登記申請案と税額試算を裁判所への許可申立て及び売買契約の条件に反映させる。
第7 資料の裏付けと限界
1 一次資料で確認した事項
破産法238条,242条及び78条,民法951条,所得税法9条及び59条の現行条文は,e-Gov法令検索で確認した。
破産財団の法主体性,破産法238条の趣旨及び納税義務者の問題は,国税庁税務訴訟資料に収録された名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決で確認した。
個人破産者の所得税等の申告行為は,同資料に収録された大津地裁平成26年9月18日判決で確認した。
2 一次資料の裏付けが得られていない事項
本記事の時系列,すなわち「破産手続開始前の相続開始―開始後の破産者による相続放棄―後順位者の全員放棄―破産管財人による不動産売却」と完全に一致する公刊登記先例及び公表裁判例は確認できていない。
また,判例秘書の検索結果は本記事の裏付けに用いていない。
そのため,本記事は,破産法上の権限と民法上の権利帰属を一次資料により整理する一方,登記の申請構造については法務局への照会候補案として記載している。
実案では,管轄法務局の回答,家庭裁判所の証明書,破産裁判所の許可内容及び税務署の見解を得て最終判断をすべきである。
出典・参考資料
① e-Gov法令検索「破産法」(34条,78条,238条,242条)
② e-Gov法令検索「民法」(896条,939条,951条)
③ e-Gov法令検索「所得税法」(9条,59条,60条)
④ 国税庁税務訴訟資料第258号-112(順号10970)(名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決,平成19年(行コ)第17号)
⑤ 国税庁税務訴訟資料第264号-133(順号12514)(大津地裁平成26年9月18日判決)
⑥ 平成22年8月24日法務省民二第2078号「相続人の中に破産者がいる場合の相続の登記の申請における相続を証する情報の取扱いについて」(本件とは場面の異なる隣接資料)
⑦ 「相続財産管理人がいない」(平成28年の司法書士による二次資料。相続財産の破産の実務例であり,破産法238条の完全一致例ではない)