第1 民事と刑事の時効を別々に確認する
未成年者が性的被害を受けた場合,刑事事件として処罰を求めるための公訴時効と,加害者等に民事上の損害賠償を求めるための消滅時効は,別の制度である。
性犯罪について公訴時効に18歳未満の被害者の特例があることから,民事の賠償請求も一律に18歳まで時効が進行しないと考えてはならない。
本記事は,令和8年10月7日時点の民法・刑事訴訟法,法務省資料及び下記の名古屋高裁判決を基礎に,相談時に確認すべき事項を説明する。
性的被害の認定,個別の損害発生時期,法定代理人の認識,代理人自身が加害者である場合等によって結論が異なるため,年齢と被害の日付だけで時効完成を断定することはできない。
第2 民事の期間と「知った人」を確認する
1 3年・5年・20年の構造
民法724条は,不法行為の損害賠償請求権について,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しない場合と,不法行為の時から20年間行使しない場合を定めている。
人の生命又は身体を害する不法行為については,同法724条の2により,前者の3年が5年となる。
性的被害についても,どの権利・利益の侵害を原因として,どの損害を請求するかを確認する必要がある。
生命・身体侵害の5年の規定が適用されるかを検討せず,あらゆる請求を3年又は5年の一方にまとめてはならない。
被害当時の条文と経過措置も確認する。
平成29年法律第44号附則35条は,施行時に旧法の20年の期間が既に経過していた場合の取扱いと,旧法の短期時効が既に完成していた場合の724条の2の適用を定めており,現在の5年を過去の事件へ一律に適用することはできない。
2 本人と法定代理人の認識を分ける
未成年者の事案では,本人が知った時と法定代理人が知った時が一致するとは限らない。
本人の認識だけを聴取して期間計算を終えず,当時の法定代理人が誰であったか,その者が何をいつ知ったかも調べる。
名古屋高裁平成19年9月26日判決(平成18年(ネ)第1116号,判例時報2008号101頁,判例秘書L06220835)は,未成年者について法定代理人が知った時を基準とし,母親の認識,施設との委託関係,請求を期待できる状況等を具体的に検討した。
この事件は施設での体罰・テレビ放映等をめぐる事件であり,未成年者の性的被害一般について時効停止を認めた最高裁判例ではない。
不法行為法制研究会の資料1の印刷5頁~6頁は,未成年者のみの認識と法定代理人の認識の関係について最高裁判例がないと説明し,性的被害等の特例を検討課題に挙げている。
この資料の説明は,あらゆる下級審裁判例の不存在を示すものでも,新しい時効特例の成立を示すものでもない。
第3 法定代理人がいない場合・代理人に請求する場合
1 民法158条の完成猶予
民法158条1項は,時効期間の満了前6か月以内の間に未成年者に法定代理人がない場合について,行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6か月を経過するまで時効が完成しないと定める。
法定代理人が存在するすべての未成年者について,成年になるまで時効が進行しないと定めた規定ではない。
同条2項は,未成年者がその財産を管理する父,母又は後見人に対して権利を有する場合について,行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から6か月を経過するまで,その権利の時効が完成しないと定める。
親又は後見人自身が加害者である事案では,請求の相手方と財産管理の関係を確認し,同項の適用を検討する必要がある。
2 代理権と利益相反の確認
親権者に対して損害賠償を請求する場合には,誰が本人を代理できるかも別に検討する。
民法826条は,親権を行う父又は母と子との利益が相反する行為について,子のための特別代理人の選任を家庭裁判所に請求することを定めている。
代理人の選任が必要となる場面,時効の起算点,158条の完成猶予は,それぞれの条文と事実に即して判断する。
利益相反や被害を申告しにくかった事情があるというだけで,期間計算をせずに「時効は問題にならない」と説明してはならない。
第4 刑事の18歳特例を民事に移し替えない
刑事訴訟法250条3項は,所定の性犯罪等について20年・15年・12年の公訴時効期間を定めている。
同条4項は,その対象犯罪の被害者が犯罪行為終了時に18歳未満であった場合,犯罪行為終了時から18歳に達する日までの期間に相当する期間を加算する。
対象犯罪,犯罪行為が終わった時点,改正法の経過措置を確認する必要がある。
法務省の性犯罪関係の法改正等Q&A・Q13も,この公訴時効期間の延長を説明している。
同条は刑事訴追の期間を定めたものであり,民法724条の民事消滅時効の期間や起算点を直接変更するものではない。
警察への相談や告訴と,民事の時効を保全するための措置も区別する。
警察に相談したという事実だけで民事時効の完成が猶予又は更新されるとは扱わず,民法に定められた事由の有無を別に確認する。
第5 相談時に作る時系列と証拠
1 相手方ごとに整理する
| 確認する事項 | 記録する内容 |
|---|---|
| 被害行為 | 日付,継続・反復の有無,行為者,その時の年齢 |
| 損害 | 身体・精神症状,診断,治療,症状を認識した経緯 |
| 本人の認識 | 損害と加害者について何をいつ認識したか |
| 代理人の認識 | 当時の法定代理人,認識した内容・日付・根拠資料 |
| 代理関係 | 代理人の有無,交代,財産管理,利益相反 |
| 既に行った請求 | 民事の請求・交渉・訴訟,承認や支払の資料 |
加害行為者と,施設・使用者等の別の相手方に対する請求を一つの時系列で済ませない。
各相手方に対する請求原因,責任を基礎付ける事実を知った時期,完成猶予・更新の事由を整理する。
2 期間満了が争われる場合の対応
相談記録,診療記録,通知,メッセージ,代理人との連絡,施設への申入れ等から,認識と請求の経過を確認する。
資料収集と本人への聴取では,被害体験を繰り返し詳述させる負担にも配慮し,何を確認するための聴取かを明確にする。
時効の完成が近い可能性がある場合には,資料調査だけを続けず,訴えの提起等による完成猶予・更新を検討する。
催告は民法150条による6か月の完成猶予であり,再度の催告を繰り返せば期間を延ばし続けられるものではない。
一般的な時効の構造と保全方法は,不法行為の損害賠償請求権の消滅時効を参照されたい。
第6 出典
① 民法150条,158条,724条,724条の2,826条及び平成29年法律第44号附則35条
② 刑事訴訟法250条3項・4項
③ 法務省・性犯罪関係の法改正等Q&AQ13
④ 法務省・不法行為法制の在り方に関する検討について印刷5頁~6頁
⑤ 名古屋高裁平成19年9月26日判決(平成18年(ネ)第1116号,判例時報2008号101頁,判例秘書L06220835)